死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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感想を頂いた方ありがとうございます。評価や指摘を含めて励みになります。遅筆かつ不規則生活なので、とにかく先に進める事を優先しています。色々と後回しですみません。


10話 帝都の狂った人々

 帝都アーウィンタールの帝城の最奥……鮮血帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは腹心であり、親同然の教師であり、主席宮廷魔術師であるフールーダ・パラダインの長い白髭を眺めていた。

 特に暇というわけでない。むしろ暇な時間など即位してから一度として味わったこともない。後宮で寵姫と交わる時すら仕事なのだ。

 今はただ興奮の向こう側からフールーダが戻って来るのをひたすら待っているのだ。

 

 デスナイト……魔法省の地下の最奥に、一体だけ厳重に秘匿される国家の存続を揺るがしかねないアンデッドの名称だと説明された。その帝国軍の一軍と対峙しても壊滅的な被害が予想される化け物の中の化け物を討伐したと申告したワーカーチームの存在が確認されたのが事の発端だった。

 

 『フォーサイト』というそのワーカーチームの情報があらゆる方面から集められ、精査された。ワーカーにありがちな犯罪者スレスレの集団というわけでもなく、各所の評判も腕も良い。純粋に金の為に集まったチームだった。特筆すべき点はフールーダが目を掛けていた、かつての帝国魔法学院生が在籍している程度で、他に見るべき点は無い。

 当然の帰結として「本当に彼等がデスナイトを討伐したのか?」という疑問に辿り着いた。

 急造の調査チームが結成され、デスナイトの装備を彷彿させるフランベルジュと大楯の残骸を『フォーサイト』が報告した地点で確認した。

 次いで新たな疑問が生じた……『フォーサイト』の戦力でデスナイトを討伐する事は可能なのか、と。

 

 国庫から大量の資金と追加で大量の人員が投入され、『フォーサイト』の戦闘能力を丸裸にする作業が行われた。そして「想定外に難度の低い特異個体であるデスナイトと遭遇したのでない限り、いかなる幸運に恵まれても不可能」という結論に至るまで、1日を要しなかった。

 

 念には念を入れて、実際に彼等の手に余らない程度のアンデッドを帝都近郊に用意した上で、実在の貴族経由での討伐依頼を、かなり割の良い報酬を提示して『フォーサイト』と貴族の家臣を名乗らせた密偵チームに受けさせ、その様子を監視までしたが、情報以上のマジックアイテムや魔法の武器を秘匿している事実は確認できなかった。

 

 つまり新たな結論として「実際にデスナイトを討伐したのは別の誰かとしか考えられない」となった。

 

 当然の疑問が生じた……「では、誰が討伐したのか?」と。

 

 カッツェ平野でのアンデッド討伐依頼を受けてからの『フォーサイト』の全行動が洗われた。それはもう徹底的に……偏執的に……

 

 そこで浮かび上がったのが王国のエ・ランテル所属である銅級冒険者の存在である……が、銅級だった。あくまでも念の為、彼等の存在を調査することになった程度の扱いだった。『フォーサイト』のリーダーであるヘッケラン・ターマイトはかなり顔か広く、カッツェ平野への旅程でかなりの数のワーカーチームや冒険者チームと顔を合わせていた。その全ての構成員の一人一人を丹念に調査したのである。作業の都合上、無名の銅級冒険者チームは最も優先順位が低く設定されてしまったのは仕方ないと言えるだろう。

 

 一般的には信用されていないメッセージまで駆使され、次々と候補者は丸裸にされた。優先順位最下位の銅級冒険者チームに至るまであっという間だった。彼等が違えば調査はリスタートとなる。

 

 結果として、ほぼ全てが不明だった。

 即ち「違う」と断定出来なかったのである。

 銅級冒険者チームは帝国に入国した痕跡が無かった。

 リーダーはゼブルと名乗っている。他にティーヌという女戦士とジットという魔法詠唱者の3人構成……情報では4人組とあったが、どうやらブレインという剣士は冒険者でないらしい。

 確実に判明した情報はこれぐらいだった。

 そこで一躍脚光を浴びたのがブレインという剣士だ……剣士でブレインと言えばブレイン・アングラウスである。この名は周辺国で戦士職を志す者であれば誰でも思い浮かべる。王国の傭兵団に所属して、いまや年次行事となったカッツェ平野の会戦にも顔を出していたはずだ。

 

 ブレイン・アングラウス……誰もがそのビッグネームに期待した。気が早いことに剣士ブレインがブレイン・アングラウス本人と確認された際にはジルクニフ自らが乗り出し、帝国へのスカウトを打診することまでが確認された。

 

 調査担当達の焦りが生み出した穏やかな暴走の中で、公然と異論を唱えたのがフールーダ・パラダインである。

 

「仮に高名なガゼフ・ストロノーフ戦士長が王国の秘宝を携えて、デスナイト退治に乗り出したとして……もちろん討ち果たすかもしれません……しかし武人と呼ばれる方々が他者に誇るべき実績を譲るものでしょうか?」

 

 発言者本人の影響力もあったが、調査に行き詰まりかけ、ブレイン・アングラウス説に沸き立っていた宮廷内に冷水をぶっ掛けるには十二分な重みを持つ言葉だった。

 

「まあ、俺だったら譲らないね」

 

 帝国四騎士筆頭である『雷光』バウジット・ペシュメルの一言がトドメを刺した。

 

 宮廷内は冷静さを取り戻し、仮定に仮定を積み重ねた妄想のような構想は全て白紙に戻された。

 

 ジルクニフは臣下の働きと冷静さに満足し、結論を急いでいた自身を深く戒めた。

 

 しかし剣士ブレインがデスナイト討伐の真の実行者という線が最も濃厚なのは間違いなく……彼の調査はそのまま進められた。

 次いで名無しの銅級冒険者チームの実態解明……こちらは最悪の場合、不法入国を問い、出頭させても良い。仮に彼等がデスナイトを屠った力の持ち主であれば今後の関係性に問題が生じる為、あくまでも最後の手段であるが……

 

 定められた方針に沿って調査は続行された。

 件の銅級冒険者チームと剣士ブレインの宿は一日中絶え間なく監視された。その行動は完全に追跡され、記録された。『フォーサイト』の面々が最も多かったが、彼等と会った者も調査された。

 その中で剣士ブレインは宿の中庭で淡々と鍛錬に勤しみ、仲間と『フォーサイト』のヘッケラン・ターマイトと宿の主人以外に会話を持った者はワーカーチーム『天武』のエルヤー・ウズルスのみという、監視者が呆れんばかりのストイックさだった。外出も仲間と共に料理店廻りをする程度で、この際も『フォーサイト』が案内していた。しかし成果無しというわけでもなく、剣士ブレインの外見的特徴がほぼブレイン・アングラウスと一致していることも確認された……門外漢に理解出来る程の刀の素晴らしさも考慮すれば、ブレイン実行者説が一層の真実味を得たのである。

 

 一方、銅級冒険者チームの3人は闘技場の興行主の1人であるオスクという男と面会を重ねていた。現武王を擁することで有名な大手の興行主である。

 初の面会ではオスク邸の門の前で、ほぼ門前払い同然の扱いを受けていた。

 翌日はオスク自らが出迎え、周囲に響き渡る程の賛辞を述べていた。

 その翌日にはオスクは門の前で平伏して出迎えた。そしてゼブルという男の許しがあるまで頭を地面に擦り付けていた程の出迎えだった。もはや絶対君主と忠節を尽くす臣下……否、邪な神と狂信者のごとき関係性が出来上がっていたのである。

 

 この報告が上がった途端、宮廷内の注目はブレイン・アングラウスから一気に銅級冒険者チームに移ったのであった。

 

 そして徹底調査が命じられて間も無く、闘技場の興行にひっそりと追加された対戦があった。

 

 「天才」エルヤー・ウズルス対「剣鬼」ブレイン・アングラウス

 

 急遽、挟み込まれたかのようで大した宣伝もなかったが、当日は現武王ゴ・ギンの出場以外大したカードもなかった為、第9試合が発表した瞬間に入場券は即完売の運びとなった。

 

 宮廷内でも大いに注目を集めたが、それ以上に調査関係者の間で注目を集めた試合があった。しかも3試合も……

 

 第1試合……「孤高の魔法詠唱者」ジット対ゴブリン10匹の魔法使用禁止条件試合

 第3試合……「女戦士」ティーヌ対オーガ5匹の防具無し条件試合

 そして第8試合まで変更は無かったが、第9試合の注目の一戦後……

 メイン……現武王ゴ・ギン対「銅級冒険者」ゼブル

 

 まるで負けることを前提としたような組合せ……あまりに不自然だった。興行主に影響力を行使可能な立場のゼブル一党がわざわざ負ける為に仕組んだような対戦だった。ここまで不利を強調されると、内実を知る者はどうしても穿った見方をしてしまう。

 

 ……八百長ではないのか?

 

 しかし武王の名誉を捨ててまで、強さに誇りを持つゴ・ギンが八百長に加担するとは思えない。

 組合せを眺めていた秘書官の1人が呟いた。

 

「これ……オッズはどうなるんでしょう?」

 

 皆が釈然としない何かを感じていたが、勝敗でなく配当率に注目すれば、ゼブル一党の意図は明白だった。つまり全試合で勝つつもりなのだ。そして自らに賭けるつもりなのだろう。加えてエルヤー・ウズルス対ブレイン・アングラウスという話題性のあるカードで客寄せを目論み、相当な大金を突っ込んでも配当率の低下を抑える腹積りだ……

 

 不正ではないが、真っ当とも言えない……そんなギリギリの狙いが透けて見える。

 

 興行主の裁量内から逸脱しない範囲をよく知る必要がある。つまりオスクに対して周囲からは異様に感じられる影響力を行使可能なゼブル一党だからこその不正とも言えない不正。

 

「……良いではないか……お手並み拝見といこう。いずれにせよ、能力の一端程度は見せてくれるだろう?」

 

 この時はまだ甘く見積もっていた……鮮血帝ジルクニフは目の前で完全にイッてしまっているフールーダの醜悪な表情を眺めながら、ひっそりと嘆息するしかなかった。

 

 

 

 

 

**************************

 

 

 

 

 

 ゴブリンの頭を殴る。

 続けざまに2匹のゴブリンの頭が弾け飛ぶ。

 脳漿が飛散し……使い古された表現だが……周辺の地面に赤い花が咲き乱れた。

 

「……これが……儂の……?」

 

 ジットが呆然と呟いた。血に染まる杖を見て……あまりに滑らかに動く身体に戸惑っているのだろう……が、実際は違うわけだ。

 

「いや、いや、いや……違うからね。タイミングは制御中だから」

 

 とりあえず呟いてみたが、ジットに届くわけがない……声を届ける必要もないので。

 俺の使命はこの試合を成立させて、ジットを完勝させることだ。放置しておいても安心して見てはいられるが、高配当を作る為の条件付けは試合を不成立にさせるリスクを伴っていた。だから攻撃のタイミングをジットの肉腫に送ることにしたのだ。

 神器級の防御をゴブリンごときが抜けるわけがない。だからジットが傷付く心配はないのだが、それでは延々と決着がつかない。最悪、膠着状態が続けばドロー扱いになってしまう。低位アンデッドのように連携の無い単純な攻撃ならばジットでも捌けるが、単体では弱いとはいえ、知能が低いなりに考えて連携するゴブリンの攻撃を捌くのは純後衛職にとっては至難の業だ。本来、打撃攻撃向きの杖でないとはいえ、神器級の打撃であればゴブリンなどものの数ではない……但しどんなに強力な攻撃でも当てなくては話にならない。もちろん魔法を使えれば瞬殺だろうが……それでは1対31のオッズは成立しない。俺達の資金が全額投入されなければ1対114のオッズだったのだが。

 

 ジットが杖を振る。

 ゴブリンの頭が吹き飛ぶ。

 さらに杖を振る。

 ゴブリンの顎が無くなり、右の眼窩を杖の先が貫く。

 そのままの勢いで後方にいたゴブリンの腹も貫く。

 

 残りは5匹。

 観客席から悲鳴が上がる。闘技場は落胆の声に包まれた。誰もがジットの敗戦を予想していたのだ……が、あまりに危なげなくジットはゴブリンを攻略し続けていた……観客諸兄も戦闘の趨勢が読めたわけだ。自分達の想像した場面は生まれない、と。ジットが敗れた場合に不足分を補填する興行主と賭博参加者の0.1%にも満たない大穴狙いだけが儲けるのがほぼ確定したのだ、と。

 

 杖が頸部に直撃し、ゴブリンの頭部が落ちた。

 血が噴き上がる。

 そのままの軌道で左にいたゴブリンの右肩を襲う。

 右半身を失ったゴブリンが地に伏した。

 

 残り3匹。

 生き残っているゴブリン達戦意を失ったようだ。

 しかし逃げ場が無い。

 そして逃亡は闘技場と観客席を隔てる壁が許さない。

 捕獲された時点でいずれ死ぬ運命だったのだが……ここで死ぬ事が確定しただけなのだが……恐慌状態の彼等はこの場を逃げることしか考えられなくなってしまったようだ。

 ゴブリン達はジットに背を向けたが、モンスターに人権は無かった。

 試合は止められない。

 そこから逃げられると勘違いしたのか、ゴブリン達は入場門に走った。

 当然、扉は閉ざされていた。 

 なんとかこじ開けようと暴れるゴブリンの1匹に狙いを定め、その後頭部に杖を振り下ろす。

 頭蓋が陥没し、杖は首まで達した。

 

 残り2匹。

 戦意は失せたものの、死に抗おうという気になったのか、2匹は顔を見合わせ、刃の欠けたボロボロの短剣を振り上げ、一斉にジットに襲い掛かった。

 1匹の心臓を杖の尖端が貫く。

 その隙にもう1匹がジットの腰に短剣を突き立てたが……ボロボロの短剣は折れた。

 絶望……絶叫……命乞い。

 平伏すゴブリンの後頭部を杖が貫く。

 

 ジットの勝利が確定した。

 

 勝ち名乗りを受け、ジットは悠々と手を振る。

 あまりに一方的な展開だった為に疎だった拍手が、徐々に大波となり、観客席を埋め尽くした。

 

 賭けも重要だが、闘技場の本来の目的は強者の闘いを見ることにある。本職は魔法詠唱者なのに、杖術で10体のゴブリンを完封するジット……その限界はどれほどの高みにあるのか……観衆に未知の強さを期待させる。

 

 拍手の大渦はジットが退場してからもしばらく続いた。

 

 

 

 

 

 第一試合の圧倒的な強さの誇示に比べ、第二試合は一進一退ではあったもののレベルそのものが低く、第一試合を目撃した観衆には物足らない結果となった。勝利した剣士も敗退した槍使いもズタボロになっていた。

 

 そして第三試合……ティーヌの登場で観客席は異様な雰囲気に包まれた。

 

 まあ、主な原因はマントを投げ捨てたティーヌの格好にあるのだが……

 

 オーガ5匹相手に防具無し……つまり一撃入れば試合終了の条件だ。

 闘技場の中心に現れたのは黒いマントを纏った銀髪の美女。

 競技者の紹介の後、ティーヌはマントを脱ぎ捨てた。

 

 そこには白い紐ビキニを着たティーヌがいた。手にする武器は俺と会う前に愛用していたスティレットが二本……剣帯も無いので、抜身で手にしている。

 

 圧倒的多数を占める男性客の興奮した声援と僅かな女性客の悲鳴の中、ティーヌはヘラヘラと笑いながら、ユグドラシルのジョークアイテムである純白紐ビキニ(物理防御力0魔法防御力0)で観衆にスティレットごと手を振り返していた。

 

 ……すげぇ、喜んでるし……完全に露出狂の変態だ。

 

「……想像以上に破壊力があるな」

 

 あのジョークアイテムで特殊な性癖を満たす……新たな使用法に感心するしかなかった。500円ガチャのハズレの中でも、ほとんど異形種プレイヤーしか知り合いがいなかったせいでメチャクチャ使い道が無かったヤツだ。PKが横行する中で、たとえ悪ノリでもあんなモノを装備するプレイヤーはいなかった……いや、唯一の例外は『えんじょい子』さんぐらいだが……ダブりを欲しがったのでプレゼントしたら、堕天使の黒肌に白ビキニで約24時間ぐらいはご満悦だった記憶はある。彼女の場合は元々物理防御は完全に捨ててたから、ぐらいに考えていたが、今こうして本物の変態性癖を見せつけられると、ちょっとティーヌと同系統の趣味だったのかもしれない……と疑ってしまう。

 俺にしても課金してなきゃ、とっくに捨てていただろう。単なるドロップアイテムだったら、鑑定後に売る気すら起きない。

 

「彼奴は……性格だけでなく、性癖も歪んでおったか……」

 

 ジットが何を今更な事を呟いた。

 

 ……他人を拷問して、イッちゃうようなヤツですよ。

 

「既にジットの完封試合は忘れられたな……」

 

 ブレインが刀の手入れをしながら、ボソリと言った。

 

 ……ごもっともでございます。

 

 結果として、顔見せが終わった時には配当率が想定外に下がるという副次効果をもたらしたのは痛かった。俺達が総資金を31倍にして、再度全額突っ込んだせいもあるが、顔見せの段階でティーヌ人気がマニアックな殿方に爆発したようだ。配当率は1対95が1対19まで下がり、俺がティーヌの勝ちに全額ブチ込んだ時には1対4まで下がってしまった。それでも元金の124倍になるのだから文句は言えない……が、ティーヌにあの紐ビキニを貸し与えなければ、との後悔が消えるわけではない。

 

 悔やむ間にも容赦なく試合は始まった。

 そして容赦のない殺戮ショーは瞬く間に欲望を煽っていた女を恐怖の象徴へと変えた。

 

「アハハッー!」

 

 理屈もない……正気もない……躊躇もない。

 5体の内、1体のオーガが徹底的に狙われていた。開始直後から右膝を潰されて、直立出来なくされていた。次々と増える刺突痕……しかしどれも致命傷になっていない。つまり生かし、痛ぶっていた。嬲っていた。笑っていた。

 残りの4体は巨大な棍棒を振る。ティーヌを狙って振る。結果的に倒れている仲間のオーガに当たろうとも、致命傷にならなければ良い程度に考えているのか、容赦なく振り続けた。

 しかし当たらない。擦りもしない。棍棒の大質量が擦れば終わるのに、このほぼ全裸の人間の女は全ての攻撃をギリギリ避けていた。

 果てしなく遠い1ミリ。

 四方向からの同時攻撃をやはりギリギリの距離で躱す。

 フルスイングも躱す。

 当てる事を意識した最小の動きの一撃も躱す。

 全ての攻撃をギリギリ躱し続けた……そして人間の表情は読めないが、この女の場合は違った。笑っている。亀裂のような口で、三日月のような目で。

 

 余裕なのか……ティーヌは攻撃を続けるオーガ達を無視して、ひたすら地面に仰臥するオーガにスティレットを突き刺す。そのオーガの四肢は穴だらけだ。もはや刺す場所すら見当たらない。だから脇腹、そして肩口に下腹部とさらに凄惨な光景が広がる。オーガが怒りに叫び、恐怖に泣いた。

 

「うーん、人間と比べると、なーんかイマイチなんだよねー」

 

 台詞とは裏腹にティーヌの表情は歓喜に満ちていた。

 

 同時に無事なオーガ達に異変が生じていた。

 最初、それは僅かな変化だった……無力感……モンスターが感じるのかは不明だが、棍棒の振りが鈍り始めた。それとも諦めなのか……

 ティーヌが1体だけに絞った攻撃対象のオーガだけが動かない身体で必死に抗っていた。

 そのオーガを足蹴にし、ほぼ全裸のティーヌが宙を舞う。

 

「……なんか、つまんないよ、お前ら……」

 

 無事な4体の内の1体……向かって1番左のオーガの左右の眼窩を2本のスティレットが貫き、脳を損傷したソイツはそのまま崩れた。

 

「ほら、もっと必死になんないとコイツみたいに死んじゃうぞー」

 

 笑い、飛んだ。

 2本の棍棒をかい潜り、抜けたところを襲った棍棒の持ち主は左右から襲うスティレットに耳を貫かれ、大量の血液を噴出しながら崩れ落ちた。

 

 ティーヌが笑う。

 根本的な彼女の違和感に大観衆が気付き始めた。3体のモンスターが大量にブチ撒けた血の一滴すら、ティーヌに触れることが叶わないのだ。鍛え上げられたティーヌの美しい肢体は、この凄惨な闘争が開始される前の美しさを維持しているのだ。

 歓声と拍手の意味合いが徐々に変化していた。

 驚きと期待。

 性的な興奮と健闘への称賛。

 技術とスピードへの絶賛。

 そこに少しづつ未知へのふわっとした恐怖が混ざり始めた。

 何かとんでもないことが目の前で展開しているのだ。

 美しさが性的なものから異質なものへと変質していた。

 気付いたら、そこに死神がいたのだ。

 

 観衆が感じ始めたぐらいだ……オーガ達はとっくに自分達の処刑人が見た目と違う、もっと恐ろしいナニかだと気付いていた。ほぼ全裸のソレは見た目通りの人間の女ではなく、1ミリの距離を数メートル先にも感じさせる圧倒的なバケモノだ。人間よりもはるかに本能に忠実なモンスターに僅かながらも生存を諦めさせるような未知の生き物だった。

 

 そして俺も装備によるバフ無しのティーヌが、初めて会った時よりもほんの僅かながらも成長したことに満足しつつも、あれだけ頑張っても10レベルに届かない程度の成長しか得られないことに……道程の先が果てしなく長いことに気付かされ、少し気を引き締めた。この世界の人間では圧倒的な強者となったティーヌだが、所詮は人間なのだ。この世界風に言えば「英雄級」だか「逸脱者」だかではあるのだろうけど、所詮は単なる人間種なのだ。ドラゴンロードでもなければ、『神人』でもない。まして100レベルのフル神器級プレイヤーの相手には程遠い。現実にフルで神器級を揃えたプレイヤーはかなり少数だったが、それでも1点ぐらい神器級を持つ者はそれなりに多かったし、伝説級で身を固めるプレイヤーは珍しくもなかった。

 

 それにしても人間種にレベルキャップでもあるのか? この世界では経験値が得難いのか?

 

 確かに全般的に低レベルではある。しかしゲームではないのだから、低レベルが圧倒的多数を占めるのはおかしなことではない。で、ある以上高レベルが少ないのも理解出来る。しかし鍛えてもレベル的な成長が厳しいのは……ユグドラシルの設定が現実になかり反映されているのにレベルに関してだけは厳しいのか……俺のゲーム脳が苛立っていた。

 とにかく低レベルなのにレベルが伸びにくい事実が、俺の目的の前にそびえ立っていた。とにかく把握できていない部分は実験を繰り返さなくてはならない。人間の駒はどんどんレベリングを試せば良いのだが……こうなっては『八本指』を表の存在へ転換する際に、どうせ表に出せない存在だからと始末してしまった、『不死王』デイバーノックの処分は愚策……完全に早計だったと悔やまれた。

 とにかく亜人種や異形種に加えてモンスターの配下も増やさないと、全体の傾向が掴めない。手っ取り早い方法はあるのだが……

 

 眷属だらけの世界を想像して、ちょっとゲンナリした。流石にその未来図には耐えられない。

 

 人間だけでなく、知恵と理性を持つのならば、亜人種も異形種もモンスターも配下に加えるべきだ、と新たに方針を固めながら、ティーヌの試合……嬲り殺しに再度注目した。

 

 ティーヌの胴体を狙い時間差で棍棒が交差した。

 もはやオーガ達を突き動かすのは種の優越でも生への渇望でもなく、死に対する拒絶だった。連携は怪しくなり、全攻撃がフルスイングになっていた。

 フルスイングを軽くかい潜り、ティーヌは健在なオーガの両肩の上に立つ。もう1体の棍棒がそこを襲うが、ティーヌは飛翔し、棍棒は仲間の頭部を破壊した。仲間を即死させたオーガは驚愕する間もなく、左の眼窩と右の耳にスティレットを突き入れられ、夥しい鮮血を噴き上げながらしばらく暴れ回っていたが、やがて糸が切れた操り人形のように地に崩れた。

 

「勝者……ティー……」

 

 ティーヌはバック宙の要領で宙を舞うと、そのまま最後まで息のあった穴だらけのオーガの頭部に着地し、頭蓋を砕いてトドメを刺した。

 

「……ヌ!」

 

 ティーヌの勝ち名乗りと同時に大観衆に手を振ったが、彼女に送られたのは試合開始前とは全く別種の歓声と拍手だった。

 

 

 

 

 

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 ジットの完封試合もティーヌの虐殺ショーも全ては余興。本日に限れば、見る前から勝敗の決しているメインも、現武王ゴ・ギンの熱烈なファンでもないかぎり大した注目を集めていない。

 

 「天才」エルヤー・ウズルス対「剣鬼」ブレイン・アングラウス

 

 満員に埋め尽くされた観衆のほぼ全てがこの試合を観戦に来たのだ。

 さらに……

 

「この大試合から、エル=ニクス皇帝陛下もご観戦です。皆様、上にある貴賓室をご覧ください!」

 

 観衆に応える鮮血帝と彼の近習に加え、最側近であるフールーダ・パラダインの姿までが見えた。近習の中にも出会った時のジット程度のレベルに感じる者が2人いた。残りは有象無象だ。

 

「あれが皇帝……にバケモノマジックキャスターか……」

 

 一眼でそれと判る、いわゆる絵に描いたような美男子というか貴公子……しかも俺のような無個性のアバターじゃないから存在感が凄まじい。カリスマに裏打ちされた自信に満ち溢れた双眸が群としての民衆を睥睨していた。

 皇帝のやや後方に異世界ファンタジー風の魔法詠唱者というには少々派手な格好のジジイがいた。全体的に白っぽいイメージで老身を固めている。しかし残念ながらレベル的には装備無しのティーヌと同じかやや上程度の存在にしか感じられない。

 

 年齢的に伸び代があるのか……? 

 

 現在、第六位階なのだから第八位階を使えるぐらいまで成長させれば、対プレイヤーの盾としてそれなりに使える駒にはなるのだが……支配するには主席宮廷魔術師という立場が厄介だった。流石に国政のど真ん中にいる有力者の中の有力者に過去と齟齬のある言動をとらせるのは拙い。せっかく支配しても即失脚で処刑されては苗床と大差ない。

 

 その派手派手ジジイと目が合った。と言うよりもジジイは最初から俺しか見ていなかった……そう感じた。

 

 なんで……?

 

 特別に目立つ格好はしていない。装備は……まあ、いつもの黒コートだから目立つって言えば目立つ。剣はブレインのお下がりの屑刀だ。残りは装備にカウントされない(はず?)防御力0のズボンにシャツにサンダル。アクセサリーの類も一切装備していない……つまり目立つのはいつも通りコートだけで、相対的に俺の印象は極めて薄いはずなんだが……

 まあ、改めて冷静に考えればブレインの『斬魂刀』に目を奪われていない以上、装備に目を奪われているわけではなさそうだ。

 そして再度目が合った。

 派手ジジイは薄気味悪い笑顔を見せ、何やら大声で叫び始めた。

 呆れ顔になり、背後を向いた皇帝陛下が嗜めている……のか?

 その直後、突然ジジイが暴れ出して、皇帝陛下を除く近習全員で取り押さえ始めた。大混乱に陥った貴賓席から……それは恥晒しな狂乱の怒声が大観衆に埋め尽くされた観客席に撒き散らされていた。

 

 …………何が何やら……?

 

 視線を闘技場に戻すと対戦者2人は既に入場を終え、それぞれの立ち位置に立っていた。

 普通にやればブレインが負けるはずはない。相変わらずのぼんやりとした強さの把握だか、今回は確信できた。ブレインはフル装備だ。装備込みならばレベルにして10をはるかに越えた開きがある……感じがする。つまり同条件下の一対一ではひっくり返しようのない差だ。楽しむか……終わらせるか……全てはブレイン次第だ。

 介入する気はない。

 実はエルヤー・ウズルスも肉腫が寄生済みだったりする。彼に自覚は無いだろうし、実際に服従を強要しているわけではない。

 しかし今のエルヤーと同じ状態だった頃の『フォーサイト』メンバーの話によれば、彼は屑の中の屑だ。たとえ死んでも誰も誰も悲しまない。仲間のエルフ達すら歓喜に染まる……いや、彼女達が誰よりも喜ぶ……と念入りにイミーナが教えてくれた。つまり存在が消え去っても問題ない。むしろ消え去った方が世の為だ。もちろんエルヤーの奴隷というか性奴隷というかチームメイトのエルフ娘3人衆も遠慮なく頂戴して、こちらは既に転向させていた。餌はエルヤー自身だ。現時点ではエルヤーの方が役立ちそうだが、将来的に逆転するならばエルヤーを彼女達にくれてやっても良い……彼女達の未来は人間よりも長いから。

 

 まあ、肉腫が寄生しているのはエルヤー・ウズルスの『天武』に限った話じゃないんだけどね。

 

 ワーカーと言う存在自体が俺にとって非常に都合が良い存在だった。ワーカーとはいつ死んでもおかしくない生業であり、素性のよろしくない連中の吹き溜りだった。一般人には冒険者でも似たような認識なのに、組合というバックの無いワーカーは半ば裏社会の住人と言っても過言ではないのだ。加えて彼等自身の個々の行状に関係なく、富裕層や貴族階級に依頼者として以外にもそれなりに食い込んでいるのもありがたかった。そして自身とチームの安全確保の為にそれぞれ情報網を持ち、情報の重要性をよく理解していた。

 この各チーム毎に独立した情報網やワーカー個人の人脈が俺が帝都に食い込むのに、この上なく有益だった。しかも情報網自体が喪失しても誰も問題にしないのが良い。ワーカー達の人脈に至っては、相手方が対等と見做していないのが更に良い。依頼以外では誰も彼等を必要としないのだ。つまり相互の情報交換か必要とされていないのだ。俺が奪ったところで齟齬の生じる可能性など皆無だ。

 

 闘技場の興行主の中では最大手の一角であるオスクもワーカー人脈から辿り着いたものだった。彼の場合は有力者といっても所詮は商売人であり、言動が影響を与える範囲は極めて限定的だった。丸1日かけて無意識のオスクに告白させたのだが、問題が生じても影響は低いと判断できた。その場で即支配を完了させ、闘技場のマッチメイクは俺達の思いのままになった。

 ついでに屋敷にいた「首狩り兎」という呼称のラビットマンの傭兵兼暗殺者にも肉腫を寄生させた。この世界ではそれなりに強い部類の亜人種らしく、今は装備を与えて鍛錬させている。

 

 現在『フォーサイト』のメンバーに「首狩り兎」と耳の欠損部分を治癒させた『天武』のエルフ娘3人衆を加えた急造チームに、第二世代の眷属2匹を護衛につけて、カッツェ平野で強化合宿中だ。準備資金は金持ちのオスクに出させて、装備はそれぞれ神器級を1点づつ与えた。

 

 冷静に考えるまでもなく、現在の俺達には闘技場に出場する必要性はない。

 

 『八本指』を支配してから、資金は極めて潤沢なのだ。帝都でもオスクを中心に興行主達を支配するつもりだ。全部抑えてしまえば、資金の問題とは別に、強者を集めるのに非常に役立つだろう。闘技場の興行主という生業は恒常的に他国や他種族の強者の情報を集めるのも仕事の一環なのだ。『八本指』と貿易させる商人に接触する際にも都合が良い隠蓑になる。結果として、興行主の支配の方が主目的に成り代わっていたりするのだ。

 つまり現在の俺にとって闘技場出場は単なるケジメだった。

 この世界で最初の目標を果たす為だけに出場する。

 ブレインは言葉通りに同調してくれた。

 ジットはジット自身が勝手に思い描いた「俺の深遠なる策謀」とやらの一環と思い込んでいた。

 ティーヌに至ってはもっとシンプルで「理由はどーでもいいから、とにかく一生ついて行く」だった。

 こうやって改めて並べてみるとスレイン法国人はヤバめだ。

 

 まあ、それはそれとして……

 

 帝都に到着してから、それはもう遠慮なく美味い料理店廻りのついでに顔の広い『フォーサイト』のヘッケランが紹介してくれたワーカー全員の脳に片っ端から肉腫を寄生させたのだ。お陰で情報も人脈も資金も容易く獲得出来るようになった。ヘッケランには感謝している。

 

 そして集まった有象無象の情報の中でも一際評価が高いのに、格別に評判が悪いのがエルヤー・ウズルス率いる『天武』だった……というかエルヤー・ウズルス本人だ。

 剣の腕は「天才」の看板に偽り無し。

 しかし色々な意味で救えない男……人格は最悪だ。周囲からも仲間からもヘイトを集めまくっていた。チームワークもクソもない。なにしろチームメイトからの憎悪が最も激しいのだ。

 

 自ら無自覚に生み出した無数の憎悪を積み上げた山の頂上に、刀一本で挑む巨大なクソ……それこそがエルヤー・ウズルスという男だった。

 

 まあ、だからこそなのだ。

 だからこそ俺の配下に相応しい。

 人生がソロプレイなのだろう。

 強さに貪欲なのも良い。

 だからブレインには命じてある。

 絶対に殺すな、と。




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