死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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次話は都合で少し早く投稿します。
よろしくお願いします。


32話 決着は貴賓館で

 

 城壁上からの矢の迎撃が絶える。

 とうとう破城槌が城門に激突した。

 城門の扉が大きく撓み、亀裂が入る。

 凄まじい破砕音が響く。

 それが2度、3度と続いた。

 戦士団が城門の内側で身構える。

 既に城壁の上からの援護は無い。

 高楼車からの弩の斉射に加え、やはり魔法詠唱者による範囲攻撃が城壁上の衛兵達にトドメを刺した。帝国にしてみれば、これでもかなり手加減しているのは間違いないのだが、それでも戦力差に加えて、組織化された魔法詠唱者部隊の有無が決定的な戦力差に加えて戦術の選択肢の幅で大きな差を生み出していた。それでも帝国軍のやり方はあくまで城塞都市としてのエ・ランテルの攻略を目指しているものであり、住民に被害を及ぼす気は無いように見える。

 ガゼフ・ストロノーフは昨日の軍使としてのニンブルとの会談内容を鑑みても、少なとも現時点で帝国軍の動きには逆に信頼感を抱いていた。

 

 ……陛下を説得できていれば……

 

 昨晩から明け方まで続いた不毛な会議を思い返す。

 帝国からの条件提示に対して王は頑なな態度を貫いた。

 たしかに厳しい条件ではあったが、王国の置かれた現状では受け入れるのも致し方無しとも思えた。

 その条件とは……

 まずエ・ランテルと周辺地域の割譲……王直轄地は犠牲になるが、地域の王国民にとっては税の支払い先が帝国へと変更になるだけの話で人種や宗教的な問題は無く、実質的なダメージはほぼ無い。ただしヴァイセルフ王家にとってのダメージは計り知れなかった。なにしろ王都周辺地域に次ぐ巨大な収入源を失うのである。

 次に損害賠償金の支払いと戦費の全額補填……これは勝敗が明確な国家間戦争では通常のやり取りであり、今回は王国の完敗なのだから、むしろ支払うべきように思える。周辺国間の今後の外交関係を考えれば、ここで渋るのはいかなる国家間のやり取りでも一線を引かれた対応になってしまうだろう。慣例を勝手に破るような輩には、そういう対応しかされなくなってしまう。

 さらに虜囚となっているバルブロ王子の身代金の支払い。

 同じく虜囚となった六大貴族及び貴族の身代金の支払いの保証。

 加えて民兵捕虜4万人超の返還に際しての王家の補償……民兵を放棄する場合は帝国の奴隷階級となる旨の承諾。帝国の奴隷は自身で身分の買い戻しが可能とはいえ、この条項を認めるのは王家が国民を見捨てるに等しいので心情的に厳しい上に、金銭的にも巨額であった。

 最後にランポッサⅢ世の戦争責任……いやらしいことに身の処し方は王国に任せると言うのだ。王国の考え方を周辺国の見せようと言うのである。

 その他にも細かい条項はあったが、ランポッサⅢ世が頑なになる理由は自身の戦争責任とバルブロ王子の扱いとエ・ランテル周辺の直轄地の割譲の三項目で間違いないだろう。

 

 およそ3時間に渡ってガゼフとパナソレイが必死になって説得するもランポッサⅢ世は首を縦に振らない。

 王の公開処刑まで覚悟していたガゼフとしては一も二もなくこの条件に飛び付いた。軍事はともかく実務面で有能なパナソレイにしても帝国軍が本気になればエ・ランテルを包囲したまま王国内へ侵攻する……その可能性を帝国四騎士の一人から示されれば、帝国の差し伸べた手を振り払うような真似をすべきでないことは即座に理解できた。

 だが王は2人の腹心の懇願に対して、無言を貫いた。周囲に対して「どうすれば良いのだ」との問い掛けも無くなり、ひたすら沈黙を守り通した。

 

 そして薄闇が晴れ、完全に夜が明けた。

 軍使ニンブルの予告通りの時刻に帝国軍のエ・ランテル攻略作戦が開始されたのである。

 

 北門の城壁上はもはや完全に陥落した。

 ガゼフは腕組みし、戦況を見詰める。

 救いにもならないような小さな希望は帝国軍が最初に攻略目標としたのが北門ということだけだった。もし間に合えばレエブン侯の軍勢が真っ先に到達するはずの城門だったのだが……

 しかし城門まで突破され、拠点化された場合は逆の結果を生み出す。

 既に外側の城壁の上に帝国軍が取り付き、陣を形成していた。

 少ない戦力を割いてまで北門を死守すべきか……深刻な命題だった。

 放棄するのが北門だけならば直ぐにでも決められるが、外側の城壁全てを捨てるに等しいとなると簡単に答えは出せない。

 それでも時間は待ってくれず、最前線の直ぐ後方で指揮するガゼフ・ストロノーフは臨戦態勢のまま、ジッと瞼を閉じていた。

 

「外周城壁を放棄する。兵員は全て内周部に撤退。住民にも待避を促せ。もし都市外への避難を希望する者があれば南門に集めよ……昨晩の軍使殿との会談で取り決めがなった。帝国の検査を受けた後にはなるが、基本的に一般市民の避難に際しては全件通行を許可するとのことだ。ただし貴族及び軍関係者は原則通行禁止。加えて一部の有力商人の関係者は通行は制限される。1人でも違反者が出た場合は以降の通行は原則として全件不許可になるので、事前にこちらでも検査するようにしろ……俺の名で通達を出せ」

 

 ガゼフは撤退を指揮しながら、部下達に次々と指示を下した。

 北門の内周城壁の門を固く閉し、内側にはバリケードを築く。

 城壁上に弓箭兵の部隊を配置するが、帝国軍に外周城壁上に弩を設置されては良い的にしかならない。それは理解しているものの、内周城壁の突破を試る帝国軍を牽制する為にはどうしても必要な措置だった。

 八方手を尽くしても、全ては気休め……ここで帝国の侵攻を食い止めている間にパナソレイが王の説得に成功するか、クライムがレエブン侯の軍に全滅必至の援軍となることを承諾させるか……情勢にそれぐらいの激変が生じない限り、ガゼフが敗軍の将となることは確定していた。

 

 一通りの指示を終えると足早に南門へと向かう。

 早急に南門の守備を指揮する副長に連絡を取る必要があった。

 帝国軍は時間通りに予告通りの攻撃を北門に加えてきた。

 となれば、次の帝国軍の目標も予告に従いエ・ランテル最内周部にある巨大食料貯蔵庫である可能性が高い。最初は数ある予告された攻撃目標の中でも最も馬鹿げた目標と思っていた。なにしろ最内周部に在る上に警備が厳重だ。

 しかし北門が範囲攻撃魔法の一撃で攻略された現在、その考えを変えざる得なかった。単なる魔法詠唱者部隊程度の相手でなく、フールーダ・パラダイン本人と彼の高弟達がまとまって動けば、攻略可能なのではないか?……報告ではカッツェ平野では大量の石の爆撃で手痛い打撃を受け、戦意を挫かれたと言う。つまり大量の石を空に運んだということだ。それらと同質量の単一の何かを空に運べるのだとしたら……巨大食料貯蔵庫を襲撃されたという事実が漏洩したら、住民の不安は頂点に達し、戦士団を含めて軍全体の士気が挫かれるだろう。

 

 その時……講和に承諾しないランポッサⅢ世はどうなってしまうのか?

 

 立場を失うなどという生易しい状況ではなくなるだろう。自国民と自身の軍からの怨嗟の声に耐えられるのか?……状況が良くなる要素など無い。

 3日後に帝国は戦況に応じた条件を再提案するという。

 そこまでは予告通りにエ・ランテル攻略を進める。

 予告だけでもナメ切った話なのに……現実は帝国軍の予告と寸分違わず進行しているのだ。

 

 さすがのガゼフ・ストロノーフも精神的に追い詰められていた。

 

 王を外敵から守るのならばこの身を賭して盾となる……だが外敵でなく、国民から突き上げられる王の為に国民を手に掛ける……最悪の想像にガゼフは身震いした。

 

 立ち止まり、空を見上げ、心を落ち着ける。

 秋晴れの空が広がっていた。

 最内周部の上空に大きな雲が一つ。

 

 ガゼフは足早に南門に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜……エ・ランテル最内周部で一際豪奢な造りの貴賓館の屋根の上に立つ者の姿を視認した者はいない。

 月明かりに浮かぶのは金髪碧眼の異様に整った顔立ち。

 それ以外は比較的明るい夜の闇に溶け込んでいた。

 対照的に貴賓館の窓からは煌々と灯が漏れていた。

 貴賓館の中では絶対に結論の出ない会議が続いている。

 金髪碧眼の男……ゼブルは無造作に屋根から空中に踏み出し、そのまま空中を進んだ。

 ほんの一瞬だけ闇夜に小さな魔法陣が浮かぶ。

 発光の中心から小さな蠅が1匹だけ出現した。

 蠅は指先程の大きさからは想像もできないスピードで一際巨大な建物の前に進み、夜通し警備する衛兵達の頸に次々と取り付き、その役目を終えるとあっさり消えた。

 残された入口を固める6人の衛兵達は呆然と宙を眺め、立ち尽くしていた。

 

「やあ、お前達……俺が主人だ。それは理解しているな?」

 

 悠々と入口の前に立つゼブルに衛兵達はゆっくりと首部を垂れた。

 

「では、貯蔵庫内に案内してもらう……一人だけ同行しろ。残りは通常通りの警備を続けろ……来訪者への対応も通常通り……ただしどんなことをしても中には通すな」

 

 一人の衛兵が固く閉ざされた扉の鍵を開ける。

 衛兵達は自然にゼブルを敬礼で見送った。

 それもほんの一瞬のこと……再び扉が開き、中から衛兵だけが戻る。

 それから普段通りの愚痴の言い合いは始まり、直近1番の関心事である戦況の話が始まると誰もが黙り込むという光景が続いた。

 夜の当番を終え、交代の衛兵達が来てもゼブルは姿を現さない。

 当番を交代した衛兵達と当直の衛兵達が引き継ぎ巡回の為に一緒に貯蔵庫内に入った。

 

 騒ぎは瞬く間にエ・ランテル中に伝播した。

 

「巨大食料貯蔵庫内から全ての備蓄が綺麗さっぱり消えた」

 

 当直だった6人の衛兵達は直ちに出頭を命じられ、捕縛されたが、彼らが最内周部の検問を通過した事実もなく、彼等と交代する前の内部巡回でも当直前の当番の衛兵達からも「備蓄は問題無く存在していた」との証言があった。

 しかし彼等を解放するわけにもいかない。

 そうでなくとも市内は大混乱に陥っていた。

 なにしろ住民以外も含めて現在エ・ランテル内に存在する全ての人間で均等に分け合えば2ヶ月は問題が生じないと説明されていた食料の9割近くが一度に消え失せてしまったのである。

 エ・ランテルに存在する食料を扱う商店の在庫は午前中には全て消え失せた。

 市内の食品業者としては最大手のバルド・ロフーレの商店も、エ・ランテルでは新興でも王国内では最大手のシュグネウス商会にも麦の一粒すら残されていなかった。

 仕入れ先から原材料が枯渇した為、当然市内の飲食店は全て軒先に休業の札を掲げている。

 南門に臨時で設置された避難希望者の集合審査所には長蛇の列が延々と途切れずに続いていた。

 外周の城壁上では帝国兵達が暢気な笑い声を上げなから「逃げるなら、今しかないぞ」と書かれた立て看板を設置していた。

 

 各所からの報告に頭を抱えたくなるのを我慢して、ガゼフ・ストロノーフは唇を噛み締め、拳を握り締めていた。

 まさか……のであった。

 帝国による巨大食料貯蔵庫の襲撃方法はあまりに突飛過ぎた。

 副長と散々協議し、軍事は門外漢ではあるがパナソレイとも協議し、冒険者組合長のプルトン・アインザックや魔術師組合のテオ・ラシケルにも参考意見を上げてもらい、考え得る限り、可能な限りの対策を打ったのだが、帝国軍はこちらの予測を軽く飛び超えて、巨大食料貯蔵庫の中身を強襲したのだ。

 帝国軍は予告通りに攻略を進行している。

 北門……外周城壁……巨大食料貯蔵庫……と時刻まで正確に続いている。

 以降も予告通りならば、次は明日の正午に内周部……つまり市街地が攻略対象となっている。市内からは次々と住民達は脱出しているが……食料の枯渇した籠城戦など自殺に等しい行為だ。住民はなんとか期限まで市外に逃せば良いが、兵員はそうはいかない。臣下であっても王の無謀な自殺に付き合うことなどあってはならない。

 ガゼフは決意を固めた……仮にレエブン侯の軍が時間的に間に合ったとしても食料が枯渇してはどうにもならない。

 

「……もはやこれまでか……なんとしても陛下を説得せねばならん」

 

 ガゼフはパナソレイと副長を呼び出し、貴賓館に滞在するランポッサⅢ世の下に向かった。

 全ての儀礼や手続きを無視して、王が滞在する部屋に飛び込む。

 

「陛下!……もはや一刻の猶予もありません!……講和の受諾を!」

 

 興奮するガゼフの前にキョトンしたランポッサⅢ世の表情が飛び込んだ。

 

「陛下!」

「何があったのだ、我が右腕である戦士長よ?」

 

 あまりにランポッサⅢ世の様子がおかしい……いまだ戦意に燃え、強い意志が相貌から感じられるのだ。

 

「……へい、か?」

「どうしたというのだ?……既に開戦したのか?……戦況はどう推移しているのだ?……あれだけの兵を動員したのだ。まさか帝国軍に対して劣勢ということはあるまいな?」

「なっ……何を仰っているのですか、陛下?」

「戦士長こそ、戦場に出れずに鬱憤でも溜まっているのか?……そなたの力を十分に発揮させてやれぬ私を許して欲しい」

 

 奇妙な虚脱状態から脱したランポッサⅢ世は、まるで記憶を失ってしまったかのような物言いを続けた。

 

「……陛下……」

「色々と思うところもあるのだろうが、カッツェ平野の戦況を報告せよ、戦士長よ」

 

 陛下の御心はお壊れになってしまったのか?……ガゼフは愕然とランポッサⅢ世を見詰めた。

 不敬であろうと、衝動を抑えることはできなかった。

 ガゼフは男泣きに泣き、ランポッサⅢ世の細い肩を抱き締めた。

 

「ど、どうしたのだ……離すが良い、戦士長よ」

「……陛下!……申し訳ございません!……陛下、お気を確かに!」

「戦士長よ……私は、私は大丈夫だ……いい加減、離すが良い」

 

 ガゼフはランポッサⅢ世の声音に常日頃の優しさや尊厳が含まれていると知り、慌てて抱き締めていた腕を緩めた。そして顔を離して、敬愛する主君の瞳を見詰める。

 

「戦士長よ……そなたも辛いのだろうな……だがこの戦争が落着するまでは我慢して私を助けて欲しい。全てに至らぬ私の為に負担を掛ける。そうだな……戦争の落着したら、しばらく功労金と休暇をやろう。たまには羽を伸ばすことも必要であろう」

 

 記憶こそ完全に欠落しているものの、やはりランポッサⅢ世の様子は普段と変わりない優しさと威厳に溢れていた。むしろエ・ランテルに入城してからの感情の一部が欠落したような様子がおかしかったように思える。

 ガゼフはランポッサⅢ世から離れ、涙を拭うと深々と首部を垂れた。

 

「陛下……失礼を承知で問わせていただきます。私やレッテンマイア都市長の報告で最後に覚えがある内容はどんなものでしょうか?」

 

 ランポッサⅢ世は訝しむような視線でガゼフを見たが、問いに対しては即答した。その様子に嘘偽りは感じない。

 

「報告ではないが、都市長から戦勝祈念の挨拶を受けた……私の記憶では都市長と会ったのはそれが最後だ」

 

 やはり開戦直前から記憶が飛んでいるように思えた。

 

「陛下……これから御心を乱すような報告をせねばなりません」

「どうしたというのだ、戦士長よ」

 

 ガゼフは開戦からの戦況を時系列通りにランポッサⅢ世の対応を含めて詳細に報告した。

 既にカッツェ平野で圧倒的な敗北を喫し、王国軍は総崩れになったことから始まり、外周部の陥落、エ・ランテルの誇る巨大食料貯蔵庫が帝国軍に襲撃され、貯蔵庫そのものは無事であるのに食料の全てを失ったことに始まるゴタゴタに至り、ガゼフが決死の思いでランポッサⅢ世の説得に来た現在に至るまで……

 主君の顔は大きく歪み、その間の報告の一切を覚えていない自分自身の不甲斐なさを嘆いていた。

 

「……皆で私を騙っているのでは、ないな……」

「そうであればどれだけ救われるでしょうか……」

 

 ランポッサⅢ世は俯き、黙り込むも、即座に顔を上げるとガゼフを見た。

 

「……戦士長よ、頼みがある」

「なんなりとお申し付け下さい」

「エル=ニクス帝と直接会いたい……私が講和条件を全面的に受諾する意向であることを知らせ、帝国に即時停戦を申し入れ、同時に叛徒鎮圧に向かったザナックとレエブン侯も呼び戻して欲しい。その際に魔導国の代表者……可能であればゴウン魔導王に同道していただけるように申し入れて欲しいのだ」

「講和条件は更に厳しいものを突き付けられる可能性もございますが?」

「王国は継戦能力を失った……そうである以上、帝国の要求は全て受諾する必要がある……エ・ランテルよりも更に深く侵攻させるわけにはいかぬのだ。もちろん交渉によって譲歩を引き出す必要もあるが、その為にはレエブン侯の力が必要なのだ」

「微力ながら、全力を尽くします」

 

 覚悟を定まった主君の顔に、ガゼフ・ストロノーフは深く一礼した。

 パナソレイを連れ立った副長が顔を見せた時には、王とその右腕は晴々とした表情を見せていた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 ……しくった!

 

 強烈な気配に触れ、イグヴァルジの肩が低木に当たってしまった。低木の向こう側の存在に聞かれたのは間違いない。音を立たず、再度気配を消し、慌てて元来た方向に逃げ出そうとしたイグヴァルジは肩を掴まれ、ギョッとした。

 振り返るとブレイン・アングラウスがいた。

 その背後からガガーランが追ってくる。

 

 どんな組み合わせだよ、チクショーが!

 

 イグヴァルジの知識の中では青薔薇と『3人組』は反目しあっていたはずだった。ブレイン・アングラウスは冒険者ではないはずだが、『3人組』とは一体化していると考えて間違いないだろう。そんな事よりも自身が冒険者を引退した切っ掛けと出会ったのだ……イグヴァルジの脳裏にあの理解し難い惨状が過った。

 

「どこかで見た顔だな?」

 

 ブレインの問いにイグヴァルジが答えようとした瞬間、

 

「おっ、誰かと思ったらイグヴァルジじゃねえか」

「知っているのか、ガガーラン?」

「アンタも会ったことがあるぜ……ほれ、俺達が竜王国に向かう前に、アンタらがゴブリン部族連合を全滅させたことがあったろ?……あの時に俺達より先行していた冒険者チームのリーダーだよ」

 

 ガガーランの説明にブレインが訝しげな視線で身を竦ませたイグヴァルジの全身を舐めた。

 

「冒険者っていうことは、お前は逃げてきた連中の仲間じゃないのか?」

 

 ブレインが「逃げてきた連中」と言うのだから複数名なのだろう……イグヴァルジはフィリップ達が生きている可能性が高いと考え、ホッと息を吐いた。そして自身の現在の立場をブレインとガガーランに説明した後、どこかで見ているはずのロックマイヤーに声を掛けた。

 5〜6メートル離れた草むらの向こうから、ロックマイヤーが顔を見せる。

 

「……いや、失礼した。俺はロックマイヤー……元オリハルコン級冒険者で引退後はレエブン侯に親衛隊として雇われている。思わず隠れちまったが、あのアンデッドの衛兵達を屠るとはさすがはブレイン・アングラウスに青薔薇のガガーランだな」

 

 ロックマイヤーは自分達では絶対に勝てないカルネのアンデッド衛兵が倒されているのを視認した瞬間に身を隠していたと言う。

 

 4人が集まり、それぞれが自己紹介し、情報を共有させた後に各自が優先してやるべきことを整理した。

 

 イグヴァルジはガガーランとイビルアイ達の待機している街道沿いに戻り、既に手筈を整えたザナック王子とレエブン侯との面談場所にまで先導する。

 ブレインとロックマイヤーは先にレエブン侯の軍中を訪問し、平民とはいえ「黄金」ラナー姫の子飼いの側近であるクライムの来訪を告げる。どうせほぼ同じ目的であるので可能であれば男爵位を持つフィリップと同席させ、時間の無駄を省くように進言する。

 

 ガガーランとイグヴァルジを見送り、ブレインはロックマイヤーと共にレエブン侯の軍が街道封鎖するように展開する道まで向かった。道幅30メートルはありそうな広さで街道からカルネの巨大都市の城門までを真っ直ぐに繋いでいる直線道路だ。カルネまで2キロメートル程の位置に多数の天幕が見えた。そこが本陣で間違いないだろう。

 

 ロックマイヤーが先導すると、レエブン侯の親衛隊を名乗るだけのことはあり、完全にノーチェックでブレインは一際立派な天幕の前まで到達することができた。しかしさすがにレエブン侯がザナック王子の滞在する天幕に入るとなるとスルーというわけにはいかず、ロックマイヤーに指示されるがまま、天幕の前でしばらく待たされることなった。

 そこでひょっこりと思わぬ顔と出くわす。

 天幕から顔を覗かせたのはゼブルだった。

 

「おまっ……何をしてるんだ、ゼブル!」

「何って、ブレインが来たって聞いたから、顔を出したまでだが……」

「そうじゃない!……レエブン侯の軍で何をしいてる、と聞いている」

「打ち合わせだよ……あのカルネって都市は俺達が建設したって、前に説明したよな?」

「……たしかに聞いたな」

「そして俺達が魔導国だ」

「はぁ?……魔導国って、叛乱勢力だろ」

「魔導国の首都がカルネなんだよ……いちおう俺は魔導国の副王ってことになっているらしい」

「待て……話が理解できない。おかしな点が無数にあるぞ。お前は竜王国の侯爵なんだよな?」

「たしかに侯爵位は頂戴したな」

「それがなんで王国で叛乱勢力の幹部なんかやっている?」

「流れで……としか言いようがない。ちなみにブレインも叛乱勢力に属しているからな。お前も月金貨一枚で魔導国に雇われていることにはなっている。つまり魔導国の公僕だ」

「いや……理解できないぞ。俺は承諾した覚えがない」

「当然だ。俺が承諾して、知らせてないからな。ちなみに俺の配下は全て魔導国の公僕という扱いだ」

「じゃあ、何で王国の援軍要請なんぞに協力するのを許可した。魔導国と王国じゃ、完全に敵同士だろう」

「その方が都合が良いからだ。カッツェ平野で帝国が予定よりも勝ち過ぎた……結果として落とし所が難しくなっただけじゃなく、エ・ランテルが帝国軍に完全に包囲された結果、本来ならばあるべきタイミングにも王国は援軍要請ができなくなったからな……だから王国をもう少し追い詰めることにしたが、やはりザナック王子とレエブン侯にはエ・ランテルに戻ってもらう必要があるんだ。こんな辺鄙な場所にレエブン侯の軍が布陣している現状で、表向きはカッツェ平野で王国が惨敗した情報すら入っていないのに、予測したかのようにザナック王子とレエブン侯が軍を率いて舞い戻るのはあまりに不自然だろ?……だから色々と布石を打っているわけだが、その一つがお前だよ。今夜、エ・ランテルの巨大食料貯蔵庫から全ての食料が消える。それでも王国が講和を申し出ない可能性も捨てられない。だから巨大食料貯蔵庫に出向いたついでにランポッサⅢ世の制約を解除してくる。今となっては肉腫を植え付けたのは完全に失敗だったな……急激な方針転換を避ける為の保険のつもりだったが、むしろ王国の決定が滞る結果しか生み出さなかった」

 

 あまりに酷い内容の告白にブレインは呆れ顔になり、大きく息を吐いた。

 

「……お前ってヤツは……本当に悪辣を絵に描いたようなヤツだな」

「褒め言葉と受け取っておくよ」

「いや、褒めてないぞ」

 

 ゼブルはニヤリと笑ったが、どれだけ不敵に見せてもゼブルの表情は妙に爽やかなのが困りものだ。ブレインとしては呆れるしかない。

 

「ロックマイヤーさんから聞いた……青薔薇の連中も来るんだろ?」

「エルヤーと一緒にガガーランとイビルアイが来る……連中には黙っておく」

「そうしてくれ……魔導国が独立を果たしたら、あのじゃじゃ馬達を勧誘することも考えてはいるが、今はまだ早い」

「もう独立を語れる状態なのか?」

「既に目前だよ……王国が講和を受け入れ、帝国が魔導国に戦勝で得た王直轄地を譲渡する。それを帝国と竜王国が承認し、ザナック王子に政権が移行した王国も追認する。魔導国はトブの大森林からカッツェ平野までを領土として、完全な独立を果たす。そして帝国と竜王国とビーストマン国家と緩やかな軍事経済同盟を組む。場合によっては王国も加入させる。アインズ・ウール・ゴウン魔導王が全ての頂点に立ち、全体として大きな発展を遂げる……安定さえしてしまえば全員が万々歳さ」

「普通は、そんなに上手くいくか、と疑問を呈するところなんだろうが……お前に任せておけばなんとかする気がするのが、な」

「今度こそ褒め言葉だろ?」

「まあ、いちおうな」

 

 ゼブルは満足げに笑った。

 

「エルヤーには後で話しておくが、ティーヌやジットは知っているのか?」

「ジットはたぶん知らないな…….ティーヌは薄々気付いているかも、だ」

「この後、俺はどうすべきだ?」

「レエブン侯の軍に同行する気がないなら、カルネの見物でもするか?」

「いや、乗り掛かった船だ……一緒にエ・ランテルに戻る」

「了解した……なら帝国軍の邪魔さえしなければ何をしても構わない。俺は巨大食料貯蔵庫から食料強奪を済ませたら、カルネに帰還する。何かあったらシュグネウス商会にいるラウムというマジック・キャスターに依頼して連絡してくれればいい……まっ、場合によっては俺もエ・ランテルに行く可能性もある」

 

 本陣の入口辺りが騒がしくなった。

 クライム達が到着したのだろう。

 

「ザナック王子とレエブン侯に伝えてくれ……会談はクライムくんも一緒に……って、お前ならば理解しているか」

 

 ゼブルは笑うと天幕の中に消えた。

 しばらくして全員が揃う。

 ロックマイヤーに呼び込まれたクライムとフィリップと一緒にブレインも天幕の中に入ったが、その時にはゼブルの姿は見えなかった。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 秋晴れの空の下、建物の向かって右手に帝国四騎士とフールーダ・パラダインを中心とした魔法詠唱者の集団が控え、左手にはガゼフ・ストロノーフ戦士長率いる王国戦士団が控えていた。

 融和的でありながら火花を散らすという微妙な空気の中、全員が笑顔で睨み合っている。

 そんな中、貴賓館の玄関前に唐突にその男は現れたように感じた。

 ただ一人、護衛の姿もなく、そこに忽然と湧き出たかのように。

 男は薄く笑い、玄関前を固める正規の衛兵達に右手を振った。

 明らかに不審者ではあるが、誰も咎められなかった。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の名代である魔導国副王ゼブルだ。本日は魔導王陛下は都合によりいらっしゃることはできない。全権委任された名代として私が派遣された次第である……案内を頼む」

 

 どう見てもまだ20代前半にしか見えないゼブルという男に完全に衛兵達は飲まれ、完全に上位者としての扱いで案内した。本来ならば魔導国は逆賊一派であるのに誰も疑問すら抱かなかった。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の名代であられる副王ゼブル様がいらっしゃいました」

 

 案内の衛兵が会場前の衛兵に告げる。

 両開きの扉が開け放たれると、落ち着いた内装の会議室内にはリ・エスティーゼ王国国王ランポッサⅢ世とバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの姿があった。巨大なテーブルを挟み、それぞれの側近としてパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア都市長と秘書官筆頭のロウネ・ヴァミリネンを連れている。

 ゼブルは会釈すると誘導された中央の席に着席した。

 

「では、定刻には早いが面子も揃ったところで始めようではないか、ランポッサⅢ世よ」

 

 早々にジルクニフが口火を切る……ランポッサⅢ世に対して敬称はなく、既に相手を飲んで掛かるつもりなのは明白だった。講和を受け入れる側としては当然の対応だろう。

 

「待って欲しい、エル=ニクス殿……我が息子であるザナックと重臣であるレエブン侯が到着していないのだ」

「必要なかろう?……帝国に魔導国……そして敗戦国である王国の代表が揃っているのだ。そう思わぬか、ゼブル殿?」

「皇帝陛下の仰ることもごもっともですが、勝者の余裕を見せても良いかと」

「なるほど……では定刻まで待つこととしよう……ただし定刻までだ」

 

 ジルクニフの秀麗眉目で凄まれ、ランポッサⅢ世は頷くしかなかった。

 

 ここまでは予定通り……後は定刻きっかりにザナックが顔を出すはず。

 

 そして予定通りにザナックとレエブン侯が平身低頭で現れた。

 ランポッサⅢ世がジルクニフに感謝する。

 敗者であるだけでなく、ジルクニフに要求を受け入れられた以上、ランポッサⅢ世は一層やり難くなったはず……

 そして即座にジルクニフが交渉の開始を宣言した。

 

「では、講和の条件を提示しよう……」

 

 ジルクニフの目配せでロウネが立ち、目録を読み上げる。

 

 一つ、エ・ランテルを含む周辺直轄地の帝国への割譲。

 一つ、トブの大森林全域を魔導国が領有することの承認。

 一つ、戦費の全額補償……総額は後日算定後、請求書を送る。

 一つ、賠償金として白金貨500万枚の支払うこと。

 一つ、バルブロ第一王子の身代金として白金貨100万枚を支払うこと。

 一つ、虜囚であるボウロロープ侯爵、ペスペア侯爵の身代金として、それぞれ白金貨80万枚の支払いを王国政府が補償すること。

 一つ、ブルムラシュー侯爵の領地内に在るミスリル鉱山と金鉱山の所有権をアインズ・ウール・ゴウン魔導国に無償譲渡すること。

 一つ、リットン伯爵の身代金として、白金貨50万枚の支払いを王国政府が補償すること。

 一つ、ウロヴァーナ辺境伯の領地内のリ・ウロヴァールを向こう100年間魔導国の租借地とすること。租借期間中は領土主権は王国のものとするが、対人主権は魔導国のものとする。魔導国がウロヴァーナ辺境伯と王国に支払う租借料は年間白金貨1000枚とする。またウロヴァーナ辺境伯については治療費用についても帝国に全額支払うこと。

 一つ、捕虜となった貴族については身代金として、伯爵位であれば白金貨5万枚、子爵位であれば白金貨2万枚、男爵位であれば白金貨5000枚、騎士階級であれば白金貨500枚の支払いを王国政府が補償すること。

 一つ、民兵捕虜4万人超の返還に際し、一人当たり実費以外に白金貨1枚の支払いを王国政府が補償すること。もし返還に応じない場合は帝国において奴隷階級となる旨を王国政府が全王国内に布告すること。

 一つ、今戦争における帝国軍犠牲者の遺族に対し、王国政府は一人当たり白金貨100枚の見舞金を支給し、ランポッサⅢ世の名において遺族各位に謝罪文を添付すること。

 一つ、王国内において、いかなる者も魔法の付与された武器防具及び大型兵器、軍船を所持することを固く禁ずる。これを査察するのは魔導国とする。

 一つ、上記武器防具兵器の製作を生業とし、今後の事業継続を希望する者は魔導国及び租借地内に移住し、許可を得ること。

 一つ、上記武器防具兵器を業務上必要とし、今後の継続使用を希望する者は魔導国及び租借地内に移住し、許可を得ること。

 一つ、王国内の信仰系魔法のみを行使可能な神官を除く魔法詠唱者及び魔法詠唱が可能な者は魔導国に移住すること。これを査察するのは魔導国とする。

 一つ、上記条件の違反者は魔導国に拘束される。

 一つ、リ・エスティーゼ王国国王ランポッサⅢ世は自ら戦争責任を明らかにし、王国内及び周辺諸国に対して身の処し方を広く布告すること。

 講和条件に即した支払いに際しての分割の交渉については帝国及び魔導国に対し、それぞれ項目毎に別途交渉を申し入れること。

 正当な理由なく各項条件を遅滞した場合は遅延損害金として、帝国及び魔導国に対し、200%の違反金を支払うものとする。

 

 全てを読み上げ、目録を各人に配り終えるとロウネは着席した。

 俺は読めないが、ここで提示する条件を考えたのは俺なので問題無い。

 即日成立などという事態も考慮不要なのだから、文字を書く必要もない。

 だから一人で来たのだ。

 

 しかしまあ、盛りも盛ったりの内容だった。

 普通に考えればこんなものを飲めるわけがない。

 内容的には王国の属国化以外のなにものでもないのだ。

 反発必至だし、むしろ王国内の治安は悪化するだろう。

 こちらとしては金銭的な条件を飲ませる為に吹っ掛けただけ……鉱山についてだけは意地でも飲ませるし、ブルムラシュー侯の突出した財力を削る意味では王家としても都合が良いはすのだが……果たして君主であるランポッサⅢ世はどう判断するか?

 

 見ればランポッサⅢ世とレッテンマイア都市長は目を白黒させて、何度も目録を見返している。

 対してジルクニフとロウネは無表情で哀れなランポッサⅢ世を眺めていた。

 異質なのはザナック王子とレエブン侯……この2人にとっては全ての政敵が同時に失脚し、現国王の廃位も確実……未来を約束されたも同然なのだ。王国にとっての金銭的な負担は厳しいが、元々の国力が高い王国であれば無駄と非効率を排していけば現在の竜王国よりははるかにマシな将来像を描ける。大まかな対応策の作成と試算ぐらいは済ませているのだろう。提示された内容に対しては実に落ち着いた表情を見せていた。

 もちろん交渉そのものは2人の腕の見せ所であり、対応するジルクニフは切り取れるだけぶん取るつもりなのは間違いない。

 

「……これでは……あまりな内容ではないか、エル=ニクス殿……?」

 

 重苦しい沈黙を破ったのはランポッサⅢ世だった。

 

「全ての条件を飲む意向とうかがったので、こちらとしては一度蹴られた講和交渉に応じたまで……既に陥落寸前のエ・ランテルなど包囲するだけで放置して、より深く侵攻しても構いませんが……どうするおつもりなのか?」

「一度……蹴られた、ですと?」

 

 ランポッサⅢ世はレッテンマイア都市長を見た。

 見事な肥満体を誇る都市長が肉に埋もれた顔で落胆の表情を見せ、何事かをランポッサⅢ世の耳元で呟いた。

 

「……なんということか……」

 

 どこまでが芝居なのかは判らないが、ランポッサⅢ世はあからさまに周囲に伝わるように悲嘆に暮れた。条件があることを知っていたのだ。仮にも国王が全く知らずに講和会議に臨むことなどあるわけがない。

 すると、ザナックが挙手し、ジルクニフに発言の許可を求めた。

 

「発言の許可を求めます、皇帝陛下」

「許そう、ザナック」

 

 もはや戦勝国と敗戦国で君臣のごとき関係性が会議室内には出来上がっていた。ジルクニフは当然のように呼び捨てにし、ザナックは「陛下」の尊称付きで呼び掛けている。

 

「ありがとうございます、皇帝陛下……まず最初に確認させていただきたいのですが、提示された条件から一部条件の一部分だけを緩和していただければ、少なくとも私としては飲んでも構わないと考えております。この会議は交渉の席であると聞き及んでおります。条件の緩和について交渉することは可能でしょうか?」

 

 ザナックの持って回った言い方にジルクニフはすーっと目を細めた。

 ザナックはレエブン侯をチラリと見る。

 レエブン侯は落ち着いた表情で軽く頷いた。

 

「なんなりと言ってみるが良い、ザナック……ただし承諾するか否かはこちら次第だ」

「では、お言葉に甘えさせていただきます……条件緩和をお願いしたいは複数の条件に渡って網掛けされたものなのですが……要約すれば『我が王国内での魔法の武器防具、大型兵器、軍船の所持』とそれに付随して『使用者の居住』及び『魔法詠唱者の居住』で御座います。製作者については『魔導国及び租借地に移住』で構いません……この条件だけ緩和していただければ、少なくとも私としては他の条件については飲んでも構いません。もちろん王陛下の身の処し方については私の立場では越権行為に当たりますので、私が言及できるものではないと宣言しておきます」

 

 ザナックは一礼し、着席した。

 ジルクニフは一瞬だけ困惑の表情を見せたが、瞬時に表情を戻した。

 チラリとジルクニフが俺を見るも、俺は「基本的に鉱山取得以外の交渉そのものには関わらない」と事前にジルクニフとザナック双方に伝えてあるので、軽い会釈だけで応えた。

 

 ……元々削除する為だけに付け加えたような講和条件の一部だけに絞ってザナックが言及したのが薄気味悪いのだろうが……俺としてもザナックとレエブン侯の狙いが理解し難いのも事実……強いて言えば、所持や居住だけに絞るということは、帝国に「魔導国と王国の取引を公認させる」狙いがあるのだけは確実なのだろうが……取引なんぞは後でどうとでもできると考えないのはかなり考え抜いた結果だろう……にしても捨てるものが大きいような気がしないでもない。いずれ勝算はあるのだろうけど……

 

 ジリジリと時間が流れていく。

 

「……少し時間をいただこう……30分ほど休憩にしようではないか……よろしいかな、ゼブル殿?」

「同意します、皇帝陛下」

 

 ジルクニフは保留を選択し、あえて王国側の参加者を無視した。会議室内で勝手に休憩してくれ、と言うことだろう。

 そのまま俺を誘い、会議室を出る。

 控えの衛兵に控室を確認し、そのままロウネも含めて3人で向かう。

 控室の扉を固く閉じると、途端にジルクニフは大きく息を吐いた。

 すかさずロウネが控室に予め用意してあった茶器と魔法瓶のような魔道具を使って、3人分の茶を淹れた。

 

「率直に話して欲しい、ゼブル殿……ザナックとレエブンの狙いが分かるか?」

 

 着席もせず、ジルクニフが話し始めた。

 俺は勝手に着席し、ロウネの淹れた茶を啜る。

 

「狙いは……魔導国と王国の取引の帝国による公認……それより先の目算はザナックかレエブン侯でないと分かりませんね」

「いや、そこまでは私も理解しているのだ。だが代償が大き過ぎる。ザナックは王国が財政的負担で壊滅するレベルのものを受け入れるつもりだ……この会議でブラフなど愚策だろう。財政的に立て直す算段が無ければ、あのような発言に及ぶわけがない」

「では、逆に考えてみれば良いのですよ……あの程度の賠償金の財政的負担など軽く吹き飛ばす収入源の当てがあるのです」

「収入源……直轄地を譲り、鉱山を譲り、軍港を譲り……それでも揺るがないものか?」

「確信は持てませんが、改革でしょうね……皇帝陛下が皇帝親政による絶対君主制に移行して得たものと同じようなものを、他の競争者が一気に失脚した機会に得ようとしているのかもしれません……諸侯という無駄を排斥できれば巨大な収入源を得るでしょう。国内の軍事的均衡はレエブン侯が圧倒的優位に立っています。レエブン侯の軍事力を背景にザナックは絶対君主制に移行し、その際に有用なツールとして魔導国を利用しようというのでしょう。レエブン侯が臣下代表として辣腕を振るう……まっ、この程度の目算がなければ、あの条件のほとんどを受け入れるなんて、思い切ったことはできません」

「なるほど……その線が強いか……連中がそういうつもりならば、仕掛けている相手は帝国でなく、王国の旧体制か……こちらとしてはそのまま受け入れるのも吝かではないな。この先、国境は接しないのだ」

 

 ジルクニフは目に見えて安堵していた。

 

「帝国は帝国の利だけを考えれば良いと思いますよ……むしろ警戒すべきは俺達かもしれません……王国も早期に軍事経済同盟に批准させた方が安心かもしれませんね……軍事的にはともかく、王都はシュグネウス商会の本拠地だけに浸透工作は容易だ」

「しかし……単に合理と効率を追求するだけで、あれだけの金額を捻出できるものなのか?」

「それはレエブン侯の出方次第なのでしょうが……今回の戦争に関わった全諸侯の身代金を払って名誉回復してやる代償として、可能であれば領地財産を没収するぐらいのことは考えているでしょう。中央集権を推進して、全貴族を宮廷官僚もしくは軍人として当面国費で雇い入れ、働きの悪い者から順次排除する。将来的に王族と平民しか存在しない国家に改革するつまりなのかもしれないし、貴族の概念を名誉的なものに変えるつもりなのかもしれない。要するに領地領民という考えを排除するだけで良いのですよ。先駆者として皇帝陛下が既に実施されていることを見習うだけです」

「……レエブン侯以外の大貴族が全て失脚した今こそが、その絶好のタイミングというわけか……」

「元々の国力は帝国よりも王国の方が上なのです。負けた連中に責任も問いやすい上に、責任を引っ被って戦後処理をしてやるのですから反論も難しい」

「……『黄金』ラナーの考えかもしれんな」

 

 これまでのラナー姫について聞いた青薔薇やクライムと違い、ジルクニフは吐き捨てるように言った。

 

「ラナー姫に含むところでも?」

「……私の嫌いな女ランキング不動の1位だ!」

「凄まじい美女と聞き及んでましたけど?」

「その評価は正しい……だが籠の中の鳥にもかかわらず、常に帝国の動きを看破してくるのだ。今回も宮殿の中から帝国と魔導国の動きを看破し、逆用するつもりなのだろう……あのバケモノにとってその程度のことは容易いのだ。しかも自身が先頭に立つことはなく、笛を吹くわけでもない。おそらく王国の完敗を予測し、ザナックとレエブンに自身の考えを伝えただけだ……ゼブル殿は恐ろしいとは思わんか?……王国の深層の姫君が自国の敗戦を予測し、受け入れるだけでなく、おそらく通じているザナックとレエブンを自身の都合の良いように誘導しているのだ。ほんの少し囁くだけで、な」

「過大評価……でなく確信なのでしょうね?」

「過大評価であるものか!……これまで失敗の為に失敗を繰り返してきたような女だ。自身の特異な能力を秘匿するためだけに、あらゆるものを犠牲にしてきたと言っても過言ではない。目的は知らぬし、理解する気もないが、あの女の行動の薄気味悪さは自身の評価を落とさぬギリギリのラインで常に失敗を繰り返すことに起因している。ほんの少しだけ根回しすれば、提案した数々の政策の中でも有用なものは施行されたはずだ。あの女は綺麗事を並べた理想論に傾いた政策案か、非常に優れた政策案であるにもかかわらず貴族共が反対するが目に見えているものばかり提案するのだ。先程議場でザナックの発言に薄気味悪さを感じた理由は奴の背後にラナーを感じたからだろう。今回は反対する貴族共はいないからな」

 

 態度で戯けながらも言葉を吐き捨てるジルクニフの心情は複雑なのだろう。

 茶を啜り、複雑な表情のまま無理矢理笑顔を俺に向けた。

 

「まっ、そうは言ってもラナー姫自身が権限を持っているわけではないのですよ。皇帝陛下にはとても有用な情報をお聞かせいただきました……警戒さえしていればラナー姫の思惑を封じる方法は非常に簡単です」

「どうするつもりなのだ、ゼブル殿?……殺すか、人質として差し出させて魔導国で軟禁でもするつもりか?」

「そんな無粋なことはしませんよ……簡単な話です。国家の改革よりも自身の能力の秘匿を優先させるような輩なのでしたら、直接会って、話して、希望を聞いて、より良い条件を提示すればこちらに取り込めるはずです。メリットを与える限り、逆に信用できますよ」

「……そんな簡単に……いや、簡単なのだろうな、魔導国にとっては……」

「魔導国云々は関係ありませんよ……まあ、少々強引な理由でも、ラナー姫と一対一の面談を設定することさえできれば転向させることは不可能じゃありませんし、そもそも失敗しても問題が生じることもない。お気楽なもんです」

 

 『黄金』ラナー姫ね……相当な天才とは聞いていたけど、能力はともかく性向的には弱点丸出しだな。まっ、面談自体は青薔薇かクライムくん経由でなんとでもなるだろう……

 

「それじゃ、休憩時間も残り僅かです……会議室に戻りましょう、皇帝陛下」

 

 俺が席を立つとジルクニフとロウネも従った。

 ロウネが先導し、扉を開ける。

 

 さて、ほとんど戦争は終わったな……これからは発展だ!

 

 先を行くジルクニフの向こうに関係国の行末を決める扉が見えた。

 




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