突貫工事で恐ろしく巨大な宮殿は3日でほぼ完成していた。内装以外はほぼ完成しているということだ。
王都の倍の高さはあろうかという城壁にはさらに高い高楼があり、巨大な弩のような常設の投射兵器も無数に設置されていた。城壁上も広く小隊程度であれば隊列を組んだまま移動可能だ。現にゴブリン軍が訓練している。
宮殿の周囲も同様の城壁があり、こちらは周囲をゴーレムが周回している。
本来のカルネ村は宮殿周りの城壁の中にすっぽりと収まる。
その周囲に将来を見越した官庁街と軍関連施設があり、南側にはまだ整地されただけの居住区が広がりっていた。まだ旧カルネ村の住民分しか家はなく、ポツンポツンとしか石造の建物はなかった。
東と西は商業区の予定であり、北は生産区である。
完成している建物のサイズ感が巨大過ぎて、ピンとこないが、城壁内の全街区の合計面積は王都を軽く凌駕する
そんな名実ともに巨体都市に暮らす住民数は面積に比して極端に少ない。
約100名の人間種。
10000弱の亜人種。
極少数の知性を持つモンスター。
そして都市長候補はエンリ・エモット……ゴブリン軍の将軍でもある。
まだ水は引けていないものの、水路も建設済みだ。どうやらトブの大森林の奥にリザードマンやトードマンが住処とするひょうたん型の湖があり、そこから水路を通すと言う。都合の良いことにアインズさん配下のリザードマン集落であり、ついでにトードマンも集落も支配下に置く為、アウラちゃん配下の魔獣軍団が侵攻を開始したらしいが、どうにも不安は拭えない。いちおう種族を全滅させることは禁じているが、果たしてどこまで守れるものか……
「しかし……凄まじい光景だな、ゼブル殿」
俺の疑念を上書きする様にジルクニフが言った。
城壁上から下を覗き込むバハルス帝国皇帝。
彼の背後には変態ジジイことフールーダ・パラダイン。
護衛としてバウジットとレイナースさん。
秘書官ロウネ・ヴァリミネンは自前の紙束に然りに何かをメモしてした。
以上が帝都から『転移門』を通って俺に同行してきた面々だ。
さすがに宣戦布告した以上、いかなる理由があろうと王国内に堂々と侵入するわけにはいかない……こういう時『転移門』は便利です。
「……これが建設が始まって僅か3日ですか?」
思わずロウネが呟く。本来ならば主君を差し置いて発言して良いような場ではないらしいが、俺は詳しくないので、気にしないでドンドン発言してくれ、と事前に伝えてあった。
「3日ですよ……俺達の保有する技術力をよく確認して欲しい……この後、ナザリックで俺達の盟主であるアインズさんと皇帝陛下が会談するにあたって、俺達のセールスポイントを頭に入れておいて欲しいんだ。資金力はこの都市を見れば説明不要で理解してもらえると思う。次は生産力……そしてほんの一端だが、都市防衛の為の軍事力……それもよーく確認して欲しい」
新都市カルネ(仮称)の要所をマスフライや転移を利用して次々と見せて歩く。ジルクニフ一行は感嘆の声を上げつつ、素直に楽しんだようだ。
ビーストマンにゴーレムが入り混じって働く中を個々の工程管理を任されるエルダーリッチ達が最短距離で全体を監督するマルファスの執務室に書類を運ぶ様はジルクニフ一行を驚かせたものの、帝国でもアンデッドの労働使役は考えているらしくジルクニフだけでなく、フールーダやロウネからも数々の質問が飛び交った……この辺りでも帝国はアインズさんと親和性が高い……俺は密かにほくそ笑んだ。
建設中の建物見学から広大な田園地区……つまり城壁外まで転移する。
点在する加工用施設は見えるものの、基本的には見渡す限りの麦畑と水の引かれていない用水路だった。ただ現在はマーレきゅんフル稼働状態なので水はどうでも良い。竜王国の領地から運んだスケルトン労働ユニットが大半なのは間違いないが、その中にナザリックから派遣されたアインズさん謹製もしくはのナザリックのPOPモンスターでも上級スケルトン系アンデッド労働ユニットが実験も兼ねてフル稼働していた。
「これはまた……近い将来、人間の肉体労働は不要になってしまうのではないか、ゼブル殿?」
「それも見据えていないとは言えないですね……基本的に植物相手はアンデッドの方が効率良くなるのは間違いありません。現在、より高位のスケルトンを使役して、より高度な労働が可能か、実験中です。畜産系では肉や乳の加工にはアンデッドは役立ちますが、家畜の世話は怯えてしまうので厳しいですね」
「既にそこまで……」
「それだけじゃありません。田園地区の外周部の警備は基本的にアンデッドが担当しています……将来的には都市の外周警備は全て担当させる予定です。24時間年中無休で稼働可能な上に睡眠も休憩も食料も不要かつ、害獣の類もアンデッドを恐れて近寄りません。今のところ、基本的に動物の世話が厳しいだけで、事務処理能力も決済を伴わない業務管理能力も人間より疲労もムラもない分、はるかに優れた結果を残しています……下級官吏としては人間よりも絶対的に優れものですよ……なにしろ命令厳守で不正どころか怠慢も……体調不良も無い……さらにウチのアンデッドであれば給金も不要です」
「それは……たしかに一考の価値があるな……」
ジルクニフが考えるように遠くを見ると、フールーダ以外の面々が主君から隠れるように露骨に嫌な顔を見せた……彼等皇帝の最側近はパージされることはないだろうが、自分の周辺がアンデッドだらけの帝城を想像したのだろう。
その後、超巨大果樹園に続いて、田園地区に点在する畜産牧場を見学した。牧場自体も広いは広いがなんと言ってもここだけは人間が中心になって運営していく必要があるので、アンデッドが活躍する田畑に比べると常識的な広大さになっている。それが田園地区内に12ヶ所……中にはスレイプニルを生産している牧場まである。
さらに新都市カルネだけで作った、ブエル監修のトブで採取される薬草の栽培場なる巨大建築を見て……ジルクニフは多少の危機感を見せた。これで腕の良いポーション職人(アインズさんはエンリを餌にバレアレなるエ・ランテルの名士を招聘しようと考えいるようだが……)を揃えられたら、新都市カルネと友誼を結ばねば簡単に戦争などできなくなるのは明白だった。特に専業兵士制である帝国は兵士一人当たりのコストが王国とは比較にならないほど高額なのだ。ポーションの供給を渋られ、相場が高騰すれば目も当てられない。かと言って、兵士は非常に高額なので使い捨てなど考えられない。つまり価格が高騰したポーションでも使わねばならないのだ。
狙い通り……俺達には友好的でないのは損だ、という方向へ誘導できた手応えを感じる。日和見はおろか中立すら許してやる気は無い。
……という俺の思惑に関係なく、薬草の栽培場以外はいずれにしても空いた口が塞がらないレベルの驚愕と与えたようで、ジルクニフ一行は非常に楽しんでいた。
そのまま城壁内の生産区に『転移門』で移動する。
まず巨大な工房では召喚ゴブリン軍団のたった1人の鍛治師が槌を振り下ろしていた。さらにその横ではデミウルゴス麾下のダークドワーフが10人程で作業している。工房そのものは彼等がたとえ1000人いても問題無い大きさであり、設備は非常に立派なのだが、とにかく鍛治仕事ができる者が他にいないのだ。ナザリックの鍛治長を引っ張り出すわけにもいかない。
この辺りが帝国がナザリックに協力するには絶好のポイントだと言外に伝える為にあえて見せた……ジルクニフに上手く伝われば良いのだが……
次いで加工済み食品の超巨大集積場……これはもう単純に圧倒的な物量がジルクニフ一行を半笑いにさせた。同時に戦争前であろうと、ここから放出すれば穀物相場が一気に下落することを示唆する。つまり軍の兵糧は溜め込み過ぎない方が良いと言うことだ。他にも国家備蓄があれば、こちらが放出するタイミングを教えると付け加えた。
「良く……理解した」
ジルクニフは深く頷き、ロウネに何事かを指示した。
他にも酒蔵や調味料・香辛料の生産集積所に加えて発酵食品の生産施設に木工場と巡る……ちなみに城壁外には鉄工所や製錬所の建物はあるが現在稼働していない。
そして巨大宮殿で昼食会……原材料はまだ生産の間に合っていない肉と魚と酒を除いて、全てカルネ産を使用したものらしい。この辺りはナザリックの料理長と副料理長任せなので俺は料理一つ一つの説明文というかお品書きのようなものを読んだだけだった。ナザリックの文章は日本語なのがありがたい。
贅沢に慣れている皇帝すらコースを食べ終えるまで無言だった。
そして俺も説明以外は無言で貪り食った。
ユリ・アルファに率いられた一般メイド達が忙しなく給仕していた。
誰一人……高齢のフールーダすら食べ残しは無い。
最後にコーヒーが運ばれる……それすら美味いので全員が無言だった。
すげー満足……めっちゃ腹一杯!
単純にテンションが上がったが、満足している場合ではない。
「さて……午後は軍事関連の視察……そして俺達の盟主であるアインズさんと会談ですよ」
「いや……同盟の件は、現時点でむしろこちらから申し込みたいぐらいに気持ちが傾いているのだ。そちらの軍事力に関してはゼブル殿の戦闘能力を知っている以上、さらに視察は必要なのだろうか?……と疑問を感じてしまう」
「でも俺達と手を握るなら、相手の内情は知った方が良いのでは?」
「一般論で言えば、たしかにゼブル殿の言う通りだ。だが我が国に……アインズ・ウール・ゴウン魔導国と軍事力どころか経済力も技術力も敵対する力はないのは明白……で、あればアインズ・ウール・ゴウン魔導国が手を差し伸べてくれている内に、平和的かつ友好的に同盟関係を築き、他国に対して将来的な優位性を確保したい……と私は考えている。もちろん重臣達と協議する必要はあるが……どうだ、皆の者……私の考えに異論はあるか?」
誰も答えない……こういったシーンで異論を唱えることを意識しているようなバウジットすら……つまり食事の時点で全員の心が折れたのか?
「と、言うことだ、ゼブル殿……この際なのでハッキリ言ってしまえば、バハルス帝国はゼブル殿個人にすら届かないのだ……それは帝都でのゼブル殿の戦闘の調査報告だけで十二分に理解できた。その上ゼブル殿の上位者が現れ、独立国家を築くと聞かされた……我々の選択肢は最初から一つしかないのだよ。だからこの申し入れがあった時点で、我々は同盟を締結するつもりでやってきたのだ。属国でなく、同盟関係で良いと言ってくれている内に、我々としては是非とも同盟を締結したい……我々がゼブル殿にご教授願いたいのはただ一つだけ……ゼブル殿とは知己であり、私の友人と信じている……お互いに打算はあったとはいえ、ゼブル殿はバハルス帝国の……私の為に墳墓に赴き、不利な条件下で戦ってくれた。その友誼を信じて、バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが頼む……ハッキリと明言して欲しい。魔導王陛下は我々にどうして欲しいのだ……私達はそれに応えたい。帝国が貴国に対して対等は無理にしても、より優位な立場を維持したまま同盟関係を築くにはどうしたら良い?」
切実な思いが視線に込められていた。
何があっても独立を保つ。
何があっても臣民を守る。
その為には何でも利用する。
「……そうですね……交渉そのものは盟主であるアインズさんの担当なんですけど……」
どうするべきか……迷っているとジルクニフが続けた。
「こちらの条件はバハルス帝国の独立を保つこと、この一点だ!……頼む……私とゼブル殿の仲ではないか……教えて欲しい」
そう言われてもなぁ……既に交渉成立みたいな状況であることをアインズさんに伝えるか?……いや、あの地道な魔導王ロールの練習を見た後だと、アインズの見せ場を奪うのはどうなんだろう?……俺も昨晩1時間ぐらいは付き合った手前、どうにも気が引ける。
「じゃあ、こうして下さい……バカバカしいと思うかもしれませんが、必要なことなんです……」
本来ならば交渉のテーブルに上げる予定だった条件を羅列した。
帝国と王国にはこのまま戦争を開始してもらう。
俺達が側面支援するので帝国の勝利は確実。
もし消耗戦に陥りそうであれば亜人種連合軍を投入するので、その際は一時撤退して欲しい。
で、ここからが本題。
勝利が確定したら、講和交渉時にエ・ランテル一帯から、この辺りトブの大森林に至るまでの領土の割譲を迫って欲しい……それこそ王国側の抵抗が強いようであればもう一戦も辞さない覚悟で交渉に当たって欲しい。
その後、獲得した新領土を魔導国に譲渡の上、カッツェ平野とトブの大森林の魔導国の領有権と併せて承認する。
カッツェ平野の件は竜王国も内諾済み。
近い将来、竜王国と帝国間を直接繋ぐ大道を通す予定でもある。
交換条件として魔導国は帝国に対して経済的技術的支援を行う。
希望があれば、何があろうと絶対に人間を襲わないアンデッドも貸出する。
同じく都市の再開発も請け負う。
同じく土壌改良も請け負う。
その他応じられる希望については対応する。
帝国のメリットは説明する必要はないだろう。
デメリットは戦闘の前面に立つのに最大の戦利品を強制的に譲渡すること。
これ以降、帝国が王国に直接戦争を仕掛けられないこと。
全ての説明を終えるとジルクニフはホッと息を吐いた。
側近達も安堵の空気を滲ませる。
「……で、重要なのはアインズさんとの会談では全て初めて聞いたつもりで対応することです……バカバカしくとも非常に重要なので、これだけは厳守して下さい……加えて、言うまでもないですが、俺達魔導国側に立つのか、そうしないのか……その2択です。以前にもバウジットさんには言いましたが、俺は中立や日和見を絶対に許しません。帝国が態度を鮮明にしないことは、魔導国は敵対と同義と考えます。そうする、しないは自由ですが……アインズ・ウール・ゴウン魔導国を帝国に都合良く踊らせることは不可能と考えることをお勧めしますよ」
恫喝とも受け取れる言葉にジルクニフは俺を見た。
そして頷いた。
「じゃあ……希望に応えたところで、新都市カルネの防衛訓練でも見ていただきましょうか?」
全員が表情を引き締め、立ち上がった。
*************************
巨大な木剣をバックステップしつつ木剣で受け流し、イーグに目配せする。
アイコンタクトと同時にイーグが突進し、ディンゴの肩口を木剣で狙った……が、ディンゴがイーグを蹴り飛ばし、逆にフィリップに向かって前進する。
これまでならば単純に追い詰められただろうが、フィリップはさらに踏み込んだ。ディンゴの巨大な木剣は離れれば離れる程、より凶悪さを増すことを学習したのだ。突進しつつ木剣を振りかぶるディンゴの懐に飛び込み、自身の木剣を突き出す。
勝った!
そう思った瞬間、ディンゴは半身になり、巨剣で大雑把にフィリップの身体を横に薙いだ。
がっ!
フィリップは大きく弾き飛ばされ、宙を舞った。
受け身は取れず、地面に激突し、強か肩を痛めた。
慌てて立ち上がろうとするも、上手く身体が起こせない。
「はいはーい、休憩ねー」
ティーヌの声と共にポーションを浴びせられ、フィリップは立ち上がった。
そのままティーヌに目配せされ、皆が思い思いに休憩するテラスを通り抜けて、ティーヌと共に屋敷の中に入った。
今にして思えば堕落の城だ……無理矢理贅を詰め込んだような屋敷の内装を見回し、フィリップは嘆息した。こんなものに憧れ、手に入れた途端、こんなものに振り回されて、それに相応しい自分を飾ろうと虚勢に塗れた生活を送っていたのだ。たとえ数日間であろうと自分で稼ぎ、自力で生活することに慣れると、中身のない外側に踊らさせる生活は滑稽そのものにしか感じない。
試しに聞いてみた『豪剣』の面々の評価では、フィリップとイーグは冒険者の等級で言うと白金級には届かないが、金級程度の力は有しているのではないか、とのことだった。冒険者の仕事の無い王都では厳しいが、エ・ランテルであればそれなりの生活を維持できるのはないか……その論評を聞いた後、フィリップは宿への帰り道で密かに拳を握りしめた。同時に少し前の自分では考えられない感情に戸惑いもした。
そんな事を思い返しながら、ティーヌに促されるまま進むと、彼女はエドストレームが専用執務室として使用している部屋の前で立ち止まり、顎をしゃくった……入れ、ということだろう。嫌な予感がしたが、とても逆らう気にはなれず、素直に従う。
部屋の中に入ると、屋敷の他の部屋とは違い、どう見ても実用一辺倒の執務机の向こうでスーツ姿のエドストレームが待ち構えていた。
今にして思えば、この女も大したものだ、と感心する。どのような修羅場を潜り抜ければ、あのような三日月刀の技を習得できるのか……日々鍛錬に励む身としては素直に感心してしまう。
「何の用だ?」
「シュグネウス会頭から伝言よ……バルブロ王子とレエブン侯、つまりザナック王子ね……どちらの側に立つのか?……商会としてはザナック王子寄りのスタンスを決定した……ただしモチャラス卿に関してはバルブロ王子から密命を受けた件もあるので自身の裁量に任せるそうよ……つまりモチャラス卿自身がどう判断しても商会の方針をバルブロ王子に漏らすような真似をしない限り許容します……以上よ」
「待て……私を放逐するということか?」
「いいえ……どう判断されようが、バルブロ王子に媚を売る為に商会に不利を招くような行為をしない限り、これまで通り……我々もザナック寄りのスタンスを決定したとはいえ、バルブロに敵対するわけではない……その辺りを理解して行動しろ、ってことよ。いちおう齟齬が生じないように、モチャラス卿には事前に警告しただけ」
密命……日々の訓練の激しさにすっかりどうでも良くなっていたが、王国貴族としてバルブロ王子からの密命を蔑ろにして良いものではない。とはいえ、現在ではあれほど浮かれていたのが自分でも嘘のようにも感じる。
……果たしてバルブロ殿下の走狗になることに意義があるのか?
フィリップは考え込んだ。
まるで準備してあったかのようにエドストレームが助け舟を出す。
「かなり有力な情報として……エ・ランテルの北方で不穏な動きがある……背後にはバハルス帝国も絡んでいるそうよ」
「どういうことだ?」
「そのままの意味ね」
「そうではない……本当であれば王国に激震が走る情報だ。それをシュグネウス商会がわざわざ俺に伝える真意はどの辺りにある、と確認しているのだ」
エドストレームが少し意外そうな表情を見せた。
随分と舐められたものだ、とフィリップは内心イラ立ったが、少し前の自分自身を顧みれば、エドストレームの反応も仕方ないと唇を噛み締めた。
「どう扱うか、はモチャラス卿にお任せします……我々にとっては王国の支配層にこの情報が流れること自体に意味がある……そう考えていただいて間違いありません」
「つまり情報を流せ、ということだな。そして私が情報を流す先がどこであろうとかまわない……そういうことだな?」
エドストレームが冷たい笑いを見せた。
「……流さなくても構いませんよ……モチャラス卿がどう動かれようと、この情報はいずれ誰かに漏れます。その前に有効利用して頂いても結構……いちおう我々の庇護下にあるモチャラス卿の手柄に、と考えたまでです。我々は貴方が想像するより、はるかに深く根を張り、はるかに広く手が届きます。どう考えられてもモチャラス卿のご自由です」
「ふん!……見え透いた誘導だな」
「どう受け取ろうとご自由……そう申し上げたはずですよ」
どうにも気に入らない女だ……フィリップがそう思った瞬間、肩を引かれた。
振り向くとそれまで気配を絶っていたティーヌの笑顔があった。
「モッちゃんさぁ……グダグダ考えてないで、手柄にして、先陣の栄誉を貰いなよ……バルブロなんつーのはどうせ自分で敵陣に斬り込む考えなんてないんだからさー……コレをバルブロの手柄にして、手柄を立てさせた代わりにモッちゃんが先陣に立つ確約を貰いなって!」
一見勧めているだけように感じるが、フィリップにとってティーヌの言葉は確定事項だ。
「バルブロ殿下だ!……です……」
「どうでもいいよー」
フィリップの抗議を軽く一蹴したティーヌがエドストレームに向き直る。
思わぬ展開だったのか、それまで冷淡だったエドストレームの表情が歪む。
「んじゃ、エドちゃんは至急バルブロにアポ取ってくれるかなぁ?」
「……私が?」
「他に人がいないじゃん」
「モチャラス卿……」
「モッちゃんは訓練だから……手が空いているのはエドちゃんでしょ……今日の午後にアポ取ってよ」
「はぁあ!?」
「ババア使えばなんとかなるっしょ」
「無茶です!」
「私はやれ、つってんの」
「直系の王族ですよ!」
「関係ないじゃん」
「……だからっ!」
バンッ!
机が大きく揺れた。
それほど力を入れたように見えなかった。
エドストレームは顔を引き攣らせた。
「エドちゃんさぁ……ホントーに解らないのかなぁー?」
「……なっ、ナニが……」
「真意だよー……私は解るよー……直ぐにどうするべきか理解した。同じ配下なのに、ちょっとガッカリだなぁー……って、思われちゃうよ?……それで良いの?」
どう答えるのが正解なのか……エドストレームは目を見張ったまま、黙るしかなかった。自分を見ているのに、全く視界に入っていないような感じ……得体の知れないモノがティーヌから感じられる。
……真性のバケモノが……
表情を変えずに、そう思う。
掌が汗で濡れていた。
脚の震えを隠しきれているのか……
「解らないなら、私に従った方が良いと思うよー」
ミシッ……
何かが軋む嫌な音がした。
エドストレームは理解した……否、させられた。
「……会頭を通して、最善を尽くします……それで良いですか?」
「最善とか意味無いから、結果残そうねー」
そう言い残すと、ティーヌはフィリップを連れて執務室から出て行った。
執務机の天板が5ヶ所……指の形に凹んでいた。それはティーヌが手を置いていた場所と符号していた。
*************************
「アインズ・ウール・ゴウン魔導国?……何だ、それは?」
国王ランポッサⅢ世のその発言の後、誰もが黙り込んだ。
玉座の側に立つ戦士長ガゼフ・ストロノーフの瞼がピクリと動く様を見た者はいない。ガゼフは六大貴族の全員が参集した様を眺めていた。
雑多な貴族が居並ぶ中、やはり宮廷会議そのものを動かすの六大貴族だ。その中でも会議流れを断ち切って唐突に出現したその国家に関して、情報を持つ者と持たぬ者に別れる。さらに情報を持つ者の中でも積極的討伐論者とそうでない者に別れた。
全員が1ヶ所に揃うことも珍しい六大貴族が参集した宮廷会議では、通常であれば王派閥と反王(=貴族)派閥に分派して暗闘し、揉めることが多いのだが……帝国との開戦を前にした今回は普段と違う様相を呈していた。
例年通り帝国を非難しつつも、淡々と進んでいた会議の流れを止めたのは第一王子のバルブロだった。
突然挙手し、普段ならば会議の末席を汚すだけの男爵位であり、まだ年若いモチャラスを指名すると発言させたのだ。
エ・ランテルの北方でアインズ・ウール・ゴウン魔導国を称する叛徒共が建国を宣言し、直轄領内のカルネ村なる開拓村を拠点に蜂起した。情報によればバハルス帝国と竜王国が背後で暗躍しているとのこと……帝国との開戦時に背後を脅かすのではないか……そう思わせる為の工作ではないか?
モチャラス男爵の発言を受けて、バルブロ第一王子が会議に参集した全貴族を睥睨した。異論を抑える為に精一杯の威嚇する……必要をはるかに超えた時間を溜めて、バルブロは発言した。
「……このような暴挙を許せるのか!……帝国の卑劣な策に乗せられてはならん!……本来であれば叛乱勢力を殲滅した後、後背の憂い無く、帝国に逆撃を加えるべきだろうが、残念ながら今回は時間が無い……二正面作戦にはなるが別働隊を派遣し、魔導国を称する叛徒共を抑えるべきだろう。正面の帝国軍さえ撃破すれば、帝国に乗せられた叛徒共は自然に勢いを失うに違いない……異論のある者はあるか!」
バルブロの言に深く頷く者は2人……義父であり、六大貴族で最大の領地を有し、反王派閥の首魁であり、バルブロを次代の王へと推すボウロロープ侯と、六大貴族としては他者よりも格落ちを自覚するが故に苛烈な上昇志向の持ち主であるリットン伯。
調査すべきと王に進言したのも2人……ランポッサⅢ世の長女を娶り、自身も次代の王候補の1人である王派閥のペスペア侯と、同じく王派閥に属し人格的に誰もが一目置くウロヴァーナ辺境伯。
思案をするように俯いたが関心が無いのが明白なブルムラシュー侯と、完全に無表情ながら一瞬だけザナック第二王子と視線を絡ませたレエブン侯は沈黙を貫いた。
「アインズ・ウール・ゴウン魔導王と称する狂人……どこかで聞き覚えございますなぁ……ストロノーフ戦士長殿?」
リットン伯の追従者達が一斉に小さく笑いを漏らす。
見下す細い目がガセフを突き刺した。
「私がエ・ランテル近郊に赴いた際、助けていただいたマジック・キャスター殿で間違いないでしょう……」
「なるほど、自領と信じた狂人は勘違いしたわけだ……己の民と」
侮蔑と嘲笑……だが平民出身のガゼフが面と向かって言い返すことはない。
主君ランポッサⅢ世もリットン伯が反王派閥故に嗜められない。その表情に僅かな不快感を浮かべるのみ。
「この狂人は帝国のスパイではありますまいか?」
リットン伯の大袈裟な身振りに多くの者が賛意を示す。
「……つまりストロノーフ戦士長殿の報告ではあの辺りを襲撃したのは法国の手の者とのことでしたが、戦士長殿の勘違いである可能性も捨てられなくなりましたなぁ?」
「彼奴等は帝国騎士よりもはるかに強く、天使を使役しておりました……スレイン法国の者で間違いありません」
「お言葉ですが……戦士長殿の証言がどこまで信じられるのか?……それこそが問題でしょう……現実にアインズ・ウール・ゴウンなる狂人は叛徒共を蜂起させ、魔導国を称する叛徒勢力の背後には帝国のみならず竜王国の影までチラついているのですぞ!……戦士長殿の勘違い……ならばまだ良いですが、ここに至っては戦士長殿が帝国もしくは魔導国なる叛徒勢力の内通者でない証拠が必要となる……ように私などには思われますが、ご参集の皆様はどう思われますかなぁ?」
反王派閥の貴族は一斉に賛意を示し、王派閥の半数も疑念の目を「下賤な平民出身者」であるガゼフに向けた。そして残りの王派閥は沈黙を貫く。
下賤でありながら王の側に侍るガゼフを追い落とさんと、ここぞとばかりに普段のガゼフの厚遇に不満を抱く貴族達が牙を向けたのだ。
場の空気は険悪さを増す一方。
ここに至りランポッサⅢ世が発言する。
「皆の者、我が戦士長が決して私を裏切るような人物でないことを思い出して欲しいのだ……彼は幾たびも私の為に死地に飛び込んでくれた。そんな彼が私を……いや、王国を裏切るようなことがあるはずがない!」
普段であれば、王のこの一言で決着する……しかしリットン伯は追及の手を緩めることはなく、ボウロロープ侯を筆頭に他の大貴族達もストロノーフ戦士長への追及を黙認した。
僅かにペスペア侯とウロヴァーナ辺境伯が王の意向に沿った異論を唱えるも、自派閥の者からまで嗜められ、追及の大きな流れを止めるまでには至らなかった。貴族達の罵詈雑言の嵐が吹き荒れる中、ランポッサⅢ世も途方に暮れ、ガゼフは耐え続けた。
「陛下……発言をお許しいただきたい!」
僅かに空気が弛緩した瞬間、レエブン侯の声が響いた。
「発言を許す、レエブン侯」
「私もストロノーフ戦士長殿を信じます、陛下……」
ランポッサⅢ世の表情が弛緩し、リットン伯がレエブン侯を睨み付ける。
「……しかしながら、陛下を守護する戦士長殿をここに参集されたご一同が信用していない事実も看過するわけにいきませぬ……さらに帝国との開戦を目前に控え、時間が無いのも事実。このまま揉め続けるのは我ら一同、偽帝エル=ニクスに乗せられいるも同然。ここはひとつ、この場を収拾する為の愚案を提案したいのですが、よろしいですかな?」
ガゼフは不信感を感じさせぬよう蝙蝠を見た……レエブン侯によって紡がれた言葉は正に正論。しかし普段の行動が不可解すぎる。さらにザナック第二王子をチラリと見たのも見逃せない。
ランポッサⅢ世が頷いたのに続き、ボウロロープ侯にペスペア侯も頷いた。さらにブルムラシュー侯とウロヴァーナ辺境伯が同意すると、さすがのリットン伯もガセフ追及の矛を収めざる得なかった。
議場が静まり、レエブン侯が喋り始める。
「あくまで案である……異論は話を終えてから聞こう……」
レエブン侯の案は極めて単純でありながら、誰もが反対どころか、異論を差し挟むのも難しかった。
曰く、王とガゼフ率いる戦士団はエ・ランテルにて本陣を張り、総指揮及び後詰を担当すべし。
曰く、カッツェ平野での実戦総指揮は魔導国の情報をもたらした功績からバルブロが執り、後見であるボウロロープ侯が供回りを固める。先駆けである先陣の栄誉はリットン伯に与え、左翼をウロヴァーナ辺境伯が、右翼をブルムラシュー侯がそれぞれ指揮し、固める。後陣は陛下の娘婿であられるペスペア侯に任せ、エ・ランテルの本陣と緻密な連携を期待する。
曰く、自分は不本意であるが、別働隊として叛乱分子を抑える為にカルネ村の平定に向かう。その指揮はザナックに願う。
各自、最善を尽くせば帝国軍を撃ち破れなくとも、侵攻を止めることは叶うだろう。
……と、簡単に言えば、自分とザナックが戦功からは縁遠い叛乱鎮圧に当たるので、これ以上の宮廷会議の時間の浪費を回避する為、王と供回りであるガゼフは安全圏で高みの見物を決め込め……レエブン侯はそう主張したのだ。
当然、実戦総指揮にバルブロが指名された以上、娘婿を次期国王に推すボウロロープ侯は頷くしかない。これで大勝となれば言うことはないし、少なくとも大敗しなければ喧伝次第でどうとでもなる……つまりバルブロの王位がグッと現実味を増す。
リットン伯も戦功から最も近い先鋒であれば、内心はともかくガゼフを追及した手前、言葉を飲み込むしかなかった。
他の六大貴族であるペスペア侯にしてもウロヴァーナ辺境伯にしてもブルムラシュー侯にしても、帝国との戦争そのものは確定事項である以上、レエブン侯自身が泥を被る主張をされては認めるしかない。
そしてランポッサⅢ世にしてもガゼフにしても事態の収拾まで視野に入れれば、レエブン侯の案に異論を唱えるのは難しかった。
「……以上であります、陛下……誰か、異論はあるか?」
レエブン侯が鋭い視線を周囲に投げた。
すると壇上から興奮の面持ちのバルブロが手を挙げる。
「殿下……修正案があればご教授願います」
「いや、素晴らしい案だ……しかしながら一点だけ追加を願いたい」
「何でしょうか?……そもそもこの案が陛下から承認を受ければ、実戦総指揮は殿下が采配されるのです」
「それは……その通りだが、レエブン侯の素晴らしい提案に敬意を評し、現時点で修正を願う。私に魔導国なる叛徒勢力の情報をもたらしたのはモチャラス男爵だ。その功を持ってモチャラス男爵をリットン伯の麾下に加え、さらに最先鋒の任を与えたいのだ」
「もしこの案で陛下が承認されるのであれば、それは殿下の裁量で御随意になされるがよろしいかと……殿下は全軍の采配を王陛下から任されるのです」
興奮したバルブロは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「父上、いかがでしょう?……私はこの上なく素晴らしい案だと考えます!」
ランポッサⅢ世はレエブン侯を見詰めた。
レエブン侯は僅かに頷いていた。
その視線の先にはザナックがいる。
表向きはともかく、裏側のレエブン侯はたしかに憂国の士だった。
彼の思惑がどの辺りにあるのか……六大貴族の中で最も信を置くとはいえ、ランポッサⅢ世は計りかねた。レエブン侯の案はバルブロが絶賛するような代物でなく、まして必勝の策では無い。あくまで大混乱した宮廷会議を収拾する為の最良案でしかないのだ。とはいえ、このまま宮廷会議で戦士長の吊し上げを続けるのは不毛であり、帝国に利するだけなのも真実だった。
空前の好景気が王国の諸侯を強気にさせている。
ブルムラシュー侯などは王家よりも確実に財力が高い。しかし彼は王派閥でありながら、王家に尽くすことに関心がなかった。そしてペスペア侯はともかく、ウロヴァーナ辺境伯などはやはり領地が辺境であるが故に、この好景気の恩恵からは一番縁遠い存在だった。
対して最大の領地を誇るボウロロープ侯や、堅実な領地経営をしながらも利に敏いレエブン侯などはブルムラシュー侯とまではいかないものの、相当に潤っていると聞く。一枚落ちのリットン伯にしても同様だ。
王家も財政的には例年よりもかなり余裕があるとはいえ、やはり王家である以上、支出も大きい。徐々にではあるが、相対的かつ確実に王家の力は落ちているのだ。
ここで六大貴族を掌握しなければ、一同はバラバラのまま開戦へと突き進む……戦争を前に先が思いやられるか……バルブロにしても百戦錬磨のボウロロープ侯の補佐があれば最悪の事態には陥るまい。
ランポッサⅢ世は頷いた。
「レエブン侯の案を良しとする……皆の者、抜かりなく準備に掛かられよ」
国王の承認を受け、宮廷会議に参集した貴族一同は勇ましい声を上げた。
彼等が一つにまとまる様を見て、ランポッサⅢ世はホッと息を吐く。
ガゼフ・ストロノーフも息を吐いた。
濡れ衣ではあるが自身の疑惑が有耶無耶とはいえ、とりあえずは横に置かれたのだ。つまり戦士長の地位は極めて不安定ではあるものの、貴族達に承認されたに等しい……これからも大恩ある王へ忠義を尽くせることは確定した。
だが同時に彼は不安を感じていた。
王国の貴族達は今回の戦をあまりに軽く考えているのではないか?
これまでの帝国のやり方と明らかに違う。
睨み合って、小競り合い程度で済むのだろうか?
何よりも自分自身を圧倒的に凌駕する強者の存在……偉大な魔法詠唱者であるアインズ・ウール・ゴウンを……魔導王を名乗り、世に立つと決めた絶対強者を侮って良いはずがないのだ。
「兄上!……この度の実戦総指揮官御就任、おめでとう御座います!」
白々しいザナックの言葉がガセフの心にまだ早い晩秋の風を吹かせた。
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金級冒険者チーム『漆黒の剣』は今回の依頼主であるンフィーレア・バレアレを警護しつつ、目前に迫った異様な光景に戸惑いを隠せなかった。それは依頼主であるンフィーレアにしても同様であった。
彼等一行は目的地までおよそ3キロメートルほど離れた道沿いの岩陰に身を隠していた。
「噂は本当でした……バレアレさん」
リーダーである戦士ペテル・モークが言った。
「しっかし、噂になっていたとはいえよー……なんなんだ、ありゃ?」
チームのムードメーカーである野伏ルクルット・ボルブはあえておちゃらけた口調で言ったのだろうが、その茶色の瞳に浮かぶ動揺までは隠し通すことはできないようだ。
「前回来た時にはこんなモノは無かったのである!」
森祭司であるダイン・ウッドワンダーは老け顔をさらに顰めた。
「貴族の仕業だとしたら、許せない!」
最近第三位階まで到達した魔力系魔法詠唱者のニニャはその中性的な面立ちに似つかわしくない鋭い視線を向けた。
「……エンリ……」
高名な薬師であり、魔法詠唱者でもあるンフィーレア・バレアレは天空に突き立つ高楼を見て、想い女の名を呟いた。戦前の掻き入れ時にもかかわらず、噂を聞きつけたンフィーレアは居ても立っても居られなくなり、旧知であり、カルネ村の往復に関してはほぼ常雇いに近い『漆黒の剣』に頼み込んで、道程を急いだのだった。
そして現在位置で立ち止まってしまった。
信じられないことに何度も『漆黒の剣』に確認しても、どう周囲を見回しても、そこはカルネ村があった場所だった。
あまりに異質……そして恐るべき威容を誇っている。
それまで他の開拓村と比べればたしかにカルネ村はしっかりとした防御壁で村の周囲を囲っていた為、おかしな雰囲気を醸していたが、それにしてもこれは理解できない。
20メートルはあろうかという城壁。
更に5メートルは高い高楼が林立していた。
街道までの道は整備され、滑らかな石畳で覆われていた。
そして何よりも城壁の外周を警戒するように周回する、およそ3キロメートル先からでも視認可能な巨大アンデッドがフランベルジュとタワーシールドで武装していた。
「あれじゃ、まるで死の城だ……エンリ……」
「残念ながら、これ以上の接近は厳しそうです」
落胆するンフィーレアにペテルが淡々と見解を述べた。
「うーん……レンジャー技能を駆使しても、これ以上は難しいなぁ……」
ルクルットがチーム魔法詠唱者2人を見た。
魔法的な方法で解決法がないものか?
ニニャもダインも力無く首を振るだけだった。
ンフィーレアが来た道を振り返る。
往来は無い。
元々カルネ村は寒村だ。カルネ村からエ・ランテルに向かうことはあってもエ・ランテルからカルネ村へと頻繁に出向くのはンフィーレア一行ぐらいのものだった。
唇を噛み締め、両の拳を握り締める。
ンフィーレアは幼さの残る端正な顔立ちを風に晒し、その瞳に強い意志を宿らせていた。
「僕は行きます……書き付けを渡しますので、皆さんは組合にこの事実を報告して下さい。今回の依頼も達成したように扱うよう書き記しますので、ご心配は無用です」
「待って下さい!……あまりに危険だ。ハッキリ言います。死ににいくようなものです!」
ペテルが道を塞ぐように立ちはだかった。
「それでも僕は行きます……一刻も早くエンリの無事を確認しなければ……」
ンフィーレアが馬車馬に鞭を入れようとするもの、ルクルットが御者台に飛び乗り、その右腕を抑えた。
「好きな女の為……理解できないわけじゃねーし、格好良いとは思うが、いくらなんでもこの状況で行かせるわけにはいかねーよ」
「離して下さい!」
「駄目だ!」
ペテルも御者台に上がり、ンフィーレアの両肩を抑える。
「落ち着きましょう、バレアレさん……エンリさんが生きていると思っているならば、ここは落ち着いて具体的な救出法を考えるべきです。私達がどう行動するのが最善なのか……それを皆で考えましょう。エンリさんが囚われているのならば、生存確認でなく、一刻も早く救出されることを望んでいるはずです!」
ンフィーレアは押し黙り、深く頷いた。
そう促したペテルにも自信があるわけではない。しかしこのまま友情に近いものまで抱きつつあるお得意様を死地に向かわせるわけにはいかなかった。早急に何か方策を考えなければ……だが、そう都合良く考えがまとまるわけはなく、ペテルは前方の巨大城塞を眺めた。
途方に暮れる間も無く、巨大な城門が動きを見せる。
遠目にも開門しているのが確認できた。
「バッ、バレアレさん!」
ペテルの呼び掛けに項垂れていたンフィーレアが顔を上げる。
「あれを……」
「馬車……ですね」
「ええっ、馬車です!……あの馬車の乗員に中の様子を聞いてみましょう!」
ンフィーレアの顔色にパッと朱が刺した。
「そうですね!……そうしましょう!」
ンフィーレアと『漆黒の剣』は馬車を待ち受けた。
恐ろしいスピードで馬車が接近してくる。
やがてそれはンフィーレア達の前で停車した。
それは馬車と呼んで良いものか……異形のアンデッドが巨大な黒塗りの馬車を牽引していた。さらに御者台には人でない者の姿が在った。
「高い所から失礼します……ンフィーレア・バレアレ様ですね?……都市長閣下がお待ちです。馬車に御乗車下さい。お連れ様も御一緒にどうぞ……その荷馬車は我々の方で都市内に移送致します」
見た目からして恐ろしい御者。
異形のアンデッドが牽引する豪奢な黒塗りの馬車。
5人は顔を引き攣らせ、御者を見上げた。
怪しさは満点だ。
怖さは言葉にできるレベルを超越していた。
喉がカラカラに乾き、言葉を発するのも難しい。
ンフィーレアはなけなしの勇気を振り絞って言った。
「失礼ですが、エンリは……エンリ・エモットは無事なのですか?」
「ご無事で御座います」
「では、彼女のところまで案内してもらえますか?」
「最初からそのつもりで御座います」
「最初から?」
「そう申し上げております」
異形の怪人は淡々と受け答え続けた。
気がつけば馬車の扉が音も無く開いている。
「都市長閣下の下までお連れ致します……御乗車下さい」
ンフィーレアは唾を飲み込んだ。
『漆黒の剣』の面々は逃げ出したい気持ちを必死に抑えていた。
「……僕は行きます」
ンフィーレアが馬車に乗り込む。
ペテルは仲間を見回し、大きく頷いた。
ルクルットもダインもニニャも頷き返す、
「行こう」
ペテルを先頭に全員が乗り込んだ。
奥の席にガチガチに緊張したンフィーレアが座っている。
馬車の中は見たこともないほど豪華な内装であり、座席の座り心地の良さにニニャなどは小さく歓声を漏らしてしまったほどだ。
「では出発致します……短い間ですが、ごゆるりとお過ごし下さい」
どこからともなく怪人御者の声が響く。
馬車は音も揺れもなく走り出す。
もう引き返せない……そう思うと誰も喋らなかった。
車窓から外を見れば凄まじいスピードで馬車は走っているが理解できた。
しかし車内の緊張は高まる一方で、誰もが嘔吐感を抑えるのに必死であり、そのことを話題にする余裕も無かった。
乗客達の緊張感とは裏腹に馬車はあっさりと城門を通過した。
「……えっ?」
ンフィーレアが声を漏らしたのも無理はない。
城門の内側はまるで別世界だった。
ビーストマンがそこかしこで建築作業をしていた。
完全武装のゴブリンの軍勢が隊列を組んで行進していた。
2匹のオーガが巨大な石を持ち上げていた。
トロールは巨大な丸太を運んでいる。
4体のゴーレムが凄まじく巨大な荷車を移送していた。
その横をリザードマンが麻袋を抱えて通り過ぎる。
その他にも見たことのない亜人種達がそれぞれ別の作業を進めていた。
おそらく警備として巡回してるのは城門外にもいた巨大アンデッド。
無数のスケルトンが穴掘り等の単純作業に従事していた。
様々な種族が作業を分担し、力を合わせてこの巨大都市を建設している。
ただし人間の姿が無い。
「なんだよ、これ……」
落胆するンフィーレアをペテルが励まそうとした瞬間、袋を抱えて通りを歩く中年女性の姿を確認した。
「バレアレさん!……あれを!」
「……あれはカルネ村の!」
薬草の買付時によく見掛けた顔だ。そもそも100人程度の村民しかいない村なのだ。ほぼ全ての村民を一度は見掛けたことがある。
「大丈夫みたいですよ!」
ペテルがンフィーレアの肩を叩いた。
「そうですね。でも、いったい何が起きているんですか?」
「……分かりません。村人は無事。人間も亜人もモンスターも一緒に生活しているみたいですね。協力して街を建設しているようにも見えますが、実態は不明です。でも、さっきのおばさんも笑顔でしたよ」
「笑顔……少なくとも亜人やモンスターの奴隷にされているようなことはなさそうですね」
ンフィーレアがホッと息を吐いた瞬間、馬車が停車した。あまりに滑らか過ぎて、減速したことにも気付かなかった。乗車時と同様、音も無く扉が開く。
「ンフィーレア・バレアレ様とお連れ様……もくてきちに到着致しました。都市長閣下がお持ちです。下車願います」
仕組みは不明だが、御者の怪人の声が車内に響く。
「ありがとう」
ンフィーレアは笑顔で礼を述べ、案内されるままに下車した。
緊張が失せ、笑顔になった『漆黒の剣』の面々も続くも、直ぐに立ち止まった。前が動かない。つまりンフィーレアが呆然と立ち止まっていた。
「ンフィー……久しぶり」
そこにはド派手な真紅の全身鎧に真紅のサークレットがあった。
腰の剣帯には真紅の鞘に収められた直剣。
「……エンリ?」
格好を除けば、どう見てもエンリ・エモット。
側には一目で高級品と理解させられる紫のワンピースをきたネム・エモットの満面の笑みもある。
エンリだよね……?
「ンフィー……私、ここの都市長になっちゃった……」
「……はぁ……」
いろいろと情報が多過ぎて上手く飲み込めず、生返事しかできなかった。
そんなンフィーレアに構わず、エンリは続けた。
「でね……ゴブリン軍の将軍なんだって……閣下なんて似合わないよね?」
そう言って照れ笑いをするエンリは、ンフィーレアの好きなエンリ・エモットで間違いなかった。
お読みいただきありがとうございます。