裕介は苦い顔をした。それも当然だろう。この街にいる以上、どれだけ問題を起こしていても、裕介にとっては、仲間であることに変わりはない。それに、敵でもない人間に罠を仕掛けるなど、どうにも気持ちが悪い。
そういった胸中を読み取った田辺は、眼鏡を取り目頭を揉んだ。
「これは、別に裏切りの類じゃないんだ。ただ、確認の為にすることなんだよ。もしも、僕らの推測が外れていた場合、事態を今よりも重くすることになりかねないからね」
「それは、分かってます。でも……罠なんて、なんていうか……」
「気持ちは分かるよ。僕だって、この提案は辛いんだ。けど、もっとも犠牲を抑える為には、こうするしかない」
亜里沙が手を挙げる。
「直接、聞くっていう選択肢は……」
「それだけは絶対に駄目だ」
二人の重なった声に一蹴され、亜里沙は見るからに凹んだ。蚊の鳴き声で、声を揃えなくたって、と呟いている。
しかし、今のタイミングで二人が一致したということは、裕介も犯人を特定するには、それしかないと心の奥で思っているであろうことが判明した。
気まずそうに俯いた裕介に一拍置いて、田辺が言う。
「裕介君、確認をするだけで、声を掛けるまではしなくて良いんだ。協力してくれないかな?」
「……具体的にどうやるのか、決まっていますか?」
「ああ、それはね……」
説明を始めようとした田辺を遮ったのは、ノックの音だった。三人は、ドキリ、と心臓が跳ねそうになり、恐る恐る扉へ振り返る。
「おにいちゃーーん、おねえちゃーーん、邦子さんからここにいるって聞いたけど、まだいるーー?浩太おじさんが呼んでるよーー」
聴こえてきた声に安堵の息を吐く。
そういえば、浩太が集まるように言っていた。
「ああ、分かった!」
「あ!やっぱり、ここにいたんだ!もう!台車持ってきてって言ったのに、いつまでも戻ってこないんだもん!」
加奈子が愚痴を言いながら扉を勢いよく開き、そこにいる筈がない田辺に気付き、あれ、と目を瞬かせる。
「将太おじさんもいたの?三人で何してたの?」
あっけらかんとした態度で、田辺は頬笑む。
「裕介君が持ってきてくれた物資についての話しをしていてね。今回で、施設の物が無くなってきていると聞いたから、次に必要な物をピックアップしていたんだ。それで、加奈子ちゃんはどうしてここに?」
上手くかわして、次の質問に切り換える。この辺りの巧みさは、元記者としての経験から活きているものだろう。怪しむ素振りもなく、加奈子が続ける。
「あ、そうだ。浩太おじさんが……あれ?これさっきも言わなかったっけ?」