彷徨える総統。アメリカを行く。   作:イブ_ib

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ヒトラー 復活する。

1945年4月29日

 

ヒトラーは妻のエヴァと一緒に柔らかなソファに座っていた。ソファに座ってヒトラーたちは吞気にも 、しばし国務を忘れようと決めていたのだ 。

 

そしてヒトラーはエヴァとしばし談笑した後、手持ちの古いピストルを見せた。

 

 

・・・・

 

 

 

2287年8月30日

 

2077年に起きた最終核戦争によって、アメリカが国家の要諦を失ってすでに200年と10年ちょっとが過ぎていた。

 

 

そんな混沌と暴力が支配するかつての自由の国で、ある男が目覚める。

 

 

◆◇◆◇

 

四月にしてはいささか暖かい気温に私は目を覚ます。

 

空は青く、敵機は見えない。

砲音も聞こえない。

 

そう思いながら私は周りを見渡す。

するとどうだろう!

 

 

私の目前には崩壊寸前の廃屋が建っていた。

 

その隣の家も、その奥も、全てが倒壊寸前。窓が割れて扉もドアノブがぶっ壊れて開きっぱなしである。

 

「けしからん、確かに物的価値のあるものは破壊しろと言ったが、こう中途半端では困る!」

 

ここまで壊すのならば、火を放って徹底的に燃やすべきだ!

 

もし敵の手にあの廃屋が渡ったらどうする?

 

雨風が凌げるではないか!

 

身を隠し待ち伏せされるではないか!

 

ドアもあのままでは敵は好きなようにドアから入って出て行くだけだ!

 

だからネジの一本に至るまで徹底的に破壊しろと命令したのだ。

 

 

と、一通り怒った後、私はとんでもないことに気付く。

 

 

建物がこうして破壊されている以上、戦闘が続いているはずだ、なのに何故総統である私が地上にいるのか?!

 

早く総統地下壕に戻らなくては!

というか私をこんな地上に放り出したのは誰なんだ!

 

 

「デーニッツ!ゲッベルス!ボルマン!いないのか!」

 

地下壕の入り口を探しながら部下の名前を叫ぶ。

 

が、いくら叫んでも返事は来ないし、周りを見渡しても入り口らしい物は見つからない。それどころか冷静になって周りの景色を見ると、どうやらベルリンではない気がしてきた。

 

「まさか、私はついさっきまでベルリンにいたんだぞ、いきなり別の場所に行くものか!」

 

そう言いながら付近を歩き、ここがベルリンだという証拠を探す。

 

 

すると目の前に一際目立つ看板が見える。

 

露出度の高い女性が電球のガラス部分の様なものを被っており、隣に黒い飲料水と思われる物が描いてある。

 

ヌカコーラ?

 

そんな事どうでも良い。こんな戦時下でこの様な広告を出して良いと許可した覚えは無い。

 

こんな看板に使われるブリキやペンキにも国民の貴重な財産が使われていると思うと腹が立つ。

 

宣伝省の怠慢である。一体何をしているのか!

 

その隣のポスターに目を移すと・・・

 

なんという事であろうか!ここはドイツでは無いのか?!

 

そのポスターには、敵国アメリカの国旗をモチーフとしたスーツ、自己主張の激しい男のアンクルサムが倒れている所を、厳つい鎧を着た兵士が手を取っているポスターだ。

 

アンクルサムは手を差し伸べている鎧男ではなく、こちらを見ている。

 

ええい、こっちをみるんじゃ無い!気色悪い!

 

 

そしてその下には、「国は君の手を欲している!」だとか何とか英語で書いてある。

 

 

しかしこれは一体どういう事だ!?

何故我がドイツにこの様なポスターが!?

 

私の優秀なる頭脳は、ある一つの仮定に辿り着く。

 

 

「ドイツは既に降伏し、私は眠っている間にアメリカに引き渡された。」

 

いや、それは無い。仮に引き渡されたとして、何故あんな荒地に放置する?

 

ではこうか?

 

「連合国の特殊部隊が私を拉致し、特殊な環境に置き、何か情報を吐き出さないか調査をしている」

 

それも信憑性に欠ける。

厳重に警備された総統地下壕に侵入するなど出来るわけがない。

 

 

しかしその様な可能性も完全に無いとは言えない。如何なる事態でも臨機応変に対応出来てこそ民族の指導者が務まると言うものだ。

 

もし満足のいく結果が得られなかったとしてアメリカ兵が私を殺しに来たとしてもタダでは死ぬまい。

たしかピストルが有ったはずだ。

 

そう言いながら腰ベルトからワルサーPPKを取り出して弾を確認する。

 

 

武器は問題ない、さてどうするか。

 

兎に角今やるべき事は、このアメリカの地から脱出し、ドイツへと目指す事。

 

私がいなくなりさぞ地下壕は混乱しているだろう、早く戻って指揮をとらねば。

 

 

 

・・・・・

・・・・・・・。

 

どうやってアメリカからでればいいんだ?

 

飛行機や船などの手段はあるが、飛行機は操縦出来ないし、船は1人では動かせない。

 

そもそもイギリスがいる以上、大西洋は米英の独壇場になっている筈だ。

 

・・・・・・・。

 

「如何なる逆境でも乗り越えて初めて真の勝利を手にする事が出来る!ドイツ民族に出来ない事は無いのだ!」

 

ヒトラーは自らを奮い立たせて、目の前の道を歩いていくのであった。

 

◇◆◇◆◇◆

コンコード

 

何時間歩いただろうか、やっと街と言える様な場所に着いた。

 

行く道中空を飛んでいたのは鳥のみだし、銃声も聞こえて来ない。

 

街は戦火にあった様に荒れ放題であるにも関わらずだ。

 

ここなら誰かがいるだろう。

もしかしたら総統が拉致された事に怒り心頭となった我が軍の精鋭がアメリカ本土に攻撃を仕掛けており、既に我がドイツの占領地となっている可能性も捨て切れない。

 

シュタイナーは命令を聞けぬヘボでダメでカスだったが、私は全てを絶望した訳では無いのだ。

 

◆◇◆◇◆

 

「まったく、今日はツいてねぇなぁ」

 

「ヌカコーラも無し、ソールズベリーステーキもないと来た。」

 

街の中でも一際目立つ建物の前で、2人の男が、焚き火を囲って話をしている。

 

物陰から彼等を見たが確信する、彼等はドイツ兵ではないと。

 

彼等の服は破れ、体毛は伸び放題で薄汚れており、品の無い野蛮人の様に見える。

 

どうする?話しかけるか?いや、どうも話しかけても碌な事にならない気がする。

それならば、残念だがこの街は通り過ぎる事にするか・・・。

 

私は目立たぬ様に、街を迂回する事にした。

 

 

「おい、なんか臭わねぇか?」

 

「・・・ホントだ、ガソリン臭ぇ」

 

 

一瞬何のことかと思ったが、成る程今着ている服から強烈なガソリンの臭いがする。そうか、これはベンジンだ。きっとエヴァが制服の汚れを落とそうとして、躍起になってひと瓶丸ごとかけたのだろう。

 

・・・・・・・ヤバイ!

 

 

ベンジンはガソリンの様なものだ、それが引火でもしたらたちまち総統の丸焼きが出来上がる、冗談ではない!。

 

 

「誰だ!!」

 

「クソボケが!」

 

paff!paff!paff!

 

 

「ワッ!!!」

 

 

男2人組は、私のいる方向に向けて撃ち始めるが命中精度は悪いようで、デタラメな方向に飛んでいく。

 

撃たれっぱなしでは寝覚めが悪いので、私もワルサーPPKで反撃に移る事にする。

 

paff!!

 

レイダーの銃はただの鉄パイプ同然の銃に対し、此方はキチンと精巧に作られたドイツ製だ。

 

 

弾は真っ直ぐに暴漢の頭に向かい、命中する。

 

「グアッ!!」

 

一度倒れるも、男は注射器を使うとすぐに立ち上がる。

 

「ふざけるな!五臓六腑満遍なくバラバラにしてやる!」

 

怒り狂った様子で男どもは追いかけて来る。

 

「化け物か!?」

 

私は分が悪いと判断して、逃げる事に専念する事にした。国の指導者たるもの引き際を見誤ってはいけないのだ。

 

◆◇◆◇◆◇

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

どうやら暴漢共を巻く事が出来たようだ。

 

どうやら此処は住宅街の様だが、やはり此処も荒廃している。

 

「とにかく、何処か休める場所は無いのか・・・」

 

何故総統の私がこの様な目に会わなければならないのか。

その様に考えている時であった。

 

「・・・・」

 

その時の私の様子を見たら、誰もが笑っていただろう。

 

口をあんぐりと開け、目を見開き、両腕をダランと下げていたのだから。

 

 

目の前の家には、なんと錆びついた謎の球体の機械らしきものが浮いていたのだ。しかも鼻歌の様なものを歌って植木の手入れをしていると来た。

 

「・・・あ、ああ?あ!?」

 

銀色玉は余りの驚きにこの様な声しか出ない私に気付いた様で、触覚の様な気味の悪い3つのレンズが私を捕える。

 

 

「おや?そこにおられるのはだれですか?」

 

そう言いながら銀玉は此方に向かって飛んでくる。

 

「ひぃ!ひいいいい!!」

 

恐らく人生で最も情けない声をあげたのは、前にも後にもこの時だけだろう。

 

 

◆◇◆◇◆◇

私は友好的に話しかけて来たこのコズワースとかいうロボットに可能性を賭けて見ることにした。

 

「貴方のお話を纏めるに、貴方は約250年の時を得てベルリンからこのサンクチュアリに辿りついたということですか!ハハー!此れは傑作です!」

 

先程この球から2077年から200年経ったと聞かされたが、そもそも1945年から132年も経っているので、100年200年経ってようが、そこはもうどうでもいい話なのであった。

 

 

「ところでコズワース、これからは私の事は貴方ではなく総統と呼んでもらいたい。」

 

ポーズもな、といい右手を高くあげてナチス式敬礼を取る。

 

 

「おやおや、此処まで徹底するとはかなりの凝り性の様です。わかりましたそう呼びましょう。総統閣下」

 

コズワースは火炎放射器がある腕をピシッと上に上げながら言った。

 

その様子を私は見て満足げに頷きながら、いつか必ずドイツに戻って見せると決意を露わにして、星が現れ始めた空を見上げたのであった。

 


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