神を見たければ青天にキスをしろ~クソゲープレイヤー、神に挑まんとす~ 作:雨 唐衣
数えられるほどに数を減らした亡霊たちの廃残の幕末で。
数え切れないほどに戦い、これからも数え切れないほどの対決を望む夢の時間に。
勇者の挑戦は物語としてログに流れ続ける。
そして。
究極なるものは絶妙に情けなく死んでいた。
それは冷たく無機質なコンクリートに覆われた部屋だった。
白く抜けるような牢獄、あるいは天国。
無駄のない無駄過ぎる室内の中央に鎮座しているのは外見だけは旧時代のコンピューターだった。
そして、その前にこの世全ての悪意を煮詰めたような顔つきで座るジャージ姿の女性。
「おかしい」
呟く。
「おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい」
呟く。
「おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい」
本来ならば神の如き脳髄の中で渦巻く悪意と激情が唇から零れ落ちていた。
その数倍、数十、数百、万倍にも至る臓腑を焼く呪い。
激情がつま先から脊髄を駆け抜けて、身を焦がすほどの怒りとなって、手を振り上げる。
ぺちん。
ぺちんと、力の限り床を叩いた。
ぺちんと。手が痛い。
「~~~~~~~~!」
この怒りを表現出来ない不自由なる世界に、ジャージの女はぺちぺちと怒りを噴き出した。
「もうやめろ、
携帯端末片手に無様を発揮し続ける継久理と呼んだ女性に、声をかけたのは白衣の女。
「先月当社比……ログイン率47%、ついに半分を切りやがった」
「なんでよ!? 私の世界、有象無象の砂粒共が働かないなんて……。アブラムシ!? あんた本当に何もしてないのね?!」
「してねえよ。散々それは論議しただろうが」
シャングリラ・フロンティア。
この世界に現れた文字通りレベルが違うVRMMO。
神ゲーと称されるに相応しいクオリティと今だ底知れぬ世界を創造し、運営しているのはたった三人の人間。
シャングリラ・フロンティアという「世界」を作り上げた天才、
シャングリラ・フロンティアを「ゲーム」として調整した天才、
今はこの場にいない世話役の男を含めて、この三名こそがシャングリラ・フロンティアという存在を維持する「運営」だった。
彼女たちが眉間に皺を寄せて口論しているのは一つの異変。
今月に入って右肩下がりに低下している
MMOである限り、ログインするプレイヤー数とはすなわち人口そのもの、
それが1~3%程度ならば世間のイベントなり、飛沫を上げる波のようなものとして気にも留めなかっただろう。
だがそれが今月に入り90%を切り、今週に入っては70%前後。
あまりの惨状に、普段は目を向けることすらもなかった二人でさえ気づいた。
「昨日から今日にかけては69%から20%以上もログアウト、今も減ってやがる」
「なんでよ!」
「わかんねえよ! アタシがしりてえぐらいだ!」
ゲームの進行はイレギュラーが現れつつも進んでいた。
計画も進み、世界は加速していた。そのはずだった。
だがまるで何の前触れもなく訪れた隕石か大地震の如く、シャングリラ・フロンティアは危機を迎えている。
停滞。
そして廃棄というこれまでに膨大な捧げたリソースの何もかもが無駄になりえるかもしれない危機感がある。
この危機に、最後の男は二人の間の仲介を半ば中断し、外に行っているのだ。
何が原因なのか。
シャングリラ・フロンティアに致命的なバグがあった? ありえない。
シャングリラ・フロンティアに見切られるような要素があった? ありえない。
有象無象の凡弱共が、この
「猿共が……!」
「虫とは言わない辺り多少マシにしてるんだな」
自分を超える勢いで地団駄を高速ステップする奴を見るとマシに見える。
その言葉を実感しつつ、文房具用ハサミで切ったばかりのざく切りにした前髪を掻き上げて天地が思想に入る。
何が原因だ。
シャングリラ・フロンティアはゲームとしての形を調整している。
何も考えてない雑魚に屠られるほど温い仕様にはしていないが、だからといって一切の勝ち目がないほどには仕上げていない。
だからあのゲームを破綻させようと生意気に上がりイキった奴以外には問題はない、はずだ。
自分の得られる情報の中で答えが見つからずに、二人の天才が唸る中で扉が開いた。
「継久理、天地、戻ったぞ! 喧嘩してないな?!」
「
出会い頭に苛立ちの声をぶつけられたスーツ姿の男が顔を当然のように顔を顰める。
「ああ。ログイン率だが、おそらく明日には復活する見込みだ」
「明日? どういうことよ」
「<
「?」
「?」
「少しはニュースぐらい見ろよ、今日の夕方から関係するイベントが始まる」
木兎夜枝が携帯端末を取り出して、そこから呼び出した情報を読み取る。
「既にチャンネル視聴者数が三千万を超えている」
まだ始まっていないのにだ、と続けて木兎夜枝が収集した情報が二人に伝えられていく。
それに伴い加速度的に二人の顔色が変わっていく。
「くだらねえ、そんなことでかよ」
天地は胸をなでおろし、被害者のような顔で……波及する社会の影響で無駄な仕事をさせられたのだとうんざりした顔になっていた。
そして、僅かに目線を上げて。
「木兎夜枝」
「なんだい、天地」
「「伝説」は動いてねえだろうな、アイツが来るなら山ほど対策がいる。すぐにいえ」
「あの「神様」なら何の関係もない。空ビヨンドとやらが匹敵するなら……いや、ありえないな。聞き込んだが、チートやツールを作ったCPUで間違いないと聞いている」
「米国の程度ならザルだからな」
その程度の介入を許すなんて浅はかだと天地は笑う。
木兎夜枝は激しく胃を抑えながら、胃薬と共に言ってはならない言葉を飲み込んだ。
中央に鎮座するコンピューターを見つめて、部屋中の重さが増すかのように不機嫌さを増した継久理を刺激しないように。
神様。
伝説。
シャングリラ・フロンティアにおける話題においてはワールドクリエイティブ・アドミニストレーターである継久理が前者であり、後者は彼女が受け継ぎ紡ぎ上げた神話のことである。
だがそれでなければ。
その二つの単語で結び付けられる存在が、この世界にはいる。
――神は死んだ、とドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェは言った。
絶対的な視点は存在せず、神秘を解き明かしたこの世界においてもはや神はいない。
神を知るものが語り継いだ物語を紡ぎ上げ、電脳の中に神話として復活させたものがいるとしても。
世界は公平だ。
個人を愛さずに、神はこの世にはいない、ただ見守り続けている。
だがそれでも。
そうだというのに。
神はいた。
――野球界におけるベーブ・ルース。
――ボクシング界におけるモハメド・アリ。
その世界に疎くても聞いたことがある名前というものがある。
その世界で神様と呼ばれる者の名前。
このゲームの中にもそれがいた。
電脳の中に君臨し、現代において存在する数多の英雄の如き綺羅星たちでさえも届き得ない絶対者。
この世の律が乱れ狂わせる者。
皮肉にもドイツにおいて現れたもの。
数万単位の敗北者を生み出し、その90%以上を勝利に彩り、未だなお誰一人としてその記録を超えたものはいない。
チェーロ・ヴァイゾン。
eスポーツ世界において 伝説にして神様。
未だなお現役であり続ける現れ出でる新星の悉くを蹴散らし、届き得ない空の果てに座するもの。
理屈不要の絶対者。
革命の夜を超えて世界のeスポーツプレイヤーのレベルを革新させた片割れ。
未だなお熱く語られるそれに、この世界に現れた次元違いのゲーム。
シャングリラ・フロンティアへの参戦を、一人のインタビュアーが話題に出したことがある。
世界最高のゲームに、世界最高のプレイヤーはプレイしますか? と。
彼は人差し指を上げて、いつもと同じように返した。
「興味ないね」
この言葉を忘れないものがいる。
至上なる神話の物語を否定した神を気取る男として、継久理 創世は憎むのだ。
シャングリラ・フロンティアは世界最高の歴史上最高の
誰にも超えられないし、超えさせない。
これ以外の全ては凡愚でしかない、劣化品であり、下の世界である。
だからこそ。
対戦ゲーム、人と人が争い、決して崩れない、魅了し切れない世界に居続ける伝説によって
そのシェアが奪い切れない。
人は神に挑み続ける。
それこそが人の本能であり、人は憧れを止められないのだから。
彼は人生において百回は聞かれたこの質問に、
いつも同じ答えを返した。
「貴方のような偉大なプレイヤーになるために何が必要ですか?」
「人殺しを楽しむセンスさ!」