死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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体調管理が大切ですね。


35話 冒険しない冒険者

 

 ディンゴの禿頭に汗が浮いていた。

 押し込んでいるが、押し切れない……そんな展開が立て続く。

 金髪に薄緑色の瞳の男と木剣で鍔迫り合いをしていた。やはり訓練用の片手剣サイズの木剣では手に馴染まないのか、どうにもいつものノリで体格差を活かした攻めに徹せないようだ。

 道場の床にへたり込んでいる黒髪の男に続き、肩で息をしている金髪を短く刈り込んだ男ともかなりの長時間立ち合った後の三連戦目である。3人よりも戦士としては格上とはいえ、ディンゴの実力が圧倒しているわけではない。まして得物のサイズが不慣れな為に能力全開とはいかない上に、あくまで訓練である以上、ただ勝てば良いわけではない。自身も含めて基本動作の確認をしなければならないのだ。

 まあ、なによりもプレッシャーなのは壁際でニコニコとディンゴの立ち合い稽古を眺めている女の存在なのだが……

 

 面倒臭え……ディンゴは心中で愚痴った。

 

 普段ならば体格差を活かして、とっくに蹴りなり体当たりを交えて決着をつけているが、剣術の基礎の稽古となってはそういうわけにもいかない。武器も両手剣サイズならばまだしも平均的な片手剣サイズの木剣だ。その上足捌きやら振りやら構えやらでかなりの制約を受けている。武技も使えないとなるとなかなか決着しないのも無理はなかった。ディンゴの剣こそ実戦のみで磨き上げられた我流の極みなのだ。人並外れた膂力を最大限に活かした特注の大剣を振り回すことありきで、基本など9年近い冒険者人生で一時たりとも学んだことはない。

 ジリジリと焦れる気持ちを抑えながら、ディンゴは目の前の銅級冒険者を観察した。

 疲労の蓄積は間違いなくディンゴ以上だ。単純な膂力差と体格差を埋め合わせるのは並大抵のことではない。つまり裏返せばティーヌの言う通り剣の腕そのものはディンゴ以上なのかもしれない。認めたくはないが、よく凌いでいるのは間違いないところだ。慣れない片手剣とはいえ、ディンゴの膂力と体重が乗った剣撃を受け流すのは相当な鍛錬の賜物に違いないのだ。

 

「やるねえ!」

 

 言葉と同時に気合一閃、得意の上段からの斬り下ろしと即座の斬り上げというコンビネーションを見せたが、金髪男は軌道を読んで回避で対処する。

 そこまではディンゴの読み通り……回避の為に僅かに左に体勢のブレた金髪男の剣を狙って右上から斜めに打ち下ろした。金髪男は木剣で受けるも、受け流すまではできずに真面に剣の衝撃を受けてしまった。

 金髪男は2メートル程飛ばされ、体勢を完全に崩して尻餅をついた。

 ディンゴは油断なく男の胸先に剣の切先を突き付けた。

 

「んじゃ、それまでね……勝者はディンゴちゃんね。んで、やっぱアンタ等ちゃんとした基礎の訓練を受けてるねー……どこで学んだのかなー?」

 

 ティーヌは黒髪、金髪と視線を移し、少し余裕のある短髪男を見た。

 

「おっ……俺達は元ボウロロープ侯……いや、現在ではボウロロープ伯の親衛隊に所属していた。剣や弓や槍、体術の訓練を受けたのは伯のところで、だ」

「魔導王陛下に怨恨でもあんのかなー?……潜入して、隙を見計らって殺る気とかかなー」

「そ、そんなことはない……俺達は敗残したが幸にして帝国に捕まることはなかった。しかしボウロロープ侯も守れず、故郷に戻っても一族に合わせる顔がない。だからエ・ランテルで生き恥を晒していたんだ。そして3人合わせても所持金が尽き、装備も売り払い、その金もいよいよ尽きるとなって途方に暮れていたところで、魔導王陛下が冒険者訓練所を作ったと聞いた。衣食住完備と聞けば俺達にとっては渡りに船だ。剣の腕にもそれなりには自信がある。ただ俺達全員魔法が使えない。この先、冒険者としてやっていけるのか……それを皆で心配していたところだ」

「ふーん……そっかー、大変だねー」

 

 目の前の3人の話としては腑に落ちるが、問題はゼブルやジットの魔法詠唱者組にも同じような3人組の女がいる事実だった。しかも現れたタイミングまで一緒では素直に頷けるものではない。こいつらの言う通り、魔法詠唱者組に現れた連中が無関係などということがあるのか?

 仮に全てが作り話であっても作られた背景から動きは推察できるし、普通であれば丸々嘘ということもありえない。一から十まで嘘で固めればあっさりと設定が破綻する可能性も高いのだ。いずれにしてもゼブルにこいつらを支配してもらえば、簡単に事実は露見するのだ……法国や評議国といった敵対する可能性があり、強大な戦力を保有する国家の手の者である可能性さえ排除できれば……だが。

 

 まっ、結局はそこに尽きるんだよねー……どうしよっか?

 

 法国出身であるティーヌから見て、3人が法国の工作員である可能性は極めて低いような気がする。簡単に喋り過ぎだし、実態不明の魔導国に潜入するには戦力的に心許ない。

 法国はほぼクレマンティーヌ生存を確認しているはず……ならば、エ・ランテルに潜伏したままの可能性を排除するわけがない。

 ゼブルと出会った当時のままでもこの3人では完全に戦力不足だ。

 アインズ・ウール・ゴウンとニグンの『陽光聖典』が交戦し、壊滅させたことはアインズから聞かされていた。

 当然、法国も知っているはず……であれば魔導王アインズに対してはかなりのハイリスクを想定する。いかに人間至上主義の法国であっても手を出さないという選択まで視野に入れるはずなのだ。

 

 ティーヌは目の端で3人を監視しつつも、他の銅級の訓練を指導し続けた。

 その時点で最終判断はゼブルに投げることにほぼ決めていた。評議国についてはざっくりとした情報しか持ち合わせておらず、判断がつきかねたのだ。加えて未知の勢力の可能性もある。既知であってもカルサナス都市国家連合やローブル聖王国の可能性も捨てきれない。特にローブル聖王国は強国とは言えないまでも魔導国の亜人やモンスターまで含めた多種族共生を許容するはずがない上に、魔導王がアンデッドであることを絶対に許さないだろう。中堅以下の国家群の中ではエルフの王国と並んで牙を剥く可能性が高い。

 

 私じゃ判断しきれないからねー……後はゼブルさんに丸投げしよっと……

 

 口角が実に楽しそうに吊り上がった。

 本人も気付いているのか、いないのか?……僅かに見えた犬歯が鋭く伸びていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 ティーヌを女子寮に追い返した後、寮の自室でゆっくりと茶を入れる。

 さすがに他の冒険者などと違い、個室だ。

 時刻は深夜……寝ても良いが、寝なくても良く、眠気も感じないので眠らない。

 考えたいことが山程あるが、メインは……

 

 結局、あいつらはなんなんだ?

 

 帝都から移住してきたと言う妙齢の美女魔法詠唱者3人組は第三位階を習得して帝国魔法学院卒業したが、王道の魔法省に進まず、魔法の実地研鑽を兼ねてワーカー暮らしをしていたと説明した……が、実質的に帝都のワーカー達は俺のほぼ配下のはず……俺が帝都から離れてからワーカー稼業になったのであれば可能性が0ではない。しかし魔力系魔法詠唱者3人だけのチーム構成なんざ不自然極まりない……だからこそ魔導王の冒険者訓練所に入所したと言われればそれまでなのだが、基本的に都合の良い偶然が重なるなんて事態は信用できない。

 だからこうして疑うのだが……素性云々よりも目的の推測が難しい。

 魔導国での破壊工作はあの3人の力じゃ論外。

 情報収集は……都市の生活実態調査でもなければ、魔導国から軍事以外の情報がほとんど提供される帝国が仕掛ける意味はない。軍事関連の情報収集が目的がならば冒険者をアンダーカバーにするのは愚策な上に危険だ。不用意な動きを見せればそれだけで拘束理由になりかねない。

 となれば浸透工作や世論操作だが、魔導国においては全くの無意味。誰も民意など意に介さないし、魔導国の役人の大多数を占めるアンデッドや悪魔に人間の浸透工作が通用するはずもない。

 であれば消去法で対個人の影響力工作……その対象は俺なのだろうか?

 俺にとって帝国と言えば、まずは何が無くともジルクニフだが、ジルクニフがいまさら俺に対して影響力工作もないだろう。直接交渉するぐらいの間柄にはなっているのだ。

 フールーダ?……少なくとも影響力工作なんて回りくどいやり方は選択しないような気がする。それこそ直接会って土下座の世界だし……何よりもフールーダの関心は俺からアインズさんに移っている。2人とも超位まで行使可能であっても使える魔法の数が違い過ぎるのだ。アインズさんの力を知った今では完全にアインズフリークと化している。

 四騎士やロウネを筆頭とする秘書官達がが魔法省と近い人間を使って、独自に工作は図るとは思えない。

 

 そもそも帝国の手の者なのか?……かなり疑わしい。

 

 彼女達の背景が言う通りでなければ、他の勢力の工作員なのだろう……同じタイミングでティーヌの方に現れた元ボウロロープ侯の親衛隊3人組と合わせて考えるべきだ。

 どれだけ考えても考え過ぎということもない。想定無しにいざ問題が生じた時に対処しても場当たりだ。

 殺してお終いならばそれでも良いが、敵の背後にいる存在を想定しなければ迂闊に殺すことも危険だ。

 

 さて……どうする?

 

 先に対処すべきは元ボウロロープ侯の親衛隊を自称する3人組だろう。

 3人共に肉腫持ちではない。

 念の為に命じてみたが反応無し……つまり連中はボウロロープ侯とバルブロを拐った時に本陣にいた連中ではない。

 だとすれば対処の手札が俺の手元に存在するのは彼等の方だ。カッツェ平野の王国本陣で肉腫を植え付けた元ボウロロープ侯の親衛隊でものほとんどはカルネにいるが、一部はまだエ・ランテルにいたはず……だが俺自身が訓練所から出られないのが致命的だった。

 こんなことになるのなら支配を完了させておけば良かったか……過ぎたことを悔やんでも仕方ないが、予測不能なことは予測不能なのだ。

 

 とりあえずアインズさんにメッセージを送るが、相変わらず無視された。

 

 あー、もー、悪気が無きゃ何をやっても良いわけじゃねーぞ、くそ……

 

 アインズさんは俺をここに5日間閉じ込めることにご執心だ。アルベドに乗せられたのか、あえて乗っているのかまでは判らないが、とにかく俺をここに閉じ込めたいらしい。メッセージを受信できる配下には片っ端からアインズさんに渡りをつけるように命じているが、そもそもアインズさんの現在の所在が掴めないと言う。ナザリックの連中にも連絡するように命じたが、こちらの線はアルベドが抑えているのか、アインズさんの指示が徹底しているのか、全くの脈無し。暖簾に腕押し状態だ。

 となると外部との接点はアインザック組合長なのだが、昨日から全く顔を見せない。おそらく彼なりに尽力しているのだろうが、経過報告ぐらいは欲しいものだ。

 

 規則など無視して、外に出るべきか?

 

 いや、大した大義名分も無しに規則を無視するのはそれこそアルベドの思う壺だろう。なにしろ怪しい連中は怪しいだけで、現状では脅威ですらない。規則を無視するなら最低限脅威である必要がある。この難解な仕掛けもアルベドが仕込んでいるような気さえしているのだ……まあ、あれだけ人間という種を見下しているアルベドが他に手駒を持ちながらわざわざ人間を使うことは考え難いのだが……

 

 面倒臭いからとりあえず肉腫を植え付けて、連中に告白させるか?

 

 こんな奇妙な工作を仕掛けてくる連中が背後にいることを考えると、ちょっとリスクに対してリターンが見合わない気がする。連中を犠牲の羊として、俺の能力を丸裸にしようと考えている奴がいれば、別に監視役が潜入しているのだろうのだろうが、それっぽい奴が見当たらない。

 既に眷属を3匹飛ばしているが、俺の指示が漠然としていて、果たして眷属に支配されていない肉腫持ちの元親衛隊員を発見できるかどうか……甚だ怪しい。なにしろ俺自身が対象の特徴を覚えていない。眷属にしたって肉腫が寄生していない対象に肉腫を植え付けるのならばまだしも既に肉腫持ちの人間を探すのは至難の業だ。俺を中心に半径2〜3キロメートルしか視覚情報を中継できないし、中継されても俺は対象本人か特定できない。目の前に連れてきて反応を確認するしか判断方法がないのだ。だからと言って眷属にエ・ランテルに存在する体格の良い人間の男の全てに肉腫の総当たりなどさせたら、それこそ自ら現世に地獄を作り上げるようなものだ。

 

「潰せば簡単なんだが冒険者登録を済まされた以上、そうもいかないか……」

 

 お茶を一口啜り、息を吐く。

 やはり現実に潜入してきた連中そのものよりも背後の存在が気になる。

 冒険者訓練所の創設計画は魔導王が自ら手掛けた政策として大きく喧伝されていたのだから情報入手は容易い。問題は俺達が押し込まれることを知っていた可能性があることだ。俺達が冒険者登録をしていることを知っていれば予測不可能というわけではないが、やはり国家のナンバー2がいまさら新設の冒険者訓練所に放り込まれるなど、普通に考えれば「あり得ない」という結論に至るはずだ。

 

 即ち俺達が訓練所に入所することを事前に知っていた存在がいるわけか?

 

 つまりアインズさんか、アルベドか……もしくはアインザック組合長から情報が流出した可能性が高い。立場を考慮すればアインザック組合長は特定の者達としか情報共有しないだろう。まして俺に関する情報を他者に漏らして、万が一にも外部流出したら命取りだ。

 アインズさんは……面白半分に喋るかもしれない。悪気は無いだろうけど、しょーじき悪ノリが過ぎる面は否めない。しかし情報流出そのものには俺以上に神経質だし、そもそも喋る相手が絶対忠誠を誓う配下もしくは俺だ。

 アルベドの場合は……うーん、ビミョー……なにしろ人間に対する見下しぶりがハンパない。ただ俺に対する嫌がらせという意味では最有力候補。アインズさんに忠誠というか愛情というか執着というか……要するに俺が邪魔なのは間違いない。しかし人間を使うかなぁ……?

 

 機密を知る立場で国外勢力と接点がある者……?

 

 まずは魔導国において外交及び貿易の主導的立場にある俺だが、俺自身は俺達が冒険者訓練所に入所させられることなど知らなかった。ティーヌは直前にアルベドから知らさせ、ジットはティーヌに道連れにされたようなものだ。

 盟主であり、軍権のほとんどを握るアインズさんは公的な場以外で外国勢力とは会わない。

 実質的に司法と警察権を統括するデミウルゴスも外国勢の監視以外にも直接折衝することもあるが、彼から上られる報告書は細部まで漏れなく緻密だ。情報漏洩の痕跡があれば即座に判る……気がする。そもそもデミウルゴスと俺の関係はそれなりに良好だと思う。

 主に財政担当のパンドラズ・アクターは俺を無視しては自身の担当業務が立ち行かない。当然、俺をここ押し込めて最も業務的なデメリットを被る者だ。

 魔導国民政を含む内政とナザリックを統括するアルベドも俺の業務遅滞でデメリットを被る一人だが、最も俺を毛嫌いしているのも間違いない事実だ。実際に冒険者訓練所の規則を作成し、副王という立場を含めて入所せざる得ないように仕組んだ張本人でもある。動機は山程あるが、手法が彼女らしくない。

 

 動機か……?

 

 動機面から考えれば、アルベド一択と言っても過言ではないだろう。とにかく俺がアインズさんの横にいるのが気に入らない。アインズさんがアルベドに対する以上の親愛の情を俺に向けるのが気に入らない。ゲーム上とはいえ、元々友人なのだから仕方ないという理屈はゲーム上の存在でしかなかったアルベドには理解できないだろう。なにしろあれだけ優秀な頭脳を持っているデミウルゴスもパンドラズ・アクターもリアルがどういうものか理解できないのだ。アルベドだけが理解できる道理がない。

 

 仮定の上に仮定を積み上げるのは愚かとはいえ……

 

 仮にアルベドがあえて情報を漏らしたとして、漏らした相手は誰か?

 アルベドが国外に出たのはただの一度……しかも冒険者訓練所案件が立ち上がる前の話だ。使節との面談まで漏れなく把握しているわけではないが、基本的に俺と会談しない公式の使節はいない。つまりアルベドだけと面談する外国使節はいないはずだが……

 アルベドが単独で繋がりを持ち得る外国勢力は王国だけ。

 となると王国の誰かがこの目的の判らない工作を仕掛けたのか?

 

 ザナックとレエブンの主流ラインがアルベドやデミウルゴスよりも王国に対してはるかに穏健な俺に工作を仕掛ける必要性は無いだろう。

 恨みという面で考えれば退位目前の国王ランポッサⅢ世は十二分にあり得るか?……しかし今回の仕掛けは明らかに破壊工作ではない。

 ガゼフ・ストロノーフ?……らしくないの極みだ。

 他にはバルブロやボウロロープにリットンと恨みを買う相手には事欠かないが、牙を抜かれた連中が俺に楯突くだろうか?……答えは否だ。

 残りは楯突く力すら失っている。もはや名前で戦力を募ることも不可能だ。

 消去法で残る候補はラナーか……しかし彼女にとっての目的なりメリットが判然としない。いまさら愛国者という立場表明もないだろう。だがラナーであればこちらの想定など軽く超えてくるかもしれないし、そもそも敵対的な行動でない可能性まである。

 

 アルベドとラナーか……厄介な組合せだ。

 

 単独でも手強い上に、それぞれが連携など考えていないようにも思えるが、密かに連携していてもおかしくない。

 

 あー、もー、面倒臭え!

 

 空になったカップに再び熱い茶を注ぐ。

 結局、夜明けまで考えても目的らしきものすら分からなかった。

 

 

 

 

 

 

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 別に剣じゃなくても良かった。

 先輩から体格的に戦鎚や斧槍向いていると言われた。

 だけど必死に金を貯めて、買ってしまったのは巨大な両手剣。もっと早く言え、と心中で罵りつつも両手剣を振ることを始めた。

 実戦、実戦、実戦……の繰り返し。

 才能はともかく、単純に質量と長さは強力な武器だと知った。重く、鋭利な棒状の武器を叩き付ければ、身体のどこに当たろうと大抵の亜人やモンスターは一撃で死に至る。

 当てる為の工夫が重要との考えに至った。

 左の拳にミスリル製のナックルガード。

 両肘にミスリル製の肘当て。

 同じく両脛と足の甲を覆うミスリル製の脛当て。

 全身の関節の可動域を最大限に残しつつ、両手剣を活かす為の武装を必死に考えた結果だ。

 

 汗が額を伝う。

 化け物女と対峙するのとはわけが違った。

 絶望感はむしろ化け物女から感じるが、抵抗感は今対峙している人形のような美形から感じる。なにしろ支配者だ……名実共に。

 

 黒いコートに身を包むゼブルは単純に立っていた。

 戦士としては愚か……いや、鈍いのか……何にせよ、ティーヌの方がはるかな高みに立っているのは間違いない。

 だがゼブルの恐ろしさはそんなものではなかった。

 支配もしくは恐怖の力とでもいうのか……自身の脳が戦いそのものを拒絶していた。

 足が前に出ない。

 腕が思うように振れない。

 直視はできるが、視線が奪われる。

 要するに戦える状態ではない。

 

「どうした……来ないのか?」

 

 ゼブルが一歩踏み出した。

 カラカラの喉が鳴る。

 唇に触れた汗が妙にしょっぱい。

 

「剣の訓練だろ?……固まっていたら話にならんぞ」

 

 ゼブルがさらに一歩進む。

 実に無造作……戦士の所作とは程遠い。

 少し前ならば気にならなかっただろうが、目が肥えてしまった今となっては粗が気になる……だが戦士の素養と強さは別物だった。

 既に振れば当たる距離。

 踏み込めば肘でも拳でも楽に届く。

 

 牽制で踏み込むか……?

 

 心理的抵抗で固まる身体を解す意味でも攻めの姿勢を見せるべき……そう思い、ディンゴは我流の摺足で踏み込んだ。

 同時にゼブルも無造作に踏み出す。

 既に攻撃圏云々でなく、身体が触れ合うスレスレの距離だ。

 

 当たる!

 

 抵抗感の最大要因である訓練用でなく普段使いの両手剣を反射的に振り上げた。当たれば大抵の奴は死ぬ……それは支配者であっても変わらない。

 視界の中でゼブルが薄く笑っていた。

 ギョッとする。

 だがもう止まらない。

 ティーヌは姿勢を変えずに回避する……だからといってゼブルが回避できるわけではない。

 剣が当たる。

 インパクトの瞬間、全身が硬直した。

 

 ……肉の手応えじゃない!?

 

 巨大な金属塊を殴りつけたような感覚を腕を伝う。

 ゼブルの薄笑いは崩れていない。

 

「悪い……解除していないんだ」

 

 まるで戦いの経験など無いように思える細く長い指先が胸筋に触れた。

 掌底が突き刺さる。

 これまで感じたことのない衝撃が胸を突き抜けた。

 

 視界が暗転する瞬間、ディンゴは自らの絶対支配者を傷つけなかったことに安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 朝から戦士職クラスに顔を出す。

 朝一で教官であるディンゴと仕合って圧倒し、本日の自由を得た。

 ディンゴはまだ道場の片隅で転がっているが、暫くすれば復活するはずだ。肋の4〜5本は逝っていただろうが、即座にポーションを振り掛けたのだから問題無いだろう。

 ティーヌは俺の様子を気にしながらも、人の良さそうな金級冒険者に人数を集めさせて剣術の基礎訓練とやらを実地講義していた。

 

 ……例の3人は?

 

 元ボウロロープ侯の親衛隊。

 力量は金級上位から白金級程度。

 剣術の基礎はできている。他にも槍術や弓術に体術も身に付けている。

 他の冒険者と比較して体格が良い。

 ざっと頭に入れてある特徴を思い返しながら、周囲の冒険者を眺める。

 俺が視線を向けると誰もが視線を逸らす。

 

 さすがに魔導国副王となると近寄り難いか……?

 

 ざっくりとした力量把握でも対象はそれなりの数に絞られるが、戦士職だけで3人固まっている者……アイツらか?

 

 3人の体格の良い男達……年齢は20代半ばから30手前ぐらいか?……俺の視界の端で目配せで意思疎通していた。

 俺が無造作に進むと微妙に距離を保ちながら、3人は道場内に分散していった。

 明らかに意思の発信元だった金髪の動きを追う。

 俺が進むと冒険者達が左右に割れた。

 割れた人波の向こうに金髪がいる。

 トンッと踏み出し、一気に距離を詰める。

 金髪の背後に立つ。

 周囲の視線が一斉に金髪に集まった。

 

「やあ、お前が元ボウロロープの手下か?」

 

 金髪が振り向き様に表情を歪ませた。それも一瞬……即座に卑屈な笑顔を浮かべる。

 

「……これは副王様……私などに何か御用でしょうか?」

「腹を割って話さないか?」

「これは異なことを……」

「異なこと?……まあ、何でも良いや。とにかくお前らの目的が知りたい」

「我々の目的ですか?……我々が持つ戦闘に関する技術を活かして、この魔導国で生活基盤を築きたいと……」

「お前達が本当にこの国で生きていくつもりならば、俺に不信感を抱かれるということがどういうことか……当然理解しているよな?」

 

 俺の言葉に金髪は明確に狼狽えた。

 すかさず追い討ちを掛ける。

 金髪の肩を抱き、耳元で囁く。

 

「お前達は既に魔導国の監視下にあるわけだ。無断でこの国から出ることも叶わない。つまり詰んでいるわけだが俺に付けば……状況は変わるぞ」

「……我々の忠誠は魔導国に……」

「では目的を話せ……正直に話せば、手荒な事はしない。寝返れば俺が庇護してやる」

 

 改めて話すまでもなく、金髪は追い詰められたのは理解しだろう。

 

「……庇護していただけるのでしたら魔導国のみならず、副王様に忠誠を誓います。そもそも我々としては話すこと自体は吝かではないのです……」

「どーゆーことだ?」

 

 金髪は何かが吹っ切れたのか、饒舌に話し始めた。

 

「我々が雇われたのはご推察の通りです。しかし我々は雇い主の素性を知りません。我々が故郷にも帰れず、エ・ランテルで燻っていたのは事実。手持ちの武具を売り払い、なんとか食い繋いでいたのも事実。職探しをしていたのも事実。そこで冒険者訓練所創設の話を聞き付け、詳しい話を聞くととりあえず食うには困らなそうなので、3人で入所しようと取り決めました。その時に私達に訓練所の話を聞かせてくれた者が、簡単な依頼を引き受けてくれるのならば前払いで報酬を払ってやる、と言いまして……」

「引き受けたのか?」

「はい……どうせ訓練所には入所するつもりだったので」

「なるほどな……で、報酬と依頼は?」

「報酬と言っても、一食分の代金と飲み代と入所するまでの前払いの宿代とその間の……その手の商売女の手配です」

「依頼の内容は?」

「冒険者訓練所の中で最も腕が立つ冒険者チームに接近しろと……」

 

 微妙な指示だ。俺達が入所すると知っていなければ単なるスカウトや情報収集の一環……だが俺達は現実に押し込まれたわけだ。講師も含めて『漆黒』がいないかぎり、俺達に接近しろ、と依頼されたようなものだが……『漆黒』が特別講師で招かれる可能性がある以上、敵の狙いは『漆黒』である可能性も排除できない。

 

「であれば、鉄級以上に昇級し、外出可能になったら結果報告するのか?」

「……先方から連絡があるとしか……」

 

 背後にいるのは用心深い連中?……いや、無事に戻れるかどうか判らない潜入工作員に自前の駒を使うような話ではない、ということか?

 いずれにしてもこいつらは布石のひとつに過ぎない、ということだ。多少でも情報が取れれば良く、上手くいけば御の字程度の扱いなのだろう。つまり俺が肉腫で支配してもこいつらの異変を探られることはないわけだ。

 

 いちおう全員の確認しておくか。

 

 3人を配下に加えることにした。

 昼休みに寮の俺の部屋に呼ばれた3人は謎勢力の使い捨ての駒から魔導国の公僕(仮)に昇格した。確認の上、明日には魔法詠唱者組の3人も……

 

 

 

 

 

 

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 以前よりもなかなか素敵な街になったわね。

 

 氏名と居住地(本拠地)と入国目的を書いた紙とアダマンタイト製の冒険者プレートを見せ、魔導国入国上必要とされる簡単な講座を受講した証明を受け取ると思いの外スムーズに街中に入ることができた。

 エ・ランテルの入口は各城門に3ヶ所有り、国民専用の国民証を見せるだけの入口と様々な種族の移住希望者達が長蛇の列を成す移民者専用の入口と自分達が使用した一時滞在者用の入口だ。

 多種族共生を標榜する魔導国では身分証明可能な一時滞在者の入国は非常に簡便な手続きで可能だ。逆に身分証明が心許ない者はそれなりに時間が掛かるらしい。いずれにしても犯罪者の類は近寄ることも躊躇うだろう……街道沿いを巡回警護している強大なアンデッド衛兵団を一目でも見れば、魔導国での犯罪者の末路は簡単に想像できるはずだ。

 

 エ・ランテルは以前と比べても活気に満ちていた。

 通りの端では大道芸人の周囲に人垣が溢れ、魔導国の営業許可証を掲げた露天商が各地の名産品と思われる商品や食品を売り込もうと大きな声で客の呼び見込みをしている。

 

 まるでお祭りね。

 

 人間も笑顔……亜人もおそらく笑顔だ。あくまで表通りを見ただけだが、栄養状態が悪いように見える者はなく、衣類も清潔で余裕があるように思える。駆け回る子供達が大声で笑い合い、大人達は幸せそうな視線を向けていた。

 時折、通りを巡回する立派な装備のゴブリン衛兵達は非常に理知的な眼差しを見せ、人間にも友好的だ……そして感覚的に強いと理解させられる。

 オーガや他の亜人達も身体を清潔に保っているらしく、横を通り過ぎても臭うことがない。

 

 街は物と人と金で溢れていた。

 試しに立ち寄った食品店の品揃えは見たことがないほど充実していた。その隣の店では調理済みの料理を配達する専門店だという。簡単に話に応じてくれた店主はともかく配達員達はてんやわんやの大騒ぎだった。価格は高いが客が希望すれば『保存』の魔法も使うらしい。元々魔法詠唱者として身を立てようとした店主が考えた商売だと聞いた。

 少し行った先にある衣類の店は商品の販売だけでなく、修理や洗濯も請け負っていた。修理も洗濯も大して潤ってはいないらしいが、街に金が落ちているようなエ・ランテルならばどんなに小さなビジネスチャンスでも逃すのは惜しいと続けているらしい。

 かなり大手の商店でも話が聞けた。木製品製作兼販売を生業とし、王都でも有名なシュグネウス商会とも取引があると言う。店を取り仕切る者から人足や職人に至るまで、彼等は口々に王国統治時代とは比較にならない経済的好環境を主張した。まるで王国人であり続けるラキュースを魔導国に誘っているかのような口振りだった。そうでなくとも皆明るく前向きで、魔導国統治下のエ・ランテルの現状は敗戦直後にもかかわらず空前の好景気を持続している王国が霞むように感じられた。

 街の顔である表通りを一通り歩き尽くし、ラキュースは裏通りに向かった。と言っても貧民街のような場所でなく、主に人間種が暮らす住宅街だ。

 住宅街も極めて清潔だった。染み付いた汚れなども無く、見渡す限りゴミひとつ落ちていない。街のあちこちに点在するゴミの集積所にはエルダー・リッチの管理者とスケルトンの作業員が立ち、身体の不自由な住民のゴミ出しの手伝いまでしていた……目を疑う光景だった。

 魔道具による公共の水源も街の各所に確認できる。主婦達が気軽に水場に集い、噂話に花を咲かせていた。またも皆笑顔だ。

 裏通りもスケルトンの集団が巡回清掃している。見てくれが恐ろしいエルダー・リッチが率いる集団は実に効率的に街を清掃していた。行き交う人々も彼等に謝意を示し、彼等も頭を下げる。

 また別の集団は汚物収集を担当しているらしく、得体の知れないアンデッドが引く荷車に汚物の詰まった容器を積み上げていた。街の人によればエ・ランテル郊外に集積され、堆肥に加工してから、カッツェ平野の開拓地域に運ばれるようだ。既にカッツェ平野の一部は巨大な国営農場に変貌しているとも聞いた。

 神殿前の広場までスケルトンの集団が清掃しているのが常らしく、広場を歩く神官達もスケルトンの集団に忌々しげな視線を向けるものの、彼らの行動には素直に感謝の意を示していた。同じ神官のラキュースとしては信じられない光景だった。

 事前に得た情報によれば魔導国には教育義務というか無償の義務教育というものがあるらしい。

 人間ならば6歳から15歳までの10年間、公立の学校で基礎的な教育や各自の適性に応じた教育を無償で施すと聞く。しかも自由意志でなく、子供に教育を受けさせるのが国民の義務だという。辺鄙な開拓村などにもスケルトンの労働力が行き渡らせ、子供達を労働から解放した結果だ。小さな子供の頃から魔導王と魔導国に対する忠誠心を植え付け、しかも多種族共生に馴染ませ、さらに適性に応じた優れた人材を育成する目的らしい。

 素晴らしい社会システムと強権的な管理システムの見事な融合だ。

 

 でも裏返せば、強固な支配システムの恒久的強化みたいなものね。

 

 未来永劫支配者であり続ける魔導王が国民の未来の選択を犠牲にして自身に都合の良い社会を構築している……そう考えられないこともない。だが当の国民は魔導王の支配を望むだろう。他国では考えられない厚遇なのだ。王国では無償の教育など考えられない。帝国だって似たようなものだろう。

 公立学校の前で立ち止まり、ラキュースは雑多な種族が入り混じった校庭での授業風景を見つめた。エルフの教師の前でリザードマンとオークと人間の子供が入り混じって整列していた。その横でスケルトンの作業員が校庭の石を拾い集めている。ここでも魔導王の使役するアンデッドは社会に受け入れられていた。

 

 ここまでエ・ランテルでアンデッドを恐れる人間を見たことは無かった。

 神官ですら嫌悪に止まり、彼等の活動自体は黙認してる。

 アンデッド達は社会に受け入れられ、見事に溶け込んでいた。

 話を聞けた街の住民達は口々に語った。

 

「なくてはならない存在」

「慣れてみれば人の嫌がる仕事を全部やってくれる」

「街の外にいる兵士も役人もほとんどがアンデッドだ」

「便利で良いだろ?」

「生者を憎むって誰が言い出したんだ?」

「今まで恐ろしいと感じていたのがバカバカしく感じるよ」

「俺も死んだら陛下にアンデッドにしてもらうんだ。たとえ死んでも皆の役に立てるだろ?」

「魔導王陛下万歳!」

 

 アンデッドの帝王を頂点とする無数のアンデッドに支えられた国家……たった3ヶ月程度で住民達の認識は180度転換していた。

 

 魔導王とゼブルの考えは……素晴らしいのかしら?

 

 極短期間にこんな国家を作り上げた正体不明のアンデッドと人間の組み合わせが何を考えているのか?……自身の興味本位で簡単に請け負ってしまった依頼の困難さにラキュースは薄緑色の瞳を輝かせた。

 

 

 

 

 

 

 

「なんでも冒険者訓練所とかいうものが設立されたらしいぜ!」

 

 大振りのジョッキを一気に飲み干すとガガーランは大声で言った。かなり興奮しているようだ。

 

「……ここ魔導国じゃミスリル以下は一人前の冒険者と言わねえってよ!」

「そうらしいな……私も組合で聞いた」

 

 イビルアイの言葉に連れて、双子忍者も大きく頷く。

 

「白金級以下は国が面倒見るって……まだ冒険者にもなって間もねえ新人までだぜ。連中はどこからそんな金を手に入れた?」

「金なら王国への穀物輸出でかなり儲けただろうな」

「穀物だけじゃない」

「エ・レエブルにかなりの建築資材が魔導国から輸出されている」

 

 双子忍者によれば宰相レエブン侯の本拠であるエ・レエブルで都市の再開発が始まったらしい。対魔導国の最重要拠点であるが、当のエ・レエブル自体がシュグネウス商会経由で魔導国から大量の資材を運び込まれていると言う。現場ではビーストマンの人足達やゴーレムも数多く使役され、莫大な工事費用が大量に魔導国に流れているのではないかと盛んに噂されていた。

 

「まっ、それはそれとしてよぉ……現在の魔導国に冒険者と呼べる存在はたったの4チームらしいぜ。アダマンタイト級の『漆黒』を頂点にして、ミスリル級の『天狼』と『虹』と『豪剣』しかいねえわけだ。組合はどうやって依頼を処理するんだ?」

「それは訓練生に課題として処理させるらしい。報酬は国庫へ……いずれにしても赤字だろうがな……私が組合で聞いてきた話によれば、魔導国の冒険者は鉄級に昇級すると全員に魔法の武具がフル装備で貸与されるらしいぞ。銅級でも魔化されていない装備が貸与され、消耗品の類も国家から全て支給されるらしい。訓練生が死なないように……魔導王はアンデッドを自称しているらしいが、どうにも信じられないな。エ・ランテルの街中と言わず、あちこちでアンデッドは見掛けるが……」

 

 ガガーランは考え込み、ポンッと手を打った。

 

「儲かって金の使い道がねえから、貧乏冒険者に憐れみでも感じて慈善事業でも始めたのか?」

「そんなわけがあるか、脳筋!……魔導王はアインザック組合長に冒険者を子供達の憧れの職業に変えたいと語ったそうだ。未知を既知に変える職業……冒険者はモンスター専門の傭兵からそう変わるべきだ、と……凄まじい志の高さじゃあないか?」

「そりゃ……凄えな」

 

 ガガーランは言葉を詰まらせ、ティアとティナも頷く。

 魔導王はアンデッド……自身で宣言したとはいえ、とても信じられない。

 

「で、魔導王が宣言通りアンデッドだとして、アイツはなんでアンデッドなんかと手を組んだ?……なんでアンデッドの志が高い?……なんでアンデッドが生者に善政を施す?……理解できないことばかりだ」

「そりゃ、まあイビルアイみたいなものなんじゃねえか?」

「ゼブルが手を取った」

「ゼブルが担いでいる……どちらかで全然印象が違うと鬼ボスが言っていた」

「お花畑の姫様はゼブルと会談した印象では、魔導王の方ががアイツらを招き入れた、と言っていたらしいが……」

 

 唐突にイビルアイが言葉を濁した。

 ちょうど通り掛かった女中にガガーランが追加で麦酒を頼み、ティアとティナも運ばれてきた料理に口を付ける。

 女中が去ると再びイビルアイが口火を切った。

 

「……まあ、それはそれとして組合で奇妙な噂も聞いた。ゼブルとティーヌとジットが冒険者訓練所に入所させられたらしい」

「はぁ?……いまさらかよ」

「つまりゼブルが魔導王を担いでいる線は薄いってことだ」

「そりゃ、まあ、そうか……魔導国次席の副王とその一派が冒険者訓練所に入所させられたということだもんなぁ」

「魔導国は決して一枚岩じゃあない……そう推測できる。少なくとも魔導王率いる主流派と副王ゼブルの一派の間に多少なりとも軋轢はあるのだろうな。でなければ、こんな不自然な形にはならない」

「……派閥か」

 

 ガガーランが呟き、考え込む。

 イビルアイが続けた。

 

「先入観は禁物だが……お花畑の姫様の印象を考慮すればゼブルと魔導王は良好な関係なのかもしれない。だがその配下同士までが良好とは言えないのかもしれないな……既に魔導国は成立してしまったし、魔導国民は他国より経済的に恵まれているように見える。しかしアンデッドが恒久的に生者を治め続ける国家がどうしても正常な国家とは考えられない」

「そうは言うけどよぉ……現実の問題は周辺諸国の方が多いように思えるんだがなぁ……俺達はこうして簡単に入国できるわけだし、衣食住どれをとっても魔導国が王国より劣るとは思えねえ。魔導王自らが冒険者の強化を考えるぐらいには依頼も多そうだ。モンスターの討伐報酬だって2倍だぜ。まあ、アンデッドの衛兵団が強過ぎてモンスター討伐は相当難しいって情報に間違いはなさそうだけどな。それに税だってびっくりするぐらい安いじゃねえか?……しょーじき、凄え良い国だぜ。ゼブルに対して蟠りが無ければ俺は移住を考えても良いぐらいに思ってるけどよ」

「ガガーランに同じく……冒険者の地位向上は凄く魅力的」

「私もそう思う……鬼ボスの立場を考えなくて良いなら、だけど」

 

 3人の声にイビルアイの仮面が僅かに頷く。

 

「お前達の言いたいことは理解している。王国でも有力諸侯のほとんどが没落して、全体の状況がかなり良くなったとはいえ、相変わらず冒険者は取り残されて、苦境は続いたままだ……旧『八本指』が同根のシュグネウス商会の影響力を駆使して依頼を奪い続け、冒険者達は旧『八本指』や専業兵士として国軍に飲み込まれ続けている。だがシュグネウス商会とはつまるところゼブルの一党だ……私はそれが気に入らない」

「……イビルアイの気持ちは、それこそ良く解るぜ。でもゼブルの影響力はいまや周辺諸国全体に及ぶじゃねえか?……帝国や竜王国は言うに及ばす王国だって例外じゃねえ。俺達はそれこそ胸糞悪い法国なんぞに行けねえし、ローブル聖王国やカルサナス都市国家連合程度の国家じゃ、いずれ魔導国を盟主とした軍事経済同盟に飲み込まれるは火を見るよりも明らかだろ……残るは評議国か人間種の地位が低いはるか南方ぐらいしか選択肢がねえわけだ。だったら魔導国は悪くねえ選択だと思うぜ。ティアの言う通り魔導王自らが冒険者の地位向上を考えてくれているのも良いじゃねえか?」

「ガガーランも良いことを言う……少なくとも王都に冒険者の未来は無い」

「今回の依頼を終えたら真剣に考えるべき……世間は潤っているのに王都にいても本当に依頼が無い。古い知り合いの冒険者達もいつの間にか冒険者廃業して、旧『八本指』に移籍する流れが止まらない。それにすら取り残された連中はみんな国軍に志願している」

「頼みの綱のモンスター討伐だって、最近立ち上げた専業兵士部隊の訓練で王都周辺はみんな狩られちまう。なんでもガセフのおっさんじゃなく、王都軍司令に就任予定のモチャラスとかいう貴族が自身の経験からモンスター討伐を推奨してるって噂だぜ」

 

 ガガーランは一気に飲み干すと音を立ててジョッキをテーブルに置く。そのまま女中に追加注文した。

 

「私達も噂を集めた。モチャラスはシュグネウス商会と繋がっている」

「今回の戦争前まではどうしようもないクズだったって言うのが周囲の評価」

「それが短期間で一端の戦士になった……元六腕のエドストレームとかなり近いらしい……開戦前まで同居していたらしい」

「本当に裏の取れない噂では……戦争直前にティーヌの姿が王都のモチャラスの屋敷周辺で目撃されたらしい」

「末端でも旧『八本指』の構成員から聞き出した……それも複数」

「1人だけ……シュグネウス商会の関係者からも聞いた」

「暇潰しもたまには役に立つ……でも仕事が無いのは本当に悲しい」

「暇も悪くないけど……お金が減る一方」

 

 ティアとティナは同時に項垂れた。

 イビルアイの仮面が表情を隠しているが、その裏で渋い顔しているのは明らかだった。

 

「……つまり戦争で成り上がったモチャラスもゼブルの一党なのか?」

「イビルアイが竜王国の首都で拾ってきた情報……ゼブルは戦争に直接参加していないけど、すごーく得してる」

「魔導国を建国した。莫大な金も稼いだ……自分は周辺諸国中最強国のナンバー2に成り上がった。いまやVIPの中のVIP……最初に会った時は王国の最底辺の銅級冒険者だったのに……驚異的な成り上がり」

「戦争の時流に乗って成り上がった」

「戦争の情報で儲けた」

「情報が大切……ゼブルは世界を出し抜いた」

「時流に乗るべき……今回の依頼の後、考えるべき」

 

 テーブル越しにティアとティナが同じ顔で同じジト目を向けてくる。

 仮面の裏はともかく、表向きイビルアイは怯まない。

 

「何にしても王国貴族のラキュースの立場もある」

「違えよ、イビルアイ……ラキュースはともかく俺達は食うことを考えなきゃならねえってこった。それに強くならなきゃならねえ……このまま王都で惚けた日々を送り続けて良いのかってこった。イビルアイだって王国なんぞに義理立てする必要はねえだろ?……俺もそうだし、ティアとティナもそうだ。問題はラキュースだけなんだ。だがラキュース1人がどんなに頑張っても王都に冒険者向けの依頼は増えねえよ。つまりジリ貧だ。今考えるのか、少し先に考えるかだけの差でしかねえのさ……で、同じ考えるのなら早い方が良いし、移籍するなら条件が良い方が良いに決まってる。税が軽いだけで十二分にお釣りがくる簡単な話だぜ……ラキュースだって実家を捨てるわけじゃねえ。単に活動拠点を移すだけの話さ」

 

 ガガーランもティアもティナも心が揺れているわけではない。ただイビルアイに決心を促しているだけだった。まずメンバーの気持ちを固めて、決定権者であるラキュースと協議しようというつもりなのだろう。

 

 いずれにしても今回の依頼を終えたら、真剣に考えなくてはならない。

 

 今回の依頼に対する依頼主の意図を考えると、少し複雑な心境になってしまう。ラキュースが絶対に明かさない表に出てこない真の依頼主はラナーなのだろうと勝手に想像していたが、どうにも腑に落ちない。

 

「仕事よ……本来、冒険者の仕事じゃないけど断りきれなくて……」

 

 ラキュースがそう言って持ってきた依頼は敗戦で上がゴッソリまとめて失脚した結果、一気に昇格したアインドラ法務尚書……つまり実父からのものだと言った。たしかに政治絡みの仕事で本来は冒険者が関わるべきものではない。しかし過去にもラナー王女の依頼をこなしてきたのだから、いまさらと言えばいまさらな話だった。

 しかも報酬は高額。

 依頼そのものは極めて簡単。

 王都に戻ってからとにかく暇を持て余していたメンバーからすれば、断る理由など無いに等しい。ハッキリ言って抵抗感すら感じない。

 

「一言で言えば調査依頼……魔導国の実態調査ね……当然冒険者を雇うのだから国家間の情報共有から漏れる類の情報が欲しいらしいわ……期限は3ヶ月。あらたに魔導国の都市となったエ・ランテルと新首都のカルネの市井の情報を中心に集めて欲しいそうよ」

 

 内容に比して歯切れの悪いラキュースの言葉が思い出された。何かしらの裏があるのは明白だった。

 




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