投稿は14巻を読み終えてからと考えていたら、コロナで破滅的に仕事が忙しくなってしまいました。かなり間隔が空きましたが遅筆なりに着地点まで頑張りますので、よろしくお願いします。
宿を出て、周囲を見回せば、そこかしこに帝国兵の姿が見えました。あれだけ堂々と監視されていれば、もはや驚くような話でもないよなぁ。
単純に兵の中でも偉そうな奴を探します。
それにしても帝国兵って連中は装備もレベルも均一化されていて、非常に見分けが難しい……だから、ってわけでもないけど、今回は簡単に偉そうというか、強そうな奴がすぐに発見できました。
黒い鎧に黒い槍……単純に装備が違うだけでも目立つのに、ソイツはレベルも高く、かつ女性です。
目が合いました。
表情が固まっています。
彼女の周囲を固めていた兵士達の動きも止まりました。
通りの向かいに立つ彼女のところまで真っ直ぐ進みます。
少しギョッとした表情を見せた後、彼女は無理矢理とも思える強引な笑顔を見せてくれました。ただし顔の半分は前髪で隠していましたが……
せっかくの美人さんなのにもったいない……けど、ちょっとこちら側に足を踏み入れているのかも、などと期待もしてしまいます。今までのところ、こっちの世界で明確に同好の士はラキュースさんだけだし……彼女はちょっと重症過ぎてビックリですけど……それっぽいのは沢山いるけど、普通にマジックアイテムが流通している世界だから格好だけの奴が多いのです。だから見極めが難しいのですよ。
「えーっと、貴女は偉いのかな?」
「……偉いかどうかは判りかねますが、帝国四騎士という職位には就かせていただいておりますわ。レイナース・ロックブルズと申します」
半ばこわばっているような笑顔だったが、レイナースは堂々とした仕草で優雅に一礼しました。確かに兵士というよりは騎士のような気品を持っているような気がします。職業ではなく、階級としてですけど。
「これは丁寧に、どうも……俺はゼブルと言います。ちなみに作法とかには全く疎いので、気に障ったらごめんなさい」
「貴方様が誰かは当然存じておりますわ。もちろん作法など気にしなくて結構です……今回はどのような御用件で?」
「付き合って欲しいんですけど……いいですか?」
「……なっ!」
レイナースさんは真っ赤になりました。慌ただしく視線を泳がせ、オロオロと取り乱し、何度も咳払いをしています。
「……私などでよろしいのでしょうか?」
……ん?
「よろしいも何も、貴女じゃないとダメなんです」
「私……じゃないとダメ?」
「もちろんですよ!」
「………強引なお誘いですわね……?」
「強引も何も、緊急です……だから無理も通しますよ」
「緊急?」
「だから急ぎます」
レイナースの手を取ると、案外とうぶなのか、彼女の身体は強張りました。
「グレーター・テレポーテーション!」
「……たのもー……」
自分でも情けなくなるぐらい声が小さかった。
でも悔しいので、テンションだけは上げていく……つもりだ。
ユグドラシル以外でこんな場所に来るのも初めてなら、支配階級の偉い人と会うのにどうすれば良いのか全く知識も無い。リアルならばそれなりに上手く乗り切る自信はあるが、このファンタジー封建階級社会での手続きなど知っているはずもない……その事実にここまで来てやっと気付くとは……ティーヌでも連れてくれば良かったのだろうか?
とにかくレイナースさんにまるっと任せるしかない!
夕暮れの帝城の城門前は凄まじくバタバタしていた。衛兵が駆け回り、物陰では礼服を着た連中が怒声で何かを罵っている。
「……只今、陛下は身支度中のとこと。ゼブル様にはしばらくお待ちいただきたいとのことですわ」
「了解です」
どういうわけか、レイナースさんがギュと手を握り返した……というよりも「歌う林檎亭」の前からズッと握っている。
「全てお任せください、ゼブル様……私が先導いたします」
なんと力強い御言葉いただきました!
……では、遠慮なく丸投げさせてもらいますわ。
手続き等は丸投げ。
帝城内の建物や人の流れを観察する。
上空にはヒポグリフに跨った衛兵。
城内の兵の役割分担も機能的。
文官は文官の……武官は武官の……それぞれの役割を良く認識して、全うするように努めていた。
現状では兵士のレベルが低い為、この城を落とすこと自体は簡単だ。しかし帝城の守備が高レベルプレイヤーとNPCで構成されていた場合、それなりに落とし難い。
……なーんて、考えている内にロウネ・ヴァミリネンと名乗る鮮血帝の秘書官が姿を現し、俺の手を握り続けるレイナースさんに不審な眼差しを向けながらも、複雑な順路を踏んで、いわゆる一般的な謁見の間と違う、皇帝の私的な執務室に案内してくれた。
丸投げした手前、俺はレイナースさんに手を引かれる子供のような有様を許容し続けた。
すれ違う文官武官達の視線が痛い……が、我慢我慢。
いつでも『転移門』が開けるように、帝城内の作りを記憶する……が、似たような光景の連続でなかなか難しい。
まあ、転移阻害は無さそうなので、最悪でも逃げるだけは問題ないか……
王都でも散々疑ったが、帝国内にも高レベルの存在が隠れていないとは言い切れない。プレイヤーの誰もが『六大神』やら『八欲王』ではないだろう。隠遁とまでは言わないが、国を作ったり、非道の限りを尽くしたりしたいわけではない……と思う。ただプレイヤーであれば間違いなく防衛には気を配っているに違いないのだ。支配も闘争も十二分に考えられるだろうが、逃走も浸透も転移後の選択肢として有力だと思う。
たかがゲームとはいえ、ユグドラシルのPKの嵐の中を生き抜いてきたプレイヤーならば、ユグドラシルの影響が極めて色濃いの世界では確実に生き残ることを選択する。
ただ淡々と城内を案内されているようだった。
ボディチェックもなく、身体検査もなかった。
影武者でもなく、厳重な警備もなく、その扉の前に盾二枚持ちのゴツいおっさんと「正統派」と顔面に書いているような青年騎士が立っていた。そこらの衛兵とは比べものにならない戦力だが、せいぜいレイナースさんと同程度……つまり帝国四騎士とかいう奴らだろう。
「……」
盾二枚持ちのおっさんは黙って一礼した。
「私はニンブル・アーク・デイル・アノックと申します。彼はナザミ・エネック……共に帝国四騎士の役目を務めております」
和やかに青年騎士ニンブルが挨拶した直後、レイナースが俺の手を引いている様を見て、少し顔を顰めた。
「無口なのが『不動』、スカしているのが『激風』、これら以外に『雷光』という下品な男がいて、そして私は『重爆』と呼ばれていますわ……ゼブル様」
レイナースさんは他の同僚に対して含むところでもあるのか、少し刺々しい言葉を吐いた。
対してニンブルはレイナースさんを無視し、俺を室内に促す。
「ゼブル様のみ、御入室下さい。中で陛下がお待ちです」
「レイナースさんは?」
「陛下もお一人でお待ちです……是非、お二人でお話になりたいと……」
「……と、いうわけらしいよ、レイナースさん」
じーっと俺を見つめ……見つめ、いや、見つめ……ちょっと長いです……そしてようやっと、レイナースさんが手を離した。
「……儀礼的なアドバイスをする約束ですわ」
「そうは言ってもねぇ……さすがに皇帝陛下のご意向を無視しちゃマズいよ」
レイナースさんがニンブルを見る。
ニンブルは難しい表情を作り、首を左右に振った。
「……ゼブル様……私はここでお待ちしております」
ようやっとレイナースさんは諦めたのか、盾二枚持ちおじさんの横に控えてくれた……うーん、世話好きなのはありがたいけど、なかなかに面倒くさい女性だ。
「では、どうぞ」
ニンブルが扉を開く。
やたら豪華な内装……仮にも皇帝の執務室だ。当然と言えば当然……シックな赤茶色のソファで寝そべるカリスマがいた。
鮮血帝が立ち上がり、大きく両腕を広げた。
「まさかまさかゼブル殿の方から面会にいらしてくれるとはな……私がバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」
武力は大したことはない。はっきり言って有象無象だ。簡単に捻り潰せるような矮小な存在……でも、俺は単純に圧倒されていました。
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「そう緊張しないでくれ、ゼブル殿……この状況下、生殺与奪は貴殿の手に握られている。本来、私の方が緊張すべき立場だと思うのだかな」
皇帝が自らの手で飲み物を注ぎ、グラスを俺に手渡す。絵に描いたようなざっくばらんだが、相手が相手だった。
そして皇帝自ら同じ飲み物をグラスに注ぎ、先に一口飲んだ。毒味もクソもない……信頼しろ、ということか?
しかしこの状況を緊張せずにやり過ごせる日本人っているのだろうか?
「……私はゼブル殿と友人になりたいと思っているのだ。今後とも貴殿が帝国に来訪された際には、是非とも私を頼って欲しい」
言葉は甘い。
声音も甘い。
ついでに容姿も甘く、笑顔は更に甘い。
そして心は冷え切った鋼なのだろう。国政改革や国家運営には熱いのかもれしない。しかし市井の一個人に甘いわけがないのだ。皇帝にとって俺は不法入国の犯罪者……しかし「使える」ということだ。ソコを忘れちゃあ、俺は俺を保てないだろ、と……俺は皇帝に聴取する為に来たのだ。そして俺に対する鮮血帝の反応は、これまでの推測が大筋間違っていない証だ……と考えて間違いない。
気を引き締め、向き直る。
「ありがたいお言葉です……が、本日、こうして突然お邪魔したのには理由があります……話してもよろしいでしょうか?」
「なんなりと……ゼブル殿の頼みであれば、余程の無茶でない限り聞き届けよう。国を譲れと言うような……ものでない限り……まあ、貴殿がその気になれば国の一つや二つ、簡単に手に入れるのだろうが、このバハルス帝国だけはやるわけにはいかない。他国を手に入れるから協力してくれ、と言うのであれば喜んで助力しよう」
皇帝ジルクニフはニヤリと笑った。
良くも悪くもざっくばらんだ。そのフランクさも計算されたものなのだろうが、俺としても悪い気がしない。この世界の人間種におけるVIP中のVIPの一人が俺に手を差し伸べているのだ。わざわざ拒絶するアホはいない。
そのまま奥のテーブルにある果物と菓子の盛られたワゴンまで歩き、今度は皇帝自らがワゴンを押して、俺の前のローテーブルの上に果物と菓子を給仕する。
この「皇帝自ら」というやつが厄介というか、どうにも俺以外の他者には与えられない栄誉に感じさせられるし、実際のところも皇帝の狙い通りなのだろう。俺の武力が背景にあると理解していても、一国を動かす本物のカリスマからの歓待は心地よく自尊心を刺激してくる。
「最高の逸品を揃えさせたつもりだ……さて小腹を満たした後でも、話が先でも良い。是非、ゼブル殿の願いを聞かせてくれ」
「じゃあ、遠慮なく話させてもらいましょう……」
正直、果物も菓子も非常に美味そうだったが、なんとか眼前の誘惑を断ち切り、握られたままの主導権を揺さぶらねばならない。
まず俺はフェメール伯爵からのワーカー達への依頼の不自然さを語った。
さすがは皇帝……気配も表情も変わらなかった。
さらに背後に皇帝陛下周辺の影が感じられる点も直球で言った。
ジルクニフは揺れない……薄く笑ったまま、俺の話に頷いていた。
そして「罠」と断言するに至った。
ワーカーは捨て駒……というか生贄。
フェメール伯爵は犠牲の羊……つまり殺される。殺される為に生かされている、とも。
それでも鮮血帝の鉄面皮は1ミリも揺れないのだ。
「今、帝都のワーカー達は俺の……」
「理解はしているつもりだ、ゼブル殿……しかし、こちらにも事情がある」
「事情とは?」
「……言う必要は無い……と言いたいところだが、それでは事前の約束を違えてしまうかな、ゼブル殿?」
「持って回った言い回しはやめて欲しい、陛下」
ジルクニフがこちらを見上げていた。
全く思い通りにならない流れに、思わずソファから立ち上がっていたようだ……冷静になれ、俺……いいようにやられっぱなしじゃないか。
「……魔皇ヤルダバオト……ご存知か、ゼブル殿?」
「ヤルダバオト……?」
全く思い当たらない……俺の様子を見て、ジルクニフは大きく嘆息した。
「やはり知らないか……」
はい、知りません……が、ソイツが元凶なわけね。
「そのヤルダバオトがどうしたのですか?」
「……そのヤルダバオトの使者が私の前に現れたのだ……それも後宮の私の寝室に。そして帝国に対して要求があった。要求は一つだけだが状況を報告せねばならない。私以外は後宮を監督する者しか知らないことだが、魔皇の使者は一日置きに後宮の寝室を来訪する……そして進捗を求められるのだ。無視はできない。当然、ペナルティーもあると想定している」
「つまり魔皇の使者の要求に従う為にワーカー達とフェメール伯爵を犠牲にする、と……?」
ジルクニフは少し渋い表情を見せ、深く頷いた。皇帝の鉄面皮も完璧ではないのようで、僅かに精神が揺れたのが視認できた。
お陰でこちらに余裕ができた。
ユグドラシルのイベントであればなかなか面白そうな案件だが、問題なのはこれがこちらの世界では紛れのない現実である事と、魔皇ヤルダバオトが何者なのか、という2点だ。こちらの世界では強いのか……そりゃ、こっちの世界の連中を基準にすれば「魔皇」を名乗るぐらいだ……当然強いのだろう。
ではユグドラシル基準だとそのレベルは?
種族は?……「真なる竜王」や「神人」ほどに強いのか?
現地勢でも油断は出来ない……が、それならば情報収集は簡単だ。
プレイヤーである俺には使えない『武技』やら『生まれながらの異能』やらも脅威ではあるが絶望的ではない。
最悪のケースは魔皇ヤルダバオトがカンストプレイヤーのギルドやクランを率いている場合だ。
俺のようなソロプレイヤーであれば、やりようはある。
仮にギルドやクラン相手であっても相手がマヌケ揃いならば十二分に勝機はある。しかしメンバーの中にPKガチ勢のプレイヤーが一人でもいるとかなり厳しさが増す。
加えて策略や諜報に長けた奴もいた場合、ほぼ無理ゲーと化してしまう。そんな連中を相手にすると全ての局面で先回りされ、こちらは後手の踏みっぱなしになってしまうのだ。
普通に考えれば「ヤルダバオト」などと名乗る以上、プレイヤーで間違いない。グノなんとか主義でいうところの『偽の神』だったか……キャラの名称として使用されることも多かったから、こっちサイドの病を患った連中ならば重症でなくとも確実に知っている。
ギルドやクランの名称が「ヤルダバオト」であり、ギルマスを「魔皇」とでも呼んでいるのだろうか?
それならば異形種ギルドの可能性が高い……ような気がする。
だが俺も異形種プレイヤーの間ではそれなりに顔は広いほうだった。主にやたら行動的な『バンバン』さん人脈の影響だが、そうでなくとも異形種ギルドの情報はかなり集めていたとの自負がある。
まあ、主に通称『ギルドクラッシャー』の活動で、誤爆して襲わない為ではあったけど……
少なくともそんな名称のギルドは知らない。ヘルヘイムに本拠を構える異形種ギルドの中には絶対に無いと断言できる。クランについては知り合い中にいない程度なので否定する根拠は0に等しい。ちなみにソロプレイヤーで「ヤルダバオト」を名乗っている奴も知らない。こちらはいくら数が少ない異形種プレイヤーとはいえ、とても把握できるような数ではないから、存在を否定できる要素は皆無だ。人間種ギルドの中にも異形種プレイヤーは腐るほどいたわけですし……人間至上主義の『六大神』の中にオーバーロードっぽいアバターのスルシャーナってプレイヤーがいたもの、この証左だろう。
要するに現時点で名称以外の情報は0ってことですよ……
「……まず情報が欲しいですね。出せるものは全部教えてください」
俺の訪問は皇帝ジルクニフにとって渡りに船だったのか、それとも「魔皇ヤルダバオト」という存在を話した以上、俺を取り込むべきと腹を括ったのか、この質問にはすんなりと答えてくれた。当然、秘匿されている部分はあるのだろうけども、名称以外0に比べれば情報収集の取っ掛かりとしてはかなり上等だ。
まず「魔皇ヤルダバオト」の容姿は不明。使者が本人の偽装でない限り、ジルクニフの前に現れたこともない。
魔皇の使者との会話から、ジルクニフは王国内に本拠が在る可能性が高いと予測している、と言う。
魔皇ヤルダバオトからの「お願い」は「遺跡調査」であり、目的は遺跡の中にあるモノだと言う。調査によって得た遺物や宝も、一通りの調査の後、目的のモノ以外は帝国に引き渡す条件だ。
耳障りの良い好条件に聞こえるが「嘘だろう」とジルクニフは言った。
完全に同意だ……悪辣なのは条件の真偽ではない。
嘘が見抜かれようと見抜かれまいと、ヤルダバオトにはどうでも良いのだ。帝国側に拒否権が無いことこそが大問題なのだ。行為を行わせることに主眼が置かれているのは間違いない……つまり目的のモノが手に入ろうが入るまいがどうでも良いのだ。そもそも目的のモノなんてあるのか自体が疑わしい。バハルス帝国に墳墓を調査させることそのものが目的なのだろう。
俺の想像と同じようなものをジルクニフは確実に認識している。
だから墳墓に対して関与の事実を少しでも薄める為にフェメール伯爵を全面に押し出し、さらに後腐れのないワーカーを使うわけだ。魔皇ヤルダバオトへ提案する手前、それなりに腕利きのワーカーでないと拙いのも理解できる。
だからといって、俺の配下を情報すら無い死地に送るわけにはいかない。
俺にとって、この時点で「未踏の墳墓」なる情報は完全に虚報と確認できたのが収穫だった。配下のワーカー達、特に結婚資金を欲しがっているヘッケランに手を引かせるには良い口実というか、理由を得たのだ。要するにこの未踏墳墓が実在するのならば「現地人にとって」と頭に付くのだ……まず満足すべき成果だろう。
魔皇の使者は進捗の報告も求めると言う。現在までのところ、一日置きの深夜帯にジルクニフの寝所を魔皇の使者か訪れるらしい。その際に提案された計画に対する修正後、予測される結果と時間的な揺らぎの幅まで詳細な報告を求められたと言うのだ。徹底した管理だ。誤魔化しようのない極限の厳密さを求めらるらしい。
しかし裏返せば「交渉可能」ということだ。
魔皇の使者はこの件について全権を任されているように感じるが、メッセージを使っている可能性もあり、ただの使い走りの可能性も捨てられない……とジルクニフは語っていた。加えて魔皇の使者の見た目はともかく会話自体は極めて理性的であり、対応は極めて柔軟だったらしいのだ。
ただし拒否だけは出来ない、と。
明確な脅迫があったわけではない。しかし現実に厳重な警戒の中を誰にも気付かれずに後宮のジルクニフの寝所に入り込まれた。つまり説明する必要もないぐらい「殺すのは簡単だ」ということだ。
ジルクニフの話を聞く限り、未踏墳墓は魔皇ヤルダバオトの敵対勢力の本拠の可能性が高い。単純に墳墓の危険性を考慮して、内部調査に自身の配下を使いたくないだけ……普通に考えればその結論に行き着く。しかし連中のやり口は周到なだけでなく、極めて暗示的なのだ。直接手を下さないだけでなく、目的の説明すら無い。つまり「ことの成否」に無関心と感じてしまう。バハルス帝国を墳墓に接触させた先に、魔皇ヤルダバオトが何を考えているかまでは予測不能だが、帝国に難癖をつける為に目的でない難題を吹っ掛けた可能性も捨てられないのだ。ちょっと穿ち過ぎな気もするけど……
だが以上の推論に推論を重ねて補正しなければ使えないようなあやふやな情報の断片は、この最大の情報の前では霞んでしまう。
魔皇の使者は異形種のメイド。
メイドと言えば、セバスさんのところの爆乳メガネメイドがすぐに思い出されたが、ジルクニフの話では使者の容姿は完全に別人だ。しかしジルクニフの予想通り王国内に本拠が在るのだとすればセバスさんのところとの繋がりも大いに考えられる。セバスさんのところのギルマスが魔皇ヤルダバオトまで考慮すべきだと思う。
魔皇の使者は人間の姿ではないらしい。美しくはあるものの明らかに人間を模した仮面を被り、手足や髪まで人間を模しているものの奇妙な印象は拭えないらしい。おまけに高度な符術を使い、情報を映像で見せると言う。
モンスターの類とは思えないし、傭兵NPCでもない。
つまりプレイヤーだ。
そしてまだ推測の域を出ないが、件の墳墓が実在し、魔皇ヤルダバオトと敵対しているという前提に立つのならば、おそらくプレイヤー集団の侵入すら阻む戦力を有しているに違いない。つまり帝国のワーカーごときが何人集まろうと攻略不可能なのだ。
では何の為に帝国にやらせるのか……それが最大の謎だった。
はたして未知の現地勢力か、それともプレイヤーの拠点か?
プレイヤーは魔皇か、墳墓か……それとも両方か?
なんともキナ臭い展開ですやん!
「陛下、次にヤルダバオトの使者が現れる予測日時は?」
「今夜だ……いつも通りであれば深夜、後宮の私の寝所に現れるはず……捕縛でもするつもりか?」
即答するジルクニフの表情がこれまでよりも大きく揺らいだ。明確に不安が漏れている。
「いいえ、少し本気を出すだけですよ」
「では、どうするというのだ……私の寝所で戦闘は困る。それに魔皇ヤルダバオトと敵対するのも困る。もしゼブル殿が魔皇ヤルダバオトと敵対するのであれば、帝国に味方する確約が欲しいのだが……」
「……パーフェクト・アンノウアブルって魔法を使い、寝所の片隅で陛下と魔皇の使いの会話を盗み聞きしています。そして追尾可能ならば魔皇の使いの侵入経路を探ります。俺だって無駄に敵を作りたいわけじゃない」
「……パーフェクト・アンノウアブル……?」
「第九位階の魔法です……魔法詠唱者でない陛下がご存知ないのは当然と言えば当然ですね」
「第九位階!」
「その通りです。本来第三位階以上が使えるということは隠したいところですが、隠したところで、後で陛下の側近であられるフールーダ・パラダインに確認されれば使用した魔法の位階程度の情報はバレてしまうでしょう? どうせ陛下の御前で使うのです。だったら事前に話しておいた方が問題が生じないかと考えました」
会話の主導権を握り返し、やっと眼前のローテーブルの盆に盛られた、美味そうな菓子を摘めた……うーまーいー!
かなり狼狽た皇帝ジルクニフだったが、瞬時に表情を戻した。
だが、もはや俺の精神的な優位は動かない。元々「魔皇ヤルダバオト」以前に、滅ぼそうと思えば帝都アーウィンタール程度の規模であれば簡単に死の都にできるのだ……などと思える程度には余裕ができた。
ジルクニフは魔皇避けに魔神を引き込もうとしたのだ……俺の配下であるワーカー達を巻き込んだのが、魔皇の使いに提示された案に従ったからなのか、俺を自陣営に引き込む為の策略か……今となってはどれでも一緒だ。帝国を潰すつもりはないが、魔神に借りを作った結果が人間にとって良いものであってはならない。絞れるだけ絞ってやる。
魔皇ヤルダバオト……十中八九はプレイヤー集団の一員だろう。
連中がギルドにしろクランにしろ、俺に敵対するつもりはない……が、探るべきだろう。
ジルクニフの笑顔を見る。口角が上がり、深く笑った。
笑い返すと、手を差し出された。
握手。
ジルクニフは上手く俺を取り込んだと思い、俺は誘導に乗ってやったと思っている。お互いの打算による一時的な同盟結成だ。
「では、ワーカー達を犠牲に差し出す件を人員が集まらないことにして、最低でも期限を引き伸ばして欲しいのだけど、陛下」
「……その辺りは上手くやる」
細かな打ち合わせの後、真夜中にこの執務室を再び訪れると約束し、俺は王都への『転移門』を開いた。
*************************
『転移門』を抜けると、そこには無数の木箱が積まれていた。
ここは王都にある『八本指』の拠点の一つ。
遥々戻ってきましたよ、王都……などと感慨に浸る間もなく、俺は倉庫を出てヒルマを探った。拠点内にいる全ての肉腫に命じ、即座に駆けつけた大男がヒルマの居場所を告げた。
再度『転移門』を開き、別拠点まで移動する。
オープン前に顔出しといて良かった……
金融部門の店舗の執務室というか、社長室。
部屋の中で跪くエドストレーム、ペシュリアン、マルムヴィストのヒルマの護衛三人衆に「お疲れ様です」と労い、大きなデスクの向こうで立ち上がり、深々と頭を下げるヒルマに問い掛けた。
「あまり時間がない。だから現状把握している限りで答えて下さい。魔皇ヤルダバオト……王国内に本拠があるとの噂がある。どんな些細な噂でもいい」
まず三人衆が顔を見合わせ、迷ったふうに視線を交差させた。
ヒルマは困ったような表情で見返してくる。
「……何か知っているのか?」
代表してヒルマが口を開いた。
「何も知りませんが……噂は王都に遍く蔓延しています。老若男女、貴族から貧民まで……兵士も、ならず者も、娼婦も、貴婦人も、商人も、金貸しも、誰もが噂を知っていますが、それだけです」
「……どんな?」
「魔皇ヤルダバオトが現れた……というものです。既に現れている、というものですが、誰も正体を知らない……てっきり、私共は……」
ヒルマは口ごもり、俺を見た。
続いて護衛三人衆も俺を見た。
俺かと思った、か……
「残念ながら、俺は違うぞ」
「でも……」
疑惑の視線が8つ、俺に直撃するが気にしない……気にしないったら、絶対にしませんよ!
「なんで、そう思う……の、か……」
ヒルマが不本意そうな顔を見せる。エドストレームもマルムヴィストも……ちなみにフルフェイスのペシュリアンは雰囲気だけで伝えてきやがった。
あー、そうか……そうでしたね。
「ゼブルさんの真のお姿を拝見しました……私のように直接にしろ、他の幹部のように頭の中でのみにしろ、見た者は全てゼブルさんが魔皇ヤルダバオトだと思っています」
「でも、俺じゃない」
「……否定なさるのでしたら、もう遅いかもしれませんが……早く情報統制しないと、思わぬ方向に噂が転がっているかもしれません」
遅い……って?
「……全員、ご指示は厳守していますが、それ以外は各自の判断ということです。魔皇ヤルダバオト……ここに籠っている私が初めて耳にしたのが既に一週間前……事の始まりはもっと早い時期ということでしょう?」
淡々とヒルマは語った。
ぐうの音もでないほど真っ当な予想だ。
要するに配下が噂を広めている、ってことか……?
そりゃ、俺の魔神アバターを見たことがある連中であれば、勘違いしても仕方ない……なんて思うか!
「……中には、我々に浸透を企てる者まで現れる始末。現状、監視は施していますが、処分するなり……逆に取り込むなり、お決めいただいた方がよろしいかと思いますが?」
媚びた笑顔に浮き上がる冷徹な女の眼。組織の切り盛りを任され、ヒルマなりに真剣に考えているのだろう。でなければ、あれだけの恐怖を与えた俺に意見などできるものではない、と思う。
「誰が?」
「我々に複数の貴族が接触を試みています。上は六大貴族から下は地方貴族の三男四男のような、貴族とは名ばかりのような連中まで……時期から考えて、魔皇ヤルダバオトの正体がゼブルさんではないか、という噂が独り歩きした結果だと思われます。王国を取り仕切る連中が、莫大な資金力に加え、強大な武力を持つ者を自陣営に加えようと躍起になるのも仕方ないかと……末端の貴族共は我々に寄生するだけでは飽き足らず、元々が血統保持の為の予備でしかない身でありながら、我々と接点があるのを良い事に、身の丈に合わぬ野心を抱いた結果かと……」
「……欲しい奴は?」
「自陣営に加えたい、という意味ではいません。影響力で言えば六大貴族ですが、六大貴族内のバランスが崩れるのも好ましくありません。彼等が永遠にお互いを牽制し合ってくれるのがベストでしょう。現在は間接的にそれなりに良好な関係を築いていると言っても良い程度です」
「……つまり?」
「六大貴族の周辺や縁戚には相当の影響力を保持している、ということです。しかし六大貴族に必要以上に直接関わるのは避けたいのも事実……どこかの時点で我々とは決定的に反目するでしょう。間にワンクッションあると、その辺りはお互いに暗黙の了解が出来上がります」
「引くに引けない、を避けるわけか?」
「そういうことです。なので、我々は一見役立たずの、弱小地方貴族の三男四男にまで触手を伸ばしているのです。恒久的にお家の財政が厳しい彼等は分家を出せません。つまり三男以下は予備の予備……血統保持の為以外は単なる穀潰しなのです。当然、三男以下の教育には資金も投じなければ、手も抜かれます。無事長男もしくは次男が家督を継いだ時点で、完全に彼等の存在価値も失せます。仕官して、自力で立つ者であればまだしも、我々に接触してくるような連中は大抵特権意識だけ持った屑共です。その屑を我々が支えています……地方貴族は我々に依存し、頭が上がらなくなります。特権意識だけが肥大化し、放蕩で粗暴で無教養で自制心の欠落した直系血縁者……彼等にとっては悪夢のような存在でしかありません」
「処分まで請け負っていたのか?」
「戦死される方が非常に多いかと……それ以外は不幸な事故に遭われる方も多いです」
……なるほど……暗殺部門なんて無用かつ物騒なものが存在した理由が確認できましたわ。
「体裁に重きを置けば戦死……戦場に出られない事情があるか、家族が帝国に人質を取られるリスクすら嫌うのであれば事故死か?」
「我々としては恩を売れる上に……それまでに投資した資金の、ごく一部ですが回収にもなります」
で、絶対的な秘密も握る、と……まあ、たとえ一部だとしても反吐が出る仕組みだな。
帝国との定期的な戦争を利用した虫唾が走るような仕組みだが、確かに階級を超えての逆支配を確立するのであれば有効だと認めざる得ない。こうやって『八本指』は派閥に関係なく、貴族階級全体に浸透したわけだ。貴族としての体裁を第一に考える連中に金で恩を売り、厄介者の面倒を見て、後始末で逆らえなくする、と。遠縁から始まり、徐々に有力貴族に近付く。最後は六大貴族の周辺を固め、真に国政を動かす連中とは直接関わらず、決定的な反目を避ける。六大貴族とはせいぜい賄賂で絡めとる程度の関係までだ。それ以上には踏み込まない。有力貴族にしても犯罪結社からの頼みを直接依頼されるよりも、縁戚や同派閥も貴族から頼まれた方が心理的抵抗もなく、顔が立つ。そして栄誉などに興味のない『八本指』は実質的な旨味だけを享受できれば良い。
連中の財布を握るだけでも効果は十二分だろうけど、醜聞も握れば徒党を組まれる心配も少ない、と……さすがに諸悪の根源と認定されれば、一つにまとまった王国相手に、俺抜きで戦って勝つ術は無いか……
「で、そのゴミ屑共が逆に浸透工作を仕掛けてきた、と」
「いいえ、浸透工作などと呼べるような代物ではござませんが、いち早く魔皇ヤルダバオトのシンパとなって、自身の立場を強化したい程度には考えているようです」
「意味が解らないが……」
「彼等の立場で考えてください……貴族である自分が後援してやる程度の考えですが……その実、我々に支援される側である現実から逃げたいのです。要するに立場表明するだけで、金銭的な負担無く恩を売りたいのです。そのついでに社会的に浮かび目の無い自分の立場を変えたいぐらいの程度の浅薄な考えです……ですが、問題はその浅い考えが爆発的に広がっている可能性です。私まで報告が届いているものだけでも複数。戯言で片付けられているものは、おそらく無数でしょう」
「……俺のアバターを知る配下が、噂の広まりを助長している、と……」
「あばたー、ですか? それが何かは存じませんが、おそらく真のお姿のことと仮定すれば……把握できる限りの状況も併せて考えると、手遅れかもしれませんが早急な情報統制は必須でしょう。もちろんゼブルさんが魔皇ヤルダバオトであるとの誤解を受け入れるのであれば、話は別ですが……」
対象が俺であるかどうかは不明だが、魔皇ヤルダバオトって奴が仕掛けた情報戦……て、ところかな。
しかしこのままじゃ拙い。魔皇ヤルダバオト本人でなくとも、配下を名乗って悪さをされれば、真っ先に俺が疑われるわけだ……ごく近い将来に王都から完全排除される未来しか見えない……
さらに言えば、魔皇ヤルダバオトなんて存在はいないのかもしれない。
となると、メイド繋がりでセバスさんのところもかなり怪しいな。
見えない敵(プレイヤー)に、既にハメられ、完全に出遅れた情報戦か……お先真っ暗だけど……そこがイイ。
まずは想定……
敵は俺の存在は知っているが、俺の正体を知らない。だから炙り出すような情報戦を仕掛けてきた可能性が高い。
狙いは……王都の『八本指』の利権なのか?
いや……違うな。
帝都にも手を広げてやがります……むしろ動きとしては帝都がメイン。だから『八本指』の利権どころか、単純に俺を狙ったものとも言い難いか……つまり『八本指』の裏に俺という存在を認識しているが、炙り出しは「二の次」であり、帝国の体制に何某かの影響を行使したい、のが連中の思惑の本線でしょう。
で、アンダーカバーを作ったついで的な犯人候補としての俺ですか……それならばスッキリと腑に落ちる。更に本来の敵対勢力である墳墓と俺を対峙させれば一挙両得どころか、多方面で完全勝利を狙った布石とも考えられます。
まず情報として、俺という存在を特定させてはいないまでも、捕捉しているのまでは確定。
そしてなんらかの目的に対して邪魔と判断した。
王都での動きを阻害する為に「魔皇ヤルダバオト」の噂を流す……これについてはコチラが反応しようがしまいが、敵にとってはどちらでも良いわけですよ。
こちらがどう対応しようが「魔皇ヤルダバオト」として仕立て上げ、最低でも王都での俺の動きの足枷にはなるでしょう。
当然、対応すれば帝国は手薄になる。
仮にしなければ「させる」ぐらいのことは考えているでしょう。
さらに一歩進んで「魔皇ヤルダバオト」の既成事実化を図っても良いわけですよ。将来的に王都から俺の締め出しを狙う布石にもなるし、俺に対する脅しにもなる。
より悪辣な手段として「魔皇ヤルダバオト」の代役を投入して、王国の体制破壊工作でも仕掛ければ、『八本指』という結社排除の機運が高まるかもしれない。当然、俺は王都での莫大な資金源を失いかけるので慌てるから、結果的に帝国からは手を引く方向で動くように誘導も可能なわけです。
俺を動きを王都に封じ込めて、帝国に対しての何某かの工作を邪魔させず、さらに俺を炙り出す、と……その結果、俺と『八本指』の関係を断つ、ぐらいまでは想定しているような感じかなぁ……というよりも、俺がどう対応しようと、あるいは全く対応しなくても敵の優位が動かない……感じか?
いずれにせよ、魔皇ヤルダバオトの噂を王都で流した連中は明確に敵だ。
そして明らかにプレイヤーだ。
セバスさんのところは……魔皇の使いのメイド繋がりで怪しいが、コチラでも遠回しの監視は継続しているから、現状以上の対応は必要ない。
逆探知を仕掛けても藪蛇になる可能性が高い。
出遅れた感は否めない。
コチラは戦力不足な上に、敵勢力の情報は手探りに等しい。
敵が掴んでいない情報……眷属の存在ぐらいか? 俺の『人化』スキル程度は想定されてると考えた方が無難だよなぁ……
何もしないのは悪手だけど……打つ手はかなり限定されている。
ジルクニフが監視されていた可能性はかなり低い。
『モモンガ』さん直伝の対情報系魔法の攻性防壁は発動しなかった。もちろん敵が情報系魔法やスキルに特化したプレイヤーならば出し抜かれる可能性も捨て切れないが、その可能性を想定して対応するのがバカバカしいぐらいに低いはず……
だからコチラから仕掛けるのならば必然的に帝国だ。
「魔皇の使者」って奴を足掛かりにするしか、糸口が見えない。
無用な戦闘は避け、多少なりとも情報を得る。
可能ならは追尾する。
眷属による支配は、露見した場合に俺のスキルの情報も同時に露見する可能性があるから避ける。そうでなくとも敵戦力が不明な状況で、コチラから明白な敵対行動は避けたい。
……本当に、嫌になるぐらい打つ手が無いけど………かなり楽しい。
とりあえず職務的に正当な役目であるスタッファンと英雄であるサキュロントには大っぴらに噂の発生源を探らせよう。そしてヒルマ以下には「下手に探る必要はないから、魔皇ヤルダバオトを名乗る奴が現れたら、厳重に監視してくれ」と伝え、俺は『転移門』で即座に帝都に舞い戻った。
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「アルベド、アインズ様はご在室ですか?」
ドアを開けると、まず守護者統括が視界に入った……だからこその問い掛けだったが……
結果的に豪奢な寝台の上で全裸で寝転がる守護者統括の姿を、丸メガネの最上位悪魔は呆れるように見下していた。
数回に渡る悪魔のノックと問い掛けを完全に無視して、守護者統括は絶対支配者のシーツ一面に自身の温もりと匂いを染み込ませようと努力を続けているのである……この行為こそが至上……ナザリック有数の知恵者の来訪など、彼女にとってはどうでもよかったのだ。
「……問うまでもありませんが……いったい何をしているのですか?」
「アインズ様が心地良くおやすみになる為の、正妻としての当然の努力よ」
「アインズ様はお眠りになられないと思いますが」
「それでもお一人で伏されることはあります。その事実を確認したからには、こうすることが妻としての日々の務め!」
「どうやって、その事実を確認したのかはこの際問わないでおきましょう」
さらに呆れる悪魔を尻目に、アルベドは「考え込むアインズ様、カッケー」などと呟きながら、己の豊満な肢体をシーツに擦り付ける。
「……アインズ様は冒険者としての仕事に復帰なさいました。これ以上、空白期間を作るわけにはいかない、と……どうやらエ・ランテルの冒険者ギルドで長期間の休みが問題になっている、とナーベラルが報告したのをいたく気になさっていたようです」
「なるほど……では、アインズ様はエ・ランテルへ向かわれたのですか?」
「いいえ、4つ5つの指名依頼を2日間で消化された後、ナーベラルと共にバハルス帝国のアーウィンタールに向ったはずです。たしかデミウルゴスの献策に従ったものかと……」
「……少し気が早いかとは思いますが、人智を超越した知謀の持ち主であられるアインズ様のことです……私などでは思いもよらない策を……」
デミウルゴスはメガネの縁を指先で持ち上げた。金剛石の瞳が輝きを増していた。
対するアルベドは見事な肢体にシーツを巻きつけて、身をおこした。
「デミウルゴス……例の件は?」
「アインズ様がアルベドに歓迎するよう命じた人間ですか? たしかセバスの報告書にも記載があった……ゼブルという名でしたね」
「そう……その人間の報告書に目を通された時から、アインズ様が考え込まれることが多くなったわ」
「情報によればエ・ランテルの銅級冒険者であり、つい先日まで王都の犯罪結社だった『八本指』を金融業者に転換した、裏の中心人物……加えて帝都では闘技場の興行利権に深く根を張り、ワーカー達を取りまとめている。行動範囲が非常に広く、上位の転移魔法を使えるのは確実ですね。人間にしては戦闘能力も高く、それなりに頭も切れる。若干臆病とも考えられる思考をしがちですが、欺瞞を見抜き、自身も虚報を使いこなす。何よりも様々なタイプの人間をまとめ上げて、破綻させない力量は評価すべきでしょう……しかし裏返せばそれなりに能力が高いだけの単なる人間です……至高の存在であられるアインズ様が直々に気にかけられる原因はもっと他の部分にあるのでしょう」
アルベドの美しい眼がスーッと細まった。
「……で、アインズ様の御希望は叶うのかしら?」
デミウルゴスの口元がつり上がる。
「……対応可能な戦力を投入する許可をいただければ、すぐにでも……アインズ様が望むかたちとはいきませんが、連行するだけならば簡単です。しかしアルベドが許可してもアインズ様の御許可がいただけるとは思えない」
「私も許可するつもりはないわ……貴方もそんなつもりはないのでしょう、デミウルゴス?」
普段であれば、お互いに阿吽の呼吸で話が進む。ナザリック有数の知恵者同士のプライドと能力が暗黙の了解を積み上げ、事後報告のみで状況を修正していくのだが、2度目の失敗が許されないこの件についてはお互いに口頭で状況確認をしなければならなかった。
「……現在、帝国に対する仕掛けと同時並行して、ゼブルを釣り上げる餌を撒いているところです……皇帝にしても自身の生命が危ういとなれば、本来は無視して問題の無い要求が無視できないはず……ゼブルにしても王都の利権を捨てるとは到底思えません。彼の帝都の配下であるワーカー数名を差し出せば終わる話なのですが……いずれにしても餌を完全に無視できない状況は作り上げたと言えるでしょう。どういう形にしろ、こちらに接触を試みるのは確実……何も手を打たない、という手を打たれてもナザリックに侵入したワーカー達を人質に交渉の余地が生じるでしょう。アインズ様の御指示通りとは言えませんが、ゼブルが長距離転移魔法を行使することが予測される以上、逃げられないように縛りつけなければ、歓迎することもできません」
「帝国侵攻作戦も兼ねて、どう転んでもナザリックの利益は損ねない。さすがはデミウルゴスね……でもゼブルの行動は本当に制約できるのかしら?」
「少なくとも自由に逃げ回られるようはマシでしょう……前回のアルベドの失敗の原因はセバスの報告書に基づき、歓待することに主眼を置いたまま、ゼブルの情報を把握せずに行動に移行したことによるものです」
「なっ……!」
豪速球のアルベド批判ともとれる言葉だが、当のデミウルゴスは単に事実を述べているだけだった……と無理にでも思い込み、アルベドは言葉を飲み込んだ。丸メガネの向こう側の金剛石の瞳には批判も揶揄も浮かんでいないのだ。もちろんこの最上位悪魔がナザリックの仲間を何よりも大切にしていることも重々承知している。しかし……
「……アインズ様の御指示に従うことと、己の裁量の範囲でアインズ様の最終的な御希望を達成することには大きな違いがあると判断しますが……」
「くっ!」
「我々守護者はアインズ様のお役に立つこと証明し続けなければならない。アインズ様が直接指揮されるまでもないと、我々に命じた案件は全て確実に遂行し、目的を達成せねばならないのです!」
アルベドは睨みつけ、デミウルゴスは単純に見下ろしていた。
「アルベド……ゼブル確保の報告は、直接アインズ様にさせていただきたいものです。アインズ様から直接労いのお言葉をいただき、ゼブルを取り込むことによるナザリックのメリットをアインズ様に説明する許可をいただきたい」
「……成功が大前提よ」
「当然、成功させます……というよりも、私の策であればどの段階に至っても対応が可能……つまり一度接触が成れば失敗の可能性は極めて低い。想定されるゼブル自身の戦闘能力は魔皇の使者役のエントマと同程度……バックアップのルプスレギナとソリュシャンの戦力も含めれば、少なくとも逃走は可能でしょう。しかしセバスの報告書の記載によれば、私の想定を超えた能力の隠蔽も考えられます。さらなるバックアップとして帝都郊外にアウラとマーレをぶくぶく茶釜様のドラゴンと共に配置します。加えて監視体制については、エ・ランテルから逃走した事実から、シャドウ・デーモンの存在を探知することが予測されるゼブル対策として、既に恐怖公の眷属を数千匹単位で帝城に送り込んであり、加えてニグレドにも依頼済……万全です……本日のゼブルと皇帝の密談内容まで把握済み……ゼブルは今夜、皇帝の寝所に確実に現れます」
現状把握しているゼブルの能力情報の一端から最悪を想定して予測された能力対策までデミウルゴスから示され、思わずアルベドは微笑んでしまった。
「まさに万全というわけね」
デミウルゴスは恭しく頭を下げた。
「……帝国侵攻の正面戦力として、アベリオン丘陵の亜人軍10万は牧場に集結を完了。シャルティアが帝都アーウィンタール西方にゲートで転送する手筈で待機中です。帝国は専業兵士から成る八軍団を擁し、総戦力こそ聖王国に比べて強大ですが、亜人対策は遅れています。この強襲作戦で追い詰めれば、早期にナザリック優位の講和がなるでしょう。もしくは開戦初期に亜人軍と帝国軍の間に入り、仲裁しても良いわけです。生産性に優れた帝国の国力を温存したまま、実質的にナザリックの支配下に置くのが狙いです。アインズ様の御裁可がいただければ、すぐにでも実行可能な状態……アインズ様には御心を煩わせず、一日も早く真の目的である世界征服に邁進していただきたい……なのでゼブルの件は早急に片付けたい、というのが本音です」
「帝国の生産性は温存させるのね?」
「むしろ官僚機構を乗っとり、社会基盤を徹底強化するつもりです。生産性は大幅に向上させます。アインズ様の統治下に入る幸せを、富という形で示すべきと考えたわけです。アインズ様は民に望まれ、上に立つべき、と考えていらっしゃいます。巨大な富と絶対の安全を与え、身分に関係無く公正な税制と裁判を施せば帝国民はいずれ納得します。むしろアインズ様に庇護される幸せを民に実感させるまでの期間こそが重要でしょう」
デミウルゴスはさらに一礼し、踵を返した。
「アインズ様に直接報告させていただく件、頼みましたよ」
その背を見送りながらアルベドは歯噛みし、強くシーツを握りしめた。
守護者統括として気合を入れ直さねば……
そしてシーツを肢体に巻き付けたまま立ち上がり、アインズ様のしつむ机に近寄ると、ゼブルについてのセバスの報告書を改めて手に取った。既に何度も読み込んで、一字一句違わず内容は頭に入っている。
劣等種に過ぎない単なる人間……されど最愛の主人の心を掴み続ける人間の報告書……これが女のものであればゼブルを滅ぼすことを誓っただろう。しかし男であり、主人が示した激情に情愛は感じられなかった。つまりシャルティアの企みなどには過敏に反応するアルベド嫉妬センサーが完璧にスルーしたのである。
「もう一度、洗い直してみる必要があるかしら……デミウルゴスが切れるといっても所詮は男の視点でしかないわ」
その直後から仕事モードに戻った守護者統括の奇抜な格好にツッコミを入れた者はいない。
お読みいただきありがとうございます。