死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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新年あけましておめでとうございます。


34話 立場が厄介事を生むんです

 

 魔導王との面談より10日後……布告より1週間……エ・ランテル外周部に学舎に寮に講堂に道場に事務所と次々に建設され、あっという間に形は出来上がり、本日、アインズ・ウール・ゴウン魔導国エ・ランテル冒険者育成所が開所の運びとなった。

 

 組合長兼所長であるプルトン・アインザックは感無量の面持ちで壇上から講堂に居並ぶ白金級以下の冒険者見習い達を睥睨していた。

 魔導王陛下の挨拶と祝辞が終わり、プルトンは嗚咽を堪えながら、壇上に立った。何を言ったのか……事前に準備した挨拶文を読み上げたのだけは覚えているが、アドリブ部分は完全に記憶が飛んでいる。

 気付いたら再び着席していた。

 前を向けば最高顧問兼特別講師である『漆黒』のモモンが壇上に立ち、派手なパフォーマンスで冒険者見習い達を魅了していた。

 

 式典のスケジュールそのものは淡々と進み、感慨に浸る間も無く、今現在は初講義が行われている……この後、職種毎に各施設に別れ、最初の実地訓練が行われるのだ。それを視察した後、組合に戻る予定になっていた。

 デスクに座り、等級毎の訓練生名簿を眺める。

 白金級は問題無いだろう……彼等は既に多くの実績を積み重ね、実力的にも局所的にはミスリル級を凌駕することさえある。

 問題は金級〜鉄級がどれだけ生き残れるか……そして新規参入を含む、銅級の面々のレベルだ。正に玉石混交……未来のアダマンタイト級から長年銅級に留まる者まで……そのほとんどが脱落するに違いない。

 金級〜銅級を振るいに掛ける必要があるが厳しすぎると脱落者だらけになってしまう。かと言って、厳しくしなければ来年には死者に仲間入りしてしまうだろう。

 アンデッドなのに慈悲深い魔導王陛下はそれを望まない。

 だからこそ施設も装備も備品も人材も揃えてくれたのだ。

 帝国の魔法省から第四位階を行使できる魔力系魔法詠唱者を講師として招聘した。神殿からは信仰系魔法詠唱者の招聘も交渉中であるし、第五位階の使い手として高名な王国のアダマンタイト級冒険者『青の薔薇』のリーダーを臨時講師として呼ぶ事も企画していると言う。剣術の特別講師はあのブレイン・アングラウスに加え、帝国では剣の天才として名高いエルヤー・ウズルスも着任していた。竜王国の『クリスタル・ティア』や『豪炎紅蓮』も招聘交渉中と聞く。それ以外にも各武器やスキルや職能毎に優秀な人材を講師として招く具体的なプランの説明があった。

 さらに昇級試験の会場として、地下六階層に及ぶ人口ダンジョンも建設済みだ。各階をクリアする毎に昇級させる仕組みらしいが、まだ実際のレベルに合わせた調整がされていないので、5日後に稼働させる予定らしい。

 

 名簿を等級毎に上から下まで眺め、やがて銅級のページに行きつき、そこに並ぶ名前に目を疑った。目を擦り、再度確認する……やはり名前は消えていなかった。何回見ても見間違えではない。正門前で入所する訓練生を全員迎えたつもりだったが、どうやら抜けていたらしい……訓練生の1人が壇上にいたのだ。

 

 銅級の名簿にはゼブルにティーヌにジットといわゆる『3人組』の名が並んでいた。魔導国副王が今更訓練生とは……魔導王の真意が判らない。

 

 プルトンは所長室から飛び出し、大慌てでオリエンテーションの為に訓練生が集まる道場へと向かった……もちろん全速力で走って。

 

 

 

 

 

 

 

 道場の中は異様な雰囲気……いや、最後列に並んでいる異様な風体の『3人組』に講師を務める『天狼』のベロテを含めて恐れ慄いていた。

 そこに存在するだけで『3人組』と他のレベルの違いは明白であり、まして魔導国の最高意思決定者の1人である副王を始め、見るからに凶悪な人相なのに意味のわからないレベルの装備で身を固めた2人……周囲に「ビビるな」と言う方が難しい。

 

 何かの間違い……誰もがそう思う中で『3人組』の銀髪女はニヤニヤと笑いながら周囲の訓練生に話し掛けているが、誰も愛想笑い以上の反応は返せなかった。かなりの大声にもかかわらず講師役のベロテすら注意もできない。

 眉無しオカッパ頭の魔法詠唱者はただ目を閉じ、時間の経過を待っているように見える。

 魔導国副王ゼブルは異様に整った面立ちで、じっとベロテを眺めていた。

 

 そっと道場の扉を開け、音を立てないように中に侵入したプルトンはベロテにウインクするが気付いてもらえず、仕方なく『3人組』の中では比較的話し掛けやすいジットか、明らかに事情を知っているはずのゼブルに事情を確認しようと訓練生の集団に近付いた。

 プルトンが真後ろまで接近した瞬間、ゼブルがくるりと振り向いた。

 一歩だけ退き、深く頭を下げる。

 機嫌が良いのか、悪いのか……無表情のゼブルの眼差しは途轍も無く恐ろしく感じる。

 しかし問わぬわけにはいかない。いくらなんでも理解の及ぶ事態ではないのだ……魔導国の序列2位……副王が冒険者訓練生など開所早々史上最大級の嫌がらせ以外の何ものでもない。

 

「受講中失礼いたします、ゼブル様……何故、このようなお戯れを?」

「知らんよ……陛下に確認してくれ。勝手に手続きを進めやがって……冗談にしても笑えるのは最初だけだ。俺は忙しいのに……」

 

 ゼブルの碧眼に明確な怒りの意志が宿り、プルトンは意図せず下手を打ったことを悟った……これは拙い事態だ……焦燥を圧し殺しながら、どう挽回するべきか必死に脳細胞を総動員した。

 しかし案外あっさりと事態は好転した。

 ゼブルの碧眼から怒りの波動が失せ、スッと表情が笑いに変わったのだ。ただ恐ろしさは変わりなく、熱さが冷たさにとって変わっただけだった。

 それでも先程よりは1000倍話しやすい。

 

「まっ、誰が裏で手を回したのかはおおよそ見当がついている……それを出し抜けば事態はあっさり解決だ、組合長……ところでダンジョンは解放可能かな?」

「ダンジョンで御座いますか?……現在は調整中と聞き及んでおります。徘徊するアンデッドの階層別の難度調整をしないと訓練生には危険だとか……」

「そうか……つまり最高難度的には問題無いわけだ……では俺達は突入するので解放してくれ……踏破すればミスリル級の認定を受けられるのだろう?」

「それは……たしかにそうで御座いますが、あまりに危険かと……」

「誰に向かって危険を説いているんだ、組合長……」

「ゼブル様がお強いのは嫌と言うほど理解しておりますが、開所早々特例を作るのもいかがなものかと……」

「なっ……まあ、そうか」

 

 ゼブルは言葉を詰まらせた……魔導国最高位の為政者である以上、自身を特例第一号にし難い……が、プルトンはいつの間にか本末転倒している自分の言葉に困惑していた。ゼブル及び『3人組』には1秒でも早く出て行って欲しいのだ。訓練生だけでなく、講師どころか、自分がやり難い。そうでなくとも緊張感で関係者全員が参ってしまう。

 プルトンは必死に理由を考え、一つの答えを導いた。

 

「では、ゼブル様……こうしませんか?」

 

 いわゆる『3人組』のモンスター討伐数に『死を撒く剣団』の壊滅に幹部の捕縛に加えて誘拐されていた女性達の救出の功……『3人組』がエ・ランテルで成し遂げた功績に加え、ミスリル級の『豪剣』から聞き及んでいる竜王国での数々の偉業で一気にアダマンタイト級にしてしまおう、という案をプルトンは披露したが、ゼブルは予想に反して渋い顔を見せた。

 

「……これを仕組んだ奴がそんな事を想定していないはずかない」

 

 ゼブルは魔導国宰相アルベドの名を出した。事情は話せないが、とあるプランの進行を阻むために暗躍したのだろう、と……

 プルトンは想定外の大物の名に怯むも、このままゼブルを訓練生として扱うのはせっかく魔導王の企画してもらった冒険者育成計画に支障をきたす。放置はプルトンの立場を悪化させるだろう。ダメ元で……そう提案したが、ゼブルは「やめた方が組合長の身の為だ」と警告までした。

 

「組合に会計監査を入れられるぞ……王国でなく魔導国の厳しい監査に耐えられるような状態なのか?」

 

 プルトンは言葉を詰まらせた……例えば本来とっくに渡されているべき『3人組』の報酬……あの金は『漆黒』の代役の『青の薔薇』招聘の資金として拝借して、すっかり処理するのを忘れていた。再度会計処理をすれば額面は問題なく揃えられるが、組合として正当な報酬を流用した痕跡は確実に残る。宰相アルベドに嫌がらせの会計監査でも入れられた日には流用の事実が簡単に発覚してしまう。

 

「どうした組合長?」

「いっ……いや、まあ……」

 

 ゼブルが薄く笑う……ああ、これはゼブルにもいろいろと知られているな、と表情で悟らされた。ゼブルの立場は本来調査を命じる側だ。大した不正でもないから見逃しているだけなのだろう。

 

 王国時代と比べれば魔導国は法令違反に対してことのほか罰則が厳しい。王国であれば人脈と賄賂で片付けられたものが、魔導国では足掻けば足掻くだけ厳しい事態に陥ってしまう。魔導国の下級審の裁判官はエルダーリッチだ。彼等にはいかなる温情もなく、法に照らし合わせて極めて公正な判決を下す。 

 投獄は免れてもカッツェ平野の開拓事務所などに送られるのは勘弁だ。

 綱紀粛正の為と言われれば監査拒否はできない……たしかに強硬に拒否すれば一時的には免れられる。しかし組合が魔導国の公金で補助がなされている以上、令状を待ったエルダーリッチの調査員が集団で殺到する未来は確実に到来する。

 魔導国の実務を統括する宰相アルベド……姿を見たことはないが、凄まじく美しい容姿を誇る女悪魔だと聞く。彼女に反目しても冒険者組合に何一つ益は無い。そのアルベドが冒険者組合を追い詰める気になれば……ミスではなく不正であれば、たとえ軽微なものでも魔導王も庇い切れるものではないだろう。

 

 トントン拍子の開所で有頂天になっていたプルトンだが、気が付けば開所最初の講義中に生き地獄に突き落とされていた……しかも投げ出すことも放置することもできない。魔導王が全面的に支援した計画の責任者であるプルトンはこの苦境に立ち向かわなければならないのだ。

 とにかく宰相アルベドと副王ゼブルがプルトンには言えないプランで対立しているのは間違いないようだ。アルベドがプランの遅延なり阻止なりを画策して、ゼブルを冒険者育成所に放り込んだのだろう。

 

 正直なところ、政治的な暗闘には触れたくはないが……とりあえず利害の一致するゼブルとは協調が可能だ。

 

「ゼブル様……お教え願いたいのですが、アルベド様の狙いは奈辺に?」

「遅延だろ、間違いなく……俺を魔導王陛下が受け入れざる得ない正当な理由でカルネから引き離し、その間に魔導王陛下のプランを、少なくとも自分の納得できる形に変えたいんだろ……まあ、俺が魔導王陛下の立案した冒険者育成計画を無視したら無視したで、それを理由にプランに難癖をつけるつもりなのは間違いない。陛下の冒険者育成計画をアイディアの段階で積極的に肉付けしたのはアルベド自身だ。自分を無視した形でプランが進行していたのが相当悔しかったんだろ……今こうして雁字搦めにされてみれば、アルベドの意図が良く理解できる。どう転んでも自ら介入可能な理由が手に入る。そうでなくとも時間を作れる。彼女に必要なのはひっくり返す時間もしくは理由だからな」

「そんなことの為に……」

 

 プルトンの心に小さな怒りの火が灯った……冒険者達には全く関係無いではないか……アルベドのやり方は冒険者組合及び冒険者というものを全く蔑ろにしたものだった。だが自身で楯突くには相手が悪い。

 

「……最も正当に、かつ素早く昇級するにはやはり一刻も早く昇級審査用のダンジョンをクリアしてもらうのがよろしいかと思われます」

「では、ダンジョンを解放してもらえるか?」

「いいえ……そうはいきません」

「何故だ……いちおう理由を聞くが?」

「お話を聞く限り、我々がゼブル様側に立つような動きを見せれば、アルベド様は会計監査に限らず組合本体を締め付けてくるでしょう。それではゼブル様側に立つ意味が薄れてしまいます。よって正当な手続きで最速を目指していただきます。我々はダンジョンの調整を急いでいただくよう、手を尽くして陛下に陳情します」

「具体的にはどうするつもりだ?……ダンジョンの調整に5日間……そう聞き及んでいる。つまり陛下にその為の時間が作れるのは5日後ということだ。アルベドにはそれだけの時間あれば充分なのだろう。現在銅級の俺達は5日もここに拘束されるのだ……アルベドの作った規約では訓練所の敷地外に出れるのは鉄級以上……エ・ランテル市内から出れるような依頼を受けられるのも鉄級以上でなければならん。たかが一等級の差だが俺達には5日間は正規の昇級機会は無い」

「私がカルネに直接出向き、陛下に直接面会することは可能でしょうか?」

「先程から俺のメッセージまで陛下に無視されている。陛下はアルベドの策に乗せられているのだろう。あくまで俺を揶揄っているつもりなのだ。規則を無視して転移するにも、おそらく今現在も厳重に監視されている……つまり規則を破った事実は即座に発覚するだろう。内容はともかく、こうして組合長と話している事実も把握されている。少なくとも組合長自身がアクションを起こせば警戒されるだろうな」

 

 つまりあれやこれや理由を付けて、魔導王との面会希望は阻止される……ゼブルはそう言っているのだ。

 

「いちおう俺も陛下の方からメッセージを送らせるように行動する……組合長も絡め手も含めて手を打ってくれ」

「承知しました……魔術師組合や神殿あるいはバレアレを通して、陛下に急いでいただくように働きかけます」

「頼んだぞ……それと講師達には俺達を可能な限り無視するように言い含めろ」

 

 プルトンは深く頷き、即座に道場を飛び出した。そのまま予定されていた視察は全てキャンセルし、急いで組合に向かう。既に中年と呼んで間違いない年齢のプルトンだが、実際の見た目はともかくこの時は現役の頃よりもフットワークは軽いつもりだった。

 

 

 

 

 

 

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 その広大な空間いっぱいに高笑いが響き渡っていた。

 室内にメイド達の姿はなく、廊下を通り掛かった者達もあまりに不穏な笑い声に怯え、誰も近寄ろうとせずに即座に踵を返す。

 部屋の主人は大きな口を目一杯広げ、哄笑していたが、その目には一切の感情が浮かんでいなかった。かと言って、無理矢理笑っているわけてもなさそうではあるが、決して楽しそうではなかった。

 

 しばらくして唐突に笑いが止み、何かを叩き付けるような音が響き、直後に破砕音が重なった。

 

「くだらないわ……実にくだらない……」

 

 今月に入ってふたつ目……無事だった頃は立派な一枚板の執務机の残骸が足下に転がっていた。

 

 大きく息を吸い、深く吐き出す。

 

「忌々しい……アレが来てから、なんでアインズ様は……」

 

 想い人である絶対支配者を思い浮かべて頬を赤らめ、同時に嫌悪の対象であるアレの下品な顔を思い浮かべ、美しい目尻が吊り上がった。

 

 主人の意を汲み取れば、アレに従い、尽くすべきなのだろうが……アレの横に立ち、歓喜するアインズ様の姿を今以上に見せつけられるのは耐えられそうになかった。

 たった5日間の軟禁に何の意味がある……10日間も心血を注いで作り上げた規約にしたところで、せいぜい嫌がらせ程度の効果しか発揮しない。至高の存在と筆頭とはいえ守護者では存在価値に天地の開きが在るのだ。

 立場の差は永遠に埋まらない。

 至高の御方々の全てが創造主というわけではない。

 守護者統括といえども所詮は下僕。

 至高の御方のまとめ役であるアインズ様の決定を覆せるわけがない。

 アレは至高の御方なのだ。

 そして待ち人はエ・ランテルから戻らない。

 戻らないのだ。

 身の程を思い知らされ、アルベドは拳を握り締めた。

 次はもっと上手くやる……立場の差を超えた勝利を掴む為に。

 

 

 

 

 

 

 

 勢い込んで組合長室に飛び込むと、そこには目を疑う光景があった。

 

「どうだ、組合長……副王は驚いていたか?」

 

 奇妙な仮面を被った偉大な魔法詠唱者……魔導王が応接ソファに腰掛けながら無骨なガントレットに覆われた右手を挙げていた。

 

「へっ……陛下?」

「どうなのだ?……サプライズ休暇のつもりなのだが……」

「どういうことでしょうか?」

 

 魔導王は立ち上がり、組合長室を歩き回り始めた。

 

「つまりだな……ゼブルさん……副王は働き過ぎなのだ。私がカルネで冒険者育成計画に没頭している10日間で王都に帝都に竜王国の自身の領地にビーストマン国家と飛び回り、様々な案件を処理し、さらに多くの懸案事項を拾い上げてきた。建国以来、ずっとそうだ。少しは骨休めも必要だと思わんか?」

「ゼブル様はそう考えられてはいないようでしたが……」

「アルベドの画策で政務から遠ざけられた……とでも言っていたか?」

「……仰る通りです」

「まあ、たしかにそういう面もある……私もそう動くであろうと予測して、アルベドに冒険者育成計画の骨子作成に携わってもらったのだからな……だが私がアルベドの狙いを承知していれば、副王にとっては単なる休暇だ……アルベドがどう動こうと私はプランの大きな修正をするつもりはない。現に5日間はここで世話になるつもりだ。アルベドが口を挟む余地は生じない」

「ここで、で御座いますか?」

「そうだ……職務遂行に迷惑を掛けるようなら、私も訓練生になっても良いのだが、それでは講師陣が参ってしまうだろう?」

 

 いや、講師陣だけでなく、訓練生も私も胃が保ちません。ここに居候されても私は同じですが……

 

 思ったことを素直に口に出せるわけもなく、プルトンは単純に同意した。

 

「……では、せめて休暇の主旨だけでもゼブル様にお伝えしては?」

「それではサプライズにならんだろう?」

「しかしこのままでは無用な軋轢を生むのでは?」

「ネタバラシは5日後だ……アルベドには私から説明する」

 

 思いの外、魔導王は頑なだった。ほんの僅かな間の付き合いだが、状況によって柔軟に対応する知恵者というイメージだったのだが……

 

「お前には迷惑を掛けるのだから、これをやろう」

 

 魔導王は虚空に出現した暗黒洞に手を突っ込み、一振りの短剣を取り出した。奇妙な技……そう感じる間も無く、鮮やかな青い輝きがプルトンの目を捉えて離さない。切れ味など想像もできない。しかしこれまでに見たどんなお宝よりも価値があるものだと一目で理解させられた。

 

「これを……私に……頂けるのですか?」

 

 魔導王は短剣を無造作に突き出した。

 プルトンは慌てて跪き、両手を掲げて拝領した。

 心の中でで何かが暴れ出そうとするのを必死に抑える。

 

「お前のものだ。大切にするが良い」

 

 もう……一生、着いていきます!

 

 プルトンは深く深く頭を下げ、この気前の良い王者に忠誠を誓った。後で魔術師組合長テオ・ラシケルに見せびらかしてやろうと心に決めながら……

 

「ところでな、その短剣をやったついでに聞きたいのだが、組合長はアゼルリシア山脈のドワーフ国家についての情報を知らぬか?……どんな些細なものでも良いのだが」

「時折オークションにドワーフのルーン工匠が作ったとされる武器が出品されますな……帝都の商人であり、闘技場の興行主の有力な1人であるオスクが武器コレクターとして有名です」

「……ルーンか……」

 

 呟いた魔導王が再度虚空の暗黒洞に手を突っ込んだ。

 黒い宝剣が現れ、ガントレットの指先が刀身に刻まれた紫色の文字を指し示した。全部で20文字……とんでもないお宝だ。

 

「私はルーンの知識には不案内だが、ルーン文字とはコレのことだろう?」

「私も他者に語れるほど詳しいわけではございませんが、おそらくは……陛下、それを触らせていただくことは可能でしょうか?」

 

 魔導王は再度無造作に宝剣を差し出した。

 プルトンが恐る恐る手に取ると何かが脳を突き抜けた。性的絶頂などとは比較にならない快感……現役時代に夢見たものが手の中に在る……達成感こそないが生涯を捧げた夢の具現化が手の中に収まっているのだ。

 興奮した自身を客観視する自分が見ても滑稽なほど全身がガクガクと震えているのが判る。

 

「……へっ、陛下……コレは?」

「んっ?……まあ、大したものではないがコレクションのひとつだ。あまりルーン文字の刻まれた武器は持っていないのでそれはやれぬが、同等のものならばお前の働きによっては褒美としてやろう」

 

 魔導王はあっさり言い放った。

 プルトンは宝剣を魔導王に返すと、額を床に打ち据えた。

 

「陛下!……励みます!……このプルトン・アインザック、魔導国と魔導王陛下の為にこの先の生涯を捧げさせていただきます。どうぞ、このプルトン・アインザックをお使い下さい。陛下の声は天の声と心得ておりますぞ……差し当たり、この部屋は陛下のものでございます!」

 

 この瞬間、冒険者組合の組合長室は未来永劫魔導王の隠れ家となった。

 

 

 

 

 

 

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 木剣を打ち合う音が響く中、ティーヌは大きく欠伸した。

 ゼブルとジットは魔法詠唱者の扱いなので、講堂で講義を受けている。

 

 ……なんだかんだ真面目なんだよなー、ゼブルさん……ジッちゃんもだけどさぁ……いまさらな事を受講して、面白いかなー?……そうでなくても最近、私放置されすぎな気がするんだよねー……ちょっとは遊んでくれても良いのに……

 

 暇で暇でたまらない……唇を尖らせる。

 ナザリックでゼブルとついでにジットも一緒とアルベドに聞かされて、喜び勇んで参加した冒険者育成計画だったが、たしかに銅級冒険者としての扱いは一緒だったものの……戦士と魔法詠唱者が完全に別クラスなのは想定外だった。

 魔法詠唱者でなく純戦士であるティーヌはさすがに自身の技量よりも劣る講師の授業など受けていられない。

 ブレインでも出張ってくれば少しは揶揄ってやろうという気にもなるのだろうが、残念ながらブレイン・アングラウスやエルヤー・ウズルスの特別講義は金級もしくは白金級でないと受講できないのだ。そうでなくとも本日は式典に顔を出しただけで帰ってしまった。

 いまさらディンゴやベロテの指導など受けられたものではないし、ディンゴやベロテにしてもティーヌを指導などしたくないだろう。

 道場の壁際に寄り掛かり、再度大きな欠伸が漏れた。

 複数の視線を感じて振り向くと、一斉に視線が逸れる。

 

 まっ、この格好は目立つしねー……

 

 実際には格好だけでなく、素行の不良振りとそれを注意しない講師陣に対しての不信感が注目を集めるのだが、古株の銅級という冒険者としてはどうにもならない連中がそれとなく無視するように誘導しているが、明るい未来の選択を冒険者に据えた若手達が納得するわけがなかった。

 だが彼等が実際に注意しようとしても武装も含めた存在感に圧倒され、どうしても尻込みしてしまう。結果として、義憤と畏怖のない混ぜになった奇妙な視線がティーヌに向けられるのだ。

 

 午前中最後の剣技の講義……この退屈な時間が終われば昼休み……ティーヌはひたすら時間の経過を待っていた。敷地内の食堂しか選択肢がないとはいえ、昼飯の時間ぐらいはゆっくりとゼブルに近況報告でもしたい。自分がどれだけ強くなったのか……人間である事すら辞めて、ゼブルに尽くす自分を認めて欲しかった。一言で良いから褒めて欲しい。

 

 そんな事を考えながら寝転がり、道場の天井の木目を眺めていた。

 唐突に視界に顔が入り込む……まるで絵に描いたようなお人好し……THE好青年と額に書いてあるような金髪碧眼の青年が覗き込んでいた。胸のプレートは金級であることを示している。

 

「初めましてペテル・モークと言います。貴女は?」

「あんっ?……なんかよー」

「同じ戦士過程の受講生として自己紹介しました。貴女の名前は?」

 

 見た目と同様、真っ直ぐ……やり難い。

 

「……ティーヌ」

「ではティーヌさん……残り僅かな時間ですが、その素晴らしい装備を活かしませんか?」

 

 ペテルがニコリと微笑む。

 

「どうやって?」

「ティーヌさんの装備は私が知る限り最高最強の冒険者である『漆黒』のモモンさんの装備を凌ぐかもしれません。彼が銅級の時に一緒に仕事をしたことがあるので、間近で戦闘を見た経験もあります。彼は銅級の時から装備に匹敵する素晴らしい戦士でした。なので貴女もアダマンタイト級の器だと確信しています。その力を皆に見せてやって下さい……私がモモンさんから感じたようなものを皆さんが感じるかもしれません」

 

 銅級の頃のモモンとなると魔導王本人……アインズちゃんの知り合いか……となると殺すどころか、下手に傷付けるわけにもいかないなぁ……

 

「口が上手いねー……まっ、いっか……でも死なれても困るから相手は最低でもミスリル級……つまり講師にしてくんないかなー……そいつ相手に動きを見せれば良いのかなー?」

「あちらの講師……『豪剣』のディンゴさんにお願いしてみますよ」

 

 ペテルがディンゴに向かって走り去る。

 話の妙な雲行きに道場の片隅で訓練生が暴走しないように見守っていたディンゴを見ると、それは絶望的な顔でティーヌを見て、立場上「余計な事をするな」とも言えず泣きそうな表情でペテルを見ると項垂れた。 

 ティーヌは寝転がった体勢から、そのまま蜻蛉返りを切って立ち上がる。

 周囲は異様な身体能力に息を飲み込んだ。 

 実は久々に弱い人間の中に叩き込まれ、どうしても嗜虐心が疼いて抑え込むのに苦労していたのだ……ディンゴ相手ならば手加減すれば壊すこともあるまい。

 腰の『戦闘妖精』は抜かず、あの棒切れを右手に持つ。

 それを見たディンゴは嘔吐を我慢するかのように口元を押さえたまま、道場の中央に進み出る。あれが自分に向けられる時が来るとは……目が雄弁に語っていた。ティーヌの前に立つ頃には威風堂々たる巨体が一回り小さく見えた。

 

「あははっ……あんたも災難だねぇ」

「笑い事じゃありません!……どうかお手柔らかに……」

 

 小声で力強く囁くディンゴを無視して、ティーヌはニィと笑った。

 全訓練生が固唾を飲んで見守る……巨大な両手剣を模した木剣を持つ巨体のミスリル級戦士と、素人目にも凄まじい装備に身を包む不敵に笑う銅級女戦士……『3人組』を見たことのないペテルを除くそれなりにキャリアがある冒険者達はディンゴに同情し、半年以下のキャリアしか持たない新人達は生意気な銅級女戦士を懲らしめてやれ、と心中でディンゴを応援していた。いかに副王の御付きとはいえ許し難い。

 

 道場内が静まり返る。

 雰囲気で審判に押し出された形のベロテが右手を掲げた。

 ディンゴが木剣を青眼に構える。

 対するティーヌは脱力した自然体で立つ。

 

「始め!」

 

 ベロテが右手を振り下ろした瞬間、ティーヌがディンゴの構える木剣をすり抜けるように無造作に前進し、彼の耳元で囁いた。

 

「3分、見せ場をあげるからねー」

 

 声援と怒号が響く中、ティーヌはニヤニヤと笑いながら、ディンゴの上段からの斬り下ろしと、即座の斬り上げの連続技を回避していた。誰もがティーヌの身体を木剣が通り抜けたようにしか見えなかった。

 ディンゴを除けばティーヌの動きを初めて見た者しかいない。

 理解を超越した技だった。

 この時点で話を持ち掛けたペテルすら不安を感じていた。

 何か途轍も無いものを見せられている……同じ戦士職でありながら、ティーヌの動きというか、動かなさは理解不能だった。

 

「遅いなぁー……ミスリル級」

 

 ティーヌの揶揄に言葉を返す余裕など、前に立った時点でディンゴは持ち合わせていない。ひたすら木剣を振り、恐怖を圧し殺す。なのに……ただ立っているようにしか見えないティーヌの髪の毛にすら木剣を当てられないのだ。講師の立場とミスリル級冒険者の誇りがなければ、こんな人間の理解を超えたバケモノの相手など出来るはずがない。

 

 連撃……連携技……武技……後半に備えて『不落要塞』を使用する余力だけ残し、ディンゴは戦士としての己の全てを注ぎ込んだ。

 だが後退させるどころか、回避はおろかティーヌの脱力した立ち姿を揺るがすことすらできない。

 

 既に声援も怒号も消え失せた道場の中。

 バケモノだ……誰かがポツリと呟いた。

 事実に気付いた幾人かが声無き悲鳴を上げる。

 誰も動けない。

 声も発せない。

 ただ動揺が広がった。

 やがてそれは恐怖に変換される。

 静かなパニック。

 恐ろしい……同時にバケモノに立ち向かうディンゴの勇気を称賛した。

 誰もがディンゴをミスリル級に相応しい強い戦士だと認めたのだ。

 だがそれは相手の女はアダマンタイト級など人間の作り上げたいう枠に収まるのかと疑問を抱かせた。なにしろ一撃死が確実な連撃が当たっているように見えるのに、現実には擦りもしていない……神技などという安い言葉では表現できない。正しく人智を超えた魔の技だ。

 

「ほいっ、3分経過だよー」

 

 結局、ディンゴは何百と繰り出した剣撃はティーヌの笑いを歪めることすら叶わなかった。

 

「はい、攻守交代ねー」

 

 ディンゴが『不落要塞』を使うのを持つようにティーヌが踏み込んだ。

 だが視認できない。

 しかしディンゴの心は燃えた。

 宣言された攻撃など!……思う間も無く、激痛が右手の甲を襲い、同時に左手の甲も撃ち抜かれた。

 巨大な木剣が床に転がる。

 まるで効果無いように思えた『不落要塞』だったが、もしそれを使っていなければ……ディンゴは落とした木剣を見詰め、背筋を走る悪寒を感じながら、両手の甲を確認した。

 指先が痺れて動かない。

 血液が溢れ出す傷口は思いの外深い。

 骨折は間違いない。

 痛みは我慢できるが、反撃不能な絶望感はディンゴの心を深く抉った。

 切先が赤黒く変色した棒切れから、鮮血が滴り落ちる。

 

 両腕を上げ、ガードを固める。

 ファイティングポーズは崩さない。

 敵うはずはない。だがディンゴは戦士だ。もはや意地だった。

 残された攻撃手段は体術しかない。

 格上相手に披露できるほど得意ではないが武器が持てぬ以上、他に選択肢が無いのだ。

 

「体術勝負がしたいのかなー?」

 

 揶揄うようなバケモノ女の笑顔に、ディンゴは無言の突進で応えた。

 ティーヌは棒切れを左手に持ち替え、突進するディンゴの側頭部を無造作に右掌底で撃ち抜いた。

 軽く撃ったようにしか見えない掌底の衝撃で脳が揺れた。

 膝から崩れる。

 気付けば、道場の床が目の前にあった。

 床にキスすると同時にディンゴの意識は飛んだ。

 

「止め!」

 

 道場に響き渡るベロテの声はディンゴに届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 日中の唯一の楽しみである昼休みはあまりに早く、嫌な顔を見せるジットを尻目に、ゼブルに自分のことだけを一方的に喋りまくって、時間を終えてしまった。何を食べたのかも覚えていない。

 

 何にせよ、満足……ティーヌは上機嫌で苦行としか表現できない午後の訓練の見学に取り掛かった。ミスリル級のディンゴを圧倒し、周囲との力量差は示した。だから放置されるだろうと簡単に考えていたのだ。

 

 だがティーヌの想像を超えて、状況は鬱陶しい方向へとシフトしていた。

 チラチラと見てくる視線が煩わしい。それは新参古参問わずに訓練生と、辛酸を舐めたディンゴを除く講師陣からも向けられていた。

 

 意を決したかのように1人の女戦士がティーヌの前に立った。胸のプレートは銅級……先程から漠と眺めていた訓練でも特に目立ってはいない。だからこれといった印象もない。ティーヌにとっては丸っ切りの初顔に近かった。いきなり名乗られたが覚える必要性を感じない。ミスリル級を確定させる訓練所の5日間以外は生涯無縁であることは確実な存在だった。

 周囲は出し抜かれたような表情を見せているが、その心配は的外れだ、とティーヌは言いたかった。道場内の存在で覚えたのは元々知っているディンゴを除けばベロテにペテルの2人だけ……ベロテはともかくペテルは魔導王の知り合いでなければ覚える価値を感じない。

 

「おっ……お強いですね?」

「誰が?」

「ティーヌ様です!」

「そう?……んじゃ、そーゆーことで」

 

 ティーヌが寝転がろうとすると、女戦士は慌ててティーヌの前に正座した。そのまま土下座するように頭を下げる。

 

「あの……私に稽古をつけてくれませんか?」

「あんっ?……なんで?……死にたいの?」

「強くなりたいんです……私は学も無いし、器用さもありません。だから戦士になりたい……力だけは少し自信がありますから。田舎からと言ってもエ・ランテルから1日ぐらいの開拓村なんですが……仲間と一緒に訓練所の話を聞いて上京してきました。最近では魔導王陛下の作業用アンデッド達が幅を利かせて、私達小作農は長男以外を必要としなくなりました。その上、大きな農家までこれまで雇い入れていた働き手を必要としないんです。私は商売女をやれるような容姿でもなければ、片田舎の開拓村ではそんな場所も無いので、私達はエ・ランテルで魔導王陛下が開設する冒険者訓練所に入る為にみんなで冒険者になったんです」

 

 お涙頂戴……っていうよりも魔導国の田舎の現実なのだろう。魔導国では単純作業や力仕事の労働力が有り余っているのだ。

 

「ふーん……でも身の程を弁えなよ。ここの訓練生なら、まずはここの訓練で基本を身に付けないと話にならないからねー……私も気の遠くなるような訓練の末に今があるんだ。付け焼き刃でなんとかなるような簡単なものじゃないから」

「……私もティーヌ様みたいに強くなれますか?」

「無理……あんた、覚悟も才能も無いじゃん」

「才能はともかく覚悟はあります!」

「んじゃ、一足飛びに強くなろうなんて考えんな……戦士、ナメんなよ」

 

 戦士として洗練されたティーヌとは圧倒的な差はあるだろうが、自身と大して年齢差は無いように思える、下手をすれば年下にしか見えないティーヌだからこそ、何か強さを磨く秘訣のようなものがあるのではないか?……女戦士はそう考えたのだろう。

 そんなものがあるわけがない。死と隣り合わせの過酷な訓練を潜り抜け、数多の同胞や仲間や敵の骸の山の上に立ったからこそ、現在のティーヌがあるのだ。もちろんぷれいやーであるゼブルに拾われたり、思い切って人間を辞めたりしているが、そんなことよりも精神の在り方が違うのだ……と、ティーヌはそう言いたかった。

 

「私、諦めません!」

 

 女戦士は捨て台詞でそう言うと、訓練生の列に戻った。

 再び寝転がって訓練を眺めようとすると、再度同じような珍客が……今度は男だが、先程の女戦士よりもはるかに年下だ。まだ10代半ば……とてもそれ以上には見えない。

 

 ……鬱陶しいなー、もう……

 

 やはり少年戦士も先程の女戦士と同じような故郷での状況で冒険者となり、同じような目的でティーヌに接触を試みたようで……尚且つ、鬱陶しいことに恐れると同時にティーヌに憧れのような恋心を抱いているようだった。クレマンティーヌならば喜んで殺していたような……そんな少年だ。

 だが今のティーヌには必要無い贄だった。

 不躾にティーヌの全身を嘗める少年戦士の視線にうんざりしつつも、先程の女戦士と同じようなやりとりを繰り返し、同じような結論に至った。女戦士と同じような捨て台詞を残し、少年戦士も訓練生の列に戻った。

 

 そしてホッと息を吐く間も無く、同じような珍客の来訪が繰り返された。

 ちょっとうんざりする程度でなく、盛大に溜息を吐くような人数だ。しかも全員が同じような境遇の銅級ばかりで、ほぼ同じような結論に至る。

 勇気を振り絞った最初の女戦士以外は「やらなきゃ損だ」とばかりにトライしてきた。

 技を盗む。

 訓練法を聞く。

 とにかく関係を築く。

 切り口は様々だが、突き詰めれば「強くなりたい」に尽きた。

 彼等の立場で考えれば、自分達と大して年齢差無く、しかも男と比較すれば非力な女性のティーヌが示した異次元の強さに秘密や秘訣がないわけがないように思えたのだろう。もちろん秘密はあるが……周囲に吹聴して良いような類の話ではない。

 

「……あーもー、勘弁してくんないな……」

 

 有名税とはいえ、この煩わしさに耐え切れる自信はなかった。

 ハァ、と溜息を吐き、ティーヌは立ち上がった。

 それだけで周囲が騒めく。

 注目を集めたまま治療を終えて壁際に腕を組んで立つディンゴに近寄ると、それは盛大に嫌な顔で出迎えられた。

 

「なーに、嫌な顔してんの?」

「良い笑顔で迎えられるわけねえーっしょ!」

「図体の割に器小さいなー……あんたが弱っちーんだよ」

「いや、ティーヌさんがおかしなレベルで強えんですよ。俺だって……俺だって……」

「年下の女に完敗してんだからさー……弱いじゃん」

 

 ディンゴが押し黙る。

 

「んでも、どんなに弱っちくてもあんた、講師だよねー……なんとかしてくんない?」

「無理無理……子供相手の剣術私塾じゃねーんですぜ。実地訓練の順番待ちの間、ただ黙って立ってろ、とは言えねーでしょ?」

「そりゃ、そーなんだけどさー……」

「連中が冒険者を志すなら、強さに貪欲なのは良いことじゃねーですか?」

「それも、そーなんだけどー」

「そーゆーこってすよ」

「負けた腹癒せの嫌がらせ……じゃないって信じて良いのかなー?」

「負けて当然なものに、腹癒せもクソもないでしょ!」

「それも、そっかー」

 

 ティーヌは諦め、再度壁際の定位置に戻り、座り込んだ。

 

 さて、どーする?

 

 生死を問わずに訓練を施して良いのならば志願者を鍛えてやっても良いが、さすがにフィリップの時とは状況が違い過ぎる。ナザリックに幽閉された時以来ゼブルの考えが手に取るように理解できるようになっていたが、その感覚に従えば訓練所では最速でミスリル級になるのが目的であり、問題が生じるような行動は控えるべきなのだ。

 

 それに加えて……

 

 午前中まで道場に存在しなかった幾人かの戦士達……訓練所のシステムを考慮すれば、本日冒険者登録した者がいて不思議はない。しかし彼等は隠蔽してはいるものの、この道場内の多くを占める銅級とは隔絶した実力を持つ者なのも間違いなかった……と言っても、戦士としては完全にディンゴには及ばないレベルなのだが……だからこそ狙いが読めなかった。ゼブルやティーヌやジットを害する目的だとしても全く手が届くようなレベルではない。あるいは魔導国に潜入した他国の間諜や工作員の類だとしたら冒険者登録はやり過ぎな気がする。冒険者登録することによって偽の身分は簡単に作れる反面、せっかく作り上げたアンダーカバーの所在確認は極めて容易になる。一部とはいえ魔導国の対諜報システム知るティーヌとしては、それを出し抜く難しさも容易に想像できた。まして訓練所から逃走などしても、彼等程度では魔導国の警戒網を抜けられるとは思えない。

 

 連中……狙いはなんだろうねー?

 

 不気味ではあるものの、集団で襲撃されたところで瞬殺可能なのは間違いない。法国の手の者の可能性もあるが、隊長か番外でも出張ってこないかぎり、今のティーヌに太刀打ちできる者などいないだろう。つまり魔導国内であれば隊長以外を警戒する必要はないのだ。

 

 まっ、弱過ぎて、法国の風花なり漆黒という線は考え難いかー。

 

 法国でなければ人間種である以上、王国、帝国、竜王国辺りからの間諜か工作員の可能性が高いように思えるが……

 

 とりあえず最終日を除けば残り3日半……ティーヌは銅級達に紛れて混んでいる手練れ達の出方を見ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 その晩から翌朝にかけては直接接触を試みる者は無かったものの、やはりゼブルやジットの魔法詠唱者組も同じ状況であり、昨日の午後からそれまで見なかった者達が講堂内に増えたようだった。

 やはり何かが仕掛けられているような気配はあるが、ゼブルの見解も「目的が理解できない」というものだった。

 

 対処は任せる、ね……やっぱ、ちょっと放置され過ぎだよねぇ、私。

 

 寮は男女別の為、夕食と朝食だけゼブルとジットと過ごしたのだがどうにもつまらない。来る前に想像していた時間と違い、ただ退屈なのだ。同じ訓練ならばナザリックの武技実験に協力していた方がまだ実りがある。これはアルベドに良いように踊らされたといまさらながら気付いていた。

 

 このまま道場の片隅に座り込み続けるのも飽きた……そう思い、ティーヌはパッと目に付いたペテルを呼び付けた。

 

 胸に金級のプレートをぶら下げた好青年が脱兎の如く走り寄ってくる。

 

「どうされました、ティーヌさん?」

「ペテルってさ、世話好きだよねー?」

 

 別に褒めたつもりはなかったのだが、何故かペテルは「いやー、それほどでも」と謙遜した。

 

「世話好きついでに、銅級の稽古相手してくんない?……私じゃ、多分、どんなに手加減しても壊しちゃうからさぁー。ただ動作の何が悪いかぐらいは指摘してあげられると思うんだよねー」

 

 ペテルは盛大に頷いた。基本的にお人好しなのだろう。ティーヌの見込み通り他者の為に役立つような依頼を断るようなタイプではない。それでも生粋の冒険者である以上、無償奉仕は嫌だろうとティーヌは金貨を指で弾いてペテルに渡した。

 

「んじゃ、契約成立……まず、あそこの女戦士を呼んできてくれるかなー」

 

 ペテルは忠犬のように昨日真っ先にティーヌに稽古を願いでた女戦士を呼びに走り、そのまま事情を説明してティーヌの前で立ち合い稽古を始めた。

 契約という言葉はペテルにとってはかなり効いたようでただ木剣を振り回しているだけの女戦士に基本の対処法から丁寧に説明までしている……が、そのペテルの剣技にしてもティーヌの目からは実戦ありきの我流な上に対モンスター用に特化したような荒いもので、とても人様に教えられるような代物ではなかった。ド素人の女戦士よりもむしろペテルの方が重症な気がしてならない。

 あくまで紛れ込んだ手練れ達の動向を確認する為のものだったが、どうにも気になって仕方ない。我流は初見で対処し難いという利点があるが、ペテルの場合は自身の伸び代まで犠牲にしている気がするのだ。なりよりも動きの一つ一つがあまりに無様だった。

 本来どうでも良いと思っていたティーヌだが、見るに見かねて基本から説明を始めてしまった。

 構えと素振りと足捌き。

 この3つだけだが、昨日見せつけた実力の効果は大きく、ティーヌの実演付き説明を見ようと人垣はあっという間に大きなり、気が付けば講師であるベロテやディンゴまでが聴衆に加わっていた。冒険者の剣術は実戦で磨かれた我流がほとんどである為、正規の訓練を積んだ上で独自の境地に至ったティーヌの話はそれなりに経験を積んだミスリル級冒険者にとっても新鮮だったようだ。当然質疑も多く飛び交い、講演を止められなくなってしまったのはティーヌにとっても誤算だった。

 

 が、誤算ばかりでもなかった。

 

 聴衆の中に紛れ込んでいた手練れ達が各々アイコンタクトを使っているのが確認できたのだ。数は3人……体格だけでも他の銅級を圧倒している。つまり開拓村から上京して来て間も無いような連中ではない。ディンゴのような特別な巨体ではないが、筋肉の付き方も明らかに鍛え上げたもので、それなり以上の生活環境下で育成されたのでなければそうはならないという身体付きだ。そうでなくとも銅級を偽装したかのような粗末な身なりが似合わな過ぎる。金持ちが無理矢理貧乏人の真似をしたような違和感……即ち潜入工作のプロではないようだ。

 

 ……なーんかチグハグだよねー。

 

 ティーヌ達に害為すどころか、魔導国に潜入して突破できるような戦闘能力の持ち主ではない。

 目立たないように偽装しつつ、体格だけで目立ってしまう脇の甘さ。

 接触を図るようで、ここまで近付き易い状況でも尻込みしている。

 アイコンタクト可能な程度の連携は取れているが、それをティーヌにあっさりと視認される……やはり甘い。

 だが目的が不明なのだ。

 

 1人捕まえて、吐かせる?……いや、尋問程度は許容されるだろうが、拷問となると魔導王アインズの顔を潰しかねないリスクを負う。当然、殺すのも御法度。最悪の場合、単にティーヌの立場が追い込まれる。結果として副王としてのゼブルに多大な迷惑を掛けるだろう……それだけはできない。

 かと言って放置も気持ち悪いし、言い方は別にしても対処をゼブルに一任されているのも事実。

 

 ティーヌは聴衆に説明しながらしばらく考えたものの、良案と呼べるようなものは思いつかなかった。

 

 んじゃ、ま、正攻法でやってみますか!

 

 ティーヌの口角が吊り上がった。

 




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