悪の舞台   作:ユリオ

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6話 親子

「モモンガ様とウルベルト様が護衛も連れずに二人だけで外に出たなんてどういうことなの、パンドラズ・アクター! モモンガ様にもしもの事があったなら、あなた一体どう責任を取るつもりなの」

 

 モモンガから、外への探索に出るためナザリックの防衛を固めるようにと〈伝言〉(メッセージ)を受けたアルベドはその言葉に従ったのち、モモンガの自室へと向かった。

 そこで出会ったパンドラズ・アクターの自己紹介が終わるや否や、彼女は怒りに声を荒げた。

 まだ、外の様子は把握できていないこの現状で、二人だけを外に出すなど、そんな事が許されて良いはずがない。

 

「私はそのようにご命令をされ、それに従ったまでです」

「だから、それを止めるのがあなたの仕事じゃないのかと言っているのよ! モモンガ様に何かあったら、あなた責任が取れるの?」

「ですから、遠隔視の鏡で様子は確認しております。もしもの事があれば、すぐにでもそちらに向かう手はずになっております」

「見てから行動を起こしたら、間に合わないかもしれないじゃない!」

 

 ヒステリックな声を上げるアルベドにも、パンドラズ・アクターの表情は変わらない。ドッペルゲンガーの彼の顔は、どこを見ているかすらはっきり掴むことはできず、何を考えているのかなど全くわからない。

 彼はモモンガが作った存在だという。ならば、もっとモモンガの事を心配しても良さそうなものだと思うのだが、彼は父なる神がそうお望みになったからだと返答をした。

 

「あなたの仰ることはもっともでしょう、統括殿。しかし、私はモモンガ様の幸せこそを優先したい。あのお方はずっと、他の至高の御方がお戻りになられるのを待っておられた。再び、仲間と冒険に出られる日をずっと夢見てきた。それをお止めすることは、私にはできません」

 

 モモンガの安全よりも、モモンガの幸せを優先するという。

 それはつまり、モモンガの幸せとはあの男と一緒にいる事であると、そう言っているのだ。

 それが、たまらなく腹立たしかった。

 玉座の間にいたその時までは、モモンガはアルベドの事を見てくれていた。それが、第六階層に行き、あの男と再会してからはどうだ、その目線はあの男にばかり注がれている。それが、どうしても耐えられなかった。

 

「それにしても、統括殿はモモンガ様の心配ばかりされておられますね。まるで、ウルベルト様などは心配するに値しないと言わんばかりに」

 

 しまったと、アルベドが言い訳をしようと口を開こうとしたのを、パンドラズ・アクターが手で制す。

 

「いいえ、いいえ。お気持ちはよくわかりますとも。そして、あなたのその想いを、告発する気は毛頭もございません」

「それは、あなたにとってもあの男は邪魔な存在、という事で良いのかしら?」

「何度も言っておりますが、モモンガ様の幸せこそが私が望むもの。私は、至高の御方の姿を取ることはできますが、結局は本物ではない。モモンガ様のお心を真に癒すことが出来るのは、本物の至高の御方々でしかありえない。ですから、ウルベルト様が、モモンガ様の望まれるように、このナザリックに居続けていただけるのであれば、私からは文句は何もないのです」

 

 ああ、なるほどと、アルベドはにやりと口角を上げた。

 

「つまり、ウルベルトがリアルに帰ろうとしているようならば必要ないと、そういう事ね」

「ウルベルト様は、お病気のためナザリックを離れたとモモンガ様よりお伺いしておりました。どのような病気かは存じませんが、“りある”でしか療養ができない状態のようで、それならば仕方ないとモモンガ様は納得しておられました。それがもし、もし、ですよ“りある”に他に居場所があるだとか、仲間がいるだとか、そんな、このナザリック地下大墳墓よりも大事な場所があるからとこの地を去るのだとしたら、納得できるわけがないじゃないですか」

 

 つまり、ウルベルトがリアルに帰ろうとしているという確証が取れたならば、パンドラズ・アクターはアルベドに協力するといっているのだ。

 

「もし、そのような事があるようならば、モモンガ様がその事を知る前に行方不明という形で消えていただくか、もしくは死んでいただくのがよろしいでしょうね。そうすれば、モモンガ様の心の傷は最小限に留められる」

 

 それが当然の事だというように、ごく淡々と至高の存在であるウルベルトを消すとそうのたまう。

 ナザリックで誰もが崇める至高の40人を、ただモモンガの心を癒すだけの存在と定義し、それができないのであれば不要だという。

 

「私たち、仲良くなれるかしら」

「それは今後のウルベルト様次第でしょう。私としましては、あなたと組まずに済むのが一番良いのですが」

 

 何とかしてあの今更戻ってきた男が“りある”に戻ろうとしている確証を掴まなくては。

 アルベドとて、流石に至高の存在ともなれば早々手出しはできず、どうするべきか頭を悩ませていた。自分がやったと分かれば、モモンガに嫌われてしまうだろうから、秘密裏に事を進めなければいけない。

 そこに現れた協力者候補は、何としても仲間に引き入れなければいけない。宝物殿を守護する彼ならば、その地にあるアイテムも持ち出す事も可能だろう。そうでなくても、知恵者である彼は敵に回ると厄介だ。

 今まで他にも同様な想いを抱いている者はいないかと探りを入れてきたが、誰一人いなかった。アルベドと同じく、モモンガに恋慕しているシャルティアですら、創造主を優先していた。モモンガを愛する事を許可されたのが、アルベドのみである証拠でもあり、どこか誇らしくもあったがやはり事を起こすには一人では難しい。

 一先ずは、パンドラズ・アクターを仲間に引き入れる事が先決だ。

 

 確証はまだないものの、ウルベルトは“りある”に戻ろうとしているだろうと、アルベドは考えていた。デミウルゴスが、“りある”への行き来できる方法を探すべきだと提案してきたのは、彼がウルベルトが“りある"に戻ろうとしている事を知っており、その手助けをしようとしているという可能性は非常に高いと見ている。

 パンドラズ・アクターもこうしてアルベドに話しかけてきている辺り、ウルベルトの事を怪しいと睨んでいるように思われる。

 後はどうやって、モモンガに知らせないようにその確証を得るかという事だ。

 パンドラズ・アクターは、ウルベルトの病気が本当だったか疑わしく思っている様子があるが、その点はセバスが話していた内容と合致してしまっている。

 ウルベルト本人に近づくよりも、デミウルゴスから情報を聞き出すべきかと思案していると、パンドラズ・アクターがとんでもないことを口にした。

 

「ああ、そうそう。先ほどモモンガ様より言われた事なのですが、お名前をアインズ・ウール・ゴウンに改名されるとのことでした。後ほど正式に通達されるでしょうが、以後はアインズ様とお呼びする事となるようで、私も呼び名を正さないといけませんね」

「は?」

「外はどうやら人間社会の様子。そこで、ウルベルト様が、モモンガ様の改名を提案しモモンガ様はアインズ・ウール・ゴウンを名乗られることをお決めになられたわけですが、統括殿、今すごい顔をしていらっしゃいますよ」

 

 許せない。

 許せるはずがない。

 

「モモンガ様のいと尊きお名前を改名する必要がどこにあるというの!」

「人間社会ですと、姓がないと侮られることがございますのでそういった理由でしょう」

 

 どうしてモモンガが人間なんかの為にそんな配慮をしなくてはいけないのか。姓がないからと言って侮るようなそんな人間ならば殺してしまえば良いだけではないか。

 ああ、憎い。

 今もモモンガの側にいるのがあの男だという事実がどうしても受け入れられない。

 一度はこの地を捨てたくせに今更帰って来て。

 パンドラズ・アクターは、至高の御方の似姿になれる代替品であるが、アルベドの設定をモモンガが変えたのも、その至高の40人を待つ寂しさ故からだったのだろう。

 

 それでも良かった。

 どうせ、他の40人は戻ってこない。戻って来ても一瞬だけだ。

 彼らがいない間のモモンガの寂しさは、アルベドが埋めるはずだったのだ。モモンガの目線は、アルベドに向くべきはずだったのだ。

 それが、全部奪われた。

 あの男さえ現れなければ、愛してもらえたはずなのに。

 

「統括殿、どうか私以外の前ではそのような顔はされないように気を付けて下さいね。私としても、万が一の事態が起こった場合、協力者がいないと困りますので」

「ええ、そうね。ごめんなさい。今後は気を付けるわ」

 

 アルベドはいつもの慈愛あふれる笑顔に表情を戻す。

 だが、その内に燃え盛る憎悪の炎は勢いを増す。

 ああ、早くの男を殺してしまわなくては。

 モモンガの視線を奪い、あまつさえ名前まで奪ってしまったあの男を、早くモモンガの前から消してしまわなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜこのような事態になってしまったのか。

 陽光聖典隊長ニグン・グリット・ルーインは不測の事態に苦い顔をした。

 ガゼフ・ストロノーフ抹殺の任についていた彼らは、獲物が檻に入るのを待ち構えていた。それが突如、トブの大森林の方角から現れた頭が二つある獅子のような魔獣によって壊滅状態になった。

 突如現れた魔獣は、難度は恐らく100を超えているのではないかと思われる。

 

 あまりのタイミングの良さに罠なども考えたが、あれほどの魔獣を従えられるとも考えられず、ならばこれはただの偶然と考えるほかない。

 すでに何人かがやられ、森の奥に連れていかれている。おそらく、自分の巣穴に餌を持ち帰っているのであろう。

 

 もし、この魔獣が1体であればまだ対処ができたのかもしれないが、何よりも恐ろしいのがこの魔獣が複数で連携をとってくる事だ。

 炎を吐きだす攻撃をしたことから、氷の魔法をぶつけた結果、多少ではあるがダメージを与えられたのは確認したが、その魔法を放った者はもうここにはいない。他に意識をそらそうとしても、連携して自身の弱点を突いてきた存在を真っ先に屠りにきた。

 

 天使を召喚し応戦するが、かみ砕かれ、逃げようにも囲まれた現状ではそれも許されない。

 本来の予定であればこんな場所で使うべきではなかったのだが、ここで志半ばのまま死ぬよりはと第七位階の天使を召喚しようと魔封じの水晶を使おうとしたところ、何らかの危機を察したのか召喚するよりも先に魔獣が一気にニグンの元に襲ってきて、何とか生き永らえたが腕ごと水晶を奪われてしまった。

 このような魔獣の報告は聞いたことがないが、もしかしたら破滅の竜王が現れる前の予兆のようなものなのかもしれない。

 一命をとりとめた物の、最終兵器が奪われた今もはやどうすることもできない。

 そう、誰もが諦めかけた時に現れたのは、本来我々が殺すべき対象の男であった。

 

「貴殿らの目的は恐らく私の命であったのであろう。だが、このような魔獣を村へ行かせるわけにはいかない。故に、助太刀をさせていただく」

 

 馬鹿か、この男は。

 状況が見えていないのだろうか。

 一人でどうにか出来る敵ではない事は、明らかだ。それなのに、一人で助太刀に来たなどというのは、頭がおかしいとしか言いようがない。

 ただ、この男が英雄と謳われる事がある所以が分かった気がした。

 きっとこういう馬鹿に、人は夢を託したくなるのだろう。

 だが、この現状では無駄死にするだけなのは明白だ。

 

「逃げろストロノーフ! 奴らは炎の攻撃をし、弱点は氷のようだ。今はこの場を去り、この情報をもとに討伐隊を編成して来い!」

 

 その言葉に、ガゼフも仲間の陽光聖典も驚いていた。

 だが、今倒すべき敵はガゼフではない。この獣だ。このまま村を襲うような事があるならば、人類の脅威になりえる。それを排除する事こそが、人類の守り手たる我々の使命なのだ。

 

「いや、この獣たちはこの場で我々が仕留める」

 

 突如、全身鎧を着た男が現れそう言った。そばには、魔法詠唱者と思われる男も一人いる。

 二人とも、一目で分かるほど見事な装備品を身に纏っており、ただ者ではない風格があった。

 

「ゴウンに、オードル殿!」

 

 ガゼフが驚いたように声を上げる。

 聞いたことない名前であった。魔法詠唱者の顔から察するに、南方からやってきた旅人か冒険者といったところだろうか。

 だが、確かに装備は立派なものであったが、ガゼフとあと二人が来た程度でどうにか出来る状況ではない。

 

「この獣を倒せば、報酬とかもらえたりしますかね、戦士長殿?」

 

 にやりと笑いながら、魔法詠唱者の男がガゼフに問いかけた。

 

「!? ああ、少なくとも冒険者組合から魔獣討伐の報酬を受ける事は可能なはずだ。どれほどの強敵であったかは、この私が証人になろう」

 

 そういうガゼフは、どこか嬉しそうであった。

 そこからは、漆黒の鎧の戦士の独壇場であった。

 その剣技はあまりにも武骨であり、形もなにもあったものではなかったが、それでもその圧倒的な力の前ではそんな小細工は必要ないというようであった。

 近づいてきた敵をただひたすらに真っ二つに切り裂くという、ごく単純な戦法。

 遠くからの炎の攻撃は、魔法詠唱者の男が見事に防いでいた。第三位階までの魔法を使えるようだが、〈魔法の矢〉(マジック・アロー)の威力が通常のそれよりもかなり高いように見えた。もしかしたら、魔法の威力が高くなるようなそんなタレントを持っているのかもしれない。かなり優秀な魔法詠唱者の様だが、ただ漆黒の戦士の強さは圧倒的であった。

 その剣技のお粗末さから、ぷれいやーという事はなさそうだが、ぷれいやーの血を覚醒させた存在である可能性は非常に高いように思われた。もしかしたら、身に着けているマジックアイテムの効果なのかもしれないが、その力が圧倒的であった事には違いはない。

 そんな事を考えている間に、先ほどまであれほど勝ち目のない強敵と思っていた魔獣が、たった二人によって撃退されてしまった。

 ニグンは、この情報を早く本国に伝えねばと痛む腕を抑えながら、そんな事ばかりを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺しても良いといわれたので思いっきりやってしまったが本当によかったのだろうかと、オルトロスの死骸を見ながらアウラに対して罪悪感をウルベルトは覚えた。希少な魔獣というわけでもないので、別に問題はないとの事だったが、あとからまた生き返らすという事などはできるのだろうか。

 

「お強いとはお聞きしておりましたが、あそこまでとは思っておりませんでした。お二人には、感謝してもしきれません」

 

 自身では戦っても足手まといになると悟り、襲われていた魔法詠唱者たちを守ることに徹していたガゼフが、安全を確認した後こちらにやってくる。

 その戦いぶりからみて、レベルは30か40くらいはもしかしたらあるのかもしれないなと思われたが、いかんせん装備品が貧弱すぎて話にならなかった。これで、この辺では最強と言われる戦士と言うのだから、この世界ではレベル100の力はかなりオーバースペックだ。やはり、軽々しく力を見せる事はしない方が良いだろう。

 

 ガゼフの部下たちも、戦闘の音が聞こえなくなったところで、こちらにやって来て法国の人間に何があったのか話を聞いていた。ガゼフを殺そうとしていたのは間違いないだろうが、実行犯ではない以上証拠はなく、せいぜい不法入国で取り締まられるだけになるかもしれない。

 

「感謝は言葉より、形のあるもので欲しいものですね」

「その通りだな。なるべく、お二人の希望が叶うように王に間違いなくお伝えする。あと、魔獣討伐の報酬については、もしお二人が冒険者として登録されるなら、されていない状態よりも多く報酬がもらえるはずなので、そういう道も悪くはないと、私は思う」

 

 確かに、冒険者というのも悪くはないと思っていた。

 

「そうですね、俺たちはこれからゆっくり色んな所を回ってエ・ランテルに行くつもりですから、戦士長からエ・ランテルの冒険者組合に我々の事について話をつけておいてもらえますか? できれば、大きい報酬は後でいいので数日分の宿代ぐらいもそこに預けていただけるとありがたい」

 

 ユグドラシル金貨がいろんな面で使いにくい以上、なるべくこの世界の硬貨が必要だ。この世界に長居する気はさらさらないが、それでも情報を得ようとするならばそれ相応の金が必要になってくるのが世の常だ。

 勝手に話を進めてしまったが、モモンガも特に不満はなさそうであった。むしろ、どこか嬉しそうですらある。

 ガゼフはその程度ならば問題ないと請負い、捕まえた連中と一緒に村を後にした。

 

 ウルベルトとアインズが村へ戻れば、まるで英雄が帰還したとばかりに讃えられた。それだけでも厄介だというのに、また村の近くに魔獣が現れたりどこかの騎士に襲われたりするかもしれないから、大したもてなしはできないがこの村に残ってくれないかとまで言われた。

 魔獣については完全にこちらのせいなので、アインズが魔獣除けの御守りを渡すと、こんな貴重なアイテムをと恐縮されてしまった。

 レベル50までの獣が近づきにくくなるという物で、ガチャから大量に出た、アインズにとってはごみアイテムであった。完全に近づいて来ないなら良いが、あくまで近づきにくくなるだけなので、上位互換アイテムを持っていた場合完全に必要がないような代物だ。大量に持っていたからか、20個くらいを在庫処分と言わんばかりに渡し、村の森に近い位置に置いておくようにと指示をしていた。

 別れを惜しむ村人たちを後に、ウルベルトとアインズは村を出て、ナザリックへと帰還したのだが、その後すぐに後悔した。

 

 

 完全に、失敗した。

 

 ノリで冒険者になるとか言ってしまったが、少なくともアインズと二人でなる必要は全然なかったと、ナザリックに帰還したウルベルトは気づき、頭を抱えていた。

 冒険者になるにしろ、アインズとは別れて別々になるべきだったが、これから二人で冒険者、楽しみですね! とテンションが高いアインズに今更別行動をしようとは言えない状況になっていた。

 しかも、捕まえた数人の法国の人間から尋問を行った結果、プレイヤーに繋がる情報が、少なくとも王国よりはありそうな雰囲気があった。

 アインズも一応、リアルへの帰還方法を探すという方針には同意しているものの、それでもナザリックの安全が一番であり、法国について探りを入れるのはもっと現状を把握してからの方が良いだろうと言ってきた。反論する言葉が思いつかず、法国を直接的に調べるのは後回しにされてしまった。

 

 せめて〈伝言〉(メッセージ)が言葉を発せずに使えるのならば、もっと気軽にデミウルゴスに相談して今後の方針を決めることもできたのだろうが、それもできない現状だ。少しの時間であれば〈伝言〉(メッセージ)をする事も出来るが、やはりこそこそとそんなことをしているのがアインズにバレれば不審に思われることは間違いない。

 今後はもっと慎重に、今後の動きを決めて行かなければいけない。

 

 カルネ村から帰った後、守護者たちを集めて今後の方針と、モモンガがアインズ・ウール・ゴウンに改名したことを告げた後、一旦アイテムの整理をしたいとウルベルトはデミウルゴスと自室の片づけを行っていた。

 一般メイドが頑なに手伝うと言ってきたのだが、親子の触れ合いタイムだから今回は控えてくれと言うと、それならば仕方がないと納得してくれた。ただ、掃除は二人がいなくなったらするので、ゆっくりしていてくれと、お茶とお菓子を持ってきてくれた。

 

 悪魔の体は、特に飲食を必要としないのと、この世界に来て色々ありすぎたため今まで食事はとっていなかった。

 一口、メイドが持ってきてくれたクッキーを食べるとあまりの美味しさに目を見開く。

 ただ、こんな旨いものを知ってしまうと、餌付けされて帰りたくなくなるのでは、なんて思ってしまって1枚だけ食べてあとはデミウルゴスに食べるように言った。この味に慣れてしまえば、リアルでの食事は喉を通らなくなるだろう。

 

 部屋は、アイテムボックスにあったものを全てぶちまけていたこともあり、ひどい惨状である。メイドがするとは言っていたが、今後使いそうなアイテムを選別する必要もあったので、デミウルゴスと一緒に掃除をしながら作戦会議を開いていた。

 

「現状、他の守護者たちも自身の創造主が戻ってくる手掛かりになるのであれば と“りある”への行き来する方法を探す事には皆賛同しておりますので、情報収集はこちらの方で行っておきます。ただ、法国への調査となるとアインズ様の御命令に背くことになりますので、やはり難しいかと」

「そうだよなぁ」

「私個人で動くことは可能ですが、もし本当にぷれいやーが存在して友好関係が築けなかった場合のリスクが大きすぎるかと。アインズ様の御命令を背いての行動となると、ナザリックからの援助は求められませんから。ウルベルト様からのご命令を頂けるようでしたら、少し探りを入れるようにいたしますが」

「そこまではしなくていい、自身の命を一番に考えてくれ」

 

 ゲームと同じ仕様であるならば、NPCはユグドラシル金貨で復活ができるはずだ。だが、だからと言って簡単に死んで良い訳がない。ウルベルトは、持っていた金貨を全て、引退する時にナザリックの維持費にでも使ってくれと渡してしまっている。

 つまり、使うとなると宝物殿の金貨を使う事になる為、復活させるかどうかを決めるのはアインズだ。命令を背いたとあっては、復活させてもらえるかどうかも怪しい。

 そうでなくても、デミウルゴスが死ぬところなど見たくはない。

 

「とりあえずこのまま、地道に情報を集めていくしかないっていう事か」

「申し訳ございません」

「謝らなくて良い。お前がそう判断したっていうなら、それしかないって事なんだろう。それが確認できただけで充分だ」

 

 もし、ウルベルト一人で転移していたならば無茶をしただろうが、アインズが今後もこの地に残るとなるとそれもできない。デミウルゴスをリアルに連れていけない場合は、彼もここに置いていく事になるのだから、ナザリックの安全は絶対条件になる。

 そうなると、予想以上に広そうなこの世界でリアルへの帰還方法を探すには、ナザリックの力を借りながら地道にやっていくしかないという事だ。

 

 その間に、己の中にある悪が変わらない事を祈るばかりだ。

 

 カルネ村の一件で人を殺したにもかかわらずそれほど罪悪感を覚えない自分に驚いて、これは悪魔になった影響かと思っていたのだが、少し違っていた。いや、悪魔になった事でそういった影響が表れているのは間違いないが、人間化した際はそれが和らいでいたのだ。というより、人間化してもあくまで人間種のプレイヤーと同等の感情になっていたというべきか。

 ゲーム中では相手が人間であろうと敵であれば殺すのは自然な行為だ。それ故、敵と認識した相手に対して殺すことにそれほど躊躇がなかったのだと思われる。あの時感じた高揚感は、悪魔になった影響が残っていたのか、カルマ値が極悪であったからなのかは、はたまた両方の影響か。

 ただ、はっきりとしているのは人間化した時と悪魔状態では精神構造が多少変わってくるという事だ。情報収集のため数人連れてこられた陽光聖典が尋問という名の拷問を受けているのを目撃してもそれを愉快に思ってしまったのが証拠だ。

 このまま悪魔の精神になってしまえば、リアルに帰ったとして本当にやるべきだったことをやれなくなってしまうのではないかという恐怖があった。

 この気持ちが変わる前にどうか、リアルへ帰還できますようにと祈るより外にない。

 

「羊皮紙の捜索のご命令を頂いておりますので、それを探すのと並行して、近隣諸国から法国やぷれいやーの情報を集めるように致します。ですので、ウルベルト様はアインズ様と外の世界を楽しまれて頂いていても大丈夫です。アインズ様は、ずいぶん楽しそうにされておられましたし」

「まぁ、俺が何かするよりお前の方がこういうのは得意分野か。もう、自分で言い出しちまったし、一時はアインズさんと楽しく冒険者やって、アインズ・ウール・ゴウンの名前を広めておくか」

 

 冒険者になる以外の道もあったのだろうが、もはや今更だ。

 とりあえず、このままの方針で行くしかないだろう。

 

「そういえば、お前にとって俺ってどういう存在だ? ああ、創造主だって言うのはわかっているんだが」

 

 唐突に、ウルベルトは話題を変えた。

 

「この世で最も尊い、私が忠義を捧げるべきお方と思っておりますが、どうしてその様な質問を?」

 

 デミウルゴスが不思議そうな、そしてどこか不安そうな表情でそう尋ねる。

 

「いや、パンドラズ・アクターが創造主は神の様な存在だって言って、アインズさんがそれに対して親子の方が近いんじゃないかって言うからさ、俺とお前の場合はどうなんだろうと、そう思っただけなんだ。俺としても、神なんて大仰な存在じなくて、父親の方が気軽で良いなと思ってるんだが」

「よろしいのでしょうか。ただのシモベ風情がそんな……」

「俺がそうしたいって言ってんだよ。まぁ、一緒に死んでくれなんて言ってる奴に、親を名乗る資格はないかもしれないけどさ」

「いいえ、そのような事はございません。ウルベルト様にそう言っていただける事は何にも勝るほどの褒美でございます」

 

 デミウルゴスは歓喜に震えているが、親子になりたいだなんていうのはウルベルトの自己満足だ。

 

「俺の両親は俺を残して勝手に死んじまってな、俺はその場にいなかったからどうしようもないんだが、一緒に連れて行って欲しかったってずっと思ってた。でも、それ以上にこんな自分じゃあきっとダメなんだろうなって、ずっと俺なりの悪になろうと努力してきた。未だ理想には程遠いが、息子を一緒に地獄に連れていけたなら、過去の自分の後悔を拭い去れるんじゃないか、なんて馬鹿な事を思ってるんだ」

 

 親と名乗るには、やはり最低だなと口にして改めて思う。

 

「馬鹿だなんて、そのような事はございません。私も、ウルベルト様に置いていかれくらいならば、どのような場所であろうとお供したいと思っております」

「俺のわがままに付き合せちまって悪いな」

「そんな事はございません。私は、あなた様のわがままに付き合いたいのです」

「……俺の息子にするにはお前は出来すぎだな」

「ウルベルト様がそのように私をお創りになれれたからです」

「そうだな。その通りだ」

 

 そこで、ウルベルトは何か大切な事を忘れているようなそんな感覚がしたが、それが何なのか思い出せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズが9階層のスィートルームの廊下を歩いていると、メイドがお茶とお菓子をワゴンに乗せて歩いているのが見えた。

 

「それは、どこに持って行くんだ?」

「ウルベルト様のお部屋まで持って行くところです。現在、ウルベルト様はデミウルゴス様と親子の触れ合いタイムとなっておりますので、その差し入れです」

 

 メイドは嬉しそうにそう言うと、アインズに会釈をしてウルベルトの部屋に向かって行った。

 

 親子、か。

 アインズは、自身でパンドラズ・アクターに対して親子などと言ってしまったが、本当はそんな風には思ってはいない。確かに、間違いなく自分が作り上げた黒歴史なのは間違いないが、育て上げた記憶はないのだからそれも当然だろう。

 

 しかし、NPC達とはもっと仲良くなるべきなのだろうかとは思う。

 先ほどのメイドも、自分が何かしてもらっているわけでもないのに、ウルベルトとデミウルゴスが仲良くしているという事実に嬉しそうにしていた。

 NPC達からの反逆を恐れて、支配者の様に振舞っていたが、それは間違いだっただろうか。一度そういう演技をしてしまっている以上、もはやそれを変えるのは難しいが、家族の様にNPC達に振舞っていた方が良かったのだろうかと思ってしまう。

 

 とはいえ、家族という物がどう言うものなのか、鈴木悟にはよくわからない。

 両親とも幼い頃に無くしてしまっており、家族と過ごしたごくわずかな時間の事は、もはや記憶の片隅にほんの少し残った程度で、実際にどう接するのが家族として正しいのかなんてわからない。

 ウルベルトも、同じく両親を幼くして無くしているはずだが、彼の場合はそれ故に家族と言う存在を求めて、デミウルゴスと今こうして仲良くしているのかもしれない。

 

 家族は無理でも、やはりもう少し位は彼らに近づいておくべきかと思い、アインズは歩を進めた。アインズにとっては家族でなくとも、ギルドメンバーにとって家族のような存在である彼らから失望はされたくない。

 冒険者になるための準備は済ませてしまったし、ウルベルトの邪魔もできなくて時間が空いている、と言うのが一番の理由なのだが、とりあえず魔獣を呼んでくれたアウラにお礼を言うべきかなと六階層へ向かった。

 アインズが突然来訪して礼を述べると、アウラは畏まってしまった。

 

「そんな、アインズ様や至高の御方に尽くす事が私たちの役目なんですから、そんなお礼なんて必要ないですよ」

 

 そんな風に言われると、なんだか少し寂しい気分になる。

 ギルドメンバーとは、もっと気安く話が出来ていたのになと、そんな事を思ってしまう。

 

「でも、尋問するのに捕まえた人間は本当に数人で良かったんですか? あの程度の人間なら、全員一気に捕まえる事もできましたけど」

 

 実際、アウラの言う通りあのレベルであればまとめて全員捕まえる事はナザリックの戦力を考えれば訳はないだろう。実際、尋問をして彼らにかかった呪いのようなものの存在を知らなかったが故に無駄に何人か殺してしまったため、情報収集としてはあまりうまくいっていないというのが現状だ。

 

 アインズだけであの場にいたならば、全員を捕縛するように指示を出していたであろうが、ウルベルトはあの時人間化していた故かもしれないが、人を殺したくないと思っていたようだった。そのため、被害を最小限にするべきかと、アインズが判断して捕まえるのは数人だけと、アウラには命令をしていた。とはいえ、ナザリックのNPC達は、人間種であるアウラでさえ人間を軽視しているので、なぜウルベルトが殺すのに躊躇しているのか理解はできないだろう。

 

「どこにプレイヤーがいるかわからないからな。あまり目立った悪行をして、こちらが悪い奴だと思われてしまっては、プレイヤーと交渉になった時に不利になる事もあり得る。故に、今回はこの程度で良いと判断した」

「なるほど。そういう事なんですね」

 

 納得してくれているアウラを見ながら、NPCが大事なのは間違いないがやはり、本音を話せるギルドメンバーたちが早く戻って来てくれないかと、アインズはそんな事を考えてしまっていた。

 




登場させる魔獣は、原作にも名前出ているキマイラあたりにしようと思ったけど、あとでレベル言われると困るなってんで、オルトロスにしました。
アトラスのゲームに出てる奴のイメージで、アギ(火炎)の攻撃してきて、ブフ(氷結)弱点だよねっ。って決めた感じです。


カルネ村の人は全員生存してるんで、ゴブリン将軍の角笛を渡して住人増やすわけにはいかず、エンリは残念ながらただの村娘のままです。


それと、申し訳ないんですけど、あと2話ほどは原作と同じような流れになります。もちろん、ウルベルトさんいるんで、色々変わりますが。後に関わる部分と、作者がただ書きたかった部分以外は端折っていくんでご了承ください。
その後は、一部のシーン以外は原作と違う流れになりますので。

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