死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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都合で投稿を前倒ししました。


33話 バケモノの皮を被った王と王女の皮を被ったバケモノ

 

 帝国の圧倒的勝利で終結した戦争の講和条約が締結された3ヶ月後……

 

 晩秋を通り越して冬の趣きが見られる王都リ・エスティーゼのヴァランシア宮殿の一室の扉の前で、晴れて宮廷衛士長の職責を得て、身分も一足飛びに騎士階級へと進んだクライムは日課のラナー姫への朝の挨拶を終え、大きく白い息を吐いた。

 冷える両手を擦り合わせながら、さらにもう一度両手に息を吹き掛ける。

 

 王国は激変していた。

 いまだ退位はしていないものの、ランポッサⅢ世は戦後の体制が整った後、敗戦の責任を取って退位することが正式に布告されていた。

 ザナック王子は正式に王太子となり、王国宰相に就任したレエブン侯と共に次期政権の構想を描きつつ、現行法の改正を着々と進めていた。

 エ・ランテル防衛で最後まで孤軍奮闘し、ランポッサⅢ世を支え続けたガゼフ・ストロノーフは新たに専業兵士のみで編成されることとなった王国軍の最高位に当たる将軍となった。彼は一足飛びに子爵位を打診されたものの固辞し、平民のまま将軍位に就いた。ランポッサⅢ世を支え切れなかった自身への戒めと語ったと聞く。

 ガゼフ配下の戦士団は近衛兵団と名を変え、副長を近衛兵団長とし、王の守護に邁進する運びとなっている。

 ガゼフと同じくエ・ランテルで王を支え続けたパナソレイは王都に栄転し、既に財務尚書に就任している。

 敗戦の元凶と目される中、帝国からの帰国を果たしたバルブロとボウロロープ侯の義理の親子は全領地領民と財産のほとんどを失った。一族の男子も強制的に各地の官吏や軍人としてバラバラに配属され、ボウロロープ自身も爵位を伯爵に落とされ、新たに帝国を模倣して専業兵士だけで編成された国軍の南方方面軍の司令として再出発を強いられていた。まだ部下は500人程……ひよっこ兵士ばかりだが、昔取った杵柄で案外楽しく過ごしていると聞く。

 バルブロも財源である鉱山を魔導国に奪われたリ・ブルムラシュールの行政長官としての職を与えられ、家族と共に赴任させられた。

 ウロヴァーナ辺境伯は引退し、領地は魔導国の租借地となった為、王都の片隅で隠居暮らしを始めている。爵位は単なる伯爵となったが長子は宮廷行政官として文官の道を歩み始めた。

 最後まで帝国軍に争ったペスペア侯は爵位こそ侯爵を維持していたが、領地と領民と財産のほとんどを失った。ただし王家の外戚でもあり、宮廷で内務尚書の役職と高給を得ていた。一族も揃って王都に移住し、それぞれが軍人や官吏としての職を得ている。

 バルブロとボウロロープに次ぐ戦犯と目されるリットンは爵位を子爵に落とされ、全領地領民と全ての財産を没収された。そして魔導国の租借地であるリ・ウロヴァールの王国側の行政官という閑職中の閑職に回された。ほぼ全てを失ったリットンだったが、それでもブルムラシューよりはマシ……あれだけ上昇志向の強かったリットンは赴任前に寂しげに周囲に呟いた。

 そうリットンに評されたブルムラシューは帝国が揃いに揃えた内通の証拠に加え、戦時の身の安全を図る為の虚報の流布により王国軍を混乱に陥れた罪により公開処刑か確定し、現在収監されている。王国一の資産家は財産の全てを失い、爵位どころか貴族位すら剥奪され、家族からも見放され、王都の牢獄で刑の執行に怯える日々を過ごしている。

 

 クライムは衛士団詰所に立ち寄る為に通路を歩いていた。

 もはや女官達にも表立ってクライムを揶揄するような者はいない。

 すれ違う誰もがエ・ランテルの武力陥落をギリギリ防いだ英雄に深く頭を下げ、クライムが通り過ぎるまで頭を上げることはなかった。あくまで表面上なのだろうが、文官達もクライムに対して礼を失するようなことはない。

 クライムは英雄なのだ。

 しかし英雄としての扱いに慣れることはない。なにしろ本人の感覚では完全な敗北の中、慌てて援軍を呼びに出ただけである。護衛は考え得る限り最高の陣容であり、道中も一切の不安は感じなかった。

 だがザナックだけでなく、尊敬するガゼフやラナー姫からも説得され、その立場を受け入れていた。

 

 衛士団の詰所……ヴァランシア宮殿の一室の扉を開ける。

 そこには既に幹部クラスの部下が顔を揃えていた。

 戦死した兄達と帝国に吊るされた父に代わり、新たにロキルレン男爵位を継承したイーグは衛士団副士長として着任していた。

 その横で元々はイーグ達に雇われた傭兵だったが、イーグと同じく衛士団副士長に就任したイグヴァルジが笑顔を見せている。

 クライムは彼等こそ真の英雄ではないかと影で称賛していた。イグヴァルジが的確な判断でフィリップ達を導かなければエ・ランテルは陥落し、ランポッサⅢ世もガゼフ・ストロノーフも命を落としていた可能性が高いように思っている。

 その補佐を全うしたイーグも然りだ。

 そしてこの場にいないフィリップは子爵位へと進み、ガゼフ・ストロノーフ将軍の片腕として、王都全体の警備を任されている。兵員を鍛え上げ、数が増えれば行く行くは王都軍の司令に着任する予定だ。

 

「おはようございます、皆さん」

「衛士長閣下はもっと砕けてくだせえよ……俺達がやり難くていけねえ」

 

 イグヴァルジはかつての家格や血統だけが支配していた宮殿内では考えられない口調でクライムを揶揄した。

 その様を見たイーグが溜息を吐き、本日の予定を読み上げる。

 クライム、イーグ、イグヴァルジそれぞれの部下として150人の衛士達が配属されている。150人が50人の分隊を3隊形成し、24時間を8時間3交代制で宮殿の守護を担当している。基本的に勤務はクライム、イーグ、イグヴァルジの中の2隊だけが当番で残りの1隊は非番扱いとなる。50人隊毎に部下の隊長もいた。

 本来ならば今日はクライムは非番なのだが、どうしても毎朝のラナーへの挨拶だけは欠かせないので、結局のところクライムは自主的に年中無休なのだ。

 

 イーグが読み上げた予定の中に気になる一文があった。

 

「……ラナー様と魔導国の使節殿が面会ですか?」

「そうなりますね。本日、この後10時からの予定です」

「魔導国の使節って……表敬訪問ですか?」

「いや、2時間予定なので、それなりにちゃんとした会談だと思われます。たしかに魔導国使節の会談相手となると、姫様は少し不自然ですかね」

「使節の方のお名前は?」

「ゼブル様…………魔導国の副王様です」

 

 イーグがなんとも言えない表情を見せたのは、久方ぶりに真の主人の名を見たからだったが、クライムは王国内に広く蔓延する魔導国に対するアレルギーのようなものと勘違いした。

 

 魔導王は強大なアンデッドを使役する。

 魔導国内は亜人種で溢れ返っている。

 魔導国首都の大将軍は人間でありながら、ミスを犯した部下の亜人の首を片手でねじ切り、溢れた血を飲み干す。

 魔導国は物騒な噂の宝庫だった。

 しかし逆の噂も広く流布している。恐ろしい場所なのに確実に豊か……首都カルネもエ・ランテルも物で溢れ返り、活気に満ちている。労働に対する賃金レベルも群を抜いて高い為、当初は忌み嫌っていた王国人でも移住する者が増えつつあり、移民手続き自体も登録制なので簡単なことが噂になるほどであった。当然流入する人口も多く、他国からの工作員も多く入り込んでいるだろうが魔導国は全てを受け入れていた。

 それが王都周辺の市井の住民に行き着く頃には「魔導国に入国したら二度と出て来られない」という噂になってしまうのである。

 

 クライムはイーグの心情を勘違いしたまま続けた。

 

「魔導国の副王であられるゼブル様とは知り合いのつもりですが、現状お互いの立場がこうなってしまっては馴れ馴れしくもできません……ですが、私の恩人の一人ではありますので、少し挨拶でもしてみましょうか……」

 

 クライムは言い聞かせるようにそう言ったが、本心としては漠とした不安を感じていた。

 

「魔導国の副王ゼブルって言えば、俺にも色々と因縁があるんですぜ」

 

 イグヴァルジが語り出した。

 エ・ランテルの冒険者チーム、通称『3人組』のリーダーとして世に出た瞬間から顔は知っていると言う。そしてイグヴァルジの冒険者チーム『クラルグラ』が引退を決意した切っ掛け……ゴブリン部族連合の虐殺で、単純に歩くだけでゴブリン共が死に絶えると言う技を披露したのもゼブルだと言う。それがなんの因果か竜王国で侯爵なんぞに成り上がり、いつの間にか魔導国の副王になっていた。

 

「……歩くだけで死に絶えるのですか?」

「おうよ……全く理解できねえ技ですぜ。ホントにただ敵中を歩くだけで近寄ってきたゴブリンやらオーガやらがどんどん死んでいくんですわ。それをヤツの仲間のジットって死霊術師がアンデッド化させて……今、ちょっと思い出しただけでも身震いが止まらねえや」

 

 表情は不敵さを保っているもののイグヴァルジは右手首を左手で握り潰しかねない力を込めて押さえているように見えた。

 

 ……ラナー様に接近できる立場の銅級冒険者の武力……

 

 もう遠い昔に感じるが、以前の僅かな邂逅時にゼブルに告げられた言葉の意味が今切実に理解できた。正にこの状況こそがゼブルの言っていたものなのだろう……かと言って、魔導国副王としてのゼブルの訪問を今更どうこうできわけもない。この段階で横槍を入れれば確実に外交問題となってしまう。どれだけ思案を巡らせてもゼブルがラナーに害を為すメリットは無いように思える。

 だがこのまま放置するわけにもいかない。

 ゼブルがその気になるならないの問題でなく、単に歩くだけで……ただそこにいるだけで敵を殺す技の持ち主なのだ。クライムが立ち会ったからといって、あの『青の薔薇』のイビルアイが自分以上の難度と評価するゼブルを止められるはずもないし、隣国の副王が王女を直接殺めることなど考えるだけバカバカしいと理解しているものの、その気になれば簡単に実行できる能力というものは単純に恐ろしかった。

 

「本日、私は非番なので旧知のゼブル様に挨拶をしようと思います」

 

 イーグもイグヴァルジも上司の決定には異論があったが、黙って見送ることにした。クライムのラナーに対する想いを良く理解していたからである。

 

 

 

 

 

 

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「人員は最小限で良いですからね……ピクニックじゃないんですから大人数だと楽しさ半減ですよ」

 

 ゼブルが王都に出発する直前、『転移門』に足を踏み入れる前に言い残した言葉を念頭に魔導王アインズ・ウール・ゴウンはウッキウキでドワーフ国家探索に同行させる人選を進めていた。

 守護者達にはあえて相談も報告もしない。

 事後報告の形にしないと反対が多いことを経験から学んでいた。そうであっても十二分に五月蝿いのだが、その場合は人選が理にかなっていれば「自分も連れて行け」的な文句は消えるので、それを狙っていた。

 

 まず俺とゼブルさんとゼンベル・ググーは必須だなぁ……

 本来この3人で良い気もするが、絶対に通るわけがない。

 護衛も付けないと……アルベド辺りが五月蝿いな。

 さて、どうするか?

 敵の想定は最悪のケースで竜王国でゼブルさんを襲った銀色甲冑の4〜5体ぐらいかなぁ……俺とゼブルさんはともかく、ゼンベルだけは守ってやらないと簡単に死ぬか……どうする?

 強さならシャルティア一択だけど、ナザリックの守護者の前だとゼブルさんが戦闘用のスキルを使い難いか……かと言ってゼブルさんの配下だと高山とか地下の活動ってどうなんだ?……アレなら今は悪魔だし、耐えられるかな?

 既に訓練用の貧弱な武器でも傷さえ付けられる得物あれば68レベルの『精霊髑髏』とサシで互角の勝負をする元人間の女の顔が頭に浮かぶ。アレに普段の装備をさせれば……大抵の敵であれば問題ないだろうが、さすがに守護者クラスと比較すると貧弱だなぁ……

 となれば、アルベドを説得するには最低でも1人は守護者クラスから人選する必要があるか?

 まずアルベドとデミウルゴスは俺達が不在であれば今以上に職務が忙しいだろうから却下。

 パンドラズ・アクターは俺の代役があるから却下……別に他意は無いぞ!

 マーレも激務だしなぁ……休暇代わりに良い気晴らしになるかもだけど、通常業務の代役がいない。

 アウラは適任だけど……連れて行くと探索があまりに楽になり過ぎる。

 セバスは……山男風のセバスも似合う気がするが、ツアレから引き離すのは元非リアの俺がやるべきことではない気がする。

 残るはシャルティアか……コキュートスねぇ……戦力的には凄く頼りになるんだけど、探索向きかと言えば、なーんかピンと来ないんだよなぁ……純粋な護衛ならば有りだとは思うんだけどなぁ……

 

 アインズはカルネの新宮殿の自室の天井を眺めた。ナザリックの自室と比較するとかなり高い。自身で建国宣言と即位式を執り行った広間などはナザリックの玉座の間レベルで天井が高かった。あの時は緊張で実感が無かったが、とにかくこの宮殿は無駄に広い。転移せずに歩き回ると1日で回り切るのは不可能に思えるほどだ。ある意味共生関係にあるとはいえ、これをポンと建設してくれたゼブルには頭が上がらない……ドワーフ国家探索は自身の楽しみでもあるが、せっかくなのでゼブルも楽しませたい。

 

 何か良案はないものか……

 

 何気なく机に放置された未決済の書類の束をめくる。

 文字のような文様のような……何が書いてあるのか、さっぱりだった。

 仕方なく文字が解読できる魔道具のモノクルを取り出し、眺めてみた。

 1枚目は都市長エンリからの要望書……住宅供給が追いつかないので、なんとかして欲しい、と……はいっ、決済……しとけばデミウルゴス辺りがなんとかしてくれる……はず。

 2枚目は馬の牧場からの要望……馬が怯えるのでデス・ナイトの巡回ルートを変更して欲しい、と……これも決済……しとけばデミウルゴス辺りがなんとかしてくれる……はず。

 3枚目以降もいちおう内容は確認したものの、ほぼ自動的に全て決済印を押印していった。決済書類の送り先の95%はデミウルゴスの執務室であり、残りはマーレとアルベドに送る。たとえ外交関連の案件であっても、安直に主に担当するゼブルには送れない。今回の王国案件みたいに予定を差し込まれてはさらに出発が遅れてしまう。

 およそ100に及ぶ未決済書類の最後の一枚……エ・ランテルの冒険者組合からの要望書。組合長プルトン・アインザックの署名があった。書類に数字はなく、代わりにかなりの長文が記されている。

 

 えーっと、冒険者組合の今後の在り方について、魔導王陛下にお話ししたい義が御座います、と……なになに、つきましては一度お話しさせていただける機会をいただけないでしょうか、と……昨今の人口流入による依頼増に対して冒険者そのものは不足しておりますが、冒険者の食い扶持である討伐対象のモンスターが魔導国の衛兵隊によって駆逐されてしまうか、魔導王陛下の配下に加わる事態が続いております。またモンスターを討伐して良いのかも判断できないとのクレームも頻発しております。その結果として下級の冒険者達が冒険者として食えなくなっております、と……ふむふむ、冒険者を廃業する者達も現れ始め、冒険者の絶対数不足は将来的な課題となりつつもあります。一時的な予算措置では将来的な見通しも立ちません。どうか英明たる魔導王陛下及び、その臣下のお歴々に良い知恵を拝借できればと考えております、と……

 

 もはや手紙だな、これじゃ……実際手紙扱いだから、今日の未決済書類の中でも優先順位は最下位だったのだろう。

 

 にしても、そんな事態になっていたのか……しばらく冒険者活動を休んでいたから知らなかったな……パンドラやナーベが人間、しかも等級の低い冒険者達の食い扶持の問題を逐一報告するはずもないか……

 

 今日の仕事はこれで終わったし、ゼブルさんも王都に出張しているから、この冒険者組合案件ぐらいは自分で片付けてみるか……暇だし。

 

 アインズはそう思い立ち、ナザリックの第六階層の闘技場で武技の実験兼訓練で待っているティーヌとブレイン・アングラウスに今日の訓練中止を伝えるようにお付きのメイドに申し付けた。

 そのまま「ちょっとエ・ランテルに行ってくる」と言い残して、次の瞬間には転移してしまった。

 本日のアインズ様当番であったリュミエールは慌てて叫んだが、時既に遅しであった。

 

 

 

 

 

 

 

 転移先専用としている貴賓館の一室から唐突に魔導王が単独で現れ、当日の当番衛兵であったエンリの召喚ゴブリンの一隊は慌てに慌てていた。わらわらと走り回るも、魔導王の来訪理由が分からず、惨めに駆け回るだけ。魔導王にしても全ての召喚ゴブリンに名付け、その違いを記憶しているエンリのような特技は持ち合わせておらず、単純に「構わなくて良い」と言い放ち、さっさと出て行ってしまった。

 放心する召喚ゴブリン達を尻目にアインズは見慣れたエ・ランテルの街中を迷いなく歩く。

 

 嫉妬マスクにガントレット姿の魔導王が単独で街を闊歩する。

 

 エ・ランテルの街のどよめきは瞬く間に途轍も無い大きさに膨れ上がった。

 都市内を担当する召喚ゴブリンの衛兵達が急拵えの警戒線を敷き、魔導王の進路を確保していた。人も亜人も入り混じった人垣がゴブリン達に抑えられている。彼等の視線の先には魔導王……この国の絶対支配者が在った。

 

 アインズは迷いなく進み、冒険者組合の建物の前で立ち止まった。

 

 入口から出てきた冒険者チームが大きく仰反る。

 

「……魔導王……陛下?」

 

 嫉妬マスクが小首を傾げる。

 

「お前達は……そうだ!……たしか『漆黒の剣』とか言ったな?」

 

 アインズは彼等の胸の金級プレートを確認した。

 

「そうか……昇級したのか。おめでとう、と言っておこう」

 

 『漆黒の剣』の面々は誰も言葉を発せなかった。

 無反応の彼等にも鷹揚に手を振ると、アインズは冒険者ギルドの中に入ろうとした。

 

「おっ、お待ち下さい、魔導王陛下!」

 

 ……んっ?

 

 アインズが振り返るといかにも好青年の戦士が跪き、深く首を垂れていた。

 

「どうした……えーっと、お前はたしかペテル……ペテル・モークだな?」

「たしかにペテルと申します、魔導王陛下!」

 

 ペテルは頭を上げ、いたく感動した面持ちでアインズを見上げた。

 

「たしかも何もお前はペテルだ。そっちの優男は……ルクルットで、魔法詠唱者の2人はニニャと……もっさりしたお前は何といったかな……うーん……語尾に特徴あったような気がする……何と申したかな……そうだ!……お前はダインだろう?……間違っておるまい?」

 

 残りの3人はペテルの背後に跪き、目を白黒させている。

 ペテルは感涙に咽び泣く勢いで続けた。

 

「はい!……感動しました、魔導王陛下……ミスリル以上の冒険者の方々ならまだしも、しがない金級冒険者チームを覚えていていただけるとは……モンスター討伐の仕事が激減する中、エ・ランテルの組合に残留して、今日ほど良かったと思ったことは御座いません!……これからも魔導王陛下と魔導国の為、エ・ランテル住民の為に頑張って行こうと誓います!」

「そっ、そうか……では、民の為に頑張るが良い。私は組合長に用があるのでな……先を急ぐ」

 

 ……なんで旧知の者にまで感動されなきゃならんのだ。

 

 アインズの良い方向に誤解され体質は天性のもかもしれなかった。

 

 入口を潜ると建物内が静まり返った。

 時々「痛え!」だとか「ふざけんな、てめえ!」と聞こえるのは、慌てて跪くか、呆然と立ち尽くすかの2択から外れた冒険者達を近くの者が殴り倒して黙らせたからだ。

 跪く冒険者達の中を悠々と進む。

 冒険者組合の窓口に直進し、馴染みの受付嬢が口をあんぐりと開けたままこちらを見上げて固まっているのを見て、少しイラついた。

 

「……組合長に用があるのだが?」

「ひゃっ……ひゃい?」

「組合長のプルトン・アインザックが私に要望書を送り付けてきたのだ。それについて話し合う為にやって来た。組合長はいるのか?」

「しょっ、少々お待ちください……組合長に今日の予定を全てキャンセルさせます!……私の一命に代えましても!」

 

 受付嬢はスカートを思い切りたくし上げ、ものすごい勢いで階段を駆け上がっていった。

 

 アインズはホッと息を吐き……あくまでも心情的なものだが……改めて周囲を見回した。

 跪く冒険者達に依頼者達に職員達……彼等との間に冒険者組合を囲んだ衛兵ゴブリンの中の一小隊が雪崩込んで、人垣ならぬゴブリン垣を形成している。その向こうからチラチラと視線を感じる。皆、魔導王の姿を見たいのだ。

 

 ……誰もがアインズがアンデッドだと知った上で跪いている。信じる信じないはともかく今月中旬に出した布告で、たしかに「私はアンデッドである」と宣言したはずなのに……デミウルゴスやアルベドは即位前から「秘密は弱味になるから無くすべきだ」と主張していたけど、やはりゼブルさんの主張を採用して良かった。やっぱりこういう人心が絡むようなところは圧倒的に抜け目無いんだよなぁ。

 

「どのみち魔導国の国民や同盟国は豊かにする予定なんだから、圧倒的な豊かさを嫌と言うほど経験させてから告白する形にした方が良い」

 

 こうして街を1人で歩き回ることも可能になり、神殿だって決して良い顔はしないが、絶対に嫌な顔はしない。これまでにない高レベルな経済状況を与えているのは魔導王……国民の半分以上がその認識に至れば、自分達の支配者が人間だろうがアンデッドだろうが関係ない。より良い生活を提供してくれる者を支持するに決まっている。

 ゼブルの言う通り、今のところ国内はもとより帝国からも竜王国からもビーストマン国家からも小さな反発すらない。

 

「アンデッドである事実を告白するのは構わないが、基本的に民衆の前に姿を見せる際には絶対に仮面とガントレットは着用すること……弱味を無くすのは良いが、こちらから積極的に嫌われる必要もない。せっかく敗戦や戦死者遺族の恨みを帝国が引き受けてくれたのに、こちらから必要以上に嫌われる要素を提供するのは愚策でしょう。どうしても本当の姿を見せたければ、見せる前に今以上の経済環境を作り上げて下さいね……そうでなければ周辺諸国を含めて安定してから4〜5年は待ちましょう。国民にとっては善政とは良い経済状況と同義です。それさえできていれば大抵のことは目を瞑ります」

 

 たしかにゼブルの言う通りだった。仮面とガントレットを着用していると誰もが恐れることなく魔導王の姿を一眼見ようと人垣を作る。

 間違いなく、魔導王人気の証だ。

 

「建国当初は移民希望者を漏れなく受け入れること。潜在的な敵の工作員も相当紛れ込むでしょうが、現地勢でアインズさんを一撃で打倒する可能性があるようなヤツが突然紛れ込めるはずはない。ドラゴンロードレベルの敵ならば諜報特化の僕が直ぐに探知できるでしょ?……ならば工作員に魔導国の経済的な優位性を喧伝してもらった方が潜在的な敵は潜在的な敵のままで済みます。仮にプレイヤーが紛れ込んでも俺達と協調するのが良いのか、敵対するのが正しいのか……経済的豊かな魔導国の在り方を見れば一目瞭然なんですから自信を持ちましょう。それすら理解できないようなクソ餓鬼レベルの頭脳しか持たないプレイヤーならば殺してしまった方が将来に禍根を残しません」

 

 ほぼ全ての面でゼブルの言う通りだと実感していた。

 たしかに工作員らしき存在は多数入り込んでいる。

 法国や評議国や王国は当然としても、帝国や竜王国からもそれらしき人物が入り込み、逆に魔導国からマークされている。しかし彼等は専ら情報収集に勤しむのみで破壊工作や浸透工作などに走ることはなかった。つまりゼブルの言う通り魔導国の経済的な豊かさをわざわざ本国に報告してくれているのだ。こちらからプロパガンダを仕掛けるよりも真実味があるし、費用も掛からない。

 

 周辺諸国を完全に圧倒する好景気の中で取り残された冒険者組合……別に仕事が減ったわけではなく、その中でも雑魚モンスター狩り専門で食い繋いでいたような冒険者がピンチだと言う。つまり若手だ……廃業する者も出てきたらしい。たしかに報奨金は王国水準の2倍に設定したが、狩るモンスターが魔導国の国民であった場合には逆に犯罪者となってしまう。そうでなくともデス・ナイト部隊の定期巡回を掻い潜って生き残ったようなヤツは現地出身の若手冒険者には厳しい相手だろう……この状態を放置すればたしかに冒険者達に未来は無さそうだ。

 

 上階からバタバタと足音が響く。

 

 3段飛ばしで階段を一気に駆け降りてきた冒険者組合長プルトン・アインザックはアインズの前で見事なスライディング土下座を披露した。

 

 

 

 

 

 

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 底冷えする通路で待つこと30分……午前10時直前にゼブルはクライムの前に姿を現した。イーグの部下である衛士2人に先導され、悠々とヴァランシア宮殿の通路を歩いてきた。

 

「ゼブル様!」

 

 別に隠れていたわけではないが、冷気避けに柱の陰に入って、外套を被っていたのでクライムが飛び出し、立ち塞がったような形になる。

 ゼブルは一瞬訝しげな表情を見せたが、クライムを確認した途端、クライムの記憶に残る整い過ぎて冷たく感じる笑顔を見せた。

 クライムは内心も物理的にもホッと息を吐いた。

 このゼブルの様子ならばラナー様に害を為すような真似はしない……そう確信できたのだ。

 

「……クライム君か!……久しぶりだな。なんでも出世して衛士長になったとか?」

「過大評価だとは思いますが、ありがたいことに以前ゼブル様に言われた通りの役職に就くことが叶いました」

「王国の帝国化か……まあ、クライム君のような忠臣には都合の良い変化だろうね……とりあえず、おめでとう、と言わせてもらうよ」

「ありがとうございます……ところで本日はこの後にラナー様と会談と聞き及んておりますが?」

「順番の問題だね……昼食会はザナック殿下と……晩餐会の後の打ち合わせはさらに宰相閣下を交えて、と決まっているから順序的にはおかしいと思うがラナー姫とお会いするタイミングを前倒しするしかなかった。昼食会と晩餐会の間にはシュグネウスと会うことも決まっている。明朝にはカルネに帰還する予定だから……まあ、噂に名高いラナー様とおしゃべりしてくるよ」

「どっ、どのような噂でしょうか?」

 

 クライムは無礼を自覚しながらも問い返さずにいられなかった。

 密かに思慕するラナー様の政略結婚の相手としては、国外では美男子と名高いバハルス帝国皇帝が盛んに噂されていたが、最近の王国と魔導国との接近を考えると、このゼブルも有力な対象に思えた。現在の王国では能力主義が標榜され、血統は問題でないと盛んに喧伝されている。だから兵士志願者も多く、学さえ有れば来年からは平民が宮廷官吏の登用試験を受験することが可能になったのだ。だからこそクライム同様血統的にはどこの馬の骨とも知れないとされる魔導国副王は独身であり、莫大な私財を持ち、強大な権力と武力を持つとされている以上、あえて血統的に疑義の残る選択をザナック周辺は選択するように感じられた。

 

「凄く優秀な頭脳をお持ちな上に、可憐な絶世の美女……とジルクニフなどからは聞き及んているけど……まあ、興味本位だよ。俺の興味はどちらかと言えば頭脳の方かな……だから、ザナック殿下に頼み込んでどれほどのものか確認させてもらうのさ」

 

 頭脳……少し奇妙な言い回しに感じた。だがそれがどうおかしいのかまでは分からない。

 

「ゼブル様……お時間を取らせ、申し訳ありませんでした。少し定刻を過ぎさせてしいました。私の方からラナー様に謝罪をさせていただきます」

 

 ここまでは狙い通り……クライムは慣れない搦め手にヒヤヒヤしていたが、ホッと胸を撫で下ろそうと……した。

 

「いや、それには及ばないよ……これ以上の時間のロスが惜しい。俺にはあまりスケジュール的な余裕が無いからね」

 

 ゼブルに完全に断られてはクライムとしても会談直前にラナーの部屋に侵入する術が無い。一目安全を確認したかったが……

 

 ゼブルが消えたラナーの部屋の前にはゼブルを先導してきた2人の衛士と本来の当番である衛士2人が何やら話し込んでいた。おそらく引継ぎなのだろうが……クライムは歯噛みしながら引き下がるしかなかった。

 

 深々と冷える通路でクライムは呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 通路で立ち尽くすクライムとは対照的に、ラナー姫の支配する小さな一室は心地良い暖かさに包まれていた。

 小さなテーブルに腰掛けていた10代にしか見えない、前評判以上に凄まじい美女が立ち上がり、深く頭を下げた。

 

「初めてお目にかかりますわ、ゼブル様……ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフで御座います」

「これはご丁寧にどうも、ラナー様……ゼブルと申します。生まれが下賤なので正式な挨拶は苦手なもので……まっ、砕けた感じでお願いします」

 

 ラナー姫は艶やかに笑い、俺を小さなテーブルの対面の席に掛けるように勧めた。そして自ら茶を淹れる。

 俺が着席するとティーカップを差し出しながら、話し始めた。

 他愛もない挨拶から始まり、クライム君の活躍や近況などを熱心に力説している様は実に年頃の女の子だが……時折見せる観察眼は俺の思惑をどう探ってやろうかと思案しているように感じる。

 

 じゃ、まあ……口火は訪問者が切るとするか。

 

「ところで話は変わりますが、ラナー様のお望みってなんですか?」

 

 単刀直入……直球勝負……ジルクニフの言葉から感じたのは自国を売っても自身の利益さえ守れれば構わないという売国奴の姿だ。可憐な見た目からは想像もできないが、本人を目の前にしない印象が正しければ精神的にはバケモノじみているはず……さらに青薔薇を含む周辺の評価は頭脳明晰で間違いないのだろうから、そんなものと同じ土俵で戦おうなどという試みは愚行以外の何ものでもない。精神性が理解できないのだから、俺の土俵においでいただくのが正しい対処だろう。そうでなければ、少なくとも俺にとっては延々と上っ面の会話を重ねるだけに終わってしまう。

 

 ラナーは小首を傾げた。

 

「……望みですか?」

「そう望みです。俺の周囲の評価が正しければ、ラナー様は極めて優秀にもかかわらず、ご自身で提案された優れた政策案にあえて状況を作らず多数派工作もしないと聞き及んでおります。だから採用された政策案が優れた内容に対して極めて少ない、と……」

「買い被りですわ、ゼブル様……私は何の力も持っておりません」

「その自覚があるのに政策案は提出される……力を持たないと仰るが、力を持つ方とは近しい関係にある。にもかかわらず、政策が採用されようがされまいが構わないというスタンスは保っている……俺にはラナー様があえてそのように動いているとしか考えられません……今日、ザナック殿下との昼食会前に無理矢理ラナー様との一対一の会談を捻じ込んだ理由はその点に大いに興味を持ったからです」

「……私は籠の中の鳥ですよ」

「そう見せている……少なくとも魔導国の俺の周囲はそう考えています」

 

 フフッとラナーは小さく笑い、ほんの少し表情を崩した。

 可憐な美少女の仮面が一変し、そこには極めて理知的な表情があった……だがこの顔も本物とは思えない。少なくとも売国奴の顔ではない……まだまだ俺の土俵にまで降りてくれるつもりはないようだ。なかなか手強い。

 

「……魔導国も一枚岩でないのですね」

「当然ですね……中央集権を成功させた帝国も、宗教国家である法国も最終的なところはともかく過程の段階では一枚岩ではないのです。まして多重族共生を標榜する魔導国が一枚岩であるはずがありません……ですが、ラナー様の仰りたいことはそういう上っ面の話ではない……違いますか?」

「違いませんよ」

 

 つまり俺以外にも魔導国からアプローチがある……そう言いたいわけだ。魔導国の面々でそんなことを考えるのは……かなり人物が絞り易い。ただこの会話に乗せられると、俺の目的があやふやになる。用心しないと拙い。

 まっ、簡単に考えればアルベドもしくはデミウルゴスだ。あるいはその両方で俺をパージしているか、俺が加入する以前の魔導国でなくナザリックの話か……いずれにしても行動範囲を考えれば窓口の本線はデミウルゴスだろう。

 

「では魔導国の体制はご存知ですか?」

「詳しくは存じませんが、ゼブル様の行動から推測はできます。元々は魔導王陛下を頂点とした帝国以上の中央集権組織だったところに、ゼブル様の分派が加わった……私が『青の薔薇』やクライムから聞き及んでいた以前のゼブル様の印象から推測すると、魔導王陛下がゼブル様を招き入れた印象ですわ。ですので魔導国は少し歪な体制で運営されている感じなのですかね……呼称は別にして絶対的な頂点が2人……魔導王陛下とゼブル様……お二人は非常に親密な関係を築いてらっしゃいますが、元々の魔導王陛下の高位の臣下の中にはゼブル様の存在を面白くないと思う者もいる……そんな感じだと思っています」

 

 ラナーは自身の能力については隠す気が失せたようだ。

 百聞は一見に如かずを簡単にぶち壊して、あえて俺に見せた。

 つまりそれなりの信用は得たのか?……それともこの程度で満足して帰れということか?

 

「俺のラナー様へのこのアプローチだけでそこまで思い至りましたか?」

「お兄様や宰相の話も聞き及んでおりますので、そこまで難しい推測ではありませんわ」

 

 ラナーが話を区切るように茶を淹れ直した。

 そして俺を見て、さらに表情を変えた。

 それでも売国奴の顔ではなく、単に狡猾さが加わっただけだった。

 

 譲歩……なのか?

 

「私からも質問してよろしいでしょうか?」

「構いませんよ……その為に来たのですから」

 

 ラナーは冷たく笑う。

 俺も笑い返す……どこまで見せてくれるのか……楽しみな反面、クライム君の忠誠心や想いを知るだけに少し怖くもある。

 

 ……まっ、黙っていれば問題無いでしょ!

 

「……ゼブル様は私に何をお望みですか?」

「しょーじきに言えば、何もしないことです。もちろん政治的に、ですけど」

 

 ラナーの表情に深みが増す……俺の回答に満足したのか?

 

「どうしてその答えに至ったのですか?」

「ザナック殿下とレエブン侯の行動です……ジルクニフの意見も受けての話ではありますが、実際に国の舵取りをする彼等が講和会議で現状では財政破綻が確定しているような厳しい条件を受け入れた……当然、それでも利を得る自信があるからに違いありません。そこまでは良いが、誰が彼等に入れ知恵したのか?……実際に権力を振るう者がドラスティックな改革を志向できたのは、それなりの理由があるからです。実務と机上の空論は違います。失敗すれば財政破綻。しかし彼等は机上論に全額賭けた……厳しい政治闘争の中を生き抜いてきた彼等が全面的に信用できるぐらいの絵を描いた奴がいると思うのは普通でしょ?……その最有力候補がラナー様なのですよ」

「国の為に最善の提案をする……それはおかしなことでしょうか?」

「……それがラナー様でなければ……」

 

 ラナーは満足げに笑うと、唐突に俯いた。

 そのまま可憐な声で続ける。

 

「最後にこれだけは確認します……私はゼブル様のお眼鏡に叶った……そう考えてよろしいのですね?」

「……想像以上です。以前、お茶会に誘われた時にお邪魔すれば良かったと後悔したぐらいですよ」

 

 ラナーが顔を上げた……虚無と憎悪……題名を付けるならばそんな言葉が相応しい。何もかも憎み、全てを捨て去った顔が俺の目に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 プルトン・アインザックはカチカチに緊張していた。

 たしかに自分が望んだ会談だ。

 陳情したい事は山程ある。

 加えて密室に正体不明のアンデッドと2人きり。

 そのアンデッドは国民から人気を博している。何よりも豊かな経済環境を国民に与え、厳格な取り締まりと公正な法執行を実施していた。人間や亜人、さらにモンスターにすらも希望すれば国民としての権利を与え、種族や性別や年齢や富裕による区別なく、公平な施政を行なっている。

 建国当初は連日のように複数回の公開処刑があった。

 国民登録した食人モンスターや亜人種が公開裁判の末、即日公開で死刑執行されるという徹底ぶりだった。大量の理知的で愛想の良いゴブリンの衛兵団の戦闘能力は強大で、彼等の手に余るようなモンスターは魔導国のプレアデスと名乗るのメイド服を着た美女集団が拘束して回っていた。

 善良な国民は安心して豊かな生活を享受し、善良な国民を装った悪党や性根の腐ったモンスターは死を与えられる。プルトンが見た中では人間を襲った妖巨人が強酸で満たされた大壺の中に落とされた処刑など、思わず目と耳を覆いたくなるようなものまであったが、魔導国の徹底した種族を問わない法執行に安心もしたものだった。そして多種族共生を標榜する魔導国から逃げ出そうとしたのを思い止まった自分の判断に密かに褒め称えた。

 

 その厳格な法執行の最高権威を目の前にして、緊張しないわけがないのだ。

 

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンはガントレットに覆われた右手でポンと膝を叩いた。

 

「そう緊張ばかりしていては一向に話が進まんではないか、組合長……まあ、今日は私も暇だから構わないと言えば構わないが……そろそろ私に陳情したい案件を聞かせてくれないかね」

 

 掌が汗ばむ……喉がカラカラだが、魔導王の前に無く、自分の前だけにあるティーカップに手を伸ばすのが躊躇われた。

 

「茶は遠慮なく飲むが良い、組合長……私は飲めぬが、茶が喉を潤し、精神を落ち着ける効果が持つことは知っている。私に遠慮する必要などないぞ」

 

 魔導王に促され、プルトンはティーカップを派手に鳴らしながら、やや冷めたお茶を一気に飲み干した。

 

「お気遣いありがとうございます、陛下」

「なに、私もかつては人間だったからな」

「そっ、そうなのですか!」

「そうだ……だから人間がどのような時にどのようなモノを欲するかは、かなりうろ覚えだが、記憶の奥底には眠っているぞ」

 

 奇妙な仮面越しだが、魔導王が冗談を言っているような気がした。あるいはこちらの緊張を解そうと、気を配っているのかもしれない。

 そう思うとプルトンの心も解れ始めた。

 

「して、若手の冒険者の経済状況が悪化しているらしいな」

 

 プルトンの頭が回りだしたところで、この斬り込み……やはり魔導王陛下は只者ではない……己も気を引き締め、冒険者組合の将来的な問題を魔導王に語り尽くさねばならない。

 

「その通りです、陛下……陛下のご厚情により、モンスター討伐の報酬を王国の2倍にしていただきましたが、そもそも討伐自体が難しくなり、自由に依頼を受けられない銀級以下の者や若手に困窮する者が続出しております。まして陛下の施政により魔導国は周辺諸国とは比較ならない経済的好環境ですので、冒険者を廃業する者も増加傾向の一途でございます。人口流入により依頼は倍増しておりますが、このまま放置しては3〜4年後の冒険者組合は冒険者不足が深刻化し、10年後には依頼を処理どころか受けるのも難しい状況になると予測されます……エ・ランテルの庁舎で担当官様に相談ところ、魔導王陛下に陳情した方が良いと助言された次第でして……」

「……なるほどな……して、組合長としてはどのようにしたいのだ?……私も腹案はあるが、披露するのは組合長の意見を聞いてからにしよう」

 

 魔導王は会話を楽しんでいるようだった。

 プルトンは再び窮地に陥っていた……どうして欲しい、と言われても……解決策が思い付かないから英明と噂される魔導王の知恵を借りようとしたのだ。

 だが明らかに上機嫌な魔導王の気分を損ねるわけにはいかない。

 自身の腹案を披露しないわけにはいかなかった。

 どのみち魔導王の腹案とやらを採用するつもりなのだ……ままよっ!……と気合を入れ、自身の拙い腹案を披露した。

 

「……わっ……私共としては……こういった案が魔導国の施政方針に合致するものか、甚だ疑問なのですが……ある程度までの……銀級とは言いませんが鉄級ぐらいのまでの冒険者には、冒険者見習いとして生活保証金のようなものを給付して、育成する期間を設けることが可能であれば……とは思いますが、予算的に厳しいとは思っております」

 

 ふむ……と呟き、魔導王は腕を組んだ。

 

「組合長に質問だ……一般的な冒険者がモンスター討伐以外の依頼の報酬だけで生活可能になるのはどの等級ぐらいからなのだ?」

「討伐を一切しないとなると、やはり最低でも白金級……いや、ミスリル級にならないと難しいかもしれません」

「となると、現在の状況で依頼を請け負う冒険者稼業一本で楽に生活可能な者はかなり限られているのが実態か?」

「左様でございます……アダマンタイト級の『漆黒』は別格にしても、ミスリルの3チームに加えて一部の白金級といったところでしょうか」

「では、こうしようではないか……我が魔導国の冒険者を名乗れる者はミスリル級以上に限定しよう。それ以下の等級は魔導国においては冒険者見習いとして、国家事業としてミスリル級まで育成しようではないか?……ついてはアインザック組合長には広報や育成方法に関して事業計画を立案して欲しい。予算措置はこちらに任せてもらおう……冒険者をモンスター専門の傭兵から、子供達が憧れる職業に変えようではないか!……未知を既知にする素晴らしい職業となれば、冒険者の社会的地位も向上し、いずれは彼等に依頼するのは高額で当然という社会的認知も醸成されよう……組合長の案に私の考えを上乗せしたプランだが、どうだ?」

「冒険者を統括する私の立場としては素晴らしい案で御座います、陛下……しかし……」

「なんだ?……思うところがあるのならば、率直に申せ」

「まず育成期間中の生活費についてですが……」

 

 魔導王が食い気味にプルトンの発言を挙手で制した……かなり明確なプランが出来上がっているらしいと感じる。さすがは魔導王陛下……とプルトンは密かに称賛した。

 

「もちろん見習いであろうと達成可能で命に危険が及ぶ可能性の低い依頼は引き受けてもらう。その判断基準は組合長が作成してくれ。育成課程の強制的な課題としても良いな。報酬は全額国庫に納めてもらうが、それ以上に訓練に必要な環境や装備に消耗品はこちらで給付しよう。低級の者は寮も用意する。生活費も余裕は持たせられないが食費を賄える分ぐらいはこちらで用意しよう……給付金額も昇級に比例して上昇させれば、冒険者見習い達のやる気も醸成できるのではないか?……期限も無期限というわけにはいかないな……厳しめの設定をクリアできる存在でなければ、子供達の憧れの存在にはなれぬだろう……その設定も組合長を中心に厳しいものを考えてくれ……愚か者や怠け者に職業訓練制度に寄生されては全体の足を引っ張ってしまうぞ……他にはあるか?」

「種族については現状では人間種のみが登録していますが、今後は魔導国の掲げる多種族共生の則れば、全てを受け入れるのでしょうか?」

「基本的にはそうだ……だが意思疎通のできぬ者は無理だろう。さらに加えれば我々は冒険者を憧れの職業にするのだ。最初は街のごろつきでも構わぬが、教育により最低限の品性を得られぬ者は排除すべきだろうな。つまり国家として育成する以上、犯罪者予備軍を鍛え上げるような真似はできぬ」

「間口は広げても、選考過程は厳しく……と言うことでしょうか?」

「その通りだ、組合長……最終的には国家からの依頼を任せるような存在にしたい、と私は考えている」

「冒険者は政治とは無縁とされている不文律を変えると申されますか?」

「いや、スタンスは現状で良い……我が国は密偵などの人材は豊富だ。戦力についても他国を圧倒している。いまさら組織として動けぬ冒険者を戦力に加えようなどとは思わん。私が欲しているのはもっと名誉を伴うものだ……例えばアゼルリシア山脈の正確な地図を作る……アベリオン丘陵に住む亜人種の分布を調査する……それが世に知れるだけで世界は少し変わるのだ。その担い手を育てたい……もちろん報酬も莫大なものを用意しよう……私の理想とする最高位冒険者とは公務として世界中を調査し、国家国民に知らしめ、世界の発展に貢献する者だ……どうだ組合長、なかなか魅力的な職業だとは思わんか?」

 

 楽しげに語る魔導王を見て、プルトンはそのうつわの大きさに感服した。見据えている先がプルトンよりもはるか遠く、恐ろしく広い……たとえアンデッドであっても従うに足る人物だった。

 

 その魔導王がポンと膝を打った。

 

「ところで組合長」

「なんで御座いましょう?」

「……一つ頼みがあるのだが、聞いてくれるか?」

「何なりとお申し付けください」

「試しに私が最高難度の依頼を発注する……『漆黒』以外の我が国の冒険者の中で受注できる者に心当たりはあるか?」

 

 プルトンは首を捻り、『天狼』や『虹』そして最近ミスリルに昇級した『豪剣』に至るまで戦力や能力を比較するも、やはり『漆黒』は飛び抜けていた。彼等に匹敵するような冒険者チームとなると……可能性だけならば1チームだけ思い付いたが、彼等のリーダーは現在の魔導国の支配者だった。

 

「……1チームだけ可能性がありますが、冒険者登録はされているものの、現在活動はしていません」

「ほう……誰だ?」

「チーム名は御座いません……彼等のリーダーは魔導国副王ゼブル様です」

 

 魔導王は満足げに頷いた。

 

「では、私から依頼を発注する……実を言うとな……私は副王に休暇を与えたいのだが、いかんせん彼は多忙でな……こういった無理矢理な措置でもせぬ限り、なかなか骨休めすらできんのだ……で、頼みと言うのは、この最高難度の依頼を指名でない形で副王のチームと『漆黒』が共同で請け負えるように取り計らって欲しいのだ。間違っても副王の身に害が及んではならんからな。それにサプライズにしたいので私の名は伏せて欲しい」

「承知いたしました。ゼブル様のチームメイトの1人が現在エ・ランテルのシュグネウス商会に身を寄せているのを存じておりますので、試しに彼を頼ってみましょう」

「よろしく頼んだぞ、組合長」

 

 プルトンは魔導王の差し出したガントレットを両手で強く握り返した。

 




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