使われぬまま、どれほどの時間が経過したのだろう。小学校の裏庭に設置されている錆び付いた大きな焼却炉の前に、二人の男がいた。
座らされた椅子の背で、抵抗できないように両手を縛られた壮年の男性、もう一人は、やや年上にも見える男だ。一見してわかる違いとしては、年上の男には、血に濡れた左手と、右手に刃物が握られているかどうか。そして、どちらの表情に笑みが浮かんでいるかどうかだ。
だが、表情が歪んでいるのは、刃物を握った男のほうだった。激しい狼狽が一目で窺え、遂には、手にしていた刃物を地面に落としてしまった。粘着を増した血塗れの刃に、大量の砂や小石が付着する。
理解が出来なかった。左耳を削ぎ落とし、顔が腫れ上がるまで殴打し、足や手を始めとした骨を数本折った。挙げ句、決意を固めて左目に人差し指まで突きいれたというのに、尚も、椅子に座った男の唇は三日月型を保っている。眼球を潰した感触が残る指を切り落としてしまいたい、そう考えてはいたものの、そんな思いは胸に広がった恐怖心により塗りつぶされた。
ただただ、恐ろしかった。人が耐えられる痛みの限界など知るはずもないが、おぞましささえ感じる見た目になるまで痛め付けられて、悦に入ったような顔色など浮かべられるはずがない。
しかし、目の前にいる男はどうだ。
まるで、餌を待ちわびる猫みたいに、顎をあげ、残された右目だけを爛々と輝かせている。荒くなった呼吸は、次第に艶を含みだし、苦しくなったのか、上下に割れた唇から、だらり、と舌が垂れた。猫ではなく、その様は、さながら、犬のようだ。落とした刃物を拾いもせず、後ずさった男に、濁った水のような声が掛かる。
「どうしたの……?僕がどうして、ここを襲ったのか吐かせる、そう息巻いていたじゃないか。そんなに離れてちゃ、何も出来ないよ……?」
ひっ、と悲鳴をあげ尻餅をつく様を眺めていた椅子の男から、表情が消えた。
「なぁんだ……期待外れだったなぁ……」
自由の利く首で空を仰ぐと、顔を戻さず、一息で軽く立ち上がる。驚愕のあまり目を剥いた男に、もう関心が薄まったのか、右目の煌めきが鏡のように冷めきっている。目線を投げつけつつ、足下に落ちていた刃物を拾った。
「君、ここのリーダーなんだよね?」
語りかけられるも、リーダーは拾われた刃物と男に目が釘付けになっていた。
椅子に縛られていたにも関わらず、男は苦もなく立ち上がってみせた。つまり、あの拷問を享受していたのだ。
感染の続編になります