本末転倒です。
地道な偵察の結果、帝国軍の侵攻はエ・ランテル以西には至らないでだろうとの結論を得た。もちろんエ・ランテルが即座に陥落しないという大前提があってこその話だが……
見極めの為にいつまでも立ち止まっていられない。陥落しないという大前提が崩れぬ前に……王国内に深く入り込む迂回ルートを選択し、フィリップ率いる一団は道なき道を進んでいた。
近隣の開拓村に立ち寄っても粗末な家屋の扉は固く閉ざされ、村長以下に直ぐに出て行くように懇願された。水はともかく食料を手に入れることはかなり難しかった。立ち寄った村々でかなり高額な謝礼を提示しても、集められた食料は10日分にもならなかった。
敗残兵が半ば野盗集団と化した現状を説明されても、少し前ならば国家の為に戦っている者に対する無礼に激昂し、村長を手討ちにしただろう。
しかしフィリップは村長達に深く感謝し、馬を休ませる時間だけ滞在すると早々に立ち去った。
丘陵をゆっくりと登る。
既に帝国兵の影は感じない。
トブの大森林に向けて真っ直ぐ進んでいた。
先頭のイグヴァルジが緩やかな丘陵の頂で立ち止まる。
そして目を細めた。
「……なんだ、ありゃ?」
フィリップ以下も立ち止まり、イグヴァルジの視線の先を追った。
「あれは……巨大な……都市だな」
「ええ、あんな辺鄙なところ……少なくとも長年エ・ランテルで過ごしてきましたが、俺は知りませんぜ」
イグヴァルジ以外は周辺地理には詳しくなかった。
そうであっても一般的な知識としての地理情報としてフィリップも多少の知識は持ち合わせていたが、遠目から見ても王都を軽く凌駕するような巨大都市がエ・ランテルの北部にあるなどと聞いたこともない。
イーグを見てもお手上げという表情で返された。
「……あそこが間違いなく目的地なのだな?」
「あそこかどうかは判りませんが、カルネ村ならばあの辺りで間違いありませんぜ……地図が無かろうが、この俺がエ・ランテル周辺で迷うわけがねえ……目的地は絶対にあの辺りですぜ、旦那」
トブの大森林の中でも迷わない……フォレストストーカーであるイグヴァルジは自らを売り込む際に豪語していた。
フィリップは考え込むも、選択肢は無いに等しい。
進むか、引くか……引く選択があり得ない以上、考えるまでもなかった。
「進むしかないな」
正直な気持ちを言えば恐ろしい。震えが止まらない。だがより接近した場所にレエブン侯の軍が展開しているのは全滅していない限り間違いないのだ。少なくともエ・ランテルの周辺で引っ掻き集めた情報にはレエブン侯の軍が敗北したというものはなかった……現在、王国唯一の無傷な戦力の無事を確認するだけでも大きな価値がある。
「行くぞ」
フィリップの言葉にイグヴァルジが頷く。
先行するイグヴァルジに全員が続いた。
一歩進む度にその巨大都市が尋常でない威容を誇ることが確認される。
巨大な城塞……聳え立つ尖塔……屋根だけが見える中央の巨大建造物。
あまりに巨大なそれは遠近感を狂わせる。
とても人間の都市とは思えない。
その巨大都市まで残り数キロの高台でイグヴァルジが再び足を止めた。
「……なんか様子がおかしいですぜ、旦那」
フィリップは下馬し、イグヴァルジの隣に立った。
一見して巨大都市は存在そのものが異質だ。
だがイグヴァルジが言いたいのはそんなことではないのだろう。
フィリップはさらに目を凝らした。
街道から巨大へと繋がる石畳が見えた。
その先に旗印を掲げる集団が見えた……レエブン侯の軍だ。
レエブン侯の旗印に混ざり、ヴァイセルフ王家の旗印も確認できた。
ザナック殿下は健在……ホッと息を吐く。
レエブン侯の軍はおよそ1万……大軍の割に小集団にしか見えないのは対峙する巨大都市が規格外過ぎる為だ。1万もの兵で包囲どころか、城門前で街道封鎖するのが手一杯。城壁に取り付くことも叶わないとは……
所々で炊煙が上がっていた……日はほぼ天頂。時刻は昼時だ。のんびりとしているとは思うが、特におかしいとは思えない。
ただし無防備過ぎるようには感じる。
「無防備過ぎるな……それなりに距離は空いているように見えるが……」
「それだけじゃありませんぜ……解りませんか?」
「解らぬな……何がおかしい?」
「見る限り痕跡がねえ」
「何の痕跡…………戦闘か!?」
イグヴァルジは深く頷いた。
「どう見ても一戦も交えてねえ……城壁や石畳どころか、周囲の地面にも連中の装備にも傷一つありゃしねえ……空気だって、カッツェ平野で俺達が散々味わった張り詰めたものが微塵も感じねえ……連中は何をしてやがった?……こういう時は裏を考えねえと、こちらが痛い目に遭いますぜ」
「裏とは何だ?」
「………平たく言えば、レエブン侯なりザナック王子なり、もしくはその両方が敵対勢力……つまりあの巨大都市の叛乱勢力と通じてやがるってことですわ。確証はねえが、用心の為にも警戒を忘れちゃならねえってことですよ、旦那」
「手も足も出ないということではないのか?」
「もちろん、あの城壁じゃその可能性もあります。無駄に兵を損耗するぐらいなら、街道封鎖だけして、兵を出させねえって選択をした可能性だってあります……それにしたって空気が緩み過ぎな気がしますぜ。カッツェ平野じゃ交戦してなくたって緊迫感を感じたでしょう?……そいつを全く感じねえ。むしろのんびりしているようにも見える。だが俺達はレエブン侯の軍に合流する為に来たわけですよ。つまり連中の中に入り込まなきゃならねえ……だから警戒は必要ってことです」
「なるほど、な」
「まあ、レエブン侯や王子殿下の相手はお任せしますが……とりあえず警戒中の連中と俺が掛け合ってみますんで、旦那達はここで待機して、いつでも逃げられるようにしておいてくださいよ。いざとなったら俺は俺で逃げ切りますから……夕刻になっても俺が迎えに来ないようなら、とりあえず街道に出て南下して下さい。くれぐれも南下し過ぎて帝国軍の警戒網に引っ掛からねえように注意して下さいよ……さすがに帝国相手じゃ口八丁手八丁も通じねえ」
イグヴァルジはそう言い残すと足早に高台から下り、石畳の上を巨大都市に向かって歩み去った。
シュグネウス商会の空いた倉庫でラウムという名の魔法詠唱者が『転移門』の魔法を行使した。初見の魔法にイビルアイすらも驚きを隠せない。対してブレイン・アングラウスとエルヤー・ウズルスは慣れたもので、何の躊躇も見せずに輝き蠢く闇の中に進んだ。
イビルアイとガガーランにクライムも慌てて後を追う。
闇を抜けるとそこには長閑な街道の風景が広がっていた。
土地勘のあるブレインが先頭に立つ。
ガガーランが早足で隣に並んだ。
「俺達から話を持ち掛けといてなんだがよぉ……まさか本当に依頼を受けるとは思わなかったぜ、ブレイン・アングラウス」
ガガーランの言葉に珍しくブレインは苦笑いした。
「おいおい、俺もいちおうは王国人なんだ……暇を持て余していたのは事実だし、ゼブルにも許可を得た。何ひとつ問題無いだろ……辺鄙な片田舎の農村の貧乏農家の出だから、王国に忠誠心なんざ持っていないが、これでも故郷を大切には思っているぞ」
「へぇ、意外だな……ところで許可を出したって言うゼブルを見掛けてないけどよぉ……アイツは何処にいるんだ?」
「知らん……最近は『転移』の魔法で忙しく飛び回っているみたいだな……それ以上は言えない」
「鉄の結束ってやつだな」
「バカを言うな……俺達はそんなものじゃないぞ。全員がバラバラだが、ゼブルを裏切ることだけはない……そういう関係だ」
もっと寡黙で求道者めいた人柄を想像していたが、ブレインは想像していたよりもはるかに良く喋った……ガガーランはブレインへの認識を改めた。
振り返ると一切無言のイビルアイとエルヤーの間でクライムが所在無さ気にキョロキョロと2人の間で視線を泳がせていた。さすがに哀れに感じる。助け舟を出そうかとも考えたが、今は想定以上のチャンスと判断し、ブレインから取れるだけの情報を取ると心に決めた。
真っ先に気になる情報……ゼブル関連が無理となれば……あの女だ。
「……そう言えば、あの女……ティーヌも見掛けねえな」
「……探っているのか?」
チョロいと思ったが、案外勘が鋭い……ガガーランは再度認識を改めた。
「そういうわけじゃねえよ。ただ俺は散々煮湯を飲まされたからよ……」
「これだけは言っておくが、アレはもうお前がどんなに足掻いたところで届く相手じゃないぞ」
「どういう意味だ?」
「そのまんまだ……五宝物を装備したストロノーフでも、俺でも絶対に届かない。もはや英雄やら逸脱者なんていう甘いレベルじゃない……言うなれば人外か……魔の領域にアレは立っている……いずれは俺も同じ場所に立つつもりだが、その時にアレがどこまでの高みに達しているのか……想像すると空恐ろしいものを感じるな」
淡々としたブレインの言葉だったが、それだけにガガーランは薄寒いものを感じた。唾を飲み込み、気持ちを落ち着ける。
「……そんなにか?」
「ああ……凄まじいって言葉じゃ安っぽいな……少し前まで同じ山を登っている俺の二歩先を進んでいる感じたったものが、気付いたら山頂どころか、別の未踏高峰の頂にアレが立っていた……そんな感じだ」
「詩的表現ってやつか?」
「詩的?……単にお前にも理解できるように言ったつもりなんだがな」
「俺にも理解できるように……じゃあ、聞くけどよぉ……剣士ブレイン・アングラウスにとって、俺はどの程度だ?……それがねえといまいちピンと来ねえよ」
ガガーランがニヤリと笑う。
ブレインは呆れ顔に笑いを浮かべた。
「強さ談義か?……お前ら冒険者やワーカーって連中は本当に好きだな。少しは自分の目を信じたらどうなんだ、と……いつも俺は思うぜ」
「まあ、そうだな……仲間内で集まる機会がありゃ、酒飲んで、アイツが強いだ、どっちが強いだ、年がら年中語り合ってるからよぉ……まあ、職業病みてえなもんだろ……自分より少しでも強え奴と組みたい。少しでも強え奴と対立するのは避けたい……おそらく本音はそんなもんだぜ」
「ゼブルに言わせれば、強さとは相性みたいなものらしいが……弱くても状況を作れば勝てるし、強い奴が万全の準備で戦いに臨んでも、情報が漏れれば簡単に負けるそうだ……それこそ俺には全く理解できないけどな」
ガガーランが苦笑いを返す。脳裏には竜王国での一件があった……状況を作る……正にゼブルらしい言葉だ。格下のガガーラン相手であろうと確実に状況を作っていた。
「……で、俺はどんなもんなんだい?」
フンッとブレインが鼻を鳴らした。
「あくまで戦士としての見立てみたいなものだが……俺よりも弱い。ストロノーフよりも弱い。今のエルヤーよりも劣るだろ。でもクライムくんよりははるかに強い。俺が過去に剣を合わせた中で同等の力量の持ち主だと感じる奴はゼロぐらいか……他の『五腕』の連中よりは強い気がするな……それもしばらく前の話だから当てにはならんと思うが……お前と手合わせしたのも随分と前に感じるぐらいだ」
「……俺は弱いか?」
「俺と比べればな……世間的な評価はアダマンタイト……この世界の強者の中の強者で間違いないだろう、お前は」
「比べる相手が悪い……とは思いたくねえな」
「なら、剣に全てを捧げろ……俺がお前に言えるのはそれだけだ」
「全てか……あんたが言うと軽い言葉じゃないな」
ガガーランがそう言った瞬間、それまでの緩んだ空気が一変した。
ブレインが殺気を放ったのだ。
エルヤーが飛び出し、ブレインに並ぶ。
2人ともまだ刀は抜いていないが、臨戦態勢なのは間違いなかった。
「下がっていろ……帝国兵の可能性がある」
ガガーランとイビルアイがクライムを保護するように前後で挟んだ。
街道沿いの高台からガチャガチャと音がする。
遅れて複数の荒い息が聞こえた……この時点でモンスターではない。
藪をかき分け、巨体の男が現れた……目は血走り、顔面は蒼白だった。
「助けてくれ!」
続いて幾人かの男が現れた。全員が絶望の中に希望を見出したような目で先頭のブレイン以下に助けを求めた。
もはや帝国兵でないのは明らか……クライムだけが背後に下がり、イビルアイとガガーランも前に出る。
男達は4人の作り上げた壁の背後に駆け込んだ。
合計6人……一見して屈強そうな男達がガタガタと震えている。
「たっ、助けてくれ……バッ、バケモノだ!」
クライムが一番身なりの良い男に声を掛けた。
「落ち着いてください。この方達は手練れです。バケモノものとは?」
男は早口で捲し立てた……非常に聞き取り難い。
「デッ、デカいアンデッドだ……巨大な剣と盾を装備している。あのバケモノに襲われた仲間も即座にアンデッドになった。仲間が4人殺られた。馬も荷物も失った……まだ追ってきているかもしれない。合流場所に交渉に出向いた仲間が帰って来た時、まだアイツらがいたら殺られてしまう!……一緒に戦場を生き延びた仲間なんだ。いくらでも払う……どうか助けてくれ」
恐慌状態の男を尻目にブレインが警戒したまま周囲に問い掛けた。
「アンデッドの特徴を聞く限り、おそらくデス・ナイトとかいうヤツで間違いないだろう。2〜3体ならば俺一人でも問題無い程度の相手だ……その男に何体見たのか確認してくれ、クライムくん」
クライムがそのままゆっくりと問いかけた。
男を両肩を掴み、落ち着かせるようにジッと目を見る。
男はガタガタと震えながら「確実に見たのは2体だけだ」と答えた。
「どうする?……俺とイビルアイは力量的に別れるようだな。帝国兵の対応を考えると俺とエルヤーも別れる必要がある。必然的に俺とガガーラン組とイビルアイとエルヤー組に別れて、どちらかががデス・ナイト退治ともう一人の仲間の保護に向かうべきだろうが、コイツらが追跡されていないとも限らない」
「お前の言う通りだな……保護する人数を考えればマジック・キャスターの私とエルヤーがこちらに残るべきだろう。私は空から警戒できるからな」
イビルアイが答えると、ブレインは凄まじい光沢を放つ刀を抜いた。
「では、そうしてくれ……時間が惜しい。行くぞ、ガガーラン!」
ブレインが踏み込むと、とんでもない距離を飛んだように見えた。
一瞬で藪に取り付き、見えない一刀を繰り出す。
低木が四散し、男達が踏み分けた痕跡を遡る。
ガガーランは全力で走ったが、どうにも障害物を排除しながら進むブレインとの距離が詰まらない。
圧倒的な力量の差を切実に感じる。
「剣に全てを捧げろ」
ブレイン・アングラウスの言葉が脳裏で響いていた。
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豪華な夕食には一品も手をつけていない。
肉の脂が白く固まっていた。
スープも茶も冷たくなっている。
ここが正念場。
食べねば保たない。
皆、自覚はあるのに今朝から一口も君主が手を付けない以上、臣下の多くもそれに倣っていた。
「……どうすれば良いのだ?」
直近の1時間だけでも3回目の同じ問いだった。
その部屋の中に入室することを許された2人の中で、主君であるランポッサⅢ世の問いに答えられた者はいなかった。
1人は「ぷひー」と鳴らす鼻息とたるみ切った腹と顎肉と疎らな頭髪で有名な食わせ者……パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア都市長。見掛けと違い極めて有能な宮廷官僚の貴族である。
もう1人はガゼフ・ストロノーフ戦士長。周辺国最強として名を馳せる戦士であり、王の最側近でもあった。彼は悲痛な面持ちで譫言のような自問を繰り返す主君を見詰めていたが、生来の武辺者であり、的確な提言などできるはずもなかった……なにしろ不名誉な3択しか思い付かない。
まず前提として帝国軍が最終手段(=魔法詠唱者による都市内爆撃)を敢行した場合、王国の完全敗北は必至……その以前に実行可能な手段でなければ意味がない。
一つは全面降伏による講和の申し出。
一つは徹底抗戦を宣言し、義勇兵と戦士団で特攻を敢行する。ただし勝利条件は鮮血帝を討ち取ることしかなく、可能性が0ではないだけの案だ。限りなく0に違い数値に可能性を見出し、国家の命運を賭けるなど、狂気の沙汰としか思えなかった。そして失敗は王国の滅亡と同義だろう。
そして最後の一つは叛乱鎮圧に向かったレエブン侯の軍を呼び戻し、城壁の内外で連携しつつ帝国軍の包囲網を削り、少しでも有利な講和条件を引き出してから講和の申し出をするという案だが、特使として送り出したクライムの働きに依存し、時間的なものがエ・ランテル内からでは全く制御できないことが大きな問題だった……簡単に言えば間に合わないかもしれないのだ。そうでなくともレエブン侯の軍には壊滅的な損耗を覚悟してもらわねばならない。叛乱勢力に後背を晒す必要もある。あの蝙蝠が簡単に頷くとは思えなかった。
故に内外連携案は密かに実行に移したものの、ガゼフ自身が大して期待もしていなかったし、当然王への提案はしていなかった。間に合わない可能性がある上にあやふやな案に大きな期待を抱いたら、「奈落の底へまっしぐら」となる危険性が大き過ぎるように思えたのだ。
ガゼフはパナソレイに目で合図を送り、後を任せて退室した。
大恩ある王の心中を慮れば側にいた方が良いのかもしれないが、戦争の真っ只中では王国戦士長としての職務が重過ぎた。
報告では六大貴族で健在なのはレエブン侯のみ。そのレエブン侯とザナック王子はエ・ランテルになく、他にガゼフに代わる者はいない。戦力比12対1の圧倒的劣勢の中でエ・ランテルの都市防衛を一身に背負っているのだ。一刻だって無駄にはできない。
いつ鮮血帝が最終的な決断に至るのか?
王の心中を思い遣って、その前兆を見逃すわけにはいかない。
あまりに能力の及ばない自分に忸怩たる思いを噛み締めながら、足早に詰所に向かう。
すれ違うのは沈鬱な面持ちの者ばかり。
エ・ランテルの王国上層部は悲痛に塗れていた。
だが幸いなことに一般住民は怯えてはいるものの、折れてはいなかった。
折れない理由は周辺国最強の戦士であるガゼフ・ストロノーフがエ・ランテルに在ること。彼が指揮する王国戦士団が健在で在ること。しばらく前に貧しい開拓村を救う為に彼がエ・ランテルに来たことは有名だった。そして実際に壊滅寸前のカルネ村という開拓村を救った話は多くの民に語られていた。
それだけにガゼフ・ストロノーフの分厚い双肩にのし掛かる重圧は尋常でないレベルに達していた。
「厳しいな……だが俺が弱音を吐くわけにはいかん」
両手で頰を張り、気合を入れ、詰所の扉を開けた。
子飼いの王国戦士団だけでなく、エ・ランテルの衛兵達が一斉に振り返る。
「報告!」
ガゼフの声に一気に報告が始まる。全て口頭だ……もはや文書を作成している余裕は無かった。
帝国の高楼車に3人目の貴族が吊るされた……ロキルレン男爵らしい。
帝国は住民向けに退避勧告を始めている……その旨や条件を記した文書が空からばら撒かれている。今のところ住民に表立って動揺は見られないが、それも時間の問題と予測される。
城門前以外に展開する帝国軍に目立った動きはないものの、突破可能な隙はなく、現時点での打開策は無し。
レエブン侯の軍については高楼からも目視できず。
都市内の食料備蓄は問題無し……計算上、切り詰めれば2ヶ月は籠城可能。
その他、細々とした報告全てにおいて、追い詰められた現状の再確認以外の成果は無かった。
全ての報告が完了し、ガゼフは唇を噛み締めた。
八方塞がり……このままでは帝国に全面降伏するぐらいしか、これ以上民に犠牲を出さず済む方法が無い。当然ランポッサⅢ世は強制的に退位を迫られ、国政と一切の関わりを断つ宣言をさせられる程度で済めば最善であり、最悪は戦犯として公開処刑だろう。
ガゼフが何の公職にも就かない一戦士であれば、大恩あるランポッサⅢ世の為にただ1人帝国軍中に吶喊し、鮮血帝を屠る賭けに打って出ただろう。失敗してもガゼフの命で償えば良く、市井の一戦士が暴走した結果として片付けてもらえば良い。しかし王国戦士長の立場では鮮血帝殺害失敗は必ず王の責任となるだろう。帝国軍はランポッサⅢ世に命で償わせるのは間違いない。しかもそれが最上の結果だ。
最悪はエ・ランテルを焼き尽くすまで考えられる。
故にガゼフは確証無しに動けなかった。
かと言って、無為に時が経過すれば虜囚となった貴族が吊るされていく。高楼車の欄干からぶら下がった3人の男爵の無念の表情がガゼフを苛むのだ。
「クライム……まだか」
クライムもしくはレエブン侯からの連絡は無い。
王に全面降伏を進言する……そのタイミングはまだ先だ。しかしこのままでは近い将来、そのタイミングは必ず到来する。
民に犠牲を出さず、王の面目も保つ……残された僅かな可能性はレエブン侯の軍に帝国軍の後背を強襲してもらい、同時に王国戦士団がエ・ランテルから撃って出て、鮮血帝の本陣を脅かす。帝国軍の心胆を震え上がらせ、その直後にこちらから講和を持ち掛ける。そして王国優位は無理にしても帝国に少しでも譲歩を迫るしかない。大きな期待はしていないとは言え、もはや残された最悪からの逆転手段はそれしかないように思えた。せめて事の可否だけでも知らせてもらえれば腹をくくれるのだ。悠長に構えていられる時間は無い。最後にランポッサⅢ世の王としての立場を終わらせるのも自身の役目なのだろう。
腕組みし、瞼を閉じる。
背後からバタバタと足音がした。
衛兵が駆け込んで来る。
「戦士長!……帝国軍の軍使です!……軍使が入城を要求しています。いかがしましょうか?」
いよいよ来たか……揺さぶりの第二弾か、最後通牒か……いずれにせよ、亀のように甲羅の中に閉じ籠る戦法は帝国軍には通用しない。空から魔法で焼き払うという最終手段がある以上、帝国軍優位は動かしようがないのだ。
ガゼフは覚悟を決めた。
「入れろ……陛下に取次ぐ前に、まず俺が面会する」
「軍使は帝国四騎士ニンブル・アーク・デイル・アノックを名乗っています」
ガゼフの想定以上の大物が軍使の上に、過去に戦場で面識もある……半ば嫌がらせのような要求を伝えて、エ・ランテル内の動揺を誘うというような姑息な策ではないらしい。帝国軍の本気度が伝わる。単なる降伏勧告でなく、具体的な講和条件を提示されるかもしれない。
「……とにかく会おう」
ガゼフは衛兵に先導され、帝国の軍使が入城を求めているという城門まで足早に向かった。
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メイド達がお茶の準備を整えていた。
テーブルには俺の前にティーカップが一つだけ……毎回申し訳ない気持ちにさせられるが、表情筋の無いアインズさんはニコニコと笑っているように感じるから不思議なものだ。
ソロプレイヤー時代の俺からすると何故1レベルのホムンクルスのNPCを大量に作成したのか理解不能だったが、こうして現実に世話をしてもらう身になってみると中々快適なものに感じる。もちろんユグドラシル時代のメイドNPCには作成したギルメンのこだわり以外の意味が皆無であることは理解している……が、テーブルからの去り際にニコリと微笑まれると「悪くない」などと思ってしまう。
そんなことを考えていると、アインズさんから珍妙なワードを聞いた。
「アインズ……様、当番……?」
「ええ、なんだか一般メイド達が持ち回りでやっているみたいなんですよ」
またしてもナザリックの理解不能な一面を垣間見たような気がした。メイドが2種類存在しているのもかなり奇異に感じていたが……「アインズ様当番」はマジで理解できない。メイド達のアインズさんに対する忠誠心はゲームから現実に変換された以上理解できないこともないが……さすがに率直にツッコミを入れるような空気をぶち壊すを趣味は無い。
「……本当はアインズさんハーレムだったんですよね?」
「そうなんですよ……なんでこんなことになったのやら……俺のモノ、使う前に無くなっただけでなく、性欲すら微妙にしか感じないんですよね」
「……まあ、性欲に関しては似たようなものですけど」
「でも!……モノが在るのと無いのじゃ天地の開きがありますよ」
「そりゃ、そうなんですが……」
「でしょ……しかもチョイチョイ迫られるんですよ!……人生初のモテ期なのに!……死んでますけど!」
ノリツッコミですか……まあ、楽しんでいるようなので構いませんが……仮にモノが無事でもユグドラシルの種族選択時にアンデッドを選択していた時点で血流が失われているから、結局は無理なような……
話題を本筋に戻す為にお茶を啜る。
「で、ですね……帝国がちょっとカッツェ平野で勝ち過ぎて、逆にエ・ランテルでは程良い落とし所に窮しているらしいですけど……」
「専業兵士と徴兵の差ですかね?」
「それも在るでしょうけど、やっぱり雲中から石の大量投下はちょっと容赦なさすぎたような……普通に怖いと思いますよ。運悪く命中したって量でもなかったですし」
「うーん、カルネ建設の廃石材の有効利用だと思ったんですけどね」
「想像以上に有効過ぎました」
「少し人間だった時の感覚が失われつつあるみたいですね。今後、注意しないといけないなぁ……人間も配下にいるわけですしね。ゼブルさんのところにマス・フライを使える配下が沢山いたから、強化したフローティング・ボードの積載量の限界まで準備しちゃいましたし……ちょっと調子に乗り過ぎましたかね」
「俺達が全面に立っている戦争なら、それで良かったんですけどね」
本物の戦争は俺で2度目、アインズさんは初の経験だ……今後、もっと適度に敵の心を折る方法を考えないと想像以上の虐殺になってしまう。今回は直後の帝国の魔法詠唱者部隊の『火球』の乱れ撃ちとの合わせ技で想定を超える地獄絵図を作り上げてしまった……王国軍の死者が3万以下ってことはないらしい。負傷したままカッツェ平野に放置された数を考えれば最終的には5万ぐらいにはなってしまうかもしれない。ちょっとやり過ぎだ。
人間種はビーストマンと違って、必要以上に強さを示すことは大して重要ではない。権威はなくとも、利でも理でも転ぶ奴は山程いる。多数派を作り上げて、盟主となれば勝ちなのだ。
これは極めて重要な反省点だった。
「で、落とし所の修正はするんですか?……カルネだけでも住民が増えたら面倒臭いのに、エ・ランテルは……まあ、王国と帝国を完全に分断する為に必要ですから仕方ないにしても、これ以上直接統治する都市とか領土とか要らないんですけど……」
「それもそうなんですよねぇ……で、ちょっとした思い付きなんですけど、鉱山を譲り受けませんか?」
「鉱山!?……アダマンタイトより上があるんですか?」
「いや、ミスリルと金なんですけど……友軍に戦死の虚偽情報をばら撒いて混乱させ、いち早く帝国に自ら投降したブルムラシュー侯ってクソ野郎の領地にあるらしいんですが……どっちもこの世界では金になりますよ。炭鉱作業はアンデッドを使えば安全でしょ?」
「良いですね!……そのクソ野郎から懲罰的に取り上げるってことですか?」
「理由はどうでも良いんですけどね……元々王国の六大貴族のくせに、裏で帝国と通じていたようなクズ中のクズですから、理由は何とでもこじつけはできますよ……帝国としても王国と完全に分断が成れば、ほぼ利用価値は無いに等しいですから……今回の戦争にしても投降するタイミングがあまりに早過ぎて、これまでの投資が無駄に近いって、帝国からは評価されてますから……まあ、結果的に王国全軍が大混乱にはなったみたいですけどね」
「因果応報ってやつですね……金持ちの悪党が自業自得で破滅していく展開は好きだなぁ」
「なにしろ王国随一の資産家ですから……実にアインズさん好みの展開じゃないですか?」
「……そう言えば、ゼブルさんも何か仕込んでいたんでしたっけ?」
「あー、勘違いしている無能小悪党ムーブの青年貴族ってヤツを飼っていますよ。元々がブルムラシュー侯以上にクソ野郎ですから……ティーヌがいろいろ鍛えたみたいですけど、どこまでやれたのかなぁ?」
フィリップのことを久々に思い出した。
しょーじき、死んでも生き残ってもどちらでも構わないんですけど、恵まれた生まれで健康体の奴が何一つ頑張らないで中途半端に社会の所為にしているのが心の何処かで許せなかっただけ……心の底からどーでもいーっちゃどーでもいーわけですよ。小悪党ムーブのまま世を拗ねているのを嘲笑っても構わないし、心を入れ替えて立身出世を目指してもらっても良い。
なにしろこの戦争で王国の上層が相当入れ替わるのは分かっているわけですから……俺は機会を与えただけ……神の視点ってヤツです。魔神だけに。
「……まっ、ブルムラシュー侯みたいな大物と違って、これから先のお楽しみみたいなヤツですよ。ブルムラシュー侯はこの先落ちるだけですから……六大貴族としての地位と信用を失い、権力の基盤となっている財力を失ったらどうなるのか……正に転落人生ってヤツですね」
「ゼブルさんも嫌いじゃないでしょ?……そうじゃなきゃ、そんなことを捻じ込む以前に思い付きませんよね」
アインズさんの指摘通り……切っ掛けはブルムラシュー侯が虚偽情報を自軍に流して、その混乱に乗じて真っ先に帝国軍に投降したと聞いたからです。自身の安全は金で買い戻すつもりだったらしいし、実際早々に身代金を支払ったそうです。加えてとんでもない吝嗇家らしく、自身の投降に付き従った部下の安全確保は、部下に金を融資して、自身で買い戻せ、と宣ったらしい……あまりにクソ過ぎる。
帝国軍の本営である天幕でジルクニフに直接聞いたのだから間違いない。
で、予定よりも勝ち過ぎて、帝国としての講和の条件提示に困っていたジルクニフに提案するに至ったわけですよ。もちろんアインズさんの許可を得てから、とは言ってありますが、当然ジルクニフは先回りしているでしょう。ちょろっと上乗せぐらいは考える奴です。どうせ分断されるのだから王国の領土は不要のはずです……でも戦費の補償と賠償金に加えて、動かして問題ないものぐらいは上乗せするはずです。なんならブルムラシュー侯の鉱山から手に入れたミスリルぐらいは安価で流してやっても良いし。
そんなことを考えているとアインズさんが呟いた。
「……鉱山か……鉱山って言えばドワーフが欲しいなぁ」
「ドワーフですか?……そう言えばエルフは俺の配下にもいますけど、ドワーフはカルネの工房にいるダーク・ドワーフぐらいしか見掛けませんね」
「心当たりはあるんですよ……あー、配下のリザードマンのアレはなんて言ったかな……えーっと、デカくて右腕が太い……たしか、そうゼンベル・ググーって名前のヤツだ。そのゼンベルがアゼルリシア山脈にドワーフの都市があるって言っていたような?……なんか漠然とした話なんで放置していたんですけど、建国関連の行事が終わったら探しに行きませんか?」
へぇ、と答えるも、その実「ドワーフの国」ってワードに凄くそそられた。
ドワーフの国と聞けば、イメージの中では財宝ザクザクで技術モリモリだ。
そうでなくとも腕の良い鍛治師が1人でもスカウトできれば儲けもの……俺が山程抱える激レア素材の使い道も増えるというものだ……どれだけアインズさんが気を遣ってくれても、ナザリックの鍛治長に頼むと少なくとも出来上がった武具の性能は秘匿できない。かと言って、カルネの鍛治師達のレベルでは素材のレベルから考えても扱えない……つまり本当に在るのならば、凄く美味しい場所じゃないですか!
「んじゃ、ある程度予定が一段落したら一緒に探索に行きましょうか?」
「えっ!……行きましょう!……是非行きましょうよ!……いや、普通の冒険ですよ。探索ですよ……楽しそうじゃないですか?」
「言われてみれば……単純に場所の探索ってしたことがないですね」
「そうなんですよ!……情報はリザードマンが持つ僅かなものだけ……目的地にはお宝があるかもしれない。未知の優れた技術があるかもしれない。こっちの世界の独自技術があるかもしれない……凄くワクワクしませんか?」
「……そうですね……たしかにワクワクします!」
「でしょ!……理由も意義も不明ですけど、せっかくこの世界に転移したんです。未知の探索なんて最高の贅沢じゃないですか!」
そう力説するアインズさんはユグドラシル時代から通しても今までに見たことがないぐらいのハイテンションでした。
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上段からの一刀……ほぼ同時に下段からの斬り上げがデス・ナイトに吸い込まれた。右腕とフランベルジュが地に落ち、右脚を失ったデス・ナイトは立つことも叶わず、地に崩れ落ちた。
それでもデス・ナイトは巨大なタワーシールドを振り上げて、ブレイン・アングラウスに襲い掛かる。
が、武技『領域』を展開させているブレインはヒョイと避けた。そのまま逆撃を加え、デス・ナイトの左腕を盾ごと断切した。
ガガーランはその体捌きや技に見惚れていた。武技はともかくブレインの磨きに磨き上げた体技は芸術の一言だった。紙一重の回避に絶対の信頼を寄せられる……モンスターと交戦中にもかかわらず、ただの観戦者と化したガガーランの『鉄砕き』を握る手が緩む程だ。
遭遇したデス・ナイトは合計4体……既にブレインが3体屠り、残っているのは足下に転がり、左脚で蹴りを入れようと暴れる1体のみ。
「おい、ガガーラン!」
唐突に名を呼ばれ、茫とブレインの技に見惚れていたガガーランの意識が現実に引き戻された。『鉄砕き』を握り締め、カッと目を見開いた。
「なっ、なんでえ!」
「コイツのトドメを刺せ!……以前、ゼブルから聞いたことがある。そして実験にも付き合ったことがある。ぱわーれべりんぐ、とかいう方法だ。最後のトドメを刺すだけで、実際に戦う以上のれべるあっぷ効果が得られるとか……とにかくやってみろ」
「なんだよ。俺の事を気に掛けてくれてたのか……やっぱアンタは根は優しいヤツなんだな」
「余計なことはいいから、とにかくやってみろ……あっ、デス・ナイトはトドメを刺したと思っても一回は必ず耐えるぞ。絶対に追撃を忘れるなよ」
「了解だ」
ガガーランは油断しない。
瀕死だろうと相手が格上なのは十二分に理解している。
左脚一本であっても攻撃が当たれば耐え切れないかもしれない。
ブレインが軽く捌いていても、ガガーランにできるとは限らない。
ブレインの攻撃が通ったからと言っても、ガガーランの攻撃が通用する保証はどこにもないのだ。
隙なくデス・ナイトに接近し、自身の攻撃圏を確かめる。
スーッと息を吸う。
「砕けや!」
初撃から全力で『鉄砕き』を振り切る。
デス・ナイトの蹴り上げた左脚と激突した。
……力負けか……ならば!
自身の最大最強の攻撃……武技『超級連続攻撃』を繰り出した。
『鉄砕き』の15連撃。
一撃目……左脚にヒットするも押し戻される。
二撃目……胴体にヒット。
三撃目……腰部にヒット。
四撃目……再度左脚と激突し、今度は左脚を砕く。
五撃、六撃、七撃、八撃と連続でヒットし、デス・ナイトの頭部と胴体が陥没する。
そして九撃目……頭部を完全に砕いた。
デス・ナイトは完全に動かなくなった。
それでも油断せず、十五撃目まで連続攻撃を続けた。
「フーッ」
完全に残骸と化したデス・ナイトを見下ろし、ガガーランは大きく息を吐いた。身体は緊張から弛緩へ……でも集中力だけは切らさぬようにガガーランは周囲を警戒しつつ、背後で観戦しているはずのブレインを見た。
同時にブレインから見えない剣速の一刀が連続して繰り出された。
武技『空斬』の4連発。
ガガーランの両サイドを通り抜け低木の向こうへ。
背後でおそらくデス・ナイトに殺され、ゾンビとなってしまった男達が両断された……らしい。
「デス・ナイトを屠るまでは見事だったが、お前も『領域』ぐらいは覚えた方が良いんじゃないか?」
「うっせえよ……もう少し近付けば、いくら俺でも気付いたぜ」
「俺の『領域』は『領域』だけを使用するって条件付きなら、昔よりも効果範囲の半径が4倍ぐらいにはなった。他の武技と併用しても倍だ。だがティーヌには通用しない。アイツは『領域』の中でも普通に俺の必中攻撃を回避する。そんな芸当ができるのは俺が知る限りアイツだけだ」
「何が言いてえ」
「お前が目指す所の話だ」
「はぁあ……俺が目指す所?」
「そうだ……ナメられたままじゃ自分が許せない。お前も戦士やってんだ。俺と同じような感覚は持っているはずだ。俺は最初がストロノーフだった。そしてティーヌ……最終的にはゼブルだ」
「言いたいことは分かるけどよぉ……アンタは俺の見立てじゃ、もうガゼフのおっさんよりも強えだろ?」
「そうだな……もう五宝物を装備してもストロノーフじゃ俺には絶対に届かない。だがティーヌと俺の間の距離は開く一方だし、本気のゼブルには足下にも到達していない。まだまだ目指す場所へは遠い道程だ」
「本気のゼブル?」
「本気で戦ったのを一度だけ見た……本気になっただけならば複数回見たが、戦ったのを見たのは一度だけだ。はるかな高みだ。世界の頂点……と俺は思っている。少なくとも手が届く一人ではあるだろうな」
「そんなにか?」
あの笑顔が年中張り付いたような顔……あの時、アイツが言ったことは言葉通りなのかもしれない……ガガーランは薄寒いものを感じた。
「おそらくお前には想像もできないだろう。俺でも見ていなければ信じられない。ゼブルの技や能力について喋れないが俺は本気を出したゼブルが戦闘で敗れる様を想像すらできない。それでもゼブルは自分は最弱だと言うんだ。俺はアイツが何を言っているのか理解できなかった。ゼブルは自分の弱点を理解していた。それどころか自分を屠る方法までも熟知している。それも一種類じゃない。何通りも自分を屠る方法を想定し、常に警戒を怠らない。俺からすれば圧倒的強さなのに……俺はその姿勢に戦慄したよ。それまでは単に鍛えてくれる都合の良い相手だったものに、敬意が加わった。こう見えて俺はゼブルを心の底から尊敬している………恥ずかしいからアイツには言うなよ」
ガガーランはゼブル一党の繋がりを誤解していたのかもしれない、と思い始めていた。もっと打算的で強さに貪欲な集団だと思っていたのだ。ブレインは強さに貪欲なのは違いないが、少なくともゼブルを裏切らないという気持ちは真摯なものだ。ティーヌにしてもジットにしてもブレインと同じような気持ちなのかもしれない。特にティーヌはもっとオトコとしてゼブルを意識しているのかと思っていたが、狂信的と言えば狂信者に見えないこともない。むしろ享楽的で殺人も厭わない、自身の全てを捧げるような狂信者と思えば、実にしっくりくる。
これは極めて重要な情報だった。
「言わねえよ……むしろ気持ちを喋ってくれことに感謝するぜ」
「俺はお前を評価しているんだ、ガガーラン……武を志す連中は才能の限界を言い訳にして努力しない奴が多過ぎる。最初はお前もそんな連中の一人だろうと思っていた。たしかに才能があれば労少なく強さを得られる。だがクライムくんのような才能の無い者の強さもある。努力でどうにもならないものを知識と研究と気持ちでカバーする。ハッキリ言って剣の腕は鍛えるだけ無駄にも思えるが、彼は技以外のものも得る。俺はその姿勢を評価するし、クライムくんを無償でフォローするお前も評価している」
「俺のは……クライムみたいに純粋な気持ちじゃねえさ」
「だが強くなりたい気持ちに嘘は無い……違うか?」
「違わねえよ……ただ壁を乗り越えるのが厳しくなりつつあったのも事実だ。俺は英雄の領域には届かねえ……現実を見ろ……そう自分に言い聞かせて、言い訳していたのかもしれねえ。でも強くなるのを諦めたわけじゃねえ。そんなもので諦められるぐらいなら、戦士で高みなんざ目指さねえよ。俺は強くなりてえ……アンタに言われて、改めて思ったぜ」
ガガーランは『鉄砕き』を肩に負い、ニヤリと笑った。
「まだまだ道半ば、ってこった……先は長えな、おい!」
「戦士の鍛錬に終わりは無い。剣に全てを捧げても、武の神様は貪欲だからもっとくれ、って言うんだぜ」
ブレインが周囲に散乱する荷袋を拾い集める。
慌ててガガーランも荷袋を集めた。
「どうにも締まらねえな……」
ガガーランが独言ると、ガサガサと藪を掻き分ける音が響いた。
イグヴァルジは息を飲み、同行していたロックマイヤーと言う名の元オリハルコン級冒険者を見た。今は腕を買われ、レエブン侯の親衛隊らしい。
ロックマイヤーが先導する形に入れ替わり、ゾンビと化した四つの死体と地面を調べ、イグヴァルジに頷く。
「この場に流血の痕跡が少な過ぎるからアンデッド化してから倒されたのは間違いないな……流れとしてはカルネの衛兵に不審者として処理され、アンデッド化した。俺達も警告を受けたしな。で、誰かがアンデッドとして倒した」
「待ってくれよ……じゃあ、俺の仲間はみんな殺られちまったのか?」
「いや、見る限り死体は4体だ……あんた以外に10人いたんだろ?……だったら4人がカルネの衛兵共の犠牲になっている間に逃げたって目算が高い気がするが……それにこのアンデッド達を屠った奴はかなりの腕前だ。正直、あんたらの仲間じゃ無理だろ。同じ太刀筋だから同一人物……それをアンデッド相手とはいえ、これだけ固まった相手を綺麗に縦に両断するのは神業……冒険者で言えば間違いなくアダマンタイトだ」
「それじゃあ、これはモモンの野郎の仕業か……いや、アイツは両手持ちの大剣を振り回す奴だ。こんなに綺麗な切断面にはならねえか……なら、王都の青薔薇のガガーラン……は違うな。戦鎚使いだ。となると『朱の雫』ルイセンベルグぐらいしか……」
「なーに、強い剣士は在野にもいるさ」
ロックマイヤーはそう言うと少し顔を顰めた。
「どうした?」
「いや……アンデッド共を屠った奴の足跡が無いんだ」
「はぁ?」
「よく見りゃ、攻撃した方向は一方向だ……つまり全攻撃があちら側から加えられているのに、そちらに攻撃した奴の足跡が無い。かと言って切断面は飛び道具のものじゃない……武技の『空斬』とかってヤツじゃ、ゾンビとはいえ人体を縦に両断するまでの威力は出せないだろ……あんたの知識に人体を切断する魔法なんてあるか?」
「いや、知らねえな」
「となると、こいつは難解だな」
ロックマイヤーは目配せでイグヴァルジに「偵察してくる」と伝えると、そのまま先に進んだ。ミスリル級のフォレストストーカーであったイグヴァルジにすら、気まぐれにふらっと消えたように見えたが彼のふたつ名を思い出し、安心する。
『見えざる』
ロックマイヤーはこう言ったことのエキスパートだ。
かと言って、イグヴァルジの不安が解消されたわけでもない。
直前のロックマイヤーの状況解説も不安を煽った。
遠間からの人体を両断可能な攻撃……そんな恐ろしい攻撃方法があるのならば……もしアンデッドを屠った存在に敵と認識された場合、一方的に殺されるしか道はないのではないか?……イグヴァルジは周囲を警戒するも、攻撃の有効射程が不明な以上、どこまでの範囲を警戒すれば良いのか判らない……その事実に気付き、戦慄した。
1ヶ所に留まるのは危険……そう判断し、ロックマイヤーが消えた方向へと進む。
本来の集合地点まで直ぐに到達してしまった。
そこで再会を果たした。
ブレイン・アングラウス……低木の中にぽっかりと空いた草地に冒険者引退の切っ掛けを作った男の姿が在った。
お読みいただきありがとうございます。