ふふっ、と笑った裕介は、加奈子の頭を撫でて廊下に出た。倉庫からは、亜里沙と加奈子の声がする。
この平穏を保つ為に、やるべきことをやる。それが間違いであろうともだ。
「田辺さん、あとで話しの続きを聞かせて下さい」
「勿論、そのつもりだよ」
※※※ ※※※
達也と浩太の部屋に集まったのは、裕介、亜里沙、田辺、といった面々に加え、初老の男性がいた。元警察官で十年前の九州地方感染事件の際、東京からの救助組の一人、斎藤健一だ。
椅子やテーブルが無い為、浩太以外のメンバーは立ったまま、会議に参加している中、厳しい顔で両腕を組んでいた斎藤が、部屋に置かれた自身のベッドに座り、議長の立場にある浩太へ向けて溜め息を落とした。
「岡島、また、拳銃を使用しようとしていたらしいな」
浩太の旋毛が動揺から揺れたが、すぐにおさまると、ああ、と短く返事をする。
「確かに、伊藤は貴重な人材だ。けど、アイツは我が強すぎる」
浩太の落ち着いた視線に、斎藤は奥歯を締めた。
「それで、拳銃を突き付けたら、お前にも被害が及ぶ可能性があることを分かっているのか?」
「そりゃ、理解してるよ」
「肉体的な話じゃなく、精神的な負担という意味で理解しているのか?」
浩太は屈託とした表情で、斎藤を仰ぐ。
「斎藤さんが何を言いたいのか、俺はちゃんと理解してる。なら、俺から聞くけど、もしも、俺があの場で拳銃を抜いてなけれぱ、裕介に被害があったかもしれない。その場合、周囲に広がる動揺はどれほどだろうな」
確かに、浩太は拳銃一挺で被害を最小に収めたことになる。しかし、それは、結果論に過ぎないとはかりに斎藤が反駁をしようとした所、邦子が両手をパンと打った。
「はい、そこまで。斎藤さんも浩太君もお互いに熱くなりかけてるわよ。ひとまずは別の話しに切り換えましょ」
しばらく息を含んだ斎藤は、壁に背中を預けて俯く。納得がいっていないと手にとるように分かるが、邦子は構わず言った。
「浩太君、喘息を持ってる人がいることは教えていたわよね?もう、薬が切れかけているから、次の調達リストに加えて良いかしら?」
「内容は?」
「テオドールっていう錠剤とキュバール吸入器よ。ただ、普通のお店には……」
「置いてないってことは前回も聞いて知ってる。裕介、リストに追加しといてくれ」
首肯した裕介が、田辺からボールペンと紙を受けとりメモを残す姿を見て、今度は達也が右手を挙げた。
「俺からも、報告してぇことがある。良いか?」
最後の確認に、どういう意味が込められているのか、それは、達也と目が合った裕介以外には分からなかった。