死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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年末の無茶苦茶なスケジュールが終わり、気付けば年が明けていました。
ただでさえ遅筆なのにかなり間隔が空いて、申し訳ありません。
どうにか更新していきますので、よろしくお願いします。



12話 策謀とゲーム脳

 微妙に痛い……これがダメージってヤツですか?

 

 こっちに転移して以来、初めて肉体的な痛みを感じた。無邪気な子供が加減知らずに繰り出した張り手をもらった程度の痛みだが、新鮮と言えば新鮮な感覚だった。こちらに来てからは痛み知らず……即ち、獲得している様々な防御系スキルや、身に付けている防具の機能が正しく機能している証だった。

 だから逆を実験する。

 この痛みは実験の結果だ。

 ほぼダメージは無い……ユグドラシルであれば1やら2程度の数値かもしれない。パッシブスキルの『上位物理無効Ⅲ』を解除し、回避可能な攻撃をあえて受けたのだが、実験対象が武王ゴ・ギンでなければ結果が得られなかったかも、だ。神器級の黒コートを装備している状態とはいえ、逆に言えばそれだけだった。

 武王ゴ・ギンの『剛撃』と『神技一閃』に加えて『流水加速』という、効果はなんとなく理解している3つの武技の合わせた一撃をもらった。あくまでも実験として直撃を受けたわけだけど……打撃耐性はそれほどでもない黒コートだが、それでも神器級なのだ。こっちの世界の30レベルにも達していないようにしか感じないトロールの打撃が通るとは……僅かなダメージであっても驚きですわ。

 俺は『人化』したままであり、種族レベルの50レベル分のステータスは失ったままた。『人化』を解除しない以上、種族に紐付けされた激レア職のスキルや特性も半分以上制限されたままだった。つまり今の俺は単なる50レベルの人間種であり、『地獄の君主』や『蝿の王』としては出来損ないなのだ……ちょっとだけエグいスキルと、それなりに魔法が使える50レベルの『暗黒騎士』が近いかな、と思っている。

 結果として3つの武技でブーストした武王の一撃はほんのちょっとだけ痛かった。この上黒コートも脱いでいたら、と考えると少し憂鬱になる。つまりこっちの世界の種としても大した強さでもないトロールごときが、ほぼダメージは0とはいえ、武技を重ねると神器級の防御を貫くのだ。武技が使えない身としてはそれなりに脅威を感じる……そして可能性も感じる。

 

「舐めプしてたわけじゃないけど……ちょっとだけ見直したかな」

 

 舐めプと言えば舐めプだが、あくまで実験のつもりだ。人間種以外と一対一で分析しながら戦闘するとか……『人化』した姿では、こっちの世界に転移してから初めての機会だ。そしてスキルを解除すれば『神器級』の防御を通す攻撃が可能な存在と出会ったわけだ。

 殴打痕でボコボコになり不格好な甲冑姿を見る。

 

「やっと、少しは本気を出してもらえるのか?」

 

 ボロッカスの武王が立ち上がり、こちらに向き直った。しかし姿とは裏腹にスリットの奥に赤々と燃え上がる瞳がある……と感じる。

 

 場内に歓声は無く、ただ緊迫感だけが濃度を増していく。

 武王の応援が無くなり、悲鳴も無くなり、驚愕も失せた。

 看板に偽り有り……だ。こんな桁外れの銅級冒険者を「銅級冒険者」と紹介する時点で騙す気満々ではないか……こういった観衆や賭け客の憤りまでもがキレイさっぱり失せていた。

 

 配当率1対980が、誰も気付かぬ内に僅か1対5まで急騰した背景には俺達が勝ち続けて膨らんだ資金以外に、帝室から莫大な資金が流れ込んだことに原因があったのだが、誰も気付かなかった。なにしろ帝室の資金を除けば唯一の賭け主が対戦する本人なのだ。配当率の最終更新時には試合の控室に籠もっていた。

 

 そして蓋を開けてみたら……

 

 誰もがただ唖然と目の前で繰り広げられる超高速戦闘を観察していた。もはや注視程度では追いつかない。神経がイカレるほど凝視し、一瞬たりとも見逃さないよう、瞬きすら躊躇する有様だった……それほど「銅級冒険者」ゼブルとしての俺の動きは、武王ゴ・ギンよりも圧倒的に速かった。

 しかも単純にぶん殴っているだけ……いや、掌底で小突いているだけで、武王の防具は破壊され、直視するのが辛いような有様だった。

 

 ……あまりに余裕過ぎて、実験してみようと思い立ち、一発もらったわけですよ。結果的に打撃が通って、逆にびっくり……と言うか、ゴ・ギンを見直したわけですわ。

 

「……刀、抜いて欲しいのかな?」

「そんなことではない。ただ俺は圧倒的な高み……全力のゼブル殿のほんの一部でも感じたいだけだ」

「……死ぬぞ」

「覚悟の上だ……俺は強さにのみ敬意を払う」

「では、本気の一刀……見せてやろう。ただしそこでお前は降参しろ。右腕を斬り落とす。いかにトロールの再生能力があろうとも、そこでこの試合は終了だ。お前の負けが確定する」

「では、俺の右腕を斬り落すことを阻止すれ……」

「無理だ」

 

 断言するまでもなく、武王のステータスや技量では話にならない。ただ伸び代だけは認める程度だ。武王の職業レベルはまだまだ伸びるはずだ。種族レベルによるステータスの伸びと、保有する武技だけでこれまでは連戦連勝だったのだろうが……職業レベルを伸ばせれば、かなりの駒になるかも、だ。

 幸いなことにゴ・ギンの契約者であるオスクは既に俺の完全支配下にある。俺の配下に加えたところで闘技場のスターがスターでなくなるだけの話だ。実害は限り無く少ないし、俺としてもトロールの配下が増えるのはレベリング実験の対象の幅が広がり、方針に沿う。さらに言えば、今後オスク以外の闘技場の興行主も順次支配していく計画なのだから、いずれマッチメイクは思いのままだ……つまりレベリングの実験を経た配下を戦わせる場を得たわけだ。俺のざっくりした強さの把握よりもかなり詳細なデータが採取可能になる。新たなスターはデータ採取ついでに、その中から輩出させれば良いのだ。

 

「……俺の勝ちは動かきません」

「……俺は武王……この闘技場の王だ。それでも戦い続ける!」

 

 武王が巨大な棍棒を振り上げた。

 

「……『剛撃』『神技一閃』……」

「そのパターンは見たよ」

「……『流水加速』……」

 

 前回あえて受けた一撃を大幅に超えられるのか……武王も手応えは感じていないだろうが、僅かでも通用した攻撃パターンに頼るしかないのか?

 

 たとえばティーヌが使う『能力向上』と『能力超向上』があれば、もう2段加速するんだがなぁ……

 

 仮に使えたしても目で追える程度のスピードでは話にならないが、執拗に同じパターンを繰り返せば意表は突けるかもしれない。しかし使えない以上、もはや武王の攻撃が俺に届くことはない。

 ブレインから預かっている屑刀を抜く。

 場内が緊迫する。

 所々で悲鳴が上がっていた。

 武王の棍棒はまだ頭上だ……これ以上の加速もない……やはり遅い。

 棍棒が振り下ろされ始めた。

 踏み込む……もう武王の攻撃はクリーンヒットどころか、擦りもしない。

 スリットの奥から「クソッ!」と聞こえた。

 普通に動いて『後の先』が可能なのだ。やはりレベル差が大き過ぎる。

 

「……支配は受け入れてください」

 

 俺の小声が届いたか、どうか……武王の棍棒が地を抉った。

 鈍い音が響く。

 土煙が上がる。

 そして……圧し殺した苦悶の声がした。もちろん武王のものだ。

 血飛沫が噴き上がり、太い右腕が鎧ごと転がっていた。

 右腕の手前に転がる棍棒を俺は蹴り転がした。

 

 トロールの再生能力の影響か、武王がこちらに向き直り、左腕一本でファイティングポーズをとった。そのまま殴り掛かる……ことはせず、武王は膝を着いた。

 

 大きな溜息の渦が生まれ、やがて大歓声に変わった。

 

 快晴の青空に下、豆粒大の蠅が接近してくる様に気付いた者はいなかった。

 

 

 

 

 

**************************

 

 

 

 

 

 状況が激変し、方針は定めなくてならなくなった。

 

 正体不明のデスナイト討伐者はエ・ランテルの銅級冒険者チーム『3人組』とブレイン・アングラウスのいずれかで間違いない……監視の目は大幅に強化され、僅か4人に200名を優に超える人員が投入されていた。魔法的な監視は敵対行動と誤解される可能性も鑑み、偽装も変装もせず、堂々と闘技場の英雄を護衛する兵士の姿を見せていた。監視というよりも行動確認であり、24時間体制で8時間置きに報告がもたらされていた。

 

 全員、帝国に迎え入れなくてはならない……ジルクニフの中で方針は確定していた。

 

 むしろ問題はアプローチの方法だ。

 

 『3人組』は力を隠しているわけでもないのに、銅級のまま昇級していない事実をどう考えるのか?

 ブレイン・アングラウスも宮仕えや貴族のお抱えになる機会は腐る程あっただろうが、現状は傭兵稼業も放棄し、冒険者ですらない。

 

 名声や地位に興味がない?

 力でない何かを隠している?

 特殊な目的があり、むしろ名声は邪魔になる……それでは力を隠さない理由が理解不能になる。

 王国を見切り、帝国に売り込みに来た……そんな帝国にとって都合の良い現実はそうそう転がっていないだろう。

 

 魔法詠唱者ジットはゴブリン10匹を一方的に撲殺。

 女戦士ティーヌはほぼ全裸に近い半裸でオーガ5匹を鏖殺した際に驚異的な身体能力を披露。

 ブレイン・アングラウスは周辺国最強の戦士ガゼフ・ストロノーフを凌駕する才能の持ち主と噂されていたエルヤー・ウズルスに何もさせず完封。

 リーダーであるゼブルは個として保有する武力は帝国最強の武王ゴ・ギンを赤子扱いした上に、世界有数の魔法詠唱者であるフールーダ・パラダインが自身の『生まれながらの異能』で確認した途端、狂乱の彼方から帰還できなくなるほどの魔法の力も持つことが予想される。

 

 この世界では、身体能力的には劣等種でしかない人間が示した圧倒的な存在感……

 

 鮮血帝ジルクニフは延々と閉じていた目蓋を開いた。

 豪奢な執務室内で視線を走らせ、いまだ心ここに有らずのフールーダの姿を発見し、秀麗な顔を顰める。

 

 ……いい加減にして欲しいものだな……

 

「爺っ!」

 

 凛とした声が響く。

 

 意外なことに、フールーダはあっさりとジルクニフに向き直った。涎塗れの長い白髭がキラキラと嫌な光を反射しているが、目の輝きは狂気の向こう側から帰還したことを示している。ジルクニフに向ける慈愛と狂喜の間に仄暗い欲望が見え隠れしていたが、その更に奥底に沈着さは確かに戻っていた。

 

「……爺……どうなのだ?」

「一切の企みは無用……あの御方の逆鱗に触れれば、帝国どころか……世界が終わるでしょうなぁ……私共はただ平伏し、教えを乞い、持てる全てを差し出し、震えながら許しを待つべきでしょうな……陛下……私個人であれば間違いなくそうします。可能であれば、今すぐにでも全ての職で暇をいただき、あの御方の下に馳せ参じ、地面に額を擦り付け、教えを乞いたい。それほどの深淵の奥底……神々の高みに立つ御方ですな……さて、どうするね、私の可愛いジルよ」

 

 狂気の狭間から戻ったフールーダの狂気的な発言は……つまり冒険者ゼブルの存在そのものが周辺国家どころか、世界を揺るがすような事態である、との断言。

 冗談のようだが、全く笑い飛ばせない事態を唐突に突き付けられ、ジルクニフは既に定めた方針……用意してあった言葉を飲み込んでしまった。

 それを察したかのように、僅かな沈黙を挟んでフールーダが続けた。

 

「……臣下として迎え入れるなど、不遜……論外……私見はともかく、帝国の臣、陛下の臣下として考えるのならば、対等で友好的な関係を築くことに専念し……それが難しそうであれば私や帝国四騎士のような陛下と近い臣下が個人的友好関係を築き、陛下が上位者として紹介を受ける形にすれば、対外的には帝国が無名の個人に風下に立つような事態と受け取られることにはならないでしょうな」

 

 ジルクニフは考える。

 フールーダの目を見れば本音は丸分かりだが、その発言内容には一理も二理もあった。

 強力な存在が現れたからといって、主権を投げ出すような君主はいない。当然、国を売り渡すことなどあり得ない。これまで苦労して作り上げた中央集権的で強力な官僚機構で、周辺国を圧倒する強国とならねばならない。流した血に見合うものを得なければ、たとえ無能とは言え粛清された貴族や土豪の怨嗟の声に耐えられなくなってしまう。真に無能はジルクニフとなり、単なる大量虐殺者と成り下がるだろう……後世の歴史家の評価などどうでも良いが、目の前の現実として、ジルクニフは常に有能さを示さねばならないのだ。それがジルクニフの寄って立つところであり、気付いているかどうかはともかく、帝国の民衆が鮮血帝ジルクニフを支持する最大の理由なのである。なにしろ根拠が血統だけの血統支配を壊したのは自分自身なのだ。

 暗愚は論外だが、平凡でも無能と同義なのだ。王国の「黄金」ラナーのように解る者だけに解るような優秀さでも駄目なのだ。

 人柄だけでは話にならない。

 能力の隠蔽などあり得ない。

 誰にでも理解できる優秀さを示し続ける必要がある。

 そうでなくては国家改革の旗手にはなれない。

 だから一介の冒険者ゼブルの風下などに立てるわけがないのだ。アレの姿が竜王であれば話が違うのかもしない……しかしジルクニフは逃げも隠れもしないだろう。そんな臆病者が頂点では国家が傾くのは必然。

 

 使えるものは使う……か……しかし……

 

「……では四騎士に接触を図らせる。爺は控えよ……」

「なっ……!」

「フールーダ・パラダイン……何か、異論があるのか?」

「わた、私は別に……たっ、ただ四騎士の皆様では魔法談義に花は咲きますまい……あれほどの力を持つ御方……魔法談義が嫌いなはずがありませぬ。で、あるのならば、私こそが適任……」

「もう、よい……爺。とにかく控えよ」

 

 フールーダは国を売りかねない……否、売る。ほぼ確実に大安売りだ。魔法の力が一位階でも上昇する……確証どころか、その可能性を示されただけでも売りかねない。危険なのだ。可能であれば幽閉しておきたいところだが、残念ながら無理だ。可能なのにしないのではなく、不可能なのだ。能力的なものはもちろん、帝国最強……世界有数の魔法詠唱者が国と袂を分かつことなどあってはならない。それだけで帝国は他国に与し易しと侮られてしまう。

 

 フールーダは目を剥いて、抗議の意思を示す。

 ジルクニフはそれを受け止めながらも「NO」の意思表示を態度で見せた。

 

「バウジット!」

 

 入り口付近に控えていた帝国四騎士筆頭「雷光」がジルクニフの前に進み出た。軽く頭を下げ、跪きこそしないが、いちおうの臣下の礼をとる。

 

「お呼びですかい、陛下」

「武王を圧倒し、子供扱いする武力を持ち、かつ爺よりも上位の魔法詠唱者……そう聞いてどう思う?」

「……バケモノ……としか、表現できませんぜ。あるいは神か、魔か……」

 

 ジルクニフは満足そうに笑った。

 

「正しい認識だ……だからこそ、お前達四騎士に命ずる。費用も情報も人員もいくら使っても構わない……方法は任せる。冒険者ゼブル一党と友誼を結べ。その後にお前達の上位者として私に紹介してもらう。私は用意できる最高のもてなしで迎えよう。ただ良い印象を残す……それだけの為に予備費を空にしても良いと考えている」

 

 バウジットは不適に笑い返した。

 

「流石は陛下……太っ腹ですな。しかしある程度は予想していたとはいえ、それほどですかい……あの連中は?」

「それほど、だ……特に冒険者ゼブルの魔力系魔法の力は爺がタレントを使って鑑定した結果なのだ。爺の不穏な様子から察するに間違いなく神の領域に在るのだろうな……第八位階……いや、第十位階の可能性すらある、と私は考えている」

「そんな物騒な連中が帝都で遊び呆けてやがるんですかい?」

「ああ……ある程度正体が知れれば迷惑この上ない連中だな。デスナイトとやらを倒せる程度ならば歓迎したいところだが……強大過ぎて、こちらで制御できないだけでなく、迂闊に手も回せない。そして絶対に敵対するわけにはいかない」

「……責任重大ってやつですな」

「しかしっ!……バハルス帝国皇帝として、いかなる強者にも屈するわけにはいかんのだ。だからこそ内実はともかく、対外的に格好を付けねばならない。アレらは力を隠していない。つまりどこに行っても目立つのだ。もし他国に奪われたらと思うと…‥帝国を攻める尖兵などになられたら……そうならない為の投資だ。いくら出しても惜しくはない。帝国は非常に良いところであり、友人でもあり、最上の歓待を受けた……そう強く印象付けたい」

 

 バウジットは一礼した。

 

「了解ですぜ、陛下……帝国から、陛下から受けた恩義をここで少しでも返せるよう、全力で取り組みますわ。他の四騎士には……?」

「ナザミはここに残せ……口が重過ぎる。ニンブルとレイナースにはお前から指示を頼む。後ほど勅命文を渡す」

「ハッ!」

 

 彼としては珍しい最敬礼の後、バウジット・ペシュメルは退室した。

 

 鮮血帝は大きく溜息を吐いた。

 そして立ち上がる。

 一難去ってまた一難……後宮の自室に戻らねばならない。

 招かれざる客を待たせているのだ。防諜的に不安は残るが、ロクシーに命じて、人払いはさせてある……あそこならばフールーダも易々とは入って来れないはずだ。

 

 秘密……定めた方針を強引に押し切れない理由だった。

 

 昨晩、アレは現れた。

 礼節も無く、敬意も無い。

 バハルス帝国皇帝に対し、アレは語って聞かせた。

 言い方の問題ではあるが、それの中身は命令だった。

 ジルクニフはアレの纒う空気だけで理解した。そして精神防御のネックレスを手放さなかった自身を褒めた。

 当然、バハルス帝国の頂点に拒否権など無い。

 これ以上、話を拗らせたくはない。

 早々にゼブル達を取り込む算段がついたのならば、アレに対しての対抗手段となったかもしれないが……どうやら友好的関係を築くのが関の山のようだ。

 とりあえずは話に乗るしか選択肢がなかった。

 アレの持つ力の詳細など知る由も無いが、ゼブルと同じ領域に立っているのは間違いないだろう。いずれがどれだけジルクニフの常識からかけ離れた存在なのかは不明だが、どちらも外側に立っているのは間違いない。

 だからアレとの密談はフールーダ・パラダインに露見してはならないのだ。

 

 後宮に向かう途中、ジルクニフは精神防御のネックレスを握りしめた。

 再び溜息が漏れた。

 

 

 

 

 

 

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 その日「歌う林檎亭」では朝からドンチャン騒ぎが強行されていた。

 満室で得る収入の3倍の金額……しかも前金で借り切り、十数名の様々な種族の男女が酒を酌み交わしていた。

 代金の支払い主はゼブルと名乗る銅級冒険者だ。どうやら王国から流れてきたらしいが、どうにも印象が残らない。凄まじく整った容姿なのに、どうしても彼の身に着けるコートばかりが印象に残ってしまう……なんとも捉え所の無い男だ……と店主は思っていたが、当然口には出さない。ゼブルに言われるがまま、夜半まで外出していた。料理は近所の料理店から次々と運び込まれる算段らしい。ついでに言えば宿の食堂の日持ちしなそうな食材には『保存』の魔法まで施され、正に至れり尽くせりであった。

 

 宴会はメンバーを入れ替えながら延々と続いていた。

 

 今現在、食堂の奥では豚肉の串焼きを頬張る俺の前で、ジットとこの宿の常連客であるロバーデイクとアルシェで話し込んでいる。

 中央ではティーヌとイミーナと3人のエルフが酒瓶を手に持ちながら、奇妙なリズムで踊り狂っていた。

 一番入り口に近い席の周りでは、昨日の試合で帝国一高名な剣士となったブレインとエルヤー・ウズルスに加え、ヘッケランが飲み比べをしている。

 それ以外にもメンバーは激しく入れ替わっているが、それなりに有名なワーカーチームの面々が顔を出し、話し込んでは去り、軽く飲んでは去りを繰り返していた。

 あまりに忙しない為、入り口の扉が開いても誰も気にしていない。

 

「こんにちはぁ……フルトさんはいらっしゃる?」

 

 そんな中、あえて空気を読まない感じの太い声が響いた。

 一見すると平身低頭……しかし暴力の気配を消すつもりがないのか、凶暴な光が瞳の奥に明確にあった。金が絡めば躊躇なく暴力を振るう……覚悟など不要……それが自然なのだ。

 

「おーっ、やっと来た。待ってたんだぜ」

 

 まるで旧友と待ち合わせていたかのようにヘッケランが近付いた。これまでに潜り抜けてきた生き死にの場数が違う腕利きワーカーにとって、男から漂う暴力の臭いなど脅しにもならない。ヘッケランは極めて気楽に男の肩を抱き寄せた。

 いきなりな展開に事態が飲み込めず、男が面食らって振り向くと、入り口を塞ぐように立つブレインとエルヤーがニヤニヤと笑いながら男を眺めていた。

 

 ……ハメられた……か?

 

 なんて男が思う間もなく、ヘッケランに右手首を捻り上げられる。

 

「今日は良い話があるんだ……喜べよ」

「痛っ……あんたは?」

「俺のことなんざどうでもいいだろ……これまでのお前の人生からじゃ、考えられないような幸運が転がり込んで来たんだぜ。喜べよ」

 

 ヘッケランが力任せに男を誘導する。

 全ては俺の思惑通りに展開していた。台詞回しまで指示通りだ。

 アルシェが椅子を動かす。

 ヘッケランが男を連れ、移動を開始する。

 そして男はアルシェとロバーデイクの間に作られた席……つまり俺の正面の椅子に座らされた。

 両肩をヘッケランに掴まれたまま男が俺を睨みつける。

 

「いったい、何だってんだ!」

 

 ヘッケラン達が俺の指示に従っているのならば、コイツは回収担当でなく、貸金業者本人なんだろうが……まあ、そんなことはどうでもいい。

 俺は男の前に革袋を置いた。

 

「……何だ、こりゃ?」

「何だって、金ですよ……フルト家のこれまでの借金を全額返済します」

「はぁ?」

「要らないのかな?」

 

 男はヘッケランから解放された腕を伸ばし、恐る恐る革袋を手に取った。重さを確認し、次いで中身を確認する。

 

「こりゃ……全部白金貨?」

「足りるだろ?」

「……足りるどころか、多過ぎ……」

「全部やるよ」

「……なっ!」

 

 訝し気な男の視線が俺に刺さる。

 そりゃ、そうだろう……金貨300枚程度の借金返済に白金貨100枚を渡したのだから。

 

「……目的は何だ? いや、目的は何ですか?」

「お前のところの事業を買いたい……」

「……へっ?」

 

 言葉の内容がよく飲み込めないのか、男は周囲に視線を泳がせた末に、やっと俺を見返した。

 

「俺達は王国で貸金業を展開している。事業拡大の一環として、お前のところの事業を買い取りたい。顧客も名簿も債権も……店舗も従業員も全てだ。それで足りないなら、言い値で払うが……どうする?」

 

 男は暴力の気配を消し去り、必死に笑顔を作った。ニコニコと笑う間にも抜け目なく算段を続けているのだろうが、俺達の予算の上限を予想出来るはずもなく、生来持ち合わせの乏しい愛想を搾り出しながら、なんとか返答までの時間を引き延ばそうとしているようだった。

 

 俺の立場ではどうでも良んだけど……新たに『八本指』の拠点を作るのが面倒臭いから既存の貸金業者を買うことを思い付いただけ……コイツに目を付けた切っ掛けはアルシェの実家の借金があり得ないぐらい頭の悪い理由で膨らみ続けている事実を知ったからなんですけどね。

 帝都に広がった支配下のワーカーネットワークに貸金業者の情報を要求したら、いの一番にアルシェが持ち込んだ業者がコイツでした。アルシェは相当に恥じていたのですが、俺の要求に対して支配下に在る者が身内の恥だからと隠すことは出来ない……さすがにちょっと申し訳ない気がしたので、借金返済ついでにこの買収を計画したわけですよ。

 ついでにフルト家のご両親も支配しておこうかと思いましたが、どちらにしても新たな債権者は俺だし、フルト家に新たに融資しようという貸金業者も現れない予定なので……放置です。

 

「……で、どうする?」

 

 俺の問いに男は明確に揺れていた。

 俺としてはここで得られる金を得て、俺達とは無関係な人生を送ることをオススメしたいところだが、アドバイスはしない。する必要も無い。なぜなら俺はどちらでも構わないから……だ。

 

「……腹を割ってもらえませんかね……?」

「言い値でかまいませんよ……ただし相応の代価をいただきすが……」

「代価……?」

「これは取引なんです……俺の値付けでは債権込みで白金貨100枚(が限界なん)です。それ以上を望むならばお支払いはしますが、相応の代価も頂戴するということです」

 

 男は考え込み始めた。

 

 これまでの人生において金を借りる為に必死に芝居をする嘘吐き共と渡り合ってきた男だ。当然俺の言葉を疑うはずだし、その結果として嘘が無いことも見抜いているだろう。

 問題は言葉の意味だ。

 俺には丁寧に説明する気は無いし、男もそれを踏まえているだろう。場合によってはアルシェの実家の借金分だけ受け取って帰ることも可能だが、それを実行するには「やるよ」と提示された金額があまりに多額なのだ。身の安全を確保しつつ、事業を継続する為には元手だけでなくそれなりに日々の経費が必要だ。目の前に確実に支払われる莫大な利益がある。ここで事業を清算して利益確定させるのは、男にとって決して悪くない選択なのだ。

 

「……ちなみに代価って……?」

「差額相応のモノです……決断を」

 

 欲張らない方が身の為だ……代価は自分自身なのだ。しかも俺としては大して評価はしていない。代わりの人材は王都の『八本指』から連れて来れば事足りる。その方が事業拡大にとっても、情報管理の面でも、武力面でも役に立つ。そしてそれは『転移門』を使えばものの数分で完了だ……つまり代価としての男の価値は使い潰すことにしかない。武力として期待できない以上、実務や人脈で使えなければ眷属の苗床確定なのだ。

 

 だが男は迷う。

 その気持ちは理解できる。これまでの人生、独立独歩でどうにか凌いできたのだろう。突然、見ず知らずの俺に「生業を売り渡せ」と言われて簡単に納得できるはずがない。怒り狂って、席を立っても良い状況だ。でも男はそうしなかった。つまり悪くない話なのだ。

 さらに言えば、俺は目の前に現金をかなり多めに積んだ。男の迷いなど軽く吹き飛ばす程度には多いはずだ。俺の感覚では凄く良い話だ……泣きながら握手されてもおかしくない程度には。

 それでも男は即答しない。

 突き詰めれば、男が迷っているのは「この金額が綿密な調査の結果なのか、否か」だ。妥当な金額の倍近い額を提示されれば迷うだろう。こうして買収を持ち掛ける俺がどこまで把握しているのか……現実には丸裸なのだが……少しでも欲張りたくなるのは人情だ。

 

 男が俺をチラチラと見ていた。

 

 だーかーら、凶悪面のおっさんの上目遣いは勘弁してくださいなっ!

 

 支配してしまえば楽なのかもしれない……けど、王都と違って帝都で支配している連中は一枚岩じゃないのが問題なんですよ。配下同士で揉め事が起こるのは避けたい。既にワーカー達に深く根を張り、闘技場の興行主達にも触手を伸ばしている現状、貸金業ぐらいは現行の配下で手当てしたい。配下同士が勝手に衝突して眷属で溢れる未来は遠慮したいんです。眷属は絶対に俺を裏切らないし、ものすごく便利なんですけど、見た目が完全に蠅なのがねぇ……しかもユグドラシルと違って、この世界では能力が強大過ぎる上に、第二世代は消えてくれない。肉腫だって消えません……それは都合が良い反面、漠然と恐ろしくもあるわけです。いずれは実験しなければならないのですけど、第三世代が俺の統制下に在るかも不明なんです。既に第三世代の肉腫までは存在しています。肉腫としての機能は存分に発揮していますが、肉腫を植え付けた第二世代の眷属は消えませんでした。つまり仮に統制下から外れるような個体が生まれたら、それはこの世界の終焉かもしれない……となるわけですよ。

 ジレンマですわ。

 なまじユグドラシルなんていうクソ運営の許容した範囲ならば何をやってもOK……PKやPKKまでもが常態化したゲームにどっぷり浸かっていただけに、その影響が色濃いこの世界では警戒心が緩めることができないのです。

 例えば、かなりの低確率ながらもユグドラシルでは特定のモンスターから特異個体が発生するイベントなんてものが在ったわけですよ。さらに進んで、特異個体をあえて発生させて、討伐ドロップのレア素材とイベント報酬のレアな素材をゲットしないと作成不可能な超レア素材なんてものまでありました。

 つまり何が言いたいのかと言えば、特定のモンスターでは特異個体は発生する危険性があるということです。そして少なくとも俺の保有スキルでしか召喚できない眷属から特異個体が生まれない可能性は、サンプル数があまりに少な過ぎて否定できないということです。そしてユグドラシルの設定から外れた存在である勝手に消えてくれない第二世代以下がどうなるのかなど、俺ごときに予測できるわけがありません。

 

 とはいえ、他の高レベルに対して俺の優位性を担保するはスキルに関する情報の少なさなわけですよ。だからリスクを理由にスキルを封印するわけにもいきません。

 

 他の高レベルから逃げ回っている身にしては、資金難の極貧生活からは脱出しました。ハッキリ言って、資金面だけ切り取れば今は超セレブのスーパー金持ちです。しかもこの世界は食い物が美味い。リアルがクソ過ぎた影響なのでしょうけど、何を食べても泣けるぐらい美味い。食生活に関しては「異世界万歳!」ですわ。

 しかし戦力不足で一ヶ所に落ち着けない。セバスさん達や過去に転移したプレイヤー連中のように仲間がいない。仲間がいても『八欲王』のように内輪揉めで自滅ってケースも考えられますが、俺には内輪揉めする相手すら無い。だからこちらの貧弱な戦力の中で見込みのあるヤツを育てるしかない。でも同時に無制限に肉腫を植え付ける怖さがジワジワと忍び寄ってくる。そんな状況下で様々な実験も必要となると、眷属による支配も万能ではないと思い知らされるわけです。むしろ肉腫で配下を増やせば正比例でリスクは上昇する……と感じるわけですよ。

 

 他の高レベルから自身を護る為に配下を増やし、育成する。

 まあ、ここまでは問題ない……既に馴染んでしまいましたが、転移後の精神的な変化が利己的冷酷さを許容しています。

 

 配下が増えたら、彼等の生活を支えなければならない。

 凄く不思議なのですが、これが強烈に気になるわけです。単なる想像で言えば、転移後の精神的変化の一環かなぁ、と考えています。種族的には魔神ですし、カルマ値-500の極悪なんですけど、この2つは確実に転移後の俺の精神に影響を与えていると思うのです。だから支配者系の職業レベルを極めている影響かなぁ、と……まあ、単なる想像なのでビタイチ根拠はありません。

 

 勢力の拡大欲求が強いのも困りものなんです。

 これも取得している職業の影響かなぁ、なんて思いますが、確証はありません。現に俺にしか理解できない肉腫による支配のリスクを承知しているのに、この目の前で凶悪な愛想笑いを浮かべるおっさんを「どうでも良い」と突き放しつつも「どう料理してやろうか」と考えることが止められません。

 目的を達成しつつリスクを回避するのであれば、この男を殺せば良い。もしくは殺さないまでも『八本指』の警備部門を前面に立たせ、恐怖による支配を実行すれば良いと解っているのに、それでは面白くないと思う自分もいる。なんでも自分でやりたい、というか仕切りたいと思うのはユグドラシル時代からの悪癖というか、プレイスタイルなので。そもそも目的が勢力拡大そのものなんですよ。

 

 だから、リスクは承知……でも、止められない……か。

 

 さて……

 

 結局、上目遣いの男は空気を読まなかった。読めなかったのでなく、読まなかった。これも生業の悪癖なんでしょうが……

 

 目の前に糞を漏らしながら泣き喚き、床に額を擦り付けるおっさんがいた。

 

 せっかくの美味い食い物が……

 

 

 

 

 

**************************

 

 

 

 

 

「墳墓……?」

「ああ、帝国貴族のフェメール伯爵から王国内の遺跡調査の依頼なんだ。トブの大森林付近に存在する未踏の墳墓って話なんだが……ゼブルさん達はエ・ランテルから来たんだろう? で、何か知らないかと思ってな」

 

 宴席に『ヘビーマッシャー』のグリンガムが顔を出し、俺に挨拶をした後、ヘッケランと何やら話し込んでいた。そして話終えたのか、ヘッケランが俺のテーブルに来るなり依頼の話を切り出した。

 

 ……マジか……俺も依頼に混ざれないものか……楽しそうだし!

 

「……ちなみに冒険者は不可なんだ。道中の護衛や連絡役には雇われるようだけど……墳墓内に侵入するってことは、王国内で暴れるわけだし……」

 

 俺の心中を察したか、ヘッケランが言った。

 

「ちっ、ツマンネ!」

「そう言うなって……俺達とグリンガムのところと、『天武』に老公の『竜狩り』に依頼があって、今のところ全チーム受ける方向で動いているんだが……調査では依頼主の素性も報酬もしっかりしているんだが、どうにも肝心の墳墓の情報が掴めない」

「……情報が掴めないのに未踏の墳墓か……確かに妙だな」

「だから、エ・ランテルから来たゼブルさん達なら何か知らないかと思ったんだが、その様子じゃ……」

 

 半ば諦め顔のヘッケランを見て、ティーヌとジットに加えてブレインまで呼んだが、「未踏の墳墓」なんて情報は誰も知らなかった。

 トブの大森林の地理に詳しい元法国特殊部隊員ティーヌ。

 人間種以外の駆除のエキスパート集団が認識すらしていない墳墓ねぇ……アンデッドは駆除対象から除外とか、あるわけがないだろうし。

 ズーラーノーンの情報網を使える立場あったジット。

 死霊術に特化した秘密結社が遺跡と呼ばれる規模の墳墓の情報を知らないとか……ありえない。

 王国出身で、エ・ランテル周辺で傭兵業というか盗賊紛いだったブレイン。

 洞窟を隠れ家にして盗賊稼業に勤しむような連中なら、未踏の墳墓なんて垂涎の情報だろう。

 この全員が噂すら聞いたことが無いのはおかしい……が、それだけにゲームのイベントチックで楽しそうではある。状況だけで判断すれば罠の可能性は高いが、帝国のワーカーチームをハメて、得する奴なんているのか?

 依頼主はフェメール伯爵とかいう奴だ。

 フェメール伯爵がどんな奴かは知らないが、ヘッケラン達の調査では宮廷内では立場を失いつつあるものの、金銭的には困っていない……らしい。そんな状況の貴族がわざわざ莫大な資金を投じてまで複数のワーカーチームをハメる真意は何か?

 ワーカーでなく、宮廷内で敵対する貴族や高位官僚ならば理解できるが……ワーカーなどという冒険者以下の社会の最底辺をハメることに、どう考えてもメリットは見出せない。

 

 と、いうことはフェメール伯爵の方が罠にハマっている可能性が高い。

 

 これはついてはほぼ確実だろうと思う。となると、どのようなハマり方をしているかが問題になる。

 

 フェメール伯爵は名を勝手に使用されたのか?

 それとも本人が罠にハメられたのか?

 

 前者であれば、さすがにヘッケラン達の調査である程度の疑問が生じるはずだ。しかも投入された資金は本物だし、おまけに前渡分の報酬についても帝国が運営する銀行でいつでも現金化が可能だと言う……つまりある程度はフェメール伯爵本人が介在してなければ手配できない。もしくはフェメール伯爵や国営銀行を強引に捻じ伏せられるだけの権力者が背後に存在することになる。つまりより高位の大貴族や皇族だが、さすがにそれなりの権力者であればもっと上手いやり方があるはずだ。

 よって後者である可能性が高い。友好的に振る舞いつつも、実際には悪辣な罠を仕掛けられているようなケースはリアルの社会でも度々目にした。こちらの世界でも梯子を外すパターンというものはあるだろう。美味しい餌に食いつこうとした瞬間、後戻りをできないようにハメる……当然、ハメた側は失敗前提で物事を想定しているが、仮に上手くいっても良いような状況を設定しておけば、どちらに転んでも損は無い。権力者が自己保身兼敵対者の排除で仕掛ける黄金パターンと言っても過言ではない。

 

 では、何の為にフェメール伯爵に罠を仕掛けるのか?

 

 フェメール伯爵自身を失脚させる為……とも言えないこともないが、フェメール伯爵を釣る餌を用意する手前、彼より高位の存在が仕掛けた罠である可能性が高いのだから、失脚の名分作りとは考えにくい。もっと資金も手間も要らない方法はいくらでも思い付く。

 伯爵が周囲に担ぎ上げられた線も考えられなくもないが、そういう類の話であればヘッケラン達の調査でいくらでも情報が入ってくるはずだ。

 となると、簡単に思い付くのは捨て駒だ。あくまでもヘッケラン達の調査が正しいことが前提となるが、フェメール伯爵の宮廷内の立場を考えれば、それほど有用でない人材として認識されている可能性が高い。経済的に困窮していない相手を釣るのだから、餌は確実に地位や権力だろう。それらを用意さえ出来れば、事を成功させてフェメール伯爵が地位や権力を手に入れようと、失敗して切り捨てることになろうと、どちらでも良いのだ。それ故に魅力的な罠となるとも言える。つまりかなりの実力者がフェメール伯爵の背後に存在することになる。貴族を釣る餌を用意可能な人物……つまり皇帝、もしくは皇帝の側近だ。どちらにしてもバハルス帝国の体制を考慮すれば、必ず鮮血帝の影がチラついて見える。

 

 では、捨て駒だとしたら、鮮血帝は何に対して捨て駒を用意したのか?

 

 王国?

 毎年のように戦争を仕掛ける相手に捨て駒など必要か?

 外交的には必要なのかもしれないが、普通に考えた場合、どのみち戦争するのであれば噂の未踏墳墓の領有権を主張した方が早い。

 

 法国や他の周辺国?

 王国と揉めさせる為に仕掛けられた罠を回避する為とも考えられないこともないが、やはり毎年王国に戦争を仕掛けている以上、捨て駒が必要とは思えない。資金や手間を費やすだけ無駄というものだろう。企ての裏側に何者が潜んでいようが、当面の相手が王国であれば、とにかく突っぱねるだけで話は終わるのだ。

 

 捨て駒の可能性は低い……か?

 

 で、あるならば……隠蔽工作しか考えられない。

 なんらかの企てに帝室が絡んでいないと言い張る為か……同じ捨て駒には違いないが、このケースではフェメール伯爵という存在を完全に捨てている点が違う。成功の可能性など一切考慮していない。事の成否に関係なく、最初から完全に葬るつもりなのだろう。責任の全てを押し付けて、いわゆる「死人に口無し」的な扱いになるだろう。つまり鮮血帝にとってフェメール伯爵は俺の想像以上に無能かつ無用な存在に違いない。むしろこのような用途の為に飼い続けていた、と想像できる。

 

 その企てが王国内の未踏遺跡の調査なのか?

 だから背景に強固な組織を持つ冒険者を雇わず、切り捨て要員としてのワーカーチームなのか?

 

 確かに……そう考えた方がスッと腑に落ちる。

 

 では、何に対しての責任を押し付けるのだろう?

 

 この際、王国は無視してよい。理屈で考えても帝国が王国の主権を尊重するはずがない。感覚的にも「王国組し易し」と思っているから、毎年のように収穫期を狙って戦争を仕掛けているのだ。戦争の時期設定の意図など容易く見破れるはずなのに対応できない王国は、帝国に侮られて当然とも言える。どうしても墳墓が欲しければ戦勝時に講和の対価として受け取れば良いのだ。

 王国でない以上、普通に考えれば墳墓の主となるのだが、遺跡のモンスターに対して貴族の首一つで回避できる責任というのも凄く違和感を感じる。未踏墳墓の主が人間種というのも奇妙だし……やはり高位アンデッドか、そこを住処にしているモンスターの長というのが普通な気がする。

 モンスターに対して、

「フェメール伯爵が勝手にやらかしたことです。帝国は関係ありません」

 て、主張する事に意味などあるのだろうか?

 

 あるはずが無い……よな、絶対。

 

 フェメール伯爵の首なり骸なりを差し出しても、人間種以外が納得するとも思えない。仮に帝国がそう考えているのだとすれば、帝国上層部は墳墓の主を知っていることになる。そして墳墓の侵入に対しての報復が帝国上層部に向かうことも予測しているのだ。「未踏墳墓」という触れ込みとは大きくかけ離れている。

 

 最悪、ワーカーチーム込みで生贄……邪教集団ならばともかく、国家が生贄を捧げるとか、ありえない……理解できない……というよりも、この依頼は全体的に歪というか、狂っている……と思う。

 

 まあ、ありえないとは思うが、生贄よりは未踏墳墓サイドの搦手に帝国上層部が乗せられてしまったと考えた方が、まだしっくりくる。

 

 けど、だからこそ面白そうなんだよなぁ……ゲーム的なイベントの臭いがプンプン漂ってくるし……その上、情報が無い「未踏の墳墓」などという、いかにも思わせ振りな矛盾が依頼の段階で判明しているのもイイ……依頼自体のとち狂った感じも凄くイイですよ!

 

 ユグドラシルから連想するならば、無数に存在した墳墓の中でも、俺にとっては『ナザリック地下大墳墓』だ。中に入ったことはないが、伝説の「1500人プレイヤー撃退」の映像は何回も見せられた。

 

「墳墓と言えば『モモンガ』さんか……なんか懐かしいなぁ」

 

 散々真剣に考え込んだ末にそう呟いた俺を見て、ヘッケランが半ば呆れるような顔付きになった。

 

「遺跡の情報が欲しいんだ……意見でもいい……コイツは違和感を感じる依頼なのは確かだろ?」

「まあ、俺が現在のヘッケランさんレベルなら、仲間の安全も考慮してお断りするかなぁ……でも、俺個人としては凄く好みの依頼だね……十中八九罠だけど」

「……やっぱ罠なのか?」

「不自然すぎて罠じゃなきゃ逆にビックリって感じ、だね。それでも受けたい理由があるのかな?」

 

 微妙に視線を外したヘッケランが指先で額を掻いた。

 

「もはや報酬は理由にならないんじゃないかな? フルト家の債権は既に俺のものだし……」

「……ゼブルさんには助けられたし、戦力強化もしてもらったし、すげえ剣ももらったけど……約束があってな」

「約束?」

 

 ヘッケランの顔が少し赤らむ。その視線の先には完全に酔っ払いと化した、踊るイミーナがいた。

 

「結婚資金ねぇ……(正気かよ?)でも、死んだら元も子もないですよ」

「……この前の訓練つーか、合宿? アレで多少は強くなったと思うんだけどなぁ……ダメ?」

 

 あくまでもユグドラシルの経験で言えば、だけど……

 

「……遺跡と呼ばれるような墳墓を支配しているバケモノに届くとでも?」

 

 イベントボスだろうが、そのボスを討伐して墳墓の支配権を握ったプレイヤーだろうが、どちらにしても現状のヘッケランレベルが何人集まったところで相手にならないだろう。現に『モモンガ』さんのアインズ・ウール・ゴウンはほぼ100レベルで占められた1500人のプレイヤー集団のほぼ全てを、NPCと反則的ギミックと『モモンガ』さんのスキルで撃退した……侵攻サイドが数任せの力押しだったとはいえ、である。つまり俺でも単独じゃ無理。地の利を得るのが敵である以上、上手いこと情報が集まったところで単独じゃ絶対的に無理ですわ……逆に攻略の欲求やワクワクは高まるけど。

 

「……でもなぁ……なんか心躍るんだよなぁ」

 

 ヘッケランのその気持ちは理解できるが、成長したといってもせいぜい20台半ばに達しないレベル程度にしか感じない『フォーサイト』の面々では絶対に不可能。20台後半になったか、ならないか程度エルヤーでも無理。メンバー全員が前武王ゴ・ギン並みのステータスでも荷が重い。

 敵は高レベル……そう想定すべきだ。100レベルならば帝都のワーカーが1万人……いや10万人集まっても可能性は0だ。せいぜい相手が人間種ならば、相手の継戦能力を超えたゾンビアタックで一発入れられればいい程度……まあ、その前に撤退されて、体勢を立て直されて、あっさりしゅーりょーだろう。それ以前に相手の初手の一撃で全滅の可能性が高いし。

 

 要するに無駄だ。そんなことに配下を投入したくはない。

 

「金……いくら積んだら諦められますか?」

「金?……諦める?……ンなことしなくても、命じてくれれば俺らはこの依頼を断るぜ。でも、国家が仕掛けた罠ならば何人かのワーカーは差し出すようだろ? しかもそれなりに腕利きじゃなきゃならないぜ」

 

 ……だったら、俺らに任せろ、とヘッケランは言っているのだ。この帝都のワーカーでヘッケランレベルは何人もいない。俺にとっても貴重だが、帝国にとってもある程度の能力を持つ、後腐れのない捨て駒として貴重なのだ。

 だが捨て駒もしくは生贄が必要な理由が不明だ。

 ならば、話をするしかない……聞き出すしかない。

 

「……回答期限は何時ですか?」

「明後日の正午……きっかりだ」

「では、そこまで誰も回答させないでください」

 

 ヘッケランはキョトンと俺を見返したが、そのまま頷いた……それは命令なのだから、彼に逆らう術はなかった。ざっくりとした感覚で、配下では一番レベルの高いティーヌですら叛逆可能域に達していないのだから、ヘッケランには頷くしか選択肢が無いのだ。

 

「ちょっと今から話をしてくる」

「……誰と?」

「鮮血帝……かな?」

 

 一気に空気が凍りつく中、テーブルに並ぶ料理の中から、こちらの世界でお気に入りの豚肉の串焼きを掴み上げ、頬張る。

 

「1人で行くから、お供は要らないですよ……それにすぐに戻ります」

 

 そう言い残して、俺は「歌う林檎亭」を後にした。

 




お読みいただきありがとうございます。
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