朝を待ち、早速冒険者登録しようと冒険者組合まで出向いた。
他に金を稼ぐ良いプランが思い付かなかったのだ。冒険者で元手を稼いで、バハルス帝国の帝都にあると聞いた闘技場に出場……そこでは各種対戦が賭博として成立しているという。だから計画としては我々の初登場時の大穴オッズに全額ブチ込む……他のプレイヤーさえ絡まなければこれで完璧ですわ!
なーのーで……大前提として武器さえ手元にあれば元手0から稼げる冒険者にならなければ話にならない。さらに良い事に聞いた話では自己申告で身分を捏造できるらしい。俺達にとっては渡りに船のような夢のザルシステムだ。
なんせ連続快楽殺人犯兼国家反逆者と騒乱予備犯罪者と魔神の組合せだ。とりあえず新しい身分を作り上げ、自由にバハルス帝国に移動出来るようにならなければ闘技場出場でウハウハの夢は果てしなく遠い。
よってアンダーカバーが必要だった。
俺の場合は正体……いや本来の姿を明かせないだけなので『人化』で人間種の姿を維持するだけで良かった。見破られる心配をすればキリがない。完璧な偽装など出来るわけが無いのだ。それこそプレイヤーならば簡単に見破れるだろう。こちらの人間種も戦闘能力では劣っていても思考能力が劣っているわけではない。全身『神器級』で身を固めた人間など見るものが見れば疑惑の塊以外の何物でもない。周囲を行き交う冒険者達を見てもゴミ屑装備で身を固めた者しか確認できなかった。
問題は残りの2人……クレマンティーヌとカジットだ。
まずクレマンティーヌはティーヌ、カジットはジットと名乗らせた。そしてティーヌには髪を白銀に染めさせ、ジットには俺がユグドラシル時代に温め続けた秘蔵の逸品……『神器級』のヅラを被せた。装着者の魔力と集中力をを高め、単なる精神疲労まで含めた精神攻撃を完全に無効化し、睡眠も不要になる優れ物だ。その名も「ヅラではない、カツラだ」と言う……但し黒髪のオカッパだけど。加えて装備も俺の手持ちを貸し与え、2人共全身『神器級』で身を固めている。武装だけでなくアクセサリー類からヅラに至るまでだ。
マジでどうしようも無かったのですよ……俺の『無限の背負い袋』には『伝説級』以下の装備は無い。ストレージ内を確認しても一切無い。もっと言えば金が一銭も無い。辛うじて待っているのはユグドラシル金貨のみ。「足がつくから絶対に使わない方が良い」との元法国特殊部隊員の助言に従った結果、ティーヌとジットから供出させた銀貨30枚が俺たちの全財産だ。通称『ギルドクラッシャー』のポリシーに従って、ユグドラシル時代に全ての『伝説級』以下は売り払ってしまっていたのだ……今更後悔してもどうしようもない。
かなり目立つがティーヌにハンティングトロフィーの冒険者プレートを無数に貼り付けたビキニアーマーを纏って冒険者登録させるわけにはいかないし、ジットのローブに至ってはなんとも言えない腐肉の臭いが染み付いていたので人前に出せるような代物ではなかったのだ。
結果として冒険者組合の入り口に凄まじく怪しい3人組が立っていた。
黒いコートは冒険者の装備としてはかなり異質だが旅人のような存在であれば許容範囲内だろう。問題は燦然と光輝く純白の軽鎧姿と、有り得ないぐらい派手で後光の幻視すら見えかねないような法服だった。まるで神の御使と何処ぞの慈愛に満ちた教皇のように見える。中身は快楽殺人犯と死霊術師だけど。
……流石に目立つな。
心ココに在らず……ティーヌは天の果てまで舞い上がり、ジットは地獄の淵で諦観しているような有様だった。
組合に足を踏み入れた途端、周囲の冒険者達が騒めいた。
「……最近、どんなことになってやがるんだ?」
「この前の2人組も凄かったけどなぁ……」
「あー、あの黒いフルプレートに大剣2本持ちの奴な……知ってるか?」
「知ってる、知ってる……なんでも親父さんの宿で大暴れしたらしいぜ。ブリタがポーションの瓶を壊されて、その場でポンっと代わりの貰ったってよ」
「マジか……そんなに金持ってんのに、なんで冒険者?」
「さあな……本当に剣の英才教育受けた貴族か金持ちの放蕩息子とか?」
「相方の物凄い美女も……恋人ってよりは従者みたいな雰囲気だったしな」
「……ルクルットの軽薄野郎が絡んでたな」
「ゴミムシ扱いだったけどな……俺もナーベ様に蔑まれたいぜ」
「早速、バレアレの坊ちゃんから名指しの依頼を受けたらしいぜ」
「たしか『漆黒の剣』の連中がおこぼれに預かってたな……いや連中の方が格上なんだけど、よ」
「仕方ねーさ、どう見てもフルプレート野郎の方が格上に見える」
「俺らもすぐ抜かれるな……」
「……コイツらもかな……」
「またイグヴァルジさんが荒れるな……やだなぁ……俺らさ、ほんとによく絡まれるんだよ……割とマジで」
「いやいや、お前らだけじゃねーよ……ここにいる全員さ。ホントにあの人はなぁ……良い人は良い人なんだけどよ……なーんか小ちゃいんだよな」
「分かるわー、マジ分かる!」
「お前ら……イグヴァルジさんの前じゃ禁句だぜ」
「フルプレート野郎もそうだが……アイツらも、な」
「で、アイツらは……やっぱり?」
「あーあー、依頼主じゃねーや……登録の方に行きやがった」
……なるほど……超大物ルーキーがいたわけか……にしても大剣二本持ちは尋常な膂力じゃないな。プレイヤーの可能性も考慮して、それなりに警戒した方が良いか……てか、イグヴァルジって奴がちょー気になるぞ!
入口から受付まで大して距離があるわけでもないので、考える時間もなく到達した。
唖然とする受付嬢の前に立つ。
ニコリと微笑むと彼女は赤面したが、頭を振って瞬時に元に戻った。正しくプロの技だ。
「冒険者組合にようこそ……本日の御用件はどのようなものでしょうか?」
「我々3人共に冒険者登録をしたいのだが……」
言葉については問題無く通じていた。これについてはユグドラシルの位階魔法が何故か使えるので疑問にすら思っていなかった。問題は文字の読み書きだが、ジットに代筆を頼み、俺達は闇の住人から3人組冒険者パーティーへとクラスチェンジした。3人共に証明である『銅』のプレートを首から下げている。ティーヌはどんな気持ちなんだろう……ちょっと聞いてみたい。
当のティーヌは俺達が受けられる依頼で報酬が最高額のものを探していた。
「コレか、コレですよー、ゼブルさん」
2枚の依頼書を見せられたが、さっぱり理解出来ない。
「コッチはモンスターの討伐依頼ですね……エ・ランテル周辺なんでそれほど難度は高くないかなー……でも数で稼げます。てゆーか、依頼主から指定されたモンスターの討伐以外、わざわざで依頼を受けなくても討伐証明の部位だけ持ち帰れば報酬は貰えますよ。だから私のオススメはコッチです。複数の女の誘拐が疑われている傭兵団つーか、大規模盗賊団本拠地か在るんじゃないかって言われている近辺の街道警備。他のチームと連携しなきゃならないのが難ですけど……」
ティーヌは声を絞った。盗聴しない限り、俺以外には聞き取れない程度に。
「……でも遭遇戦って何時でも何処でも有り得ますよね?」
「……なるほど」
ティーヌの言いたいことは理解した。他のチームに失敗させて、遭遇戦を引き起こす……後は流れに任せて殲滅する。警備依頼は失敗になるが、討伐の報酬を俺達で丸取りしようって算段か……失敗させるのは俺の眷属スキルがあれば簡単だ。
「ちょっと!」
そう女の声で呼び掛けられ、ゆっくりと振り向く……そこに人間がいるのは把握していたが、まさか声を掛けてくるとは思わなかった。それほど今の俺達に声を掛けるのは度胸がいる……と思う。
見れば、赤毛のボサボサ頭の女が苛立ちを隠さずに俺を睨みつけていた。褐色の健康そうな顔面に化粧っ気はゼロ。腰に手を当て、筋肉質な腕を見せつけつつ、頭一つ分背の高い俺を見上げている。
「ねえ、あんた達……その依頼受けるの? 最後の一枠なんだよ……考えているだけなら、依頼書を渡してくれない?」
「……それは残念だったな……俺達が…………いや譲ろう」
ティーヌに依頼書を赤毛女に渡すように促す。
「……よろしいのですか?」
不承不承ティーヌは依頼書を赤毛女に差し出した。
赤毛女は余程慌てていたのか、ティーヌから依頼書を毟り取ると、礼もなく足早に受付へと向かった。
「……ゼブルさん、あの女、殺っちゃっていいかなー」
「まあ、待て、ティーヌさん……良く考えたら失敗させる依頼をわざわざ俺達が受ける必要も無いだろ……世の中、遭遇戦ってモノがあるならば、たまたま現場を通ることだってあるだろ……赤毛女には既に眷属が張り付いている。支配こそしてないけど、監視は完璧だ。それに殺すのも支配するのも、そして依頼を失敗させるのも自由自在だ」
純白の戦士ティーヌの顔が狂気に歪んだ。
絢爛な法服に身を包んだジットは無表情のまま深く頷く。
「さて、俺達はフリーのモンスター討伐に出かけようか……たまたま何かに出会すことを期待して」
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ゴブリンにオーガ……元々周辺国一帯のモンスターの間引きも任務の一部としていただけの事はあり、ティーヌの助言は的確だった。バーゲストも含めれば既に討伐数は3桁を軽く突破している。この近辺では討伐最高難度を誇るギガントバジリスクこそ住処が遠いので討伐できなかったが、まあまあ満足すべき成果だろう……エ・ランテルに戻ったら『飲食不要』の指輪を外して、ちょっとした打ち上げでもやろうか……本命は街道警備部隊の監視なので、戦闘に参加していない俺の気は緩みっ放しだった。
俺は巣穴に眷属を飛ばし、一体を支配してモンスター共を煽動する。後は2人の体調管理をしてやるだけ……バフは不要だ。
ティーヌとジットが煽られて飛び出して来たモンスター共を迎撃し、装備の感覚を馴染ませつつ、同時にレベリングを施す。掃討するモンスター共は雑魚ばかりなので、有り得ないぐらいのミスを犯さなければ『神器級』の防御を抜かれる心配は無い。2人共『疲労無効』の指輪装備のお陰でジットの魔力量だけ回復させてやれば延々と継戦可能だった。
只管戦いと討伐証明部位回収を繰り返す2人を横目に、のんびりと欠伸をする。
「……警備隊は……大した動き無し、か……いや、動いているかな」
対象の本拠が近いと感じたのだろう……一箇所に固まった冒険者達がジリジリと動いていた。先遣隊か何かの帰還を待っているのか、緊迫感を漂わせながら少しづつ移動こそしているが、それだけだった。
「……ツマンネ……待ってるのも疲れた。このまま出し抜くか……?」
所詮はゲームのユグドラシルと違い、現実の索敵は慎重だった。なにしろ生き死にを賭けて仕事をしているのだ。娯楽とは違う。逆に遭遇してしまえばゲームよりも緊張の密度が高く、通常は有り得ないハプニングが起きやすいことも想像出来る……そのハプニングを故意に起こさせる瞬間をひたすらつけ狙っているのだが、現実はゲーム脳の俺には考えられないほど事態の進展が緩慢なのだ。それは理解している。しかし理解しているからといって我慢出来るわけではない。
俺達のいる狩場から直線距離で2キロ程離れた街道沿いの森……先遣隊にいる赤毛女から別れ、本隊に『完全不可知化』を使いながら張り付いていた眷属が飛び立った。もちろん赤毛女の脳内には第二世代が肉腫と化し寄生している。現状支配はしていないが、いつでも支配可能な状態は維持したままだ。
ティーヌとジットが討伐部位を回収し終えるのを待つ。
待っている間にも眷属が索敵を行う。と言っても子の苗床である赤毛女を探すだけなのだ。一直線に飛ぶ。
500メートル程先で先遣隊の赤毛女を確認……さらに40メートル程先に薄汚れた印象の2人組の男を見つけた。
眷属が男達に近付く。
青髪のボサボサロン毛の体格の良い男と赤鼻の貧相な小男の2人組だった。見た目通り、どうも力関係は青髪の方が上らしい。会話から察するにどうやら青髪は腕利き用心棒的な立ち位置のようだ。それらしく刀を腰に差している。
この世界で初見の刀……一瞬、プレイヤーを疑った……が、すぐに杞憂と知れた……確定ではないが少なくとも高レベルプレイヤーではない。男の刀は冒険者達が持っているような物とは比較にならないが『聖遺物級』にすら達していないだろう。防具は無いに等しい。それに加えて無警戒だ。
それなりにプレイ時間を積んだユグドラシルプレイヤーであれば、自身がPKの標的になる可能性を常に考慮するはずだ……この青髪は常に迎撃の態勢を整えているつもりかもしれないが、プレイヤーであるのならば低レベル過ぎる冒険者達に近付かれ過ぎていた。つまり40メートル先からの魔法爆撃等の遠距離攻撃に対して後手を踏むことが確定している……これは致命的瑕疵だ。
つまりプレイヤーだと仮定するならばほぼ低レベルな上に初心者としか考えられない。しかしユグドラシル末期には低レベル初心者プレイヤーなどワールドアイテムよりもレアな存在だった。わざわざ終了が決定したゲームに自ら進んで参戦する変わり者は非常に少ない。サービス終了決定後ではそれこそプレイヤーのリアルの知人ぐらいしか考えられない。終わりまで短期間あえてお迎えする以上、最低でもLV70超ぐらいまでのパワーレベリングは必須であるし、余剰アイテムも贈与して然るべきだし、キャラビルドのノウハウもある程度は伝えるはずだ。初心者であるか否かは別にして、少なくとも低レベルである期間は非常に短いはずなのだ。
勝手な予測だがユグドラシルのサービス終了の瞬間にログインしていたプレイヤー以外がこの世界にいるとはどうしても思えない。今のところ存在が確定しているプレイヤーも飛ばされた年代がズレているので自己完結の雑な考察しか出来ないが、『六大神』にしても『八欲王』にしても『十三英雄』にしてもこれだけの人数がユグドラシルプレイ中に集団失踪すればニュースになるはずだ。仮に地上波のニュースにならなくてもゲーム内やSNSや掲示板では話題になると思う。そんな話は聞いたことがない……俺が知らないだけかもしれないが……逆にギルド単位で転移した連中でなく、俺のようなソロプレイヤーの失踪ではニュースにも話題にもならないのか……?
思わぬ自爆的な気付きに愕然としてしまった。
なんかちょっと寂しい気持ちを味わいながら、ほぼプレイヤーでないのにユグドラシルのゴミアイテムっぽい刀を持つ青髪に眷属を寄生させた。次いで赤鼻にも蛆虫を潜り込ませる。青髪は頸を触ったが、赤鼻は違和感すら感じていないようだった。
「ティーヌさん、ジットさん……行きますよ」
「始まりましたか?」
「殺っちゃうんですねー?」
討伐証明部位を各々の雑嚢に収め、ティーヌとジットは温度差のある笑顔を見せた。妄執と狂気……2人の病根だ。2人共に他者を殺し続けて、後戻りの効かない場所に到達していた。計画と快楽……生来のものか、2人の壊れた部分は発現する方向性が真逆だった。
「本拠を眷属に探らせました。冒険者達にミスさせる必要すらありません。直接乗り込みましょう……冒険者達には我々が盗賊団を討伐したことを証明させれば良いかな、って」
「……なるほど」
ジットは唐突な計画変更に即同意したが、ティーヌが疑問を挟む。
「たしかに同じ冒険者が証言してくれれば報酬は簡単に丸取り出来ると思いますど……それだと必要以上に名声が上がっちゃうような……名声、私達に必要ですか?」
要は闘技場賭博の大穴狙いって計画が怪しくなるって言いたいのか……?
「おぬしはそう言うが……何事にも元手が必要なのだ。多少掛け率が下がっても元手は多い方が良い。仮に儂、おぬし、ゼブルさんが順々に出場すれば全て2倍の掛け率でも一挙に8倍に増える。ゼブルさんはそこまで考えて計画を変更されたのだ……と儂は理解しておる」
「だったら……強盗でも追い剥ぎでもすれば良いんじゃないかなー?」
「おぬしは……風花に追われておる身で何を」
「アハハ、それはクレマンティーヌの話だねー……私はティーヌだよ。ゼブルさんに頂いた名が全てだよー」
「……儂もジットだ!」
いや、別に張り合わなくても……いいんじゃないかな?
「……だから心機一転、真っ当に稼ぐわけじゃん……ゼブルさんの真意は少なくとも国に追われるような真似をせず、大金を得るわけだよねー?」
「……その通りだ。であればこそ、儂らのような愚物にこのような神器を託されたのであろう……忠実な下僕たろうとする儂らが法を犯して、どうする?」
「……そーそー、最後の最後にカタルシスが無くなっちゃうねー」
「それこそが厄災の真骨頂である、と儂はゼブルさんから教えて頂いたのだ」
「だったら……むしろ名声上げまくった方が良いね」
「ふんっ……ようやく理解に至ったか……おぬしは儂以下の愚物よ」
なんか不穏な会話が続き、2人は勝手に俺の「真意」とやらを理解したようだ。しかもどーゆー訳か納得されちゃっているし……
性格破綻者2人の合意も気になるところだが、現状は冒険者達と無法者達の距離の短縮が問題だった。それほど時間があるわけではない。
「時間が無い。移動するぞ……ゲート!」
蠢く虹色の闇……眼前に『転移門』のエフェクトが生み出された。
初見の魔法にジットの顔が引き攣っていた。第三位階程度が限界とされる世界ならば仕方の無い反応だ。逆にティーヌは妙にテンションが高い、
「はいはい、早く行きましょう!」
眷属の待機する盗賊団本拠の洞窟前に『転移門』を開く。
ティーヌが『神器級』のレイピア『戦闘妖精』を抜き放ちながら勢いよく飛び出した。残念ながらマニアック過ぎるスティレットは俺の手持ち武器の中に無く、同じ刺突系の炎を風の力を宿したレイピアで我慢してもらっている。
ジットはよくよく『転移門』の観察を続けている。死霊術師とはいえ魔法詠唱者としては当然の反応だろう。
「あんれー、なんで反応しないのですか?」
洞窟の前に立つ4人の薄汚い男達はいずれも虚空を見つめていた。
「ああ、そいつら……騒ぐと面倒だから脳を少しだけ眷属に食わせた。放っときゃ、その内死ぬさ………さあ、ティーヌさんとジットさんは侵入、侵入」
俺の言葉にティーヌは息を飲み、ジットは大きく目を剥いた。
アンデッド化するでもなく、即死するわけでもなく、単に死んでいないだけの状態……運が良ければすぐに死んで朽ちる。運が悪ければただ無意味な生が死ぬまで続く。その現実が眼前にあった。戦うことも恨むことも後悔することも死ぬことも出来ない。それについて俺は何も感じない。目の前にいれば「苦しめてやろうか」ぐらいは考えたかもしれない。殺人を好み、厭わない性格破綻者達が……もちろん自分の頭の中身を考えてのことだろうが……何かを感じる状態を、自ら作り上げたものとはいえ俺は平然と受け入れていた。
それもほんの一瞬のこと。
ティーヌは欲求を埋めるべく突入し、ジットは侵入するも警戒を怠らない。
先行する眷属に監視を任せ、俺は悠々と進んだ。
汚ねえ悲鳴がアジトの洞窟内に反響する。
狂乱の笑い。
貶める言葉。
狂騒の応酬。
陰惨な結果を招く魔法の詠唱。
一方的な殺戮が音だけで知らされる。もはや眷属から送られてくる映像も必要無かった。
夥しい量の流血が大地を黒々と染めていた。
しかし屍は無く……アンデッドの気配が流れ伝わる。そして次々に増えていることも認識できる。ジットは『不死者創造』を使い、片っ端からアンデッド化させているようだ。もはや数的優位すらコチラに傾いているらしい。
眷属からの情報によれば、どうやらコイツらは『死を撒く剣団』と言う傭兵団らしい。傭兵団とは名ばかりで実質的に無法者集団だ。街道を通る馬車を襲い、次の戦争まで食い繋いでいるのが実情だ。そのついでに数名の女性を誘拐したらしい。欲望を満たす為か、身代金目的か……その両方か。
『死を撒かれる剣団』と化した傭兵団の半数以上は不死兵団となり、元仲間を襲い、さらに仲間を増やし続けていた。
半ば地獄と化した洞窟を悠々と歩き続ける。
ティーヌもジットも身体的な異常は無い。見た目でなく彼らの脳内の肉腫から送られてくる情報だから間違えるはずはない。だが何かがおかしい。
悲鳴が明確に少なくなった。
断末魔の絶叫も消えた。
剣撃の音が響く。
数的にも優勢になったコチラが押し返されているのか?
眷属を飛ばし、確認する。
そして唐突に事態は膠着していた。
**************************
「ブレイン・アングラウスだ」
膠着を作り上げた元凶が通路で立ち塞がっていた……青髪だ。彼の周囲には元同僚のアンデッドが切り刻まれて転がっている。
「……そっちの名前は?」
大きく裂けたような笑顔が応えた。
「おんやー、聞いたことのある大物のご登場ですか? ホンモノかなー……もしホンモノだったら手を出さないでくれるかなー、ジッちゃん」
「……おぬしという奴は……ゼブルさんが見ておられるのだぞ」
「だからこそだよー、ジッちゃん……私がゼブルさんのお役に立てることを証明するの!」
「……好きにしろ……但し、危なければ加勢するぞ。いちおう儂でも聞いたことのある名だ。流石にナメるわけにはいかぬ」
ジットの妥協に満足したのか、ティーヌは左手をヒラヒラと振った。
「……んで、私の名前だっけ?」
ティーヌは誇らし気に笑い、対するブレインは少し照れを感じさせる素振りを見せた。
「余裕だな?」
「んー、余裕じゃないんじゃないかなー? どっちかって言うとホンモノのブレイン・アングラウスが噂通りの剣士ならば相性悪いって感じ?」
「……噂通りの?」
「そーそー、たしか……迎撃屋さんでしょ?」
「そうか、俺ごときでも噂になっているのか?」
「私が元居た界隈じゃ、それなりに有名かな……リグリット・ベルスー・カウラウとガゼフ・ストロノーフに敗れて一皮剥けたらしい、って」
「安い挑発に乗る程、やわな精神を持ってないぞ」
ブレインが淡々と返した。
ふーん、と相槌を打ち、ティーヌは面白そうに目を細めた。ただでさえ大きな口がさらに広がる。
「私はティーヌ……素晴らしいお方から頂戴した名だよ。そして天才剣士ブレイン・アングラウスに3度目にして最期の敗北を与える者の名……いんやー、なんか名乗りって恥ずかしいー!」
ケラケラ笑いながらティーヌは深く沈んだ。
ブレインが刀の柄に手を掛け、浅く迎撃態勢をとる。
「うんじゃ、いっきまっすよー!」
間延びした声と共に白い残像が美しい軌道を作り上げた。
「ちぇすと!」
ブレインの気合いが走る。
直後、銀光が交差し、火花が散った。
「やっるー……ホンモノのブレインちゃん、確定!」
心底楽しそうなティーヌ。
自身の手を一瞥し、明確に一段階ギアを上げたのか、ブレインの表情が引き締まった。
「次は本気でやろうよー……なんか楽しくなってきちゃった」
「やるな、おまえ……」
明確な差は互いの姿勢だった……お互いに本気の証だ。
ティーヌは地面にほとんど這いつくばるようなクラウチングスタート態勢。右手にレイピアを持ち、左腕を大きく前に突き出していた。まるで肉食獣が獲物を捕らえようと全身を引き絞ったようなイメージだ。
対するブレインは昔の映像で見た居合い抜きのような体勢を見せる。それ自体は別段珍しくも無い構えだ。しかし妙な雰囲気がブレインを中心に広がっていた……魔法詠唱者でいえば結界のような感じか?
全力の合意は成った。
「準備はオッケー?」
「……全力で来い」
直後ティーヌが加速した。低く、速く、頭から突っ込む。そしてさらに空中で加速した。
ブレインの刀が水平に走る。ティーヌの頸部を狙っていた。正確無比な一閃の速度はティーヌの突進の速さを凌駕していた……が、ティーヌはさらにもう一段加速し、レイピア『戦闘妖精』で刀を受け流した……「あっぶなーい……けど、大丈夫!」とティーヌの声が届いた瞬間、刀とレイピアが鍔迫り合いを始めた。
「ふん。甘いな」
柄頭が変則的な動きをした。
ほんの一瞬ティーヌの注意を引く。僅かに視線がズレた瞬間、ティーヌの脇腹にブレインの蹴りが入った。
ティーヌの胴体が僅かにズレたものの、笑顔を保っていた。この戦いが面白くてたまらない……彼女の表情だけを見ただけで誰もが理解してしまう。
むしろ顔を顰めたのは蹴りが決まったブレインの方だ。
「甘いのはどっちかなー?」
「……固いな。とてもそんな代物には見えないが」
ブレインが蹴りつけたティーヌの『神器級』の鎧が低レベル人間種の蹴り技程度でダメージを通すはずもない。物理特化でなければ高レベルプレイヤーの攻撃すら弾きかねないモノだった。なんせ元々の持ち主は高起動紙装甲PKガチ勢である『えんじょい子』さんなのだ……PKで返り討ちにした後、妙に接近してきた彼女が「彼女を倒した俺のスキルを教える」のと引き換えに受け取った物だ。その後、彼女は俺達異形種ソロプレイヤーの有志連合に加わるようになった。全員がソロプレイに拘りを持ち、決してクランやギルドには発展しない集団……言うなれば互いに殺し合いもする遊び仲間になったのだ。
ティーヌはブレインに自慢するように白銀に輝く鎧を見せつけている。独特のテンションの高さもそうだが、中身が人間でなく堕天使ならば本当に『えんじょい子』さんそっくりな奴だと思う……比較にならないぐらい弱いけど。
「おいおい、楽しそうだな」
ボヤきながらもブレインは破格の鎧には拘らず、あっさりと距離を取り、構え直す……ティーヌの突撃に対して徹底して迎撃方針のようだ。そして攻撃の精密性にも自信があるのだろう。
ティーヌは独特のクラウチングスタート体勢から、三段構えの加速を駆使して距離を潰しに掛かり、トドメの一撃を狙う。しかし楽しんでいるのか、一撃が決まらなければブレインの距離に付き合っていた。
そんな激突を2回3回と繰り返し、互いに決め手を欠いたまま10回目の攻防に至った。
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悠々と洞窟内を歩いていた俺が対決の現場に到着し、気付いたジットが黙礼する。この場にいなくても状況は把握していたが、前情報が無くとも均衡が崩れつつあるのは一目瞭然だった。原因を端的に言えば「装備品の差」だ。
本来の力量で言えばティーヌとブレインはほぼ互角かほんの僅かにティーヌが勝る程度の差しかない……ように思える。
本当になんとなくだが、この世界に来てから前衛近接職の力量差をザックリと理解してしまうのだ。ティーヌのレベルが40にも達していないだろう、とか……ブレインとティーヌの差は微々たるものだが、同じ戦士系の赤毛女はクソ雑魚だ、とか。
とにかく決定的なのは力量の問題でなく、装備品の性能差が隔絶し過ぎなのだ。
ティーヌは疲労しない。
ティーヌの集中力は途切れない。
ティーヌは状態異常にならない。
これらは全てブレインに無い。彼が持っているのはポーションに低位の防御魔法が付与されたアクセサリーが数点程度だろう……本来ならばこの時点で負け確定なのだ。少なくとも俺ならば脱兎の如く逃亡するぐらいに、2人の装備品は隔絶していた。
そして決定的なのがティーヌの鎧はブレインの攻撃を通さない点だ。ティーヌの回避技量とブレインの攻撃正確性の相乗効果でこれまでのところ鎧に攻撃は当たっていない為にブレインもティーヌも気付いていないのだ。ブレインが物理特化であっても90レベルを超えない限り、単なる物理攻撃などあの鎧には通用しない。逆にブレインのチェインシャツでは『戦闘妖精』の攻撃を防御出来ない……身軽さと疲労を考えれば着用しない方が良いぐらいだ。
武器も『神器級』のレイピア『戦闘妖精』とゴミアイテムの刀では比較にならない。ティーヌが刺突に拘らず、斬撃を織り交ぜていれば既に対決が終わっていてもおかしくない……おそらくブレインの刀は砕かれるか、断切されるかしたはずなのだ。
このままではジリ貧なのはブレインも理解したようだ。
ティーヌは余裕を感じさせる満面の笑み。
ブレインは肩で息をし始めている。
ティーヌの独壇場と化すまで残り僅か……逃げるならば今しかないだろ。
だがブレインは引き下がらなかった。
ひたすら距離を取り、11、12、13回と攻防を重ねた。そして遂に攻防は22回目を終えた。
余裕綽々のティーヌに対し、ブレインは疲労困ぱいを極めていた。
「はぁー……私、疲れちゃったなー」
誰が見ても嘘だ。偽装ですらない。ティーヌの壊れた部分がブレインを茶化しているだけの言葉だった。見下すような笑いがブレインに向けられていた。
対するブレインに言葉は無い。反応も出来ない。
「化け物……」
「女性に対して化け物は失礼なんじゃないかなー?」
ティーヌは頬を膨らませた……が、演技だ。ティーヌの本質はサディストの快楽殺人者だ。その自覚もあるはずだ。俺の見立てでは陰惨な喜びに絶頂するような真性のド変態だ。そんなひとでなしのゴミ屑と見込んだからこそ、俺は配下に加えたのだ。今の俺に相応しい、と。
とうとうブレインが膝を着いた。刀に寄り掛かり、なんとかティーヌを見上げているが、疲労の極地に立っているのだろう。朦朧としながら何かを呟いている。
「おかしいだろ……今までどんな舐めたモンスターも、自分の方が肉体能力が上だと嘲笑する化け物も、屠ってきた俺が……」
「……何を言ってるのー? 諦めちゃった?」
ティーヌが茶々を入れたが、ブレインは反応しない。もはや彼の前に立つ者はいないのだ。
「……俺は……努力して……」
「アハハ、努力はみんなするねー……私もさ、弱っちかった頃はグルグル回されたり、目の前で友達が死んだり、何日間も拷問受けたりねー……洋梨って知ってるかなー? アレ痛いんだー。でもいろんなモノを乗り越えて……ゼブルさんに拾われて……幸せ、かな?」
唐突に始まったティーヌのアッケラカンとした痛々しい告白も今のブレインには届かなかった。
「俺は馬鹿だ……」
ブレインの独白は続いた。
金になる貴族の誘いを断り、ひたすら力を求めた。モンスターを斬れば名声を得られる冒険者にもならず、人間を斬る実戦に拘り、傭兵団に所属した。名声も金も地位も求めず、ただ只管に努力を続けた。全てはガゼフ・ストロノーフに雪辱する為……人生の全てを剣に捧げた。
しかし現実は残酷だ……自分よりも若い女に技量で並ばれるだけでなく、装備品の差で全力で戦っても敵わなかった。人間のちっぽけな努力よりも資金力で装備を整えた方が勝る事実……本来の技量差は僅かなはずだ。
ティーヌが戸惑いを見せた。不意に振り向き、俺を確認するとすがるような表情を見せる……このまま殺して良いのかとサディストが迷っていた。途中から一方的に嬲っていたとはいえ、この微妙な決着ではなんとなく釈然としないのかもしれない。
俺としてもティーヌに並ぶ戦力は惜しくなっていた。『死を撒く剣団』の不甲斐なさを考えれば、ティーヌレベルの戦力でもこの世界では貴重だ……と確信を得ていた。ならばさっさと支配すれば良い……のかも知れない。
「ブレイン・アングラウス!」
俺の強い呼び掛けに俯いていたブレインが顔を上げた。
「……力が欲しいですか?」
俺は耳元で囁いた。
客観的に見れば悪魔の囁きならぬ、魔神の囁きだ。決して乗ってはいけない誘いだ。弱った心を狙い、大きな代償を伴うものだ。しかもそれが真面な取引とは限らない……だがブレインは深く頷いた。虚だった目に強い意志が戻っていた。つまり取引は成立したのだ。
「そうですか……では」
ブレインの脳内の肉腫が代償を伝える。
そしてブレイン不敵に笑った。
「俺の全てか……そんなチンケなモノで強くなれるならば、俺は喜んでお前の下僕になろう。既に剣の代償として人生の全てを支払っているんだ。支払い先が俺の知らない何かからお前に代わるだけのことだ」
「取引は成立しました。裏切りは死ですよ」
「問題無い……俺が強くなれるならば……」
ブレイン・アングラウスも完全にぶっ壊れていた。真面目な求道者として行き過ぎていた。もはや感性が狂っているレベルだ……剣の為に、宿敵に勝利する為だけにあえて人斬りの道を選択しただけのことはある。
ブレインを回復する……体力はもちろん精神的にも完全に回復させた。
ブレインは跪いた。
俺はストレージから『神器級』の一振りを取り出し、差し出した。
剣の狂人は命と引き換えに受け取った……あっさりと、躊躇なく……笑いながら。
「首領と幹部を数名残して下さい……3〜4人もいれば充分でしょう。残りは任せます」
ブレイン・アングラウスは力強く立ち上がった。これまでの仲間を屠る為に……
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