これまで、あんな態度を貫いてきたにしては、温もりを持った声音だった。男は、意外そうな顔をしたが、軽く肩をあげる。
「そっちこそ、下手な死に方をするなよ。きっとすぐに会うことになるだろうしな」
裕介がアクセルを踏み、エンジンが唸りをあげて車が走り出す。男が最後に残した一言に、達也は口角をあげることを返事とした。
幸いにも、数十人の死者が達也が作った抜け道に集まっていなかったので、グングンと速度をあげた車は、車輛の間を一気に駆け抜けることができ、裕介が安堵の息をつく。しかし、助手席から飛んできた達也の声に、諦念へと変わる。
「……街に戻ったら、浩太を交えて話しをするからな」
「見逃してもらえませんかね?」
「駄目に決まってんだろうが」
ふいっ、と顔を窓へ逸らす。反射で見えた表情は、様々な感情が入り交じっているようにも思えた。
きっと、達也だって心根は違っているのだろう。人を信じたい、人と助けあいたい、人と繋がっていたい。けれど、この世界は残酷だ。
跋扈する死者、生き残りを賭けた人々との争い、裏切りと軋轢、優しさだけでは、どうしようもない事態に直面することも多い。単純な思いやりだけでは、いまを生き抜くことはできない。
達也は、そっぽを向いたまま、裕介の肩を軽く叩く。
「まあ……先日も、似たような件で、お前らはぶつかっちまってるしな。ある程度は庇ってやるから、そんなに気落ちするなよ」
段ボールが一つ減ったことで、確認しやすくなったバックミラーへ目線をあげ、ポッカリと空いた空間を眺めたまま言った。
「そうしてもらえると、有り難いです……」
物資を無駄にした訳ではない。見返りは情報、それも危険な集団が近くにいるという重大なことを聞けた。
大丈夫、きっと、浩太さんも分かってくれるはずだ、そう裕介は口のなかだけで呟いた。自分を落ち着かせる意味もあったのだが、九州地方感染事件を共に生き延びた仲間が不信感を募らせているのではないかという憂慮もある。それらを吐き出すことは簡単だが、そう上手く事が運ぶはずもないだろう。それが、この十年で、もっとも変わった性質なのだ。
当時の九州地方でもあったことだが、些細な出来事が大きな軋轢に変わることも少なくない。なんらかの引金へ、常に指を掛けた状態で日々を暮らしていくのは、とても神経を磨耗させてしまう。
裕介は、達也にも聞こえないような、小さな小さな息を身体から押し出すように腹から出し、案内標識を見上げると、九州地方感染事件を生き延びた者が過ごす街まで、あと僅かの距離だった。
次回より第2部「責任」にはいります