悪の舞台   作:ユリオ

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3話 宝物殿

 至高の御方である二人が去った後も、守護者達は皆しばしその場に座して動くことはなかったが、最初にアルベドが立ち上がると他の者もそれに習うように立ち上がった。

 皆、二人の御方のその支配者としての威光に触れ喜び震えていた。

 特に、長くナザリックを離れていたウルベルトの帰還は何よりも喜ぶべきことであった。ナザリックに帰還しなくなった至高の御方は多く、一人でもその御方が戻られた事により、自身の創造主もいずれ戻ってくるのではと期待する気持ちが生まれていた。

 

「ところで、ウルベルト様はなぜ今更ナザリックにご帰還されたのかしら」

 

 皆が二人を讃える声をあげる中、アルベドがそんな問いをデミウルゴスに投げかけた。

 闘技場に集まる前に、ある程度の事をデミウルゴスがウルベルトから聞いているであろうことはその態度から明白であったからだ。

 

「ウルベルト様は、今まで“りある”の世界で色々と立て込んでおられたご様子です。それがやっと時間が出来て、久々に今日、帰還されたというだけです」

「あなたも、詳しくは教えてもらえなかったという事なのかしら。ウルベルト様は、モモンガ様に会うよりも先にあなたに会っていたみたいだけど」

「これ以上は、ウルベルト様の私情に関わる事ですから。シモベ風情があまり出しゃばってそのような事を問いただすのは不敬ですよ、アルベド」

「あら、ごめんなさい。ウルベルト様がご帰還された理由がはっきりわかれば、他の至高の御方々がお戻りになられる為の手掛かりになるんじゃないかと思っただけなのよ」

 

 その言葉に、他の守護者たちも視線をデミウルゴスに向ける。

 なぜ、至高の御方々はこのナザリックに戻らなくなったのか、その理由が判明すればまた、昔のように41人の御方が揃う日が来るのではないのかと、そんな希望を抱いた眼差しだ。

 

 その気持ちは、デミウルゴスにもよくわかる。帰還したのがウルベルトでなければ、同じ立場になっていたであろう。

 だが、本当の理由をデミウルゴスはここにいる者に伝える事はできない。ウルベルトは、死ぬ前に少しの時間を割いてデミウルゴスに別れの挨拶をしに来たのだ。被造物としては何よりも嬉しい事であるが、他の者にそれを伝えればウルベルトが“りある”へ帰還したがっている事が露呈する。

 そうでなくても、それを伝えたとして他の御方が戻る手掛かりには一切ならない。皆が求めるような回答を、デミウルゴスは持ち合わせていない。

 

「至高の御方々は、“りある”ではそれほど繋がりがないようで、他の御方についてはウルベルト様も知らないご様子でした。こちらに戻られないのは、それぞれ違う理由かと思われます」

 

 その言葉に守護者たちは残念そうに肩をすくめる。

 実際にどの程度の情報共有を至高の41人がしていたのかにつては、デミウルゴスもわからない。だが、少なくともモモンガにベルリバーの死について伝えないように言っていた以上、モモンガとベルリバーは“りある”においては繋がりがほとんどないということだ。

 ナザリックに残っていたモモンガだけが特別なのか、そうでないのかは定かではないが。

 

「私がウルベルト様から教えていただいたのは二点、一点は、私たちは御方がお帰りになられる“りある”の世界には通常行く事が出来ないという事。ナザリックの守護という大事な任務があるからという事もありますが、御方々が我々をここに残して“りある”に連れて行って下さらなかったのは、そういう理由があるからだという事でした」

 

 その言葉に、残念そうにしていた表情が少し和らぐ。

 

「つまり、わらわが必要じゃなくなったから、足手まといだからと捨てられたわけじゃないという事でありんすね」

 

 シャルティアが今にも泣きだしそうな声でそういった。

 長く創造主が戻らぬNPCはほぼ全員、その不安が何度も頭をかすめる。デミウルゴスとてそうだ。そんなことはありえないと、大事な役目を任されているのだからそれ以上を望むのは不敬だと、そう思いながらもやはり、どうして置いていかれてしまったのだろうかと考えてしまう。

 自身は至高の御方によって作り出された誉れある存在だと分かっていても尚、創造主が戻ってこないのは自分に何か至らない点があったのではないかと、もしくは、“りある”には自分よりも優れたシモベが御方の側にいて、もう自分は創造主にとって不要なものになってしまったのではないかと、侵入者すら来ない階層でただただ長い時間を待っていると、どうしてもそんな思考をしてしまう。

 

「ウルベルト様は、私の事を“りある”に連れていけたならばと言ってくださった。ぺロロンチーノ様だって、きっと我々が“りある”へ行く手段を持っていたならば君を連れて行ってくれただろう」

 

 その言葉に、シャルティアは満足そうに微笑んだ。

 

「そしてあともう一点なのだが、現在ナザリックが本来のヘルヘイムから別の場所に転移しているという話は、先ほど御方から聞いた通りだが、その影響なのか、現在、お二人の御方は“りある”への移動手段が使えなくなってしまっているらしい。いつもであれば、この時間には“りある”に戻られていたモモンガ様が今もなおナザリックに滞在されているのがその証拠だ」

「つまり、これからはずっとお二人がナザリックにいてくれるって事?」

 

 アウラが、それは喜ばしい事なのではないかというように言う。

 確かに、ずっとこの地にいて下さるのであればそれだけお仕えできる時間が増えるという事で、喜ばしいことであるのは事実だ。ほぼ毎日来てくださっていたモモンガとて、ナザリックで過ごすのはその数時間程度だ。

 それが、今後は朝から晩前ずっとこの地にいて下さるというのであれば、今後はただ待つだけの時間を過ごすこともなくなる。

 

「確かに、“りある”へ帰還できないお二方は、我々が不手際を起こすような事がなければ、このままナザリックにいて下さる事になるだろう。だが、逆に言うと他の御方がこのナザリックに帰還できなくなっているかもしれないという事でもある」

 

「じゃっ、じゃあ、もう、ぶくぶく茶釜様にはお会いできないということですか?」

「他の御方がこの地にいる可能性はほぼないに等しい。今も“りある”に居られる可能性の方が間違いなく高いだろう。ウルベルト様のように久々に帰還しようとしても、御方はここに来ることはできず、何もなくなってしまったヘルヘイムに佇むことになってしまう」

「ソレハ、非常ニ不味イ。ツマリ、早急ニヘルヘイムヘ戻ル事ガ、我々ノ活動目的トナルワケカ、デミウルゴス」

「そうだともいえるし、そうじゃないともいえるね」

「もったいぶらずに、はっきり言いなんし」

 

「ああ、すまないね。コキュートスの言うように、ヘルヘイムに戻るのも一つの手なのは間違いない。だが、ユグドラシルからでは我々は“りある”へ行く方法がなかったが、この世界ではもしかしたらその方法が見つけ出せるのではないかと、そういう話だ。もし、我々が“りある”に行き来できるのであれば、“りある”にいる御方のお手伝いをする事も可能だろう。何をなさっているのかまではわからないが、我々がお手伝いをし時間を作って差し上げる事ができれば、以前のようにナザリックに帰還してくださる時間も増えるかもしれない」

 

 皆、また至高の御方が41人揃う事があるのかもしれないという言葉に喜び、やる気を出していた。いつになるかわからぬ帰りを待つ日々は、皆同じように辛いものであり、ナザリック最盛期のあの頃のようになる日を夢見ている。

 

 本当にそんな方法があるのかどうかはまだわからない。

 しかし、ウルベルトはデミウルゴスにもし“りある”に連れていく事ができるのであれば、一緒に死ぬと言ってくださった。創造主と死を共にすることを許されたのだ。

 

 本当はウルベルトが死ぬなどとても耐えられない。そのような事は考えないで欲しいと、ただ、ナザリックにいてさえくれればそれで良いとそう願っている。

 

 だが、そうしないと本当の悪になれないのだとウルベルトは言った。

 それが一体どういう意味なのか、デミウルゴスにはわからない。

 ただ、悪になれない事がウルベルトにとってどんな責め苦を受けるよりも辛い事なのだろうという事だけはわかった。

 だから、ずっとナザリックに留まり、そばにいて欲しいという、自身の望みを捨てた。

 自分の願いよりも、ウルベルトの願いを優先した。

 このまま、“りある”への帰還方法が見つからなければウルベルトはずっとここにいてくれるのではないかという、不敬にもそんな事を考えて、それをすぐさま握りつぶす。

 

 ウルベルトの言うところの悪というのがいったいどういう物なのかはわからないが、一つだけ何となく理解している事がある。悪は迷ってはいけないという事だ。

 ウルベルトが創造してくれた通りの理想の悪魔である事が、デミウルゴスにとっては一番大事な事だ。何より一番恐ろしいのは、不要だと見限られる事。だから、それ以外はすべて捨てる。ナザリックも、モモンガも、ウルベルトの生も――。

 

「しかし、本当にウルベルト様が戻ってくださって良かった」

 

 そう口に出したのは先ほど、ウルベルトの帰還に咽び泣いていたセバスであった。

 至高の御方の帰還は確かに喜ばしいことであり、その行為は別に不思議ではないはずなのだが、彼がここまでの反応をする事に、デミウルゴスは違和感を覚えていた。

 

 どうしてそう思うのかは、デミウルゴス自身も理由がわからないのだが、セバスとは馬が合わない。セバスも、同じこと思っている。だからと言って、その創造主であるウルベルトの事をセバスが悪く思っているとは流石に考えていないが、それでもなぜだか、セバスがウルベルトの帰還をあそこまで喜ぶのは、予想外であった。

 執事として九階層にいるセバスは、ここにいる階層守護者よりも至高の御方に会う機会も多かったのだし、何ら不思議ではないはずなのだが、実際問題ウルベルトも、予想外の反応に驚いている様子だった。

 

「まったくもってその通りだが、君があのような反応をするとは驚いたよ」

「至高の御方がお戻りになる事を信じてはおりましたが、正直ウルベルト様はもうお亡くなりになられているのではと懸念していたのです。ウルベルト様を最後にお見掛けした日、かの御方はかなり衰弱した状態でいらっしゃいました。そして、それ以降ぱったりと姿を現さなくなったのでもしやと思っていたので、今こうして元気なお姿を拝見できたことが、何より嬉しかったのです」

「……なるほど、それは私も知らなかった」

 

 セバスがデミウルゴスの知らないウルベルトを知っているという事に多少嫉妬を覚えたが、彼が配置されているのは御方のプライベートルームのある九階層だ。たまたま前を通りすぎたという事だろう。

 しかし、そうなると“りある”には魔法で癒せぬほどの強い病があるという事だろうか。もしかしたら、ベルリバーの死因も関係しているのかもしれない。

 至高の御方ですら抗う事が難しい病となると、特殊耐性にステータスを割り振っているデミウルゴスといえどその地で活動するのはかなり厳しいものになるかもしれない。

 まずは、行く方法を探すのが先決ではあるが、行った後に無能を晒すようではまずい。

 ウルベルトにその点の確認もしておかなければと考えながら、デミウルゴスは他の守護者達と共に闘技場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、まだ話したりない事はありますけど、そろそろ俺の装備取りに行きましょうか。宝物殿ですか?」

 

 ウルベルトがそう提案すると、モモンガが渋い顔をした。といっても、実際には肉のついていない骨だけのモモンガの表情は変わっていないのだが、何となくそんな感じがした。

 

「そう、です。宝物殿、ですね」

 

 ウルベルトに装備をきちんとして欲しいと主張を最初にしてきたのはモモンガであったはずなのにも関わらず歯切れの悪い言葉に、そういえば、宝物殿には彼が作り上げたNPCがいたことを思い出す。

 完成した直後は、本人も満足げでウルベルトにこういう設定だと自慢気に話していたのだが、その後、それは彼の黒歴史となったようで、わざわざヘロヘロにプログラミングしてもらった敬礼のポーズを見て顔を覆っていた。

 

「軍服は、俺もかっこいいと思いますよ」

 

 とりあえず、フォローをしておく。

 ウルベルトは、モモンガがそこまで頭を抱えるほど、彼の作り上げたNPCであるパンドラズ・アクターの設定は悪くはないと思っている。何とか本人に決めさせず、他の人が上げた案を採用させたので名前も悪くない。

 デミウルゴス、アルベド、パンドラズ・アクターが、ナザリックNPCの知恵者として創られているが、前者の二人は静の存在だ。ウルベルトは、デミウルゴスをスマートにかっこいいと設定していたし、タブラはアルベドに清楚で慎ましいという表向きの設定をつけている。

 それに対して、パンドラズ・アクターは動の存在だ。舞台の上で演じているかのようなオーバーリアクションをするという設定となっている。ウルベルトとしては、うまい具合に動きのあるキャラを作ってくれたおかげで、バランスが良くなったなと思っていた。

 

「ですよね。俺も軍服は今でも悪くなかったなって思ってるんですよ。でも、あれが動いて喋ってるのかと思うと気が重くて……」

 

 そんなに気にしなくてもと思うが、本人にとっては重要な事なのだろう。

 

「じゃあ、俺が一人で宝物殿に行ってくるんでモモンガさんは自室で装備アイテムの確認とかしててください。ゲームと違って、本来制限があって装備できなかった物も装備できるようになってる可能性もありますし」

「ウルベルトさん、一人で大丈夫ですか?」

「プレアデスのシズを連れていきます。この感じだと、多分設定どおり彼女ならパスワード覚えているでしょうし」

 

 プレアデスの一人、シズ・デルタ。彼女は設定上ナザリック内の全てのギミックの解除法とパスワードを把握している事になっている。宝物殿に彼女が行ったことは一度もないが、恐らくは彼女であればパスワードを知っているはずだ。

 もちろん、行った事のない場所はわからない、という可能性もあるが、その時はその時だ。設定した内容と、一致しないという事態が把握できるなら、それはそれで悪くはない。実際、NPC達の設定がどこまで準拠したものになっているのか把握する必要があるとは感じていた。パスワードを実際には教えていないシズが設定通りパスワードを知っているならば、NPC達は教えていなくても設定した通りの知識を持っているという事だ。

 

「いや、でも、宝物殿はちょっと……」

「パンドラ以外に何かあるんですか?」

 

 ウルベルトの記憶には該当するものは思い浮かばない。引退した後に、宝物殿に何か設置していたという事だろうか。

 

「トラップとかなら、シズと宝物殿を管理しているパンドラズ・アクターに聞けば最悪わかりますし大丈夫ですよ。一人でできる事を二人でやっても時間がもったいないですし」

「せっかくだから、飾るならこうした方が良いかなって思っただけで、そんな深い意味とか、ないんですよ。本当に。だから、あの、その、あまり気にしないでください……」

 

 歯切れの悪いモモンガの言葉に首を傾けつつも了承し、二人は別行動をする。

 ウルベルトは、自室で最低限のアイテムを確保した後プレアデスが待機している部屋へと向かった。

 

 

 プレアデスは、他のNPC同様に再びウルベルトがこの地に戻ってきたことへの感謝と、今後も忠義を尽くすとの誓いの言葉を述べてきた。予想は出来ていたとはいえ少しげんなりする。

 もちろん、彼女たちを嫌っているわけではない。メイドである彼女たちが主に仕えようとするのは致し方ないことだとは理解している。とはいえ、自身が主にふさわしいと思っていないウルベルトは堅苦しいこのやり取りを今後もするのかと思うと頭が痛い問題だった。

 モモンガが支配者らしくしようというのである程度それに合わせて喋ってはいるが、砕けて喋りたいというのが本音であった。

 とはいえ、最終的にはウルベルトはこの地を去る予定なのだ。ならば、この地に残る予定のモモンガに合わせるのが道理だろう。

 

 事情を説明し、シズに同行を依頼すると他のメンバーがシズに嫉妬交じりの羨望の眼差しを向けてきたため、一人だけというのが申し訳なくなり、ユリも同行させることにした。

 宝物殿に備え付けられたトラップの事を考えると、連れていけるのはこの二人だ。他の者には、別の機会にお願い事をするからといって彼女たちの待機していた部屋を後にする。

 

「宝物殿には指輪で転移するしかないわけだが……」

 

 今更になって指輪が一つしかない事に気づく。

 ゲーム中は装備者しか機能しなかったのだから、普通に考えればこれでは二人を連れて行く事ができない。

 

「悪いが、予備の指輪を俺は持ち合わせてはいない。体の、腕とかを握っていてくれないか?」

 

 これで行けるかどうかはわからない。行けたらOK、ダメだったら二人には謝って一旦モモンガの元へ行けばいいだろう。

 ただ、言葉を発した後に気づいたことだが女性相手にこの発言はいかがなものであろうか。

 実際、その言葉を聞いたユリには驚きの表情があった。シズは機械故なのか表情が分かりにくい。

 

「よっ、よろしいのですか? 至高の御方に触れるなどそんなっ……」

「悪いがさっき言ったように他に指輪がない以上他に手段が現状ないんだ」

 

 腕くらいならば大丈夫だよな? セクハラにはならないよな? と不安になりつつもそう言うと、シズがウルベルトの手を握ってきた。ウルベルトの毛並みを確認するかのようにその手をさすってきて、どこか満足そうな表情をしているようにも見えた。

 

「ユリ姉も、早く。ウルベルト様、困ってる」

「そっ、そうね。申し訳ございません。重要な案件であるにもかかわらず、口を挟んでしまい。ご無礼をお許し下さい」

 

 そういって頭を下げた後、失礼しますと声をかけたあとユリがちょこんとウルベルトの右腕を掴んだ。

 両手に花とはこういう事だろうか、などと思いつつ、この状態は誰にも見せたくないなと思いながらウルベルトは指輪の力を使った。

 結果、3人とも無事に宝物殿へと転移することが出来た。アイテムの仕様がゲームの頃と変わっているという事だ。他にも仕様が変わっている物がないか確認する必要があるだろうが数が膨大なので全部は確認しきれないだろう。

 

 宝物殿に着いたのを確認すると、ユリはパッとこちらが驚くほどのスピードで手を離し、それに対してシズはウルベルトがもういいぞといったのちにその手をゆっくりと離した。

 金貨やアイテムが整理されず溢れかえったその様子にユリが驚き感嘆の声を漏らす。

 ウルベルトもその光景に驚いていた。ほとんどのギルメンがこの地を去ってから、かなり長い時間が経っていると聞いていたのでナザリックの維持費の事を考えればここにある金貨も減っているのではと思っていたのだが、その様子が全くない。

 ユグドラシルでは、色んな事をして自由に遊べたはずだが、モモンガはなるべくこの地をそのままに維持しようと、一人になってからも、ナザリックの維持費を集める事ばかりをしていたのだろう。奥に仕舞ってある金貨はもしかしたら減っているのかもしれないが、何となくほとんど変わらないんだろうなと思った。

 

 ウルベルトは、部屋から持ってきた毒無効化のアイテムが起動しているのを確認したのち、そもそも種族的に毒無効化能力を保持している二人を引き連れて、毒まみれのフロアを、〈全体飛行〉(マスフライ)を発動させて先へ進む。

 宝物殿の扉まで到着すると、シズにパスワードを聞き、その扉を開ける。

 具体的に、宝物殿のどこに装備を置いているのかまではわからないウルベルトは、それを知っているであろう人物を求めて歩を進める。

 

 そこに、ギルドメンバーの一人タブラ・スマラグディナの姿があった。

 当然本人ではない。

 もちろん、彼が同じく転移している可能性はゼロではないが、本来この場にいるはずのNPCの姿がない以上、タブラの姿をした彼こそが宝物殿の領域守護者とみて間違いないであろう。

 

「たっ、タブラ・スマラグディナ様もご帰還されておられたのですか? ただ、あのお方から至高の御方から発せられるオーラが感じられないのですが」

 

 ユリが不安そうにウルベルトにそう尋ねる。

 本来別の階層を守護していて、会った事がないはずのNPCも既知であるように喋っていたのでてっきりNPC達はこの地にいる存在を皆認識していると思っていたのだがどうやら違っていたようだ。宝物殿という、隔離された場所に所属しているからであろうか。

 

「オーラっていうのが気になるが、まぁ、その話は後でしよう。あれはこの地を守るドッペルゲンガー。モモンガさんが作り上げたNPC。そうだろ、パンドラズ・アクター」

 

 その言葉に、タブラの姿をしていたそれが形を変える。

 黄色い軍服を身にまとった埴輪のような顔。モモンガの黒歴史となってしまったNPCの姿がそこにはあった。

 

「これはこれは、ウルベルト・アレイン・オードル様! 御方がここに来られたのはいつぶりとなるのでしょう。長くお姿をお隠しになられたとお聞きしておりましたが、ご帰還されたとはなんと喜ばしい事でしょう!」

 

 ピシっと、天に腕を伸ばしたそのポーズは舞台の上ではさぞ映えるのであろうが、いきなりの対面でするにはいささか、いや、かなり大仰であった。

 隣で、シズがうわーと小声でドン引きする声が聞こえた。ユリも、怪訝な様子であった。

 なるほど、これが黒歴史かとウルベルトも納得する。いや、ウルベルトはそんなに悪くはないと今も思ってはいるが、キャラとして良いと思っているだけで、実際に普通に話すとなると厳しそうだと感じていた。

 

「ああ、久しぶりだな、パンドラズ・アクター。早速なんだがここに来た要件なんだが」

「ええ、ええ、わかりますとも。ウルベルト様がおっしゃらずとも、そのお姿を見れば一目瞭然でございましょう! ズバリ、装備品を取りに来られたのですねっ!」

 

 顔を近づけ、食い気味にパンドラズ・アクターがそう言ってきて、その圧にウルベルトも押され気味になる

 

「あっ、ああ、そうなんだ。モモンガさんにも、言われてな」

「ところで、私の創造主であらせられるモモンガ様はどうしておられるのでしょうか?」

「詳しくはあとで話すが、どうやら色々異変が起きているようだから確認作業をしてもらっている」

「そうなのですか。しかし、モモンガ様はさぞお喜びになられたことでしょう。あのお方は、ずっとこの地で他の皆さまがお戻りになられるのを待ち続けておいででしたから」

 

 モモンガから聞いた話だと、残っていたギルドメンバーは、たった3人だったのだという。

 その残ったメンバーも、滅多にログインすることはなく来たとしても昔ほど長い時間この地にいることもなかったという事だ。

 仕方がないことだ。ゲームなんてそんなもんだ。

 ゲームとしてユグドラシルが終わっていたならばそう割り切れたのだろうが、今もなお、新たな形でこうして続いてしまった今では、仕方ないとも言っていられない。

 ウルベルトがゲームをやめるのは。もはやどうしようもなくウルベルトの本質に関わる部分なので、きっとこの未来を知っていてもこの地を去って行っただろうが、それでも、もっとちゃんと声をかけてあげておけばよかったという思いがよぎる。

 

「それではウルベルト様、霊廟までは私がご案内いたしましょう」

「霊廟?」

 

 聞き覚えのない名称に首をかしげる。ユリとシズも同様だ。

 

「はい。ウルベルト様がおられたころはまだ、その名称で呼ばれることはありませんでしたが、その数が増えるにつれ、自然とそのような名称で呼ばれるようになった地の事です」

 

 そう言うパンドラズ・アクターの後を着いて歩く。

 トラップの関係で、指輪をユリに渡し、二人をその場に残してパンドラズ・アクターとウルベルトはその先へと進んだ。

 

「ところで、ウルベルト様のお病気は完治されたのですか?」

 

 先ほど、二人きりで話した時にモモンガからも聞かれた質問だ。どうやらベルリバーは、ウルベルトが引退した理由は病気のためだと説明していたようだ。

 確かに、引退時に今にも倒れるんじゃないかというほど具合を悪くしていたのだから妥当な理由だろう。

 

「そうだな。つい最近になって治ったんだ」

 嘘ではない。ただ、病気といっても心の病気だったというだけだ。

 

「そうなのですね。それは良かった。では、今後はこの地に残っていただけるのですね」

 

 まずいなと、ウルベルトは冷や汗をかく。

 デミウルゴスがウルベルトにどこか似ているように、パンドラズ・アクターもまたどこかモモンガに似ている部分があるように思われる。この、もちろん残るよねっという押しの強さは、まさに先ほどのモモンガと同質のものだ。

 

「まぁ、でも、不測の事態だから何かの拍子にナザリックを離れる事もあり得るかしれないがな」

 

 はっきりと残るとは言えず、ぼやかしてしまったがこのドッペルゲンガーはどう思ったのだろうか。表情に動きがないのでさっぱり考えている事が見えてこない。

 

 そうこうしているうちに霊廟に辿り着く。

 そこで見た光景になるほどと納得する。

 確かにここは霊廟と言う名が相応しい。

 モモンガがあまり気にしないようになどといっていたのもこの事だ。

 不格好ではあるが、その造形が何を表しているのかは一目瞭然だ。何よりも、その身に着けている装備品は紛れもなく、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーたちの物であった。

 

「最後にお創りになられていたのが、あちらにありますタブラ様の像になります」

「ああ、それでタブラさんの恰好をしていたのか」

 

 パンドラズ・アクターには、ギルドメンバー全員に変身できる機能が備わっている。当時はその事を特になんとも思っていなかったが、モモンガはこんな時を予期して、自身のNPCにそんな能力を与えたのだろうか。

 どんな思いで、アヴァターラに装備をさせていたのかと考えると心が痛むが、それでもなお、ウルベルトは申し訳なくは思うが、ゲームをやめた事への後悔の念が湧くことはなかった。

 その事に、ウルベルトは安堵した。

 

 大丈夫だ。もし、リアルに戻っても自分は自分のやるべきことを成し遂げられる。

 話せば話すほどギルメンに似た部分を持ったNPC達に情が湧いてくるし、モモンガに対してもこの地に残していってしまう事に罪悪感はあるが、それでもはっきりと、この場でどちらを選ぶかと問われればこの地を捨てる事を選ぶ事が出来る。

 己の悪のありかは、いまだ変わってはいない。

 自身を模ったアヴァターラから装備品外し身に着けると宝物殿を後にし、ウルベルトはモモンガの元へと向かった。

 




 たっちはさんは完璧超人なんで、陰口は言われることはあっても直接言われる事はほとんどなさそうだなって思ってて、直接嫌味をぶつけて来るウルベルトさんとは、仲は悪いけど、割と好きだったんじゃないかなって思ってます。
 ウルベルトさんは、一緒にゲーム出来る程度には一応仲良いけど、少なくとも嫌味言いまくってる自分の事を相手は嫌いだろうと思ってるというイメージで、セバスの反応にウルベルトさんとデミウルゴスが何で? ってなってる温度差はその辺の描写をしたかっただけなんです。

 あと、カルマ値善よりなNPCを侍らせてるウルベルトさんって、なんか良いよねっていうのがなぜか自分の中にあって、原作通りでもあるしなとユリとシズで両手に花なシーンになりました。

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