予定より5〜6話ぐらい長い気がします。
週一更新ですが、お付き合いいただける方は気長にお付き合い下さい。
僅か3日で屋敷と言うよりも城の規模と堅牢さに仕上がった新拠点。
なだらかな傾斜の頂にある為、二階建ながらもビーストマンと膨大な物資で溢れる街が一望できた。
街の外側ではマーレと言うらしい子供ダークエルフプレイヤーが作物の大規模な超速成長を凄まじい勢いでこなしている。やはり高位のドルイドの力は凄まじく、時期に関係なく麦類に芋類が豊かに実っていた。
午後は野菜に果実と続き、その後は畜産飼料用のトウモロコシまでやってもらう予定だ。
屋敷の最奥の一室に俺はいた。
そして目の前に悪魔がいた。
100レベルなのは一眼で理解させられた。
濃いオレンジ色と言うか、朱色と言うか……微妙な色合いのスーツ姿に丸メガネが印象的だった。
帝都から持ち込んだソファに浅く腰掛け、口角を上げた笑顔の前で両手を合わせている。
魔神と悪魔が同じ部屋に居合わせる……ユグドラシルの頃でもヘルヘイム以外ではほとんど見られない光景だ。
「お初にお目に掛かります、ゼブル殿」
「デミウルゴスさんでしたね……ティーヌが世話になったみたいで」
「いえ、我々にとっては大したことではありません。喜んでいただけたのでしたら、なによりです」
余裕か……力の差を暗に示しているのかな?
でも、こちらの手の内を知り尽くしているわけでもないのも伝わる。
つまり逆算して考えれば、コイツらの監視手段は光学的に遠隔からのみ……把握していることも限られるわけだ。
「是非、ゼブル殿にも我々の拠点にいらしていただきたい。それこそ最高の歓待でお迎えいたしますよ」
「それは楽しみです……ところでティーヌは?」
「彼女は我々の依頼に応え、こうしてゼブル殿との会談の機会を見事にセッティングしていただきました。我々は仕事の成果には報酬を支払います。彼女には彼女が望み得る最高の報酬を受け取っているところです。ゼブル殿の来訪の際には一緒に帰れるようになっているでしょう」
「ちなみに、その報酬とは?」
「それは直接確認して下さい……ゼブル殿も驚かれると思いますよ」
俺は頷き、茶を飲んだ。
デミウルゴスもそれに倣う。
会談の前哨戦はデミウルゴス=魔皇勢力優位。
ただし彼等の穴も確認できた。
諜報特化の高レベルプレイヤーは存在するが、リスクを犯さない性格なのだろう。まあ、そうでなければ諜報特化のビルドなどにするわけがないのだけれど……その穴を確認しているのと、していないのでは雲泥の差がある。
「では、本題に入りましょうか?」
ティーカップから顔を上げると、悪魔は実に楽しそうに笑っていた。
「本題ですか……墳墓に対する攻勢ですよね。その為の連携の打ち合わせと考えていたのですが……間違いありませんか?」
「その通りです。さすがはゼブル殿……話が早くて助かります」
「我々が前面に立つ。そちらはバックアップ……俺の勝手な想像ではそうなっていますけど、それも間違いありませんか?」
「その通りです……貴方は実に話が早い」
「では、話が早いついでに一つこちらの要望を受け入れていただきたい」
本来ならば墳墓勢力を前面にして、魔皇勢力に後背を取られるような立場は遠慮したいところだが、こちらには『モモンガ』の奪還という最大の目的がある。リスクは飛躍的に高まるけど、魔皇勢力に前線を任せて、仮に『モモンガ』さんの奪還が成った場合、身柄にについての優先権を主張させるわけにはいかない。墳墓はナザリックなのだから、映像だけの知識とはいえ、初見ではないのもこちらの強みだし、しょーじきなところ第八階層以外はノーダメージで切り抜ける自信もある。逆に言えば、あそこだけは行き当たりばったりの対処になるが『モモンガ』さんのアレさえ発動しなければ、ノーダメージは無理でも、なんとかなるような気がしないでもない。
むしろ問題は「殿」とギルメンの実力だ。
なにしろ情報が一切無い。
NPCならば、何体いようが各個撃破に徹すればなんとでもなる気がするけど、ギルメンは単体では弱者でも連携に徹されるとかなり厳しいし、単独で突っ込んでくるようなバカも少ない。むしろ単独で突っ込んでくるのような輩は「PVPに自信有り」の実力者の可能性が高い。
こんな状況で敵の人数すら不明なのに突っ込むのは半ば自殺だ。
そうでなくともあの『モモンガ』さんを倒し切った実力なのだから、『えんじょい子』さんレベルの相当なPVP強者の可能性もあり得るし、大手ギルド並みの圧倒的多勢を誇る可能性もあり得る。最悪なのはアインズ・ウール・ゴウンのギルメンだった『ぷにっと萌え』さんのような対プレイヤーの軍師的存在までいるケースだ。その時は殺り合う前からほぼほぼ詰みゲー状態だ。
でも、やらなければならないんだよなぁ……まあ一縷の望みは『モモンガ』さんさえ奪還できればナザリックの機能がこちらに味方するということなんだけど……それでも半分以上自殺だよなぁ……少なくとも第八階層を抜けなければ話にならないし……絶対にそうならないように打てる手は全て打ったつもりだけど、それでも地の利は敵にあるし……
「要望ですか?……可能なものであれば、全てお応えしましょう」
「……事が成った場合、俺はどうしても欲しい戦利品がある。その優先権をこちらに頂きたい」
それまで楽しそうに笑い、滑らかに喋っていたデミウルゴスが黙った。
嘘か本当か、来訪時に「全権代理」と自称した奴が、である。
つまり魔皇勢力も何か譲れないモノがあるのだろう。
「それを手に入れられるならば、俺がこの世界で手に入れた利権の全てと交換しても良い……絶対に欲しいんだ」
「……ちなみにソレは何でしょう?……ワールドアイテムの類ですか?」
熱意に押し出される形でデミウルゴスが反応した。
ワールドアイテム……まあ、妥当な推測だろう。少人数の割に過去には超有名PKギルドだったあそこには10を超えるワールドアイテムが保管されているはずだ。『モモンガ』さんと打ち解けてからは何回も自慢話や入手の際の苦労話を聞いた。奪われた話もされたこともある。
もう一つの有力候補であるギルド武器ならば、指定された使用者がいるはずだ。アインズ・ウール・ゴウンの場合ならば『モモンガ』さんだろう。
「何とは言えないが、ワールドアイテムじゃない。それだけは断言しよう」
「具体的に言えませんか?……それでは我々で協議することもできませんが」
「デミウルゴスさんは全権代理なんだろう?……この場で決められないのか?」
「何かによります……全権代理と言えど……例えば墳墓の権利の全てというような要望には即答できないどころか、お断りせざる得ない。となれば、この盟約は破棄せざる得ないのです。ここまで来て、私の迂闊な一言で全てを終わらせるわけにはいきません」
危惧の規模が大き過ぎるが、そんな要望じゃそもそも交渉のテーブルに上げるのもバカバカしい限りだ。「何でもやる」と言ったとしても、何でもやるわけがないのだ。たとえ言質を取っても「お前はバカか?」で終了だろう。
ここまで魔皇勢力には良いようにやられっぱなしで、とうとうナザリックに特攻するハメに陥ったが、そういう意味では多少なりとも良心的なのかもしれない……デミウルゴスによる時間の引き伸ばしでなければ、だが。
譲歩を引き出す取引材料は……?
いろいろ思い付くが、どれも決め手に欠ける。
どうしても「持ち帰る」と言われた場合には、俺は協議の場に居合わせることができない。
そして魔皇勢力には、あのヤルダバオトがいる。奴ならば同盟相手の弱味を握って利用とまでは言わないが、弱味を知ったら譲歩の対価をつり上げる程度のことは考えるだろう。
となると……本命を言うしかないのか?
少なくともデミウルゴスがヤルダバオトから全権を預かっている段階で決着させるには、それしかないように思える。『モモンガ』さんの奪還が魔皇勢力の狙いから外れていれば問題無く決着するだろう。
問題は本命が被った場合だが……その時は最終的に実力行使も考える必要が生じる。
俺の揃えた最大戦力で通用するのか……同盟相手であればざっくりと戦力ぐらいは把握できるだろう。問題なければ鏖殺する。そうでなければ、セバスさんのところか、この前の竜王を仲間に引き込むか、謀反覚悟で「殿」の配下を生かしておいて仲間に引き込むか、だ。
いずれにしてもナザリックに攻め込む段階では、魔皇勢力のバックアップは必要だ……そこから先は魔皇勢力の総戦力を把握してからでも遅くない。
「……墳墓はナザリック……知っていましたか?」
デミウルゴスが人差し指でメガネをクイッと上げた。
同時に空気が引き締まる。
低位のモンスターならば触れただけで死にそうな緊張が走っていた。
金剛石の視線が俺に突き刺さる。
つまり知っているのだ……そして俺が知っていることを想定していなかったのだ。
「……ナザリック地下大墳墓……至高の存在が住まう地ですね……どうやってそれを知り得たのですか?」
至高の存在?……何それ?……疑問はさておき、続けるしかない。
「最初に踏み込んだ時、NPCに会った……シャルティア・ブラッドフォールンという名の……『ペロロンチーノ』さんと言うギルメンの被造物だ。俺は彼の親友の知り合いなんだよ」
「ペロロンチーノ様……のご親友……のお知り合い……です……か?」
呆然としたデミウルゴスが、途切れ途切れに言葉を続けた。
彼の発していた殺意にも等しい緊張が唐突に緩む。
あまりに唐突だったので逆にビビって警戒したぐらいだ。
「そう……親友の名は『モモンガ』さんと言う。有名異形種PKギルドであるアインズ・ウール・ゴウンのギルド長だった……本人も非公式ラスボスと称されるぐらい有名なユグドラシルプレイヤーだ……おそらく彼は墳墓勢力に囚われているか、無力化されたか……最悪のケースでは滅ぼされたまで考えられるが、乗っ取られたとはいえナザリックが機能している以上、その可能性は低いと踏んでいる。俺は彼を救いたい。俺の手に入れた全てと引き換えにしても……」
立ち上がり、床に正座した。
そのまま深く頭を下げる……いわゆる土下座だ。
「……頼む、デミウルゴスさん……あんた達の力を貸して欲しい。前線には俺達が立つ。だから『モモンガ』さんを奪い返した場合、俺に優先権をくれ。他は何もいらない。全て譲る。だからっ!」
デミウルゴスが立ち上がる気配がした。
……ダメか……失敗した以上、今後の方針はコイツらの戦力調査だ。
顔を上げると目の前にデミウルゴスが立っていた。
「素晴らしい!……そう言わせていただきたい!」
悪魔が悪魔的に笑い、俺に手を差し伸べていた。
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すぅーーーーかっり忘れていました、メッセージってヤツを。
肉腫の便利さと配下の見事な服従っぷりに全く必要がなくなっていたんですよね……まっ、完全無欠の言い訳ですけど……
メッセージで久方振りに話した『モモンガ』さんは奇妙なことに改名していました。それも何故かギルド名と一緒するという暴挙……この世界の何処かに仲間がいた場合、すぐに分かるように配慮したらしい(本人談)ですが、正直なところ、アンタらはとにかくユグドラシル界隈の古参には有名過ぎる上に恨み買いまくりなんですから、古参プレイヤーがいた場合は逆に狙われるんじゃないの?……と心配になりました。最後期新参プレイヤーの俺ですら、伝説的存在としてユグドラシルのプレイ開始直後から、アバターはともかく名前だけは知っていたんですから、自身の知名度に無頓着すぎるのではないかと不安になります。
そうでなくとも『モモンガ』も十二分に有名な上にカワイイと思うんだけどなぁ……
んで、驚きの事実が次々に発覚です。
まずエ・ランテルにシャドウ・デーモンばら撒いていたのは『モモンガ』改めアインズさん……なんか言い慣れなくて気持ち悪っ!……なんでもアインズさんも冒険者稼業を始めたのがエ・ランテルなのが原因だそうですわ。なんて傍迷惑な!
次にセバスさんと爆乳メガネメイドはアインズさんのNPC……何度も何度も「マジですか?」と聞き返してしまいました。この世界では拠点防衛用NPCが拠点から離れられる上に人間じみた自主性もあるんですと!……「何それ、反則じゃん!」と言ったら、苦笑いで返されました。
更に墳墓の「殿」はアインズさん本人……「何故、戦士なのか?」と小一時間ほど問い詰めたい衝動を噛み殺すのが大変でした。ちなみにハムスケは森で拾ったそうですよ。もっと言えば、俺は冒険者稼業休業状態なので知りませんでしたが、王国3番目のアダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモンはアインズさんだそうです……じゃあ『モモンガ』で良くネ。
トドメに魔皇ヤルダバオトはデミウルゴスが作り上げた虚像な上に俺を引き寄せる為の罠です、と……魔皇勢力自体が全てアインズさんのところの拠点防衛用NPCな上に皇帝ジルクニフを見事にやり込めた知力のバケモノはデミウルゴス本人らしい……NPCは設定だけであり得んレベルの知力を得るそうですわ。もう世の中NPCだけで回せば良いんじゃねーかな……
そして最大の懸念はアインズさんの言葉で決着しました。
この世界に転移したのはアインズ・ウール・ゴウンではアインズさん一人だけ……それ以外にプレイヤーで見かけたのは俺だけ……過去はともかく、現時点では他にいるのかもしれないし、いないのかもしれない。
どんな理由でプレイヤーが転移するのかは一切不明。
全てが謎だらけ……でもアインズさんは「帰りたい」とは思わない。
俺も友人達に会いたいとは思うが、アーコロジー内の生活に「戻りたい」とは思わない。
2人とも同じような気持ちでした。
最後にモモン……いや、アインズさんは謝り倒しました。
帝都で俺の配下のワーカーを殺しまくったそうです。
事情を聞けば、肉腫の制約が裏目に出たのは間違いなさそうでした。
俺としては許すしかありません。
アインズさんの話を聞きながら、後で無駄に死亡したグリンガム以下には良い思いをさせてやることを決定しました。
まあ「全てはメッセージを無視するくせに『転移門』で逃げ回る俺を捕捉する為の行い」と言われれば、ぐうの音も出ないんですけどね。
色々話して、今度はティーヌを連れ帰るついでにナザリックを訪問する約束をしました。アインズさんは大人の事情というか、支配者の事情でこちらに来ようとするとNPC達に全力で阻止され、とんでもない大騒ぎになってしまうそうです。なんでも俺を襲撃した銀色甲冑に対して全NPCが警戒しているらしく、全く自由にさせてくれない、と。
……いや、なんかスミマセン……やっぱその場で殺っておけばよかった。
1週間ばかり拝借できることになったマーレきゅん(何故かオトコの娘)の作物促成栽培作戦の進捗を確認しつつ、彼の仕事終わりに合わせて、ナザリックを訪問する運びとなっております。
いやー、勘違いと経験不足ヤロウの無駄な深読みは怖いですね……予測の上に予測を積み重ねると現実が全く見えなくなる。今回、心底思い知らされましたわ。
で、困ったのが責任問題です。
配下を無駄に増やしてしまいました。
彼等を食わせなければなりません。
最初から全てを知っていれば『八本指』を奪おうなんて考えもしなかったでしょう……今頃はエ・ランテル辺りでチマチマ冒険者稼業に勤しんでいたかもしれません。
でも、現実にはビーストマンを含めれば100万を軽く超える勢力を築いてしまいました。我ながら迂闊以外のなにものでもありません。
もはや作り上げたシステムからは降りられないし、拡大のスピードを緩めることはできても、拡大そのものはやめられない。両肩にのし掛かる重圧に耐えながら、配下を食わせ続けるしか選択肢はないのです。
屋敷の屋上から街を眺めれば、おそろしいスピードで次々と建設は進行しています。ビーストマンの人足が木材を運び、石材を運び、足場を作り、もしくは撤去していました。街路には石畳が敷き詰められ、つい4日前には完全に廃墟だった街並みを再生どころか、大幅に発展させています。
マルファスというビーストマンとしては小柄な奴がこの屋敷の庭に設営された天幕で、農地を含めた工事の全てを指揮監督しているんです。想像をはるかに超えた優秀さです。
知識の無い俺は完全に傍観者でした。
なので考え事は捗ります。
さて、どうしようか?
逃げ出したい気持ちを圧し殺し……見たくない現実を反芻します。
もう……宣戦布告しちゃったよなぁ、ジルクニフ……
直近の大問題がそれでした。
穀物相場がえらいことになっていることからも、ほぼ間違いないでしょう。
元々俺達が買い占めているところに、収穫期を狙った例年通りの宣戦布告なされたので、一攫千金狙いどころか、パニック買いです。
これまで竜王国内の食力確保の為にそれまでの商慣習や取引先を押し退けて俺達が王国各地で資金力で圧倒し、領主達の醜聞まで持ち出して、脅して宥めすかして買いまくっていました。目端の利く商人達すら寄せ付けないレベルの買い占めをしていたところで、宣戦布告です。
結果は予測の必要すらありません。
専業兵士制の帝国でも看過できるレベルをはるかに超えているのに、王国内は農民の徴兵がある為、それはもうとんでもない勢いで暴騰しているとの情報を得ています……このままでは帝国はともかく王国では「餓死者続出待った無し」です。
伊達に『転移門』による買い付け運搬担当ではありませんよ。
いちおう行った先々でお役立ち情報を入手しています。
作物はマーレきゅんのお陰で既に収穫可能です。
高位ドルイドさんの万能振りを発揮して、無茶をしているのに地力にもほとんど影響がないとのこと……
つまりガンガン連作可能なんです。
やらない手は無いんですが、手が圧倒的に足りません。
ビーストマン達は力仕事に邁進中です。だから収穫にまで回せる人数は限られています。
そこで当初の狙い通り竜王国民が頼みの綱なんですが……
首都の連絡所には収穫用の人足急募の告知を貼り出し、各所でばら撒いてもいますが、お陰様で不人気の極みです。そもそも復興を開始して僅か4日目で収穫とか胡散臭いにもほどがあります。その上、直前まで自分達の仲間を食っていたビーストマンと同居じゃ、いくら賃金を上乗せしても誰も反応すらしてくれません。要は性急過ぎたんですね。
……これだけいても人手が全く足りないよなぁ……モモ、もとい、アインズさんも一枚噛まないかな?
思い立ったが吉日……今日まですっかり存在を忘れていたメッセージが大活躍します。
「あー、モモ……アインズさん?……何度もスミマセン」
「どうかしましたか、『ばある・ぜぶる』さん?」
「突然ですが、アルバイトしません?」
「はぁ?」
「いや、すんごい儲けるチャンスなんですけど、悲しいぐらい人手不足なんですよ。お客に買付する体力が残っている内に、なんとか売り抜けたいんですけど……いっちょ噛みしませんか?」
「……話が見えないんで、簡単に説明してくれませんか?」
簡単に、と時間をもらったからといって、本当に簡単に説明するバカはいません。それはそれは丁寧にここまでの事情と現在の状況をを説明を開始しました。熱意が通じないとビジネスパートナーにはなってもらえないでしょう。
と思っていたところ……
「……乗った!」
アインズさんは即答しました。
なんでも「渡りに船」で実験したかったことがあるようです。
「……単純作業は任せて下さい。想定通りならば24時間年中無休で稼働可能な労働力となるはずです!……メンテも食料も睡眠も……一切の維持コストが不要な完全無欠の単純作業者ですよ!」
ノリノリのアインズさんの半ばネタバレ発言を聞きながら、取り分の話を切り出すと純利益の1%で良いとアインズさんの方から申し出がありました。
なんでも帝都のお詫びだとか……それはマーレきゅんの働きで十二分に返してもらっていると言いましたが、アインズさんは頑なに譲りません。
曰く、販路も交渉もこちら任せ。
曰く、土地も資本もこちら持ち。
曰く、運搬はナザリックでも『転移門』で協力できるけど、実際にお客に届ける人間の人足はこちら任せになる。
曰く、この実験を大規模で引き受けてくれるのは、俺だけ、
曰く、俺の方がユグドラシルでもこの世界でも先輩なんだから、少しは格好つけさせてくれ。
と、まあ、呆れるぐらいに次々と理由を列挙されました。
どうしても譲ってくれないので、渋々了承しました。
「……この実験が成功したら、レンタルで儲けますから……あまり気にしないで下さい。それよりも上手く行ったら皇帝とか女王を紹介してくださいよ。国家規模のレンタルなら、かなりの安定収入になると思うんですよねー」
なるほど、アインズさんはアインズさんで密かに独自の事業計画を温めていたわけだ。その気持ちは理解できます。
「準備ができたら、また連絡しますね……広大なスペースが必要ですから、その確保をお願いします」
100万のビーストマンの次はナザリック謹製アンデッド軍団……竜王国南方の評判は地に落ちるだろうけど、後は豊かさの実績で挽回するしかないよなぁ……
「一度、女王陛下には報告しておく必要があるな」
アインズさんの準備にどれほど時間が掛かるのか不明だが、そう大した時間ではないでしょう。
竜王国での本拠をこちらに移してからこっち、もはや秘書室長と化しているジットに王城への同行を命じた。
当然という顔をしてブレインもエルヤーも身支度を始める。
2人とも暇なんですよ。
こっちに来た当初はビーストマンの子供に剣術を教え込もうなんて暇潰しをしていましたが、膂力に優れた彼等は剣よりも棍棒の方がはるかに威力を発揮するわけです。まして大剣ならばまだしも刀みたいな繊細な武器には全く向いていません。
「ゲート!」
もはや誰も驚かなくなった『転移門』のエフェクトが現れた。
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自分も変わったが、自分を取り巻く状況は理解できないレベルで激変していた。様々なものが激変していたが、何よりも理解に苦しむのが周囲の目だ。まるで仲間を見る目で、自分を優しく眺めてくる。それだけでなく憧憬も多分に含まれているようにも感じる。それでも遠巻きに眺めるだけの者が圧倒的多数だか、中には声を掛ける者もチラホラ……振り向くとキャーキャー言ってはしゃぐ……まるで人気役者みたいな扱いだった。
そして今も複数のメイド姿が騒ぎながら、小走りで去って行く。
「……どゆこと?」
仇敵ルプスレギナに聞いてもニヤニヤされ、ソリュシャンにも「あらー、人気出ちゃったのね」などと興味無さそうに言われる始末。
唐突に知らないメイドから握手を求められて、素直に応えると赤面される。それを眺めていたメイド達が「今度は私も」などと囁き合っているのが聞こえたりもした。
訓練後の風呂では世話係を奪い合う様が散見され、逆に濡れ鼠のまま放置されることすらあった。
何が何やら……完全に理解の外側だった。
ゼブルに命ぜられたまま敵の本拠に帰還(?)して、デミウルゴスに報告した時まではそんなことはなかった。それまで通り、もの凄く贅沢な立場の虜囚でしかなかった。
翌日、デミウルゴスは約束を守った。
目録にあった通りの物を報酬として渡された。
待ちきれないので、その場で使用した。
たしかに見た目は多少変化した……しかし正直なところ想像していたような激変もなければ、覚悟していたような苦痛の類も無かった。
その後も淡々とした虜囚の時間の過ごした……わけではない。
変化は戦闘訓練で実感した。
能力の伸びがその場で実感できるレベルで急上昇するのだ。
互角だったレッドキャップを圧倒し始め、訓練終了時には瞬殺できるまでの戦闘能力を手に入れていた。
呆然と両手を眺め、握りしめた。
どうしても表情が緩む。
突き抜けたのだ……戦士としての自分に立ちはだかっていた巨大な壁を、たかが1日の訓練で軽く突き抜けていた。このまま訓練すればルプスレギナに追い付くことも可能……確かな手応えを感じていた。
何も言うことはない。
食事も環境も睡眠も全てに満足していた。
ただしそれらは戦闘訓練の為の下準備としてであるが。
そして2日前にデミウルゴスが来て、大絶賛された。
だが絶賛の中身は自身の成長のついでではなく、ゼブルについてだった。
たしかにデミウルゴスなどと言うバケモノのレベルには程遠いが少しは認めさせたいという不思議な気持ちも湧き上がっていた。
「……貴女のお陰で恒久的同盟関係が成立しました……ついては後日アインズ様より直々にお褒めの言葉があるそうです。別途、褒美も授ける、との有難いお言葉も頂戴しています……アインズ様に対して、何でも良い、などと言う失礼な発言は許されません……望みがあればそのままに……そうでなければ良く考えておくように」
そう言い残し、デミウルゴスは立ち去った。
アインズ……帝都でルプスレギナと戦った時に聞いた名だ。
それがバケモノの中のバケモノであるデミウルゴスのさらに上位者であると言う……想像を絶するレベルのバケモノに違いない。
しかしまあ、同盟が成ったのならば緊張する必要もないだろうし、後はゼブルが上手くやるだろうなどと気楽に考えていたが、そこで現在の自分が満たされ過ぎていて、「強くなる」以外に望みが無いことに気付いてしまった。
どうしよう……か?
一転、深刻なような贅沢なような悩みを突きつけられ、脳内の自分が頭を抱えた。
何も思い浮かばない……強くなりたい、と言って簡単かつ代償無しに強くできるのならば、誰が好んで過酷な訓練などするものか。
食事はむしろここ以外で食べるのが味気なく感じるのが悩みなぐらいだ。
酒も同様。
睡眠もしっかりとれている。疲れも無い。
与えられる衣類も贅沢過ぎて、法国育ちの清貧体質では申し訳なく感じるほどだ。
髪の毛の艶も肌艶も良い。つまり健康状態もこの上なく絶好調。
一般的に褒美と言えば領地とかなのだろうけど、要らない上に領地経営とかガラじゃない。むしろそんなモノを手に入れて、お色気ババアとの才覚の差を見せつけられたら立ち直れない……かもしれない。
装備……ゼブルに与えられた物で十二分に満足しているし、むしろ換装することなど考えられない……と言うか、絶対に拒否する。
金……考える必要もないぐらいゼブルが大量に持っているし、必要だからくれ、と言えばいくらでもくれる。
男……与えられるものじゃないし、自分は抜け殻を捨てられるまで、自分の全てを捧げ尽くす先は決まっている。そして抜け殻になる心配も無くなってしまった……はず……あの目録の説明が真実ならば、老いによる能力劣化からも解放されているのだ。
……マジで何も無い……
今度は現実で頭を抱えた。
……どうする?……せっかくの大チャンスなのに、何も思い浮かばない。いらない、などと言ったらアインズどころか、デミウルゴスが許さないような口振りだった。だから必ず要求はすべきだ。
行動的なもの……例えば法国に対する復讐とか?……なーんか、いまいちピンとこないんだよねぇ……しょーじき、どーでもいいしねー、今更……
いまだ法国上層部に対する恨みは心の奥底に抱えているが、それは明確に薄れていた。そうでなくとも恨みを晴らすならば「自身の手で」と思う。国民に対しては完全にどうでもよくなっていた。
現在の自分が単独で対峙できるのは2人の『神人』の内、番外は無理にしても隊長と『ケイ・セケ・コゥク』装備のカイレのババアぐらいは届く可能性は0ではないだろう。アレは出てこないだろうし……
いずれにせよ、やるならば自分の手でやるべきだし、ゼブルの配下ならばまだしも、ここの連中の手を借りるような案件ではない……つまり却下。
更に考え続ける。
武技かぁ……とりあえずブレインちゃんの技は粗方使えるようになったけどねぇ……領域やら神速やら四光連斬やら……私には全く向いてないから虎落笛は無視だけど……エルヤーの縮地改も空斬も使えるし、いろいろ改良してオリジナルの牙突八連なんていうのも使えるからねー……レッドキャップ瞬コロ技だから、ブレインちゃんの悔しがる顔が見たいけど、それは私の希望であるけど褒美じゃないからねー……却下。
いろいろを考えを巡らせてもデミウルゴスの上位者であるアインズが納得するようなモノが思い浮かばない。
どんどん煮詰まっていく思考の中で、不意にゼブルならばどうすると思い立った。
ゼブルさんなら……物欲乏しいよねー……しょーじき、飯食って満足、酒飲んで満足って感じだし……金は使い方に興味があるだけで、金そのものにはほとんど執着していないし……凄い装備も増えた配下に惜しげもなくどんどん分け与えるし……でも、それはつまり人材には貪欲ってことなのかなぁ……さすがに私の立場で人材をくれとは言えないけど、仲間に分け与えるモノを下さいって言う分には問題無さそうだけど……
なんとなくだが、良案に思えた。基本線はこれで行ってみよう、と思えるぐらいには……これでダメならば、素直に「強くなりたい」と言って、失礼承知でアインズ様とやらに解決法そのものをぶん投げるしかない。
胸の中の何かがストッと落ちた。
「まっ、なるようになるでしょ……寝よ寝よ」
薄絹一枚になって、フカフカの寝台に潜り込み、仰向けになろうとして、背中の違和感に居心地の悪さを感じる。
「やっぱ慣れないなぁ」
外見上の唯一の変化は思いの外厄介だった。仰向けになるとどうしても気になって仕方ないのだ。神経を研ぎ澄ましている戦闘訓練中の取り回しには慣れつつあったが、そこまで張り詰めていない就寝時は特に気になってしまう。横臥して、身体を丸めれば気にならない程度だが、戦士として横臥して眠り込むのはどうしても抵抗があった。だからとりあえず仰向けに寝て、眠り込む直前に横臥するようにしているのだが……幼少期からの訓練で染み付いた感覚が邪魔をするのだ。
「……あー、もー、鬱陶しい!」
考え事をしたせいか、妙に感覚が冴え渡っていた。
寝台から抜け出て、ガウンを羽織る。
部屋から出て、そのまま制限が緩和されたお陰で歩き回れるようになった第九階層を彷徨く。
訓練の帰りに見掛けたバーらしき看板を思い出す。
うろ覚えのようでいて、最短距離で進む。
一度見た場所を忘れるなど有り得ない。
トブの大森林の中でもほぼ完璧に記憶するのだ。似たような風景が続くとはいえ、所詮は人工物……眺めているだけでも記憶できないわけがない。
「……んーっと、アレは偉そうなんだか、卑屈なんだか、よく分かんない不格好な鳥かな……?」
覆面に抱えられた鳥が目的のバーに入って行った。
その後に続き、ドアを開ける。
さほど大きくない店内……奥にカウンター……カウンター前の背の高い椅子にちょこんと座る鳥……その向こうにキノコ……キノコ!?……マイコニドってヤツ?……が何でバーテン?
「いらっしゃいませ、お客様のお嬢さん」
「やー、これはこれはティーヌさんではありませんか!……ピッキー、彼女にもアレを……ここで恩を売っておけば私がナザリック地下大墳墓を支配した時に役立ってもらえるかもしれませんからね」
言葉が通じるキノコに歓迎され、理解できない理由で鳥に奢られる。
想像を絶するカオスな光景だった。
なんか、もー、どーでもいーわ……悩んでいた自分もイラ立っていた自分もバカバカしく感じた。
促されるまま飲んだ「ナザリック」という名のカクテルは病みつきになる程美味かった。
*************************
王城の謁見の間に薄暮の穏やかな陽光が差し込んでいた。
何も無い穏やかな時間……とは程遠い。
南方侯の来訪が上奏された瞬間から全ての予定がキャンセルされていた為、彼が首都に30分も滞在せずに領地に帰っていった結果、竜王国女王であるドラウディロン・オーリウクルスは暇を持て余していた……と言っても、それはあくまで時間的なもので、現在も彼女の頭脳は多忙を極めている。
そして同じ理由で宰相も完全にフリーズしていた。
その様を楽しそうに眺める大男は南方侯に付き従って現れた。
誰も問わなかった為、誰も彼を知らない。
南方侯の関係者というだけで謁見の間すらフリーパス……警備上は大問題だが、女王直属の衛兵とはいえ人の子……南方侯の逆鱗に触れるかもしれない詰問の類など死の覚悟がなければ実行不能な行いだった。
「南方侯は……大量のアンデッドを使うと言ったな?」
脳細胞が過労死しそうな中、女王はなんとか言葉を捻り出したが、問われた先の宰相はブツブツと呟くにとどまり、答えを返さない。
だから、というわけでないのだろうが代わりにそれまで沈黙を保っていた大男が発言した。
「左様で御座います、陛下……既に作物の収穫の為に、こちらでも国民に対してかなり良い条件で人足を募集しておりますが、現在のところ応募者は0。侯と侯の配下の力を考慮すれば既に収穫と言うのは、私などにとっては全く不思議では御座いませんが、誠に残念ながら国民には受け入れられなかったようです。ですが作物は成長を待ってくれません。そこで侯は盟友である偉大なる魔法詠唱者アインズ様に相談され、単純作業者としてアンデッドを利用することをアドバイスされたようです。そしてアインズ様から大量のアンデッドの供給を受けることを決められた……そういうことで御座います」
朗々と語る大男。
発言の立ち位置だけでなく、ここまで事情を知っているということは、いずれにせよ南方侯の関係者で間違いないだろう……初見で出自どころか名すら知らぬが、もはやそんなことはどうでもいい。
ドラウディロンは相談しろと言われてから一度も会っていないブエルという名のビーストマンの代理として南方侯が置いていったと判断した。だから率直に疑問をぶつけるつもりだったが……疑問の前に頭の整理が追い付かない。
まず人類どころか生者の敵であり、人間にとって恐怖の対象でしかないアンデッドに対して「供給」やら「利用」という言葉を用いて語られるのが理解できない。そうでなくとも100万超のビーストマンが重労働要員として南方侯の領内に留まっているのだ。その上に大量のアンデッドなど管理し切れるものなのか?……竜王国の仇敵と、全ての生者の敵が互いに滅ぼし合ってくれれば言うことは無いが、南方侯は両方を使うつもりなのだ。
次に作物の「収穫」と言うが、高位のドルイドが協力したとして、本当にこの僅かな期間で作付けだけでも不可能と思えるのに、収穫まで至ることが可能なのか?……しかも労働量として100万超のビーストマンの手が回らないレベルで建築土木系の復興作業が残っているのに、である。
既に南方侯の居館は完成したと聞いた。
大道整備もほぼ完了したと聞く。
さらに治水も利水も目処がついたと言う。
耕作地の整備も終えた。
南方侯直営の広大な畜産牧場も領内10ヶ所に作り終え、加工施設建設も含め、最終段階にあると言う。牛、馬、豚、羊、山羊、鶏が王国や帝国から買い集められ、どんどん運び込まれているらしい。
将来の人間の村落の予定地も決まっている。
村内までの水路も整備済み。将来的には水運も可能な大きさらしい。
井戸も掘られ、マジックアイテムがなくとも水で苦労する心配はない。
巨大な遊水池も作り終え、そこにアンデッドを送ってもらう予定らしい。
現時点では国民は恐れて近寄らないが、発展と富が評判になればいずれ人は戻ると南方侯は嘯くが、はたして……
「……視察させてもらえんか?」
アンデッドとビーストマンの中で視察など正気の沙汰ではない……が「百聞は一見にしかず」とは切実に実感できる真実だ。王城の一画からほぼ出ることのない生活で、臣下からの報告だけでは、国民の苦境が真の意味で理解できなかったことがビーストマンの侵攻に対する初動の遅れを招いたのだ。もっと早く動ければ、国を蹂躙されなかったとは言わないが、より多くの命を救えたのは間違いない。その思いが女王にあり得ない言葉を吐かせたのである。
大男は大仰に手を打った。
「素晴らしいご英断で御座います……実は侯は陛下がそのように仰るだろうと予測し、既に手配済みで御座います……陛下と宰相閣下以下の同行を希望される閣僚方には……」
「いや、とりあえず私と宰相だけでいいぞ……今すぐ向かう。お前も南方侯と同じような転移の魔法が使えるのだろう?」
大男はニンマリと笑った。
「ご想像の通りで御座います……陛下の御意に応えることこそ、我が役目……では参りましょうか?」
グレーターテレポーテーション!
大男の詠唱と共に女王と宰相の姿が消えた。
謁見の間は穏やかな時間の流れを取り戻した。
整然とした街並み。
縦横無尽に走る農道。
全ての道が直結する大道。
大道を含め、全ての道が綺麗に東西南北に貫かれている。
国防の観点からは疑問が生じるが、極めて機能的であるのは間違いない。
まあ、南方侯の領地を侵略しようなどと言う奇特な者がいれば、であるが……
ビーストマンが建設に従事している為か、南方侯の本拠地であるここの全ての建物はサイズが大きかった。人間の倍以上の大きさを誇るビーストマンが作業しているのだから当然と言えば当然なのだが、彫刻等の一切の装飾の無いのっぺりとした巨大建造物群は少々恐ろしさを感させた。
南方侯の居館の屋上にドラウディロン女王は立っている。
女王の左右には宰相と大男が控えていた。
そして3人共に異様な光景に魅入られいた。
僅かなブレもない完全無欠の同調行動でスケルトンの軍団が鎌を振るっていた。その数はちょうど1000……1000を1ユニットとして、それを統制するのがエルダーリッチと呼ばれる更に恐しいアンデッドだ。収穫チームの間を等間隔で進むのが運搬ユニット1000である。彼等は500で2チームにわかれ、運搬と出荷作業を分担していた。
1時間も経たずに広大な麦畑一面の収穫作業が完了し、残った藁と根を除去するチームと種籾を撒くチームが侵入を開始する。
畑の横の畦道に立つダークエルフの少女が何やら魔法を詠唱すると、恐しい勢いで麦が育ち、豊かな実りを見せた。
そんなことが見渡す限りの麦畑で繰り返されている。
袋詰めを終えた小麦をビーストマンが巨大な荷車で一気に運んでいた。
この街の横に建てられた巨大穀物集積所に運び込んでいるのである。
完全な常識の否定であった。
「……なんだ、これは?」
ドラウディロン・オーリウクルスは呆然と呟いた。
「本日の段階では21000のスケルトンとそれらを統括する21のエルダーリッチが稼働しているようで御座います、陛下……明日には更に21000が追加されます。5日間で合計105000のスケルトンを使役する予定だそうで御座います……いかがでしょうか?」
大男に問われるまでもなく「凄い」の一言だった。
「スケルトン共は食料も睡眠も休憩も不要で御座います。つまりこちらの意のままに終日労働を続ける優れもの……この仕組みを考えられたアインズ様の偉大さが理解できます。そしてこのシステムの導入を決定された侯の度量の大きさも、この光景を見れば即座に理解されましょう……このシステムこそ竜王国への福音……そうは思われませんか?」
ドラウディロン女王は宰相をチラリと見た。
宰相は既に精神的な復帰を果たし、抜け目無く計算をしているようだ。国庫の厳しさを考慮すれば、目の前の穀物収量は確かな福音だった。王国と帝国の開戦を間近に控えた直近の穀物相場の暴騰を踏まえて、南方侯が得る莫大な利益からの国庫への上納を考えただけでも、とんでもない金額が想定される。
「アンデッドとは、このように従順なものなのか?」
戦争に負けたビーストマンが直接打ち負かした南方侯ゼブル以外に従うとは思えないが、アンデッドならば……そう考えざる得ない。そして世間一般で言われるような害が無く、アンデッドを使役できるのだとすれば……世の王権を預かる者で欲しがらない者がいるのだろうか?
「アインズ様のアンデッドであれば、陛下の御意のままに従うでしょう。カッツェ平野のアンデッドをいくら集めてもこう上手くはいきますまい」
さすがに、そこまで美味い話は転がっていないか……だが……
「前向きに考慮する余地は大きいな……国民の意識の問題になるが、それを差し引いてもメリットがはるかに勝るぞ、宰相」
「国民に課している戦時税率の引き下げをかなり早い段階で実行可能になるでしょうな……いや、この仕組みは素晴らしいですぞ、陛下」
宰相はむしろ乗り気に見える。
もちろん大雑把に計算は済ました後だろう。
つまりアンデッドの利用代金によっては、本当に過酷な税率を引き下げることが可能なのだ。問題はアンデッドの使用料など誰にも解らないと言うことだった。
「して、このアンデッドはどのように手に入れればよいのだ?……アインズ様とやらを紹介してもらうことは可能なのか?」
「アインズ様は南方侯の盟友だと聞き及んでおります。我らが盟主である南方侯であればご紹介することも可能かと」
またしても南方侯に巨大過ぎる借りを作ることになるが……それでも全竜王国民の幸せを思えば、彼に頭を下げることなど大したことではない。それこそ「毒を食らわば皿まで」の精神だ。
「……アインズ様とやらは南方侯に紹介してもらうとして、残された問題は2つで良いな、宰相?」
「料金はともかく、もう一つは非常に厄介ですな」
「神殿……その裏の法国か?」
「左様で御座います。特に法国に対してはこれまで窮地を救ってもらっていた恩が御座いますからな……今回は南方侯の活躍で窮地を脱しましたが、基本的に彼の国と外交関係が拗れるのは好ましくまりません」
ドラウディロンは考える……たしかにこれまでの竜王国であれば宰相の言う通りで間違いない。法国の逆鱗に触れるようなことなど、竜王国が選択できるはずもなかった。しかし今年のビーストマンとの戦争では法国が例年通りに陽光聖典を派兵することはなかった。
つまり竜王国が「法国に見捨てられた」と考えてもやむなし、という決断を法国が下した、ということだ。
ドラウディロンにしても宰相にしてもその考えに至ったからこそ、法国への寄進を削減する決定を下し、当時は一冒険者でしかないゼブルから資金を借り受け、彼を南方侯爵に任じたのである。
「……既に法国への寄進を大幅に削減する予定だぞ。いまさら旗色を誤魔化してもどうにかなるような相手でもあるまい?」
「だからこそ法国に口を挟ませるような行動は控えるべきかと……軍事強国であり、人間至上主義の彼の国にとって、我が方の行動がどう映っているか……それを考えるべきでしょうな」
「法国は……さすがに一筋縄ではいかぬか?」
「左様で御座います。法国との対立とは即ち神殿勢力との対立で御座いますからな……周辺各国も法国寄りの立場を表明せざる得ないでしょう。中立であれば最善……それ以上は望めますまい」
「法国の介入を許せば、周辺国の助力は望めぬか……?」
「正にそれこそが最大の問題でしょう……加えて法国が南方侯の保有する戦力をどこまで評価しているのか……法国以上と判断しているのであれば何の問題も生じません。侯自身と人間とビーストマンの配下の総戦力に対して、法国が南方侯に手を出した場合に完勝可能と考えているのならば、法国はげんざいの南方侯の行動を許容しなかったでしょう。少なくとも現時点ではどちらとも言い切れません。そして法国にとって更に問題が進行したと考えるだろう段階……即ち現実に我が国がアンデッドを労働力として全面的に導入すると決定した場合、法国が口だけの介入ならばともかく、実力を伴う介入にまで発展する可能性があるのか……それを見極めなければならないでしょう。たしかにアインズ殿が考案したアンデッドを使役するシステムは、多少のリスクであれば気にならないほど非常に魅力的です。しかし法国による軍事介入は多少のリスク程度で済む話では御座いません」
「たしかにビーストマンに打ち勝った結果、法国に滅ぼされたのでは、笑い話にもならぬな……しかし捨てるには惜しいぞ!」
ドラウディロンの嘆きに宰相も力強く頷いた。
「法国上層部の動向を探らせるのは厳しいでしょうが、各神殿に潜らせている『枝』から内向きの反応を確認してみましょう。末端は確認するまでもなく過激に反発するでしょうが、そこは国家対国家ですからな……必ず落とし所を模索するはずです。軍事強国の法国といえど周辺国経済を支配できるわけでは御座いません。軍事介入に至らなければ、どれだけ睨まれてもやってみる価値は御座いますな」
普段は鉄面皮を誇る宰相がニヤリと笑う。
ドラウディロンは少女形態に似合わぬ人の悪い笑顔を見せた。
2人の様を見て、大男は笑いを噛み殺していた。
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