殺すか防御だけならばまだしも、さすがに『人化』したままで屈服させるのはステータス的に厳しいと判断した。
本来の魔神アバターに戻ったので、見たところ50レベルにも満たないような竜王程度の攻撃はドラゴンの最強攻撃であるブレスであろうと、一切のダメージは通らない。
背後に立つアインズさんのさらに背後にサイズ的にはかなり無理があるが隠れるようにヘジンマールが立ち、その背後でティーヌ、ジット、ナーベに守られるようにゼンベルが立っていた。
オラサーダルクの執拗な猛攻が続く中、あえて爪や尻尾の一撃だけは手で払い除けながら、欠伸をする。
それを見たオラサーダルクはさらに興奮状態に陥った……ゲーム内や対人であれば狙い通りだが、生きているドラゴンを相手にするのは初めての経験なのでいまいち自信は持てない。ただ意思疎通は十二分に可能だ。ドラゴンはユグドラシル以上に人間臭い反応を示す。
牽制の為にチラリと3匹の妃っぽいドラゴンを見る。
彼女達は目が合う度に長い首を器用に使いながら目を背けた。
風見鶏……集団で生活している割には利己的な連中だ。
「お前達、加勢しろ!」
「やっと単独じゃ話にならないと悟ったか?」
「くっ……」
「まあ、何匹で掛かってこようと無駄だ、無駄……俺とお前達では力が隔絶し過ぎている」
「舐めるなよっ、チビの黒いバードマンめ!」
余裕の無くなったオラサーダルクは当初の目的である俺達の装備の強奪など頭から消え去ったようだ。
ブレス、ブレス、ブレスの三連発も俺にとっては単なる涼風に過ぎない。
オラサーダルクの巨大な眼球が歪んだように見える。
もう少しか……折れるまで。
しかし飽きた……新しい技もスキルもなく、ひたすら力押しの戦闘ではさすがに見所も少ない。もう何周、同じ攻撃を繰り返しているのか……?
少し試すか。
なかなか諦めないオラサーダルクの振った尻尾の一撃を掴み、そのまま無造作に地面に叩き付けると、尻尾からの振動が伝わり、頭が大きくブレた。そのまま俺の体よりもデカい頭の前に飛び上がり、右手で鼻面を掴んで地面にめり込むまで押し付ける。
古のドワーフが作り上げた美しい床面が蜘蛛の巣状にひび割れ、その中心で巨大な眼球が俺を睨んだ……そして大きく見開く。
「おい、これは何だと思う?」
左の掌の上に現れた、直径5センチ程の暗紅色の球体……それは内部で循環するように液体が蠢いている。
見るからに不穏。
存在そのものが凶悪な代物と一目で理解させる。
この世界の理解の外側……ユグドラシルのスキルによって生み出された球状の液体……これまで実験以外でほとんど使ったことはない……ユグドラシルでもおそらく俺しか使えない。大袈裟に言えばそんな代物だが、真実を言えば戦闘向きのスキルではないので使用した経験は僅か。
ゲームのテキストによれば『魔神の血液』だ。腐敗と暴食を司る厄災の神の血液……効果は苦痛……この世界に存在する全ての苦痛を凝縮した液体……それは肉体的なものだけでなく、精神的なものにも霊的なものにも及ぶと言う。
オラサーダルクにはここまで説明した。
ユグドラシル時代の実験では際限なくランダムに強烈なバットステータスを与え、同時に際限なく回復し、一度発動してしまえば一定時間内は解除不能。対プレイヤーであればログアウトして一定時間経過するまで効果が持続するという代物だったが、逆に言えばその日は即座にログアウトしてしまえばノーダメージで解除可能なものだ。取得条件を満たすのが出鱈目に難しく、かつ雑魚や召喚モンスター相手ならばまだしも、対プレイヤー戦時に全く使えないスキルなのでPVPで使った経験は0。
ただしログアウトできないこの世界での効果は……
オラサーダルクの眼球が恐怖に歪み、激しく動き回った。
だがどんなに暴れようとしても頭は1ミリも動かない。
「やめろ!……やめろ!」
「やめろ……だと?」
「やっ、やめてください……お願いします。貴方様に……従います。生涯忠誠を誓います。だから、だから……それだけはやめて下さい」
未知の不安。
攻撃は通用しない。
ブレスも無意味。
膂力でも敵わない。
そして得体の知れない攻撃。
どうやっても逆転できない現実。
そして心は折れた。
オラサーダルクは身を竦め、恥も外聞もなく懇願の声を上げ続けた。妃達の前で、侮っていた息子の前で……竜王の誇りをかなぐり捨てて。
「ならば、お前の全てを差し出せ……地位も財も家族もお前自身の命も、全てだ」
「ヒィィイ!」
暗紅色の球体を目の前に翳すと、オラサーダルクの巨体が震えた。
「差し出します……いえ、献上させて下さい……私の持つ全てはこの命に至るまで貴方様のもの……この先の生涯、全身全霊で仕えさせていただきたく思います」
「仕えることを許そう……あそこに在る者は全てお前の上位者だ。そのことを心に刻め!」
オラサーダルクの眼球が動き、モモン姿のアインズさん以下を脳に刻み込むように必死に見た。
「発言をお許し下さい、我が主人よ」
「許す」
「我が主人よ……我が不肖の息子ヘジンマールも上位者なのでしょうか?」
……そこ?
ちょっとだけ真剣に考えてみた。今まで通りの上下関係とはいかないが、さすがにヘジンマールを上位者とするのは無理があるね。
「……まあ、いちおう先輩ではあるが、お前達は今この瞬間から魔導国の国民となったわけだ。だから同等で良いんじゃないか」
「ははぁー、ありがたき幸せ」
鼻面から手を離すとオラサーダルクが平伏した。
呆然と眺めていた3匹の妃も慌てて平伏す。
「お前達は19匹いると聞いた。全員連れて来い……今すぐに、だ」
妃達が脱兎の如く宮殿内に散って行く。
その様を見て、アインズさんがヘジンマールに告げた。
「お前も手持ちのドワーフの書物を全て持って来い」
ヘジンマールが慌てて駆け出す。
あまりに圧倒的な戦力差に我を忘れていたようだ。
そのままアインズさんは前に進み、平伏すオラサーダルクを睥睨した。
「お前は集めた宝物を全て持って来い……それらの検分を終えたらドワーフ王国の宝物庫に案内しろ」
オラサーダルクは立ち上がり、とぼとぼと通路の奥へと消えた。
既にこちら側のヘジンマールを除き、広間に平伏す18匹のドラゴン達。
それぞれが生涯の忠誠を誓う弁を述べる中、
「納得がいかん!……こんなチビに全てを差し出すなど!」
ヘジンマールよりも少し体格の大きなドラゴンが立ち上がり、怒鳴る。
一対一で父を完膚なきまでに叩きのめしたという奇妙な黒いバードマンに狙いを付けると全速力で突進する。
が、欠伸が出るほど遅い。
前に出ようとするティーヌとナーベを手で制して、俺は左の掌に件の暗紅色の球体を作り出した。ちょうどこの世界での『魔神の血液』の効果を試したくて仕方がなかったのだ。
まっ、ドラゴンであれば低レベルでもバッドステータスのショックで即死することはないだろう。即死さえしなければ即座に回復されるし。
念じると球体がドラゴンの頭部に向かって飛翔した。
パシャリと音を立て、鼻面で破裂する。
暗紅色の液体が飛散し、ドラゴンは慌てて顔面を覆うように擦ったが、時すでに遅し。
浸透が始まる。
ほぼ同時に哀れな悲鳴の咆哮と安堵の溜息が聞こえた。
「なっ、何を!」
1秒の間断もなく、果てしなく続く苦悶の咆哮の中、僅かに聞こえたその言葉がドラゴンの最後の抵抗だったのかもしれない。
哀れなドラゴンは絶叫しながら這いずり回る。
もはや周囲の認識もできず、ひたすら悲鳴を響かす壊れたマシーンだ。
「まっ、1日耐えろ……それで終わるはずだ」
他の17匹を見れば、爬虫類なのに「ドン引き」と書いたような表情で俺を見ていた。こちら側に立つヘジンマールすら長い首を竦め、明確に怯えの表情を見せている。
モモン姿のアインズさんは興味津々で俺を見ていた。
期待の目を感じるが、礼儀としてスキルの中身を聞かないのだろう。テキスト上の説明は既に知っているのだ。具体的な効果も想像がつくのだろうが、やはりプレイヤーとしては初見のスキルは気になるはずだ。
「コイツは『魔神の血液』って名称のスキルなのは言いましたよね?」
「オラサーダルク戦の時に聞きましたよ」
「24時間絶え間無く苦痛を与え続け、同時に回復し続けるスキルです。いかなる種族でも効果は均一……アンデッドだって例外じゃない。実体が無くたって一緒です。それがテキスト上の『霊的な』苦痛って部分で担保されていると思っています。どんな手段でも解除は不能。ただし巨大過ぎる欠陥が……ユグドラシルではプレイヤーが一時的にログアウトして24時間ログインしなければ、ノーリスク、ノーダメージで効果が喪失する代物だったんです……が、ここではログアウトできない……そーゆーことです」
「……エグっ!」
アインズさんが身悶えるように自身を抱きしめた。
「対プレイヤーでは全く使えないスキルだったんですけどねぇ……取得に苦労する割に対象プレイヤーを実質1日ログイン不能にするだけのスキルだったんです……初見であればそれなりに使えるかも知れませんが、コレを使うような状況であれば、当然殺した方が話が早いわけですよ。簡単に時間も稼げるし、上手くすればデスペナでレベルダウンも望めるんですから……対象もデスペナの方が理解し易いし」
「そりゃそうですね……しかしログアウトが関連するスキルはかなり変質しているわけですか……?」
「手持ちの魔法やスキルでログアウトで解除できるようなものがあれば、試した方が良いんじゃないですかねぇ?」
「……そうかもしれませんね」
アインズさんはしばらく鬱陶しそうに絶叫するドラゴンを見つめ、溜息を一つ吐くと、視線を外し、メッセージでナザリックにいるシャルティアに指示を出した。フロスト・ドラゴン一族から献上された財宝と文献をナザリックに移送する指示だ。 ついでに検分と解析の指示も加える。
即座に『転移門』のエフェクトが出現し、中から無数のスケルトンと指示役のエルダー・リッチが現れ、アインズさんに一礼した。彼が分類し、リストに記入したものからスケルトン達が次々とお宝と文献を『転移門』の中に運び込んで行く。それ以外にも宝に対する嗅覚に優れたドラゴン達を前面に押し立ててフェオ・ベルカナ内を隅々まで探索させ、少しでも価値ある物や文献は根刮ぎナザリックまで運ぶ。
その様子を見て、アインズさんが満足げに頷く。
「んじゃ……次は本命のドワーフ王国の宝物庫に向かいますか?」
「その前に念の為にクアゴア達を屈服させましょう。エルダー・リッチはともかくスケルトン軍団ではさすがに勝ち目が無いでしょう。回収作業の邪魔されても困るし、数が多いからと後回しにして、反抗される隙を作ると面倒かも知れません……おい、オラサーダルク!」
アインズさんの呼び掛けに都市内探索に出れない大きさの4匹のドラゴンが一斉に首を向け、その中でも一際大きくビクついたドラゴンが慌ててアインズさんの前まで移動して、即座に平伏した。
「お呼びでしょうか、我が主人よ」
「これからこの地に住む全てのクアゴア達を屈服させる。10分だけ時間をやる。お前は俺達の前に統合氏族王ぺ・リユロとやらを時間内に連れて来い。お前が逃げ出したり、統合氏族王を間違えたり、少しでも時間に遅れた場合はどうなるか……」
アインズさんは広間で苦しみ続けるドラゴンに顎をしゃくった。もはや絶叫ではなく、泣き喚いているように見える。
「……言うまでもないよな」
オラサーダルクは絶叫し続ける息子の様子を見て、改めて唾を飲み込んだ。
「……必ずや10分以内に御身の目の前に引っ立てて参りましょう、我が主人よ」
「忠勤に励め!」
オラサーダルクは咆哮しながら、脱兎の如くアインズさんの前から走り出した。竜王を顎で使う漆黒の戦士……その威風堂々たる姿とロールプレイの見事さも相まって、正に魔王だ。
「……こうなったらアゼルリシア山脈に住む全ての種族を魔導国の国民にしましょう。なんか燃えてきましたよー!」
「あの溶岩の中にいたデカい奴もですか?」
溶岩の中を平然と泳いでいたバケモノらしき存在……レベル的にはオラサーダルクと良い勝負なので大したことはないが、なにしろ住んでいる場所が厄介だった。
「ものはついでです。例外無くやりましょう。周囲を平定させればドワーフ王国も簡単に門戸を開くでしょう。我々の力を見せつければ……外交交渉そのものはゼブルさんにお願いします」
アインズさんはやる気だ。
まっ、そこまでお膳立てされたら、こっちもやらないわけにはいかないな。
貿易関係の構築や同盟やらは達成して当然。
ルーン工匠を無条件で全てカルネに連れて行く。
その実に趣味的な目標を達成させてやる。
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器用に正座するモグラ軍団……総勢80000……とはいかず、目の前で正座しているのは約50人程だ。統合氏族王が引き連れているのはおそらく最高幹部連か親衛隊といったところだろう。パッと見ゼンベルよりは強いが、イビルアイを除く青薔薇よりも弱い。
その中心でジットよりも少しレベルが低そうなペ・リユロが完全に平伏していた。
ザ・土下座……それは見事な所作だった。
そのな中で青毛隊長だけは正座する集団の後方で突っ立っている。彼は既にこちら側であり、忠誠は俺にあり、主な関心は自身の氏族どころか種としてクアゴアを存続させることにあるので、統合氏族王ペ・リユロには全くと言っていいほど無関心だ。
クアゴア達の周囲をフロスト・ドラゴン一族が取り囲んでいる。
もはや戦力比較ではこの上なく絶体絶命であり、完全に観念したようだ。当初は震えていたが、とりあえず従っていれば殲滅される心配は無いことは悟ったようで、徹底的に服従の意志を見せている。
「面をあげよ、ペ・リユロ」
「ハハーッ」
青毛隊長や赤毛もいるクアゴア幹部連(もしくは親衛隊)の中でもペ・リユロは少し違う外見なのだ。よもや別人ということは考えられない。まして鋭敏な感覚を誇るドラゴンのオラサーダルクから見れば一目瞭然だろう。
「私がアインズ・ウール・ゴウン魔導国最高の冒険者モモンである。そして」
そこまで宣言するとアインズさんのアバターが嫉妬マスクとガントレット付きの魔導王へと早変わりした。
「アインズ・ウール・ゴウン魔導王、その人である!」
ロールプレイヤーの本領発揮……何度も繰り返されたであろうポーズの練習の成果が最大限発揮された。うーん、かなり極まっている。
睥睨するアインズさんに対してその場に存在する全てが平伏した。ただし俺とティーヌとジットは除くが。
青毛隊長によればクアゴア史上最高の王であるペ・リユロであるが、もはやまな板の鯉状態なのか、再度頭を上げる。
「発言してよろしいでしょうか、魔導王陛下?」
「発言を許そう」
「我々クアゴアは魔導王陛下に絶対の忠誠を誓います」
即答で全面的な無条件降伏だ……まっ、そりゃそうか。
「良い返事だ。気に入った……ならばお前達の全てを差し出せ……さすれば、全てのクアゴアに平和と安寧と豊かな暮らしを約束しよう」
史上最高の英雄であろうとクアゴアの王でしかないぺ・リユロに反対や交渉などできるわけもなく、ただ頷くしかなかった。
「……仰せのままに……」
「そうか……ではお前を含めたクアゴア達には移住してもらう。場所はカッツェ平野だ。お前達には開拓事業に従事してもらおう。全員で地下から大地をひっくり返すのだ。アンデッドが闊歩する呪われた地であるが、アゼルリシア山脈同様我が領地だ……まあ、それは山脈全体を平定した後で良い。差し当たってはお前を含めて種族の強者20名、我が旅に加われ……残りはカッツェ平野の開拓事務所周辺で担当官の指示に従うことを命ずる……良いな」
「ハハーッ」
アインズさんの宣言により、探索行はドラゴン一族とクアゴアの強者達を加え、総勢45名の大所帯となった。
残りの膨大な数のクアゴアは俺の名代である青毛隊長の指揮され、ドワーフの廃墟待機組を加えて、カッツェ平野の開拓事務所近郊まで『転移門』で移動した。
正にフロスト・ドラゴン様様だな……連中を引き連れていけば万単位の種族も簡単に降伏する。別に弾圧も武力制圧もするつもりはないが、やはり亜人種には理解し易い強さが極めて有効だ。強さの象徴であるドラゴンを配下に加えたのは正解だろう。
これはアゼルリシア山脈以外に住んでいる亜人種でも通用する攻め方ではなんじゃないか?……今度はアベリオン丘陵のデミウルゴスの影響下に無い亜人種のことろにでも連れて行ってみようかな……さすがにドラゴンを知らないとか無さそうだし。
そんなことを考えている間にアインズさんはモモンの姿に戻り、急にソワソワとしだした。
「そ、それじゃあ、いよいよドワーフ王国の宝物庫に突入しましょう!」
あっ、それが寄り道の主目的でしたわ。この世界の強者であり、宝に対しては強欲の塊みたいなドラゴンでも解除できない宝物庫……ユグドラシルプレイヤーでソワソワしないヤツがいるはずもない。
クアゴアがドラゴンとの取引用に溜め込んでいた鉱物や貴金属や宝石の類も結構な量が運び出されていた。エルダー・リッチ達が目録を作成し、数千に及ぶスケルトンの人足軍団が次々に『転移門』の中へと搬入していった。整然とした作業風景は人間よりもアンデッドの方がこういった単純定型作業には適性が高いことを示していた。
完全に丸裸にされつつあるドワーフ王国の旧王都フェオ・ベルカナの中をオラサーダルクを先頭に俺達は進む。その後をフロスト・ドラゴン一族とクアゴアが続いた。
「こちらでございます、我が主人よ!」
強欲なドラゴンがどうしても開けられなかった宝物庫……アインズさんはほんの一瞬の躊躇の後『七門の粉砕者』を使用した。積年の望みが叶ったオラサーダルクの羨望の眼差しの中、俺とアインズさんだけが中に入り、扉を閉める。
扉が締め切られる間際、視線が交差するとティーヌとジットが扉の前に立ち塞がった……以心伝心……って、わけじゃないけど肉腫を通して良く意図を理解してくれた。これで安心できる……ナーベラルだけは不満そうな視線を俺に向けていたが、こればっかりはティーヌとジットでなければならない。時間的にも今のタイミングは逃せない。
薄闇の中でアインズさんが魔法の光を灯すと眩い光に俺は目を細めた。特に視界に影響はないのに……人間の時の癖だな。
「すげっ!」
「ナザリックほどじゃないですけど……って、そういう問題じゃないか」
同じ光景を見て、素直に感嘆した俺とナザリックと比較したアインズさんだが、2人とも心中は叫びたいのを堪えるのに必死だった……と思う。
リアルな黄金と宝石の山……ルーンの刻まれた武具や初見の金貨の山や装飾だけでも価値が高そうなキンキラの趣味の悪い小手やら……ユグドラシルでのレア金属や高位のデータクリスタルやら珍しいアーティファクトのドロップとは違う感動に打ち震えた。
しばらくして顔を見合わせる。
2人とも思わず「おおーっ!」と言ってハイタッチした。
正真正銘の宝の山だった。もはや価値云々でなく、これらを発見し、独占できる感動で胸が一杯になり、呆然と目の前の光景に浸った。
だがユグドラシルプレイヤーであれば、ここで油断することはない。更なる隠し部屋や、スリット式の隠し保管庫とかあるかもしれない。
でも、それらは後回し。
「さて、ここなら良いかな」
「何かやるんですか?」
「俺達以外誰も見ていませんから……滅多に使わないスキルを使おうかと」
「滅多に使わない、ですか?」
「MP消費がとにかくデカいんですよ……いや、アインズさんは何回か見たことあるような?」
「思わせぶりですね」
「さっきのログアウト絡みの会話で思い立ったんです。で、せっかくの機会なんで、今まで放置していたコレも鑑定しようかなー、なんて……」
アイテムボックスからユグドラシル最終日に手に入れた直径3センチ程の球体……ワールドアイテムを取り出す。
「そ、それは?」
「じ・つ・は……最終日の終了5分前ギリギリでに手に入れたんですよ……ワールドアイテム」
アインズさんが1歩退き、2秒程固まった後に2歩近寄った。
とんでもない勢いで質問が連発された。
そして鑑定では「ワールドアイテム」であることを確認しただけであり、用途は不明であることを告げる。さらにアイテムの投げ売りバーゲンでたった金貨1億枚で手に入れたことまで告げると、アインズさんは盛大に後悔していた……俺も行けば良かった、と……行こうかどうか迷ったけど、久しぶりに何人かギルメンも来たから云々、と。
「……で、消費MPが膨大なんで、安全圏で味方だけに囲まれていないと使えない鑑定スキルを使おうかな、なんて思いまして……これがナザリック内だとパンドラズ・アクターとか鬱陶しいでしょ?」
何気なく言った一言だったが、アインズさんは極端にしょんぼりした。
「……そりゃ、アレをアイテムマニアに設定したのは俺ですけど……なんかすみませんね」
「いや、あー、そーゆー意味じゃなくてですね……」
「本当はそんな風に思っていたんですね……」
「だって……俺達の装備を見る目が、ねぇ……」
目は空洞だけど……加入した当初、パンドラと出会った頃はそりゃー酷いセクハラならぬアイテムハラスメントにあったんですよ。あんな目に遭遇した経験があればナザリック内で未確認のワールドアイテムの鑑定なんかとてもできませんて!……そりゃ、ティーヌなんかは喜んで装備一式見せびらかしてましたけど。
こりゃ、油断できないアルベドがいるからとは言えないなぁ……本心はそっちなんですけど。
「まっ、とにかく鑑定してみましょうよ、ね?」
スリットからじっと嫌な念を込めて俺を見つめるフルプレート姿のアインズさん……それを無視した上で宣言だけしてスキルを発動する。
「スキル『グシオンの眼』!」
MPの70%近くを消費して、秘密を見抜く魔神の名を冠したスキルを発動した。ワールド・ディザスター最大の大技『大厄災』よりも最大MPに対する消費MPの割合が多いのだ……あくまで割合ですけど……総量はもちろん『大厄災』の方が多いです、ハイ……移動で『転移門』を多用したり、PK防衛を考えたら、完全な安全圏にいない限りそうそう使用できるスキルではない。その代わり『道具上位鑑定』など目じゃない精密と詳細さを兼ね備えている。運営しか知りようのない裏設定情報まで見抜いてしまうのは役に立つことも多いが、とにかく消費MPが多いので、残量に余裕がありつつログアウトする手前の瞬間にしか使用できないスキルだ。
まあ『魔神の血液』のようなログアウト絡みのスキルを実験したので、いまさらながらこのスキルを試そうかと思い立ったわけですよ。どうせ試すならばワールドアイテムの鑑定ですわ。
黄金に輝く瞳が掌の上のワールドアイテムを照らす。
直前まで拗ねていたアインズさんも興味津々でワールドアイテムを見つめていた。
「未使用……『天網恢々』という名称ですね……情報系のアイテムだから故事由来の名称なんでしょう。どうやら消費型の『二十』ではないようです。使用方法は……ウヘッ……飲み込むですって……受肉とか気持ち悪い表現だな。使用後、つまり受肉後に奪い取るには使用者をPKしてドロップさせるかぁ……差し詰めアインズさんの『モモンガ玉』みたいなもんですかね……」
「効果、効果はっ?」
「戦闘用の直接的な効果はありませんが、敵に対して圧倒的優位に立てますよ。対象の位置情報や秘匿情報を含む全ての情報を取得可能にする、ってなってますね……全て、ってところがミソかなぁ……攻性防壁なんざまるっと無視するんでしょうね……で、あー、やっぱり……」
「どうしたんですか?」
「いや、コレってチートも良いとこじゃないですか?」
「たしかに……敵の位置も弱点も秘匿されたスキル情報も丸裸ってことですよね。アイテムの隠し効果まで解るような代物……普通に考えたら無敵ですよ」
「まあ、ワールドアイテムだからチートで良いんですけど、そんなチートオブチートみたいな効果をあのクソオブクソの運営が単純にプレイヤーに渡すと思いますか?」
「思いません……いや、思えません」
「コレ……常時MP消費アイテムなんですよ。使用が条件でなく、受肉するとMPを消費し続けるってわけです。0時を起点に1時間当たり最大MPの2%が絶対値として減っていきます。で、24時間経過で一度回復ってわけですが完全ソロプレイヤーや学生さんならまだしも、翌日定時に出勤する立場だとユグドラシルが一番盛況な時間帯が最も弱体化されるってことろがクソ運営らしい嫌らしさですね。要するに普通のサイクルで生活しているプレイヤーにとって自由に使用できるMPが実質的に半減するってことです。MP回復を大量消費しながらじゃないと戦闘ができなくなるって、行動自体は的確になっても行動回数がかなり制限されるってことじゃないですか?……まあ、生産系や探索特化や諜報特化のプレイヤーなら涎ダラダラものなんでしょうけど……オールラウンダーの俺のビルドや戦闘特化だとかなり微妙な代物だなぁ……受肉ってワードのせいでお試しで使うってわけにもいかないから、売りに出てたのに未使用なんでしょうね」
「死霊系魔法特化の俺のビルドでも完全にお手上げみたいな代物ですね。と言うよりも魔法特化の戦闘職は全員スルー一択でしょう」
「……効果は絶大で捨て難いんだけどなぁ……」
「いくらこっちの世界に出勤が無いと言ってもリスクが高いですね……それにこっちの世界だとユグドラシル並みのMP回復アイテムは極めて貴重です。今のところ再入手の当てはありません」
「ですよねぇ」
劣化しない低位ポーションをカルネの工房でンフィーレアとリイジーが必死こいて開発しているのに、ユグドラシルの高位MP回復ポーション並みのものを大量生産とか、どれだけ未来の話になることやら……
しかしコイツはワールドアイテムだけあって、ただでさえチート……アインズさんには伏せた裏設定まで含めると「運営が狂った」としか言いようがない効果……しかもこれまでの経験上、テキスト上の設定は大抵の場合は凶悪な形で反映されていた……加えてただでさえハイリスクなものが超ハイリスクに変化するのだが……魔神どころか、この世界における神に至る力を手に入れるようなものだ。
だが現時点ではプレイヤー並の容量を誇り、かつ絶対的に信頼の置ける魔力タンク役が必要になる……残念ながらそんな奴はいない。だいたい俺にMP供給するぐらいならばアインズさんに供給した方が戦力的には上昇するし。
まっ、いざとなったら使えば良いか……とりあえず持っていればワールドアイテムの攻撃は防げるし。
あまり深く考えずに『天網恢々』を再収納した。
「あ、あーあ……もっと見たかったのに……」
「なんとか使う手段があれば、索敵の必要も無くなるんですけどねぇ」
「それって?」
「直接視界に入らない情報でも、俺の場合は眷属が自分の視界として使えますから……ただ第一世代の眷属だとMPは更にカツカツになりますから、戦闘は絶望的です」
「あー、そりゃ無敵ですね……MPさえ確保できれば、ですけど」
「そ、接敵前の時点で弱点把握してますから先制攻撃しまくり……でも最大限活用する為には超長距離攻撃一択なんですけど、MPが足りない、と……過疎ってる時間帯に索敵もクソもありませんから、0時から2時間だけの時間限定無双アイテムみたいなもんです……やっぱ運営クソだわ」
「あー、クソですね、クソ!……ギルド戦や集団戦しか活用できない仕様のワールドアイテムですか……ボス戦は攻略情報皆無とか稀ですから」
「そーですね……PVPやPK戦だと厳しいだろうなぁ……MP回復している間に殺られます」
「ガチの前衛職でも個人戦だとそこそこバフやスキルは使いますから……あるいは逃げ専なら……でも追い詰められたら殺られるのは確実ですか」
「不利を被るとはいえユグドラシルならなんとでもなる仕様ではあるんですけどねぇ」
「「うーん」」
2人で腕を組み、散々頭を捻っても全く妙案は浮かばなかった。
『天網恢々』はチート過ぎるバケモノじみた性能だけに、ワールドアイテムとしては珍しいぐらいデメリットが存在した。有名な『傾城傾国』のように使用者に対する制限や『ロンギヌス』のような自爆効果と比較すれば大したことがないデメリットだが、ユグドラシル時代ならばともかく、こちらの世界での常時MP消費は果てしなく高い壁だ。
現実の宝物庫で宝の山に囲まれて頭を捻る異形のユグドラシルプレイヤーが2人……妙な絵面だった。
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宝物庫は空っぽ……と言うか王城、いやフェオ・ベルカナが空っぽだった。
それこそ外壁に施された彫刻の価値が高ければ、そこは滑らかな壁面になる勢いだ。見た限り王城などは実に味気無いものになっていた。
アインズさんがナザリックから呼び寄せた盗賊スキルを持つシモベ達と召喚した看破能力に秀でた『集眼の屍』達がフェオ・ベルカナ内の最終チェックに奔走していた。
王城だけでなく王都内の全てを掻っ攫うつもりだ。
実行犯はオラサーダルク一族になってもらう。
宝を献上された俺達は善意の第三者を気取る……まっ、そんな屁理屈がこちらの世界で通用するかは不明だが、圧倒的な資金力と物量と武力を背景にアゼルリシア山脈の平定の実績を持って交渉すれば、ドワーフ王国との国交樹立は問題ないだろう。
むしろ問題は……ルーン工匠だ。
同族を異国に売る……ハードルは高いように感じる。
ドワーフと言えば酒……ゼンベルから得た前情報でも酒好きなのは間違いない。いちおう多種大量の酒はいつでも送れるように用意してあるが、胸襟を開く切っ掛けにはなっても交渉材料にはならないだろう。
ドワーフ王国が国家として欲しがるもの?
真っ先に思い付くのは食料だ。こんな辺鄙な山の地下に集団で住んでいるならば穀類や野菜類の生産量はたかが知れているし、品質も良いはずがない。畜肉だって寒冷地に住めるようなものからしか入手できないはずだ。たとえ入手可能でも危険は常に伴う。質も量も不足しているはず。
衣類はどこから調達しているんだ?……まさか全員が動物やモンスターの毛皮を加工している?……可能だとしても価格はとんでもないことになっているように思える。
水か……地下水か、地下水脈でもあるのか?……それとも魔法で解決か?……後でペ・リユロにでも確認してみよう。
後は豊かな暮らしか……豊富な鉱物と高度な生産技術は持っているかも知れないが、とても経済的に余裕があるとは思えない。クアゴア以外にも周囲は敵だらけ……軍事に資金も人材もある程度は割かなければ国が成り立たないだろう。どう考えても経済的に豊かになれるとは思えない。
つまり弱点だらけの欠陥国家だ、こりゃ……
冷静に考えれば立地的に燃料だって厳しいだろう。険しい上に極寒だ。
魔法なんて反則がなければ国家が成立するわけがない。
帝国との貿易だって、極寒かつモンスターだらけの危険極まりない道程を踏破する必要があるわけだ。むしろ鉱山の為に無理矢理ここに住み着いているような気さえする。
種族丸ごとマゾ?
まあ、現段階で考え過ぎても結論が下せるわけがない。一旦ドワーフ王国のことは放置して、今後の方針を考える。
とりあえずは山脈平定の手順だが、これはもう簡単だ。
直接出向くのはフロスト・ジャイアントの集落だけで良いだろう。
残りの種族はフロスト・ドラゴンを派遣し、族長やら代表者やらを連れ帰らせ、意志を確認する。時間が掛かるようであればドラゴンと同等の力を持つと聞くフロスト・ジャイアントもこれに加えても良いかもしれない。地下に住む種族がいればクアゴアに任せる。
最後に溶岩の中を泳ぐアイツの対応は相性的に俺しかいない。これでも『地獄の君主』なのだ。地獄の炎よりもはるかに温度が低い自然の溶岩など問題にならない……ただ暑いのは不快なので、好んで灼熱地獄に入りたくはないが。
「ゼブル様……モモンさーーーんがお呼びです」
玉座を失った広間で絶叫し続けるドラゴンを眺めながら考え込んでいた俺にナーベラルが呼び掛けた。
「俺が『様』で、アインズさんが『さーーーん』なのか?」
「今は冒険者『美姫』ナーベなので……役目を全うしております、ゼブル様」
何気ない疑問に、アインズさんの所まで先導するナーベが真剣に答えた。
「うん、でもモモン『さん』で良くないか?」
素っ気なく同じ歩調で歩き続けていたクールビューティーが振り向き、面白いぐらい動揺を見せた。
「なっ………」
「アインズさんにそう呼ぶように命じられたのか?」
「いいえ……仲間なので『さん』と呼ぶように、と……」
「いや、別に詰める気は無いんだけど、なら『さん』で良くないか?」
「それは……そうなのですが……」
……なんだか妙に恥じるような、戸惑っているような?
「はやり……おかしいのでしょうか?」
「何が?」
「散々注意を受けているのですが、もの凄く注意を払ってもモモン『さん』と呼べないと言うか、染み付いた癖とでも言うべきなのか……」
「……つまり気を抜かなくてもモモン『さーーーん』と呼んじゃうわけか?」
「左様です。モモン『様』であれば簡単なのですが……」
「……まっ、気にする必要は無いんじゃないか?……それならば敬意が染み付いたものだし、魔導国となった今ではそれで問題になるような立場でもないだろ?」
「ですが、モモン『さー……さん』からのご命令を遵守できないのは、ナザリックのシモベとしてはどうなのかと……」
「まっ、それも個性だよ……あまり考え過ぎるな、ナーベラルさん……いや、ナーベさんと呼んだ方が良いのか?」
能面に近いような美しい顔が僅かに緩んだ……こりゃ微笑んだのか?
「ゼブル様は至高の御方の一員……呼び捨てにしていただいた方が、私としては落ち着きます」
「そうか……んじゃ、そうするわ、ナーベ」
「ありがとうございます、ゼブル様……こうして私などにお話しいただき」
「なーに、気にするな……黙っていられるより、俺も楽」
ペコリと一礼して前に向き直ったナーベラルの足取りが少し軽くなったように感じた。
これからはNPC達とも少しは話すようにするか……思えば、NPCの人格なんざ考慮したこともなかった。どこまで行っても障害物……それがNPCに対する俺の認識だ。思い入れの欠片も無い。そして将来も変わらないだろう……が、こんなくだらないことで悩むナーベラルを知って、少し面白い存在と感じた。でもそれ以上ではない。まっ、もう少しこちらから話し掛けるようにすれば、拗れまくって修復が難しいと放置しているアルベドとの関係も少しは改善するかもしれない程度の考えではあるが……
ナーベラルに連れられて、広場に到着すると視界の先でアインズさんがアンデッド軍団とシモベ軍団に撤収の指示を出していた。
ナーベラルが俺の到来を告げると、アインズさんが大袈裟に振り向く。
「ゼブルさん、市場価値がありそうなものは全て回収完了しましたよ!……この後はフロスト・ジャイアントの集落に従属勧告に行くか、先に溶岩流のモンスターを制圧するか……溶岩流のモンスターはゼブルさん任せになりますけど、どうしますか?……他にもプレイヤーや未知の強敵が潜んでいるかもしれませんけど……」
やはりアインズさんも俺と同じような結論に至っていたようだ。ドワーフ王国との魔導国優位の国交樹立を最終目標に据え、効率を最優先するなら、どうしても似た手順になる。
「距離なら溶岩のモンスター……その後の効率を選択するならフロスト・ジャイアントですか……だったら二手に別れますか?」
「うーん……危険じゃないですか?……まだドワーフ王国周辺にプレイヤーが潜んでいない保証はありませんよ」
確率は極めて低いが「無い」とは言い切れないか……
「じゃ、溶岩のモンスターを先に処理して、ドワーフ王国周辺の安全確保しておきましょうか?……もしプレイヤーが潜んでいても、溶岩のモンスターを利用されるて背後を突かれる可能性を確実に潰しておくべきだと思いますよ」
ヤツはデカくて、炎熱に強い。
実力はせいぜいオラサーダルク並にしか感じなかったが、仮に強力な炎熱攻撃を持っている相手に背後から強襲されるとアインズさんや俺はともかく他の連中は危ないかもしれない。なにしろ45名の大所帯だ。戦闘能力的には最も低いゼンベルもいるし、フロスト・ドラゴンやクアゴアも炎熱に対して強耐性を備えているとは思えない。
「それもそうですね……じゃ、とりあえず溶岩流に向かいましょう。バックアップは任せて下さい」
アインズさんの号令で一斉に動き始めた。
溶岩流に向かうのは熱耐性に優れたアインズさんと俺とティーヌ。
他のメンバーはここで待機。
「ゲート!」
アインズさんが作り上げた『転移門』のエフェクトを潜ると俺達は赤く輝く空洞を望む、細い道の上に立っていた。
巨大な提灯アンコウ……ラーアングラー・ラヴァロードは久々に獲物の気配を察知して咆哮と共に頭を溶岩流から出した瞬間、アンコウで言えば疑似餌の部分を掴まれ、無理矢理灼熱の岩礁に引きずり上げられた。その50メートルを超える巨体から、その住処から、その特性から、これまでにそんな経験は無く、天変地異のような激変を感じ、思わず巨大な目玉で周囲をグルリと見回した。
……なんだ?
悠久の歴史を生き抜き一種一体の特異個体にまで進化したラーアングラー・ラヴァロードにとってもソレは異様な風体をしていた。
翼を持つ。
黒い……ところどころ金色。
妙な格好をして、蛇がまとわりついている。
小さな……おそらくバードマン?……過去に遡っても見たことのない種族だ。
疑似餌というか触手を掴んでいる……つまりこの矮小な存在が巨体を引っ張り上げたということだ。
ラーアングラー・ラヴァロードは長い年月を生き抜き、ラッパスレア山の地下の絶対支配者にまで進化を重ねた存在であり、当然プライドは高かったが、生き抜く過程において警戒心を緩めることもなかった。だから矮小な種族とはいえ、未知の存在を侮ることもなかった。
「なんだ、お前は?……儂に何か用か?」
大音声が巨大な空洞に響き渡る。
特段意識したことはないが、自身にとっては小声でも矮小な輩は大抵顔を顰める。この黒いバードマンもどきが取るに足らない存在であれば不遜を理由に一飲みで食ってしまうとこであるが、どうやらバードマンもどきはそこら弱者とは違うらしい。
触手を握る手を緩めることもなく、淡々と自身よりも大きな目玉を覗き込んでいた。
「お前は何者だ?」
バードマンもどきは支配者であるラーアングラー・ラヴァロードの質問を無視して、自身の問いを優先した……不遜である。不遜であるが、それだけに侮れない。現にこの体格差をひっくり返す膂力はバカにできない。抵抗しようにも触手の先はピクリとも動かないのだ。痛みはない。だから圧迫されているわけではない
この矮小なバードマンもどきが本気で力を込めたらどうなるのか?……予測するのもバカバカしい。だから隙ができるのを待つ。故に正直に答える。
「儂はラーアングラー・ラヴァロードと呼ばれているらしいのう……このラッパスレア山の三大支配者の一つだ」
「三大支配者?……つまりお前の他に2人……いやモンスターなら2匹か……お前と同じような支配者を名乗るモンスターがいるわけか?」
「天空の支配者と地上の支配者がおるのう……儂は地下の支配者だ。陸じゃ大した力も持たん」
ごく稀に現れる冒険者とか名乗る連中程度であれば問題ないが、このバードマンもどき相手に陸上で戦うのは愚か……触手を失う程度の覚悟は必要だ。
既にそこまでは理解していた。
故に油断を待つ。
不遜なバードマンもどきを跪かせるには自身の庭……圧倒的優位に立てる溶岩流の中に引き摺り込むしかない。バードマンもどきに溶岩の熱は大して効果を発揮していないのだけは理解している。だが翼を持つ種族である以上、溶岩流の中が得意なはずはない。
「ちなみに天空と地上を支配しているのは誰と誰だ?」
「天空はポイニクス・ロードとか言ったかのう……地上はエンシャント・フレイム・ドラゴンだのう」
「不死鳥と古竜か……まあ、妥当なところが出てきたな」
大魔法『転移門』で結ばれた支配者の名を聞いてもバードマンもどきは臆する風もなかった……かなりヤバい相手かもしれない……ラーアングラー・ラヴァロードは警戒心を一段高めた。
「さてと……ここからが本題だ、ラーアングラー・ラヴァロードよ……レアモンスターであるお前に俺の配下となるチャンスをやろう。俺達に降れば生きる権利をくれてやる。魔導国の国民として何不自由なく養ってやろう……今、この場で直ぐに決めろ……お前には2つの道がある。服従して安寧を得るか、抵抗して屈服させられるか……あるいは死を迎えるか……どうする?」
この矮小なバードマンもどきは何を言っているのか?……理解するのに暫く時間を要した。怒りが、どうしようもない怒りがラッパスレア山の三大支配者にまで進化し、人間種や亜人種以上の知能を得た脳細胞を満たしていく。
だが動けない。
敵の力の底が測れない。
これまでの長い生を生き抜いてきた警戒心が動くことを許さない。
「ちなみに……沈黙は反抗と見做すが……」
拍子抜けするほど殺気を感じない。
だから言葉に対して一々対応が遅れる。理解が遅れる。
だが理解した。
「貴様!」
溶岩流に引き摺り込もうと力一杯触手を振る。
だが微動だにしない。
バードマンもどきは巨体から発する灼熱などまるで感じていないかのように悠々と接近した。
火炎に勝る高温の息を吐く。
矮小な存在であれば吐息に触れただけで燃え尽きるはずなのだ。
だがバードマンもどきの奇妙な文字が明滅するローブすら燃えない。
涼しい風に吹かれたかのようにヤツは薄く笑いながら目の前に立ち、右手で触手を掴んだまま、左手で目玉の下の鱗の突起を掴んだ。
「なっ、何を!」
久しくなかった危機を感じた。
命を侵される危機……尊厳を捻じ伏せられる危機。
強烈な痛みが巨大な顔面に走る。
無理矢理痛覚を刺激され、咆哮が抑えられない。
数百年振りに生命に対する危険信号である激烈な痛みを感じた。
グルグルと目玉が回る。
危機の元を探す。
地に落ちた鱗が目に映った……オリハルコンよりも硬いとされる自身の鱗と気付くまで延々と痛みを我慢した。
そして我慢が崩壊した。
絶叫……咆哮。
鱗の下の肉に何かが侵入した……そして身体の中でも重要な何か掴まれた。
再度激烈な痛みが襲い掛かる。
「おいっ!」
バードマンもどきの声がした。
今はそれどころではない……だが呼び掛けを無視などできなかった。
目を見開き、必死に焦点を合わせた。
バードマンもどきの左腕が自身の体内に侵入していた。
「……なっ、何をするおつもりですか?」
目上の者に対する言葉はこんなもので良かったのか……ラーアングラー・ラヴァロードにとっては深刻な疑問だった。
「俺は腐敗を司る魔神だ……俺がその力を発動させれば、お前は数秒で腐り落ちる。ただの巨大な汚泥の塊となる……ここが分水嶺だ。そこの鱗をよく見ていろ!」
バードマンもどきこと腐敗の魔神は小さな魔法陣を発動させた。その中心からラーアングラー・ラヴァロードが認識するには小さ過ぎる羽虫が現れ、地に落ちてひしゃげた鱗に取り付いた。
時間にして1秒も掛からない……ほんの一瞬で鱗は黒い砂塵と化した。
「さて、もう一度問う……服従か、完全な消滅か……好きな方を選べ。貴様に勝ち目など無いことは理解しただろう?」
選択の余地などなかった。
その瞬間ラッパスレア山の三大支配者の一つは魔導国の国民となり、アインズ・ウール・ゴウン魔導王にラッパスレア山の地下の支配権を献上した。
お読みいただきありがとうございます。