裕介は、眉を寄せてサイドミラーに自分の顔を映してみる。両目の下に、ハッキリとクマができており、とてもやつれたように見えた。まだ、二十代半ば、皮膚の弛みや血行不良といった原因ではなさそうだ。一つ、吐息をついて、ズボンのポケットをまさぐり、腕時計を左手首に巻き付けると、さきほどのやり取りを煙に巻くかのように呟く。
「もうすぐ、昼になるから……交代するなら、そのときでも良いか……」
達也は吹き出して言った。
「裕介ってそういうとこ下手くそだよなぁ……太陽の位置で大体は予測できるに決まってんだろ、今は昼過ぎだ。すぐに交代させようとしても無駄だってえの」
愉快そうに笑う達也に、裕介は不満そうに鼻を鳴らした。
上野裕介と古賀達也、二人は九州地方感染事件の数少ない生存者だ。未曾有の災害を生き抜き、地上を跋扈する死者に対しての対策を持っていた為、誰よりも早く危機を感じ取り、多くの命を救いだすことが出来た。人々と作り上げた小さな街は、巨大な壁に囲まれている。
美術館を横目に視認し、ようやく、中間地点にまで差し掛かった所で、達也はブレーキを掛けた。理由は訊かなくても分かる。
「二日前には、無かったよな?」
達也の質問に、裕介は頷いた。
美術館を過ぎた先の道路は、横一列に並べられた七台の車で塞がれていた。どれも状態は良いようには見えないので、恐らくは、周辺に廃棄されていた車両を強引に動かしたのだろう。
ジリジリと照らす太陽の下だと、車体も熱くなっているはずだが、よくやるものだ、と呆れる達也に対して、裕介は警戒心を強める。これだけの大仕事、一人でこなせるものではない。
「達也さん、どうします?引き返しますか?」
しばらく逡巡した達也は、首を横に振る。
「いや、ここまで二日も経過してる。街にいる奴等も、いろんな意味で首を長くしてるだろうし、引き返すのは得策じゃねえと思う」
「なら、車をズラしますか?二台もどければ通れるでしょ。なら、それは終わりとして、次の問題ですけど、明らかに誰かいますよね」
「ああ、いまは隠れてるみてえだな」
「実弾と銃をもってたらどうします?」
裕介は神妙な顔付きで尋ねたが、とうの達也は軽口でも叩くような口調で返す。
「まあ、そんときはそんときだろ。頼りにしてるからな、相棒」
達也の左手が肩に置かれる。右肩に残る感触を確かめてから、右腰に吊っていたシースからナイフを逆手に引き抜き、ドアを開いた。念のため、すぐには閉めずに大盾のように使いながら、身を屈めてドアウィンドウより様子を窺う。
うーーん、ハマりすぎてるなぁ……これは、いかんなぁ……