死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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1週間で1話ペースをどこまで守れるか……とにかく頑張ります。


17話 遥々来たぜ、竜王国!

 

 いやいやいや……なんなのいったい!?

 

 とりあえず帝都へ……『転移門』に大混乱したフェメール伯爵の雇った金級冒険者達を半ば強引に城門付近で放り出し、そのまま帝城内の皇帝執務室に転移した。

 ジルクニフを呼び出し、勝手にソファに座る。

 立ち尽くすフォーサイトの面々やエルヤーはもとより、さすがのブレインすらも俺の態度に顔を顰めた。どこ吹く風なのはジットだけ……まあ、彼はエ・ランテルという都市すらも理解不能な理由で滅ぼそうとしたのだ。いまさら皇帝に阿るつもりもないだろう。

 

 が、そんなことに気を回すような余裕は一切無かった。

 完全にパニくっていた。

 

 ……なんなんだ、いったい……

 

 あの墳墓が「ナザリック地下大墳墓」なのは理解した……だって以前に『モモンガ』さんからすごーく力強く説明されたNPCのシャルティア・ブラッドフォールンがいたし……だから間違いない……と思う。『モモンガ』さんの親友で「イエス・ロリータ、ノー・タッチ」のエロゲの人……実姉が人気声優でお姉さん自身もプレイヤーと言う情報でよく覚えている……たしか『ペロロンチーノ』さんとか言った人が作成者……のはず?

 

 そこまでは良い。

 そんな偶然……むしろ大歓迎だ。

 俺と『モモンガ』さんならば絶対に上手くやれるし、お互いに足りない部分を補完すれば、魔皇ヤルダバオトすら問題なく粉砕可能……だと思う。

 

 でもさぁ……墳墓の支配者が違うってさぁ……ショック過ぎて、思わず考え無しに逃げちゃいましたよ。

 

 誰だよ、「殿」って……?

 

 ハムスケが言うには……

 異形種なのは良い……『モモンガ』さんだって完全無欠の異形種だ。

 冒険者なのも理解できる……俺が思い付く程度の身分捏造法だし。

 でも戦士なんだよなぁ……そりゃ間違いなく『モモンガ』さんじゃない。

 仮に魔法でアンダーカバーを作ったにしても、明らかに戦力的大幅レベルダウンする戦士職……そんなアホな選択を、PVPでは想像を絶する程の緻密な戦術を駆使するあの『モモンガ』さんがするわけがない。

 ただでさえ見知らぬ土地。

 明らかにユグドラシルの影響はある。

 そこらに潜む他のカンストプレイヤー達に加え、現地産高レベルの存在。

 つまり情報も少なければ、地の利を得るのすらも難しいのだ。

 認知外の高レベルからの不意打ちを完全に回避できる自信が無ければ、この世界で身分を取得する為のアンダーカバーだとしても、魔法詠唱者である『モモンガ』さんの戦士職の選択は俺の『人化』以上にリスキーな選択だ。

 だから「殿」=『モモンガ』さんとはどうしても思えない。

 そして『モモンガ』さんが孤独になってもあれだけ入れ込んでいた「ナザリック地下大墳墓」を手放すはずがない。

 ユグドラシル最期の日に俺は『モモンガ』さんと出会うことは無かった。しかし会わなくても『モモンガ』さんならば最期の瞬間までナザリック内にいたと想像できる。それはもはや確信に近い。だから「ナザリック地下大墳墓」が厳然と存在する以上、『モモンガ』さんがこの世界に転移した可能性は決して無いとは言えない。むしろ『モモンガ』さん抜きで「ナザリック地下大墳墓」だけが転移している方が不自然だ。

 それでも偶然に俺と同時期というのは話が出来過ぎな気はするけど……

 たしか「100年の揺り返し」とかティーヌは言っていたような……

 つまり寿命の無い異形種であれば、100年毎に出会う可能性は有る、ということだろうか?

 

 しかし、それは……「殿」を筆頭とするプレイヤー集団に『モモンガ』さんが敗退した……ってことと同義だよなぁ……

 多勢に無勢か……あの伝説的プレイヤーであり、非公式ラスボスとまで称された『モモンガ』さんが……

 

 要するに「殿」って奴の集団は1500人プレイヤー軍団でも陥落させられなかったナザリックを攻略したわけだ……いや、むしろ第八階層がある以上、ナザリックを攻略したっていうよりも、単純に『モモンガ』さんをナザリック外でPKしたって方が正しいのかも……いずれにしても魔皇ヤルダバオト並みか、それ以上に恐ろしい難敵なのは間違いない。

 

 何にせよ……落ち着け、俺。

 

 情報と予測で大混乱する頭を無理矢理落ち着けた。

 まずは……整理だ。

 墳墓はナザリック地下大墳墓で確定。

 しかしそこに『モモンガ』さんはいない……いや、少なくとも支配していない。代わりに「殿」って奴が支配している。

 つまり『モモンガ』さんは敗退した可能性が高い。

 そして転移している可能性が高い以上、まずは『モモンガ』さんをどうにかして奪還、もしくは復活させたい。

 リスポーンキルを食らって、完全に消滅した可能性まであるが……その場合はナザリックの最奥まで攻略されたに等しいわけだから、かなり絶望的な状況ではある……が、俺自身で復活を試せない以上、確定的な判断は下せない。

 

 希望は残されているはず……

 

 その為には本人もしくは遺体が必要だが……連中が隠すのであれはナザリックの最奥が一番怪しい……というよりも最も安心できるはずだ。『モモンガ』さんの例のアレ無しでも第八階層のギミックを抜けるのは相当なレベルの猛者である必要がある。しかし相当な猛者であっても第七階層までに保有する能力を丸裸にすることは可能だし、能力さえ把握してしまえば、大した脅威にもならない。その先には『モモンガ』さんすら屠った真の強者集団……これ以上、安心できる場所はないだろう。

 加えてナザリック地下大墳墓の機能を完全に活かすのであればギルマスである『モモンガ』さんが必要なのは明白……つまりナザリックの現支配者である「殿」にとっても『モモンガ』さんの存在は絶対的なキーだ……遺体ならば勝手に復活されても困るし、どんなに弱体化していても強奪されたら目も当てられない。だから自分の手元であり、難攻不落であるナザリックの最奥に隠す可能性が高い……少なくとも俺ならば絶対にそうする。

 そこから『モモンガ』さんを奪還するか、復活するかさせる。

 そして『モモンガ』さんと共闘すれば、ナザリック奪還もなるはずだ。

 

 では……その為にどうするべきか?

 

 真っ先に思い付くのは魔皇ヤルダバオトを中心とするプレイヤー集団の存在だ。連中をどうにかして「殿」が率いる集団と激突させたい。

 

 その為には……連中にとって美味しい餌が必要だ。

 

 しかし連中が望むとしているモノはナザリックが所持している。

 それはおそらくギルド武器だろう、と考えていたが違うかもしれない。

 「アインズ・ウール・ゴウン」のギルド武器を失ったところで「殿」の率いる集団が困るだろうか?

 困ると言えば困るが、それだけだ。決定的な痛手ではない。

 もっと別の何か……それを知る必要がある。

 

 あるいは帝国の支配権……かもしれない。

 王都の旧『八本指』利権……であれば『モモンガ』さん奪還の協力を得られるのならば譲ってやっても良い。

 単なる破壊っていうのは、俺の知る限りの魔皇ヤルダバオトの性格を考えてもありえない……と思う。

 意表を突いて弱体化した『モモンガ』さんそのものか、遺体……あるかもしれないが、ないかもしれない。その場合、魔皇ヤルダバオトが『モモンガ』さんと繋がっていることになるが……ユグドラシル最末期の『モモンガ』さんは孤独だったはず……俺達とはかなり接点があったものの、それ以外は寡聞にして知らない。つまりこちらの世界での知り合い……ならば可能性がないこともない。

 

 そして連中はティーヌを生かして捕縛している。

 

 ジルクニフルートに加え、俺との接点は充分だろう。

 

 改めて皇帝執務室の中の面々を眺めた。

 この中で一番強いのは間違いなくブレインだ……しかし一対一ならばともかく、軍としての亜人相手に勝てるわけがない。

 つまり連中との交渉材料としての戦力しては貧弱だ。

 

 ……やはり実験が必要か……

 

 力技で強引に『モモンガ』さんを奪還するにしても、魔皇ヤルダバオトと共闘交渉するにしても、だ。

 

 ソファから立ち上がると一斉に視線が集まった。

 ジルクニフの姿はまだ見えないが、こちらにも時間の余裕があるわけではない。

 

「さて……皇帝陛下に伝えてくれ。とりあえず連中の要求は果たした。その事実をもって交渉時に事態の遅滞を図って欲しい。それと……もう晩夏だから、例年通り仕掛けるべきだとも……」

 

 秘書官の1人が必死に頷く。

 

「それと俺はしばらく留守にする……そうだな、行きの道程がどの程度掛かるかによるが、秋口にまでには戻る……そう伝えてくれ」

 

 『転移門』のエフェクトが現れる。

 

 俺達は帝城を後にした。

 

 

 

 

 

 

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 ゴブリン部族連合の再北上か始まった……と一報が入ったのは昨夜。

 ちょうどエ・ランテルでの最後の夜を最高級とされる宿「黄金の輝き亭」で楽しんでいた時だった。

 夜間とはいえ比較的早晩であった為、冒険者組合は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。何よりもエ・ランテルの英雄である『漆黒』のモモンがバハルス帝国の帝都へと向かい不在だった為、皆一様に慌てたのである。

 だから、というわけではないだろうが直ちに依頼が舞い込んだ。

 その事実は癪だったが、エ・ランテルでの評価は圧倒的な『漆黒』贔屓であり、王都のアダマンタイト級である『青の薔薇』や『朱の雫』なんぞは彼等と比較すれば三下扱いであると、この遠征期間中で痛感していた。

 とはいえ……対モンスターであれば冒険者の領分であり、現時点でエ・ランテルに滞在している最高位の冒険者チームである『青の薔薇』が契約期限の超過を理由に断るわけにはいかなかった。面白い、面白くないの問題でなく、それは最高位冒険者としての最低限の責務と言っても過言ではない。

 

 だからそれぞれが愚痴を言いつつも『青の薔薇』の面々は先を急いでいた。

 先行偵察として派遣されたのはミスリル級チームの『クラルグラ』であり、主力として『青の薔薇』と白金級2チームが続いている。後続のミスリル級チームである『虹』がバックアップ担当という陣容だった。

 

 誰も口に出さないが誰もが過剰戦力と感じていた。

 しかしエ・ランテル冒険者組合の言い分として、本来の貸し出し契約期間を終了した『青の薔薇』に想定外の怪我でもされては王都の組合に顔負けができないと説明していたが……まあ、本音では『漆黒』ほどに信用できない、と言う辺りが正解だろうと予想された。

 そしてそれは厳然たる事実でもあった。悔しいことに『漆黒』の実力は本物であり、今回の遠征期間中で『青の薔薇』との力量差も痛感させられたのである。

 

 本来は『漆黒』の休養期間が組合の想定外に長期間に渡った為、彼等の復帰まで代打として相当な割増報酬を約束されてのエ・ランテル遠征だった。

 『青の薔薇』が代打を快諾した裏事情として王都の治安が急激に改善された為にアダマンタイト級の依頼が激減したこともある。王都はどちらか1チームのみで余裕を持って回せるところまで高難度の依頼が減ったのだ……いや、本当のところは王都の組合に所属する冒険者を食わせられるだけの依頼が集まらなくなっていた。依頼を奪い合う状況が続いている。当然アダマンタイト級が下位の依頼を奪うわけにはいかない……

 治安は極めて良い。

 景気は急速に回復しつつある。

 本来は王国民として喜ぶべきことなのだろうが……経済的に背に腹は変えられぬし、何故そのような状況が生み出されたか知るだけに、メンバーそれぞれが釈然としないものを感じていた。そこに渡りに船とばかりにエ・ランテルからの協力要請が届いたのである。

 異論を唱える者などなく、直ぐに快諾した……否、せざる得なかった。

 加えて、3番目のアダマンタイト級である『漆黒』の姿でも拝んでやろうという野次馬根性もあったのだが……

 

 エ・ランテルに『青の薔薇』が到着し、組合と正式契約を交わした直後、それを見計ったかのように『漆黒』が電撃的に活動再開したのだ。

 当然『青の薔薇』としてはエ・ランテルくんだりまで来て何もせずに中途解約など許容できないし、噂の『漆黒」と張り合ってやろうという気概にも満ち溢れた。で、自然と『青の薔薇』は高難度依頼で『漆黒』は名指しの依頼という棲み分けになった。

 

 『漆黒』は唖然とするようなスピードで超高難度の名指しの依頼を消化し続けた。僅か2日間で山積みになっていた名指しの依頼を完璧に消化し、3日目以降には本来であれば『青の薔薇』が請負うつもりだった高難度依頼にも手を出したかと思えば、凄まじい速さで処理していた。

 文字通りあっと言う間に報酬ベースで『漆黒』は『青の薔薇』を10倍以上の差をつけて圧倒したのだ……件数ベースは悲しくなるので途中から比較するのをやめてしまったぐらいだ。

 『漆黒』復帰から5日を待たず、危くアダマンタイト級としての立場を失いかけた『青の薔薇』だったが、『漆黒』は唐突に再度エ・ランテルから姿を消したのである。今回は休養でなく、帝国の帝都アーウィンタールへと遠征するという。本末転倒だが『青の薔薇』の滞在期間中は戻らないとの説明もあった……それもあって『青の薔薇』は辛うじて面目を保てるような成果を残せたのである。組合の補填する割増分の報酬で経済的にもかなり潤った。

 

 が……『青の薔薇』ブランドの失墜は明白だった。

 

 『漆黒』が不在でなければ、本来は彼等2人が単独で受けただろう案件。

 それを同格の『青の薔薇』はミスリル級2チームと白金級2チームのバックアップを受けていた……やはり釈然としない。

 

 今回の遠征で最後の依頼……是が非でも達成させるつもりだった。

 

 いまだ索敵に先行する『クラルグラ』からの報告はない。

 ひたすら南下を続ける彼女達を強烈な晩夏の日差しが容赦無く照りつける。

 そんな中でも左手に見えるカッツェ平野の深い霧は晴れていなかった。

 

「……にしても、凄え連中だったな」

 

 と、ガガーランが呟いた。

 誰も足を止めない。

 止めないどころかティアとティナはかなり先行している。『クラルグラ』からの定時連絡が遅れ気味なのをフォローしているのだ。

 ガガーランの隣には小柄な仮面姿……イビルアイがいた。

 やや遅れてフル装備のラキュースが続く。

 

「……認めざる得ないだろうな。ほとんど接点は無かったが、『漆黒』は本物だ。連中とは違う」

 

 イビルアイの言う「連中」とは王都で散々煮湯を飲まされ続けた紛い物の銅級冒険者チームだ。

 エ・ランテルの組合で探ったところ、いまだ銅級のままらしい。

 それどころか本当に1日だけしか活動していないらしい。

 組合にたむろする冒険者達の噂話では「目を合わせるのも恐ろしかった」という感想が多かった。「あんなのはたいしたことねえ」と言い切ったのは先行する『クラルグラ』のリーダーぐらいのもので、他の有象無象の冒険者達は漏れなくネガティブな感想を、誰かの目を避けるかのように語った。

 

「本物かぁ……? まあ、たしかに紳士って感じだったぜ、モモンは……相方の『美姫』ナーベってえのは一際強烈な奴だったがな。『漆黒』の取り巻き共も罵倒されるのを期待しているみたいで、なかなかカオスな光景だったぜ」

「あー、アレは……まあ、アレだな……見た目は本物ってヤツだ」

 

 普段は辛辣なイビルアイが珍しく口籠った。

 

「なんだよ、何か含むことでもあるのかよ?」

「……アレは……いや、何でもない」

 

 仮面なのにそっぽを向く。

 

「随分と思わせぶりじゃねーか?」

「そっ、そっ、そっ……そんなことはにゃい」

 

 ガガーランがニヤニヤと笑う。

 空気が弛緩した。

 が、瞬時に引き締まった。

 ティアが姿を現したのだ。

 白金級チームに声を掛けていたラキュースもティアの姿を確認して瞬時に追い付く。

 

「ここから南に約10キロの街道から外れた地点で既に交戦中」

 

 ティアの報告内容は予測通りであり、驚くようなものではない。

 先行する『クラルグラ』とてミスリル級なのだ。殲滅ならば手に余るかもしれないが、どんなに数が多かろうがゴブリンやオーガ程度が相手であれば後続が到着するまでの遅滞戦闘であれば難なくこなすはずだ。

 しかし平坦なティアの声音に仲間ならば即座に判る緊張感が含まれていた。

 

「なにか、異変があったの?」

 

 緊迫感に包まれた一同を代表してリーダーであるラキュースが発言した。

 

「戦闘は順調……と言うより、もう殲滅完了しているかもしれない」

「はぁ?」

「何があった!」

 

 ここまで来て、遠征最後の活躍の場が消失する……あまりと言えばあまりに急激な事態の進展にガガーランとイビルアイが堪らず口を挟む。

 

「……で、妙な事態になりつつある」

 

 ティアの言葉に全員が息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、『青の薔薇』の皆さん……お久しぶり、なのかな?」

 

 ティナの隣でひらひらと手を振る男の姿……忘れたくても絶対に忘れられない……しかし反応は様々だった。

 イビルアイは歯噛みし、拳を握り締めた。

 ガガーランはとりあえず、といった感じで笑い返した。

 ティアは淡々と頷いた。

 そしてラキュースは大袈裟に頭を下げた……王国貴族のご令嬢なのに、どこぞの馬の骨に平身低頭とは珍しい光景だ。

 

 ゼブルの背後にはブレイン・アングラウスにジットという見慣れた姿。ガガーランが嫌悪しているティーヌの姿は無く、代わりに切れ長の目が涼しげな剣士が立っていた。彼については初見だが、ゼブルの仲間なのは確実だろう。なにしろ装備品の質が飛び抜けていた。

 

 彼等の背後に茫然自失の体で『クラルグラ』の面々が天を仰いでいる。

 

 さらにその向こうは死屍累々……赤黒く血に塗れた荒野に元ゴブリンと元オーガを中心とした無数の肉片と、おそらくジットの統制下にあっただろうアンデッド軍団の成れの果てが転がっていた。

 

「じゃあ、ここから引き継ぎますから……俺達はいなかった、ということでお願いします。別に手柄を横取りするつもりはないんでね」

 

 行くぞ、とゼブルが号令を発する。

 まるで殺戮以外に興味がないかのごとく、4人は南に歩き始めた。

 

「待て、待て、待ってくれ!」

 

 イビルアイが叫ぶ。

 

「……どーなってんだ、こりゃ?」

「説明が必要」

「……なので、もう少し時間をもらえないかしら?」

 

 3人が続く間に、ティナが彼等の進路に立ち塞がった。まるで決死の覚悟を決めたかのような表情で、両手を広げている。彼女は目の前の連中が繰り広げた殺戮劇を至近距離で観察していたのだ……あの『3人組』を絶対に認めなかった『クラルグラ』のリーダーが呆けてしまうような惨劇を。

 

 ゼブルが振り返り、薄く笑った。

 背景の屍の山と隔絶しているようで、妙にしっくりとハマっている。

 

「状況の説明ならば彼女……えーっと、ティナさんの方からで充分でしょ?」

「そうではない! 何故、お前達がこんなところにいる!」

 

 イビルアイはいろいろとすっ飛ばして直球を投げた。

 初見の男については不明だが、あのティーヌの代わりなのだ……かなりのレベルに達しているのは間違いないだろう。

 となると実力的には王都の時と大差ないはずだ。

 だからゴブリン部族連合程度が相手であれば、連中ならば片手間で殲滅してしまうのも納得できる……それについては、もはやどうでもいい。

 問題は帝都にいるとされていたゼブル一党が、何故こんな王国の辺境にいるのかである。もう少し進めば法国であり、東に向かえば竜王国の位置だ。

 

「……答えなきゃ、いけませんかね?」

「いけないということはない……だが真実を答えて欲しい」

「答えて欲しい。そうでないと、ウチの鬼ボスが困る」

「鬼ボスが困ると、私達も困る」

「私達が困るのは、困る」

 

 ティアとティナの前後からの挟撃にもゼブルは揺れない。

 薄く笑ったまま、ラキュースを見る。

 ラキュースは少し困ったように笑い返した。

 ガガーランとイビルアイの視線が仮面越しに絡み合う。

 

 ……やはり……何かがおかしい……色恋とかじゃ、説明がつかねぇ……

 

 鋭い眼光でガガーランが伝える。

 イビルアイも瞬時に理解した。

 

「……ああっ、もう煩い、黙れ!」

 

 イビルアイが進み出て、ゼブルの前に立った。

 そして仮面が見上げる……まるで睨むように。

 

「……お前達には貸しがあるはずだ」

「貸し……ですか? 借りでなく?」

「ああ、貸しだ……お前達のお陰で王都で依頼が激減した。だから私達がこんな所にいる……その私達が説明を求めているんだ」

 

 ゼブルの表情は揺れなかった。

 やはり薄く笑っていたが……やがて口元が緩んだ。

 

「……まあ、別に隠すようなことじゃないし……いいでしょう」

 

 ゼブルは語った。

 旅の途中であり、たまたま劣勢に立つ冒険者の戦闘を見かけて、加勢しただけであり、他意は無い。言葉通り勝手に加勢しただけなので、事後はそちらで処理して欲しい。

 時間に余裕のある旅ではないので、先を急ぐ、と。

 

 聞くまでもない、状況をなぞっただけの虚な言葉の羅列が続く。

 

 ゼブルの言葉に嘘は無いが『青の薔薇』として聞きたいのはそんなことではない。しかし、これ以上の一切語る気は無いのだろう……王都で散々経験したのと同様、のらりくらりとはぐらかされるのがオチだ。

 

「……解った……もう行っていいぞ」

 

 イビルアイの言葉にゼブルは笑い返した。

 そしてあっさりと踵を返し、ただの一度も振り返らず、3人の仲間と共に街道を歩み去って行った。

 イビルアイとガガーランとラキュースは無言で見送り続けた。

 

 気が付けば、双子の姉妹の姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

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 薄暮に包まれたエ・ランテルの街の雑踏の波の向こうに、徐々に闇夜を迎える為の明かりが灯始めていた。

 高級な酒場にはそれなりの人々が社交の為に集い始める。

 そして安酒場にはその日暮らしの冒険者達が1日の癒しを求めて吹き溜まりつつあった。

 

 その日、エ・ランテルでは「ちょっとした」と言うには大き過ぎる騒ぎが生じていた。

 騒ぎの中心は冒険者組合の組合長室。

 その騒めきは次第に伝播し、現在では街の安酒場がその中心となっていた。

 それぞれのテーブルで様々な憶測が語られている。

 憶測の中身は大きく分けて3つ。

 一つ目は昨日でエ・ランテルへの応援の契約期間を終えたアダマンタイト級チームである『青の薔薇』が行方不明になったということ。これについては一緒に派遣されていたミスリル級チーム『虹』の報告もあり、組合長としては責任まで問われかねない大問題なのだろうが、末端の冒険者達には全く関係なかった。故に各人が膨らませた想像を酒の肴に面白おかしく語られてるにとどまっていた。エ・ランテルでの評価は『漆黒』よりも落ちるとはいえ、王国にとどまらず周辺諸国内で勇名を轟かすアダマンタイト級なのである……彼女達の身の安全を心配する者などは皆無と言っていい。

 

 二つ目は「あの『3人組』が目撃された」という少し薄寒いものを冒険者各位に感じさせるものである。こちらは逆に他の二つがある為に組合長などは完全に優先順位を後回しにしていた。しかし末端の冒険者で彼等の姿を目撃した者達や、その所業を知る者達は皆一様に首を竦めた。

 彼等の中には『3人組』を危険視した『青の薔薇』が追うに至ったと噂する者もチラホラいた。当たらずも遠からず……彼等は『3人組』と『青の薔薇』に既に因縁がある事を知らなかった。危険視などという漠然とした感情ではなく、もっと複雑なものが絡み合っているのだが……当事者と関係者以外に知る者は無かった。

 

 そして三つ目……先月の昇級試験で念願の白金級に昇級した『豪剣』にとってはそれこそが喫緊の大問題だった……ミスリル級冒険者チームである『クラルグラ』の引退の申し出……つまりイグヴァルジの引退である。

 そしてエ・ランテルの冒険者達の最大の話題でもあった。現在の実力的な中心は『漆黒』であっても、良くも悪くも彼こそがエ・ランテルの冒険者達の心情的な中心だった。

 

 安酒場の最奥のテーブルに陣取るスキンヘッドの巨体が大きく天を仰いだ。片手には空いたジョッキが握られている。白金級に昇級し、直近はイグヴァルジの推薦もあって『青の薔薇』のゴブリン部族連合討伐の補助でそれなりに高額報酬を得た彼等であったが、なかなか身に付いた慣習は抜けず、安酒場に集まっていた。

 

「……しっかしよぉ……イグヴァルジの旦那も何なんだよ、突然!」

 

 戦士ディンゴはそう大声で喚きながら、酒のおかわりを注文した。

 

「3人組……のせいでしょう? 2人しか見なかったけど……」

 

 信仰系魔法詠唱者であり、打撃武器の手練れであるが、全くそうは見えない小柄な女性……シトリが自分の両肩を抱いた。彼女は当初から『3人組』に関わるのを嫌悪していた。同時に『漆黒』も嫌悪している彼女は今回の仕事も同行するのが『青の薔薇』だからこそ依頼を受けることに賛成したのだが……まさか「単なる偶然の通りすがり」などという理由で『3人組』と関わってしまうなどと思いもしなかった。連中は最底辺の銅級のくせにアダマンタイト級の『青の薔薇』を見下すような様子だった。過去に因縁があるらしいことは様子から直ぐに理解できたが、どうにも不愉快な連中だ。

 

「でもよう、シトリ……突然引退ってなぁ……」

「あんたも見たでしょ……あの惨状……無数のアンデッドの残骸と大量の肉片と血液に覆われた一面の荒野……思い出すと吐き気がするし、しばらく眠れそうにないわ。アレ、連中がたった4人でやらかしたのよ」

 

 涼しげに『青の薔薇』の面々に笑い返す『3人組』のリーダーの顔が忘れられない。たしかに恐ろしく整っていたが、まるで魂の無い仮面のような印象だった。ぺらぺらと流れるように紡ぐ言葉も虚……見た目から言葉の一片に至るまでの全てが禍々しく、気持ち悪かった。

 

 ……はたして自分と同じ人間なのか……?

 

 シトリはかなり深刻に考えていた……だからイグヴァルジの気持ちも想像できた。あんなのが自分の身近……同業の冒険者として堂々と同じ生活圏に紛れ込んでいるのかと思うと、どうにも耐えられそうにない。殺戮の現場を見ていないシトリですら、そう思うのだ……それをまざまざと見せつけられたイグヴァルジの心中も察しがつく。現に『クラルグラ』のメンバー全員が同時に引退を申し出でいるのだ。帰りの道中、『虹』の面々に保護される中で、呆然と空を眺め続け、話し合ってもいない『クラルグラ』の全員がエ・ランテルに到着と同時に引退を決断する理由について思い当たるのは『3人組』しかない。

 

 彼等について一瞬たりとも考えたくないのに……あの気持ち悪く、怖気立つ程に美しい笑顔が脳裏から消えてくれないのだ。

 

 シトリは目の前のグラスを眺めたまま、自身の両肩を抱える指先に強く力を込めた。

 

「大丈夫か、お前?」

 

 心配そうに覗き込むディンゴをシトリは睨み返した。

 

「鈍感なのが羨ましいわ」

「へっ、ありがとよ」

 

 ディンゴは二杯目も一気に飲み干した。

 

「……だがよぉ、連中に問答を吹っかけた『青の薔薇』の仮面……イビルアイさんは何も感じてないどころか、えらく敵意丸出しだったじゃねーの。俺はあの反応こそが普通だと思うぜ。たしかに『3人組』は邪悪だと、鈍感な俺ですら思う。でも……」

「あんたには解らないんだよ……一言で言えば怖いんだ」

「怖い?」

「……あんたには、アレが同じ人間に見えてるんだろ?」

「アレ……?」

「黒コートのアレだよ」

「……えっ?」

 

 ディンゴは意表を突かれた。てっきりオカッパ頭の眉なし魔法詠唱者の事だと思っていた。2人の剣士は強いと確信できるが「怖い」と言うのとは少しだけ違う。以前見かけた銀髪の女戦士とオカッパ頭はたしかに怖い。夜の裏路地で出会ったら、間違いなく視線は逸らすし、道も譲る。カドランやシトリと出会う前……粋がっていた10代の頃でも無理だ。ケンカ自慢の街の不良と本物の裏社会の住人……いや、それ以上の大きな差があった。

 しかし黒コートのリーダーらしき男は強烈なインパクトを放つ連中の中では一際普通に見えた。たしかに装備する黒コートは魔法の武具に大した知識を持たないディンゴでも「凄まじい」の一言に尽きるが逆に言えばそれだけだ。一見した感じ「爽やか」にすら感じる……まあ、比較対象が悪過ぎとも言えないこともないが、それでもシトリの言うような「怖さ」は感じない。

 

「あんたは幸せだよ……『3人組』の黒コートも『漆黒』のモモンも、私にとっちゃ、ただただ怖いんだ。あんな連中が同業だなんて……『クラルグラ』の皆さんもそう感じたんだよ。普段はなんとか抑えていたモノがあの虐殺を直に見せつけられて……もう抑えられなくなっちまったんだ……と私は思う」

 

 常々シトリは『3人組』も『漆黒』も「悪だ」と密かに主張していた。

 たしかにシトリの直感は鋭い。

 彼女の直感の囁きに従って依頼の最中に危機を回避した経験も多い。

 しかし、それでもディンゴは毛嫌いの類だと思っていた。

 それに『3人組』で言えば銀髪女と眉無しオカッパを極悪と言われれば納得もする。『漆黒』で言えば『美姫』ナーベの方が悪と言われれば……まあ、たしかに口が悪い。

 だが実際にシトリが恐れるのは見目麗しい黒コートであり、言行は実直な紳士であるモモンだった。

 意外としか言いようがない。

 ディンゴは改めてどう見ても10代前半にしか見えない小柄な姿を見た。

 肩を抑える彼女の指先は白くなっていた……相当力を込めているのだろう。

 そして、その状態でも彼女の細い肩は小刻みに震えていた。

 

「……なんか、すまん」

「別にあんたが悪いわけじゃない……私だって言っていることを信じて欲しいわけじゃない。ただ私は実際に連中の所業の痕跡を見てしまった。そしてイグヴァルジさん達は所業そのものを見てしまった……結果として数々の死線を潜り抜けてきた、甘さなんてとうの昔に捨て去っていたはずの『クラルグラ』の皆さんは引退を決断した。因果関係なんて知る由もないけど、直感の裏付けとしては充分……少なくとも私にとってはね……」

 

 シトリはようやく細い左肩を解放し、全面に水滴が浮いた琥珀色のグラスを握った。

 かなり強い酒だ。

 そのまま一気に飲み干す。

 少し日焼けした頬が一気に朱に染まる。

 一息ついたのか、右肩も解放された。

 少しだけ纏う空気が弛緩する。

 

「俺はバカだからよ……お前やカドランの言うことがよく解らねえ時がある」

 

 自嘲するディンゴに、シトリの乾いた笑いが応えた。

 

「私はともかく、みんながみんなカドランみたいだったら、世の中はもっと息が詰まるだろうね……年がら年中、探り合い……今だって表向きは満面の笑みを浮かべながら、必死にイグヴァルジさんや『クラルグラ』の皆さんの引退阻止しようと組合長と一緒に立ち回っているつもりなんだと思うよ。私は大の大人の決断に他人が口を挟むべきじゃないと思うけど、同時にカドランみたいな奴だって必要だと思う……あいつがあんなだから、私達は割りの悪い仕事で苦労しないで、それなりに食べていけるわけだしね……それに必死なのを周囲に気取らせるようなマヌケでもない」

「そうは言ってもよぉ……なんか俺だけ頭悪いだろ?」

「あんたも必要なの……それで良いじゃない?」

「やっぱ、お前……頭も良いけど、普通に良いヤツだよな」

 

 ディンゴはさらにジョッキを空け、同時に天も仰いだ。

 そして真顔で向き直る。

 シトリはあまりの豹変に咳き込む……同時に脳裏に鮮明に焼き付いていたあの笑顔がフワッとしたものへと変化した……が、この時は気付かなかった。

 

「……なあ、俺達でやらないか?」

 

 何を……いや、シトリはそこまで察しが悪いわけではない。

 カドランはあれで義理人情を大切する……というよりも人脈を非常に重要視する。だから……この無謀な提案に乗るかもしれない。

 

「……あんたねえ……自分が何を言っているか、解っているの?」

「解ってるさ……だから相談しているんだ」

 

 相談……とは言うもののディンゴは既に決断しているのだろう。このまま放置すれば、暴走する可能性まである。

 資金は……残念ながら『青の薔薇』に同行したことで大幅に余裕があった。

 時間は……冒険者稼業に時間が無いなんて事態はほとんど無い。

 戦力は……お話にならないレベルで隔絶しているだろうが、今回に関しては格差を埋める当てがある……『青の薔薇』だ。特にイビルアイは黒コートに対抗心を燃やしていると言うか、敵意すら感じさせるほどだった。そして『青の薔薇』の向かった先に連中はいる……はず。

 おそらくディンゴもそれを当てにしているのだろう。自覚があるのか無自覚なのかは別にして……そうでなければあの『3人組』に対抗しようなんて発想に至るわけがない。連中の姿を見掛けた瞬間から避けていたシトリに限らず、それほどエ・ランテルの冒険者にとって『3人組』のインパクトは強烈だったのだ。

 

 正直なところ『3人組』に関わるなんて、一も二もなく遠慮したい。

 それを理由に見捨てるのは簡単だ……しかし長年チームを組んできた情もあるし、今回に関しては心強い味方もいる。

 散々世話になった先輩を危機から救う……理由も充分だ。

 

「……カドランが賛成すれば、だよ……あくまでも」

 

 ディンゴは破顔し、さらにジョッキを空けた。

 

 シトリは微笑んだ。

 気付けば脳裏の笑顔が気にならなくなっていた。

 それが良いことなのか、悪いことなのか……少なくとも今日の安眠は確保できたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

************************

 

 

 

 

 

 

「なあ、あいつらは何をやらかすつもりなんだ?」

 

 愛用の戦鎚『鉄砕き』を肩に掛け、朽ちた砦の城壁の上に立つガガーランは隣に立つリーダーのラキュースに、それとはなしに問い掛けた。

 

「……さあ、予測もできないわね……でも、ここはもう竜王国内でしょう。わざわざやって来たってことは……まず最初にやることは一つだと思うわ」

 

 廃墟と荒野……高台に立つ砦の上からでも陰気な風景しか視界に入らない。

 戦乱と言うよりは大規模な狩猟の爪痕と言った方が良いのかもしれない。

 もちろん狩る側の立場なら、の話だが……

 竜王国の首都まで半日もないこの砦が放棄されているのだ。ビーストマンの侵攻がいかに深刻な状況か、否が応でも理解させられる。

 

 昼夜休まず移動するゼブル一党を追跡し始めてから2日が経過していた。

 現在、イビルアイとティアとティナはゼブル一党を包囲監視している。

 ラキュースとガガーランも休むわけにはいかず、延々と進み続けた結果、この朽ちた砦に辿り着いたのだ。この城壁の直下では初めてゼブル達がキャンプを張っていた。どこから取り出したのか豪華な食事と酒でささやかな宴を開催しているようだった。状況を考慮すれば暢気とも思えるが、彼等の戦力が尋常でないことは嫌と言うほど思い知らされていた。だから苦々しく思うと同時に少しだけ羨ましくも感じる。この竜王国という死地も連中にとってはピクニックに赴く景勝地も同然なのだ……その戦力的な余裕が羨ましい。

 

 それにしても竜王国の惨状は筆舌に尽くし難かった。

 この朽ち果てた砦。

 見渡す限りの荒れ果てた農地。

 滅ぼされた都市……は既に3つと聞く。

 戦死でなく、餓死でもなく、捕食される国民。

 遺骸もなく、ビーストマン共の腹の中だ。

 だから途中通過した廃村でも、新しい墓は見なかった。

 この国土に渡る全ての惨状が、竜王国の窮状と言っても過言ではない。

 

「連中……竜王国の国庫の枯渇を知って、遥々戦費の貸付にやってきたわけじゃねえよな?」

 

 皮肉の一つも言ってやろうと思い、何気なく口を吐いた言葉だが、それぐらいの事はゼブルや新『八本指』の連中ならばやりかねない、と思うに至り、ガガーランは薄寒いモノを感じた。

 

「……さすがに、そんなことはない………とまでは言えないわね」

 

 ラキュースも苦笑いで応える。

 やりかねない……でも、それは悪なのか、と問われれば悪とまでは言い切れない。相手の窮状につけ込むような手口は気に入らないが、生きるか死ぬかの狭間にいる者にとっては救済ではないのか?

 

「……でも、そうだとしたら、やっぱり竜王国を救う為?」

 

 義侠心があるのか、ないのか……『八本指』の時もやり方はエグいが、結果として王都の治安は劇的に改善したのだ。その煽りで『青の薔薇』はエ・ランテルに遠征する羽目に陥ったが、王国貴族としては文句は言えない。それどころか感謝すべきだった。

 

「だが連中が儲ける為でもあるんじゃねえか?」

「それはそうね……でも竜王国では歓迎されるんじゃない?」

「騙されている……いや、喜んで騙されるか……国家レベルで宵越しの金が無えんじゃ、悪魔の誘いにでも乗るな」

「……そこまで信用できないかしら?」

 

 イビルアイほどではないが、ガガーランもゼブルに良い印象はない。あくまでも気に入らないのはティーヌだが、他者を出し抜くようなゼブルのやり口で煮湯を飲まされたのは忘れられない。

 一方、ラキュースは妙にゼブルに甘い……ように感じて、どうにも不安になってしまう。

 それを直接確認してしまうと決定的な何かが壊れてしまうかも……そんな思いからガガーランは変化球を繰り出した。

 

「魔皇ヤルダバオト、知ってるか?」

「魔皇……ああっ、あの王都で噂なっていた……あまりに暇過ぎて、イビルアイだけじゃなくて、ティアとティナまで調べていたとか……でも、正体どころか、噂の出所まで不明だった、って聞いたけど……」

「気になる話……まあ、与太話の類なのは間違いねえけどよ……魔皇ヤルダバオトの噂が王都を駆け巡っていた頃、地方領主のどうしようもないドラ息子達の集団や雑多な貴族達に混ざって、ある大貴族が新『八本指』の実質的な首領であるヒルマ・シュグネウスに接触しようとした……ある大貴族って誰だと思う?」

 

 いつになく真剣なガガーランの眼差し。

 ラキュースは唾を飲み込み、この質問の真意を考えたがどうしても解らなかった。なので、字面通りに答を考える。

 一口に大貴族というが、この場合は「六大貴族の内の誰か」という意味で間違いないだろう。単純に爵位だけの問題ならば『八本指』はほとんどの貴族に浸透していると考えて間違いない。だから、この場面であえて「接触を図る」ような大貴族は六大貴族で間違いないだろう。

 まずウロヴァーナ辺境伯の可能性は伯の人柄も考えても無いと断言できる。

 次にボウロロープ侯も第一王子を擁し、この微妙な時期に元々犯罪結社にすぎない『八本指』にあえて接触するとは思えない。そうでなくとも武断的な侯の性格では「密かに接触は図る」ことは考え難い。

 さらにペスペア侯も王の長女の夫でもあり、今のところ次期国王の候補でもある。故に無駄な醜聞は避けるはずだ。

 残るは……実力者ではあるが「蝙蝠」と揶揄されるレエブン侯に、財力は王国随一だが信用できないブルムラシュー侯、そして格落ち感が否めず、なりふり構わない強烈な上昇志向の持ち主であるリットン伯……正直なところ、誰もに可能性を感じる。

 しかしあえて選別するならばブルムラシュー侯の線は薄いような気がする。侯の財力や性格を考えれば『八本指』の方から接触を図ったのならば最有力と思えるが、財力に胡座をかいて積極的な行動を起こさない侯の方から接触を試みるようなことはしないように思える。

 残るは候補は2人……性格だけ考えた場合はリットン伯の方が怪しい気がするが、なりふり構わないとはいえ、あの強烈なプライドの持ち主は『八本指』などに頭を下げることなど許容できない……と思える。

 最後に残ったのはレエブン侯……第二王子に接近しているにもかかわらず、貴族派閥に所属し、その実力は言うに及ばず……何を考えているか、最も理解し難い存在だった。逆に言えば目的を達する為に「何でも有り」のようにも感じる。つまり『八本指』であろうと使えるものは使う……そういう人物だ。

 

「おそらく……レエブン侯ね……で、あるならばザナック第二王子も密かに関わっている……かしら?」

 

 ラキュースの答えにガガーランは目を剥いた。

 

「よく言い当てたな……ラキュースの貴族人脈か?」

「人脈って言うよりも性格判断ね……いちおう全員、直接御目通りした経験はあるもの。でも、それと魔皇の噂と何の関係が?」

「魔皇ヤルダバオトとはゼブルじゃないか……『八本指』でも比較的上位の連中の何人かが話していたっていう情報がある。イビルアイはゼブルを難度200に迫るって評していた。まあ、ゼブルはどう見ても人間だから、魔皇ヤルダバオトっていう悪魔の親玉とは無関係だと思う……けどよ、単なる人間ごときが、あのティーヌやイビルアイですら問題にしない戦闘能力を持つ事実は確かに異常だぜ。ゼブルの身内でもそう思う奴等がいるってことだ。それと魔皇ヤルダバオトの噂が重なった……だから噂に尾鰭が付いた……そしてその尾鰭に六大貴族の蝙蝠が食いついた。蝙蝠の背後には王族の中の王族である第二王子がいるわけだ。見た目はアレだが、第二王子はかなりの切れ者なんだろ?」

「そうね……第一王子であられるバルブロ殿下のような偉丈夫ではないけど、ラナーの話によればザナック殿下の方が天下国家を考えていらっしゃる印象ではあるわね」

「その切れ者王子とゼブルが結託していたら……その結果としてゼブル一党が竜王国に現れたとしたら……そもそも連中は本当に帝都に行ったのか? かなりキナ臭え話じゃねえか?」

 

 ラキュースは考え込み、しばらく間を置いて、顔を上げた。

 

「……考え過ぎかもしれないけど、良からぬ企てが進行中……って可能性は捨てきれないわね」

「だろ?……もちろんそうじゃねえかもしれねえ……だが、もし俺達の想像が的外れじゃなかったら……」

「……その時は妨害……いいえ、阻止しなきゃ……」

 

 ラキュースのその言葉を聞いて、ガガーランは内心胸……もとい大胸筋を撫で下ろした。

 自然と笑みが溢れ……なかった。

 大きく目を見張る。

 連れてラキュースが背後を振り向いた。

 

「……なかなか信用されていませんね?」

 

 城壁の上、ラキュース達と並び立つようにひらひらと手を振る黒コート姿が忽然と現れていた。追跡に気付いているとは思っていたが、こうも大胆に会いに来るとは思いもしなかったのだ。しかも会話の内容がどこまで聞かれていたのかも不明……

 

「てめえ!」

 

 激昂し、愛用の戦鎚『鉄砕き』を構えるガガーランを左手で制しながら遮るようにラキュースが立ちはだかった。

 だがゼブルは落ち着いたまま、ニコリと笑うにとどまった。

 ガガーランなど相手にならない。

 それどころかラキュースとガガーランの2人に囲まれても余裕なのだろう。

 もっと言えば『青の薔薇』のフルメンバー相手でも余裕なのかもしれない。

 

「……食事のお誘いに来たのですが……一緒にどうです?」

 

 どうにも含意ばかりが気になり、ゼブルの言葉は信用できなかった。

 しかし彼が手に持つ牛肉の串焼きの説得力は強烈に鼻腔をくすぐる。

 急な追跡行で糧食は量も質も心許なかった……つまりラキュースもガガーランも空腹を堪えていたのだ。この誘惑を断ち切るのは厳しい。

 

「パンも具沢山スープも魚の燻製も腸詰も果実も酒も山程有りますよ……大量に持参してますから、ご遠慮なさらず、どうぞ」

 

 ゼブルが串焼きを頬張る。

 ガガーランの戦意も食欲が凌駕した……生唾を飲み込む。

 ラキュースの腹が可愛い悲鳴を上げる。

 しかし2人とも言葉が出なかった。

 

 これは悪魔の誘惑……誘いには裏が……また……

 

 ラキュースがそう念じた瞬間……

 

「……単なる食事の誘いなのですが……断られるのは寂しいものですね」

 

 まるで心中を読み取ったかのようにゼブルが俯いた。

 

「まっ! 待って!」

「待てやっ!」

 

 誘惑に陥落したのは2人同時だった。

 




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