死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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今回、少し余裕がありました。
いつもこう在りたいものです。


22話 ハロー、竜王

 

 圧倒的なスピードで強大な膂力が振われている。

 土が掘られ、川が堰き止められ、蛇行していた流域がなんだか理解できないスピードで直線になって行く。

 工事区域に沿うようにビーストマンの国が丸ごと移住して来たかのようで、そこかしこに天幕が貼られていた。その内側の川沿いに堤防が造られ、更に水路が引かれ、遊水池と用水路らしきものも造られている……のかな?

 

 人間の10倍の力を誇るビーストマンがそれこそ100万人単位で完全統制された上で全力肉体労働中ですから、まあ、とにかく進行が速いです、ハイ。

 病人か乳児以上であれば老若男女全てが人間の成人男子以上のステータスなんですから、成人戦士階級なんざ男女を問わずにリアルの重機並みの能力かつ重機以上に小回りが効くトンデモ性能を誇ってやがります。

 土をひっくり返しているのは、多分畑なんでしょう。その中を縦横無尽に走っているのが道なのか……急ピッチで街道と呼べるような大道も引かれ、高台には廃墟と化した人間用の町を再利用した新しい都市が建設されていた。そここそが竜王国における俺の本拠兼ビーストマンの国への貿易中継点となる予定だけど、上空から見た感じがあまりに整然とし過ぎていて面白味が無く、好みじゃありません。アーコロジー内の淡々とした毎日が思い起こされ……しょーじき、グチャグチャと猥雑とした感じは王都の方がはるかに好みだったりするわけだけど……まあ、俺は建築土木関連の知識なんざビタイチ持ち合わせてないので、配下に丸投げした手前、好きにやってもらっているわけですよ。

 

 今現在、監督と称して上空から眺めているわけですが、はっきり言って見ていてもよく分からんのです。

 

 現場の総指揮は「建築に自信有り」のマルファスとか名乗った奴に任せていますが、自分の配下でも今回加わったビーストマン軍団はざっくりとしか見分けがつきません。特に数も多いので本人が名乗るに任せている次第……まあ絶対服従の軍団なので心配はないと思うのですが、投げ槍っちゃー投げ槍です。

 

 現状、担当する仕事という仕事は食料物資を運び込む為に『転移門』を王都もしくは帝都に繋げるだけの簡単なお仕事しか担当していません。後は監督やら視察と称して上空から眺めるだけ……だから暇……とにかく暇なんですよ!

 現在ティーヌの帰還待ちの俺は全くの手持ち無沙汰。

 2日後に予定しているデミウルゴスとの会談場所は眼下で建設中……屋敷と呼ぶには巨大過ぎる建築物でやるつもりで伝えてあるので、ティーヌ曰くバケモノの中のバケモノの、おそらくプレイヤーはやって来るのでしょう。その際に連中がこちらの要望に応えるつもりがあるのであれば少女ダークエルフの高位ドルイドプレイヤーも連れてくるはず……彼女の助力を得られれば、竜王国から譲り受けたこの広大な荒地も、あっと言う間に実り豊かな穀倉地帯に転換し、即座に出荷も可能になる予定……俺達が王都と帝都で買い占めているお陰で高騰している食料相場で一儲けといきたいところですわ。

 

 この世界でおそらく2回目となるプレイヤーとの邂逅は、セバスさんの時と違い、偶然の産物ではなく、お互いの条件の擦り合わせとなるでしょう。

 既にお互いに合意しているものと考えて良いのはナザリックの現支配者である『殿』勢力の排除……俺の条件はそこに『モモンガ』さんの救出もしくは回収が加わるけど、それを付け加える為の先方の条件が不明な以上、資金はいくらでもあった方が良いわけですよ。金で合意できるのならば、話は簡単ですからね。

 金は経済的な力として極めて重要ですが、ユグドラシル産の希少アイテムや素材が手に入るわけがないので、この世界で俺が浪費したいようなものは食い物ぐらいかな?……従って、相手が必要とするのであればいくらでも提供しますわ。

 

 ビーストマン達の作業を眺めながら、そんな事を考えていると……眷属からのアラートが入った。

 警戒する間も無く、とんでもない衝撃に視界がズレた。

 唐突に何かにぶん殴られた……のか?

 

 ……なっ!?

 

 考える暇も無く、俺はすっ飛ばされ、そのまま地面に激突した。

 

 ……痛っ!……HP半分以上削られたぞ……

 

 見れば、俺がいた辺りの空中に人影があった。

 

 金属製甲冑?……に槍、刀、ハンマー、剣?……が浮いていた。

 

 幸にして追撃は無い。

 

 慎重なのか、舐めプなのか……ここまで見事に不意打ちを成功させたら追撃必須だろうに……敵ながら意味不明だが、ありがたい。

 

 騒ぎに気付いた配下のビーストマンがわらわらと寄ってくる。純粋な配下だけで単なるビーストマンはその場で待機させているようだ。 

 

 不意打ち食らったのは間違いない。

 何故か追撃も無い。

 何にせよ、このままじゃジリ貧になるし、そうでなくともクソヤバい。

 

 慌てて『人化』を解除し、ステータスを取り戻す。同時に被ダメージもHPの60%を超えていたのが、15%以下まで回復する。

 装備も本来のものにチェンジした。ただしいつもの槍でなく、黒い片手剣『傷喰らい』と黒い丸盾『魔喰らい』のユグドラシル時代からセットで愛用している神器級だ。『傷喰らい』は一戦闘中に一回だけだが蓄積した物理攻撃による被ダメージをまんま物理攻撃力に上乗せする。『魔喰らい』は全魔法攻撃を軽減するだけでなく、軽減された割合で敵の使用MPを吸収する。

 

 一息ついて、敵を見れば……弱っ!……良いところ90レベルも無いように感じた。やはり『人化』は危ういな、などと思えるぐらいには余裕もできた。

 

「さて……誰だ?」

 

 順当に考えれば、俺の所在を確実に知っているデミウルゴスの手下なのだろうが、知力のバケモノである魔皇ヤルダバオトの配下にしては差し向けてきた刺客が弱過ぎた……単純な話の可能性は、むしろ低い。

 ティーヌを俺達が滞在している竜王国の首都に移送した以上、連中のギルメンには諜報特化のプレイヤーまでいる可能性が高い。

 であれば、帝都の交戦でそれなりに俺の能力を見せたのだから、こんな弱っちいのを差し向けてくるはずがない。伏兵としてダークエルフのドルイドとテイマーもいるのかもしれないが、前線に立つ奴があまりにしょぼ過ぎる。しかも不意打ち成功後に追撃しないマヌケでもある。

 

 それともぶん殴った後に話合いでもするつもりか?

 

 銀色甲冑が何もせず俺を見下したまま、宙に浮いていた。

 

「フライ!」

 

 同じ高度まで上昇する。

 やはり銀色甲冑に動きはない。

 余裕なのであれば伏兵がいるはず……が、快晴の空にそれらしい姿はなく、見える範囲にもいない。

 周囲に展開する眷属からも異常の知らせは無い。

 魔法攻撃の気配も無い……それが可能ならば初手は魔法爆撃だろうから、その可能性は極めて低い。阻害もデバフの類も感じられないし、眷属も感知していない。

 『人化』したまま高位の魔法爆撃を喰らって、コイツに追撃されたら、それこそ霊界直行の可能性まであったけど……

 

「……で、どちらさんですかね?」

 

 銀色甲冑は俺を見ていた。

 戦力的には既に逆転されているのは判るだろうに……先手を取った自信からなのか、単純にバカなのか……判断できない。

 そして口が重いのか、全く喋らない。

 眼下ではビーストマンの配下が結集しつつある。

 

「コ・ト・バ! 通じますかぁ?」

「……君という存在が判断できないよ」

 

 銀色甲冑が初めて言葉を発した。

 話し始めると舌が滑らかになったのか、そのまま言葉を吐き続けた。

 

「悪なのに善にも見える。存在だけならばどう贔屓目に見ても君は悪だ。しかし世界に悪い影響を与えるわけでもない。むしろ大局で見れば正しいようにも思える」

 

 ……神?……なの、コイツ?

 

 えらい高い立ち位置からの発言を極めて自然に発する銀色甲冑……なんか気に入らない奴だ。まあ、神であれば俺とは存在そのものが対極に位置するわけだから気に入らないのは仕方ないのかもしれないけど、それだけの理由で短絡的に敵対するのもバカバカしい。

 

「君のその姿は邪悪そのものだよ。強大過ぎる力も世界にとって決して好ましいものではない……でも竜王国もビーストマンの国も決して悪い結果を得たとは言えない。本来多くの者の犠牲無しに達成できるような話ではないのだからね。それに君の持つ巨大な力を使ったわけでもないから、介入し過ぎた、とも言えない……君は何を考えているのかな?」

 

 お話も結構だが、まず誰なんだ、お前?……そう思いながら、改めて神のような発言をする銀色甲冑を見た。

 竜がモチーフの甲冑だか、見た目は大して価値のある素材を使っているようにも思えない。武器は宙に浮く四つで間違いないだろう。ラキュースさんの装備する『浮遊する剣群』かエドストレームの魔法付与済みの三日月刀みたいなものか……その割に俺は攻撃を受けたのだから、ラキュースさんの「射出!」というような合言葉は必要ないのだろう。

 装備全般どう見ても前衛職だが、大して強くもない。

 一対一の状況でレベル差を考えれば、どう転んでも魔神の俺が追い込まれることはないだろう。

 

 ……お陰でかなり余裕ができた。

 

「まず俺はゼブル……貴方の名は?」

「…………リク・アガネイア」

 

 偽名確定……答えるまでの間が長すぎるわ!

 でも情報系の能力は……まあ、大したことはない。

 偽名を使うのに事前準備をしていない。

 そのくせ、こうして会話はする。

 会話自体が危険だ……この状況では敵に有益な情報をくれてやるような行為に等しい。

 防諜用攻性防壁も発動しない……能力解析もしないのか、使えないのか?

 ぶん殴って……実際に交戦して、敵の能力の底を見る感じか?

 情報収集自体も甘い……俺のスキルについてはほぼ把握していない。

 そして強いつもりなのか……発言がまるで神様だ。

 つまり相当な自信家なんだろう……プレイヤーと言うには大きな違和感を感じる……この程度のレベルで神の如き立ち位置はプレイヤーならばあり得ないレベルで恥ずかしいが、現地勢ならば十二分に理解できる。

 だが断言もできない……ロールプレイヤーって存在が厄介だ。

 仮にプレイヤーだとするならば甲冑そのものが擬態……あるいは遠隔操作のゴーレムの可能性も捨てきれない……だとすれば、発言や立ち位置から感じられる異様な精神性はともかく、操作能力は100レベルで間違いない。

 さらに言えば、仮に100レベル超のユグドラシル産ボスであったら……この甲冑が同時複数で襲撃してきても不思議ではない。

 もっと言えば、俺の知らない職業やスキルの可能性もある。

 

 まだまだ判断を下すには早い……もっと情報を引き出すべきか?

 

「えーっと、じゃあ、リクさんと呼べば良いのかな?」

「それは断るよ」

「んじゃ、アガネイアさん?」

「それならば構わない」

「んで、アガネイアさんは何者?」

「……何者でもないよ。世界を守りたいと思ってはいるけどね……それよりも君の考えを聞かせて欲しい」

 

 攻防で言えば防御のターンだ。

 素直に答えるか?

 嘘で取り繕うか?

 あえて反抗してみるか?

 

 能力が不明な上に……何者であるのかも不明……虚言の効果も不明……反抗するにはまだ早い……か。

 

「俺は俺の居場所があれば、それで充分満たされますよ……その上で美味い飯があれば言うことがありませんね」

「世界を支配する、とかは考えないのかな?」

「面倒くさいのはゴメンだけど……支配した方が効率が良い局面では躊躇うつもりもないね」

「効率……?」

「そう……生き残るのが最優先。自分が満たされるのが2番目……その為には最短距離で何でもやるさ」

 

 リク・アガネイアの気配は変わらない。

 だが少しだけ憤りのようなものが滲んでいた。

 

「その力を持つ者が言うと、危険な考えだね」

「そうかもしれない……だが誰かの為に遠慮するつもりも、死んでやるつもりない。自己犠牲なんざクソ喰らえだ……俺は俺の好きにやるさ」

 

 ここまでは素直に本心を言った。

 これで襲い掛かってくるようならば、殲滅するまでだ……が、そこまで短絡的な直情バカではないようで、リク・アガネイアは落ち着いた口調で柔らかな言葉を続けた。

 

「その為に竜王国を救い、ビーストマンを配下にしたのかい?」

「俺にとってはその方が都合が良いだけ……竜王国にもビーストマンにもまだまだ利用価値がある。素直に利用されてくれる間は相手にも良い思いをしてもらった方がお互いに都合が良いだろう」

「……だから竜王国の復興をビーストマンにさせるのかい?」

「いや、これは俺の都合だよ。ビーストマンの身体能力は人間の10倍……だから10倍早く仕事が終わるはずだ。それをもっと早く終わらせる。そして穀物を中心に作物を作り、王国や帝国に出荷し、儲ける。実際に儲かることを理解させれば、竜王国人もここで働き始めるだろう。ビーストマンへの恐怖よりも明日の餓死の方が切実だろうしな。軌道に乗ればお互いに協力することも可能なはずだ。まだ食料はこちらで用意しているが、ビーストマンも労働の対価として畜肉を手に入れられる事を理解すれば、大人しく恵まれた身体能力を活かして労働力を提供する方が、はるかに安全で豊かな未来を手に入れられることを理解するだろう」

「君はどこで儲けるのかな?」

「俺は竜王国から南方侯に任ぜられた。税でも運搬手数料でも構わない。この土地が豊かになればいくらでも儲かる。王都でも帝都でも配下が儲ける。全ての段階で少しづつ儲かる……結果として俺の居場所が少し広くなった。それで満足さ」

「……そんなに儲けて、どうするのつもりなんだい?」

「どうもしない……強いて言えば、金はそれ自体が力だ。金貨1枚では大した事ができないが、100枚あれば誰かの人生を変えられる。1000枚あれば命を救える。1000万枚あれば国の命運を左右できる。俺一人ならば金貨1枚……日々美味いものが食えれば満足するけどな」

「君の力で奪おうとは思わないのかな?」

「奪ってどうする?……後が続かない上に無駄なヘイトを集めるだろ。そんな無駄かつ危険なことをしなくてもシステムを作り上げれば半永久的に儲けることが可能なんだ……だから俺はシステムを大きく育てる。俺に関わる全てが豊かになれば、より大きな力を得る。結果的に俺の命は危険に晒される可能性が減る。つまり生き残る可能性が高まる……まあ、カッコいい風に言ったかもしれないが、現実にはシステムを拡大したい欲求が強いから、どうにも止められないだけだ……それを支配欲って言うのならば、そうなんだろう」

 

 リク・アガネイアは押し黙った……何を考えているのか?

 そして攻防チェンジの時間だ。

 お前の情報を吐け。

 

「じゃ、まずアガネイアさんはプレイヤーなのかな?」

「私がぷれいやーとは心外だね……」

「つまりプレイヤーではない、と?」

「判断つきかねる君に正体を明かすつもりはないよ」

 

 即答と声音から考えて、プレイヤーでないことはほぼ確定。

 カルマ値によって行動が変化するタイプのユグドラシル産ボスならば、俺のカルマ値ぐらい分かり易いものに「判断つきかねる」とは言わないだろう。

 現地産の可能性が最も高いように思えるが、やはりロールプレイヤーの存在が判断を迷わせる。

 仮に現地勢だとすれば『神人』もしくは『真なる竜王』が強者の代表格だ。

 そして『神人』ならばプレイヤーの子孫……プレイヤーか、と問われて「心外」と答える可能性は低いように思える。地理的には法国が近いが、プレイヤーを神と崇めている連中と考えるのは無理がある。

 であれば、俺の知る限りでは『真なる竜王』の可能性が高い。それ以外にカンストプレイヤーに届き得る存在の知識が無いのだ……こんな時に限ってティーヌが不在なのが痛い。

 

「では、なんでいきなり俺をぶん殴った?」

「試しだよ……反撃されるのであれば、君を屠るつもりだった。でも君は反撃しなかった。だから判断を迷ったのだけど、こうして会話してみると、もっと判断つきかねる存在だと判明した」

 

 やはり俺の能力を把握しているわけではない。

 魔神アバターに臆する風もないが、ステータスが激変したことも理解していないようにも感じる。戦力的には逆立ちしても勝てない差が突如として生じたのに……リク・アガネイアは自身の優位を信じて疑わない。

 会話からはバカとは思えない。

 ロールプレイヤーだから立ち位置が変えられない、とも思えない。

 では、コイツの自信の根拠は?

 やはり遠隔操作の可能性が高いか……現地産の『真なる竜王』って奴がどれほどのものか不明だけど、凄まじいレベルで想像を絶する距離の遠隔操作が可能であれば、この銀色甲冑を何体屠っても本体は無傷……そんなカラクリがしっくりくる。

 もしくは『人化』スキルのように解除すれば劇的に能力が向上するか……そうであればコイツはレイドボスクラスのバケモノとなるが、それについての対抗手段はいくらでも思い付く。

 やはり俺にとっての最悪は遠隔操作だ。本体の位置を把握しない限り、安心して眠る事もできなくなる……魔神アバターさえ維持していればアイテム不要で睡眠不要だけど……まあ、本体を滅ぼすまで安心できなくなるのは間違いない。目を付けられたら最後……精神的疲弊が相手を滅ぼすまで続くの勘弁願いたいだけでなく、事実上『人化』を封じられてしまう。となると、社会的な問題が色々と生じるはずだ……面倒くさっ!

 

 とにかくこんな面倒くさいヤツに『モモンガ』さんの奪還計画を邪魔させるわけにはいかない。

 

「で、アガネイアさん基準で俺は許されたのかな?」

「君は悪だが結果として善を成す。私にとっては人間だけでなく亜人であっても個々の種の趨勢はどうでも良いのだけど、別に積極的に滅びを望むわけではないからね……その点、君はスレイン法国のようにどちらか一方に肩入れするわけでもない。だから迷うのさ。君の強大な力を放置すれば、いずれ悪を成す可能性は高いと思うけど……可能性で断罪するのであれば、私を含めたこの世界の全てを滅ぼさなくてはならなくなるからね」

 

 やはり根本的なところは理解し合えない。

 薄気味悪い理屈を並べる甲冑が決定的な異物に見えた……根っこが単なる人間でしかない俺には悍ましい精神的なバケモノとしか思えなかった。

 

 ……コイツはいずれ殺る……それだけは決定……だけど現状の最優先は『モモンガ』さんの奪還と、その為の下準備だ。

 

「んじゃ、とりあえず俺は許された、と考えることにするよ」

「猶予だよ……力を持つ者はその力の使い方に注意を払い、責任を取る必要がある。くれぐれも忘れないで欲しい……君を見ているのは私だ」

「最後に一つ、お願いがあるんだけど良いかな?……ダメなら良いけど」

「なんだい?」

「一発、ぶん殴らせてくれないかな……このままじゃ、俺は殴られ損だろ?」

「それは………断るよ」

 

 予想通り……少し迷った。

 殴らせても良いか……なんて僅かでも考えてくれたのならば、遠隔操作説が補強される。

 

「んじゃ、代わりに正直に答えて欲しい……良いかな?」

「正体は明かさないよ」

「イエスかノーで良いんだけど……どうかな?」

「正直に答える確約はしないよ」

 

 事実上「イエス」の回答だ。それで結構……反応が見たいだけだ。

 

「アガネイアさんは『真なる竜王』なのかな?」

「…………答えはノーだよ」

「うーん、違ったか……残念。世界的な有名人と知り合いになったと思ったんだけど……違うんじゃ、仕方ないな」

「残念だけど、違うよ」

 

 リク・アガネイアが距離を広げた。

 暫く見守っていると、やがて消えた。

 

「……バイバイ、竜王」

 

 眼下ではビーストマンの配下達がホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 ど、ど、ど……どうしよう?

 

 ナザリックの絶対支配者は例によって悩んでいた。

 骨だけの身体から溢れ出す緊張がハンパない。

 

 やっと会える……会って、話して、守護者達に紹介して……いや、その前に謝罪だな……まずは謝罪だろ、社会人としては……それから改めて友好関係を確認して……でもなぁ……最大の功労者のデミウルゴスは『ばある・ぜぶる』さんを配下に加える気満々だし……ちょっと2人だけで話して、形式だけでも配下って事にしてもらえないかなぁ?……無理だよなぁ……あの人、そういうのを嫌っていたから、あれだけ仲間がいたのにギルドどころかクランすら結成しなかったんだし……基本、良い人だけど、根本が俺とは違うしなぁ……

 

 今までの数々の失態が存在しない脳内を駆け巡る。

 特に帝都は酷かった。

 残された鈴木悟の部分がどうしても落ち込んでしまう。

 しかし解決法を捻り出さねばならない……しかも最高の知謀を誇るデミウルゴスどころか守護者達に頼らずに、だ。

 

「……でも、全方向で破綻させない為には、もう全身全霊全力でお願いするしかないよなぁ……ナザリックの全施設を無償で使い放題とかで手を打ってもらえないだろうか?」

 

 完全な思い付きだが、固有のギルドホームを持たない『ばある・ぜぶる』にとってはかなりの好条件に思えた。

 報告によれば「竜王国で新たな拠点を建設中」とあったが、所詮はこの世界の技術でしかない。あの為人ならばユグドラシル産の希少素材をかなり抱え込んでいるはずだ。その上で生産系のスキルは基本的なものすらほとんど持っていなかった記憶がある……死蔵は『ギルドクラッシャー』の理念からは遠く外れるのだから、活用できていない現状に忸怩たる思いがあるのも予想できる。

 

 ……これはイケる……かも?

 

 中々の手応えを感じる……鍛治長の腕であれば問題無い。

 共存共栄……ちょっと芝居をしてもらうだけでそれが可能になる。

 明確な配下が嫌であれば、アインズとしては同盟でも構わないが、デミウルゴスやアルベド辺りが異議を唱えるような気もする。

 であれば……

 可能ならば適当な役職を作って、事実上の副ギルド長に形だけでも就任してもらえば問題無い……かな?……いや、厳しいなぁ……

 あくまで形式的な地位のつもりだが、守護者統括以上でも俺や『至高の41人』以下ならば守護者達も異論は挟めないはず……彼とその仲間達によって転移直前のナザリックが救われた事実を持ち出せば、少なくとも『ばある・ぜぶる』がナザリックにとっての恩人という地位を確立できるのではないか?

 デミウルゴスの提案に従って、世界征服の尖兵などという役割を与えようとしたら、間違いなく『ばある・ぜぶる』は逃げ出すだろう。

 最悪のケースでは敵対しないまでも二度と近付かないかもしれない。

 そもそも彼の性格でNPCの風下に甘んじるわけがないのだ。『ギルドクラッシャー』の面々にとって、どんなに組み込まれたAIが素晴らしかろうと拠点防衛用NPCは単なる障害物……その認識だからこそ「プレイヤー1500人の撃退」映像の中で活躍していたシャルティアに関心を持ったのであって、それ以上でもそれ以下でもないことは簡単に想像できる。

 

 ……認識の差が最後の難関なんだよなぁ、結局……

 

 『ばある・ぜぶる』は間違いなくNPCにNPC以上の価値を認めることはできないだろう。単なる障害物という認識だけでなく、ナザリックのギルメンにもアインズ以外に知り合いがいないのだから、こればかりはかなり時間を掛けなければ活路すら見出せない。

 守護者達は『ばある・ぜぶる』を自分達の上位者と認めることできるかもしれないが、アインズの下位者であることは譲れないはずだ。対等を認めてもらうのが難しいぐらいはさすがに理解している。

 よって『ばある・ぜぶる』に提案すべき地位はアインズ以下で守護者統括以上であり、可能な限り自由な裁量を与えて、責任は0に近い方が望ましい。その上でデミウルゴスにもアルベドにも反対されない立場……副ギルド長……そう考えるだけならば簡単だが、現実の落とし所はかなり難しいことも理解できる。

 まず高位の地位を与えるのに役割も責任も無いことを守護者達……特にアルベドとデミウルゴスが簡単に認めるはずがない。

 次にNPCごときに反対されるのであれば『ばある・ぜぶる』はナザリックに合流することそのものを簡単に放棄するはずだ。そもそもソロプレイ志向が強い上に、既にこちらの世界でかなり巨大な勢力を作り上げているのだ。さらに言えば、彼は『モモンガ』に親近感を感じているのであって、ナザリックを大切にしているわけではない。つまりナザリックのNPCなどどうでもいいのだ。そのNPCに反対されるのを我慢するはずがないし、それ以前にNPCに意見されることなど考えることもできないはず。

 

 副ギルド長……だと厳しいかなぁ?……副社長みたいなものだし……会社で言うところの最高顧問みたいな権威だけはある名誉職的な肩書きで、かつ『ばある・ぜぶる』さんが受け入れやすい良案がないものか……?

 

 ふぅ、と肺も気管支も無いが一息吐く。

 

「色々考えても、まずは合流してもらわないと話にならないからな……『ばある・ぜぶる』さんの配下の女戦士……アレはなんて言ったか……ティーナだかティーヌだか……アレに後押しを頼むってのも手かもしれないな。会談の約束を取り付けた褒美にデミウルゴスが何やらやるみたいだが、こっちの頼みも引き受けてくれるなら、もっと凄いモノをくれてやっても良いな。装備は……あんな低レベルの人間に全部神器級を与えるとか、いかにも『ばある・ぜぶる』さんらしいけど……今更武具やアクセサリーの類じゃ喜ばないよなぁ……デミウルゴスの考えた褒美をグレードアップさせてやるか?……それならば喜んで引き受けてくれるかもしれないし、何より後出しだから恥はかかないし」

 

 アインズは椅子から立ち上がり、自室の中をぐるぐると歩き始めた。

 

 緊張もあるが、同時に期待も大きい。

 存在しない心臓がドキドキしている。

 余程の事態が勃発しない限り、会える事は確定したのだ。

 帝都の件で怒っているかもしれないが、ちゃんと謝れば許してくると確信していた。

 シャルティアを見て逃げ出した『ばある・ぜぶる』は何を思ってそうしたのか……墳墓がナザリックなのは確認したはずなのだ。

 それなのに逃げ出すには理由があるはずだ。

 その理由を考え、実際に彼と会話したハムスケの要領を得ない記憶を呼び起こし、原因を探った。

 その結果、おそらく『はある・ぜぶる』の記憶にある『モモンガ』と実際に墳墓の支配者としてハムスケが語った「殿」とのギャップが原因だろうと結論付けていた。

 ハムスケは『モモンガ』を知らない。

 ハムスケが「殿」と呼ぶ、もの凄いバケモノであり、冒険者であり、戦士が支配者と認識された。

 バケモノ=異形種は問題無い。

 冒険者も身分を得る手段としては許容範囲内と考えるだろう。

 ただ問題は戦士という職だ。

 それは『ばある・ぜぶる』の知る『モモンガ』とは似ても似つかない人物像だったのだろう。自分でも成長を求めてのこととは言え、戦士はやり過ぎのような気がしないでもない。『完全なる戦士』を使用すれば、こちらの世界基準では超級の戦士にはなれるが、やはりユグドラシル基準の考え方ではあり得ない選択のような気もする。

 だから『ばある・ぜぶる』はナザリックの支配権が何者かに奪われたのではないか、と考えたに違いないのだ。

 

 だからこそ何かを企てて竜王国に向かってくれたと思うんだよなぁ……

 

 ニグレドの報告では一度帝都に戻ったのは確認されていた。

 そこからカッツェ平野に転移し、陸路で王国を掠め、竜王国に向かった。

 

 何故か、エ・ランテルを避けるんだよなぁ……

 

 竜王国の首都に到着後、ビーストマンの討伐を開始する。

 およそ1週間で決着するが、決戦前に奇妙な魔法がスキルを使う。

 

 黒いドーム……ね。たしか魔法はそんなにマニアックなものは持ち合わせていなかったはず……となると俺の知らないスキルだろうな。たしかにスキルに関しては特殊なモノばかりだった。キャラビルドは彼以外に到達したプレイヤーを聞いたこともない激レア種族に極めて特殊な専用レア職……であれば専用スキルも当然特殊なモノだらけだ。その上『ギルドクラッシャー』が破壊したギルド武器は数知れずなのだから、強化されていても全く不思議はない。

 

 さらに最終決戦後にも……今度は竜王国とビーストマンの国の国境付近で黒いドームのスキルを使用した上で、おそらく超位の魔法かスキルを使用した。黒いドームの中にいたのは『ばある・ぜぶる』とビーストマンの族長達や有力者達だけ……中で何があったのかは不明……か……

 

 そして竜王国から領土の南半分を統治する侯爵位を授与され、南方領土の復興に着手し始めたところ、と……彼は国民ではない為、あくまで領土の所有権も無く、貴族の義務も負っていないので名誉爵位に過ぎないらしい……が、実質的な旨味は手に入れた……と。

 

 エ・ランテルで冒険者になり、1日だけ活動。

 王都では犯罪組織を表の組織に転換して、莫大な資金源を手に入れた。

 帝都ではワーカーをまとめ上げ、闘技場の利権を手に入れ、貸金業にまで手を突っ込み、最終的には帝室にまで繋がりを持つに至った。

 そして竜王国では名誉爵位ながら南方侯爵となり、これまたとんでもない利権を手に入れた。

 彼がいつからこの世界にいるのか不明だが、不自然に感じるぐらい順調過ぎる。これも特殊なスキルのお陰なのか……それともリアルの経験によるものなのか……

 

 そして今ナザリックにいる女戦士は、こちらが情報を確認できる期間では最初期から『ばある・ぜぶる』こと冒険者ゼブルと行動を共にしていた。

 

「信頼しているのか、お気に入りなのか……いずれにしてもそれなりの影響力は期待しても良さそうだな」

 

 50レベルにも達していないような人間の女戦士を最側近にせざる得ない苦しい台所事情が透けて見えるが、それを指摘しては女戦士の機嫌を損ねるかもしれない。

 

 人材にはそれほど恵まれていないんだよなぁ……それでいて、あの成果は凄いけど……人材に恵まれ過ぎている俺とは全くの逆だよなぁ……

 

「……まあ、何にしても女戦士と面会するようだな」

 

 アインズはわざわざ自室から出て、担当メイドにデミウルゴスを迎える準備を頼むと、メッセージでデミウルゴスを呼び出した。

 名目は進捗状況の報告だが、女戦士の様子が知りたかったのである。

 デミウルゴスは即座に応答した。

 

「デミウルゴスか?」

「はっ、アインズ様……いただいたご連絡で申し訳ありませんが、至急お知らせした方が良いと思われる報告が御座います。よろしいでしょうか?」

 

 凄く嫌な予感がしたが、デミウルゴスが「至急」と言う以上、全ての状況が考慮された上で、あえて無礼を承知で報告を優先すべきと判断したのは明白だった。

 

「構わん……報告を優先させることを許す。お前の至急と判断したのだ……全てに優先するのだろう」

「はっ、有り難き幸せ……では、報告させていただきます。簡潔に申し上げるのならば、ゼブルが襲撃されました」

 

 ……はぁ?

 

 事態が上手く飲み込めない。一瞬、頭の中が真っ白になり、やがて怒涛のようにネガティブな感情が雪崩れ込んだ。発光が繰り返され、感情が抑制される度に、再度負の感情の津波が頭脳を侵食する……言葉を発するところまで落ち着くのに2〜3分は要した気がする。

 

「……なっ、なっ……なんだと!」

「アインズ様!……ご安心下さい。ゼブルは無事です。襲撃者も撤退し……」

「撤退だと!……殲滅ではないのか?」

「既にゼブル自身が襲撃者と話し合い、追い返したようです。状況は落ち着きを取り戻しております」

「どんな奴だ?」

 

 ……殺してやる、絶対に!

 

 強烈な殺意が漲り、再度発光が繰り返された。

 

「銀色の甲冑姿です。四つの武器が甲冑の周囲に展開しておりました」

「ばあ……いや、ゼブルの様子は?」

「人間の姿のまま不意打ちを食らい、ピンチに陥ったようですが『人化』を解除して事なきを得たようです。その後、暫く襲撃者と話し合っていたようですが、そのまま襲撃者の姿は消えました」

 

 少し意外な気がした。

 『人化』を解除した以上、そのままではヤバいと『ばある・ぜぶる』は判断したのだろうが……通常の彼の行動であれば、そこから即時撤退するはずだ。一時撤退し、情報収集の後、交戦もしくは接近、あるいは逃走となるのが普通のはずだ。

 種族レベルとその分のステータスを失う『人化』したままでは厳しいが、解除しただけで大した情報収集もせずに接近したとなると……周囲の安全確認を忘れるようなタイプではないのだから、大した敵ではないのだろうか?

 

「とにかくゼブルは無事なのだな?」

「はい、それは確認しております……つきましては……」

「断るぞ」

「……アインズ様!」

「私も同行する」

「危険で御座います! こちらに招いてから、お会いになれば……」

「私も行くのだ!」

 

 その後数時間に渡り、アルベド、デミウルゴスをはじめとする階層守護者達に説得され、アインズは泣く泣く竜王国へ向かうのを取りやめた。

 

 

 

 

 

 

**************************

 

 

 

 

 

 

 低いながらも岩山の頂に立つ『白金の竜王』ツァインドルクス・ヴァイシオンが遠隔操作する鎧の隣に人影があった。

 よく分からない人物だ。

 白髪の老齢に見えるのに、姿勢は素晴らしく、表情は活発かつ楽しげで、瞳の奥にはいたずらっ子のような輝きまであった。

 

「久方ぶりじゃな、ツアー」

「呼び出してすまないね、リグリット」

「なーに、ちょうどインベルンの嬢ちゃんに呼ばれて、竜王国まで来ておったところじゃ……それが偶然と言うこともあるまい……100年の揺り返しの時期かの?」

「嬢ちゃん……あの娘のことかい?」

「そうじゃ……わしの後釜で冒険者をやっておるわ」

「よくあの娘が冒険者をやることに納得したね?……どんなトリックを使ったのかな?」

 

 途端にリグリット・ベルスー・カウラウは、カカカと楽しそうに笑った。

 

「あの泣き虫がぐちぐち言っておるから、わしが勝ったら言う事聞け、と言ってな、ぼこってやったわ!」

「……あの娘に勝てる人間は君ぐらいだよ」

「まぁ、仲間達も協力してくれたしの……」

 

 リグリットは唐突に真顔を見せた。

 

「……ところであの泣き虫に勝てる人間がかなり数増えた、と聞いたら、おぬしはどう思うんじゃ?」

「あー、それで君は100年の揺り返しと言ったんだね」

「そうじゃ……今回はリーダーのように世界に協力する者か……」

「私も一人見かけたよ」

 

 やはり偶然はなかったの、と思いながらリグリットは黙った。

 中身が空洞のツアーの鎧が南を見つめていた。

 リグリットもそのことは十二分に知っていたが、連れて南を見た。

 

「……人間の姿に化けていたから、一発殴ってみたんだ。そうしたら正体を現したよ。アレは悪魔なのかな?……邪悪な存在なのは間違いない。でも荒れ果てた竜王国を、原因であるビーストマンを使って復興させていた。ちょっと掴みどころの無い考え方をしていたよ。極めて自分勝手と思える理屈を振りかざしながら、自分について来る者達には豊かになって欲しい……そんなことを言っていたかな。それが一方だけでなく、竜王国にもビーストマンにもと言うのだから、ちょっと判断が下せなくなってしまったんだ」

「世界を我がものに……支配欲の現れではないのか?」

「その手の輩であれば、その場で屠っていたさ……戦闘能力そのものは、私にとってはそれほどとは感じなかったからね。彼は金に執着しているようで、金を財でなく力と言い切ったんだ。自分は金貨一枚で満足するが、1000万枚あれば国家の命運を左右できるだったか……稼ぐシステムを作り上げ、大きくしたいと言っていたかな……奪うのは愚か、みたいな事も……」

 

 リグリットは考え込み、やがて顔を上げた。

 

「どうにも嬢ちゃん達から聞いたゼブルとかいう冒険者と印象が被るが、嬢ちゃん曰く、そやつはからは人間の気配しかしないらしいが……」

「……彼もゼブルと名乗っていたかな」

「正体は悪魔、と言うことかの?」

「竜王国から南方侯爵に任ぜられたらしいよ……私の遠縁とは言え、いったいあの娘は何をやっているかな」

 

 ツアーの声音は呆れていた。

 

「そう言うてやるな……インベルンの嬢ちゃんもわしの古い仲間達も、皆騙されておるんだから、の……しかもゼブルは竜王国に多額の復興資金を貸し付けておるらしいし、の」

「それが彼の言う、金の力が国家の命運を左右する、というところだね」

「そうなんじゃろうな……して、おぬしは冒険者を引退したわしに何をして欲しいんじゃ?」

「呼び出した時点では引退したとは知らなかったからね……すまないとは思うけど、是非やって欲しい」

「だから何をさせたいんじゃ?……他でもない古き友の頼みじゃ。大概の事はやるが、の」

「……監視……」

「なんじゃ、ゼブルとかいう悪魔人間を監視すれば良いのか?」

「……と浸透だね」

「……浸透?」

「彼の勢力に接近して、可能ならば入り込んで欲しい。彼が何を考え、何を目指しているのか……場合によっては……」

「ゼブルはぷれいやーなんじゃろ?」

「戦闘に関しては問題無いよ……いざと言う時は私が対処するから……でも私では探れないんだ。私自身は動けないし、鎧は覚えられたからね」

 

 リグリットは空っぽの鎧を見て、ニヤリと笑った。

 

「わしの友はこの鎧だからのぉ……鎧のツアーに頼まれては嫌とは言えんが、実は泣き虫が言うにゼブルを探るのは中々に骨らしい。嬢ちゃん達は何度も出し抜かれて、散々コケにされているようじゃ、の……なにしろゼブルとやらが悪魔である事も見抜けん未熟者達じゃ……『青の薔薇』からも同じような頼みを受けたところだ。わしにバックアップを頼みたいらしいのう……アレらはアレらでゼブルの企みらしき走り書きを見つけて、その阻止に向けて動くようだのう」

「企み?」

「……嬢ちゃんがゼブルの宿のゴミ箱で見付けたそうじゃ……戦争……本人ではなく腹心の筆跡だったが、そう書いてあったらしいが、の」

「戦争……となると戦争を起こすつもりでならば問題だね。でも彼の考え方ではそうとも言い切れないよ。金儲けの邪魔と判断して、恒例の帝国と王国の諍いを止めるつもりなのかもしれないし、戦争に乗じて儲けるつもりなのかもしれない……いずれにしても監視は必要だけどね」

「そうなる、の……ただわしの知人もゼブルの配下にいるからのう……浸透とやらは、おぬしの希望に添えぬかもしれん」

「やれる範囲で構わないよ……お願いできるかな?」

「引き受けよう」

「では頼んだよ」

 

 ツアーは老齢に似合わぬ身のこなしで岩山を駆け下りるリグリットを楽しい気持ちで眺めた。齢を重ね、細く弱くなった彼女だが、その分経験を積んだとも言える。

 突き立つ岩の先端を走るように飛び移る彼女の影が不意に消えた。

 それを確認して、銀色の甲冑も岩山の頂から消え失せた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 やたら長身な男が窓の外を眺めていた。

 身の丈は軽く2メートルを超えるだろう。

 男にとって行き交う人間達の動きは実に興味深かった。

 物が動き、金が動き、活気に溢れる街並みは笑顔で満たされている。

 

 ……疼くな……

 

 本能に等しい衝動が湧き上がるのを抑えつける。

 他の仲間よりは恵まれている……そう思い込んだ。少なくとも頭の中では楽しめる。ビーストマンなどと言う面白味の無い存在に囲まれているぐらいならば、まだ人間社会で役目を仰せつかった自分は運が良い。

 

 退屈で欠伸が出るのを噛み殺す。

 気を紛らす為に与えられた部屋の中を歩き回った。

 予定らしい予定もなく、日々飼い殺しに等しい状態が続いていたが、それでも存在が希薄だった頃に比べれば、はるかに面白い毎日だった。

 

 不意に笑いが漏れた。

 

 他者がいれば「凶相」と呼ぶかもしれない。

 だが誰もいなかった。

 だからこうして人間の姿をとっていた。

 

 自由だ……実に自由だ。

 

 ふと部屋の外に出るのも自由ではないかと思い付いた。

 躊躇なくドアノブに手を掛ける。

 制約はなく、ノブはグルリと回った……否、回すことができた。

 ドアを押し開ける。

 強烈な開放感に身を任せ、部屋の外へ一歩踏み出す。

 

「誰だ?」

 

 誰だ……とは、私に向けられたものか?

 

 男は長く伸びる廊下を見た。

 小柄な仮面が男を見上げていた。

 なんとも奇妙な存在だった……人間の気配は感じなかったのに、その仮面の女は2メートルもない距離にいたのだ。

 だが、その存在が何であろうと……面白い。

 

「貴女こそ誰ですか?」

「私は『青の薔薇』のイビルアイだ。お前こそ、王城のこの限られた者しか入ることを許されない建物の中では見た記憶が無いぞ……誰なんだ?」

 

 彼女の言う通り、本宮殿ではないとはいえ、王城内のこの質素極まる建物は南方侯爵である主人に下賜されたものだった……が、限られた者しか入ることを許されないのでなく、誰も近寄らない、と言うのが正しいだろう。

 南方復興に関する情報公開と陳情受付の為、一階は首都に避難していた南方の国民に限らず万人に向け開放しているが、その広々とした空間に対して訪問者の数はおそろしく少ない。

 2階以上も関係者以外立ち入り禁止とは明示してあるものの、誰かが入ったところで咎める者はいない。せいぜい騒げば注意を受ける程度だろう。この竜王国において、南方侯に実力をもって反抗しようという者など皆無だ。南方侯と婚約するのではないかと囁かれる女王ですら不可能だ。資金力も軍事力も桁が違う。 

 目の前の仮面の女……イビルアイとやらも誰の許しがあったわけでもなかろうに堂々と侵入しているのだろうが……なにしろ許可制だとすれば、許可権者に違いない主人不在の現在、許可権者は自分をおいて他にないのだ。そしてそんな許可を承諾した覚えは無かった。

 女の言葉を反芻する。

 『青の薔薇』……主人から聞いた記憶がある。何故か毎度毎度絡んでくる厄介な集団……でも手を出すな、とも命じられた……つまり要注意だ。

 そして面白い。

 

「私はブエルと申します」

「ブエル?……知らんな」

「知らなくて当然……私が来たのは、つい4日ほど前ですから」

 

 身なりの良い男。

 過度でなく、嫌味が無く、センス良く上品にまとめている。

 かなりの長身に加えて体格も良い。

 少々厳ついが顔立ちも良く、美男と言って間違いない。

 王城という特殊な場にも違和感を感じさせない。

 だが、それだけに唐突に現れた感を隠せなかった。

 そんな男が出てきたのは、南方侯爵に特別に与えられた建物の最上階の一室だった。

 イビルアイが不審に思わないわけがない。

 しかしそんな事は関係無かった。

 何よりもブエルと名乗った男の優しげな笑顔が不穏なのだ。

 ゼブルに通じる何かを、笑顔の奥底に感じさせた。

 難度は不明。

 男は略礼服姿……いくつかの指輪は身に付けているが、素の状態……イビルアイにとって問題無いように思えるとはいえ、能力を隠しているのだろう。

 

 唐突に奇妙な気配を感じたので思わず声をかけてしまったのだが、冷静に考えれば立場上拙いのは、どう考えても自分だった。

 

「お前はゼブルの配下なのか?」

「その通りです……貴女こそ許可があるわけではありませんね?」

「……私は……その……アイツの知り合いだ!」

「そうですか……しかし上階は関係者以外立ち入り禁止のはずですが?」

 

 だからこそ調査の為に侵入を繰り返していたのだ……あえて気配を消すだけに止め、堂々と歩き回っていたのだが……警備はザルそのもの……これまでどの部屋に侵入しようと咎められたことなど無かった。稀にすれ違う文官をやり過ごすだけで良かったのだが……気配を探っても何も感じなかった部屋から突然大男が出て来たのだ。

 

「……ですが、侵入者を排除しろ、と命を受けたわけではありません。お好きに調査されるがよろしいでしょう。私の許可を得た、と言えば誰も咎めることはありません」

 

 あまりと言えばあまりな申し出にイビルアイが感じたのは不快感だったが、思わずポカンとブエルと名乗った男の顔を見返してしまった。

 

「……よろしければお茶でもいかがですか?……他のお二人も」

 

 ブエルの言葉にティアとティナが姿を現した。

 調査の本命だった2人もバレていた……イビルアイがあえて目立っていた意味を失ったのだ。

 

「……おかしい」

「見せ場すらなかった」

「格好良く救出の予定だった……」

「格好良く登場もできなかった……」

「失態」

「鬼ボスが鬼になる」

 

 ブエルは楽しそうに笑い、部屋に3人を招き入れた。

 メッセージでお茶の準備をさせる。

 

 やはり人間は愉快だ……表情の一つ一つが面白い……やはり自分は恵まれている。一気に3人も部下以外の人間と知り合うなど幸運以外のなにものでもないだろう。

 

 ブエルは主人に深く感謝した。

 この面白い世界に現出させてもらっただけでなく、この肉体を与えてくれたのだ。

 その上、面白い役目を与えてくれた。

 楽しまねば損だ。

 

 制約さえ守れば、他は自由……ブエルは脳に刻み込んだ。

 




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