モモンガの部屋を開けると、そこには漆黒の全身鎧に身を包んだ戦士の姿があった。その傍らには、一般メイドの姿もある。
「あっ、ウルベルトさん、お帰りなさい。やっぱりその格好の方がしっくりきますね」
そう言いながら、ヘルムを脱ぐと見慣れた骸骨が現れる。
「モモンガさん、そんな装備持ってたんですね。初めて見ました」
「ああ、違います。これ、装備品じゃなくて魔法で作ったんですよ。さっきから、大剣とか使えるんじゃないかと試していたんですけど、全然だめで。ただ、魔法で作りだした装備だったら大丈夫みたいです」
つまり、ゲームの頃と同じ仕様だという事だ。
モモンガと同じ魔法職であるウルベルトもおそらく同様だろう。仕様が変わっているものもいくつかあるというのに、妙なところでゲームと同じ縛りがあるのはどういう事なのだろうか。
「なるほど。ところで、モモンガさん、もう一人この部屋に入れても大丈夫です?」
「? 大丈夫ですけど、誰ですか?」
「パンドラです」
「えっ!?」
「パンドラズ・アクター。モモンガさんが入って良いと言ってるぞ」
驚くモモンガをよそに、廊下に待機させていた人物を部屋に招き入れる。
「我が創造主たるモモンガ様っ! 宝物殿以外の場所でお会いするのはこれが初めてとなりますね。あなた様の被造物たるこのパンドラズ・アクター、ナザリックの非常事態と聞き及び参上いたしましたっ!」
マントをなびかせ、大仰な敬礼のポーズをとりながら部屋に入ってくるパンドラズ・アクターに、モモンガは沈静化がかかっているのかその光景を唖然としながら見ていた。
パンドラズ・アクターの方は、先ほどまでモモンガが確認のため取り出していたであろう装備品に興味を示している様子だ。
そもそも、彼は宝物殿から出たことはなかったため、ここに来るまでの道中もどこか物珍しそうにしていた。
「それで、モモンガさん、パンドラに予備の指輪をあげたりとかできないですかね? どうやら、指輪をもっていないせいである意味閉じ込められている状態なんですよ。まぁ、本人はそう思ってないようですが。とはいえ、今後呼び出すことがある時、一々俺かモモンガさんが迎えに行かなきゃいけないんですよ」
思い出されるは帰還の際、来るときは両手に花だったのが背後に埴輪が増えた光景。はたから見れば、さぞおかしかったに違いない。出来れば、二度とやりたくない。
「ああ、指輪ですね。いいですけど、いいんですけど、なんで今連れてきたんです?」
「外を確認するなら、まず
大体のアイテムはゲームの頃と同じように使えるが、それだって全てが全てではない。後から使い方がわからないとパンドラズ・アクターを呼んでくるよりも、今連れてきて教わった方が早いとウルベルトは判断し、ここに連れてきた。
ついでに、モモンガがどんな反応をするのかも見ておきたかった。
デミウルゴスが、ウルベルトを大事にしているように、パンドラズ・アクターもまた、モモンガを何よりも第一に考えている様子であった。パンドラズ・アクターはウルベルトとモモンガが対立するような事があれば、ウルベルトを切り捨ててモモンガの方につくだろう。
間違いなくどんな場面でもモモンガの味方になる存在だと知っておいて欲しかった。
その役目は、ウルベルトではないのだから。
その事をいつかはっきり伝えないといけないのだろうが、それはここに残る彼らの距離がもっと近くになってからのが良いのだろう。
モモンガが、パンドラズ・アクターに仲間の証でもある指輪を渡すと、パンドラは歓喜に震えていた。
そのしぐさがあまりにも演技のようなオーバーリアクションで、それを見たモモンガが頭を抱える。彼らの距離が近づくのはまだだいぶ時間がかかるかもしれない。
「さあ、モモンガ様どうぞご命令を。例えどのようなご命令であろうとも、必ずや遂行して見せましょう」
「えっと、じゃあ
「Wenn es meines Gottes Wille!」
恐らくドイツ語だろうか。パンドラズ・アクターのその言葉にアインズが再び沈静化がかかったのか沈黙して表情が無になる。
「それ、なんていう意味?」
「やめて、掘り返さないでっ、俺の黒歴史っ!」
必死にさっきの発言をなかった事にしたいモモンガを無視して、ウルベルトはパンドラズ・アクターに質問する。
「我が神のお望みとあらば、という意味になります」
モモンガは恥ずかしさのあまり手で顔を覆っている。
ドイツ語がカッコいいと言う気持ちは、ウルベルトにも分からなくはないし、そんなに気にしなくても良いのにと思わなくもないが、やはり喋るたびにオーバーな身振り手振りが入るのが気になる。
「えっと、お前たちにとって、創造主って神みたいなものなのか? それともただ純粋に比喩?」
「モモンガ様は私にとって、神そのもの、いえその尊さは神以上の存在と言えるでしょう! このナザリック地下大墳墓を拠点として繁栄させ、私のような存在を創り出す御業。神と例えるのが最も近いと言えるでしょう。そして、そのモモンガ様に創造していただき、役割を与えていただいた恩に報いる事こそが我が人生っ!」
パンドラズ・アクターが大仰なポーズを取りながら喋る度にモモンガのうめき声を上げる。
それにしても、忠義心が重い。デミウルゴスも、ウルベルトに対して同じように思っているのだろうか。思っていそうではある。できれば、NPC達ともっとフランクな関係になりたいと思っているウルベルトにとっては、この信仰心ともいえる忠義の示し方には大分参っている。
自分が崇められるような人間じゃないのは、ウルベルト自身が一番良く知っている。彼らが偉業だと言うそれも、ギルドのランキングはかなり上位にいたがそれでもさらに上はいるのだし、ゲームを頑張って楽しんでいただけに過ぎず、なんでもない事なのだから。
「かっ、神はやめよう。あと、ドイツ語もやめような。いや、少なくとも俺の前ではしないでいてくれると助かる」
「では、神ではないとするならばどのように言葉で表現するのがよろしいのでしょうか? 私を創り出すその偉業は、神と例えるのが最も近いと思っていたのですが」
「えっ、いや、別に神じゃなくても、創るなら親子とかでも……いや、うーん」
「親子! おお……モモンガ様。私を子と」
「えっ、いや、うーん。神よりは、その方が良い、のか?」
モモンガは完全に混乱していた。
ウルベルトは、ならデミウルゴスが俺の子かぁと思いながら、他人事のように二人の様子を眺めていた。
一般メイドは、なぜだか嬉しそうにその様子を眺めていた。
モモンガがウルベルトが来た時点で完全に支配者らしい態度をしていないが、それも特に気にした様子はない。ギルメン同士が昔のように仲良く話されているのは良いことだと言わんばかりに、ウルベルトが来た時からずっと嬉しそうにしており、モモンガとパンドラズ・アクターの様子にはそれ以上に幸せそうな笑みになったように思う。自身の創造主も、同じように親子と言ってくれるのではと考えているのかもしれない。
「畏まりました、では以後は父上とお呼びし」
「いや、ちょっと待てパンドラズ・アクター。お前だけ特別だと知れば、どこかで軋轢が生まれるかもしれない。故に、その呼び名は普段使わないでくれ。今回は、お前に頼みごとがあるが、必要以上にお前に会う事は少ないだろうが、それは、このナザリックで不和を招かないようにするためだ」
「承知いたしましたっ!」
モモンガの言葉に、パンドラズ・アクターはびしっと敬礼をする。
余計な事に突っ込むからだと、モモンガが恨みがましい目線をウルベルトに送ってくるので目を逸らす。
そんなやりとりがあった後、パンドラズ・アクターに
使い方自体は知っておけばそれほど難しいわけではないが、ユグドラシルの頃とは少し操作性が変わっていた。自力で使い方を探ろうとするとそれなりに時間がかかったかもしれない。
外は、セバスが言っていた通り草原であった。
マーレにナザリックの隠ぺいを頼んでいたが、それもほぼ終わっているのが確認できる。後できちんと褒めてあげるべきだろうと、モモンガと話す。
時刻は間もなく朝になろうかといったところだ。
アンデッドであるモモンガも、悪魔であるウルベルトも疲労というバッドステータスを持たないため、時間の感覚がなかった。
日が徐々に昇っていく様は、あまりにも美しい。
リアルでは絶対に目にする事の出来ない光景だ。
この映し出された通りの世界が広がっているというのならば、それはなんとも素晴らしい。ブループラネットが愛してやまなかった自然の姿がそこにはある。外に出歩くのにガスマスクは必要なく、きっとこのまま日が昇っていけば空はどこまでも青く広がって行くのだろう。
リアルに戻りたいという気持ちは相変わらずだが、それはそれとして外に出てみたいと、外に出て未知を求めて冒険をしてみたいとそう思ってしまう。
あまりにも草原ばかりだったので、範囲を広げるとやっと違う光景が浮かび上がる。
村だ。あまり大きくはない。朝早くだというのに、人の姿がちらほら見える。
「情報収集もかねて、ちょっとここに行ってみませんか?」
モモンガもまた、未知なる世界に胸を高鳴らせてそう提案してきた。
「俺もそう思ってました。見た感じ、危険な感じはしないですし。ただ、言葉が通じればいいんですけどね」
「ああ、そうですね。さすがに日本語じゃないですよね」
見た感じ、ヨーロッパ系の顔立ちだ。残念ながら、ウルベルトもモモンガも英語などの外来語は一切できない。できたところで、元の世界とは違うのだから、また別の言語を話している可能性の方が高いだろうが。
「そういえば、モモンガさん。名前、そのまんまで大丈夫ですか?」
「えっ、偽名を使った方が良いってことですか? まぁ、確かにうちのギルドは評判悪いですけど」
「いや、そうじゃなくて、モモンガと、ウルベルト・アレイン・オードルだったら、俺の方が偉そうじゃないですかね?」
「……ウルベルトさんが、下の名前名乗らなければ良いだけでは?」
「えっ、こんなにもかっこいいのにっ!?」
実際、モモンガの言う通りなのだが、こだわりを持ってつけた名前だ。普段呼ぶときはもちろんウルベルトでいいのだが、名乗る時はかっこよくフルネームのウルベルト・アレイン・オードルと名乗りたい。
ウルベルトのただのわがままなわけなのでモモンガが嫌がるならばただのウルベルトになるのも仕方がないと諦めつく程度の提案ではあったが。
「いやまぁ、でも確かに万が一にも日本語が通じて、この世界にもモモンガって名前の動物がいた場合、俺、小動物と同じ名前で恰好がつかないかもですね。ウルベルトさんと違って、この名前に拘りないですし」
「おっ、名前変えます? それなら俺がとっておきのかっこいい名前考えましょうか?」
「それはそれで良いんですけど、あの、せっかくだったらアインズ・ウール・ゴウンを名乗るとかは、ありですかね?」
その提案にウルベルトは驚いた。てっきり、思いっきり外しまくった変な名前を付けてくると思っていたからだ。
「いや、この世界でプレイヤー探すなら、モモンガの名前よりこっちの名前の方が良いかなって。他のメンバーが今後戻ってきて、アインズ・ウール・ゴウンのフルメンバーになる頃にはまた元のモモンガに戻ろうと思いますけど」
悪くはない。個人のハンドルネームを一々覚えている人間は少ないが、アインズ・ウール・ゴウンの名前は良くも悪くもユグドラシルプレイヤーには有名で、大抵の人は知っている。気づいたプレイヤーはギルドの関係者かどうか真偽を確かめるために近づいてくるだろう。
逆に距離を置きたがる者も現れるだろうが、何らかのアクションを起こしてくる可能性はある。それにDQNギルドといわれているとはいえ、あくまでゲームでの話だ。現実になってしまったこの異世界でまでPKしてくるようなそんな連中だとは思わないだろう。と考えたいがどうだろう。思われそうな気もする。
あまり考えてもしょうがない。ひとまず、モモンガがアインズ・ウール・ゴウンを名乗り、その名前を広めていく事で情報を集めるという方針は悪くはないだろう。問題は、この世界は思っていた以上に広そうでかなり時間がかかりそうだという点だ。
この世界で過ごしている時間と、リアルの時間経過が同じであれば、作戦にはもう間に合わない可能性が高い。そして、何日もかかる用ならリアルの体は当然食事もできないのだから死んでしまうだろう。そのあたりは、アニメや漫画であるような、戻ってきたらそれほど時間が経っていなかったパターンになっている事を祈る他ない。
戻った時どうなるのかはわからない状態だが、リアルでどうなったのかは確認しておきたい。例え、リアルでの体は死んでしまって、どうしようもない状態だったとしても、このまま何もせずリアルへの帰還を諦めたくはない。
「じゃあ、アインズ・ウール・ゴウンの名を広めて情報収集をするっていう方針で行きましょうか」
「はい。あっ、でもいい人ばっかじゃないでしょうから、後々は拠点の位置はバレないように偽のナザリックを作るとかしたらいいかもですね」
「さすがモモンガさん、いや、アインズさん」
「なんか、慣れないですね、その呼び方」
そういいつつも、それほど悪くは思っていないような感じだ。
「じゃあ、
「少しお待ちください」
アインズがそう提案したところで、パンドラズ・アクターがそれを止める。
「お二方とも、そのお姿のままお二人でお出になられるのでしょうか。一旦友好的に事を運ぶ、という事でしたら、彼らと同じ人間種の姿がよろしいかと。あと、何があるかわかりませんため、誰か共をお連れした方がよろしいかと。例えばそう、この私、パンドラズ・アクターなどおすすめです」
ウルベルトとアインズは、再び
言われてみれば、そこには人間の姿しかない。
ユグドラシルでは、異形種も珍しくなかったのであまり気にしていなかったが確かにその通りだ。そもそもこの世界に悪魔やアンデッドが存在するのかもわからないし、いたとしても種族的に友好的な関係である可能性は低いだろう。
「俺は、人間化できますけど、アインズさんどうします?」
「でも、ウルベルトさんのそれレベルすごく下がりますけどいいんですか? 初見の場所で使うのはちょっと不安なんですけど」
「ダメっぽかったらすぐに解除します。装備品で補強しとけば一撃死はないですよ。多分」
ウルベルトが習得している魔法に〈未熟な人間化〉というものがある。人間以外の種族であれば最初期から誰でも習得することが出来るが、人間化した際にレベルダウンをすることからそれを使う人はあまりいない。
レベルが高いほど、レベルダウンする率は増えていき、レベル100のウルベルトではレベル30にまで落ちる。逆に、レベルが低ければ元のレベルと大差ない。始めたての頃に覚えて、あとから必要ないと消していく人が大半である。
異形種では入れない街に入る時や、人間のみが使用可能なアイテムや装備品を使う時に使用する魔法だ。
後衛で戦うタイプの人がアイテムを一時的に使うために〈未熟な人間化〉を使う事があるまれにある。といっても、そういう事をするのは大抵アイテムがそろっていない序盤だけだ。ユグドラシルは、多種多様な種族を選ぶ事が出来たが、それでも人間の割合が一番多く、自然と人間のみが使用のアイテムの数も他と比べると数が多い。それ故、せっかく良いアイテムを手に入れたのに使えないという主に初期勢のための魔法である。
他に使用方法があるとするならば、異形種狩りが流行っていたユグドラシルにおいて、ある程度自分でどうにか出来るレベルまでは、人間の姿でやり過ごすというものだ。実際、運営が異形種狩りに苦しむ初心者を救うために作った魔法なのではないのかという者もいた。
ウルベルトがどの用途で使っていたかといえば、先ほど述べたうちのどの用途にも使っていない。
そもそも、覚えたのはかなり後になり、ガチ勢と言われるほどになってからだ。
先ほども言った通り、ユグドラシルでは異形種狩りと呼ばれるものが横行していた。運営が様々な姿になれるようにとしているにも関わらず、異形種を選んだものを差別し、殺してもいいと勝手に思っている連中が数多くいた。アインズ・ウール・ゴウンは、そんな異形種狩りに対抗するように作られたギルドだ。
そのため、そんな異形種狩りなどをする輩を逆に狩っていた。
最初のうちは、異形種であるアインズ・ウール・ゴウンのメンバーを狙うような奴を返り討ちにしていたが、次第にその名が知れ渡ると誰も喧嘩を売ってこなくなる。特に、ウルベルトなどは悪名が轟き掲示板にアバターが張り出されるようになり、気づいても近づく者はいなくなる。
これはこれでつまらないと、そこで思いついたのが〈未熟な人間化〉を使った作戦だ。
ユグドラシルにおいて、いや大抵のゲームにおいて初心者狩りというものをする人間がいる。異形種狩りと同じくらい質の悪い奴らである。そういった連中をおびき出すためにわざと低いレベルの人間のアバターになり、そういった連中を釣るという、そんな誰もしないような用途にこの魔法を使っていた。
実際、何人も釣れた。値の張る課金装備をちぐはぐにつけているとよく釣れた。
正義の味方を気取っている奴に、そんな人を騙すような作戦はどうかと思うと言われたりもしたが、初心者だからとPKして装備はぎ取ろうとする奴らが悪いと言い返した。たまに、普段は異形種狩りをしていた連中なのに、こちらが人間だと優しく普通に接してきてそれが気にいらないからと別に悪いことはされてないがPKして、またヒーローもどきと喧嘩した。
そんな、良くも悪くも思い出深い魔法だ。
「そうなると俺はどうしよう。あっ、顔を隠せばいいならこれはどうですかね」
そういって、アインズが取り出したのは、泣いているようにも、怒っているようにも見える、なんとも形容しがたい表情をした、異様なお面であり、それを見てウルベルトは噴出した。
「おお、それは嫉妬する者たちのマスクっ! 年に一度、とある日のとある時間にのみ与えられるというあのアイテムっ!」
パンドラズ・アクターがテンションを上げてそのアイテムの事を言うが、この仮面には何の魔法も込められておらず、込めることもできない。
年に一度、そう、クリスマスの19時から22時までにログインしていると強制的に受け取らされる呪いのような恐ろしいアイテムである。
「笑ってますけど、ウルベルトさんも持ってるでしょ、嫉妬マスク」
「そうですけど、いやでもそれはちょっと。正面から見てられないっていうか。あと、そんな仮面をつけた不審者の隣を歩くのはできればしたくないですね」
「まぁ、確かに不審者以外の何者でもないですけど。でも、他に顔を隠せるものあったかなぁ」
そういって、アインズが虚空に手を突っ込んでアイテムを探る。
はたから見ると、腕が消えたように見えるので何とも不思議な光景だ。
「さっき着てた全身鎧でいいじゃないですか。あれ、結構かっこよかったですよ」
色を変えたら、どこかの誰かさんの恰好と似ている気がするが、そこは言わないでおく。あれだって、見た目はかっこいいとウルベルトも思っていた。本人には絶対に言わないが。
「じゃあ、それで行きますか」
そういって、アインズが先ほどの全身鎧の姿に変わる。顔を出さないのは不信感を覚えるだろうが、隣に人間のウルベルトがいれば、それもある程度は和らぐであろう。
「パンドラズ・アクター、先ほどの忠告に感謝する。それで、共を要した方が良いとのことだったが、今回はあくまで様子見だ。ウルベルトさんと私の二人で行く。お前は、
「父上、いえ、アインズ様がそうおっしゃられるのならば。しかし、お二方に不測の事態があるようでしたら、すぐさま救援に向かわせていただきます」
念のため、アルベドにも二人が出ていく事を
直に感じるその風と、自然の匂いはここが本当にゲームではなく現実と存在しているのだと教えてくれる。
人間の姿をしたウルベルトは、黒髪黒目の20代くらいの日本人顔でゲームのアバターなのでリアルの顔と比べればかなりイケメンであるが、どことなく小物っぽい印象がある。〈未熟な人間化〉による変化では、そのアバターの姿はランダムに設定され、変える事はできない。性別も、最初に設定した通りの物になる。こういった融通が利かないのも、この魔法を使う者が少なかった要因の一つだ。
装備は、何が起こるかわからないため元の装備のままだ。腰から出た2本の腕のような装備には、自動防御機能があるためいきなり背後から敵に攻撃されても大丈夫なはずだ。
遠隔視の鏡で見た限り、この村の住人は西洋人のような顔立ちであった。さすがに同じ人間なのだし、急に敵対はされないとは思うが、東洋人顔を見て彼らは一体どう思うのだろうか。
「なんか冒険って感じでドキドキしますね」
本当に楽しそうに、アインズがそういった。
久しぶりにギルドメンバーと一緒にこうして行動ができるのが何よりも楽しいのだと彼は言う。
彼がNPCを共につけなかったのはナザリックの防衛のためだけではなく、こうして昔みたいにギルドメンバーと一緒にあの頃のように遊びたかったからというのがあるだろう。
この広い世界を探索する以上、NPC達だけで外に出てもらう事も今後はあるだろうが、彼らはナザリックを守護するために存在している。ならば、基本はそこを守るように従事される方が良いのであろうか。ウルベルト達にとっても未開の土地ではあるが、そもそも外に出たことがない彼らを外に出すのは少し不安な部分もあった。
きっと、それはアインズが先ほど親子という発言をしたこともあり、ウルベルトが彼らを子供のような存在と認識してしまったからであろう。
「あっ、あそこに人がいますから彼女に声をかけてみましょう」
アインズが指さす方を見れば、いかにも村娘といった風情の少女が甕をもって歩いていた。中にはまだ何も入っていないのだろう事は、その足取りを見ればわかる。
「いきなり女の子に声をかけて、ナンパとか思われないですかね」
「大丈夫、だと信じたいです。そこは、ウルベルトさんの手腕にかかっています」
「えっ、俺がいくんですか?」
「だって、こんな顔の見えない相手より、人間の姿をしたウルベルトさんの方が良いに決まってるじゃないですか」
確かにその通りだと、しぶしぶと少女の元へ近づく。
「あの、ちょっといいですか?」
「えっ、わっ!」
驚いた少女が水を入れる甕を落としそうになり、慌ててそれを受け止め彼女に渡す。
「ごめんなさい、こんなところにやってくる方なんてほとんどいないもので。どうかなさったんですか」
会話ができる。
偶然にもこの世界でも日本語が使われているのか、とも思ったがどうやらそうではない。聞こえてくる声と、喋っている口の動きがちぐはぐだ。どういう理屈かわからないが、お互い別の言語を喋っているにもかかわらず、その言葉が翻訳して聞こえているようだ。
あまりにも不思議な現象だが、今は一旦会話ができる事に感謝して、その不思議な現象については置いておく。
「ちょっと旅の途中で道に迷ってしまいまして。ここがどの辺りになるかわかります?」
「ここはカルネ村です。リ・エスティーゼ王国に属する村で、すぐそばにある森がトブの大森林です。見たことない顔立ちですけれど、かなり遠くからいらしたんですか?」
「ええまぁ。この辺りに来たのは初めてで右も左もわからない状態なんです。この辺りで大きい街っていうとどこになるかとかわかりますか?」
「でしたら、エ・ランテルですね。帝国や法国にも面していることもあり、この辺では一番栄えている街なんです。水を汲み終わった後でよろしければ、道を簡単にですけどお教えしますよ。あっ、私、エンリ・エモットっていいます」
そういって、少女、エンリは笑顔を向ける。
知らない土地の名前に頭を抱えながらも、最初に出会った少女が良い人であった事に安堵する。
「こちらも名乗らずに失礼しました。私は、ウルベルト・アレイン・オードル。あっちにいるのが、私の友人のモ……、アインズ・ウール・ゴウンって、アインズさん?」
振り向くと、アインズはこちらに背を向けて少し屈んだ姿勢をとっていた。
頭に手を当てたその姿勢から見るに、恐らく
確認が必要だが、それ以上にせっかく良い関係が築けそうだったのにも関わらずそれが崩れ落ちそうなこの状況はまずい。エンリのアインズを見る目線が、完全に不審者を見るそれだ。声をかけようとすると、丁度会話が終わったらしいアインズがこちらを振り向く。
「すいません。あの、確認したいんですけど、今日ってこの村に大勢の人が来る予定とかって、あります?」
アインズがエンリにそう尋ねた。
おそらく、パンドラズ・アクターから、この村に何者かが近づいているという知らせを受けたという事だろう。
「いえ、そんな予定はありませんけど、どうかしたんですか?」
「武装した集団がこの村に向かってきているようなんですよ」
そういうアインズの言葉に、なぜそんな事が分かるのだろうかとエンリは不思議そうな表情だ。
ウルベルトは、一言エンリに断ってアインズと二人で少し離れた場所で相談をする。
「近づいてるって、どんな連中なんです?」
「数は大体100人くらいで、騎士っぽい姿をして、みんな同じ紋章の装備をした連中みたいです。ただ、装備品は何の魔法もかかってないようで、大した戦力はなさそうって言ってました」
「なるほど、村人よりそっちの方がもしかしたら情報聞きだすにはいいかもしれませんね。何しに来たか知らないですけど、ちょっと行ってみますか」
ただの村人よりも、どこかの組織に所属している人間の方が知っている事は多いだろう。
村は移動しないが、今こちらに向かっている連中はどういう行動をしてくるかわからないのだし、とりあえずそちらを優先させるのはそれほど悪くないはずだ。
エンリに、また何かあれば声をかけるかもしれないといい、二人は騎士団が向かっているという方向に歩みを向けようとした時、女の悲鳴が聞こえた。
こういった声を上げる場面を、ウルベルトは知っている。
弱者が、強者にいたぶられる時に上げる悲鳴だ。
ウルベルトの足は、自然とそちらに向かって走っていた。
いつもならば、組織のリーダーが今更行っても助けられないと、ウルベルトがその場に行こうとするのを食い止めるのだが、今はそれを阻むものは今この場にはいない。
血の匂いがする。
すでに一度右腕を切り付けられ、なす術のない女に切りかかろうとする騎士に向かい、とっさの事だったので魔法ではなくそのまま走った勢いで思いっきり、ウルベルトは相手を蹴り上げた。
今後、外に出る時はモモンの見た目で、アインズ・ウール・ゴウンを名乗る事になります。
原作では、モモンガさんが、遠隔視の鏡を使い方を探るのに手間取ってましたが、パンドラがやってくれたんでほんの少し原作より早くカルネ村に到着した感じになります。
あと、ウルベルトさんがいるせいでモモンガさんが浮かれ気味で、外に対する警戒度がちょっと下がってます。
ウルベルトさんも、急いで情報探したいんで、警戒するべきなのはわかるけど早く行動しようぜって思ってるからパッと一緒に外に出ちゃいました。
〈未熟な人間化〉は、習得条件にレベルが関係ある物と種族が関係ある物が使えなくなっている設定です。なので、使える呪文はかなり少なくなってます。逆に、それが関係ない〈大災厄〉は使える感じです。