年末になり、仕事もかなり多忙かつ不規則になりますが、少しでも早く更新できるように頑張ります。
衆目の中、無様にも尻餅を着いた。
これで3度目……
大観衆の期待は裏切られた。
武技の応酬にもならず、剣技の競い合いにもならない。
ただただ圧倒的な差を感じていた。
確かに互いの装備には圧倒的な差があった。
初めて膝を着いた時、それを心中で言い訳にした。
しかし満員の大観衆には通用しなかった。
場内を埋め尽くす失望。
エルヤーは失望されることに慣れていなかった。
見下すことは日常。
恨まれることも数知れず。
周囲の有象無象よりも圧倒的に優れたエルヤーであれば仕方のないことだと思い込んでいた。
強者の特権。
肉体的能力差はともかく、技量では現武王ゴ・ギンに勝っている。
周辺国最強の戦士と万人に評価されるガゼフ・ストロノーフ……その評価にはエルヤー・ウズルスを除く、と条件付けが隠されている事実を知っていた。
剣の技量に劣る武王など、どうでも良い。
エルヤーの確信と周囲の評価を同一にすべく、実績を示す機会を狙っていたのだが、王国で宮仕えのガゼフ・ストロノーフと一対一で直接戦う機会などそうそう転がっているものではない……が、評価を覆せる機会が思わぬ形で転がり込んできたのだ。
実際にガゼフ・ストロノーフとほぼ互角の戦いを繰り広げたブレイン・アングラウスと一対一で、しかも大観衆の見守る中で戦う機会が舞い込んできた。直接対決とはいかないとはいえ、エルヤーの力を示す良い機会……ほぼ望み通りだった。あの安宿でひたすら凄まじい刀を振っていた男がブレイン・アングラウス本人だったと言う。加えて個人的な因縁もあり、勝てば特典まであった……実のところ、あの男の正体がブレイン・アングラウスである時点で特典などはどうでも良くなったのだが……紹介してもらえるものは、もらえば良いのだ。
勝つ……ただ勝つのでなく、圧勝でなくてはならない。
この対戦の意味はそこにこそあるのだ。
ブレイン・アングラウスに圧勝すれば、エルヤー・ウズルスの勇名は天下に響き渡るだろう。ガゼフ・ストロノーフの評価を超え、周辺国最強の戦士とはエルヤー・ウズルスの称号となるはずだった……
だが予定は予定であり、現実はエルヤーに厳しかった。
ブレイン・アングラウスが、跪き、肩で息をするエルヤーを飄々と眺めていた。時折浮かべる薄笑いは余裕の表情か……相手を侮る嘲笑でなく、自身の技の出来を確かめ、満足するような表情だ……と感じた。いずれにしてもブレイン・アングラウスの相手はエルヤーでなく、自分自身であることは間違いなかった。眼中に無い、というやつだ。
再度立ち上がったエルヤーは歯噛みし、周囲を確認した。
何かが足りない……そう感じた。
いつもある何か……戦闘時に使う? 頼る?
所持品なのか……何なのか……エルヤーは疑念を感じつつ、己が唯一頼る神刀を構え直した。
そうだ……この神刀以外に仲間などいない。
仲間……?
ワーカーチーム『天武』とはエルヤー・ウズルスだ。
ワーカーチーム……チーム?
エルヤーは酷く混乱した。チームとは何だ……『天武』とはエルヤー・ウズルスを指す。なのにチームとは何なのだ。
この違和感の原因なのか?
表現しようがない苛立ちがエルヤーの頭蓋の内で膨らみ始めていた。
喪失感……焦燥感……認めたくはないが、敗北感……
まだ試合は終わっていない。終わっていない以上、負けてはいない。
だから……前を見た。
ブレイン・アングラウスは本気を出していない……その証拠に彼の額に汗の一滴すら浮いていない。つまり全く集中していない。
自身の洞察力は常人の域を遥かに超え、数多の戦士達の中でも優れているはずだ。自身の放った武技『空斬』を見切り、武技『縮地改』の最中にも敵の動きを視認しているのだから……しかし、そのエルヤーの目でもブレイン・アングラウスの観察が難しい。どうしても続かない。
ブレイン・アングラウスが持つ至高の刀……この窮状でもエルヤーの視線を奪い続ける刀身が、魔性の美しい輝きを放射しているのだ。決して陽光を反射しているのではない。それは自身を誇っていた。見せつけ、魅了せんとしていた。エルヤーの網膜は意思と裏腹に刀身を追いかけてしまう。
「……さて、まだやるか?」
余裕というのと違う……無感情な響きが声音から感じられた。
ブレイン・アングラウスは既に興味を無くしているのだ……エルヤーの底を見切った……落ち着き払った視線が雄弁に語っていた。新たな何かを見せないかぎり、試合開始直後の眼光には戻らないだろう。
『能力超向上』まで使い、攻防一体の『縮地改』で翻弄し、『空斬』を乱れ撃つ……既に攻略されたエルヤーの黄金パターンを超えるもの……それを見せなければならない。
悔しいが……悔しいが認めざる得ない。
ブレイン・アングラウスは強い。
エルヤー・ウズルスよりも強い。
つまりガゼフ・ストロノーフも強いのだろう。
だが……エルヤー・ウズルスも強いのだ……たとえ及ばなくとも、それをブレイン・アングラウスに認めさせなくては、剣士の自負が許さない。
しかしこれまでの戦闘で実力差は明白だった。いかに自信過剰なエルヤーでも剣に関しては冷静な分析が……少しは出来る。装備品の差……素の力量はこの試合で示されたものほど差は無いはずだ。
「……私に……私にその刀が……」
「……そうか、確かに装備の差もあるな……納得できないのか?」
「出来るわけがありませんね」
ブレイン・アングラウスが面白そうな顔を見せた。瞳の奥の輝きが変わり、エルヤーの言い訳がましい本音を真剣に考慮していた。
沈黙。
ブレイン・アングラウスは周囲を見回した。
そして入場門に歩み寄り、門の開閉を担当する係に何やら話しかけた。
1分も経たず、門の上から刀の鞘が差し出された……丁寧に手入れされているものの、使い込まれた古い鞘だ。それとあの凄まじい刀を交換する。
「さて、始めようか? お前の望み通り、刀の格を落とした……もっと面白いものを見せてくれ」
ナメられた……いや、狂気の沙汰だ。闘技場で求められるのは技の競い合いだ。戦場のような命の潰し合いではない。とはいえ、刀による殺傷は十二分に考えられる。エルヤー自身、過去の出場の際に殺してしまった経験は一度や二度ではない。勝てる時には勝利を確定させるべきなのだ。
……が、ブレイン・アングラウスはそうしない。
普段の自分であれば激昂しただろう。しかし今感じているのは寒さだ。初めてブレイン・アングラウスの本質を見た気がした。人としての本質が狂っているのだ……エルヤーとの決定的な相違と言っても良い。
エルヤーにとって強さとは誇るものだ。強さが全てだ。強者が弱者を蹂躙すべきなのだ。全てが許される免罪符……だから強さを求める。つまりエルヤーが権力者の家系に生を受けたのならば、ここまで剣の才能は開花しなかったはずだ。
対してブレイン・アングラウスとは強さを求める者だ。強さが全てなのは一緒だが、誇らない……そして永遠に満足しない。強さの頂に立っても、さらに石を積み上げる。狭い足場が崩れ落ちて、転落死するまで続ける。はっきり言ってしまえば狂人の類だ。求道者と言えば求道者だが、完全に常軌を逸している。自身の生命の重さがとにかく軽いのだ。
つまりエルヤーにとっての手段が、ブレイン・アングラウスにとっての目的なのである。狂気すら内包する求道者と、現在の自分に優越を感じていた者の決定的な差だった。
……怖い。
これまでの人生の数多の生命の削り合いの中で、初めてそう感じた。その感情を握り潰し、エルヤーは構えた。
ブレイン・アングラウスは抜かず、奇妙な体勢に構えた。
「武技『縮地改』!」
翻弄し、遠距離から削る……基本的な攻めは変わらない。いや、変えられなかった。迂闊にもブレイン・アングラウスという人間の奥底の暗い輝きを覗き見てしまったのだ……そこから感じた漠とした恐怖が、絶対的に自信を持つパターン以外を選択させてくれなかった。
しかし工夫は必要だ。
だから遠距離からの攻撃はオトリ……いや、盾だ。
「武技『能力向上』……『能力超向上』!」
加速する……さらに加速する。
ブレイン・アングラウスは動かない。
「武技『空斬』……『空斬』『空斬』!」
『能力超向上』を使用したままの『空斬』の三連撃……エルヤーの体力をかなり削るが、もはや全行動に『能力超向上』は欠かせない。これまで以上の能力を見せるには体力を削らなくては話にならない。つまり戦闘継続能力は著しく短くなるのだが、それは覚悟の上だ。
「武技『縮地改』!」
三つの『空斬』を盾にブレイン・アングラウスの懐に飛び込む。おそらくなんらかの武技なのだろうが、これまでのところブレイン・アングラウスに全ての攻撃は捌かれていた。
単発の『空斬』では単純に見切られる。
工夫の無い『縮地改』による飛び込みも捌かれていた。
……ならば能力を最大限に発揮して、力と手数で通すまで……
こんな事は初めてだ。一撃を入れる為だけに、その後を捨てる。この一撃に全てを賭ける……なんと愚かしい戦法だ。だがそうしなければブレイン・アングラウスに届かない。いや、これでも届かないかもしれない。だがこのまま折れるなどエルヤーのプライドが許さない。
眼前に迫るブレイン・アングラウスが目を閉じていた。
……バカな!
三つの『空斬』の壁を潜り抜け、目を閉じたままブレイン・アングラウスが踏み込んだ……小さく、鋭く……一切のブレが無い、洗練された動きだった。
「ナメるなよっ、ブレイン・アングラウス!」
右に踏み込んだブレイン・アングラウスをエルヤーは横薙ぎで追った。
……神刀!
届く……そう確信した。
「秘剣『虎落笛』……」
エルヤーの『能力超向上』を圧倒的に上回る剣速……
右肩に激痛が走り、神刀が地に転がる様が見えた。
痺れと熱さがゆっくりと脳を焼く……地面が近い……受け身が取れず、エルヤーは完全に地に伏した。無様だ……慌てて立とうとしたが、脳が激しく揺らされたのか、平衡感覚が戻らない。
……右肩……右腕!
あまりの熱さに右肩を確認したが、砕けてはいるようだが、断切されたわけではない……峰打ちだったようだ。
眼前に爪先が見えた。
ブレイン・アングラウスのものだ。
激烈な痛みを我慢し、なんとか仰向けに寝返る。
切先が喉に突き付けられていた。
「勝負有り、だ……最後の攻防はなかなか楽しめた」
「私の……負け……」
「ああ、お前の負けだ……ゼブルに殺すな、と厳命されたからな。お前の提案に乗らねば、技を出せなかった」
……殺すな……殺すな、だと……厳命、だと……
「……ああ、そうだ……礼と言ってはなんだが、俺にあの刀をくれた奴を紹介してやるよ……ちょうど、そいつは治癒魔法を使える」
ブレイン・アングラウスが薄く笑った。その笑みは……
遥か遠くにブレイン・アングラウスの勝ち名乗りが聞こえた。
……これまでになく酷薄な笑みだった。
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少し前までは毎朝のように冒険者チーム『漆黒』のモモンとナーベの姿を見掛けた依頼書の集まった掲示板の前……およそ2週間に渡り、彼等の姿を見ることは叶わなくなっていた。
王国3番目のアダマンタイト級に昇格した途端、冒険者チーム『漆黒』の姿はエ・ランテルから消えてしまった。掲示板には、これまで王都へと依頼を回していたアダマンタイト級の力を必要とする依頼書が貼り付けられたまま放置されている。組合内部には『漆黒』を指名した依頼書も溜まっていた。
つまりエ・ランテル冒険者組合は大混乱に陥っていた……およそ2週間前に『美姫』ナーベが組合に現れ、「モモンさーーーんは、しばらくの間冒険者の活動を休みます」と宣言して以来……
『漆黒』の依頼達成率は100%……それまでの依頼達成が尋常でないペースだったこともあり、組合は収益に目が眩み、ホイホイと高難度の依頼を安請け合いしていたのだ。
組合長プルトン・アインザックは、文字通り頭を抱えていた。落ち着きなく、組合長室の中をぐるぐると歩き回っている。
応接セットのソファには深い緑色のローブを着た神経質そうな男が腰掛けていた。名をテオ・ラシケルと言う。エ・ランテル魔術師組合の組合長だ。そして現役時代はアインザックと冒険者チームを組んでいたチームメイトであり、古くからの友人でもある。
「……プルトン、いい加減落ち着いたらどうだ?」
テオ・ラシケルの言葉にアインザックの歩みはより一層忙しなくなった。
「これが落ち着いていられるかっ! ああっ……モモンくん、いや、モモン殿はどうしたと言うんだっ!」
「……休むと言われたんだろう? 消息不明とかならまだしも……」
「あのモモンくん……いや、モモン様が……1日も休まず、最高難度の依頼を達成し続けた……あの『漆黒』のモモンくんがっ!」
「プルトンよ……組合の運営が厳しくなるのは理解するが、モモンくん達の依頼消化がハイペースなのを良いことに、高額の依頼を安請け合いしたのは組合の落ち度……つまり君の落ち度だ。モモンくんの休養を責めるのは完全に御門違いだと思うが。彼は組合の……いや、エ・ランテルの……王国南半分の絶対エースなのだ。当然、組合長自らが彼の体調や予定を把握すべき、だと思うが……どう思う?」
「確かに休むと聞いた……が、あのモモンくんが2週間を経過しても、まだ復帰しないのだぞ……冒険者登録して以来、1日たりとも休まなかった彼が!」
「だからこそ、落ち着いて待とうじゃないか……また凄いマジックアイテムを拝ませてくれるかもしれない……」
ラシケルの頬が緩み、皮肉を帯びていた視線がトロンと蕩ける。以前に依頼絡みの会話の流れでモモンから見せてもらった第八位階の魔法を封じた『魔封じの水晶』が忘れられないのだろう。正気を失って、ペロペロと舐め回していたほどだ。
「……彼はどれほどのアイテムを手に入れているのだろうなぁ?」
「そんなことはどうでもいいっ!」
アインザックは腹立ち紛れにラシケルを怒鳴りつけた。どちらかと言えばアインザックの方が正気を失っている証左だ。
指名でない高難度の依頼はミスリル級3チームをフル稼働させて、どうにかこうにか対処している。各ミスリル級チーム毎に組合の補助金で雇った白金級チームを数チームづつ付け、これまでのところなんとか人的被害を出さずに処理しているが、かなりリスキーな綱渡りだった。しかもその結果として冒険者組合の収支は完全に大幅赤字なのだ。
しかし、それはまだ大した問題ではない。
真の問題は積み上がったままで徐々に期限の猶予を失いつつある指名依頼の山だ。『漆黒』が依頼を受ける受けないの問題はともかく、このまま放置すればエ・ランテル冒険者組合は信用を失う。その対象がアダマンタイト級冒険者チームに指名依頼を出せるような貴族や富裕層だという事実が問題なのだ。冒険者組合の規定に則った報酬を用意できるだけでも相当に限られた層の上顧客であるのに、実際に問題が解決した際には、彼等は高額報酬を正当な代価として支払うつもりなのだ……王国内の全ての貴族や富裕層が顧客になり得ない以上、彼等は冒険者組合にとって最も重要な生命線なのだ。冒険者組合が頭脳であるとするならば、アダマンタイト級冒険者は利腕であり、重要顧客は心臓なのだ。たとえ一時的なものだとしても、その心臓の信頼を失うということは、組合が仮死状態になることまで覚悟せねばならない……最悪のケースを想定すれば、そのまま死ぬことまで考えられる。
当然、冒険者達は逃げ出すだろう。資金、つまり顧客を失った組合と心中する筋合いが無い。しかも他所でも引き合いのある者から逃げるのだ。
腕利きの冒険者がいなくなれば、優良な顧客から他所の組合を贔屓にしだすのが目に見えている。
資金源を失えば職員も雇えない。下級の冒険者は育たなくなる。
これは冒険者組合に限った話ではなく、一度負のスパイラルに陥ったら、組織を立て直すのは至難の業なのだ。
アインザックは立ち止まり、頭を掻き毟った。
「……王都のアダマンタイト級2チームに応援要請したが、果たして……」
王都の冒険者組合もエ・ランテルに貸しを作るのは吝かでないはずだが、その為に王都の陣容を薄くするとは思えない。交易の要衝とはいえ、戦時には最前線の要塞と化すエ・ランテルに犯罪組織は成立しにくい。逆に王都は古くから利権の巣窟であり、犯罪組織として『八本指』のような巨大組織まで跋扈している。つまり王都の冒険者は対モンスターや対野盗集団の対策要員という面以外に、私的な犯罪対策エージェントの側面も担っているのだ。『八本指』の『六腕』などはアダマンタイト級の力を持つとさえ噂されている。
しかし王都だからといって、アダマンタイト級の力が必須とされる依頼が多いのかといえば、そんなことはないはずなのだ。報酬に必要とされる資金的にも多いはずがない。現にエ・ランテルでは単なる高難度の依頼はミスリル級と白金級数チームの混成チームでなんとかこなしている。となると、やはり問題は組合が安請け合いした『漆黒』の指名依頼の山なのだ。
このまま座して死を待つわけにはいかない……
アインザックは冒険者の神に祈り……モモンに祈った。
『漆黒』に復帰してもらうのが最上の結果なのだが、その消息について一切の情報が入らない現状では同じアダマンタイト級冒険者チームを誘致する以外に解決法が見出せなかった。アインザックはこれまでの『漆黒』の想定外の活躍で得た望外の利益を全て突っ込むつもりで、この窮状の打開を目指したのである。
応援要請を打診して1週間が経過しようとしていた。断るにしてもそろそろ返答があって良いはずだった。
再びプルトン・アインザック組合長は部屋の中を忙しなく歩き回り始めた。
気が気でないのだろうが、テオ・ラシケル魔術師組合長に対して対応は疎かの一言に尽きた。
ラシケルはラシケルでひょっこり入手した、消えた『3人組』の情報を切り出すタイミングを完全に見失い、とりあえずアインザックが正気を取り戻すのを待つことにした。あの暴風のようだった『3人組』と思しき銅級冒険者チームに関する情報の引き合いが王都の魔術師組合からに加えて、バハルス帝国のエージェントらしき人物からもあったのだが……
この6時間後……『青の薔薇』から応援要請受諾の返答を得るまで、アインザック組合長は部屋の中を忙しなく歩き続け、一歩も外出しないのに緩んだ腹回りが一回り絞れたのは彼だけの秘密だ。
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エ・ランテル冒険者組合でプルトン・アインザックが頭を抱えていた頃、その原因を作った冒険者モモンこと、アインズ・ウール・ゴウンも本拠であるナザリック地下大墳墓の執務室に篭り、やはり頭を抱えていた。支配者としての執務の合間、絶対入室禁止を配下に厳命して、既に魔王ロールは放棄している。つまり「鈴木悟」だった。
「はぁ……なんでそんなことになるかなぁ……」
朗報のみを期待していたセバスの報告こそが苦悩の原因だった。
失敗……敵対とは言い切れないが、完全に警戒されたのは間違いなかった。「アインズ」こと、ユグドラシルプレイヤー「モモンガ」の良く知る『ばある・ぜぶる』ならば、警戒を要するようなケースでは、初手は完全に逃げの一手で間違いない。つまり冒険者ゼブルはより一層『ばある・ぜぶる』本人である色合いを濃くしたのだ。そしてユグドラシル当時の彼ならば、まず自身の安全を確保し、その後に情報収集と地の利を考えて動く。加えて可能ならば数的優勢も確保するだろう。
彼自身は「ソロプレイ大好き」を標榜していたとはいえ、実質的にプレイの相棒だった『バンバン』の統率力と『ばある・ぜぶる』自身のコミュニケーション能力は、有事に際して異形種ソロプレイヤー数十名の動員を可能にしていたのだ。そして彼等が助力を求める先のプレイヤーの一群に『モモンガ』も名を連ねていたのである。
彼等2人は、仲間内ではそれぞれのキャラビルドとは真逆の存在で『バンバン』がリーダーで『ばある・ぜぶる』が参謀だった。キャラとしては『バンバン』はガチビルドの魔力系魔法詠唱者であり、『ばある・ぜぶる』は『地獄の君主』という完全なレア職ネタキャラだった……つまり魔術師がリーダーで王が参謀だったのである。
『ばある・ぜぶる』の激レア職は『モモンガ』の『エクリプス』と同じように、到達するには凄まじい紆余曲折が必要らしく、鈴木悟は『モモンガ』として『ばある・ぜぶる』よりも9年以上長くプレイしていたが、彼以外に『地獄の君主』などというレア職を極めるどころか、到達したものすら知らない。しかも彼はそれ以外にも激レア職を極めているらしく、その結果として凄まじく強力なスキル持ちだった。
その2人に加えて『えんじょい子』というPKガチ勢異形種プレイヤーを中心に悪名高い『ギルドクラッシャー』という集団が形成されていた。『人化』スキルを使って人間種プレイヤーの街に侵入して、情報を採取し、過疎化したギルドを襲って、実質的に死蔵しているアイテムやデータクリスタルや素材を異形種の街で売り捌く……そして神器級アイテムと神器級になりうる素材やデータクリスタルだけは手元に残すという手口だった。しかし彼等に強襲された過疎ギルドはあくまでも過疎化しているだけであり、しかも人間種のプレイヤーは異形種プレイヤーとは比較にならない数が存在していたのだから、遭遇戦や殲滅戦は日常茶飯事……彼等『ギルドクラッシャー』がユグドラシルサービス終了まで存在していたのだから、結果はお察しだ……当時の『モモンガ』の心境からすれば決して許容することの出来ない極悪非道な無法者集団だった。だからこそ、暴走した彼等が異形種ギルドとはいえ過疎化してしまったナザリックを襲撃する最悪の可能性も想定して彼等に近付いた……ら、意外にも気が合ってしまった。
一気に資金を稼げるような大物の狩に何度も付き合ってもらった。しかも彼等は「圧倒的に少数派である異形種プレイヤーには共助の精神が必要だ」と考えていた。つまりナザリックを襲撃するつもりなどさらさら無かっただけでなく、ナザリックの維持費に困窮している伝説的プレイヤー『モモンガ』を囲む狩猟会で得た資金は全て無償提供してくれた。
孤独だった『モモンガ』はそんなことを積み重ねている内に人寂しくなると『ギルドクラッシャー』の溜り場へと出かけるようになってしまった。ユグドラシル最後期プレイヤーである彼等は『モモンガ』の語るユグドラシル全盛期の話やナザリックの逸話や『アインズ・ウール・ゴウン』ギルドメンバーのバカ話を喜んで聴いてくれた。差手口にならないように配慮しながらも、何度もプレイに関するアドバイスをした……PVPやPK対策やPKKや知る限りのワールドエネミーやレイドボス戦の情報などの一般的なものから、情報戦や対諜報の攻勢防壁の効果的な組み方等のマニアックな独自情報まで……おそらく年下だろう彼等は『モモンガ』のアドバイスに感動したり、実践して感想を話してくれたり……職場で素直な後輩の世話を焼いているいような気分にさせられたものだ。
リアルで一緒に遊ぶような関係にこそ、鈴木悟自身の気後れや仕事の都合でならなかったが、オフ会に誘われた回数も1度や2度では効かない。
「……楽しかったな……」
かつてのギルドメンバーと一緒に騒いだ輝かしい記憶が人生の栄光だとすれば、『ばある・ぜぶる』達と一緒にプレイした記憶は一時の癒しだった。
まず本当に『ばある・ぜぶる』さん本人なのか、確認しないと……な。
ゼブルと名乗る人間の銅級冒険者……見た目は金髪碧眼の青年のようだ。つまり『ばある・ぜぶる』が『人化』スキルを使った際のユグドラシルのアバターと相違無い。そしてセバスの報告では会話の内容と実際に感じる実力に大きな乖離が在ると言う……実力を隠蔽しているのだけは間違いないだろう。だが『ばある・ぜぶる』にしてはかなり迂闊だ、とも思う。こっちの世界があまりに低レベルなので油断したのか……
……とにかく情報が足りない……
王都のセバスの下にユリとエントマに加えてシャドウ・デーモンを増派したが……本来ならば守護者クラスを向かわせたいところだが……ユリの存在を確認されただけで、おそらく逃亡されたのだ。つまり100レベルの守護者を増援に送った場合、王都から完全撤退されてしまう可能性が高い。
試しに送ってみたメッセージに反応は無いのだから、仮に銅級冒険者ゼブルが『ばある・ぜぶる』本人だとしたら、彼が普段からメッセージを必要としていない状況下に在ることだけは推測できる。つまり『バンバン』や『えんじょい子』や他の『ギルドクラッシャー』の面々はこの世界に来ていない可能性が高い。
しかしセバスの報告によればティーヌという女戦士とジットという魔法詠唱者が冒険者としてのチームメイトとして確認されている。その後に収集された情報ではブレインと言う名の剣士も仲間と判明している。それに加えて、未確認情報だが王都で『八本指』という現地の地下組織を丸ごと配下にしたらしいともあった。
つまり人間を劣等種と見下しているナザリックの者を派遣するのは事態を混乱させるどころか激烈に悪化させる可能性が高い。だからセバスは窓口として王都から動かせないし、とりあえずカルマ値の高いユリも外せない。状況によっては現状では単なる予備戦力でしかないエントマを帰還させ、カルネ村で比較的人間達と友好的に接している実績を買って、ルプスレギナを派遣した方が良いかもしれない。
最悪の場合、属性中立だから……アイツか……能力的に役立つとは思うが。
宝物殿の領域守護者のつるんとした顔を頭に浮かび、慌てて否定した。アレを作成したのが自分と知られてたら……ただでさえ『ばある・ぜぶる』はアバターの外装にやたらと課金するようなタイプのプレイヤーだったのだ。あの皮膚の表面をグルグル這い回る2匹の蛇なんて、何の役にも立たないのに、結構な金額をぶっ込んでいたような……ちょっと厨二を感じさせる為人だった。
アレを絶賛しかねない……が、アレだけは触れて欲しくないのだ。
とにかく配下の守護者にアレの立ち振る舞いを見られるのも恥ずかしいのに、ギルドメンバー以外の知り合いに見られるとか羞恥地獄に他ならない。
無いはずの胃がキリキリと痛む……仕組みは理解できないが現実だった。
……やっぱり俺自身が行かないとダメか……?
冒険者の活動をアレとナーベラルに任せ、自身で冒険者ゼブルのナザリック招聘作戦の指揮を執る……やはり超越者の外装が厳しい。この際、仮にゼブルが『ばある・ぜぶる』本人と確定しなくとも、超越者のアバターを見せるのは仕方ない……最悪、人間違いならば記憶を消して、放り出せば良い。
が、それ以前に接近するまでが問題なのだ。
人間達の中を闊歩出来るモモンのフルプレート姿では『モモンガ』のアバターを連想させるのに必ず会話が必要だ。会話が必要とはならないだろうが、フル神器級のいわゆる『ばある・ぜぶる』が見知った『モモンガ』の超越者アバターに嫉妬マスクで顔を隠した姿は王都のような大都市内では余計な問題が生じてしまう可能性が大だろう……あの姿を見知った存在として、少なくともガゼフ・ストロノーフは確実にいるのだ。彼が王国上層部にカルネ村の一件の経緯を報告する際、凄まじい力を持つ魔法詠唱者「アインズ・ウール・ゴウン」の存在を俎上に載せないわけがない。
その上『ばある・ぜぶる』ならば王都にそれなりの情報網を構築していることが想定される。情報を探ってくれることは渡りに船だ。しかし既にセバスとユリを警戒している彼の行動を想定した場合、単に逃亡用の警戒網として機能する可能性が高い。即ち必要以上に目立つことは、彼の王都からの撤退を助長するだけだ。
会話が必須であることを想定するとハードルはひたすら高くなる。
こちらが先に捕捉しても『ばある・ぜぶる』相手では『時間停止』も役には立たない。むしろ警戒が強化されるだけだ。せめて彼がセバスやユリを警戒する前に再会していれば話は簡単だったのだが……後の祭りだ。アルベドに「友好的」と命じた結果として、実行者のユリは律儀に礼節を保った行動を実践したのだ……原因は迂闊に命令を下した自身にある。
……状況をシンプルに考えるべきだな……
追い込まれた場合の『ばある・ぜぶる』さんの基本戦略は逃げからの、情報収集……そこからリスクと利益と勝算を考えた上で撤退か、反転攻勢か、友好関係の構築に移行するか、だ。つまり簡単に撤退を選択させない為の餌が必要だ。
彼は何を必要としているか?
ナザリックという存在は餌として機能するか?
冒険者という職を選択した以上、身分は手に入れたようだ。
ただ銅級から昇級していないのだから、名声は不要と考えているのだろう。
王都が本拠なのか……『八本指』とかいう組織を乗っ取ったらしい。
組織を得たのならば資金力も得た……と考えた方が無難だ。
思い出せ……『ばある・ぜぶる』は何を欲していた。
……アイテム……アイテムだ。あの悪名高い『ギルドクラッシャー』の中心人物なのだ。アレも結局はワールドアイテム入手が最終目的だったような話を聞いたことがあるような……無いような……
ワールドアイテム……か?
流石に独断で譲渡できるような代物ではないが、プレイヤー釣り大会の撒き餌としては破格……コレクター気質のプレイヤー相手には絶大な効果が期待できる。仕上げはその情報を上手く『ばある・ぜぶる』と思しき冒険者ゼブルの構築した情報網にさりげなく引っ掛けるだけだ。
だが、それだけでは弱いな……撒き餌があからさま過ぎて、俺ならばむしろ警戒する……その辺りの思考の方向性はかなり似ていた……かな?
その一方であえて罠にハマるぐらいはやる連中だったのも間違いない。
だから二方面で作戦を考えた方がベターだ。
とにかく所在さえ把握してしまえば、直接前に転移してしまえば良い。
結局のところ、直接対面するのが一番なのだ。アインズが……いや、モモンガが『ばある・ぜぶる』を必要とする明確な理由など無い。単に会いたいだけだ。会って、話したいだけ……別に『アインズ・ウール・ゴウン』に迎え入れたいわけではなく、敵対しなければ良いだけだ。その辺りの微妙な肌感覚は直接対面して、話すのが一番伝わるのだ。撒き餌で釣るのは、あくまでも会う為であり、利害関係など無ければ無い方が良いのだ。だから直接会う方法を考えるべきなのだ。
せっかく地道に苦労して得たアダマンタイト級の称号を利用して、なんとかモモンのフルプレート姿のままでゼブルと会話する機会を作れないものだろうか……?
同じ冒険者なのだ……どうにかアダマンタイト級というブランドを活かしたい……思考がグルグルと巡る……デミウルゴスのような知力……いや、対プレイヤーなのだから『ぷにっと萌え』のような知謀が必要だ。
ナザリックの子供達の親に対して感じるものとは別種の、「会いたい」という切実な想いが鈴木悟の脳内を駆け巡っていた。
気付けば執務室のドアがノックされていた。外が少し慌ただしかった。
*************************
「アインズ様! アインズ様!」
慌てて魔王ロールを開始する。
「……騒々しい……デミウルゴスか?」
「失礼いたしました、アインズ様……入室してもよろしいでしょうか?」
声が弛緩した……ドアの向こうのデミウルゴスは落ち着いたようだ。どうやら約束の時間を過ぎていたらしい。
たしか……ナザリックを最終目的に関連する進言だったか?
最終目的……そんなものがあったのか?
単なる営業リーマンだった鈴木悟にはさっぱり理解しかねる……が、最上の忠誠と最高の知謀の持ち主であり、現実に予測を遥かに超えた実績を残しているデミウルゴスの進言を無視するほど、絶対支配者としてのアインズは傲慢になってはならない……その戒めの気持ちだけで『ばある・ぜぶる』のことを未練たらたらながらも頭の片隅に追いやった。
ただでさえ冒険者稼業を勝手に休んでいるのだ。
支配者の責務まで放棄して、私事だけに集中することは許されない。
……そう、あくまでも私事なんだよな……
これほどまでに……これまでコツコツと築き上げた冒険者としての実績を投げ捨てても良いと思うほどに『ばある・ぜぶる』に執着するのは、かつてのギルドメンバーの「代用」と言っては失礼だが、思い出に浸りたいだけのような気がする。
頭を切り替えないと……さあ、仕事だ。
入室したデミウルゴスがドアの前で控えていた。インテリヤクザのような風貌に丸メガネ……執務机の前まで進み、恭しく頭を下げた後、面を上げ、丸メガネの縁をクイッと指先で上げた。
「至高の御方々のまとめ役にして、いと深き知謀の持ち主であられるアインズ様におかれましては、未熟な私ごときの愚かな私案の為にお時間を割かせてしまい、大変申し訳なく思う一方、御寛容に感謝いたします」
「良い……進言を許す、デミウルゴスよ。お前以上にナザリックの為に忠義を尽くしている者はいない……そのデミウルゴスがナザリックの為に考え上げた進言を聞く時間は黄金よりも貴重だ」
「おおっ……ありがたき幸せ……では、早速進言させていただきます……」
デミウルゴスが語り始めた。しかし進言の内容はともかく、決定的に何かがズレていた。その何かが互いの認識であることに気付くまで、しばらく時間を要した。
……世界征服…………? ええっー!
決定的なズレに気付いた時には事態は致命的に進行していた。既に外堀を埋められ、天守を攻め落とす準備も万端……しかし……それでもこの状況下で王都攻めだけは拙いだろ、と存在しない冷や汗をデミウルゴスに気付かれないように拭う。
必死に存在しない脳味噌を回転させる。
なんとか言い訳を考えなくては、と……何も出てこない。
先程から何回も精神が沈静化され、薄緑の発光を繰り返していた。その影響で、なんとなく自分を客観視出来てしまうのがキツかった。
……どうして……どうしてこうなった?
『ばある・ぜぶる』か確定していない存在にかまけ過ぎた罰か?
最上位悪魔の満面の笑顔がさらにアインズを追い詰めた。
「……王都なのか?」
なんとか振り絞った一言で、今度はデミウルゴスが大仰に天を仰いだ。
「……やはり未熟な私の愚かな考察では、アインズ様のいと深きお考えに到達することは叶いませんでしたか……では帝国か、法国……評議国は戦力的にも後回しとなると愚考しておりましたが……ひょっとして……初手で最大戦力を擁する評議国を……いや、得られる利益は莫大ですが、リスクはかなり高まります。可能であればアインズ様の御親征は避けるべきと愚考します。もし御許可いただけるのであれば、ナザリックの軍勢を動員せず、私がアベリオン丘陵で支配した亜人種の手勢のみを率いて一国陥落させて、アインズ様に献上させていただきたいと考えております。で、あるならば竜王国か、聖王国……しかしアインズ様の意中に最も陥落させやすい王国がない以上、同様に困窮する竜王国ではないと推察いたします。となると私の手勢を動かすのであれば、聖王国一択となりますが……」
いや……話が全く見えないんですけど……
しかしデミウルゴスは饒舌に語り続けた。至高の41人のまとめ役が理解できないどころか、完全に置いてきぼりなどとは思いも寄らないらしい。聞き手が自分だけなので「皆に説明することを許す」戦法は使えない。
仕方ないのでデミウルゴスの発した文字列だけを飲み込む。
結果……とりあえず王都侵攻という『ばある・ぜぶる』が完全に敵対行動と判断するだろう、現状のアインズにとっての最悪手だけは回避できたような気がしないでもない……が、この会話の行方は完全に見失っていた。
アルベドとデミウルゴスと3人だけシュチュエーションで完全に置いてきぼりになるよりも厳しいシュチュエーションがあったとは……とにかくデミウルゴスの信じる完全無欠の支配者ロール(?)で事態を打開できないまでも、せめて理解できるようにせねばならない。
「……デミウルゴスよ」
最上位悪魔の口から溢れて止まらなかった、数え切れないほどの戦略・戦術がピタリと止まった。
巨大な爬虫類を彷彿させる尻尾の先が揺れている。
テンションマックスなのか、金剛石の瞳もキラキラと輝いていた。
「ナザリックが動けば周辺国家を圧倒することなど、自明の理……問題はいかに戦力を消費せずだが……そこも現地の手勢を用いることでクリアはしているようだな……」
「ハッ……どこか至らぬ点が……?」
……あるのでしょうか? 俺が聞きたいわ!
「私はな……守護者自身が現状に満足せず、成長することを望んでいる。それはコキュートスやシャルティアに限った話ではない……アルベドにも、デミウルゴスにも成長して欲しいのだ」
尻尾の先端が力無く床を叩いた。
「……まだまだ……と仰られるのですね?」
力を失った言葉とは裏腹に、金剛石の瞳は燃えているように見えた。
「私が民の上に立つのならば、私の民は他のいかなる民よりも幸せでなければならん……もちろん堕落した楽園を作り上げる気など無いが……平等は必要ないが、公正でなくてはならん……解るか?」
「戦後を見据えよ、と……」
「奴隷の上に立つなど、アインズ・ウール・ゴウンの名折れよ……自立し、幸せを謳歌する民が、自らの意思で私を戴く……そうでなくてはならんのだ。つまりそう仕向ける必要がある……犠牲無く、などと子供のような理想論は語らん。憎まれるのは構わんが、それも数年後には絶対的な感謝と幸福感に変わらねばならないのだ。力で支配するだけでは芸が無かろう?」
よし!……乗り切ったぁ!!
過去に聞いたような台詞をそれらしく重々しく語るロール……中身ついては理解しているが、実感など絶無だった。デミウルゴスに任せて効率的な侵略など開始したら、あっという間に大魔王の誕生となる未来が見える……それだけは回避できたような気がしていた……手応えというヤツだ。大きなプレゼンの後、取引先の決定権者の笑顔を見た時のような充実感……完全な思い付きにしては上々の手応えだった。
そして前を見ると最上位悪魔の肩が震えていた。
ショックなわけがない……喜び……笑いが漏れ聞こえるような……?
「流石はアインズ様! 感動いたしました!」
ちょっと引くぐらいの満面の笑顔の奥で、最上位悪魔の野心が燃え盛っていた。
「……このデミウルゴス! アインズ様の為にお望み通りの世界を手に入れることをお約束いたします!」
……ひょっとして、悪化した……のか?
では失礼いたします、と言い残し、デミウルゴスは入室した時よりも一層意気揚々と去っていった。
……うん、よく考えたら「世界征服」完全に事後承認してたね。
支配者の悩みは尽きない。
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