死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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マイルールながら毎度毎度のギリギリでした。


21話 マッチポンパー

 

 決戦で活躍した者達の中で真っ先に帰還したのはセラブレイトの『クリスタル・ティア』だった。

 嫌々謁見し、謝意は示したものの、もはや用済み。

 表面は至極丁寧に……頭の中では罵詈雑言の嵐が吹き荒れていた。

 さらに粘ろうとするロリコン聖騎士をにこやかに謁見の間から追い出し、ホッと息をつく。今晩の戦勝祝賀会にも、後日の正式な戦勝式典にも招待しないわけにはいかないが、可能な限り縁遠く在りたいとは思う。

 

「初っ端ですが、お疲れのようですな……まだまだ先は長う御座いますが」

 

 宰相が液体を満たした酒杯を差し出す。

 受け取って、一口舐めると……甘い水だった。

 思わず顔を顰めたが、意図は理解している。

 戦勝の雰囲気に気分良く酔っている場合ではない……女王としての職務はこれからが本番なのだ。

 

「理解しているぞ……最初が最大の難関だっただけだ」

「最大の難関が単なる幼児性愛者とは……私としても実に心強いですな」

 

 宰相の皮肉にジト目で返すも、淡々とスルーされた。

 言いたい事は嫌と言うほど理解しているのだ。

 金を借りた。

 独断で契約した。

 民を救う為だ。

 後悔など無い。

 結果として竜王国はあっさり救われた。

 資金は戦費としては大して役には立たなかったが、戦後復興資金としても重要だ……決して無駄ではない。

 そこまでは良い……と言うよりも、どうにもならない。

 現実の問題として、まとまった資金が必要なのだ。

 それは動かしようがない。

 話し合いも済ませた。

 宰相との意思疎通は再開している。

 女王の焦りが産んだ小さな暴走は勝利が見えた時から落ち着き始め、今朝の宰相との話し合いで問題点を明確化させたのだ。

 2人の間で齟齬は解消されたはず……

 

 最大の問題は救国の英雄と資金の貸主が同一ということ。

 即ち竜王国内に彼に逆らえる者など存在しない……この事実だ。

 実際問題、王権はもとより、それ以外の事案についても彼の自由にさせる気は無いものの、王権以外の全てについては妥協する気でもある。どこまで譲歩するべきか……既にそこまでの覚悟は固めていた。

 現実の情勢も厳しい。

 宰相との話し合いを持つ前の段階から、既に正規兵を王城警護に回す余裕がなかった為、彼の斡旋で雇い入れた警備兵の数は既に全体の半数を超える。

 さらに正常に事業を営んでいる業者が激減していた為とは言え、現在の王室や国営事業に物品を納める業者も8割超は彼の口添えのあった者達だ。

 宰相が言うには、首都の経済も彼とその関係者がいなくては即座に停滞してしまう状況らしい。

 この一週間ばかり不自然に流通している物資の出処を辿れば、行き着く先は限られた幾つかの商店や倉庫であり、その所有権者はヒルマ・シュグネウスという王国人であることが判明していた。それらの所有権の取得時期もここ一週間の間に限られる不自然さである……しかし簡単な調査で辿れるほど明確に法令は遵守されている以上、取り締まるどころか文句の一つも言えないのだ。

 物価についても決して安価ではないが高騰しているとまでは言えない。

 今のところヒルマ・シュグネウスと彼の関係性は不透明だが、状況証拠は真っ黒であり、時期的にどう考えても関係が無いとは思えない。

 さらに事態が落ち着き、国民がそれぞれの土地に帰った場合、この状況がそのまま全国に拡散される可能性も決して低くない……と宰相は予想している。

 最悪のケースでは借りた金がそのまま吸い上げられる可能性まである。

 このままでは竜王国は異国出身の一個人の経済的属国に完全に成り下がるのだ。

 そうでなくとも高官達の中で、一介の冒険者に過ぎない彼の発言力は日増しに増強されていた。わざわざ炙り出すまでもなく、既に取り込まれている者も多いように感じる。今のところ女王を蔑ろにするような者こそいないが、王家よりも一冒険者の思惑が彼等の発言に反映されるようになるのも時間の問題と思われた。

 

 具体的に何か要求があったわけではない。

 要求されているのは終始契約の遵守のみ。

 

 ……だからこそ不安になる。

 

 戦勝がほぼ確定し、自身の周囲を冷静に見回してみれば、外堀どころか内堀までしっかりと埋め立てられ、王城どころか玉座以外は塵の一つに至るまで国王である自分の自由にならなくなりつつあったのだ。

 

「で、どうすれば良いのだ……?」

 

 最後の牙城である玉座の上で脚をブラつかせながら独言たつもりだったが、宰相が素早く反応した。

 

「どうするもこうするも御座いませんな……我々の予想を遥かに上回る戦力と資金力にここまで素早く、そしてここまで深く浸透されてしまったのです。もはや影響力を行使されるのは致し方ないでしょう。交渉によりその余地を少なくし、長期計画で徐々に力を取り戻し、徐々に影響力を排除する以外に対抗手段があるのでしたら、私の方が教えて欲しいぐらいですな」

 

 そんなことはわざわざ宰相に諫言されるまでもなく理解している。

 国民の生命を最優先させた結果とはいえ、この異常事態を招いたのは自分自身であるとの自覚もあった……だから宰相を睨む程度で我慢した。

 

 もはや短期的には打つ手無し……か?

 

 『クリスタル・ティア』に次いで『豪炎紅蓮』が謁見しに参上したが、会談は型通りの上の空……さらに幾つかのオリハルコン級やミスリル級の冒険者チームにも型取りの謝辞を述べ、戦勝祝賀会に招待する間も頭の中はゼブル対策で一杯になっていた。

 それでもボロを出さずに済むのは、成り上がり者でなく、生まれながらの王族の面目躍如といったところだろうが、今現在の彼女の脳細胞に「余裕」の二文字が入り込む余地は無かった。 

 傭兵団幹部に国軍将軍の言葉も女王の聴覚は刺激するものの、彼女の脳内に留まることはできなかった。全て型取りの謝辞で洗い流されてしまう。

 

 ぽっかりと時間が空いた。

 いまだに有力チームで顔を出していないのは『青の薔薇』とゼブルのチームという状況だった。

 

 その間に最新の戦闘情報を宰相が報告する。

 それによれば最激戦区を担当し、最も苦労したのは『青の薔薇』だった。そして最もビーストマンの戦意を挫いたのはゼブル配下のジットという死霊術師であり、最も屠ったのはゼブルだと言う。包囲を突破した全軍の3分の1近いビーストマンを上空から魔法爆撃で一瞬で屠ってしまったらしい。

 毎度の事だが唖然とさせられる。

 

 最初から単独で解決できたのではないか?

 

 竜王国の兵士どころか、他の冒険者やワーカー達まで同じ考えに至るのではないか……そう考えてしまう。それができない苦しい台所事情のことなど彼等には関係の無い話だ。結果だけ見れば竜王国としては万々歳なのだが、戦いで命を失った者達やその家族に竜王国の将来の展望を苦しさを語ったところで虚しいだけ……もはや苦労を分かち合うことも、我慢を強いることもできないのだ。

 

「……国家に殉じた英霊達に哀悼の意を示さねばならんぞ」

「それが良う御座いましょうな……我々の打算で失わなくても良い命を散らした者達です。必要以上に金は出せませんが、栄誉はどれだけ与えてもほぼ無料で御座います。精々盛大に悲しんで見せた方が国民の共感も得られましょう」

 

 宰相の物言いにイラ立つも言わんとすることは理解しているし、そもそも決定を下したのは自分だ。宰相も多少の皮肉は混ざるものの役割で言っているのであって、戦死者の命を蔑ろにしているわけではない。鉄面皮の裏では本当に悲しんでいる……そういう男だ。

 

「そもそも明日にも全国民がビーストマン共の腹の中と言う最悪の状況は回避できたのです。それと比較すれば今回の戦闘被害など微々たるもの……それは十二分に誇れる成果で御座いませんか?……現在の我々が直面している難題はほぼ全ての成果が一個人によって成された事実であり、戦後復興を含めて今後の我が国が彼の影響から逃れらることが不可能に近いと予測されることで御座います。以前はあのように申し上げましたが、ここに至っては要求通りに国土の南半分の使用権を認め、上手く付き合うことを考えるべきでしょう。彼等が何を企んでいるのか?……核心部分に至るまで共有してしまうのも手かもしれません。能力など知らずとも戦果を知る者であれば、何人たりとも彼等に立ち向かうことなど考えられません。で、あれば性急な排除は不可能に近いのも事実です。迂遠ながらもこちらが逆に彼等を抱き込むように動くのがよろしいかと……」

 

 女王は甘い水を啜り、顔を顰めた。

 脳を冴えさせる為とはいえ、辛い。

 

「なるほど……属国化を恐れるのではなく、逆に抱き込め、と言うのだな……?」

 

 鉄面皮とも思える宰相の表情が明らかに失望の色を帯びた……まだ理解が及ばないのか?……と明確に示唆する目付き。嫌な予感しかしない。

 

「左様で御座います……つきましては陛下におかれましてはかの御仁に求婚されるのがよろしいかと」

「はぁ?……何をバカな……」

 

 女王の反論を遮り、宰相は続けた。

 

「幸にして陛下は独身……彼を竜王国の王族として迎え入れれば、将来的に経済も国防も不安は一気に解消されますな」

「……お前、私を何だと思っている?」

 

 セラブレイトのロリコン野郎の性欲解消を強制させられる危機から免れたと思ったら、今度はバケモノどころか、遠縁に当たる竜王のごとき戦力を個人で有する人間などと言う薄気味悪い存在に女王自ら「求婚しろ」と言う。

 たしかに国家レベルで金も持っているし、恐ろしく見栄えも良いが……相手は単なる市井の冒険者に過ぎないのだ。他国の王族相手などと違い、お膳立てもなく、最悪の場合は断られる可能性まである。

 

 プライドが許さないし……もし万が一にも断られたら泣いてしまうわ!

 

「女王陛下は女王陛下で御座います。全国民の幸せの為に全身全霊で奉仕する存在ですな……何か異論でも御座いますか?」

「ぐっ…………しかしなぁ……」

「しかしも案山子も御座いません!……私が今朝から考えていた全ての難題を一気に解決する妙案で御座います!……さあ、陛下……ご英断を……」

「お前、楽しんでないか?」

 

 内通など思いも寄らぬことだが、妙に積極的な宰相の雰囲気に、少女形態のドラウディロンは訝しむ目付きを向け続けたが、見事に無視された。

 

「何を躊躇することが御座いますか?……金も力も容姿も文句の付けようが無い御仁です。身分や血統など、どうでも良いではありませんか?」

「今、王族そのものを否定している自覚はあるのか?」

「今更何を仰いますか……王族に忖度などしていては国家の健全な運営など不可能で御座います。陛下の小っぽけなプライドなど、この際どうでも良いではありませんか?……それほど気になるのであれば貴族位を与えてしまいましょう。この際は公爵か侯爵辺りが良う御座いましょうな……どの道、御結婚なさるのであればなるべく高位の方が格好が良いでしょう」

「それは……まぁ……なぁ……」

 

 もう何を言っても無駄なのだろう……宰相は竜王国という国家に仕えているのだ。女王個人の家臣ではない。あくまで竜王国あっての女王なのであり、彼の中では逆は許されないのだろう。極めて健全だとは思う……思うが納得できるわけではない。

 

 はぁ……

 

 少女女王は溜息を殺すように甘い水に口を付けたが、再度顔を顰めた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 紹介する為に連れてきたわけだが……

 

 謁見の間で謁見中であるのに、俺の右腕に戯れつくティーヌを見て、竜王国女王ドラウディロン・オーリウクルスの表情は石のように固まり、ついでに隣に立つ宰相閣下の顔も凍っていた。

 

 さすがに拙いよなぁ……空気云々以前の話だし。

 

「……あっ、彼女はティーヌと言います。俺の配下で、別件で重要な仕事を任せていたのですが、そちらを終えて竜王国に来た次第です」

 

 肘で小突くとティーヌも畏まり、拝跪した。

 

「ティーヌと申します、陛下。以後、お見知り置きを……」

 

 やればできるのにあえてやらない……いかにもティーヌそのものだ。

 

 拉致されていたとはいえ、ちょっと見ない間に肉腫支配に対しての叛逆可能域に達していた為、別人による成り済ましまで疑っていたのだが……やはりティーヌはティーヌ……本人で間違いないだろう。肉腫の反応も正常だし。

 

 となると例の話は信用して良いのかもしれない……あの知力のバケモノ……魔皇ヤルダバオトにしては若干こちらに都合が良過ぎて気持ち悪いが、ティーヌが精神支配されている兆候もない。

 魔皇ヤルダバオト本人かは不明だが、ティーヌを使いに出したのはデミウルゴスというヤツらしい。話を聞く限り、いかにもプレイヤーの丸メガネにスーツ姿の悪魔だ。その力は俺や『破滅の竜王』や『神人』に感じるものと同等に近いものを感じた、とも力説していた。どこかの地下にある連中の拠点で人生で味わったことのないどころか、想像することもできない歓待を受けていたらしい。

 

 人間が堕落するほど美味いって言う食事はかなり羨ましいけどなぁ……

 

 何にせよ、連中から監視されているのも確定した。そうでなければ竜王国の首都近郊にティーヌを送れるわけがない。

『モモンガ』さん直伝の攻性防壁が反応しない以上、それなりに諜報に特化した仲間の存在にも注意しなければならないわけだ。

 

 ティーヌが戯れるのはかなり珍しい。

 普段は稽古や会話ではよく絡んでくるが、腕を組んだり等はヒルマがよくやる印象だったのだが……まっ、いっか。

 

 それにしても女王陛下のお言葉をいつまで経っても頂戴できないのだが……どうすれば良いのか判らない。ティーヌを見ても首を垂れて、ひたすら拝跪を続けている。

 

 仕方ないので俺も立ち尽くしていた。

 

 いつまで経っても女王陛下は固まり、宰相の表情も凍てついている。

 

 やはり宮廷内の作法を習った方が良いだろう……帝国四騎士のレイナースさん辺りに頼めば懇切丁寧に教えてくれるだろうが、あの人も世話好きな代わりにかなり面倒臭い感じだからなぁ……

 

 面倒臭いと言えば、青薔薇のイビルアイもかなり面倒臭いが……あの妙な反応は何だったのか?

 青薔薇内で仲違いでもしたのか……?

 内部であれだけレベル差があるとはいえ、彼女達の連携はかなりなものだ。

 直後の戦闘では連携こそしていなかったが、役割分担と意思疎通は相当なレベルに達していると思わされた。

 となると仕事以外の部分か……?

 関知するようなことではないが、ちょっと気になるのも人情だろう。

 

 相変わらず沈黙が支配する謁見の間。

 

 考え事は捗るが、捗る以上、すぐにネタは尽きてしまう。

 

 やる事が無い……そう思ってから5分以上経過して、ようやく女王陛下からお言葉を頂戴し、俺達は謁見の間から退出できた。

 

 どうやら爵位を頂けるそうだが……どうしたものか?

 

 扉が閉じる直前、女王陛下と宰相の激しい怒号の応酬が聞こえたように感じたが、気にしないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 祝賀会の会場である大広間からゲスト側の主役の中の主役が1時間も経たない内に退席し、会場の雰囲気は一変した。

 僅かな例外を除いて誰もがホッと息を吐く。

 彼の仲間が残留している以上、好き勝手な発言ができるわけではないが、やはりバケモノと呼ぶに相応しい隔絶した力を見せた張本人がいるのといないのでは緊張感が違う。

 命を削っていた者達が集う酒宴としては比較的静かだった会場内に活気が戻りつつあった。

 

 僅かな例外の1人であり、何の戦功も無いどころか、戦闘にも一度も参戦していない……本来ならば会場にいる資格もないのに、全く遠慮も無いティーヌは旧知のブレイン・アングラウスを現時点の能力差で散々揶揄った後、酒杯を持ったまま会場内をウロウロと歩き回っていた。

 青薔薇のイビルアイを探し、今の自分との力量差を確認しようと思ったのである。ティーヌに敗北の屈辱を与えた笑顔魔人とイビルアイは同程度ではないか、と推測しての行動だった。

 青薔薇は目立つ。見つけるのは簡単だったが、人垣も他の有力チームに比べて一際分厚かった。ジット、ブレイン、エルヤーの3人には型通りの挨拶のみで早々に立ち去られるのと比べると、青薔薇の取り巻き集団は恐ろしく動こうとしない。誰もが少しでもお近付きになろうと必死だった。

 そんな中でも比較的人垣が少ないのはガガーランとイビルアイだが、そうは言ってもイビルアイはかなり小柄なので人垣に隠れてしまう。結果として、最初にティーヌが手を振った相手はガガーランだった。

 

「あんらー、これはこれはガガーランじゃないですかー」

 

 ガガーランが顔を顰め、それを見たティーヌの嗜虐心に火が灯った。

 元々大きな彼女の口が裂け目のけるように広がる。

 圧倒的な不穏さにガガーランを取り囲んでいた人垣が、それまでがまるで嘘のように消えた。

 

「おう……久しぶりだな、ティーヌ」

「……やってくれたらしいね?」

 

 初手からソコかよ……ガガーランは内心舌打ちした。

 

「ゼブルにきっちり謝罪もしたし、それを受け入れてもくれたぜ。もう問題ねえだろ?」

「うんにゃ、私がその場にいたらお前を殺していたと思うけどなー……それについてはどう思うのかなー?」

 

 難癖以外の何物でもない難癖をティーヌは堂々と曰った。

 ただガガーランの困窮する姿が見たいだけ……意図は明白だが、言葉に詰まってしまう。突き放すのは簡単だが、その後は考えるまでもなく、今よりも面倒臭いことになるのが容易に想像できた。ここはティーヌが飽きるまで付き合うしかない。そう思い直し、ゼブル一党で最も気に入らない女を嫌々ながら直視した。

 

 知る限り世界で最も性質の悪い女がニコニコと笑っている。

 

「……悪かったとは思っているぜ。あんな真似は二度としねえ……その場にティーヌがいなかったことにも感謝するよ」

「うーん……でもねー、不思議なんだよねー?」

「……何がだよ?」

 

 いい加減にしてくれ、と思いながらもコロコロと変化していくティーヌの話題に付き合わされる。早く立ち去れ、と祈りながらも言葉を繋がないわけにはいかなかった。

 

「私とさー……ブレインちゃんの二人掛かりでもゼブルさんに有効な一撃なんて入れたこと、無いんだよねー……ガガーランごときが卑怯な不意打ちに加えて、後向きのゼブルさんが受ける為に出した左手だったとしてもー、有効打を入れられるのかなー?……なんて考えちゃうんだよねー」

 

 わざわざ受けた……否、わざと攻撃させた。

 ティーヌは言外にそう言っているのだ。

 実に楽しそうな笑顔だ。

 そして邪悪な光を湛えた眼差しが見上げていた。

 

 不本意ながら言葉の中身についても薄々気付いていた。

 踊らされた、と言う言葉が相応しいのだろう。

 それぐらいのことは躊躇なくやるヤツだと十二分に承知もしていた。

 だが止められなかった。

 顔見知りに対する命を奪いかねない脅迫を冷淡に見過ごせるほど擦り切れてはいないとはいえ、冷徹に徹しきれなかった……たとえ煽られ続けた結果だとしても、自身の未熟さを痛感していた。

 

「……だから何だよ?」

「んー……相変わらず弱いなって……物差しにもならないかな、って」

 

 再度話題を変えながら、ティーヌがケラケラ笑う。

 そのまま酒杯を飲み干し、近場のテーブルから新しい酒杯を持って来た。

 まだ絡むつもりらしい。

 いい加減うんざりしていたが、ガガーランもティーヌに合わせて一気にジョッキを空けた。そのまま給仕に言って、もう一杯持ってこさせる。

 ティーヌが笑ったままガガーランの肩を抱き寄せた。

 ギョッとしたが、細まった目の奥にそれまでにない真剣な輝きを確認し、思わず言葉を飲み込んだ。

 

「……ねえ、ちょっとマジで聞きたいんだけどー……ガガーランとイビルアイってガチで仕合ったこと、有る?」

 

 有ると言えば有る……が、ガガーラン自身が本気だったかと言えば違う。あくまで本気だったのはリグリットとイビルアイであり、ガガーラン達は添え物であった。つまり無いと言えば無いのだ。

 

「……なんとも言えねえな…………否、無えよ」

「ふーん……じゃあさ、私とイビルアイって、ガチだとどっちが強いって思うのかなー?」

 

 なんとも不穏な事を言い出したティーヌを改めて見ると、思いの外真面目な顔付きだった。

 とりあえず「おっ始める」気配は無い。

 殺気を周囲に撒き散らすようなこともない。

 イビルアイに害意を向けるようなこともない。

 真摯な気持ち……この嗜虐趣味の為に殺人すら犯しかねない女にそんなものがあれば、だが……のようなものをガガーランに向けてくる。

 この偽悪の皮を被った悪党は案外と真っ当な戦士なのかもしれない。

 意図は不明……なんであろうとティーヌの存在自体がムカつくが、ガガーランも戦士だった。

 どれだけ技量を馬鹿にされようと、ガガーランは戦士であることに誇りにしている……だから応えた。

 

「イビルアイは飛べるぜ……その時点でお前の勝ち目は無えよ。遠距離から一方的にボコられてお終いだぜ」

「屋外でガチだとそーなるかー……でも、室内ならどうかなー?……私、魔法詠唱者相手に距離潰すの、得意中の得意なんだよねー」

 

 この世で最も嫌な相手ではあったが、強さ談義であればガガーランもついつい真剣になってしまう。戦士の血が騒ぐ、というやつだ。まして酒が入っていれば最高の話題だ。状況と対戦相手の想定がしっかりしていれば、この上なく楽しめる。

 

「確かにお前は強えし、速えよ……でも難度じゃイビルアイが上だぜ」

「でも、手が届かないほど上じゃないよねー?……ちょっと前ならまだしも、今ならイビルアイちゃん魔法全開でも工夫次第でなんとかなる、って感じ?」

 

 妄想でもなく、虚勢でもない……と確信した。

 もちろんティーヌがどんなに頑張っても『国堕とし』には簡単に勝てるはずもないのは承知している。しかしそれは仲間だけの秘密なのだ……話すことはできない。

 だがティーヌの言葉にはそれなりの根拠が必要だ。

 揺るぎない自信を得たのだろうか?

 

「……強く……なったのか?」

「なりましたー……成長が自覚できる程度には、ね」

「効率的なれべるあっぷ、ってやつか?」

「なんかゼブルさんみたいなこと言うねー……前にガガーランとやった時とは比べものにならない、とは思うよー……逸脱者の仲間入りした、かもねー」

 

 ケラケラと笑いながら、さらりと「前に」とティーヌは言ったが、あれから半年も経過していない。

 あの時でもガガーランはティーヌに圧倒された……手も足も出なかった。

 とても短期間で簡単に成長できるような技量や強さではなかった。

 実年齢は知らないが、ティーヌの見た目は20歳前後……かなり若く見えるのだとしても20代半ばといったところだろう。 

 その一方、ガガーランは成長が頭打ちになりつつある自覚があった。

 何をやったのか……思わず口を吐く。

 

「何をどうやっ……」

「ひ・み・つ」

 

 やっぱりコイツは性悪だ……ケラケラと笑うティーヌを見て、ガガーランはこの世で最も嫌いな女に期待してしまった自身を恥じた。

 

「んじゃ、もう一周してくるからー……イビルアイちゃん、予約ねー」

 

 好き勝手言い残し、ティーヌは酒杯片手に去って行った。

 

「知るかっ!」

 

 吐き捨てながら、ガガーランはジョッキを一気に飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

「見ていたぞ、脳筋」

 

 振り返ると仮面があった。

 

「なんだ、イビルアイかよ」

「なんだとはなんだ……珍しく落ち込んでいるから、心配してみれば……」

「そりゃ悪かったな」

「気にするな……とは言わんが、アレの言うことで一々落ち込んでも身が持たんぞ。ゼブルのお陰で目立たんが、アレも充分にバケモノだ。久々に見たら、人間の領域を軽く超えていた。アレの言う通り室内だと私でも厳しいだろうな」

「……俺じゃどうやっても届かねえか?」

「頑張れば……とは言えないな。難度で170〜180といったところだ」

「……俺の倍か!?……てえより、イビルアイの上?」

「あくまで装備込みだが……戦力を見誤るわけにはいかない、からな。ブレイン・アングラウスだって160ぐらいはある。ジットにしても150は超えるだろう……私も人間の成長速度や限界について考察し直す必要があるのでは、とこれまでの認識を改めたぐらいだ」

 

 『十三英雄』のリーダーのような異様な成長速度とまでは言わないが、過去に遡っても彼以外にティーヌの成長速度を超える者を知らなかった。過去を知らないエルヤーについてはよく分からないが、他の2人についてももの凄い勢いで成長している。

 

「全員……イビルアイを超えるか、同程度……なのか?」

「エルヤーとか言う剣士も130〜140ぐらいだろうな……私の勝手な考えだが、アイツは成長する見込みのある者を側に置いているのかもしれん」

 

 イビルアイもガガーランと同調するかのようにジッと窓の外を見る。

 そして周囲に聞こえない程度の声音でひっそりと喋り始めた。

 

「……実は上空で待機している時、アイツと少しばかり話した……と言っても私が疑問をぶつけるだけで、ほとんど情報は得られなかった」

「まあな、イビルアイが尋問が得意ってえのはあり得ねえだろ」

「なんだと、脳筋!」

「そういうところだよ……冷静ぶるけど、すぐカッとするだろ。のらりくらりが得意なゼブル相手に立ち回れるわけがねえ」

「ぐっ……」

「まっ、それはそれとして……続けてくれや」

 

 ガガーランは素知らぬ顔でジョッキを舐めた。

 言いたい事は山程あるが、指摘されたばかりで言い返すのはさすがに情けないと思い、イビルアイはぐっと息を飲み込んだ。

 

「では、続けるぞ……私はアイツに言った。お前は魔皇ヤルダバオトか?……そして何故、お前が単騎でビーストマン共を殲滅できるのに竜王国の全戦力を投入させたのか?……とな」

 

 あまりに直球すぎるが、興味深すぎる質問だった。ガガーランはジョッキを空けるとおかわりを頼まずにイビルアイに向き直った。

 

「んで……ゼブルはなんだって?」

「魔皇ではない、と言った。たしかにアイツからは人間の気配しか感じない。だから納得するしかなかった」

「そりゃ、そうだろうな……比喩表現ならばまだしも、ゼブルはどう見ても人間にしか見えねえ」

「たしかに……だが本題はそちらじゃあない。アイツは国防は自前が基本だと抜かした。正にその通りだが、それ以外にアイツと竜王国の契約条件が大きく影響している。だからアイツは全戦力を投入した方が良いと女王に助言したわけだからな。その結果、死ぬ必要のない命を多く失った。それでも将来の竜王国が経済的に死ぬよりはマシだと言い切った……私は納得できなかった。アイツが契約条件を変更すれば良いだけの話だ。食い下がったが、私に理解してもらうつもりは無い、と言われてしまった。頭の中にはゴミ箱で拾った情報『戦争』の2文字がどうしても消えなかった……だが、そんなことはどうでもいい。私がショックを受けたのは、どうしてもアイツの考えを理解したいのならば『青の薔薇』を抜けて、ゼブルに乗り換えるのか、と問われた時、即座に否定できなかったことだ。何も言い返せなかった。その上、逃げてしまった……」

 

 一人で落ち込むイビルアイの姿を見て、ガガーランは違う時間軸を生きる者の孤独を想像してみたが、辛さを思いやる以上は不可能だった。単なる人間でしかない者に永遠を生きる者をの孤独を理解するのは不可能なのだろう。自分以外の仲間達が老いぼれていく中、ただ一人だけ今の姿が維持されるのだ。取り残されるのがどれだけ辛いのか……恐ろしいことだ、としか理解が及ばない。

 

「竜王国とアイツのやり方を詰った時……アイツは愚民化政策で棄民となった人々を多く知っている、と言った。私の知る限り、この世界にそんな人間の国は存在しない。棄民となってから愚民化した、と言うのならばまだしも、どうせ棄民とするのにわざわざ愚民化する必要はないからな……つまり私の知らない世界の話だと思ってしまった。私が世界の知識を得る前……はるか昔であれば、そんな国もあったのかもしれない、と……」

「つまりゼブルはリグリットや帝国のフールーダ・パラダインみたいな存在かも、と想像したっつーわけか?」

「……そうだ。情けないことに、心のどこかで期待してしまった……」

「まあ、いずれ俺達も引退するしなぁ……どんなに頑張っても、老いが許しちゃくれねえのは間違いねえしよ……それに俺自身、衰えてはいないものの最近はどんどん成長力が落ちている気がしてなぁ……思わず、あのクソ女にどうやって短期間で自分で実感できるような成長したのか、聞いちまったぜ……俺が落ち込んでいていたのはそいつが原因だ」

「なるほどな……だが王国戦士長の遥か上をいくティーヌと自分自身を比較して、自信を失うのはあまりに傲慢ではないか?」

「そりゃ、そうなんだけどよ」

「例えばカドランのところのディンゴ……ガガーランよりも体格も体力も膂力も優れているだろうが、戦士としての才能は無いとは言わないがガガーラン以下だ。このまま頑張っても、戦士としてはミスリルが限界だろうな」

 

 正しくその通り……ガガーランは頷くしかなかった。

 

「……天から与えられた才能が全てではない。とはいえ、お花畑の姫様の忠臣であるクライムのように才能を無視して愚直に頑張ればなんとかなるような甘い世界ではない……だが無駄でもない。彼奴もそれなりの面構えになってきたではないか?」

「クライムかぁ……たしかに漢の顔にはなってきたみてえだなぁ……戦士としちゃ二流に毛が生えた程度をうろうろしちゃいるけどよ……まぁ、童貞なのも変わらねえけどな」

「あれもセバスとかいう市井の猛者とゼブルの影響と聞いたがな」

「ああっ、子供を救出した老紳士に死を乗り越える訓練を受けたとか言う話と、やるべき事の為に遠回りするなとかってえ話だろ……何回も聞いたぜ」

「……その辺りにゼブルの思考法を理解するヒントがあるかもしれない」

「あの拾ってきた脈絡のない単語が繋がる、ってか?」

「その可能性がある……と言っても気休めに過ぎんかもしれんが」

「やるべき事の為に遠回りをするな、ってえヤツか?」

「……私はそう思う。お前は先を見通す、と言った私にアイツは買い被りだと言った。加えて徹底して自分の都合で動くともな」

「たしかにな……ティアとティナは監視が必要とか言っていたけどよ……これまでを思い返せば、監視なんざ想定済みの上に逆監視されてるぜ、きっと」

 

 イビルアイは深く頷いた。

 

「これまで通りのやり方は必要だが、それはアイツの掌で踊っていると、こちらが認識した上でやらねば、同じ事の繰り返しだ。竜王国への道中ではこちらの食料不足や疲労度や睡眠不足まで逆手に取られた。疲労や睡眠不足はあれだけ引っ張り回されれば予測することも可能だろうが、アイツはこちらの食料が尽き、空腹の絶頂であるタイミングまで知っていたわけだ。つまり3人体制で監視を継続していたこちらよりも、単独かつ素振りも見せずに、こちらよりも多くの情報を得ていたことになる。方法は不明だがな」

「つまり……出し抜くのは厳しいってか?」

「厳しいどころか、ほぼ不可能……そう想定して動いた上で、こちらが更に先を読まねばならない。今、ここにゼブルは不在だが、私達が2人で深刻そうに話し込んでいることをアイツの配下は知っている……これが誰を通じてどう伝わるのか、カマをかけたい」

 

 会場を背にしたイビルアイが目配せし、ガガーランは視線だけを走らせ、こちらに注意を向ける者を確認する。

 多くは興味本位の視線。

 話し掛けようとして、深刻な雰囲気に飲まれ、挫折した者の卑屈な視線。

 やたら目立つ格好のティーヌにジットは広間の片隅で笑っていた。

 ブレイン・アングラウスとエルヤーはどこにいるのか?

 ……いた!

 どうにか打ち解けたのか、見知らぬ戦士風の男2人と酒を飲んでいた。

 

 イビルアイは浅く頷き、ガガーランも視線で了解の意を伝える。

 声音は長年の連携がなれば理解できない領域まで抑制された。

 

「……それらしいのはいねえぜ」

「ここに立ってから気配も一切感じない……つまり想定内の手段では話の内容までは伝わるはずがない……と言うことだな」

「まっ、伝わっちまったら恥ずかしいことこの上ねぇがな」

「……アダマンタイト級の悩み相談、と言うところだな」

「逆に伝わらなきゃ、そこが盲点ってわけだ」

 

 唐突に爆笑し始めた2人を心配して、『青の薔薇』の他のメンバーが集まった。その上であからさまに今後の方針などを話し合い始める。まるで他の誰かに聞いてくれとばかりの大声だった。ラキュースと双子忍者も当初は戸惑っていたようだが、次第に同調していった。意味は不明でもそうすることに意義があるのは確信しているようだった。

 

 周囲の視線は一斉に集中したが、彼女達に声を掛ける者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 複数の『水晶の画面』が宙に浮いていた。

 全てが同じ映像を映している。

 角度も距離も違う。

 背景も同じように見えるが、微妙に違っていた。

 だが全ての『水晶の画面』の中央には漆黒のドームがあった。

 周囲の夜の闇とは隔絶した半球状の暗黒は逆に目立つが、その内側を知ることはできない。

 

「また、ですか……あれは何ですか、ニグレド?」

 

 デミウルゴスの問いにニグレドは説明で返そうとして、悪魔の顔を見上げ、そこで言葉を飲み込んだ。この大悪魔が前回と同じ説明を必要としているとは思えなかったのだ。

 ほんの数秒間迷った。

 どういう答えが適切なのか考える。可愛い方の妹ならばすぐにでも正しい答えを見つけるのだろうが「非才の身には難しい」と感じてしまう。機能については前回説明した通りで間違いない……極めて強力な腐敗の魔法もしくはスキルによる内外の遮断だ。同時に攻撃でもあり、防御でもある……前回使用後の痕跡を映像採取した上での結論だが、それについてはデミウルゴスも共有している。

 だからそんなことを問われているわけではない。

 前回との違いは何か?

 明確な違い……ビーストマン達は既に降伏していると思われた。

 その推測の根拠も複数確認している。

 つまり少なくとも敵対してはいない。

 なので使用する目的が違う。

 であれば……

 

「外からの視界を遮断する目的で使用しているのではないでしょうか?」

 

 そう答えたニグレドを見て、デミウルゴスは微笑んだ。どうやら問いそのものの意図は間違いなかったようだ。

 

「なるほど……では内部を確認する方法はありませんか?」

「別に攻性防壁もあり、強行偵察は通用するのかが不明な上、極めて危険でしょう」

「ハイリスクかつ成果が得られる保証は無いわけですか?」

「左様です。むしろ遠隔監視すらも厳しくなりかねません」

 

 ニグレドは深々と頭を下げた。

 これまでデミウルゴスの期待に応えている自信はあるが、それ以上の成果を得た記憶もない。淡々と監視を続け、事実を報告し、そこからの推定を漏れなく報告しているつもりではある。しかしそれは自身の創造主であるタブラ・スラマグディナ様から与えられた能力を過不足なく発揮しているだけであり、アインズ様の御言葉に従えているとは到底思えなかった。

 

「そうですね……では監視と報告を継続して下さい、ニグレド。今回のように目に見えた動きがあれば、また呼び出しをお願いします」

 

 そう告げてデミウルゴスが立ち去ろうとした時、全ての『水晶の画面』で動きが生じた。

 

「デミウルゴス様!」

 

 ニグレドの呼び掛けにデミウルゴスが振り返る。

 白く発光していた。

 偵察も接触も不能な漆黒のドームを突き抜けて、である。

 

「……あれは?」

「おそらく……魔法陣の発動による発光かと」

「しかし何が行われているかは不明……ですか?」

「光量からして、相当に高位……超位の魔法かスキルではないでしょうか?」

「そして中にいるのは……ゼブルと百を超えるビーストマンですか?」

「はい……先日降伏した各部族の族長クラスが集まっていました」

「……ふむ……非常に興味深いですね。はたして監視を意識しているのか、いないのか……それとも核心部分だけを隠せば良いと考えているのか?……単にビーストマン共を逃さない為か?……実に面白い」

 

 発光は長かった。

 つまりニグレドの推測通り、超位の魔法かスキルをキャストタイムスキップなしに行使したのだろう。つまり戦闘ではない、とまでは言い切れないがその可能性は極めて低く、かつ緊急性を考慮していないのだけは確かだった。

 やがて光が闇のドームに吸い込まれ、それから10分以上は経過した頃、闇のドームも消えた。

 

 現れたのゼブルと100を超えるビーストマン達……つまり誰も欠けていないように見える。

 

 しかし明確な変化があった。

 

 全てのビーストマンが首部を垂れ、跪いていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 戦勝祝賀会の翌朝、女王と宰相を除き、謁見の間に3人の男がいた。

 女王の顔色は蒼白で、宰相に至っては絶望的な表情を浮かべている。

 

 謁見が始まった当初は和やかだった。

 宰相より白金貨30万枚の追加借り入れが申し入れられ、ゼブルにより承認された。その直後にゼブルの国土の南半分の恒久的な最優先使用権が女王に裁可され、契約通りに返済義務は無くなった。さらにゼブルには竜王国侯爵位が下賜されたが、同時に貴族の責務の免除も言い渡された。つまり南方侯は「名ばかりの貴族位ですよ」と言い渡されたのだが、それは双方にとって望むところだった。そもそもゼブルは竜王国民ですらないし、臣下になる気も無いのだから、名誉爵位なのは誰の目にも明らかだった。

 そこで手打ち……双方の思惑通りの落とし所のはず……と竜王国の2人は思い込んでいた。

 

 ゼブルが昨日の銀髪女に続き、自分の配下を紹介したい、と言った。

 女王にも宰相にも紹介程度を拒否できるはずもない。そもそも実質的力関係は女王よりも宰相よりも南方侯がはるかに上位なのだ。

 だがその了承がこの事態を招いたのは確実だった。

 

 玉座に向かって、真ん中に立つのはゼブル。

 右手には線の細いなよっとした外見の男。

 その左手には……なんと獅子のビーストマンの巨体が立っていた。しかも直立不動で畏まっている。彼の醸すとんでもない違和感が場の緊張感を増幅させていた。

 

「……これはどういうことかな、ゼブル卿?」

 

 凄まじい緊張感の中、蠢き輝く闇から、直接招き入れられた二者に挨拶もせずにドラウディロン女王は切り出した。と言うよりも、どうしても切り出さずにはいられなかったのが正解だ。

 昨日の敵は今日の友……とは『六大神』の昔より言われる言葉だが、竜王国とビーストマンは建国以来の不倶戴天の敵だ。

 その天敵であるビーストマンが王城本宮殿の謁見の間に存在するなど、絶対にあってはならないことだった。

 しかしゼブルはどこ吹く風の自然体で紹介を続けた。

 

「彼はブエル……俺に降ったビーストマンの一人です」

 

 人間としてはゼブルも長身だが、前に進み出て跪いたブエルは、その体勢でもゼブルに近い巨体だった。

 

「お初にお目に掛かり光栄で御座います、ドラウディロン・オーリウクルス陛下。我が主人ゼブル様の命により参上しました、ブエルと申します。以後、我が主命に反せぬ限り、如何なるお申し付けも全身全霊を賭け、果たす所存。何なりとお申し付け下さい」

 

 耳を疑う淀みのない言葉が人間を思わせるが、ブエルはどう見てもビーストマンだった。その外見は理性的でもなければ抑制的でもない。次に立ち上がった瞬間に腕を伸ばされ、頭を引き千切られてもおかしくはないのである。

 少女形態のドラウディロンは顔を引き攣らせた。

 

「……それはよしなにな、ブエル殿」

「ブエルには首都での連絡役を命じております、ドラウディロン陛下……彼に伝えてもらえば南方と連絡が取れます。主な役目はそれだけなので、それ以外はドラウディロン陛下の申し付けを果たすように命じてあります。大抵のことは出来ますが、中でも特に薬学や回復魔法に長けていますから、保健や衛生関連は彼に相談するのがよろしいかと……」

 

 ドラウディロンは顔を引き攣らせたまま、どうにか笑いで応えた。

 薬学に優れたビーストマン……もう理解の外側だ。限界を突破して、ゼブルが何を言っているのか、字面以上の事は一切頭に入ってこない。

 

「この度賜りました南方の復興に、当初はビーストマンを労働力として使役する予定です……もちろん竜王国民にも労働してもらいたいのですが、まあビーストマンに対するアレルギーもあるでしょう。なので希望者以外の受け入れはある程度復興が進んだ後を考えています」

「ビーストマンを追い出した土地でビーストマンを使役するのか?」

「その通りです。彼等は人間の10倍の身体能力を持っています。荒れ果てた国土の復興という大事業を前に、放置するにはあまりに大きな力です。力仕事はお手の物でしょう。整地に治水に灌漑に、といくらでも使い道はあります」

 

 言われればその通り……だが納得いくわけがない。

 

「ビーストマンに土地をくれる結果にな……」

「ご心配は理解いたしますが、我等にその意図は御座いません、陛下……」

 

 ブエルが女王の言葉を遮り、発言した。

 

「……我等は盟主ゼブル様に絶対の忠誠を誓う身……ゼブル様が出て行けと命じられれば、我等は出て行きます。死を賜れば自ら死を選びます。竜王国での労働奉仕任務期間中は自警団……否、衛士団を組織し、我等の同胞に人間に害を及ぼす者が出た場合、捕縛後罪状を発表した上で即時竜王国の首都にて公開処刑する旨がビーストマン内では発布されております。全てのビーストマンは力に従います。そして我等には彼等を従わせるに足る力が御座います。当面はそれでご理解いただけないでしょうか?……後は実績を持って証明したいと考える所存に御座います」

 

 ブエルは更に深々と平伏した。

 とてもビーストマンの行動とは思えない。

 しかしどう見てもビーストマンだった。

 過去数代を遡って悩ませ続けられた、恐ろしい食人の亜人なのだ。

 毒を食らわば皿まで……ドラウディロンは一瞬そう考えたが毒であるゼブルはまだしも皿のビーストマンへの抵抗感はあまりに大き過ぎた。

 チラリと宰相を見る。

 本来肝が太いはずの宰相もさすがに顔面蒼白だった。その蒼白な顔面で僅かに頷いた。どのみちこちらに拒否権は無いのだ。パニック寸前の頭脳でもそれだけは忘れられない。追加の借り入れをして、即座に棒引きしてもらったばかりでは異論を挟む事も許されない。そうでなくとも名誉爵位とはいえ、侯爵位に任じてしまったばかりなのだ。

 

「……………分かった。承認しよう……しかしそれはあくまでもゼブル卿に免じての、暫定的な話だ。もし少しでもおかしな行動があれば、我が国民に害なすことがあれば……ゼブル卿の名において、ビーストマン達には即時退去を約束してもらう……それで良いな」

 

 実力的には話にならない条件提示であり、ゼブルがどちら側の立ち位置にいるのかも判らないので脅しすらなっていなかったが、ブエルはほとんどうつ伏せに寝るのではないかというぐらいに平伏した。

 

「……と言うことです、ドラウディロン陛下……そうですね……2週間いただければ南半分の復興を形にしてご覧に入れることができるでしょう」

「2週間……そんなに短期間で可能なのか?」

「幸にして、自前の労働力以外に高位のドルイドに当てがあります。彼女が誘致できればもっと早いかもしれません」

「……本当なのか?」

 

 ドラウディロンは再度宰相を見た。

 宰相は首を左右に振った。それは否定でなく、理解の外側であることの意思表示だった。

 

 契約は成立した。

 ここまで来て竜王国は真に理解が及んだ……自分達が引き入れた者が救済者でも慈善事業家でもないことを……

 

 王都のヒルマ・シュグネウスとの仲介役として紹介されたコッコドールという名の男は終始所在無さ気であったが、そのことに紹介された2人は気付かなかった。

 




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