背中に、冷汗が流れ始め、喉を鳴らす。世界が崩壊してから、人を騙す奴、人から奪う奴、人を殺す奴、あらゆる人間を見てきたが、こんな奴は初めてだった。痛覚が麻痺しているなんて次元の話ではない。
風が吹き、周囲の木々が音をたてる中、そこに葉音だけではなく、集団の足音と呻き声が混ざっているのを聞き取ったリーダーは、男の背後より、多数の死者の影が伸びてきていることに気付く。この世の中を壊した生きる屍の大群が、身を粉にして築き上げた世界へ侵入してきている。
「何故だ……?何故、奴等がここに……?ここは学校だぞ、入り口には柵があるし、中へは入れないはず……」
言いかけた所で、眼前に立つ男を恐る恐る見上げる。すると、先程と同じように、口角が吊り上がっていた。
男が一度、死者の影に振り返り、僅かに肩をあげる。
「この世界に必要なことってなんだと思う?」
「必要なこと?」
向き直って両手を広げると、嬉々とした声音で叫ぶ。
「 人間を殺す方法はいくらでもあるのさ!撲殺、刺殺、圧殺、扼殺、射殺、毒殺!だが、これらは痛みの先にあるものなんだよ!死ななければ生きられる!生きているから死んでしまう!」
影の先頭が校舎の角から姿を現す。
本来、鼻があるはずの位置には、ぽっかりと穴が空き、糜爛した痕の残る腹部からは、漏れだした臓器が頼りなく揺れている。次々と姿を見せる者のなかには、死蝋のように生前の姿を保った者までいる。リーダーは、口を塞いだ。大群の中に、近場で死者から隠れていた者達が、数人、変わり果てた姿で歩いていたからだ。
男が、抑揚をつけて続ける。
「生と死の狭間にある痛みを受け入れることは、自分を不死身にしてくれるのさ……僕はね、別に死にたい訳じゃない、生き残る為にこうなったんだよ。そして、気付いたのさ!痛みの素晴しさと訪れる奇跡に!そう!これは、神からの最高峰の贈り物なのだと!!クカカカカ!」
哄笑を耳にし、狂っている、そんな感想がリーダーの顎を震わせ、歯列が音を響かせる。
すると、突然、男は声のトーンを下げた。
「だけど、君は駄目だったね……そこにいる彼等に残虐な人間を聞いて、門まで壊したっていうのに、期待外れもいいとこだ」
凍てついた目付きがありありと男に宿り、刃物をもつ手が締まった。その瞬間、死者と男への恐怖心から、リーダーはある言葉を口にした。
「なあ、俺も……アンタの思想に賛同したよ……だから、ここのリーダーの座を譲る……貴方は、俺達の導きになってはくれないか?」
また同じ過ちを繰り返すとこだった……