死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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完全に思い付きです。駄文はご容赦下さい。


1話 ユグドラシルしゅーりょー

 どういうわけか、自分が仰向けに地面に転がっていることに気付くまでかなり時間を要した気がする。

 寝落ちした……つもりはない。

 およそ2年半も遊んだユグドラシルの最終日の最後の時間をどう過ごすか散々考えた末、結局は「いつも通りだろ」と結論に至った。

 今日は職場から真っ直ぐ帰宅して、夕飯を済ませて即ログインした。

 

 残りは約5時間……ソロプレイヤーでも馴染みはいる。挨拶と雑談だけでも3時間以上は経過してしまった。

 花火とバカ騒ぎとアイテムが捨て値のバーゲンセールを冷やかしつつ、未だ出会わない馴染みを探して歩く。つい「もう散財しても構わない」と色々と買ってしまったが売主も儲ける気が無いのでほとんど金は減らない。

 さすがに最終日の残り時間1時間半……価格破壊の極みだった。「ひょっとして」との思いが捨てきれず少し真剣に見て回ってしまった。ワールドアイテムこそ手に入らなかったが神器級から希少素材まで一山いくら状態で手に入った。消耗品に至っては完全に捨て値だ。

 街の外には行く気にはなれない。もはやPKの暴風状態なのは簡単に想像が出来る。そんなところを大量のアイテムを抱えて歩くほどヤケにはなれない。

 

 残り1時間を切った……出会ってない知り合いも残りは2人だ。

 『えんじょい子』さんと『モモンガ』さんを探して歩く。2人共メッセージに反応は無い。

 かつては有名だったPKギルドのギルド長である『モモンガ』さんは「ナザリック地下大墳墓」とかいうけったいな名前の巨大な本拠地にいるのかも知れないけど……現実にはソロプレイヤーみたいなものだし、巨額維持費の捻出に狩三昧の人だから街に来る可能性も高いと思っているのだけど……終わったギルドに思い入れの強い人だからなぁ。

 逆に『えんじょい子』さんは街にいないなら間違いなくPKの大波に乗っているだろうな、と想像してしまう。俺との出会いもPKだし……返り討ちにしたら、何故か懐かれてしまったのも良い思い出だ。

 

 残り15分を切った……悪い癖で「ひょっとして」と思いセール会場に戻ってしまった。

 で、見つけてしまいました……ワールドアイテム。改めて鑑定しても間違いなくワールドアイテムですよ。使い方は不明ですが間違いなくワールドアイテムですって!

 しかも入札の対抗馬は0人……この時間までセール会場にいるのは売主か変わり者だけですし……こんなの即入札ですわ。

 残り5分だけの為に代金1億支払って、ストレージにブチ込みました。これで俺もワールドアイテム所持プレイヤーの仲間入りですわ!

 

 残り時間3分……『えんじょい子』さんからメッセージが入る。予想通りにPKしまくりだったようです。この無法ガチビルド女子!

 街の入り口で待ち合わせして、ユグドラシル最後の瞬間は『えんじょい子』さんと肩を並べて思い出に浸る……時間もなく、最後のPVPだったはず?

 

 ……で、煩わしさに目を覚ますと泥の臭いがしました。

 

 臭い……?

 

 たしか法規制で臭いの再現は不可だったような?

 

 ……スケルトン?

 

 ……んんっ?

 

 無数のスケルトンと……深い霧の向こうには無数のゾンビに、あれはスケルトンメイジじゃなくエルダーリッチかな。なんにせよ、低位のアンデッドがワラワラと俺に迫って来ていた。俺は錆びた剣で顔を突かれて、散々蹴られていたようですね。間違いなくプレイヤーじゃなくてポップモンスターでしょう。だから倒しても問題無し!

 

 激闘3秒の末、アンデッドの大群を一掃しました……と思ってみてもまだまだ大量のアンデッド軍団が迫って来る。

 いくらなんでも煩わしい。

 カンストプレイヤーに対して路傍の石ににもならないような低レベルモンスターの群れとはいえ、あまりにも数が多過ぎる。ドロップも今更なものしか期待できない。それに加えて臭い。焼いても臭い……とにかくゾンビの臭いがたまらなく臭いのですよ!

 

「フライ!」

 

 仰向けのまま上空300メートルまで一気に上昇した。

 

 ……えっ?

 

 深い霧を抜ける……空が、星が落ちてきそうなほど美しかった。しばらく見惚れてしまった。

 

 まあそれは良いとして……ココはどこ?

 

 間違いなくユグドラシルで最後を迎えたヘルヘイムではない。ヘルヘイムほど見知っているわけではないけど他のエリアにも思えない。

 強制ログアウトもしていない。

 よく考えたらコンソールもでない……でも魔法は問題無く使えた。

 『えんじょい子』さんは……どこに行った?

 景色も凄まじい解像度だ。いくらなんでもゲーム程度でコレを再現するのは資金的に厳しくないだろうか?

 

「ユグドラシル第二弾……知らないうちにアップデートしてましたー……なわけないよなぁ」

 

 第二弾であろうと法規制は変わらないはず……つまり臭いの再現は不可だ。

 

 GMコールしても反応無し。

 

 コッソリとBANされそうな言葉を言ってみて……最終的には大声で叫んでみました。やっぱり反応無し。

 

「さて……どうしよう?」

 

 眼下の霧の向こうに小さな灯りが見えた。おそらく小さな一軒家みたいなものだろう。逆方向のかなり遠くにも街らしき灯りが見える。とりあえずどちらかに行くしか選択肢はない。飛行速度を考えたらどちらを選んでも到着時間に大差はないだろう。

 

「どちらにするか……まあ、街の方が無難かな。他のプレイヤーもいるかもしれないし……」

 

 ……『えんじょい子』さんもいるかもしれない。

 

 方角も判然としない中、俺は街らしき場所に向かって飛んだ。

 

 

 

**************************

 

 

 

 三重城壁に囲まれた街……どこかのギルドの拠点ではなさそうで、拠点防衛用NPCは存在していない……と思う。この距離で攻撃されないのだから、たとえ存在していても対侵入者用の近接戦闘専門なのだろう。遠距離攻撃できない拠点防衛用NPCに価値など無いとは思うけど……まあコダワリで無駄なNPCを配置しているギルドも多いと思うし、実例も良く知っている。

 『モモンガ』さんが孤独にギルド長を務める「アインズ・ウール・ゴウン」もそんな凝りに凝ったギルドだと何回も聞かされていた。伝説の「1500人プレイヤー撃退」の映像を見せられた時は不覚にも笑ってしまった……アレは嫌がらせの集合体以外の何ものでもない。

 

 夜間なので眼下の街には人影は少なかった。しかし問題なのは人影の数が少ないではなく人間種しか見当たらないことだった。

 

 保有スキルの『人化』程度で誤魔化せるのか……むしろ『完全不可知化』で潜入した方が良いのか?

 

 考えても結論など出るわけがない。

 

 しばらく迷っていると城壁内の共同墓地のような場所に単独で素早く動く人影を発見した。あの動きの速さはポップモンスターのゾンビではないだろう……高位のアンデッドであれば他のプレイヤーの可能性まである。ゾンビのプレイヤーの可能性もあるが、異形種プレイヤーであればPKについてはそれ程有名でない俺は恨みを買っている可能性は低い。つまりあの人影はリスクはそれなりに高いものの、現状の俺にとって非常に都合の良い存在だ。

 だから『次元の移動』でいきなり前に出て、驚かせて遭遇戦は避けたい。

 そうでなくとも人間種の異形種キルマンセーな連中の可能性もある。

 

 とりあえず『人化』して接近してみるか……プレイヤーだった場合、『完全不可知化』で接近したら街中でも戦闘に突入する可能性があるだろうし、ワールドアイテムまで持ったアイテム山盛りの状態で知り合いじゃないプレイヤーとPVPは絶対に避けたい。

 

 『人化』して、異形の姿から人間に化ける。金髪碧眼の日本人が考える典型的な白人男性の姿だ。ユグドラシルのテンプレートから選択しただけの姿なので個性もクソもないが、この際人間種の姿であればどうでもいい。普段は異形の魔神の姿なのだから……そちらはデザインに自信のある知り合いに頼んで作ってもらった力作だ。

 スキルで地味なデザインの黒いコート姿に速着替えした。コレも神器級だが手持ちの神器級の中では特に地味なデザインだ。データ量を確認されたら意味ないけど、人間種の街に入る時には常用している物だった。

 

「……さて逃げる準備だけして、やってみますか!」

 

 ゆっくりと、静かに、驚かせないように……人影の真上まで移動して、降下を開始した。

 

 人間種の女性だな……時折、外套の下から覗く脚が細い。

 

 10メートル……9、8、残り7メートル……そろそろ良いか?

 

「だーれーかーなー?」

 

 その女性は後ろを振り向いた。

 

 やばいやばい……どうやら接近は気付かれていたようだ。

 

「このクレマンティーヌ様に仕掛けるつもりなら……相手になるけどー」

 

 どうやら真上とまでは気付いていないようでわざわざクレマンティーヌと名乗った女性は明後日の方向に嘲笑するような口調で問い掛けていた。しかし彼女の強気な口調とは裏腹にどうにもレベルは低いように感じる。50どころか完全にそれ以下にしか思えない。喋りはプレイヤーに思えるが、どうにも行動とレベルが釣り合わないような気がする。

 

「えーっと……こんばんは、クレマンティーヌさん」

 

 俺の声の方向からようやくクレマンティーヌさんは上を見た。顔の造作はそれなりに美形な方だ。だが美女の癖に妙に口がデカイ……それが彼女の個性だろう。受けて立つ的な言い回しの割に魔法で仕掛けてこないところを見ると戦士系なのかもしれない。

 

 俺はソロプレイありきのオールラウンダー的なビルドなので、確実に先手が取れるならまだしも正直PKガチ勢の方々とは殺り合いたくはない……が、眼下のクレマンティーヌさん程度ならば問題無く無力化出来るだろう。少し強気になって、4メートルを切るぐらいまで近付いてみた。

 

 ……『支配の呪言』でも通用するかもな……まあギリっぽいから、先手が取れても一回攻撃が無駄になる可能性もあるか……だったら、いざとなったら『眷属召喚』で確実に支配下に置いちゃう方が早いか……何にせよ、友好的に終われば良いけどね……

 

 クレマンティーヌさんは俺を見て、外套の下で腰に手を回した。おそらく武器が腰にあるのだろうが、正面から相対しているのならばまだしも、上からだと動きがまるっと分かる……敵対する気はありませんて!

 

「いや、あのー、ですね……質問良いですか?」

「なんだー、てめー」

「あっ、俺はゼブルという者なんですけど……ココはどこなんですかね?」

「……あんっ?」

 

 クレマンティーヌさんの表情から敵対的なものが抜け、奇妙な……いや哀れなモノを見る目付きに変わった。

 ちょっとイラッとする。こんな弱っちいヤツにナメられるなんて……以前からは考えられないほど短気で傲慢な自分に気付き、慌てて否定した。

 

 落ち着け、俺……相手は勘違いした低レベルだ。現状の確認が最優先。あえて敵対するメリットは皆無だろ。

 

「……えーっと、教えてくれませんか?」

「エ・ランテル」

「……はぁ?」

「エ・ランテル……リ・エスティーゼ王国の城塞都市でバハルス帝国とスレイン法国との交易の要衝……これでいいかなー?」

 

 りえすてぃーぜ?

 ばはるす……帝国?

 すれいんほーこく?

 国家だよね……なにそれ?

 ユグドラシルでも無きゃ、リアルでも無い……別ゲー……なわけがない。俺はあえて考えないようにしていた可能性を考慮しなければならないと感じ始めていた……即ち別の現実世界に飛ばされた可能性だ。しかも何故かユグドラシルの魔法やスキルは健在で、普通に行使可能なのは確認済みだ。

 異世界転移……ってヤツだ。いまや1ジャンルとなった小説や漫画やアニメで良くある設定だ。

 最大の問題は俺の本体がユグドラシルのアバターである異形種の魔神のままってことだ。露見すれば迫害や差別を受ける可能性がある。戦闘能力は劣化するが人化状態で情報収集した方が無難との結論に至った。

 

「ねー、考え込んでいるところ悪いんだけどー……お礼は無いのかなー?」

 

 刺々しさが抜けたクレマンティーヌの間延びした声に無理矢理現実に引き戻された。俺を見上げる大きく裂けたような口を持つ美女。外套が大きく開き、かなり破廉恥な格好をしているのが見えた。大きく胸を強調している。いわゆるビキニアーマーってヤツだ。防御力を得る為なのか様々な金属片を鱗のように貼り付けている……が、意味があるようには思えなかった。

 

「……何か欲しいモノでもあるんですか?」

「んー……遊ぶ相手かなー」

 

 クレマンティーヌの表情が不穏なモノに変化した。

 

「遊ぶ相手?」

「そーそー、ちょーど第三位階魔法詠唱者が目の前にいるんだよねー。私はさー、本当はカジッちゃんを殺りたんだけど移籍先のシガラミで我慢しているのー。で、その代わりが欲しいかなー」

 

 ……第三位階?

 

 クレマンティーヌの言葉の意味を理解するまでかなり時間を要した。

 俺は自分のことを魔法詠唱者と思ってもいなかった。ざっくり300種位は魔法を使えるし、超位魔法も3種持っているが、どちらかと言えば専用スキル特化の奇襲攻撃専門だ。圧倒的に少ない異形種の中でもかなりレアなビルドに至った結果、おそらく全現役ユグドラシルプレイヤーの中でも俺ぐらいしか使用出来ないスキルを持っている。ソロPK専門ガチ勢の『えんじょい子』さんを初見で返り討ちに出来たのもそのスキルのお陰だ。

 

 フライ……だから第三位階か。

 

 そこに思い至り、同時に苛立ちが頂点に達した。

 

「ムシケラ風情が……調子に乗るなよ」

 

 気が付けば眼下のクレマンティーヌに自分が発したとは思えない台詞を吐いていた。人間ごときが魔の神である俺に対して不敬であろう、と……抑えきれない激情が脳裏を支配していく。温和だと思い込んでいた自分の変化に戸惑いながらも同時にそれが本来あるべき姿だと納得もしていた。

 僅かに残った理性が懸命に『人化』を維持していた。本来の魔神の姿に戻れば『絶望のオーラⅤ』で瞬殺してしまうかもしれない……本当にその程度で死ぬレベルにしか感じないのだ。

 憤怒と冷静さが交互に入れ替わりながらもクレマンティーヌの手の内を考えていた。これまでの行動と破廉恥なビキニアーマーから察するに戦士職で紙装甲だろう。つまりスピードと正確性特化に違いない。本来ならば得意なタイプではないが同系統ビルドの『えんじょい子』さんと比較すれば話にならないぐらい弱く感じる。

 

 ……捻り潰してやろうか?

 

 最後に残った理性がどうしようもない破壊欲求を完全否定する。無駄に殺すぐらいならば支配して情報収集に利用しろ、と……この異常事態の中で俺には手札が無いだろ、と。

 

 俺が地面に降り立つのをクレマンティーヌの亀裂のような笑顔が迎えた。

 

 

 

**************************

 

 

 

 戦闘は始まる前に終わっていた。戦闘と呼ぶのも痴がましいかもしれない。

 

「眷属召喚……肉腫蠅」

 

 無から生み出された1匹の蠅……一見弱々しく見えるが単体でもLV60で腐食の力と不可知化を操り、中々の戦力になる……が、コイツの真骨頂は戦闘能力でなく、超速成長と繁殖力と寄生のよる対象支配だ。フレーバーテキスト上は無秩序に繁殖を許せば世界が終わるとなっていた。もちろん許す気は無いが。

 

 小さな蠅がクレマンティーヌの頸に触れた瞬間、戦闘は終わっていた。卵が植え付けられ、超速成長した蛆虫が彼女の体内に潜り込む。役目を終えた蠅は消えている。

 違和感を感じたのか、クレマンティーヌは慌てて頸を押さえていたが時既に遅しだ。

 それで支配完了だ……クレマンティーヌレベルでは俺に逆らうことは出来ないし、仮にレベルが叛逆可能域まで上がっても肉腫状態から復活した蛆虫に脳の中枢を破壊される覚悟が必要だ。簡単に言えば「逆らえば死」だ。

 想像の域を出ないがココが別の現実世界だとしたら、全幅の信頼を寄せられる復活魔法の使い手を別に用意しなければ死ぬ覚悟も出来ないだろう。

 

「ゼブル……様、お許しを……まだ死にたくありません」

 

 クレマンティーヌは跪き、首を垂れた。既に彼女の脳を支配し、逆らえばどうなるのかは伝わっている。

 

「情報が欲しい。あと『様』じゃなく『さん』付けにしよう……なんか気持ち悪いし、落ち着かない。俺もクレマンティーヌさんと呼ぶから」

「……ゼブルさんは……その……『ぷれいやー』なのですか?」

「俺のことをプレイヤーって確認する以上は、クレマンティーヌさんはプレイヤーではないのかな?」

 

 そして他のプレイヤーを知っているということだ。俺以外のプレイヤーの存在を確認できれば、たとえ結果として敵対されるとしても当該プレイヤー以外のプレイヤーが存在する可能性が残る。激情に流されてクレマンティーヌを殺さなくて良かったと心の底から自分の理性に感謝した。

 

「もちろんです……私ごときがあり得ません!」

 

 クレマンティーヌは慌てて否定し、スレイン法国に深く関わる600年前に降臨したプレイヤーである『六大神』の説明を始めた。加えて自分がスレイン法国の特殊部隊である元漆黒聖典第九席次『疾風走破』であり、近隣諸国でも並び立つ者がほぼいない戦士であるとの熱烈なアピールも欠かさなかった。それはもう必死な自己PR演説だった。

 

 どうやら彼女は「俺に用済みと思われたら死ぬ」と考えているようだ。それは確たる事実でもあるが、当面殺すつもりはない。対プレイヤーの戦力としてはハッキリ言って肉の壁以外は無価値に等しいが、まだ彼女から引き出すべき情報はあるだろう。潜入工作までこなすような元特殊部隊の知識は貴重に違いない。

 それよりもクレマンティーヌの言葉が誇張なく真実であれば、彼女はこの世界の強者ということになる。彼女程度が強者とされるのであれば当然プレイヤーの数はかなり少ないということになる。それ以外にもクレマンティーヌの故国には『神人』と呼ばれる先祖返りしたプレイヤーの子孫なんていう、ややこしい存在もいるらしい。バハルス帝国には第六位階を行使するバケモノ(?)魔法詠唱者が皇帝の側に侍り、リ・エスティーゼ王国の王国戦士長ガゼフ=ストロノーフは周辺国最強の戦士と呼ばれているようだ……が、少なくともクレマンティーヌはガゼフであれば対等に戦えると誇らし気に語った。

 

 ……まあ要するにどいつもこいつも弱いって事だ。第六位階程度でバケモノ扱いであり、クレマンティーヌと同程度で周辺国最強の戦士と称されている……クレマンティーヌを物差しに単純比較すれば「弱い」の一言だ。

 現状把握できる限りで確実に注意すべきはスレイン法国の2人の『神人』と彼等を牽制するアーグランド評議国のプラチナムドラゴンロードとか言うヤツを筆頭にしたドラゴン達だろう。生きていれば俺と同種族《?》の魔神を200年前に滅ぼしたと説明された『十三英雄』とか言うざっくりした括りの集団もヤバい。さらに加えてプレイヤーだ。説明された『口だけ賢者』さんみたいのが生き残っていれば上手く付き合える気がするけど……『六大神』とか『八欲王』みたいにギルド単位の連中とは確実に敵対する自信がある。

 

 ……『ギルドクラッシャー』……ユグドラシル最後の一年間で俺と『えんじょい子』さんと『バンバン』さんを中心とする『人化』できる異形種集団に付けられた汚名だ。クランではなくただの有志連合……過疎化して維持が困難な人間種ギルドから実質死蔵に近いようなアイテムを市場に戻していただけなのだが……まあ略奪者であり強盗なのは認めるけど……現に頑張って巨大ギルドを単独維持していた『モモンガ』さんとは良い関係だったし……

 

 クレマンティーヌの生死を賭した説明は続いていた。

 

「もういいよ、クレマンティーヌさん……とりあえずは殺さないことに決めたから」

「とりあえず……なんですか?」

 

 ガックリと肩を落とした彼女……先程までとは一転、いじましい目で俺を見返してくる。ちょっと二重人格入っているのか?

 

「だって裏切るかもしれないでしょ……最初は殺そうとしていたわけだし」

「滅相もありません!……もし最初からゼブルさんがぷれいやー(=神)と認識していたら、喜んで私の全てを捧げました……てゆーか……その……こんなキズモノでよろしければ捧げさせてください!」

 

 さらに一転、今度は全身全霊で女性を強調しだした。媚びたオンナの顔になり、さらに胸を強調している。

 

「そーゆーのはお断りします……情が湧いたら、捨て駒にする時に躊躇してしまう可能性もあるし」

「……捨て駒……確定なんですか?」

「あくまでももしもの時ですよ……クレマンティーヌさんが有能であることを示してくれれば、たとえ死んでも復活させます」

 

 ……つまり大幅に成長しない限り肉壁確定ってことだけどね……

 

「私、頑張ります!」

 

 俺の内心とは裏腹にクレマンティーヌさんは凄く喜んでいた。あまりに歓喜に満ち溢れているのでツッコミが入れられない。初対面で殺しにきてからの、このパターンは『えんじょい子』さんの時と全く同じだった。

 

 やたらテンションの高いクレマンティーヌに引き連れられる形で、俺は彼女の同僚の隠れ家たる、この共同墓地の片隅にある地下神殿へと向かった。

 

 

 

**************************

 

 

 

 眉毛まで失った禿頭が茶のローブから飛び出ているような印象の男が険しい目付きでクレマンティーヌを睨んでいた。経緯を考えれば仕方ないと思えるが、対するクレマンティーヌの緊張感の無さが間違いなく状況の悪化に拍車を掛けていた。

 

 ゾンビがうじゃうじゃ湧いて、悪臭渦巻く地下神殿に入った瞬間からクレマンティーヌは躊躇なく言った。

 

「ごめーん、カジッちゃん……私、ズーラーノーン辞めっからねー。よろしく言っといてー」

 

 神殿内の大量のゾンビを掌握しているらしい「カジッちゃん」はおそらくアンデッド共の創造主なのだろう。乏しいながらも確実にウンザリしたような表情で振り向いた瞬間、掌握が緩んだように感じた。

 

「……おぬしは何を言っておるのだ」

「だーかーらー、ズーラーノーン辞めます、って……どーしょもない事情なので勘弁!」

 

 また気紛れのお遊びか……禿頭の「カジッちゃん」の目は憎悪と諦観が入り混じり、なんとも言えない複雑さ光を帯びていた。元々死人のような顔色がさらにドス黒く変わっている。

 

「……おぬしが協力を持ち掛けてきたのだろう。計画はどうなるのだ?」

「私の担当部分は中止……ごめーん、カジッちゃん! 私は素晴らしいお方に仕える事にしたからさー……もう付き合ってらんないやー」

「……素晴らしいお方、だと?」

 

 クレマンティーヌの表情がうっとりしたものに変わる。あの、笑いながらいきなり殺し合いを仕掛けてきたヤバめの女がまるで恋する乙女だ。

 

「……そー、素晴らしいお方だよー……私の全てを捧げる事にしたから『叡者の額冠』もそのお方に捧げるんだ……だからカジッちゃんには一言断っておこうと思って……本当にごめんね」

「……儂らが数年費やした計画は、おぬしにとっては逃亡ついでの行きがけの駄賃程度のもの……それは解っておったつもりだが、いざ離反されてみればおぬしが信用できぬ……つまり殺した方が不安は解消される……」

 

 瞬間、クレマンティーヌの表情からヤンデレ乙女が消え、殺気が爆発した。

 踏み込む。

 距離を潰す。

 鋭利な刺突武器を抜く。

 直後クレマンティーヌのスティレットが「カジッちゃん」の眼窩を狙った。

 

 対する「カジッちゃん」は防御姿勢を取らない。ただ佇んでいた。

 しかし何もしないのは「カジッちゃん」本体だけで支配下のアンデッドは違った。地面から巨大な鉤爪が迫り上がる。

 

 必殺の一撃を巨大な鉤爪が受け止めた。

 

「くだらぬことを……」

 

 ゾンビを中心とするアンデッド軍団がクレマンティーヌを取り囲む。コイツらは明らかに肉の……いや腐肉の壁だ。ただクレマンティーヌの行動を阻害すれば良い。主力は地中の鉤爪……おそらくスケリトルドラゴン。

 「カジッちゃん」が手に持つ珠が力を発動しているのが確認できる。

 

 刺突が主武器のクレマンティーヌにとって、痛覚も生命も無い相手は決して得意とは言えないだろう。

 

「おぬしを『死の螺旋』の礎にしてやろう、クインティアの片割れ……続きはおぬしから『叡者の額冠』を奪い、『生まれながらの異能』持ちのバレアレの餓鬼を使って……儂らだけで行う」

 

 地下神殿の方々に黒いローブの男達が陣取る。間違いなく「カジッちゃん」の手下たちだろう。

 

「魔法詠唱者なんざ、何人居ようが『スッと行って、ドスッ』ってわけにはいかせてくれないわけねー……でも、私がお役に立てるところを披露する機会としてはむしろ申し分無し!」

 

 「カジッちゃん」が訝し気な顔付きになった。

 

「……披露だと?」

 

 クレマンティーヌの可愛らしい顔が幸せそうに歪んだ。

 

「……披露だよー。ココに下りてくる時、気配も消えちゃったけど……ゼブルさんは間違いなく私の戦いを見ていてくれる……」

 

 天にも昇るような恍惚の表情でクレマンティーヌは暗い天井を眺めていた。

 そして彼女の期待通り、俺は『完全不可知化』で地下神殿の片隅に隠れていた。

 

 介入すべきか悩む。本気を出して介入すれば1秒もいらない。クレマンティーヌ諸共吹き飛ばしてしまえば良い。だがこの世界に来たばかりの俺にとって彼女の知識は貴重だ。しかも支配したばかりで殺すのは勿体無い気もする。

 

 だったら「カジッちゃん」も支配するか……思い立ったが吉日って言うし。

 

「眷属召喚……肉腫蠅」

 

 今度は10匹の蠅を生み出す。完全にオーバーキルにも思えるが「カジッちゃん」以下彼の手下まで支配する予定だ。

 

 突然爆散するアンデッド軍団……指先の半分程度の大きさとはいえ、LV60の体当たりだ。低位アンデッドなんぞが耐えられるわけがない。

 理屈は良く解らんが現状腐っているのに腐り落ちる腐肉。

 肉は無いのに風化して崩れ落ちる骨。

 ものの数秒で「カジッちゃん」のアンデッド軍団は壊滅した。

 ユグドラシルでは見慣れた光景だが、リアルになると残骸は消えてくれないのでちょっと嫌悪を感じる。

 

 「カジッちゃん」は驚愕に顔を歪めていた。彼の配下は恐慌状態になり、オロオロとしながら「カジッちゃん」の下に参集し始めていた。まさか自分達が生死の決定権すら失っているとも思わずに……

 

「……ゼブルさーん。どうして……?」

 

 姿を現すと見せ場を失ったクレマンティーヌが恨めし気に睨む……といっても茶目っ気たっぷりで本気では無いようだが。

 

「コイツらも俺の配下に加えることにした……どうせ表に出れない連中なんだろ?」

「……カジッちゃんは兎も角、他は有象無象ですよー」

「だから壁にしても惜しくは無い。もし壁としても役に立たないようでなら眷属の苗床にしても良い……かなって」

 

 自然に漏れ出た自身の言葉に愕然しながら、瞬時に納得した。

 人間を人間と思えない。

 利用価値の有無……それが全てだった。

 まるで異形種カルマ値−500の設定が俺の精神に反映したかのようだ。

 クレマンティーヌの知識は役立ちそうだ。俺に全てを捧げると言う覚悟も実践してみせた。だから飼う。どのみち魔神である俺がアンダーカバーを介さず世の表に出ることは叶わないだろう。だから闇の中でこそ輝く頭のネジが緩んだ外道が下僕に相応しいのだ。

 「カジッちゃん」以下はいかがなものか……?

 

「だから失望させないでください」

 

 呟きながら振り返って彼等を見ると「カジッちゃん」以下が腐敗したアンデッドの残骸に覆われた地面に跪いていた。そして中心の「カジッちゃん」が再び立ち上がり、発言の許可を求めた。

 

「……許しましょう」

 

 カジット・デイル・バダンテールと言う名……デイルは捨てた名だ、と。

 ズーラーノーンとか言う秘密結社について。

 知る限りの盟主の情報について。

 邪法『死の螺旋』について。

 カジットの目的について。

 さらにエ・ランテルやリ・エスティーゼ王国の情勢について。

 各神殿や冒険者組合や魔術師組合なる組織について。

 エ・ランテル所属のミスリル級冒険者チームについて。

 秋の収穫期を狙ったバハルス帝国との戦争について。

 様々な情報を語り、最後に『死の宝珠』を俺に差し出し、カジット以下一同の忠誠を誓った。

 

 『道具上位鑑定』を使用し、『死の宝珠』とやらをカジットに持たせたまま確認する。大した能力を秘めたアイテムでもなければ用途も俺に合うようなモノでもない。

 ただ『インテリジェンス・アイテム』という鑑定結果だけがレアだった。要は喋るのだが、言い換えればそれだけだ。やたら煩く、俺を「真なる魔の神」と散々持ち上げるのも気持ち悪い。

 

「わかった、わかった……仕えることを許しましょう。だから俺の言うことを聞いて……」

(……ありがたき幸せで御座います、真なる魔の神よ。私は世に遍く死を与える為に生み出されてきたと思っておりました。ですが、貴方様という世の厄災を統べるお方を前にして、私が生まれた理由を悟りました。私は貴方様に仕える為に生み出されたのです……私の持てる力の全てを捧げてお仕えします。なんなりとお申し付け下さい)

「……ではコイツらを支え、カジットの計画を進行しろ。準備が整っても勝手に事を起こすなよ……俺は時折ココに帰ってくる。その際に進捗を確認する。お前達が役立つことを示せ……良いな?」

 

 ハハーッ、と大袈裟な声を上げ、カジットの配下は平伏した。『死の宝珠』も頭があれば平伏する勢いだった。

 

「クレマンティーヌさんとカジットさんは私と一緒に来てください」

「はい、はーい」

 

 陽気に応じるクレマンティーヌ。

 一方、対照的に陰鬱な表情のカジットは問い返した。

 

「儂も……ですか?」

「もちろん……もう予定は決めてあるんですよ。我々3人は金を稼ぎます。だってクレマンティーヌさんもカジットさんもココに残る連中を養えるほどお金持って無いですよね?」

 

「「……はい……」」

 

 答えた2人の声は沈鬱だった。

 

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