「なにがどうなってんのか、よく分かんねえけど、もうちょい早く呼べなかったのかよ」
「すいません、呼べるような状況じゃなかったもので……この人の持ち物検査をしてもらえませんか?」
頷いた達也は、助手席へ回り、ズボンからポケットと叩いていき、腰回りまで確認を終えた途端、男の襟を乱暴に掴み車外へ放り出すと、無防備に晒された腹部に乗り、ナイフを喉元に突き付ける。裕介が非難をあげる。
「達也さん!なにを!」
「襲われたから襲い返してるだけだ。これから先の保証を作ってんだよ」
男の喉に切っ先が触れた。
「必要ないです!俺は、その人と話しをつけていますから!」
達也が、振り返ることもせず、戸惑いの声を出す。
「話しだと……裕介、お前まさか……」
裕介は、ぐっ、と唇を噛むが、なにも返事がないことに苛立った達也が火を吹く勢いで振り返って怒鳴った。
「また、物資を分けるから見逃せなんて言ったんじゃねえだろうな!どれだけ大変だったか、お前も分かってんだろうが!」
「それは……」
身を引いた裕介に、達也はバツが悪そうに舌打ちすると、喉元からナイフを離して立ちあがり、男は、緊張からか、盛大に息を吐き出した。
「良いか、裕介……俺や浩太は、お前に冷酷になれとか、非情になれやら、そんなことを言ってる訳じゃねえんだ。ただ、もうちょい、自分のことも考えてくれよ」
柔らかい口調で言った達也は、男をそのままにして、ボンネットに腰を落ち着けた。目元に降った影を払うように首を振った裕介が車外へ出ると、男に手を伸ばす。訝しげに裕介を仰ぎつつも、握り返して言った。
「そこの人のほうが正しいぞ……俺を助けてもなにも……」
「人は助け合うもんでしょ」
被せるように言った裕介に、男は呆けた様子で達也を見るも、肩をすくねられてしまう。軽い調子で引かれた腕と共に立ちあがると、薄く笑みを溢してしまった。
「随分な変り者だな」
「よく言われる。けどさ、俺も君も人間だし、こういうのも良いもんだろ」
三人の周辺を囲む瓦礫と朽ち果てた背の高いビル、どこからでも現れる死者が跋扈する日本、そんな環境で掛けられた裕介の言葉を正面から受け止められる者が、どれだけいることだろうか。
憂慮に満ちた男は、心と現状に板挟みになりながらも、右手を頭上に掲げた。素早く反応を示した達也に、裕介が、男から目を離さずに制止の声を出す。
そして、男の背後にあるビルの入り口から、ひどく痩せ細って、いやに下腹のでた数十名の男女が姿を見せた。遠目で発見したら、死者と間違えてしまいそうだ。