死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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予定通りって素晴らしいです。


27話 そして建国へ……

 

「えぇええええええっー!!」

 

 アインズさんが絶叫する中、俺はポカーンとしていた。

 ネム・エモットはハイテンションで走り回り、エンリ・エモットは尻餅をついていた。彼女を守護するゴブリン達はエンリを気遣いながらも、目の前の光景に警戒心を剥き出しにしていた。好奇心で集まっていた村人達は一斉に一ヶ所に集まり、俺達の周囲はギュウギュウに密集していた。

 カルネ村の入り口扉は開け放たれままだ。

 俺達と村の間に召喚された軍勢と言って差し支えない規模のゴブリン集団に分断される形になっていた。だからなのか元々いた召喚ゴブリン達のリーダーが必死に指示を飛ばしている。

 

「……何これ?」

「ゴミアイテムじゃなかったのか?」

 

 呆然と立ち尽くすアインズさんの手からこぼれ落ちる無数の『小鬼将軍の角笛』……俺達はエンリの素直さに少し調子に乗っていたのかもしれない。

 彼女に次々と『小鬼将軍の角笛』を与え、どんどん吹かせていた。

 やがてもっと広い場所の方が良いと村の外に出た。

 異様に増えた理知的で愛想の良いゴブリン達に、村人達も興味深々で集まり出した。

 ゴブリン達は召喚されたグループ毎に警戒網を構築し始めるとトブの大森林の中へと向かった。そして南進していたモンスターの大集団を発見したらしい。

 ちなみに「滅びの建物」こと第二ナザリックに『東の巨人』グの残党だがなんだがか強襲した結果、アウラちゃんの使役獣達に面白半分に追い立てられ、トブの大森林を逃げ回って、この軍勢ができたらしいのだが……それを知ったのはこの後の話……俺とアインズさんとルプスレギナはともかく、村人や召喚されたゴブリン達では完全に手に余る規模の亜人種とモンスターの混成軍だったようだ。

 召喚ゴブリン達が後退戦をしながら危機を知らせる。

 たしかに村人にとっては危機だ、

 しかし俺達は暢気なもので、接近したら蹴散らせば良いだろう程度にしか考えていなかった為、エンリに『小鬼将軍の角笛』を使わせて続けた。戦力増強にも良いだろうと……召喚ゴブリン程度の戦力でまがりなりにも戦線崩壊しないのだから、そう大した連中ではないのは確実だったのだが……まあ、考え無しでした。

 やがて後退してきた召喚ゴブリン達の集団が森から駆け出てきた。

 気付けば俺達は半包囲状態……そして通算21個目の『小鬼将軍の角笛』をエンリが吹いた時、一際重厚な音が響き渡った。

 

 で、目の前に奇妙なゴブリンが現れたわけですよ。

 

「ほっほっほっ、私はエンリ将軍よりこの軍の指揮を任されているゴブリン軍師です……我等が来たからにはエンリ将軍の配下には誰一人傷はつけさせませんぞ……エンリ将軍閣下が御所望でしたら、あの者達も配下に加えて見せましょうぞ!」

 

 どこかで見たことのある風貌なのにゴブリン……ゴブリン軍師と名乗ったゴブリンがエンリの思惑を察しているかのように羽扇で大森林の中を指した。

 各軍団が次々に名乗りを上げながら突入していく。

 

「コーメー……ですね?」

「ええ、なんか見たことあると思いました」

 

 古代中国を舞台にした戦略シミュレーションゲームなんかによく出てくる有名強キャラだった。何回かプレイした経験がある。ゲーム毎に性別が違うが、天才軍師系の強キャラなのだけは統一されていた……ような?

 

「泣いて馬謖を斬る……でしたっけ?」

「三顧の礼ですよ、たしか」

 

 アインズさんとうろ覚えの知識を披露し合うも、お互いにユグドラシル脳では厳しかった。二人とも単なるゲームキャラという認識しかないのだ。歴史好きとかならばもっと話が膨らむのだろうが……

 

 気が付けば困惑丸出しでエンリがアインズさんを見上げていた。

 

「ゴウン様……これはいったい?」

「お、おう……私は全てを見越して、これを狙っていたのだよ、エンリ」

 

 アインズが咄嗟に嘘を並べる……ロールプレイの一環とはいえ、この人も本当に大概ですわ……NPC達にも責められるべくして責められているような……そんな気がしてなりません。

 その嘘にしきりに感心するエンリ・エモットもどうかしています……素朴とか純真とかで済まして良いレベルじゃない気がします。

 

 『小鬼将軍の角笛』の隠し効果だか、真の効果だか知らないけど……絶対にアインズさんも知らなかったはずだ。そうじゃなきゃ、あんなに驚くわけがないし、ゴミアイテム呼ばわりしていたし……

 

 まあ、結果オーライで完全に当初の予定と違いますが、労働力と防衛力の問題は解決です。本来は先に持ちかけるべき食料増産の話をエンリにするべき時がきたわけです。この規模であれば一気に大増産して、近隣に売りまくる選択も出てきます。神様、仏様、マーレきゅんがいれば大丈夫。信頼と実績のチート能力ですから……効率的生産を目指して、アンデッドも大量投入といきたいところです。

 

 アインズさんにウインクで合図を送るも、ロールプレイに夢中でなかなか気付いてくれません。

 仕方ないので話の取っ掛かりはは俺が作るとしましょう。

 

「ところで村長さん?」

 

 そう呼び掛けると、エンリはこちらを振り向き、いたく感動した面持ちで俺を見た。

 

「村長……村長なんです……村長なんですよ、私……久々に族長以外の呼ばれ方をした気がします……ありがとうございます、ゼブル様」

「えっ……あー……はい」

「なんでしょう、ゼブル様?」

 

 もの凄くキラキラした視線が痛い。

 

「いや……まー、食料の件なんですけど……」

「食料ですか?……何か必要でしたら、本当に粗末なものしか用意できませんが、こちらで……」

「そーゆーことじゃありません。これからの話です」

「……これから?」

「いや、あの数を食わせるのは大変ですよ?……この先どうするか、考えていますか?」

 

 途端にエンリの顔色が真っ青に変わった。

 

「…………どうしよう……」

「……で、アインズさんから良い話があるですが……聞く気はありますか?」

 

 一も二もなく頷くエンリ。

 今度こそ俺のウインクに気付いて、アインズさんが大仰な手振りを交えて言った。

 

「エンリよ、村の有力者を集めてくれないか?……全員で決めているほど時間に猶予は無いのだ。私の話を聞いて、有力者の総意が固まったら、皆で説得して欲しいのだ。支援する我々としても直ぐに動かねば間に合わない」

「分かりました、ゴウン様」

「では、時間もない……ちょうど村人達は全員外にいるようだ、急いで集めてくれ」

 

 エンリは走り出し、前村長夫妻を含めた数名を集めて回る。

 予想に反して、人間だけでなくゴブリンも含まれていた。

 その中には俺の記憶に引っ掛かる顔もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 アインズさんがアインズ・ウール・ゴウンによるカルネ村支援計画の全容を説明する間、俺は久々に見た赤毛女の情報を、彼女の脳の肉腫から引き出していた。と言っても、支配したわけではないので健康状態ぐらいしか有効な情報は得られませんでしたが……まあ、後で告白させますけどね。

 

 エ・ランテルの雑魚冒険者が何故かカルネ村で有力者の1人になっていた。

 奇縁といえど縁の一種……場合によっては支配してカルネ村での俺の手駒にしても良いかもしれない……そう思い、観察を続ける。発言の内容やカルネ村での立ち位置を確認しないで安易に支配すると、微妙に齟齬が生じる可能性が排除できないのだ。

 

 漠然と感じる強さは、話にならないぐらい弱い……確実に召喚ゴブリン以下の戦闘能力しか持っていない……が、カルネ村では数少ない戦闘職。

 どうやら隣にいるラッチモンと言う名のレンジャーの下で、現在はレンジャー見習いをやっているようだ。それほど有力者というわけではないが、同性ということでエンリにはそれなりに頼られてもいる、と……

 

 うん、すげー微妙。

 

 楽しそうにアインズさんの演説風の説明を拝聴しているルプスレギナの横に移動し、小声で赤毛女について聞く。

 

「アレはブリタと申します……あんなのがお好みっスか、ゼブル様?」

「いや、違うし……以前、エ・ランテルで見かけたの!」

 

 ルプスレギナは含みを持たせた笑いを見せる。

 

「……元冒険者なのは間違いありません、ゼブル様……経緯までは確認しておりませんが、暫く前にエ・ランテルから流れてきました。又聞きの情報では何やら冒険者としての自信を喪失するような出来事があった、とか」

「あー、なんか、もう、なんとなく理解した」

 

 おそらくあの時だろう……アレはたしか……ブレインが所属していた『死を撒く剣団』を壊滅させた時に違いない……気がする……

 

「ブリタにはアインズ様も因縁がございます……以前、アインズ様が冒険者モモンとして活動を始めた頃、揉め事の煽りで壊したポーションの代償として、ユグドラシル産の赤いポーションを譲渡したことがございます。本当にアインズ様の鬼謀は計り知れません……ンフィーレア・バレアレとリイジー・バレアレの目に届くことを予測され、ブリタにあえてユグドラシル産の赤いポーションを手渡しだとのこと……私などにはその発想に至ることはできません」

 

 いや、いや、いや……間違いなく偶然だろ、それ!

 

 と心の中でツッコミを入れる間も、ルプスレギナによるアインズさんのほぼ誉め殺しに近い晒し上げは止まることを知らない。

 アインズさんが「子供達」と呼ぶ、自我を持ったNPC達を失望させない為の魔王ロールプレイと、一定程度以上に期待に応えた結果に対しての誉め殺しでお互いに引けなくなっている……おそらくナザリックの病根はそんなものだろう。その結果としてNPC達は現状維持で良いけど、アインズさんは自縄自縛で苦しんでいる……これをなんとかしてやらないと厳しいよなぁ……

 

 俺が自身に課すべき役目だよ……これこそが。

 

 控え目で優しくて、後輩想いで少し悪ノリが過ぎるベテランユグドラシルプレイヤー『モモンガ』さんに戻してやらないと……まあ、現状ではガス抜きに付き合う程度しかできないけどね。

 

 有力者だけと言っていたにもかかわらず、もはやアインズさんの独演会を人間種亜人種問わず全カルネ村住民が拝聴するような事態になっていた。大森林の中に攻め入っているゴブリンを除いて老若男女が集まっている。

 全聴衆が深く頷き、隣の者と真剣に語り合っていた。

 アインズさんもノリノリだ。

 ロールプレイヤーの血が騒ぐのだろう。

 まるで独裁者のアジ演説のような身振り手振りで聴衆を煽っていた。

 やがて演説は最高潮に達し、それまで他人事だった聴衆の目付きも変化していた……皆、熱い視線をアインズさんに向けている。

 そしてアインズさんが長い間を作り、聴衆を睥睨した。

 

「……という完璧なプランだ。結果として、全村民が集まってしまってようだが、質疑は最初にエンリが集めた者だけに許そう」

 

 拍手の波とと圧倒的な絶賛がアインズさんを包み込んだ。

 ロールプレイヤーの本懐だ……アインズさんは両手を広げて、全ての賛意を受け止めた。

 やがてエンリが進み出て、聴衆は静かになった。

 

「質問を許そう、エンリ」

「……わっ、私はよく分からない部分も含めて、ゴウン様に任せたいと思います……ですが、村を代表して一点だけ質問させてください」

 

 聴衆が同意の拍手を送るも、アインズさんは手で制した。

 

「何でも言ってみよ、エンリ」

「……ゴウン様にカルネ村を治めて頂くわけにはまりませんか?……いえ、ゴウン様にカルネ村の村長になって欲しいわけでないのです。偉大で優しく、カルネ村のような寒村の行末まで考えて頂けるゴウン様が新たに国を立ち上げられることはないのでしょうか?……そうであれば私はゴウン様に従いたいと思うのです。多分、村のみんなもそう考えていると思います」

 

 そうだ、そうだ、と聴衆が口々に叫ぶ。

 一層巨大な拍手の大波に包まれ、アインズさんは完全にフリーズしていた。

 

 ノリノリのアジ演説ロールがめっちゃ刺さってますやん!

 

 予測を超えた最悪の展開に俺は内心頭を抱えた。

 これまでの偉大で優しいキャラによる浸透も完全に逆効果でした。ナザリックのNPC達だけでなく、カルネ村の民心も完全掌握していたとは……

 

 とりあえず、なんとかしないと……

 

 そう思い、前に出ようとした時にはルプスレギナが村民の輪のど真ん中に立っていました……悪い予感しかしません。

 止める間も無く、ルプスレギナはいつになく真剣な面持ちで叫びました。

 

「聞け!……偉大なる御方……至高の42人のまとめ役であられるアインズ・ウール・ゴウン様は密かに遠大な計画を進めていらっしゃるのだ!……今回の計画もその一端であるのは間違いない!……故に全てをアインズ・ウール・ゴウン様に委ねれば、このカルネ村は未来永劫の安泰を約束されるだろう!」

 

 NPC達には「自ら考え、行動せよ」と言って聞かせてるんですけど、なかなか上手くいかないんですよねぇ、と自嘲気味に俺に語りながら、上手くいったケースを俺に披露してくれたアインズさん……現在の絶望感は精神沈静化のエフェクトで明白でした……たしかにルプスレギナは俺達の会話からアインズさんの意図を類推し、最善を考えて、行動したのでしょうよ。

 ただ結果して最悪の方向へと流れを急加速させたわけですが……果たしてロールプレイヤーとしてのアインズさんは引っ込みがつくのか?

 

 見れば、アインズはルプスレギナの肩にガントレットを置き、労うような素振りをしていました。

 

「今はハッキリとは言えない!……だが私はここに集まった皆に約束しよう!……アインズ・ウール・ゴウンの名において、近い将来、私は立つ!……だから私に全てを任せるが良い!」

 

 極大の拍手喝采が周囲に響き渡った。

 

 えーっと、積極的に自分自身を追い込んでいくスタイルですか……?

 

 アインズさんの病的に周囲の期待に応えてしまう自爆スタイルに直面し、アインズさんの悩みの半分はアインズさん自身の行動に起因していることを認識せざる得なかった。

 

 

 

 

 

 

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 オーガ2〜3匹程度が相手であれば、たとえ単身であっても余裕を持って対処可能になっていた。必ずしも殲滅可能なわけではないが、一対一であれば勝利は確実と思えるぐらいには自信もある。

 相手がトロールであってもイーグと二人であれば、殲滅は不可能でも寄せ付けない程度の対処は可能だ。

 だがディンゴが相手では回避だけで手一杯になり、二人掛かりでも有効な反撃までは不可能だった。

 そして……笑う女……ティーヌが目の前に立つと、どうしても一瞬恐怖で立ち竦んでしまう。恐怖心を圧し殺し、どうにか心を鼓舞して、なんとか一歩踏み出す程度が限界かもしれない……ハッキリしたことが言えないのは、実際にはティーヌに対して前進した経験がないからだ。圧倒的にスピードが違い、膂力もティーヌのしなやかな腕からは想像を絶する凄まじさだった。

 一度、休憩中に頼み込んでディンゴと腕相撲をしてもらったことがある……あの女は笑いながらあっさりと勝利した。その顔は力むどころか、緊張すら感じさせなかった。

 イーグではディンゴに全く歯が立たないし、イーグを相手にしてフィリップが勝ったこともないし、未来永劫勝てる気もしない。

 剣と腕相撲では全く違うとはいえ、戦闘において膂力が重要な要素であることは否定できないだろう。実際にディンゴは凄まじい膂力によって成人女性程もある巨大な剣を振り回すのだから。

 

 秋晴れの空の下、フィリップはシュグネウス商会が用意した白い駿馬に騎乗し、屋敷の周りを全力疾走していた。トブの大森林の訓練でスタミナの大切さを知り、自主的な体力作りの一環として、イーグと共に走り込みを始めたのだが、それに着目したティーヌが同じ訓練をするならと高額な駿馬をエドストレームに用意させたのだ……たしかにフィリップは歩兵ではない。自領の民兵を率いるわけではないが、貴族である以上、騎兵なのだ……同等の馬がイーグにも用意され、2人で暇を見つけては騎乗訓練を続けていた。

 

 思えば、諦観というものが大切だったのだ。

 フィリップは既にティーヌから逃げることを諦めていた。

 故に努力していた。

 そして理想論を語る上でも戦場での実績が影響することも学んだ。周辺国最強の戦士として名高い王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが平民出身であるにもかかわらず国王ランポッサⅢ世に多大な影響力を持つ理由をティーヌから問われたのだ……単に強いだけはなく、人柄だけでもない。戦場での献身かあってこそ、ガゼフ・ストロノーフは王国戦士長として重用されるのだ……その答えに至り、フィリップは戦闘訓練が無駄ではないと悟った。

 しかし戦場に出れば、常に死の影に怯えなければならないのも事実。

 もし戦場でティーヌと対峙したら……ディンゴと戦闘に突入したら……即座に逃げねば死ぬしかないのだ。ティーヌに至っては逃げることもできない。たとえ騎乗していても不可能……それがフィリップの認識だった。

 

 厩番に愛馬の手綱を預け、フィリップは中庭に向かった。

 嫌気が無い、と言えば嘘になるが、戦場で生き残る為には積極的に訓練に参加するべきだと思いを新たにしていた。

 バケモノとしか思えないティーヌは別格にしても……6本の三日月刀を自在に操るエドストレームも無理かもしれないが、せめて冒険者である『豪剣』には追いつきたい。イーグと夕食を共にした街の酒場で知り合った冒険者に聞いたのだが、ミスリル級冒険者とは一般人と比較すればバケモノに等しい戦闘能力を持つとのことだった。

 つまり世間一般の認識ではディンゴはバケモノなのだ。

 しかしフィリップにとっては、たしかに圧倒的戦力ではあるものの、期間さえあれば追いつけないこともない程度にしか感じない……ディンゴが怪物だとすれば、エドストレームは魔人であり、ティーヌは魔神なのだろう。2人の下賤の女と比較すればディンゴは明確に人間の範疇に留まっているのだ。

 

 中庭の中央で既にアップを始めているディンゴの巨体が見えた。

 イーグを引き連れ、フィリップはディンゴの前に立つと軽く会釈した。

 ディンゴも会釈を返す。

 

「ディンゴ殿はどうして冒険者になろうと思ったのだ?」

 

 何気なく口を吐いたフィリップの言葉にディンゴが目を丸くした。

 

「へぇー、貴族の旦那が俺らなんぞに興味を持つなんて……ちょっとびっくりしましたよ。俺はアレです……生まれた街も貧乏人しかいなくって、その中でも一際家が貧乏で、小さな頃から乱暴者でして、腕っ節の他に取り柄が無かった……ヤクザ者になりかけてたのをウチのリーダーに拾われたって感じですかね……まっ、こうして冒険者稼業を続けてられるのはヤクザ者にくらべりゃ、はるかにマシってーのと、食う為ですよ」

 

 ディンゴの顔から鋭さが抜けて、人懐こい笑顔になった。

 

「私はこれまで自分以上に報われない人間などいないと思っていた。だがティーヌ殿に自力で稼いだ金で生活することを強いられて、市井の民の報われなさの一端を知ることになった。そして世の中には自分が知らないことの方が圧倒的に多いことを知った。それまで街で飲み歩いていても、自分はこいつらとは違うとしか思わなかった……でも、それこそが思い違いだったな」

 

 驚愕の巨大さがディンゴの表情から伝わる。

 

「次の戦……私は生き残らねばならない。だから協力して欲しい」

「こんな俺でもいちおうは冒険者ってヤツに誇りを持っているんで、人間の国家間の戦争に参加はできませんが、旦那みたいな貴族には是非生き残ってもらって、王国をより良い方向に導いて欲しいって思いました。だから精一杯、厳しく訓練しますよ」

「これは藪蛇だったかな?」

 

 フィリップが笑う。

 

「旦那ならやれますよ……多分ね」

「多分は余計だ」

 

 ディンゴも笑った。

 連れてイーグも笑う。

 和やかな空気。

 それを打ち消す笑い……ティーヌが中庭に現れた。右手にフィリップの恐怖の対象である棒切れを持ち、左手で何かを引きずっている……それは人間だった。そのままディンゴとフィリップの間に放り投げる。

 

「立ってくんないかなー?」

「……ここは?」

 

 立ち上がった男は甲冑姿だった。

 訳がわからない、といった風にフェイスガードを上げて、周囲をキョロキョロと見回している。

 

 成人男性を甲冑込みで片手で放り投げる……やはりティーヌの膂力は尋常ではない。

 

 フィリップは改めて目の前の口の大きな女を見詰めた。

 フィリップの視線に向き直ると、ニンマリと口角を吊り上げながら、顔を近づけてきた。慌てて視線を逸らすと、馬鹿みたいに露出の多いの服の胸元に目が向いてしまう。

 

「やらしー、モッちゃん」

「なっ、何を言うか!」

 

 慌てるフィリップを見て、ケラケラ笑うティーヌが唐突に真顔になった。

 

「……アレ、帝国から拐ってきたんだよね……一般的な帝国兵だったらいいなぁーって思いながら」

 

 ティーヌの言う帝国兵はディンゴとイーグに何かを尋ね、大仰に天を仰いでいた……きっとここがリ・エスティーゼ王国の王都と知って、理解の範疇を超えてしまったのかもしれない。

 

 バティンとかいう魔法詠唱者の愛想の良い顔が脳裏に浮かんだ。

 

「んじゃ、いっちょー殺ってみようか、モッちゃん?」

「……はあ!?……お前は何を言っているんだ……?」

 

 再度ティーヌに向き直ると、そこには何とも言えない顔があった。笑っているのか、蔑んでいるか……それとも大真面目なのか?

 

「だって、モッちゃん……人間、殺したことないよねぇ?」

「あるっ!……あるぞっ!」

 

 初めて……叛乱鎮圧時に、鍬を構えて立ち向かってきた領民の老人を手打ちにした経験を思い出す。斬るまでは何も感じなかったのだが、鍬を支えに60歳は超えただろう異様に痩せ細った老人が絶命するまでフィリップを追ってきた……何度も何度も……絶命してからも追ってくるような気がして10回以上は剣を突き刺した……とてつもなく恐ろしかった記憶を思い出す。

 

「貴族が自分の領民殺す……なんてーのは、農民が益虫を害虫と勘違いして駆除するのと大差ないんだよねー……殺そうと思って、見ず知らずの人間を躊躇なく自分の手で殺せる神経持ってないとー……戦場で死んじゃうよ……熱狂でなんとかなる、なーんて思ってると、熱狂から覚めたら……何もできなくなっちゃうんじゃないかなー?……そんなあやふやなモノを当てにして、殺し合いの中に飛び込むとか、私からしたら、どーかしてる、としか思えないんだよねー……だって、相手は戦闘訓練され、軍隊教育された兵士なんだよ」

 

 笑いに隠された冷え切った視線……フィリップは唾を飲み込んだ。

 

「だからと言ってだな……」

「殺れ、つってんの」

「……いっ、嫌だ!」

「相手は帝国の正規兵……戦場で出会ったら即殺し合いスタート……殺らなきゃ、モッちゃんが殺られる……そーゆー関係性ね」

「こっ……ここは戦場ではないだろ!」

 

 冷たい汗がダラダラと流れていた。

 固く握り締めた両手が気持ち悪い。

 視線は帝国兵から動かせない。

 でも右手から感じるティーヌのプレッシャーは強くなる一方……とても許してくれそうもなかった。

 

「明日は武装させた帝国兵と殺り合ってもらう予定なんだけどなー……このままじゃ、それがニ対一になっちゃうね……私はこれから毎日一人づつ帝国兵を拐ってくるから……最終的には屋敷の地下室に全員押し込んで、モッちゃんを殺れば帝国に戻してやる、って言うからー……そーなったら、どーなるだろうねー?」

 

 いったい何なのだ、この女は……ティーヌの声音は妙に艶っぽく、実に楽しそうだった。他人が困るのが……苦しむのが……苦悩する様が楽しくて楽しくてたまらない……そんな視線がフィリップを舐める。

 

「……私はやるって言ったら、やるよー……私に指図できるのはこの世界にただ一人だけだからねー……そしてー、それはー、モッちゃんじゃないんだよねー……残念ながら」

 

 言葉以上に声音が恐ろしかった。

 何かに取り憑かれたような……狂信的な何かを感じさせた。

 狂気の最果てを突き抜けた先……この女の常軌を逸した戦闘能力はその結果なのかもしれない……とても常人が追い付けるようなものではない。

 従わねばならない……嫌気が失せたわけではない。

 だが殺らねばならなかった。

 人の形をしたバケモノに従わざる得ない自分の境遇を呪いつつ、フィリップは腰の剣を抜いた。

 陽光を反射して銀色に輝く。

 足早に3歩進んだ。

 ディンゴが驚愕していた。

 イーグが両手で顔を覆った。

 帝国兵が振り向いた。

 見知らぬ男の顔が歪んでいた。

 嫌な手応えだった。

 突き刺した首が帝国兵が振り向いたことによって半ば捻じ切れていた。

 鮮血が噴き上がり、フィリップの顔面は真っ赤に染まった。

 帝国兵が崩れ落ちる。

 もはや肉塊だった。

 異国の空の下、ただ訓練の為に死んだ。

 

 ……無念だったろう。

 

 剣身を濡らす血を振り払い、フィリップは剣を剣を納めた。

 

「……顔を洗ってくる」

 

 屋敷に戻り、フィリップは誰にも知られぬよう泣いた。

 

 

 

 

 

 

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 竜王国で切り出した大量の石材が恐ろしい勢いで積み上げられていく。

 カルネ村ではビーストマンでなく、ナザリックからゴーレムが提供され、竜王国以上に24時間フル稼働の状態になっていた。

 現場総指揮はマルファスという名の小柄なビーストマン。竜王国に加えてモチャラス男爵領の実績が他者を指名させなかった。

 その他にも治水に優れたフォカロルとかいうやつが別働隊を率いて、トブの大森林の中で水源地を探索中。

 竜王国の首都にいたブエルも呼び寄せた。エンリや村人達に得意の薬草学を教えている……今後、カルネ村の特産として大量生産に移行する予定だ。

 

 マーレきゅんが次々と天地返しをしながら土壌改良していく。

 そのままスケルトン軍団が種蒔きは始め、再びマーレきゅんが成長を促進させていた。

 エルダーリッチの率いる別ユニットが竜王国同様に収穫作業を始めている。

 竜王国同様、巨大なインスタント作物収穫システムが構築されていた。

 

 突貫作業な上に大幅な計画の修正……そこらの都市など問題にならない規模の街がどんどん建設されいた。

 エンリの召喚ゴブリン軍団と彼等に屈服したトブの大森林の雑多な種族が警戒にあたる中、残された村人達は野営しながら、皆で労働している全種族分の膨大な夕食を作成中だ。

 

「……アインズさんが悪ノリであんなこと言うから……将来の首都を作る羽目に陥るんじゃないですか」

 

 俺のぼやきにアインズさんが骨の指で頭を掻いた。

 

「……んで、本当に建国するですか?」

「いやー、守護者達も大喜びなんですよ……アインズ様が世に出る第一歩を踏み出された、って……もう止めるの、無理ですよねぇ?」

「目の前の巨大都市を見て……本当にそう言えるなら、言えば良いんじゃないですかね?……竜王国の再開発リソースの7割以上、こちらに振り向けている俺に対して……」

「本当にすみません……でも……」

「……もう良いですよ……でも国主は絶対にアインズさんです。それは譲りませんよ。ここまでやって、エンリを傀儡に立てるとかあり得ませんから」

 

 少しぐらいは苦しめ、と思いながらアインズさんを見る。

 ここまでアインズさんはロールプレイのノリで独立宣言して、守護者達に相談しただけだ。たしかに決定するのがアインズさんの仕事だが、ロールプレイの流れでここまで俺がやる以上、責任もとってもらわねば話にならない。

 

「魔導王……カッコいいじゃないですか?」

「あまり虐めないでぐたさいよ……でも他のよりははるかにマシでしょ?」

「コキュートス、グッジョブ(棒)」

「それはたしかに意外でしたけど……他が酷過ぎて……」

「……まあね、自ら賢王やら至高王名乗るとか、ちょっと厳しいですね……他は話にならないし」

 

 美貌王……何が何やら……

 強王……魔法詠唱者でしょ!

 慈愛王……意味不明!

 賢王……さすがにどうなの?

 王……もう、これで良いんじゃねーの!

 至高王……圧倒的な恥ずかしさ!

 で、最後にコキュートスが捻り出したのが「魔導王」……妙にしっくりくる名称だった。

 

「でしょ!」

 

 項垂れていたアインズさんが顔を上げた。

 虐めるのは少し勘弁してあげて、ちょっとは真面目に話し合わないと……

 

「んで、とりあえず竜王国には話は通しました……あの国で俺が推す以上、承認しないなんてことはあり得ません。帝国のジルクニフの方は会談日程の連絡待ちですが、無視はできないでしょう……で、問題は王国なんですよ……それとなく最近繋がりのできた六大貴族のレエブン侯に話を持ち掛けようと思っているんですが、なにしろ王国の領土を割譲しろって話でしょ……形式だけでも一戦交える必要はあるんじゃないですか?」

「……戦争ですか……できたらやりたくないなぁ……王国全軍対俺一人でもオーバーキルな気がします……なんならデスナイト100体ぐらい送り込んでも蹂躙可能な気がするんですよ」

 

 どちらかと言えばデスナイト100体の方がエグい気がする……この人、結構えげつない作戦を思いつくよな、と思いながらも無視した。ジットがよくやる作戦ではあるが、ジットと違ってデスナイトには自制が無い。簡単に同意したら精神的な気楽さの為にやりかねないのが怖い。

 

「そりゃ、まあねぇ……現地勢のレベル考慮したら、超位魔法一発で完全決着しますね、間違いなく……万単位のビーストマン対俺一人でも空から第三位階の連発で完封勝利でしたから……虐殺なんてレベルじゃ済まないでしょうね」

「……戦争は避けたいですね」

 

 アインズさんが再度項垂れた。

 どうしても虐めたくなるが、助け舟を出す。

 

「で、帝国との会談が重要になると思うんです」

 

 アインズさんが顔を上げた。表情筋が無いのに興味津々なのだけは伝わる。

 

「……この際、帝国と王国の戦争で帝国を俺達で完勝させましょう……王国の労働力がさらに逼迫するのはいただけませんが、それはこの際アンデッドレンタル事業の販路拡大のチャンスと割り切りましょう。んで、帝国には戦勝の講和時にこの辺り一帯の割譲を王国に迫ってもらう。承諾しなければ、さらに一戦も辞さない覚悟を見せれば、王国も折れるしかないでしょう……後はジルクニフとの会談で俺達に割譲地の譲渡を約束させればいい。なんだったらエ・ランテルも抑えて、アインズさんの国が帝国と王国の国境を完全に分断してしまえば、今後は戦争しなくて良い環境が生まれます。そうすればお互いに軍事費が軽減されて、今以上に経済的に発展する可能性が大きくなります……そうでなくとも毎年の戦争はどちらかと言えば経済的嫌がらせの側面がかなり大きいですからね……その辺りをジルクニフに含み聞かせれば良いわけです。アレはバウジットが言ったんだっけかな……バハルス帝国は皇帝陛下あってこそ……だからこそジルクニフと話をつければ全てが解決する帝国の方が交渉相手としても優秀です」

「……なるほど」

「俺達は帝国の側面支援に徹する……つまり現地の人間対人間の戦争であればそこまでの被害にはならないと思うんですよ。帝国は帝都の真横で俺とマーレきゅんが戦ったのを知っているのも都合が良い……もしプレイヤー対現地の人間の戦いになったら想像を絶する被害が出るのは避けられないことを説得力を持って説明できます。加えてジルクニフは国家の最高位に立っているにもかかわらず、自身で計算もできる。プライドや国威よりも実利を選択する可能性が高い。目の前に巨大な利をぶら下げてやれば、食いつくと思うんです」

「……良いですね!」

「最悪、ドロドロの消耗戦になったらデミウルゴス麾下の亜人種連合軍を投入して、無理矢理戦闘を終結させましょう。ジルクニフに対してはバハルス帝国の将来の安寧と発展を約束して、実際に都市なり農地なりの開発事業でも協力してみせれば、俺達と手を握った方が得なのが実感できるんじゃないですかね?」

「……なんだかいけそうな気がしてきましたよ!」

 

 アインズさんがガッツポーズを見せた。

 

 交渉自体はアインズさん得意のロールプレイと見た目で圧倒すれば良い。

 プランの概要はアインズさんの頭の中に入っているだろうし、細かな打ち合わせや擦り合わせは都度で良いだろう。

 スケジュール的に可能なら、建設中の首都の宮殿でやってしまえば、実利の提示も含めて手間が省ける。軍事力の格差だけでなく、技術力に経済力でも圧倒的な差を自覚させれば今後の付き合い方を勝手に考えてくれるはずだ。

 帝国はそれで良い。

 竜王国も問題無い。

 なんだったらカッツェ平野も手に入れて、アインズさんが現地のアンデッドを支配下に加える……帝国も竜王国も大幅に安全性が向上する。両国の通商を促せば、カッツェ平野を抑えるアインズさんが俺に頼らない独自の権益を得ることも可能……今後の展開によっては交易可能な直通の大道を通しても良いぐらいだ。

 問題は法国……そして王国だ。

 法国はアインズさんの国の在り方を受け入れるか……ティーヌに確認する必要があるが、現状ではそれ以上のことはできない……動向は探らせる必要があるが、適任者は……さすがに法国にとってはテロリスト同然のティーヌやジットでは無理だろう。誰かいないものか?

 王国は権力が分散していて厄介だ。しかし現状では一番多くの利権を保有してる俺の最大の収入源だ……将来的には竜王国の方が有望かもしれないが、あれだけの非効率を容認して帝国と対等であるのだから、本来の国力が段違いだし、現時点ではあまりボロボロになられても俺的に困る。

 

「……アインズさん?」

「なんですか?」

 

 浮かれていたアインズさんが俺を見た。

 

「法国の人間で使えるヤツ、知らないですか?」

「法国……あー『陽光聖典』とかいうのを40〜50人ぐらい捕縛しましたけど、みんなアンデッドの触媒にしちゃったような……?」

「……マジですか?……一人残らず?」

「だって酷いんですよ、アイツら……それこそカルネ村を襲った連中で、どうしてそんなことをしたのか尋問させたんですけど……簡単な質問すると3回で死ぬんですよ……本人達曰くエリート部隊らしいのに……法国の上層部ってバカなんじゃないですかね?……そんな簡単に死ぬようにしたら、捕虜にもなれないじゃないですか……その上で魔法的な監視までしているのに……こっちの人間種の脆弱さを考えたら戦力的にかなり貴重な存在だと思うんでよ……まあ、一人ぐらいは冷凍保存してあるかもしれないので、ニューロニストに言って、探させますよ」

 

 ポカーンだ……正に空いた口が塞がらない……法国って「バカの」って言うより、自信過剰の集まりなのか?……機密保持目的にしたって、やり口があまりに酷過ぎる。

 

「……それよりも『風花聖典』とかいうのが一時期エ・ランテルにいたんで、そいつらを捕まえましょうか?……今もいれば、ですけど」

「あー、それも今はいないと思いますよ。シャドウ・デーモン達の報告によればですけど……」

「……元々ティーヌというかクレマンティーヌを追っていたわけだしなぁ」

 

 八方塞がり……天を仰ぐ、とアインズさんがフォローを入れた。

 

「守護者達にも言っておきますね……法国の人間を見つけたら、殺さないで、生かしたままゼブルさんに引き渡すように、って……ちょいちょいトブの大森林やアベリオン丘陵で見掛けるみたいなんで、その内に捕まえますよ」

「それはそれでお願いします……で、後は王国に対する工作ですけど……」

「王国ですか?」

「はい……領土割譲を帝国に迫られて、拒否できない程度には追い込まないといけないわけです」

「つまり……?」

「開戦前は主戦派が、講和時は講和派がそれぞれ明確に力を持たないと、王国は良くも悪くも多頭政治なんで収拾がつかないと思うんですよ……ただ現実的にはそんな器用に政治的な動きを操ることは不可能なんで、単純に主戦派を前面に立たせて、帝国にボコってもらうのが手っ取り早いと思うんです。なので主戦派の有力貴族を煽る必要があります」

「誰ですか……心当たりでも?」

「六大貴族で武断派のボウロロープ侯と野心家のリットン伯ですね……加えてボウロロープ侯の娘婿でもある第一王子のバルブロ……この辺りを中心に煽れば主戦派は引っ込みがつかないんじゃないかと思いますよ」

「具体的には……?」

「旧『八本指』系統の商人達を通じて、食料と武器を相場よりも安価で供給します……あまりに安いと疑われるので、ほどほどですけど……要するに安易な徴兵を可能にするわけです。備蓄も軍の糧食も軍備すらも余裕がある状態になれば、元々好戦的な性格ですから……そうでなくともボウロロープ侯はバルブロ王子の立場を優位にしたいわけですし、リットン伯は自身の影響力を高めたい。六大貴族の参集する宮廷会議でレエブン侯に上手く立ち回ってもらえば、こいつらを誘導することは可能でしょう……実戦では帝国軍のフォローを俺達がするわけですから、何をやっても負けるはずがない。王国自体はそれほど傷は深くなくても、好戦的な連中が壊滅的なダメージを受ければ……」

「……でもこの辺りは王の直轄地ですよ」

「そこでバルブロですよ……簡単な話、誘拐……じゃないけど、捕虜にすればいい……太子でなく、第一王子なのは不安要素ですけど……直轄地と交換であれば、ランポッサⅢ世も突っぱね難いでしょ」

「……なんかゼブルさんと話していると敵対しなくて良かったって、マジで思いますよ……なかなか誘拐紛いの発想には至らないんじゃないですか?」

「なるべく血を流さないように……それでいて俺達の都合が良いように考えたんですけど……そもそもアインズさんがノリで独立宣言しなきゃ、こんな苦労はしなかったんですけど……」

「それは……本当にごめんなさい」

 

 アインズさんに舌があったら、テヘペロってやっているのが目に見える。

 

「まあ、バルブロもボウロロープ侯もリットン伯も政治的には死ぬでしょうけど……俺達にとっては無駄に好戦的な連中には早めに退場願った方がありがたいわけですよ。どうせやるなら都合の良いところまで……その後は全員で経済発展して……その気がある国は人間種に限らず仲間にして、豊かな国々の盟主として『魔導王』アインズさんが立つ……それで良いんじゃないですかね?」

「実に平和的ですね!」

 

 暢気に喜ぶ超越者……裏方の苦労も知らないで……とはいえ、俺は考えて、上(=アインズさん)の承認を受けて、手配するだけなんだけど……上手くいくか、いかないかは現場の優秀さに依存するから、限られた人材をどれだけ適材適所に配置できるかが腕の見せどころ。

 そーゆー意味ではナザリックは適材適所の人材の宝庫だから、悩むことは少ない。ただし仕切り役がいないが難点だった。

 アルベドはナザリックから動かせない。

 デミウルゴスは能力的に足るものの、本人が忙し過ぎる。

 アインズさん謹製のパンドラズ・アクターは……能力じゃない部分でいろいろと問題を抱えて……いそうだ。本当にチラリと会っただけなのだが、そのチラリで十二分に不安を感じた……ネオナチ風軍服の見た目はなかなか格好良いのに。

 

「たとえ平和的でも国益を背負えば、裏方も責任者も有事と等しくキツくあるべき……『バンバン』さんの言葉です」

 

 唐突な俺の発言に浮かれていたアインズさんがこちらに向き直った。

 

「官僚でしたっけ、あの人?」

「エリート財務官僚……それは間違いありません。しかも将来を嘱望された期待のホープ……そこはあくまで本人談ですけど」

「俺に帝王学でも教えてくれないかなぁ……リアルから出張してきて」

「アハハッ……アインズさん、死にますよ……死んでるけど」

「どうしてですか?」

「あの人、徹底した凝り性な上に鬼のようなスパルタですから……俺のキャラビルドでの死に戻りの回数聞いたら、卒倒すると思います。ユグドラシルでの俺の死亡原因90%超は『バンバン』さんで、意外なことに戦闘狂の『えんじょい子』さんは2%にも達しません。つまり俺がどう思うかでなく、あの人が納得するまで殺され続けます……絶対に何かを頼んじゃダメなタイプですよ」

「えっ……ええっ……うん、そうですね」

 

 鬼の面を被ったスマートなスーツ姿の人間にボコボコに殴れる超越者……アインズさんが冷や汗をかいているような気がした。

 

「……で、どうするんですか?」

「どう、って?」

「国名ですよ……誰と交渉するにしても俺達の国名が決まってないといろいろ問題が生じますから、決めてもらわないと」

「……さて、どうしましょうか?」

「カルネ国じゃ、格好悪いですね」

 

 話の切っ掛け作り自分で言ってみて、絶望的な格好悪さだった。

 だが切っ掛けの効果は発揮したようで、アインズさんも考え始めた。

 たしかアインズさんはネーミングセンスは皆無だったような……俺も人様に威張れるようなものじゃないし……何にせよ、パッと思いつくのは地名や民族に依存したものだ。ただし民族はない……「多くの者を支配し、魔を導くから魔導王」の趣旨に沿えば、民族依存はあり得ない。

 

「ナザリック国……ナザリック地下大墳墓国……なんかピンときませんねぇ」

「エ・ランテル国……エ・ランテル魔導国……これじゃ、まるでエ・ランテルが独立したみたいに思われてしまいますね」

「アインズ・ウール・ゴウン国……ギルド名だけじゃなく、今の俺の名前でもありますから……ちょっと恥ずかしいなぁ」

「でも、こうすれば語感は良い感じですよ……アインズ・ウール・ゴウン魔導国……ナザリック魔導国よりもはるかに語感は良い感じですよ」

「それ、ちょいちょい入れますけど、ゼブルさん的にはどうしても魔導国が良いわけですか?」

「そりゃ、魔導王の国ですからね」

「えー、なんか恥ずかしいなぁ」

「でも、どんな阿呆でも理解します。ここは魔導王の国……だから魔導国なんです。リアルでもあったでしょ?……名と実が乖離しているような国……あーゆーのは詐欺感が強い気がします」

「まあ、詐欺感強めは嫌ですね……王が治るから王国……法国なんて法治主義とは思えないけど、法国か……どちらかと言えば教国の方がお似合いなんですよね……それよりははるかにマシな気がしてきました」

「でしょ……誰にでも理解できるっていうのは案外重要なファクターですよ」

「そんなもんですかね?」

「そんなもんです……アインズ・ウール・ゴウン魔導国……これで決定で良いですか?」

「うーん……まあ、パッと思いつく中では、それかなぁ……個人名と一緒なのがどうしても引っ掛かりますけどね」

「それじゃ、個人名じゃなくなったのを記念してモモンガ魔導国にでもしますか?」

「いや、それだけは勘弁して下さい……絶対に」

「じゃ、アインズ・ウール・ゴウン魔導国で決定です……鍛治長に言って、早急に国璽を作ってもらって下さい……せっかくだからなるべく希少な金属の方が良いでしょう……なんだったら、俺が提供しますよ」

「大丈夫です。過疎化しても老舗……過去にはランキング10位以内にもいたんですから、希少金属程度はこちらでいくらでも準備しますよ。それにしても国璽ですか……なかなかそれっぽいですね?」

「でしょ!」

 

 俺とアインズは顔を見合わせて、ハイタッチをした。

 

「で、俺からも質問です」

「何でしょう?」

「……ゼブルさんの役職はどうしましょうか?」

「それは……アインズさんが決めて下さい。その方が守護者達も納得します。最高意思決定に関われて、差配する立場であればなんでもいいですよ……人間種を見下しているナザリックの内部だけに意思決定を任せると力技に傾きそうで怖いですから……無駄に戦争始められても落とし所を探るのは大変ですし、探っている内に相手を全滅させかねない。現地勢と比べて俺達は圧倒的に強いんです。だから自制しないとアインズさんは恐怖の大魔王まっしぐらですよ」

「それは……嫌だなぁ」

 

 アインズさんは腕組みして、真剣に悩み始めた。

 

 こんなことになるなんて……数々の人間種ギルドを潰してきたこの俺がアインズ・ウール・ゴウンに加入する羽目に陥るとは……まあ、いずれ抜けるにしても、自分で決めた最低限の責務は果たしたい。

 だがら発言は偽りなく俺の正直な気持ちで間違いない。それさえクリアしてくれれば役職なんざ何でもいいのだ……今目の前にいる暢気なプレイヤーを大魔王にしたくない。こうして素の自分を晒せる相手が存在していることが重要なのであり、それが暴走の歯止めになる。武力で世界を支配下に置いて、その先に何があるというのか?……何もありゃしない。下手すりゃ満足感すら得られない……その為に最低限意思決定の場に参加できる立場だけは手に入れなきゃならない。それが何であろうと問題はない。

 

 やがてアインズさんが俺を見た。

 

「……単純に副王とかは嫌ですか?」

「俺は何でも構いませんけど、それ以前に俺の配下の扱いどうします?」

「ですよねー……そこが難しいんだよなぁ」

「俺は別勢力の頭でもあるわけですよ……人間種も多い……だからアインズ・ウール・ゴウンに加入させるわけにはいかない。人間卒業しちゃったティーヌですら、社会人とは呼べないでしょ……単に強いだけの無職だし……逆に職に就いている連中は漏れなく人間種だし……」

「うーん……難しいですね……ツアレはセバスの任務達成に対する褒美としての特例かつあくまで保護なんで……ルールの変更までして、ってなると節操無しですよねぇ……それに純粋に資金力はゼブルさんのところの方が上っぽいのに子会社っぽい扱いもどうかと思うんですよ」

 

 2人で腕を組んでウンウン唸ること数分……やがて俺の頭に一つの折衷案が舞い降りた。

 

「単なる思い付きですけど、それじゃこうしませんか?……俺の配下は全員漏れなくアインズさんの国で雇って下さい。つまり国家公務員化するんです。形式だけなんで薄給でOKです。月当たり金貨一枚程度の給料を払って実質的にアインズさんの国の傘下に置くわけです。まあ、当面は負担も大きいのでその為の資金は上納金としてこちらから供出します。現状自力で稼いでいる連中はそのまま特別公務員みたいな形式でも良いですし……給与の受け渡しは旧『八本指』のシュグネウス商会を通してもらえば、俺達としても助かります」

 

 アインズさんが骨の手を打った。

 

「配下でなく、雇用という形式ですか……素晴らしいですよ!……それなら俺でも理解できるし……いや、凄く良い案ですよ!」

「現地で職を持っているヤツも多いので出勤は義務化しないでくださいね」

「了解です!……なんかスッキリしましたよ!……じゃ、ゼブルさんも副王で問題無しですね?」

「そーなりますね」

 

 明日には魔導王となる超越者の眼窩で赤い炎が燃え盛っていた。

 




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