死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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スケジュールがちょっと押すだけでピンチになります。
泣き言ばかり言っても仕方ないので、もう少し1日の文章量を増やそうと頑張っています。
感想くれた方ありがとうございます。
励みになります。
ご指摘をいただいた方もありがとうございます。
全体の修正まで手が回りませんので、とりあえず先に進めまていますが、いずれ修正したいと考えています。


20話 戦闘を取り巻く様々な気持ち

 

 兵の士気は開戦以来最も高い。

 数的優位も確保した。

 地の利もある。

 城壁を背に、高台を確保しているのは竜王国軍だ。

 弓兵隊の援護もある。

 その上、半包囲も実現させていた。

 だが、それでも足りないのか……?

 

 ビーストマン共の跳ねっ返り……まだ若いビーストマン達による族長達からの命令無視が生み出した、連携も機能もない不満だけでまとまった集団……いわば暴徒の群れが竜王国軍の戦列を粉砕しつつあった。

 

 ビーストマンが人間の10倍の身体能力を誇るとは言え、あまりに脆い。

 

 連中には指揮官もなく、作戦もなく、連携すらない。

 軍勢として明らかに欠陥を抱えた連中に人間の正規軍が簡単に防戦一方に追い込まれ、敗走とは言えないものの、後退に次ぐ後退を繰り返していた。

 

 その様を上空から眺めていた。

 

 正面から対峙する正規軍に対して、冒険者とワーカーの独立部隊が敵の左右後方から突入し、蹂躙するが、今回はいつものようにビーストマンは崩れなかった。

 なにしろ最初から指揮官がいないのだ。

 統括する者が存在しない以上、連中の心が折れるか、熱狂から醒めるまで駆逐し続ける以外の方策がない。軍と民衆ならば直ぐにも決着となろうが、暴れ回っているのは個々の力が兵士より上の亜人……戦局は予断を許さない。

 

 冒険者とワーカー達……特にアダマンタイト級チームはビーストマンなど全く問題にしていないがとにかく数が違う。今回は全部族の跳ねっ返りの集合体が相手だ。各部族毎に統制された戦闘集団よりも機能は劣るが、無秩序とはいえ、数は統制された集団の10倍を超える。多勢に無勢とは言わないまでも、アダマンタイト級チームの継戦能力を凌駕する可能性も捨てられない。

 

 今回は可能なら手出ししない……まあ、完全に敗走するようならば、その前に介入すれば良いだろう。

 

 これは竜王国との契約を今以上に厳しいものにしない為には必要な措置だ。

 厳しくなり過ぎて、最初から投げやりになられても困る。

 忘恩どころか、敵対される可能性も生じる。

 最後の戦いの主役は竜王国軍でなくてはならない。

 だから予備兵力として上空で待機しているのだ。

 

 条件を現状以上厳しくさせたくはない。

 かと言って、緩和も望ましくない。

 程々が望ましいのだ。条件が緩くては領土放棄の方向に転がる可能性が低くなってしまう。

 竜王国民には労働力として大きな利用価値があるし、政府には程よい感じのキツさで領土を放棄してもらわねばならない。既に女王陛下は領土を放棄するつもりだろうが、宰相以下の首脳陣の中には反対する者もいるだろう。どれだけ女王の署名が入った契約書を見せびらかしても、竜王国が反故にするつもりならば意味がない。俺は一個人でしかないのだから、国家が黙殺するつもりならば黙殺可能。既に黙殺不可能レベルのインパクトは与えたつもりだが、将来については予測不能だ……状況が変化すれば掌返しは「ある」と考えなければならない。

 

 そうは言っても現状は竜王国の勝利を確定させる必要があるのだが……

 

 眼下でブレインを先頭に3人が突入を開始した。

 ビーストマンごときが障害になるはずもなく、一方的に蹂躙している。

 だが多勢に無勢はアダマンタイト級チームと同じだった。

 そもそも敵には陣形も戦列もなく、作戦すらないのだ。熱狂が支配し、突撃しては後退するをひたすら繰り返しているだけだ。仲間の死が新たな熱狂を生み出し、攻勢の燃料となっていた。

 連中は気に入らないだけだ。

 餌である人間ごときに屈するのを拒んでいるのだ。

 

 そして『青の薔薇』も突入を開始した。

 ラキュースとガガーランが横並びで道を開き、押し出されたビーストマンを双子の低レベル忍者が始末していく。さすがに手際が良い。彼女達が道を開いた後を冒険者やワーカーの小集団が続き、ビーストマンの分断を図るつもりのようだ。

 前衛を竜王国軍が引き付け、後方集団を冒険者やワーカーや傭兵で包囲殲滅する、という感じかな……その最も危険な分断を担当するのが『青の薔薇』なのだろう。

 

 軍の後退がピタリと止まった。

 竜王国軍の後退は偽装だったようだ。

 ビーストマンの前衛を城壁手前までの誘引したのだ。

 そこで反転し攻勢に転じる。

 最前線が後退していた部隊と入れ替わり、歩兵が長槍で槍衾を形成した。

 ビーストマンの突撃を押し返す。

 城壁からの矢が雨霰とビーストマンの前衛に降り注ぐ。

 後方集団を包囲しようと小集団も徐々に戦列を形成し始めた。

 このまま上手く運べば完勝だ。

 

 対するビーストマン側も主力は撤退した為に増援は望めないが、それだけに背水の陣だった。分断の危機を察知し、前衛後方集団が反転し、先頭の『青の薔薇』に続く比較的弱い集団を襲撃し始めた。作戦は無いが、本能が敵の弱点を明敏に察知しているようだ。それなりの冒険者であれば低レベルのビーストマンなど問題にしないのだろうが、彼等はそれを数で圧殺した。

 

 竜王国側が分断を意図した冒険者の列が激戦区となった。

 お互いが挟撃を意図して、潰し合う。

 

 一度は巻き返した竜王国側が再度ビーストマン側に押し返された。

 戦況は膠着とまでは言わないが、激しさの割に局面が停滞していた。

 

「まだまだか……どう思います?」

 

 俺の横に滞空してるイビルアイに問う。彼女も眼下で繰り広げられる軍勢同士の闘争を眺めていた。戦局を判断し、自ら決定打となるべく待機している。

 

「お前はどう思うのだ……そもそもお前が待機する意味などあるのか?」

「意味……ですか?」

「そうだ。お前は歩くだけでビーストマン共を鏖殺可能なのだろう?……だったら遠慮せずに歩けば良いではないか?」

 

 想定内……だが、ご本人同様なかなか面倒くさい指摘だ。

 

「ビーストマンに限らず、ですけどね」

「では、わざわざ軍など動かさず、お前が単独でやれば良いだろう?」

「俺が完全に排除すると、未来の竜王国が悲惨な状況になるんですけど……」

「だから今は兵の死を厭わずに頑張れ、か?」

「そういうことです……そもそも国防は自前が基本ですよ」

「だから死ね、と兵達に発令する竜王国も見下げたものだが……その状況を利用するお前はもっと気に入らんな」

「ビーストマンを排除して捕食される心配が無くなっても、国民が餓死するような状況に陥ったら、それこそ意味がないと思いませんか?」

 

 イビルアイは言葉を詰まらせた。

 

「経済的な死は別の意味で悲惨ですよ……第三者は惨たらしさを感じないで済むでしょうけど、ほとんどの当事者は希望の無い中で緩慢な死を待つか、命を絶つかの2択を迫られます……生き残るには本当の生地獄ってヤツに耐えなきゃなりません」

「……知ったような口を」

「国家レベルの経済的死なんて大規模なものはさすがに知りませんが、愚民政策の末に計画的に国家から徐々に死ぬしかない地獄に落とされた人々ならばかなりの数を知っています。国策ですから、そりゃー規模もそれなりです」

 

 淡々とリアルを語ると、イビルアイはこちらに仮面を向けた。

 

「現状の竜王国は国民を捨てていない……むしろ必死に救おうと足掻いています。それだけでも俺が知る国に棄民とされた人々よりも相当に幸せだと思いますけどね」

 

 ようやく俺に噛みつくのをやめてくれたのか、イビルアイは話の方向性を変えた。

 

「お前は……本当は何なんだ?……人間ではないのか?」

 

 あー、怒りで思わず口を吐いた言葉を気にしてたのか?……まあ、こちらに都合良く忘れてくれるわけはないと思っていたけど……

 

「何だと思います?」

「……悪魔か?」

「ハッ……悪魔……この俺が?」

 

 惜しいけど、違う。

 

「以前、王都で魔皇ヤルダバオトの噂が広まった……お前に近い『八本指』の幹部ですらお前ではないか、と噂していた……お前ではないのかっ!」

「悪魔の王ですか?……この俺がそんな御大層なものに見えますか?」

 

 仮面がこちらを見詰める……そして首を振った。

 

「……見た目も気配も人間だ……だが人間には過ぎた力を持っている」

「では、見たまま人間ですよ」

 

 笑って見せたが、どうにも納得してくれないようだ。

 イビルアイはさらに食い下がった。

 

「今の話にしてもそうだ……お前は将来を見通す……ここでも、王都でも。そして犠牲を厭わない……私達には理解できない選択を理解できない理由で決定する……それは悪魔的と言うべきじゃないのか?」

「買い被りですよ。俺は徹底的に俺の都合で動きます。他人を思いやる余裕も世界や社会の構造に想いを馳せる余裕もありません。結果として利益を得る者も失う者もいるでしょう。本来ならば失う命を繋いだ者も、不本意な死を迎えた者もいるはずです。でも……ただそれだけです」

「口の割には竜王国の将来などを気にするではないか?」

「竜王国の国民が生き延びた方が、俺にとって都合が良い……そう考えることはできませんかね?……同じく都合が良いなら、彼等の境遇が少しでも良い方が俺にとってより都合が良くなる……ってことですよ」

「……お前の考えが理解できない」

「理解する必要はありません。理解してもらうつもりもありません。あくまで俺の都合です……それとも『青の薔薇』を抜けて、俺に鞍替えしますか?」

 

 いい加減黙らせるつもりで言った言葉にイビルアイは沈黙で応えた。

 

 何故、即座に否定しない……?

 

 加熱する決戦場の上空で、微妙な空気が流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

「カドランか……それに2人も……無事だったか!」

 

 もはや消耗戦の様相を呈してきた大乱戦を抜けた先の廃屋の陰に『豪剣』の3人が佇んでいた。彼等もビーストマンを中を抜けてきたようで、激しく肩を上下させながら、それぞれの水袋を咥え、中身を流し込んでいる。

 

「ガガーランさん……それに皆さんも……この前は勝手に出て行ってすみませんでした。でもお陰様で、2人とも無事で……ゼブルさんの誤解もなんとか解けたので、我々も参戦して、少しでも役に立とうかと……」

 

 カドランの肩をガガーランがバシッと叩く。

 

「心配したぜ……まあ、何にせよ、良かった……良かったなぁ……」

 

 涙ぐむガガーランを見て、ディンゴとシトリも頭を下げる。

 

「本当にお世話になりました……また改めて御礼させて下さい。では戦場で立ち話もなんですので、作戦通り我々は再突入して、抜けた後は敵後方の包囲陣に加わる予定です」

 

 『豪剣』の3人は改めて頭を下げると「では!」と言い残して、その場から乱戦の続く戦場に再突入していった。

 

「頑張れよ! 無理すんな!」

 

 ガガーランは大きく手を振り、『豪剣』を見送った。

 『豪剣』の姿が消えた途端……

 

「……違和感」

「たしかにおかしい」

 

 ティアとティナが淡々と言った。

 ガガーランが真顔で振り返る。

 

「……だよな」

「そうね……さすがにゼブル『さん』はないわね」

 

 ラキュースも水袋に口をつけながら言った。

 

「誤解って言い方もおかしい」

「言い掛かりとか難癖って言うべき」

「……だな。またゼブルにやられた……か?」

 

 『青の薔薇』の脳裏に王都での記憶が蘇っていた。

 警備部門の首魁ゼロや奴隷売買部門のコッコドールだけでなく、汚職官吏のスタッファンに、今や『幻魔』から『英雄』となったサキュロントが次々にゼブルに膝を屈していた光景……ゼブルの持つ何某かの力によって、今度は『豪剣』の3人が配下に加わった可能性が極めて高い。

 

「カドラン達も……か……」

「そう思って行動した方が確実でしょうね……残念だけど、彼等に情報は渡せない。いわゆる『3人組』にこちらの内情が流出する可能性が極めて高い……そう考えざるえないわ」

 

 ガガーランが戦鎚の柄をギリギリと握り締めた。

 

「なんかよぉ……やるせねえなぁ……無事が確認できた途端、今度は俺達が疑わなきゃならねえなんてな」

「なるべく接触は避けるべき」

「不穏な動きがあったら、逆に監視すべき」

「……まあ、そういうの全部込みで王都じゃ見事に出し抜かれたけどな」

 

 ティアとティナがそれ以上の言葉を飲み込んだ。

 

「何を仕掛けてくるか……それがどういう意味を持つか……どうしてその選択に至ったのか……まあ、イビルアイの言う通り全てはゼブルの掌の上ってことか……今回もこのままならゼブルは竜王国を救うことになるわけだ。そして俺達はゼブルの尖兵でしかねえ。報酬としてゼブルは広大な領土を得る。俺達も野郎からオコボレを頂戴するわけさ……なんか虚しくならねえか?」

「でも今回はイビルアイが大きな情報を得たわ……これは今までにない大きな一歩よ。次に彼が何を仕掛けるつもりなのか……さらに情報を補足できれば、先行することも可能……立場は逆転するわ」

「逆転した結果……俺達が悪の親玉ってこともあるぜ」

「本当に悪の親玉なのかしら……私達は悪の親玉と契約して、ここで戦っているの?……違うでしょ。食人のビーストマンから民を救う為よ……『八本指』の一件で一方的にやり込められたから、そう感じているだけ……竜王国に来てから確信を得たけど……たしかに手段は褒められたものではない。理解も許容もできないことが多い。でも目的は共有できるわ」

 

 そうラキュースが言い放ち、ティアとティナも大きく首を縦に振った。

 

「たしかに仕事らしい仕事をしている」

「右に同じ……報酬も満足」

「待て、待て、違うだろ!……ラキュース、そいつは冒険者の考え方じゃねえぞ!……いったいどうしちまったんだ?……多数の為に少数の犠牲は厭わないってんなら……ラキュース、お前は貴族に戻れ!」

 

 堪えきれずにガガーランが叫んだ。

 今度はラキュースが黙り込む。

 

「俺達は冒険者だ。巷で揶揄される通り対モンスター専門の傭兵稼業かもしれねえ……たしかに全てを救えるわけでもねえ……守らなきゃならねえルールもある。選択しなきゃならねえ時もある……だがよ、アダマンタイトの仕事に慣れ過ぎて、忘れてねえか? 俺達は効率良く切り捨てるなんて発想で動かねえだろ……どっちが良いとは言わねえ……だがそれは絶対に冒険者じゃねえぞ」

「……そうね。ごめん、どうかしていたわ……でも……」

「でももクソもねえぞ……もちろん俺が絶対的に正しいわけじゃねえ。大局的には愚かしいこともあんだろ。いつも以上に熱くなってんのは認める。だけどよ、違うモノは絶対に違うんだ……なんで女王はこのタイミングで突如として軍を動かした?……今、女王に一番に近いのは誰だ?……答えは言うまでもねえだろ」

 

 双子が同じタイミングで指を鳴らした。

 

「イビルアイの情報」

「……戦争」

 

 ガガーランは重い雰囲気を変えるべくニヤリと笑った。

 

「この戦いがゼブルの思惑よるものなのか……断定はできねえが、アイツの考えの延長線上に戦争があるのは間違いねえだろ」

「たしかに……」

「ガガーランの言う通り」

「ラキュース、そういうことだ」

 

 ガガーランがラキュースの肩に手を置いた。

 

「そうね……少なくとも無くてもいい戦争を企てるのは絶対悪……それは間違いないわ」

 

 ラキュースの目に力が宿る。

 それ様を見てガガーランは大きく破顔したが、内心はホッと胸を撫で下ろしていた……熱くなっていたのは確かだが、それは不安を打ち消す為……あえて演じていた側面が大きい。やはりどうにもラキュースの様子がおかしい、と感じてしまうのだ。

 

「でも、そう判断するのなら……やはり放置することはできない、ってならないかしら?」

「もちろん放置はしねえさ……ヤロウの企みはぶっ潰す。幸いにして、仕事は全く無えし、金も山程ある」

「監視も必要」

「諜報も必要」

「私達の出番」

「……でも、難しい」

 

 双子忍者が大袈裟に項垂れた。

 

「でも、戦力も資金力も人員もさすがに直接交戦しても勝てる要素は一切無いわね……であれば、やはり情報で先行するしかないわ」

 

 ラキュースが上空を見上げた。

 連れてガガーランもティアもティナも見上げる。

 

 ちょうど急降下するイビルアイの姿が見えた。

 その向こうに豆粒大の影も見える。

 どういうわけか、その姿は影から逃げるよう感じた。

 

 

 

 

 

 

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 強くなりたい。

 切実に願った。

 望む通り、強くなった。

 でも届かない……足下にも及ばない。

 

 適度な睡眠。

 快適な環境。

 素晴らしい食事。

 管理された栄養。

 適度な運動……でなく、激しい訓練。

 装備に頼らず、素の能力を上げる。

 だから受ける傷も多い。

 しかし訓練を終えれば一切の怪我は回復される。

 希望した全てが想定を遥かに上回る最高水準で叶えられる。

 正に「至れり尽くせり」だった。

 

 ただし脱出はできないし、外出も許されない。

 

 だから訓練を続けた。

 低位のアンデッドから始まり、もはやデスナイトは敵ではなくなった。目下の目標は赤い帽子を被ったゴブリン……レッドキャップを倒すこと。現状はほぼ互角かやや劣る程度……もう少しで完全に凌駕できる気がするが……階段を登れば登るほど、その遥か先……デミウルゴスへの道程は果てしないと実感させられる。少なくともあの丸メガネの大悪魔を凌駕しなければ、ここから逃げ出すことは不可能なのだ。

 

 囚われの身に堕ちてから何日経過したのか……?

 

 当初は深刻に考えていたが、彼等の「歓迎する」という言葉に嘘は無いようだった。彼等は外出と装備着用以外の望んだ全てを叶えてくれる。だから迂遠ながらも強くなることを望んだ。もちろん「自分達を凌駕できるわけがない」という侮りもあるのだろうが、彼等は倒しても問題とならない訓練相手をいくつも用意してくれた。

 

 今日も訓練を終え、治療を済ますと巨大な浴場に向かった。

 ここでも至れり尽くせりだ。

 浴槽に身を沈める以外にやることがない。

 栄養状態が改善し、艶やかさの増した肌をメイド達が磨き上げる。

 頭髪のケアもしてくれる。

 それだけでなく銀色に染め上げた髪を、さらに美しい銀色に染めてくれた。

 程よく火照った身体をメイド達が柔らかなタオルで拭き上げる。

 冷風を送り、心地良く冷やしてくれる。

 

「はぁ……堕落だわ……」

 

 世の王侯貴族とはこんな生活をしているのか……だったら殺し尽くした方が世の為だ、などと物騒なことを考えながら、ここに来た当初は豪華すぎてビビった記憶も忘れ、もはや慣れてしまった廊下を歩く。

 すれ違うのは圧倒的にメイドが多いが、何故か覆面をした集団に抱えられた鳥のような外見の執事助手もよく見かける。ルプスレギナとソーちゃんことソリュシャンは格好こそメイドだが、どうにも役割が違うようで初日の食事以外はメイドらしい行動を見た記憶がない。

 

 与えられた部屋に到着すると、ドアまでメイド達が開ける。

 そして音もなくドアが閉じた。

 

「割とマジでヤバいかも……」

 

 日々切実にそう思う……快適すぎてバカになる。

 やりたいことだけに専念できる。

 最適で着実な訓練を受け、完璧な治療を受ける。

 これまで食べたことのない美味に珍味を味わう。

 恐ろしく美味い酒も飲める。

 贅を尽くした部屋に寝台に浴場。

 

「……でも、このままじゃ拙いねー」

 

 目蓋を閉じ、主人の顔を思い出す。

 ココは打倒すべき敵の本拠……脱出すべき場所。

 その為に強くなる……でも強くなるほど、敵が遠のく。

 

 壁際の『戦闘妖精』を手に取ろうと近寄る。

 

「それは許可無しじゃ許されないっすねー、ティーちゃん」

 

 身体が強張る。

 何処かに潜んでいるとは思っていたが、やはり慣れない。

 隠密などという生易しいレベルでなく、完全に断たれた気配を相手にするとどうしても身体がびくりと反応してしまうのだ。

 

「……ルプスレギナ」

「驚いたっすね? またまた好感度急上昇っす」

 

 笑顔魔人が姿を現し、ケラケラと笑った。

 法服のようなメイド姿が無遠慮に顔を覗き込む。

 

 ……コイツにもまだまだ届かないか……

 

 拘束される以前よりも一段上のスデージに登った自負を得たが故に遠さを理解してしまう。2人の間にはまだまだ飛び越えられない大きな溝が横たわっていた。

 

「お食事の時間っす、ティーちゃん」

「あっ、そ」

「なんかつれないっすねー……でも、そんなティーちゃんに朗報っす。デミウルゴス様が訪問なさるっすよ」

「デミウルゴスが?」

 

 外出と装備着用以外のティーヌが望む全てを許可した者の到来をルプスレギナは告げた……また何か頼むチャンスであると言外に告げているのだ。

 

「デミウルゴス様っす……賓客でも礼儀は大事っす」

 

 親しくもないのにティーちゃん呼ばわりのお前に言われたくないと思った途端、ドアが開け放たれ、給仕担当のメイド達によってワゴンが運び込まれた。

 ちょうど腹が悲鳴を上げる。

 食事となれば思考は後回し……もはや条件反射と言っても過言ではない。

 とにかく食欲を満たすべく、ティーヌは席に着いた。

 食前酒から始まり、フルコースが次々に提供され、瞬く間に貪り尽くす。

 計算し尽くされたかのように満腹になった絶妙のタイミングで、食後のコーヒーが提供される。

 

 ……完全に餌付けされたな、こりゃ……

 

 コーヒーを味わいながら、そう自嘲気味に思ってみても、食欲という3大欲求の代表選手にはどうしても逆らえない。過激な運動による空腹のせいでもあるだろうが、それほど疲労を感じない時でも結果は一緒だ。ココで提供される食事の圧倒的誘惑には逆らえるはずもない。何も考えず、頭の中を空っぽにして貪ってしまう。そもそも満腹まで食べるなど以前では戦士として考えられなかったのに、今では満腹まで食べないと気がすまないのだ。

 

 ココの連中に下品と思われても構わない。

 ティーヌは満足感で膨れた腹を摩りながら、コーヒーの残りを一気に飲み干した。

 

「ご満足いただけたかな?」

 

 ……まあ、そんな頃合だろうね。

 

 室内の気配がガラッと変わり、どれだけ穏やか雰囲気であろうとルプスレギナやソリュシャンなどとは比較にならない圧倒的な気配が支配する。既にルプスレギナや給仕のメイド達の姿は消え、丸メガネの奥に巨大な金剛石の輝きを見せるバケモノの中のバケモノが立っていた。

 

「……さすがの美味しさです。日々三食、驚きと満足の連続です」

「おおっ、その言葉は必ず料理長に伝えましょう!……彼も感動するに違いない」

「是非伝えて下さい……可能ならば直接礼を述べる機会を」

「それも考慮しましょう。ですが彼も多忙な身……タイミングはこちらに一任してもらいましょうか」

「是非、お願いします」

 

 2、3の他愛のない会話が続く。

 しかしそれで打ち解けるはずもない。

 お互いにそんな事を望んでいないのも明らかだった。

 単なるタイミングの探り合いであり、言葉の読み合いですらない。

 だから「ところで」とデミウルゴスが言ったところで本題となった。

 

「ひとつ仕事を依頼したいのですが……」

「仕事……ですか?」

「そう、仕事です……依頼する以上、報酬もご用意します」

「……報酬?」

「私が貴女の為に考え得る最高の報酬です」

「最高の……外出許可でしょうか?」

 

 乗せられているのは理解しているが、どうしても「最高の」に反応してしまう。この狂気じみた贅沢を拉致された虜囚に過ぎない自分に与えてくれる連中の考えるティーヌにとっての最高の報酬とは何か?……外出許可とは言ってみたものの、そんな単純なモノであるはずがない、とは思う。

 多少は成長し、強くなった今ならば理解できる。

 連中はティーヌに逃げられるなどと微塵も警戒していない。

 彼等が警戒しているのはゼブルによるティーヌ奪還だ。そうでなければティーヌの要望を受け入れ、強化トレーニングなど施すわけがない。

 

 では、報酬とは何か?……ティーヌには想像もできなかった。

 

「外出許可など報酬に値しないでしょう。この報酬……私の予想では貴女は必ず気に入るはずです。むしろ現段階で提示すれば、貴女は動揺してしまうかもしれない。さらに依頼する仕事の意欲にも影響を与えるかもしれない……それほどのモノであると確信しています」

 

 嘘ではないだろう。

 ティーヌの待遇について、デミウルゴスが嘘を言うとは思えなかった。

 

「では、仕事とは?」

「使いを頼みたいのです」

「使い、ですか?」

「はい……私はゼブル殿と会談を希望します。彼は墳墓勢力への対応に悪戦苦闘しているようなのでね……我々と共闘可能な部分も多いかと考えました」

 

 ……ゼブルに会わせる……そしてココに戻らせる。

 

 なるほど、だから考え得る最高の報酬が必要なのか……しかしナメてもらっては困る。この忠誠が報酬など言うモノで揺らぐはずもない。どんなに監視の目が厳しかろうと、ゼブルに辿り着ければ逃げ切る。ゼブルの庇護下にさえ戻ってしまえば、たとえデミウルゴス自身が追って来ても逃げられるだろう。

 

 即ちチャンスだ……今後二度と無いレベルの絶好の機会だ。

 

 ティーヌは表情を消しながらも、内心ほくそ笑んだ。

 そしてマヌケなバケモノを見る。

 口角が限界まで上がった笑顔がそこにあった。

 思わずビクッとしてしまったが、動揺は最低限に抑え切った……つもりだ。

 

「現在ゼブル殿は竜王国です。墳墓勢力に対抗する為にビーストマン共を使って何事かを企んでいるようですね。貴女は密使として赴き、我々は会談の希望があることを伝えて下さい。日時と場所はそちらにお任せするとも……そして帰還した際には報酬をお渡ししましょう」

「……謹んでお受けします」

 

 ティーヌはデミウルゴスの愚かさに脳内で祝杯を掲げた……後ほどそれを実行に移すことも決めた。

 

「無粋なことは申しません……が、貴女は必ず戻りますよ。これから提示する報酬の詳細を知れば、絶対に戻ります」

 

 断言と共に悪魔の指先が一枚の書面をテーブルに置いた。

 それは目録というよりも説明書だった。

 受け取る気のない報酬……だが散々煽られた結果、ティーヌは手拍子で書面を手に取った。

 書面に目を通し、思わず二度見する。

 そしてデミウルゴスを見た。

 

 悪魔は悪魔的な微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

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 最後まで抵抗の激しかった中央を分断する包囲網が降下したイビルアイの活躍により完成した。空中を自在に移動する彼女は戦列の先頭でなく、二列目以降の目立つビーストマンを狙い撃ちしていった。結果として余力のある後続が先に殲滅され、最前列は余力を残しての後退が難しくなり、徐々に追い込まれていった。

 城壁上の弓箭兵による矢の大安売りによって、ビーストマン前方集団の前半分は甚大な被害を受けていた。さらに抵抗が弱まったところを前方と左右から長槍兵に押し込まれ、前方集団は半壊状態に陥っていた。

 戦局が完全に傾き始めれば、統制も対策もない集団は脆い。

 既に包囲網は完成し、逃げ道も無い。

 恐慌状態の一部のビーストマンが無意味な特攻を始める。

 前方集団の戦力は徐々に圧力を失い、確実に骸の山と化していく。

 

 戦場に死体が目立つようになるとジットの独壇場となった。

 ブレインとエルヤーが道を切り開き、その後をジットが悠々と進む。

 彼が戦場を移動する度に元ビーストマンだった肉塊は偽りの生を受け、アンデッドと化して、それまでの同胞を襲う。ビーストマンが多数健在だった頃はそれもすぐに打ち倒されたが、戦場に骸が目立つようになるとその凶悪さがもろに発揮された。

 死者の群れが次々と立ち上がり、その度に仲間を増やす。

 禍の元凶たる死霊術師は分厚い死者の壁に守られ、誰の手も届かない。

 敵は増える一方……死ねば敵に仲間入り。

 伝播拡散していた恐慌はやがて恐怖に塗り替えられた。死を恐れなかったビーストマン達に死後の尊厳が無いことが伝わり始めたのだ。

 

 ジットの操る死の軍団は戦場をただ闊歩する。

 

 そして前方集団が総崩れになった。彼等は同胞と合流しようと濁流と化して後方へと逃げ延びていく。

 

 結果として煽りを受けたのは分断を担当する『青の薔薇』を中心とした冒険者とワーカーと傭兵の連合部隊だった。彼等は後方集団の最前列と逃走を開始した前方集団に挟撃されたに等しい状況に陥った。撃破しようと前進する後方集団と単に包囲の弱い部分に殺到する前方集団の生き残り……ランクの低い冒険者の小集団が格好の標的となった。

 どれだけ冒険者個人がビーストマン単体より強かろうと物量はそれを簡単に覆す。それまで等級以上に奮戦していた銀級戦士の頭部をビーストマンが握り潰した。直後、死んだ戦士の後方にいた魔法詠唱者が魔法を行使する間も無く、突入してきた2人のビーストマンに弾き飛ばされ、踏み潰された。そのたった2名の死がそれまで前後のビーストマン集団の挟撃に近い猛攻を弾き返していた堤防を決壊させた。

 濁流のように後方へと雪崩れ込むビーストマンの群れ。

 弾け飛び、次々と死んでいく冒険者やワーカー。

 ジットのアンデッド軍団と竜王国の長槍兵に追い立てられ、逃走するビーストマンの群れの勢いは激しさを増していた。

 

「ありゃりゃ、もう少しで完勝だったけど……なかなか上手くいかないね、現実は……ゲームとは違うか」

 

 こうなる前から大乱戦だった激戦区……混乱の拡散は爆発的だった。

 同種同士の戦いではないので同士討ちこそないが、指示が守れず、持ち場を維持できない冒険者やワーカーが続出し、戦線の一部が完全崩壊した。

 

 低空を移動しながらイビルアイが『水晶の短剣』を連発し、なんとか戦線を立て直そうと奮戦した。

 『青の薔薇』もラキュースとガガーランを中心となって空いた穴を塞ごうとビーストマンを蹴散らしているが、やはり数の差は大きい。そもそもこれまで分断を維持できていたことそのものが健闘と言って間違いないだろう。

 

 混乱は収束どころかその兆しすら見せない。

 

 とはいえ、ビーストマン達が状況を立て直せるかと言えば、そうではなかった。と言うよりも元から作戦がないのだから、立て直すもクソもない。

 ただ勢いで戦っていた後方集団にさらなる勢いが加わったのだけは間違いない。

 連中の攻勢は空いた穴に向かう……明快な弱点狙いだ。

 

 そもそも冒険者やワーカーの数は極端に少なかった。本来大集団の包囲という作戦を実行するのも数的にかなり厳しいのだ。限りなく薄い外周部を強い者達が担当するのは当たり前だった。ミスリル以上の力を持つ者のほとんどが外周に回されている。例外は中央突破の中心である『青の薔薇』と外周部の一部を担当しても特性が全く活かせないジットがいる3人だ。

 

 ……だけど、こうなっては少し手を出す必要があるか?

 

 冒険者やワーカーとして紛れ込んでいる3人以外の肉腫持ち配下に命じる。

 即座に外周部にいたいくつかの小集団が突入を始めた。

 口々に「救援に向かえ!」などと叫んではいるが、目的は違う。

 外周に空白地帯を作るのが目的だ。

 

 慌てて他の冒険者なりワーカーなりが穴を塞ごうと動くが、人員的に間に合うはずもなく、包囲網はビーストマン達に難無く突破された。ビーストマンの暴徒集団の向かう先は押し出されるように決まった。

 

 包囲から脱出し、立て直しを図るビーストマン達。

 しかし外周を固めていたのは高位の冒険者とワーカー達だった。

 即座に攻撃を開始する。

 攻撃魔法が炸裂し、飛び道具が乱れ飛んだ。

 もはや戦闘継続など考えず、一気に殲滅に動き始めた。

 それでも数が圧倒的に足りない。

 ビーストマン達の3分の1近くは包囲から逃れ、逃走を開始した。

 

 逃走は困るな……戦場の移動以上の結果は望ましくないし、面倒くさい。

 

「トリプレット・マキシマイズマジック・ファイアーボール!」

 

 第三位階で最大火力……とは言え、あまりに脆弱なので上空から連発する。

 三重最強化した『火球』の雨が射程ギリギリの100メートル上空から降り注いだ。もっと高位の魔法を使えば楽なのだろうが、こちらに転移してから初めての絨毯爆撃はそれなりに壮観であり、妙な高揚感と満足感を得た。

 

 うーん、やっぱ、気持ちいいね。

 

 消し炭と化したビーストマンは近くで見ると不快なのだろうが、上空からでは単に悲惨な景色だ。

 

 背後で竜王国軍の勝どきが聞こえる。

 

 配下でない冒険者とワーカー達が唖然とした顔で空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

「ありゃ、終わっちゃったか……ゼブルさんてば、相変わらずイケズ」

 

 竜王国の首都近郊の岩場に転移させられたティーヌは、首都に潜入した後は劇的な再会を演出しようと脳内で想像を巡らせていた。しかし城壁の上から城門前の大規模会戦を眺めているうちに当初の狙いは変化し、膠着する戦局を覆すことでサプライズしようと虎視眈々と機会を狙っていたのだが……

 

「……いまさら介入しても単なる残敵掃討だしねー……そういうのはジッちゃんの得意分野だし……まっ、私はいっか……」

 

 一刻でも早く、自身の無事を対面で伝えたい。

 しかし折角の機会なので、多少は感動してもらいたい。

 以前よりも成長した自分も見てもらいたい。

 少しは役立てるようになったことを知ってもらいたい。

 悪魔から請負った仕事もあるが、それは正直二の次だ。

 

「さて……どうしようか?」

 

 戦場から軍も冒険者もワーカーも傭兵も大半が撤収を始めていた。

 残りは残敵掃討に向かう。単身でも一対一ならばビーストマンと互角以上に戦える猛者達だ。

 

 彼等を眺めながらティーヌは考え込んだ。

 

 この後のゼブルさんの予定か……いくら竜王国が困窮していても戦勝の祝賀会ぐらいは開催するはず……どう見ても立役者のゼブルさんが招かれないわけがないし……そこならば確実だよね。

 

 外套を深く被り直し、ティーヌは城壁から降り、早くも馬鹿騒ぎを始めている首都の街並みを歩き始めた。

 

 すれ違う誰もが既に酔っている。

 そこかしこで酒樽を開け、通りを歩く者に酒を振る舞う。

 やたらと「乾杯」の声が煩い。

 乗り遅れた者としては、少し煩わしく、少し羨ましい。

 しかしそれ以上に気に障るのが、彼等の語る言葉……否、語らない事実だ。

 まず女王を讃える……それはさすがに納得もする。

 そして軍……これも仕方ないだろう。

 さらに『青の薔薇』が続く……どうやらあの連中も竜王国にいて、この戦いに参戦していることが判明した……ゼブルの他に低空で『飛行』を使って、孤軍奮闘していたのはイビルアイなのだろう。

 加えて『クリスタル・ティア』に『豪炎紅蓮』と竜王国の有名どころが続くのも理解できる。

  しかし……

 

「……ったく、ゼブルさんのお陰で勝ったのに……」

 

 どう見ても決め手はゼブルだった……最初から最後までゼブル単独で戦っても勝利したのは誰の目にも明らかなのに……誰も語らない。

 もちろんゼブルがそんな事を気にしないのは十二分に承知している。

 そう仕向けている可能性まである。

 しかし一の配下を自認する身としては非常に面白くない。

 

 腹立ち紛れに、通り掛かりの屋台で焼いたパンに何かの焼き肉を挟んで香辛料と甘辛いソースをぶっかけたものを購入し、かじりついてみたが……不味いとは言わないまでもあまりの味気なさに失望した。どうやら高々20日間程度続いただけの極上の美食生活のお陰で法国育ちの質素な味覚が相当に肥えてしまったらしい、と気付かされた。身に染み付いた清貧と急激に目覚めてしまった美食のギャップに脳が戸惑っているのだ。

 

 なんだかねー……凄いモヤっとする。

 

 振る舞い酒でパンを胃袋に流し込むも、その酒の味にすら不満を感じる。さすがに「贅沢は悪」を叩き込まれて生きてきたので食料を捨てるまでの決心はつかなかったが、どうにも落ち着かない、妙な気持ちに支配されてしまう。

 

「いよいよヤバいわ、こりゃ……」

 

 などと独言ながら、戦勝で盛り上がる雑踏の中を足早に進んだ。

 どうにも居心地が悪い。

 一般国民に解放された王城の前まで来て、しばらく佇んでいると戦場祝賀会の情報は難無く手に入った。情報がばら撒かれていたのだから、当然と言えば当然の結果だった。さすがに本宮殿の会場にまで招待される者はかなりの高位の者か、目覚ましい戦功のあった者に限られるらしいが、今晩は本宮殿以外の王城の敷地は全解放され、訪れた全国民に祝酒を振る舞う予定らしい。

 当然、相当な混雑が予想される。

 

「ホント、どうしようか?」

 

 時刻は正午前……まだまだ祝賀会までは時間がある。

 ゼブルが戻ってくるのはジットの不死者の軍団を始末した後だろう。そうでなくとも他の冒険者とのやり取りなどもあるだろう。特に青薔薇は絶妙な煩わしさで絡んでくるに違いなのだ。

 当然ジットも付き合うに違いない。

 ブレインもエルヤーも残敵掃討の最中にいると確信できる。あの2人にとっては訓練に参加しているようなものだ。

 ふと今の自分の力を見せたらブレインが悔しがるのではないかと思い付き、戦場に顔を出そうかと考えたが、高台からではなく同じ高さの視界しかない戦場からでは探すのも至難の技だと気付き、諦めた。

 

「タイミング逃しちゃったのが痛いよね……暇すぎ」

 

 食べ物も酒も味が微妙……時間を潰す術が見つからない。

 ちょっと前ならば、暇潰しに弱い者虐めでもしていたかも……だが、今の自身の力が少し高位のモンスターや亜人程度の相手でも通用しない事実を嫌と言うほど味わい尽くしていた。だから強者への挑戦の意欲は以前にも増して燃え盛っているが、弱者を痛ぶる欲求は自分でも驚くほど萎えている。

 まあ、そうは言っても……その時になれば喜悦に塗れて実行するのも重々承知しているが……少なくとも今はそんな気分ではない。

 

 結果、悶々と往来に立ち尽くす趣味もないので、見知った顔が誰もいないだろうゼブルの宿を目指した。

 

 噂を集めるまでもなく、通り掛かりの冒険者風の者がゼブルの投宿先を知っていた。その案内に従い、一定のリズムで淡々と街路を進む。

 

「例によって安宿だよねー……ホント、ゼブルさんの趣味は理解するのが難しいわ」

 

 汚くはないが極めて簡素。

 ただ雨風が当たらず、寝台が有れば文句無し。

 飯屋が併設されていれば尚更上等。

 そんな宿屋兼食堂が目の前にあった。

 いかにもゼブルが定宿にしそうな感じだ。

 満足して頷く。

 扉の向こうから大声や嬌声が響いている。

 ティーヌは躊躇なくスイングドアを押した。

 

「ちわー、ここ、ゼブルさんの宿でいいのかな?」

 

 反応がない。

 と言うよりも、声がかき消された。

 食堂は大盛況……満席どころが立飲みが幾人もあった。

 振る舞い酒恐るべし。

 酒が一杯無料なだけで後は無料なわけではないのに、この戦時下の竜王国の首都にどれだけの人間が集まっているのか……想像もできない。

 

 テーブルの間を縫って店内を進む。

 カウンターの前に立ち、奥に立つオヤジが訝し気な顔を向ける。

 

「おっさん、ここはゼブルさんの宿?」

「……まあ、そうだな」

「部屋で待っても?」

「あんた、誰だよ?」

「ティーヌ……ゼブルさんの配下だよ」

 

 オヤジは考え込んだ……少しだけ近寄り、ギリギリに抑えた声で言った。

 

「俺の知る限り、この竜王国に入り込んでいる旦那の配下にあんたみたいのはいねえな」

 

 ……ゼブルさんの配下……で、入り込んでいるって言ったか?……んでもって私を知らない……となると帝都でなく、王都から来た末端の連中か……?

 

「おっさんらは『八本指』だよねー?……しかも下っ端だ……この私を知らないんだからねー」

「あんっ?……俺達は旧暗殺部門だぜ」

「だからー、下っ端だ、ってんの……いまやゼロの手下じゃん」

 

 ティーヌが煽ってもオヤジは激昂しない。

 代わりに店内の雰囲気が激変する。

 

「……脅しだけでやめておいた方が良いと思うよー……お前らごときが何人集まっても、このティーヌ様には指一本触れられるわけがねぇーんだよ、って、ちょっと前なら喜んで迎え撃ったけどねぇ……正直、弱い者虐めする気分じゃないんだよねー」

 

 オヤジの目配せでティーヌの前のカウンターの席が空いた。

 ティーヌも躊躇なく腰掛ける。

 

「あんた……帝都の者か?」

「いんや、ゼブルさんの最初の配下だよ。ジッちゃんよりも古株」

 

 ティーヌの前に酒が置かれた。

 それを手に取り、一口啜る。

 そして一言「不味っ!」と呟き、顔を顰める。

 

「……んで、私にここで待ってこと?」

「まー、そうだな……申し訳ねえが、俺の裁量じゃ許されてねえ」

 

 肉腫の制約であれば仕方ない……そう納得した。

 

 そのままオヤジに現在の状況を確認する……もちろん口にすることを許されている範囲内で、と念押しもした。そのことで少なくともお互いに肉腫に関して知っていることが暗黙の内に確認できた為か、オヤジの口もかなり滑らかになった。

 さすがにゼブルの本当の目的までは判明しないものの、事前にデミウルゴスからレクチャーされたものよりもかなり詳細な状況が把握できた。

 

 「表の」表向きは竜王国への資金ゆうしと戦力の援助。

 「表の」裏側は竜王国への浸透と支配権の確立。

 そして「裏の」表向きを一言で言えば竜王国の南半分を獲得する計画だ。

 だが「裏の」裏側は誰も知らない。

 大量の資金と物資を供出したヒマル・シュグネウスすら知らない。

 

 あのお色気ババアも知らない……つまり拉致され、情報が遮断されていた自分と大差ない……そう思うと痛快だった。

 

 物資や食料の枯渇しかけた竜王国に不自然に溢れる食料や嗜好品の類はゼブルが『転移門』を使って王都から『八本指』の配下に持ち込ませたらしい。ついでに首都の不動産も買い漁り、複数の拠点も構築した。さらに『八本指』による浸透工作も相当な速度で進行している。王城内にも警備や商取引の名目で入り込み、既に複数の高官に内通済みのようだ。この辺りの手筈は全てヒマルの指示によるものらしい。

 ティーヌとしては気に入らないが、さすがの手腕だと認めざる得ない。

 はるかに強力な戦力を有し、元特殊部隊所属時の様々な知識をもってしてもティーヌには不可能だろう。莫大な資金を背景にしているとは言え、この短期間で、かつ本人不在で指示するだけにも関わらず、こうも見事に事を進めるとは完全に想像の外側だった。

 

 この辺があのババアと私の差なんだよねー……やっぱ、単に強いだけじゃ話にならない……悔しいけど、どうしてもアレは必要なんだよね。

 

 丸メガネの悪魔に踊らされている自覚はある。

 しかし提示された報酬の魅力には逆らい難い。

 仕事そのものはゼブルに不利をもたらすものではない。

 

 問題は報酬を受け取りにデミウルゴスの拠点に戻った後、再びゼブルの下に戻れるのか、だ。口約束を信用してもよいものか……デミウルゴスがゼブルと同盟するのであれば問題ないのかもしれないが、同盟の担保として再度拘禁されるのは遠慮したい。デミウルゴスに敵対するつもりはないのだろうが、本来は敵なのだ。完全に信用できるものではない。

 でも……

 

 ティーヌの心を虜にする報酬……ゼブルも絶対に喜ぶ……はず。

 

 ヒルマのような特殊な技能を今更身に付けられるとは思えない。

 だからゼブルがヒルマを優遇するのも理解できる。

 でも、一の配下は自分なのだ……そこは譲れない。

 

「……おっさん、おかわりくれる。一緒にアテも見繕ってよ」

 

 気が付けば、あれほど気になった酒の味が全く気にならなくなっていた。

 




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