丘の上に立つ。
『次元の目』は通用しなかった。
つまりなんらかの魔法的な防御が施されているようだ。
代替として『遠隔視』を使用する。
なーんとなく、見覚えがあるような……ないような?
既視感が強い。
でも明確に思い出せない。
だが予想はできる……こりゃ墳墓そのものがユグドラシル産ですよねー!
まあ、だから「既視感は当然」ってところでしょーよ。
ユグドラシル時代は人間種のギルド拠点を攻略していたが、墳墓タイプの拠点には縁遠かった。攻略候補にないことはなかったが、ギルドホームになり得るようなダンジョンは元々が難攻不落だ。加えてそれを陥落させた連中だって当然手強い。他に城タイプの簡単に攻略可能なギルドホームは山程存在しているのだ。だから実際に仕掛けるに至ったことはない。
どう見ても、何度も映像を見せられた「ナザリック地下大墳墓」には思えないしねぇ……あそこは蛙人間の住み着いた毒沼……グランデラ沼地の奥にあったからなぁ……行ったこと無いけど。
簡単に言えば、墳墓の見分けなんざできないわけですよ。
まあ、本当に『モモンガ』さんがいたら、そりゃー笑うけどね。
そこはかなり特徴的な墳墓だった。
外周は丘陵の稜線の中に埋没している。
現実の地形の差異など知識に無いけど、そんなものは不必要であるほどに極めて不自然に感じる……なにしろ壁の内側が綺麗に埋もれていない。
外壁は風化もなく、鮮やかな白亜の威容を誇っている。
手入れも完璧……どう考えても「未発見」やら「未踏」は考え難い。
むしろ「侵入して、生還した者がいない」が正解ではないだろうか?
丘陵の麓でヘッケランを除いたフォーサイトの3人に、フェメール伯爵への報告役も兼ねているだろう金級冒険者4人が野営の準備を進めている。
拠点作成用のグリーンシークレットハウスを供出しても構わなかったけど、どうにもフェメール伯爵への報告されるのが気になって、やめておいた。
こういう時に悪目立ちするか否かの判断ができるティーヌは本当に貴重な存在でした。しかし、いない者を悔いても仕方ない……のは理解している。
が、無性に腹が立つのも事実です。
実際に潜入する予定のジットとブレインとエルヤーの3人に加えてヘッケランが「外周部を実際に確認しておきたい」ということなので偵察に出したが、現実には全く意味がないだろう。あくまで程よい緊張感を醸成して欲しいが為に許可したに過ぎない。
ここがユグドラシルから転移してきた拠点……なのは俺の中ではほぼ確定している。『八欲王』の空中都市と30人の都市守護者の実例から考えても、まず間違いないだろう。
『八欲王』の前例を考えれば、問題なのは住人の方だ。
プレイヤーなのか?
あるいは拠点防衛用NPCなのか?
はたまた転移後に支配した現地産高レベルか?
いずれにしろ突入せざる得ない現状では、現地産高レベルが支配者ならばたとえ何人いても御の字だ。アリアドネを理解しているとは思えないし、100レベルが多数存在というのも考え難い。それに墳墓の規模から考えてギミックやトラップも多いだろう。だから現地産高レベルの場合は表層付近にいるに違いないのだ……即ち運良く生物で一ヶ所にまとまっていれば、スキルによる奇襲で一網打尽まで考えられる。
次に防衛用NPCであれば機能的(こちらが嫌がるよう)に配置されている可能性は高いが、100レベルがワラワラ密集している可能性は低い為、相当にランキング上位の老舗ギルドでもない限り、各個撃破でなんとか対処可能だろう……まっ、時間は掛かるけどね。
最悪はプレイヤーだ。カンストなのは確実だし、複数存在している可能性も極めて高い。加えてNPCの戦力と拠点機能を完全に把握し、トラップも自身で仕掛けた可能性が極めて大だろうし、ホーム内の監視機能も怖い。しょーじき厳しいので、この場合はユグドラシル金貨を消費させてホーム維持費を圧迫する戦術まで有りだと思う。なにしろユグドラシル金貨の補充は極めて難しいのだ。商人スキル持ちがエクスチェンジボックスでどんなに頑張っても、こちらの世界じゃ厳しいのは目に見えている……もの凄く気長な戦術だけど比較的リスクは低い。しかし最大の問題なのは俺もそれなりにユグドラシル金貨を持っていることなんですよ……つまり絶対に死ねないってことなんです。
だからって誘き出して野戦に持ち込むなんざ愚策中の愚策……もう単純に戦力差が許してくれない。
しっかし……魔皇ヤルダバオトに踊らされている感がハンパねぇ……
それにしてもあの魔皇ヤルダバオトはヤバい。
この世界では蘇生魔法があるとはいえ、死は現実だ。こうしてヤバさの塊に違いないユグドラシル産だろう墳墓を目の前にしても、まだ「魔皇ヤルダバオトよりは組し易し」としか思えない。普通に考えれば拠点ごと転移してきたプレイヤー集団と単身敵対する方が遥かに恐ろしいが……この期に及んでもジルクニフと魔皇ヤルダバオトの会話から感じた恐ろしさが俺を突き動かす。
アレは知力のバケモノだな……勝てるイメージが全く湧かないし、ティーヌ拉致後の動きの無さも見事なものだ……つまり俺と帝国が協力して事に当たることを望んでいるとしか思えなかったんですよ。それならば既に要求は伝えてあるわけだし、新たな要求を提示しない事で明確にしている、と考えるべきでしょう。
その程度の事はわざわざ伝えなくても読み取れるだろう、か……
随分と過大評価されたものだが、そうとしか考えられなかった。
まあ、とは言ってもねぇ……
改めて見ても巨大な墳墓だ。外装も綺麗な状態を保っている以上、維持費が尽き果てたということはない。規模から考えればNPCの作成ポイントは2000以上あるかもしれない……たとえプレイヤーがいなくても、最悪のケースでは高度なAIを搭載した100レベルNPCが20体以上……維持用のユグドラシル金貨に余裕があれば100レベルのゾンビアタックを受け切らないといけないわけか……ちょっとうんざりする。
さらにあの魔皇ヤルダバオトが自身で攻め込むのを躊躇している以上、額面上の戦力は連中よりも強力なのでしょう。
たしかにヤツの配下ではダークエルフの子供2人はともかく、他のメイドスタイルの3人はかなりの低レベルだった。だから窮余の策として現地の亜人をまとめて軍を作り上げたりしているに違いないだろうし……ねぇ。
うーん……でも、こう言っちゃなんだけど、楽しいね。
墳墓タイプである以上、地下に向かうしかない。気長に1層づつ丁寧にマッピングして、安全に行きたいわけですよ。一緒に潜る面子のことを考えても力押しができるわけがないので……5〜6層ぐらいで最下層に到達できればラッキーなんでしょう。『モモンガ』さんのところみたいに10層もあったら泣きを入れさせて欲しいぐらいだ。
散々考えた末、気が付けばかなり日が傾いていた。
嫌々とはいえ、好きな事を考えていると興が乗ってしまう。
背後からヘッケランの声がした。
丘を駆け上って来たのか、多少息が荒い。
「ゼブルさん、飯にしようぜ!」
そう促され、ヘッケランと共に丘を下る。
ちょっとした気分だ……転移せず、歩いて下った。
眼下の野営地ではブレインとエルヤーが模擬戦を始めている。
「ヘッケランさん」
「なんだよ、ゼブルさん……妙に改まって」
「いや、バックアップですまんねって思って」
「よしてくれよ、俺達は命令してくれればそれに従うぜ……グリンガムは命令を守る為に、自ら死を選んだぐらいだしよ」
「……だよなぁ……まあ、復活はさせるけど」
「それは俺達にも頼むよ」
「今回に限っちゃ、死体の確保さえできれば必ず……約束しますよ」
「なんだよ、今回だけなのかよ」
「その前に俺が生き残らないと話にならないから……」
「やっぱ、そのレベルのヤバさなのかよ?」
「そりゃ、間違いないね……後は目的のブツが何なのか、だけど……」
「当たりはついてるのか?」
「まあ、おそらくは……」
……ギルド武器でしょうよ、多分。
墳墓と魔皇が対立しているのならば十中八九間違いないでしょう。
ワールドアイテム所持の情報でもあるならば話は別ですが、一般的にギルド同士の抗争であれば狙うはギルド武器と相場が決まっています。まあ、この世界において『敗者の烙印』が頭上に浮かぶなんてことはないでしょうけど、対ギルド戦であればギルド武器破壊を考えるはず……と思う。
しかしこの世界には思っていたよりもプレイヤー集団が多い。俺の認知できる範囲内だけでも王都のセバスさんのところに、墳墓に、魔皇ヤルダバオトですよ。エ・ランテルの高レベルは墳墓か魔皇の可能性が高いと思うけど……別のプレイヤー集団であれば最悪だ。ただでさえ墳墓と魔皇ヤルダバオトとは敵対する可能性が極めて高いのだ。この上エ・ランテルの高レベルが別勢力だった場合、もはや完全に俺の手に余る……3正面作戦なんざ、今の手勢じゃ完全に無理ゲーですわ。
で、あれば手勢を増やす……それは誰もが到達する良案だけど、決して妙案にはなり得ない。なにしろこれだけのプレイヤー集団に通用するレベルとなると真なる竜王やら神人やらを糾合……し……なければ……んっ……んん?
脳味噌を何かが掠めた……確信はできない……できないが、凄く魅力的だ。
それには代価の巨大さに決断できずにいた実験が必要だった。
しかし最適な実験場の候補は知っている。
最大戦力を得る為に、試せるのは一回限り。
だが成功すれば決定的な戦力増強になる。それこそ「圧倒的」と言い換えても良い……たとえランキング上位ギルド相手でも、彼等が拠点ごとフルメンバーで転移でもしていない限り互角に持ち込める可能性すらある。
絶対的な忠誠。
100レベルプレイヤーと同等の戦闘力……中にはレイドボスクラスまで。
完全無欠の統制。
そして……圧倒的な数。
魔皇ヤルダバオトの戦略の延長線上に過ぎないが、こうなってはかなり魅力的ではある。成功すれば巨大過ぎるリスクに対するリターンは十二分に期待できる。ここまで来て方針を変えることに対する嫌気は感じるが、一度でも考えが生まれてしまったら、それは蠱惑的な魅力を放ち続けて、俺を思考に居座り続けた。
でも、ジルクニフとの約束もあるしなぁ……
こちらから一方的に約束を反故にするのは気が引ける。今後の帝国との関係性を考えた場合、自分で穴に嵌るのはよろしくない。王国に加えて帝国にも大きな影響力を持てば、少なくとも両国が同時に滅びない限り、居場所に困るような事態は生じないだろう。やがては竜王国にカルサナス都市国家連合にローブル聖王国へと……要するにリスクの高い法国と評議国の軍事的な二強国以外に食い込んでしまえば、低リスクで際限なく稼ぐことが可能になる。
当然、影響力の拡大に連れて俺の自由圏も広がり続けるわけだ。
資金的には余裕だから……安住できる居場所を確保したら全世界を観光するのもありかな。
麓に辿り着く。
牛腿肉一本の丸焼きか……香ばしい香りが鼻腔を撫でた。
炊煙の向こうではブレインとエルヤーが模擬戦を続けていた。二人共にやる気満々だが、明日以降しばらく活躍してもらう予定は無い。
簡易テーブルに並ぶのは肉と野菜の具沢山のスープに焼き立てパン。
メインを載せる予定の巨大な銀皿を金級冒険者達が馬車から運んでいた。
なんにせよ、とりあえずは墳墓のギルド武器だ。
破壊に成功すれば、ユグドラシル時代から通算15個目になる。
ギルド武器の破壊はその度に俺に変化を与えてくれた。
ステータスやスキルの強化なり、選択可能な種族や職業の変質なり、だ。
『バンバン』さんと色々と試行錯誤した頃が懐かしい。あれだけ破滅的思考の持ち主がリアルでは最高学府出身のキャリア官僚なのがマジで笑える……いや、あの人が近い将来に国の中枢に入り込むって考えるともの凄く怖いモノを感じるなぁ……良い人ではあるんだけどね。むしろあの行動力と統率力は官僚ってよりも政治家向きじゃないかなぁ……面倒見も良いし……
「無ければ、奪えば良いじゃない」
「殺したって、死ぬわけじゃない」
「死んだって、失うわけじゃない」
「異形種が人間種を狩ったって、問題無い」
「戦争上等……返り討ちにしてやろうぜ」
「だから必死にやろうぜ……隅々まで楽しもうぜ。でも所詮はゲームだ。ユグドラシルごときが滅んでも別にかまわないだろ?」
当時の『バンバン』さんの言葉が脳裏に蘇る。クトゥルフ神話のナイアルラトホテップをモチーフにしたアバターがそう熱く語っていた。
そう言えばユグドラシル最終日でゲームは卒業するって言ってたなぁ……
……あのさー、『バンバン』さんは信じられないかもしれないけど、俺、殺されたら本当に死ぬようになっちゃったんだよね……
唐突に薄く笑った俺を見て、ヘッケランも笑った。
*************************
小霊廟なんざ無視ですよ、無視!
いくら課金でアイテムボックスを最大限に拡張しているとはいえ、今更単なる財宝なんざ欲しくもありません!
だから直行!
入口と思しき霊廟へ直行!
突入ーっ!!
俺達、というか俺を迎撃する為に大量のスケルトン系アンデッド軍団がワラワラと迫ってきました。
スケルトンを殴り壊す!
スケルトンメイジをぶっ飛ばす!
スケルトンウォリアーに回し蹴り!
スケルトンアーチャーなんざ掴み砕く!
オールドガーダーは踏み潰す!
亜種のオールドガーダーは撫で斬る!
エルダーリッチは叩き潰す!
残骸である骨粉を踏付け、俺達は前進し続けた。
と、まあ低位のスケルトン系POPモンスター軍団がワラワラと駆け寄ってくるのを全て1人で処理しました。こちとら疲労無効なもんで……手の内を見せないのも兼ねて、全て単純な物理力押しです。
低レベル一掃用の無双系のスキルを使用するとフレンドリーファイアで背後の3人にも被害を与えかねない……まあ、痛し痒しですが、情報秘匿ついでなので頑張りました。エルダーリッチの大群の『火球』の連射は単純に受け切ってしまったので『魔法無効化』系のパッシブスキル持ちなのは確認されてしまったでしょうが、後続3人を護る為には仕方ないでしょう……
しかし大量にPOPモンスターを潰したところでギルドの維持費を圧迫できるとは思えません。やはり防衛用の100レベルNPCを探して、そいつらを撃破しないと難しいでしょう。可能ならばトラップもガンガン発動だけはさせたいところですが、さすがに命がいくつあっても足りません。後続3人だけでなく、俺でも無理です。
だから少なくとも防衛用NPC発見まではこちらの手の内を把握されるのは最低限したい。エルダーリッチとスケルトンメイジがいなければ後続3人組に処理を任せたいところなんですが、それも現実が許してくれない。
なので、俺が力技で無双しなきゃならないわけです。
「なあ……俺達、必要か?」
「少し、こちらに回してもらってもかまいませんが……」
「……アンデッドの持っていた魔法の武具も捨て置かれますか?」
ジットと実質ジット(=蘇生の短杖)の護衛担当と化している2人のボヤきが聞こえましたが無視です。低位アンデッドのドロップアイテムなんざゴミ屑同然……もう少し強いPOPモンスターでも出現すればレベリングも兼ねて少しは回しても良い気がしますけど……万が一にも失敗は許されません。
墳墓を支配する連中がプレイヤーだった場合、こちらを観察している可能が極めて高いわけです。である以上、急遽防衛用100レベルNPCを複数体、同時投入される可能性が常にあるわけです。その時にブレイン以下を護り通せるかと言われれば、かなり不安を感じます。果たして逃げ切るまでの時間的な余裕を与えてくれるものか?
……俺ならば与えません。
仮に俺が進攻される側だった場合、最優先課題とするのは侵入者の戦闘能力の解析です。それさえある程度把握してしまえば、せっかく戦場設定の選択権を有しているのですから、最適な戦場を選択し、戦力の逐次投入などせず、殲滅可能な戦力を一挙投入します。
まあ、あくまでソロプレイヤーとしての俺の考えですけど……
私見ですが『モモンガ』さんのところでは第八階層がそれに該当するんだろうな、と思っています。何回も見せられた……何回見ても面白く、その度に何かしらの参考になった例のプレイヤー1500人撃退映像……アレの内容から察するに「ナザリック地下大墳墓」の構造は第七階層までは敵に足る敵の選別と戦闘能力の観察の為に機能し、第八階層が殲滅場なのでしょう。第九階層より先に進攻されたらプレイヤー同士の乱戦となるわけですから、ワールドチャンピオンクラスが能力を隠蔽して紛れ込んでいた場合、いかにPKで名を馳せた『アインズ・ウール・ゴウン』でもどちらに転ぶか……先行きは予測不能となるでしょう。だからこそ第八階層のNPCが引き起こす階層全体ギミックであり、それに続く無茶苦茶な仕掛けなんだと思います。それに加えて『モモンガ』さんの腹に収まる例のアレも存分に力を発揮すれば、敵勢力のほとんどを一掃することが可能……現に1500人を第八階層までで一掃してしまったんですけらね。逆に言えばどんなに大仰な仕掛けであっても第七階層までは敵の能力を丸裸にする為の嫌がらせの集合体に過ぎないわけです。情報さえ入手してしまえば、第八階層でどうにでも料理することは可能……まあ、アレはやり過ぎなんでしょうけど……今思い返しても良く考えられた仕組みには違いないと思います。
なので、この墳墓の支配者連中がプレイヤーだった場合、大なり小なり同じ方向性の発想に至ると考えて間違いないでしょう。
つまり重要施設は必ず最下層であり、その前にはかなり高難度の罠が仕掛けられている可能性が高い……と考えられます。つまり決戦場はその罠がある場所である可能性が高いのです。過去に侵入したギルドホームも構造の差はあれど感覚的には7割超の確率で同じ発想でした。
……だからなるべく情報を隠したまま、少しでも先に進みたいんです。
多少の経費は発生するとは言え、基本的にPOPモンスターは無限湧きですから際限なく襲ってきます。しかしカンストプレイヤーにとってPOPモンスターという存在は基本的に無双系スキルで一掃するものなので、ユグドラシルならば煩わしいとすら感じません……フレンドリーファイアが解禁され、臭いを感じ、死骸が残るこの世界では精神的に中々厳しいものがありますが、基本的な対処は一緒です。
本来の魔神アバターの俺で言えば、生物であれば『絶望のオーラⅤ』で対処し、生命の無い敵やアストラル系アンデッド等の場合は『支配の呪言』で対処します。それで対処できなければ、初めて対応可能な魔法やスキルを考えて使用するわけです。
でも、今回はそうしない……肉弾戦に徹します。
フレンドリーファイアを考えると無双系スキルは使用不可。
もしもの時のバックアップはジットの持つ『蘇生の短杖』のみ。
俺達の行動を確認すれば後方の3人が比較的低レベルなのは一目瞭然。
俺のみが100レベルなのもいずれ露見するでしょう。
各人の装備が全身『神器級』なのは、プレイヤーであれば見当はつく。
今更完全にやり過ごせるとは思いませんが、できればの決戦場に至る直前までは可能な限り戦闘系に限らず能力は秘匿したい。
味気ない石壁に囲まれた通路をどんどん進みます。
同じような光景ばかりでいい加減飽きますが、徐々にPOPモンスターも強くなり、オールドガーダーの上位亜種とエルダーリッチぐらいしか出現しなくなっていました。
そしていつの間にかPOPモンスターは姿を消しました。
おっ……いよいよ防衛用NPCのお出ましか?
通路の奥から薄明かりが差しています。
それでも構わず進みます。
剣撃の音が響いてきました。
あの角を曲がれば……
どう見ても訓練場……なので、そこにいるのは訓練生のはず。
「よく来たでござる、侵入者殿」
喋る魔獣……にしても低レベル過ぎないか?
どう見ても……どういうわけか直立して、律儀に前脚(?)を揃えて丁寧に頭を下げたハムスターだよね?
NPCの作成ポイント割り振りの余剰分で作成された……みたいな奴か?
それとも実物には訪問したことはないけど噂に名高い『ネコさま大王国』のNPC……みたいな奴かいな?
たしかにNPCは戦闘だけを考えて作成されるわけじゃない……とは良く聞いた。しかし実物を見た経験はほぼ無い。戦闘用ではないから戦闘に参加しない為か、実数が少ないからか……俺の中では防衛用NPCといえば100レベルが通常であり、戦闘補助用途限定の70レベルぐらいが下限なんですよ。だから目の前のハムスターみたいな奴に出会った経験は皆無ですわ。
ソイツは巨大ハムスターにだい蛇のようなシッポをくっつけたようなミテクレでした。
そもそもこっちの世界にハムスターがいるのか?
これだけ見た目がハムスターだと、どうしても現地産には思えません。
しかも魔獣扱いで……なのに弱い……ブレインやジットどころか、1段落ちるエルヤーですら良い勝負ができそうだ。
見た目の癖はスゴい。
でもかなり高度な会話も可能……って奴です。
どう考えてもNPCなのに通常の防衛用NPCのように侵入者を確認した途端、問答無用に戦闘開始ではない。
背後に並んでいるリザードマンとデスナイトの集団も漏れなく弱い。
それにこんな脈絡のない組み合わせは単なるPOPモンスターとも思えないし、デスナイト以外は妙に緊張しているようにも感じる……蜥蜴なのに。
「えーっと、貴方達はこちらのNPCさんかな?」
「某はえぬぴーしーとやらではごさらん。殿からハムスケという名を頂いたでござる」
……意外にも名持ちらしい。「ハムスケ」だけど……ゴリゴリに凝ったロールプレイギルドだと全NPCに名付けたりするらしい、とは何度も聞いたことがあるけど、30レベルそこそこな程度にしか見えないヤツにまで律儀に名付けるかね?
「ハムスケさんはNPCではない?」
「そうでごさる……某はハムスケ・ウォリアーを目指しているでごさる」
「後ろのリザードマンさんやらデスナイトさんは?」
「後ろの者達はあくまで某の歓迎を応援するだけでごさる。えぬぴーしーとやらでもないでござる」
「歓迎する……?」
門番的な「歓迎」ならば……ここにいる連中じゃ、どう考えても手に余らないかな。『人化』したままでも2秒も要らないぞ、殲滅するの。
「そうでごさる。殿から全員にお達しされているでごさる」
「なんて?」
「身の程知らずの人間共を歓迎するように……でござる」
うーん……全く理解できない。
「殿って、誰?」
「殿は殿でござる……真っ黒な甲冑を着た凄腕の戦士でござる」
「戦士?」
「凄い化け物でもあるでござるよ」
「凄い……バケモノ?」
「そして冒険者でござる」
「……冒険者?」
うーん、ますます謎が深まる……殿って?
まあ、異形種の戦士職なのは理解したけど……真っ黒な甲冑ねぇ……前衛で地味目の格好を好むヤツは知り合いにいないことはないけど、真っ黒っていうのはあんまり印象にないなぁ……冒険者については俺と一緒の発想に至っただけだろうな。
「その殿様は、俺達を知っているのかな?」
「よくわからないでござるよ。とーかつ殿から全員に、今回の侵入者殿には礼を尽くして歓迎するように、と言われたでござる」
なのにPOPモンスターの雨霰でお出迎えですか……だけど、こいつらはやたら丁寧だし、戦闘に発展する気配も感じない、と……
敵が「殿」を中心とする集団なのは理解した。ユグドラシルプレイヤーのギルドならば「殿」がギルマスなんでしょう。ハムスケはNPCと認識しないようにプログラムされたマスコット的低レベルNPCか、それとも現地調達した愛玩魔獣(?)と言った感じかな……後者はかなり確率低めですけど。
で、こちらが観察されているのは確実ですわ。
つまり「殿」集団はこの墳墓をギルドホームとしての機能を使いこなしているわけで……墳墓が現地勢の支配下にある可能性は否定された、と。
ある程度の情報も既に取得された……と考えて間違いないな。
それを踏まえた上でこの対応……
俺に利用価値ありと考えたか?
それとも油断させようという狙いか?
なのに「殿」本人なり幹部なりは俺の前に出てこない。
いまいち連中の意図は掴みかねる。
たしかにハムスケにはなんとも言えない愛嬌がある。後ろのリザードマンやデスナイトからは愛嬌など一切感じないので、適材適所と言えば適材適所なのかもしれない。しかし肝心の俺達を歓迎する意図が全く読めない。
どうするべきか?
「殿」の思惑が読めなさ過ぎて、対応に窮していた。連中が敵対を覚悟していたような集団でなければ、もう少しとりあえず誘いに乗ってみるみたいな対応も有りだとは思うが……
「おい、こいつらは敵じゃないのか?」
ブレインがもっともな疑問を口にした。
「もちろんでござるよ。歓迎しろ、と厳命されているでござる。それに侵入者殿は見た感じが強すぎるでござる。命のやりとりは某も嫌いじゃないでござるが、殿の御命令で武技を習得して戦士としてれべるあっぷしなければならないでござるから、簡単には死ねないでごさる」
なるほど……「殿」とやらはハムスケにレベリングを施しているわけだ。いかにもユグドラシルプレイヤーの発想だし、俺や魔皇ヤルダバオトよりもさらに一歩進んで魔獣とアンデッドとどう見ても現地調達のリザードマン達でレベリングしているのは、リザードマン達の『首輪』を見れば一目瞭然だ。この組合せでレベリングさせてみようと思うこと自体が面白い……これで仮にハムスケが低レベルNPCだとしたら「殿」はかなり柔軟な発想の持ち主だろう。
ハッキリ言って、魔皇ヤルダバオトの現地勢に対するスパッとした割り切りよりもかなり好感が持てる……発想が俺に近いってだけですけど。
「どうやら即敵対ってわけじゃないらしい」
ブレインが一歩進み出た。
「どいつもこいつもそれなりには強いって感じか?」
ブレインは壁際に立つリザードマンとデスナイトを眺めている。ティーヌにこそ一歩及ばないが、今の装備かつ油断しないで一対一という複数の条件付きだけど、デスナイトなんぞ滅ぼせるぐらいには成長しているのだ。居並ぶリザードマン軍団程度の戦力であれば数の不利すらも覆せるかもしれない。
「かつてカッツェ平野で葬ったアンデッドの同種もいるようですな」
ジットはどうしてもアンデッドに注目してしまうようだ。たとえ野良のデスナイトでもまだ支配するには厳しだろうけど、とりあえずの目標としては良いかもしれない。
「喋る魔獣は厄介なものが多いとは言いますが……獣ごときが戦士とは」
一度はブレインに端折られたとはいえ、元々プライドが異様に高いエルヤーが余計な感想を漏らした。しかもブレインとの試合後に与えた武装で丁度ハムスケと五分五分か、ちょい強い程度の強さになっているから、余計にハムスケを意識してしまうのかもしれない。自称「真の周辺国最強の戦士」だったつい先日からランキングが怒涛の自由落下中なんですから、ね。
「侵入者殿のお供殿も見た感じそこそこ強いでござるな」
ハムスケも余計な一言を述べ、さらりとエルヤーの心中を抉ります。
醸成されつつある不穏な雰囲気を鑑み、即座にエルヤーの肉腫に勝手な行動を阻止するように命じた。肉腫の制約から外れて、ここでいきなり死なれても困るし、死にはしないまでもこんな微妙な状況で揉め事も困る。
……で、どうするべきか?
「殿」の誘いに乗る。
メリットは……
単純明快に同盟による戦力増強。
今の俺には手に入れる手段が無いユグドラシル由来の施設の利用。
その他諸々あるが、大きなものはこの2点。
対してデメリットは……
まず第一に信用できない……仮に本当に敵意が無くとも精神的にキツい。
第二に墳墓よりもヤバいと感じる魔皇ヤルダバオトとの敵対が確定する。
第三にバハルス帝国を切り捨てるのと同義である。
そしてティーヌを見捨てる必要が生じる。
……どうにもモヤっとするな。
「……なあ、ハムスケさん……殿と連絡するのは可能なのか?」
「某には無理でござる……殿は留守なので、とーかつ殿に聞くとよろしいでござるよ」
……さっきは流したけど、改めて新キャラ「とーかつ殿」ですか……マジで戦力増強が急務だな。
「とーかつ殿?」
「とーかつ殿が殿の留守を仕切っているでござるよ」
妙な名……いや役職で「統括」ね……ならば仕切っているのも理解できる。
「じゃあ、統括殿に会えるかな?」
「とーかつ殿は忙しいでこざるから、迎えの者が来ると思うでごさるよ」
「俺達はここで待っていれば良いのかな?」
「そうしてくれると嬉しいでごさる……某達は訓練に戻るでござるよ」
ハムスケがそう宣言するとデスナイトとリザードマン軍団も一斉に訓練に戻った。各自が剣を振り、ハムスケは爪で応戦する。
所在の無い俺達は奇妙な取り合わせの訓練を眺め続けるしかなかった。
*************************
最初の指示から4日が経過していた。
ナーベラルの報告を聞き終えたアインズは思わず激怒し、激しく叱責してしまった。
激昂するも直ぐに沈静化され、今度は激しく後悔し、再度沈静化された。
結果、通算3回目の自害を企てるナーベラルを宥め賺して、通算4度目の厳命を下し、部屋から送り出した……呼吸はしていないのに、心中で何度も何度もため息が漏れる。
4度目の厳命って……もはや厳命って言わないよなぁ……
室内に静寂が戻る。
状況は絶妙に期待と正反対の方向へと転がり、その上加速しながら落下を続けていた。
もはや敵対する、しないの問題でなく、全身全霊で謝罪するレベルだ。
立場が許してくれれば土下座……いや五体投地したい気分……しかしナザリックの絶対支配者としての立場は、アインズの独りよがりな感情任せの行動を絶対に許してくれないのも理解している。
状況の悪化に歯止めが効かないのに、頼れる部下は状況を悪化させ続けたナーベラル一人だけ……既に15人のワーカーが頭蓋の穴という穴から血液を噴出させ、死んでいると言う。
ナーベラルの報告にあるような効果を持つ制約の魔法は、ユグドラシルの位階魔法やスキルの知識には相当に自信があるアインズでも知らないので、十中八九『ばある・ぜぶる』の持つレアスキルの効果なのは予測できる。しかし予測ができるからと言って、対処ができるわけではない。
『ばある・ぜぶる』の配下であるワーカーを15人も殺して(と、いうわけではないようだが、結果的には死んだ)得た、有益と思える情報は「トブ」というワード一つだけ……トブの大森林を指すのはどんなに無能でも理解できるだろうが、あまりに対象となる範囲が広大だった……つまりゼブルとの会談を設定するどころか、現実的にゼブルの向かった先を特定する情報としても全く役に立たない。
それを理解しているからこそ、ナーベラルもひたすら情報を掘り下げようとしたのだろう。
結果として、彼女は同じ行動を繰り返したのだ。
ナーベラルは人間を見下す悪癖を持っている。
そんなことは元より重々承知だった。
ナーベラルだけでなく、ごく僅かな例外を除くナザリックの者達のほぼ全てが同様だった。
だから、その点でナーベラルを責めるわけにはいかないのだが……
人間が自身の詰問により死んでも何も感じかった。唐突な変化に危機感を感じ、進展しない状況に焦燥しただけ……そんなものだろうと思う。
だからと言って、ワーカー達が不自然に自爆的な死を選択していることに疑問すら感じなかったのか、と落胆せざるえない。
そして何よりも問題なのはそれを15回も繰り返したことだ。
ナーベラルに限らずナザリックの者達は人間の死に極めて鈍感だ。
アインズ自身も人間だった頃の経験を覚えていなければ、同じように感じるのかもしれない……しかし嘘偽り無く人間だったのだ。リアルでは圧倒的な戦力を保持する組織の絶対支配者などではなく、しがない小卒営業職サラリーマンだった。故に同じく人間だった『ばある・ぜぶる』がどう感じるかも経験から予測できる。
彼は悲しむのだろうか……?
いや、怒るだろう……間違いなく。
この期に及んでは、怒りの大きさこそが問題なのだ。
こうなってはデミウルゴスはよくやったとしか言いようがない。
もちろんデミウルゴスにも人間に対する情みたいなものは無いだろう。むしろ極めて打算的で冷徹な行動の結果かもしれないが、徹底的に考え抜いたのだけは間違いない。
感情に流されまくったアインズの行動と比して、結果の差は明白だ。
アインズには『ばある・ぜぶる』の配下を拉致する策など愚策も愚策……単に彼の怒りを買う行動にしか思えなかった。
しかし現実には明確に彼の注意を引き、その後の行動を制限し、こちらの思惑通りに誘導しただけでなく、後の交渉の余地すら残した。
対してアインズは……
自身が本来の『超越者』アバターで行動できないもどかしさと『ばある・ぜぶる』の配下達の徹底した情報秘匿に急に怒りが湧き上がった。
「ああっ、なんで、どうしてこうなるっ!」
クソがっ、と吐き捨てながらアインズ・ウール・ゴウンのアンダーカバーであるアダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモンの中の人である鈴木悟はうろうろと部屋の中を歩き回った。感情が抑制されながらも、次々に怒りの感情が湧き上がり、自分ではどうにもできなかった。
ナーベラルが悪いわけではないことは理解している。
彼女は命令に忠実に従っただけた。
理性は了解している。
しかし……瞬間的に湧き上がる感情は悪感情ばかりだった。
勝手な言い分だが……最初の一人、いや最初に情報を得た段階までは許容範囲……だと信じたい。『ばある・ぜぶる』にしたって、自身が仕込んだスキルが正当に効果を発揮しただけのことと解ってくれるはず……彼は高位の蘇生魔法を持っていたはずなので、亡骸を奪取するようなことさえしなければ、感情はともかく理性では理解してくれるはずなのだ……全力で謝罪すれば、の話ではあるが。
しかしその後がいただけない。
失敗した行動を繰り返し続け、それこそ無駄な死を積み上げ続けた。どうにも監視や盗聴等への発想の転換ができないらしく、ナーベラルはあくまで対象を絞り込むと白状させるように行動してしまうのだ。
幾度も再チャレンジした理由は理解できる……劣等種である人間の死など、ただ「死んだ」という情報にすぎないからだ。リアルの鈴木悟が蚊の殺害に躊躇が無く、何も感じないのと一緒だ。むしろ「見かけたら殺せ」である。
問題なのは、ナーベラルに殺す意志が無いのにワーカー達が連続して脈絡無く死亡した事実に対して、何の疑問も抱かなかったことである。当然、自身に下された命令に対して忠実であることが優先され、結果として異常の報告が決定的に遅れたのである。
気づいた時には致命傷。
将来的にナザリックの致命的な欠点になりかねない。
「クソがっ…………いや………クソなのは俺か……」
断続していた怒りがようやく失せ、自虐がとって変わった。
「……だいたいがそもそも無理なんだよなぁ……部下が優秀なのは良いにしても、なんで俺がそれよりも優秀って信じて疑わないかなぁ……」
存在しない脳裏に丸メガネの悪魔と角の生えた絶世の美女と軍服姿のツルッとした埴輪フェイスの笑顔が浮かんだ……どんなにアインズ・ウール・ゴウンの頭脳が人並みの能力しか持ち合わせないと力説しても、彼等はあっという間に事実を否定する完璧な理屈を構築してしまうだろう。何を言っても「またまたご冗談を」と否定されるみたいなものだ。彼等が望むアインズ以下のアインズを、彼等は決して許してはくれないのだ。
よく言って「誉め殺し」だし……有り体に言えば「生き地獄」だよなぁ、アンデッドだけど……こんなのが半永久的に続くって……
まあ、だからこそギルメンですらなく、極めて良好な関係だったが単なる知人にすぎない『ばある・ぜぶる』に強烈に執着してしまうのだろう、と思う。率直に愚痴を言える程度には友好的関係を構築していたと信じている。もちろんギルメンの誰かがこの世界に一緒に転移していたら、ここまで足掻いたかは不明だ。例えば『ヘロヘロ』があの時……ユグドラシル最期の瞬間まで一緒にいてくれたならば……とは思う。逆にデミウルゴスから送られた映像で『ばある・ぜぶる』のよく見知った姿を見ていなければ……もう少し冷静でいられたのかもしれない、とも思う。
だが『ヘロヘロ』はログアウトしてしまった。
そして『ばある・ぜぶる』を本人と認識してしまった。
しかも『ばある・ぜぶる』とは敵対しかねない危うさが感じられた。たしかに策士的な行動を好む側面はあったかもしれないが、彼も鈴木悟と同じ元人間なのだ。どうしても感情に引っ張られて暴走しかねない。
ソロプレイこそ至高……そう嘯いていたが、彼には仲間が沢山いた。『モモンガ』もその一人ではあったと自負している。だから断言できるのだ。彼は仲間を見捨てない、と……こちらの世界の配下を仲間と見なしていない、とは言い切れないのだ。だからこそデミウルゴスの策は理解はできても絶望的に思えたのだ。
会いたい。
ただ会って、馬鹿話をして、笑い合いたいだけなのだ。
存在を確信しなければ、ここまで切実ではなかったのかもしれない。
だが知ってしまった……もう手遅れだ。
ナザリックの子供達は大切だ……それこそ我が子も同然だ。
だから柄ではない支配者の立場を甘んじて演じ続けようと思う。
しかしそうでない瞬間も欲しい……ただそれだけのことなのに……
「……我がまま……か」
もっと上手いやり方があるのかもしれない。
それこそ、この誉め殺し地獄の渦中にいなければデミウルゴス辺りに相談して、劇的な再会を演出してもらいたいぐらいなのだ。
メッセージが入る……アルベドからだ。
急いでモードを『鈴木悟』から『アインズ・ウール・ゴウン』へと切り替える。
「……どうした、アルベド……」
「アインズ様、ご報告です……ゼブルをナザリック内に招き入れること成功しました」
「……なっ、なんだと……いや、よくやった」
極力重厚であることを意識しながらも、どうしても声が上ずってしまった。
どうやらナーベラルの入手した「トブ」と言うワードはナザリックだったらしいと合点がいった。しかも『ばある・ぜぶる』はデミウルゴスの策にまんまハマるように墳墓勢力と魔皇勢力が敵対していると信じたようだ。
しかし朗報であるにもかかわらずアルベドの声音は浮かない。
しかも直々にアインズが褒めているのに、である。
……嫌な予感が過ぎる。
「どうした、アルベド?」
「…………クッ……取り逃がして……しまいました……申し訳ございません、アインズ様……一度ならず二度までも……ナザリックの守護者統括として万死に値します……」
「どういうことだ? 何があった? 『ばある・ぜぶる』さんはどこへ行ったんだ?」
「…………『ばある・ぜぶる』ですか?」
「いっ、いや……冒険者ゼブルだ」
「行き先は姉に追跡を依頼していますが、現状では不明です」
「……何が……いったい何が起こったんだ?」
アルベドの説明によれば……
本日午前6時にゼブル達のナザリック侵入確認。
彼等は回り道を一切しなかった為、予想以上に時間が無かった。
しかしハムスケ以下がゼブル達と接触後、その場にとどめ置くことに成功。
本来ならばアルベド自身が迎に行きたかったが、どうしても歓迎式典の準備から手が離せず、第九階層までの案内役の代理として失礼がないよう階層守護者であり、かつゼブルと面識がないシャルティアを派遣……そこまでは極めて順調だった、と言う。
シャルティアも丁寧に自己紹介し、軽く会話も交わし、いざ第九階層へご案内致します、となった時……ゼブルがこう言った。
「せっかく御足労いただいたところ大変申し訳ないが、実は墳墓の外にも配下が待っている。ついては彼等も御招待に与りたいのだが……連れてきても良いだろうか?」
シャルティアも迷ったが、あくまで歓迎が目的なので拘束するわけにも拒否するわけにもいかず、結果として許可した。
ゼブルもいったん外に戻る故に「再来訪時にはPOPモンスターが出現しないように願います」などといかにも直ぐに戻るような口振りで退去した。
……それから2時間が経過し、シャルティアが異常を訴えた。
ナザリックに近い丘の向こうにある、探知していた彼等のキャンプ地はカマドの跡が残るのみで、それ以外の痕跡は綺麗さっぱり消えていた。
「……アインズ様……度重なる失態、いかなる罰も受け入れます。しかし、いったい何が悪かったのでしょうか?」
珍しく弱々しいアルベドの声音が響く。
何が悪いか……アインズは即座に理解……いや思い当たった。
……シャルティアだ……『ばある・ぜぶる』さん、覚えていたんだ。
少し嬉しく、少し悲しかった。
この世界に転移する以前……ユグドラシル時代に何回か『ばある・ぜぶる』に見せたナザリックの1500人プレイヤー撃退映像の中で、第三階層でプレイヤー相手に奮戦したNPCについて聞かれた経験があった。
それまで拠点防衛用NPCに関して「ギルド潰し」で有名な彼は多少は厄介な障害物程度にしか感じていなかったのは間違いない。ソロプレイヤーである彼にとって拠点防衛用NPCに思い入れを詰め込むなんて、完全に理解の外側だろう。だからスポイトランスを手にしたシャルティアがプレイヤーを相手にしての獅子奮迅の活躍をしたのはいたく印象に残ったらしい。
その上、親友である『ペロロンチーノ』が作成し、彼のこだわりを耳タコ状態で語り尽くされた経緯もあり、当時の『モモンガ』は『ばある・ぜぶる』に力説した記憶があった。
……でも、なんで逃げたんだよ……墳墓をナザリック地下大墳墓だって認識したんなら、残ってくれたって……
まだギリギリ完全敵対に至ってはいないはず……だった。
『ばある・ぜぶる』にとってはそうではないのか?
お互いを認識したはずなのに……
鈴木悟の悩みは尽きない。
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