死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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38話 幸せの魔王

 

 警戒中だというのに大きな欠伸が漏れてしまった。

 それを叱責する者もいない。

 ここ1週間程は平穏が続いている。

 徘徊するモンスターはただの一匹も現れない。

 仇敵クアゴアも大人しい。

 突発的な遭遇戦どころか定期的な巡回行動も確認されていない。砦に対しての嫌がらせに近い定期的顔見せだが、部隊どころか一体もひょっこり顔を出すことはなかった。それこそ日に数度、こちらの警戒体制を確認するように雷撃のマジックアイテムの射程外に顔を出すのだが……100匹単位の侵攻程度であれば珍しくもないのに……当初は逆に不気味ですらあった。

 しかし完全な平穏が7日も続けば慣れもする。

 元よりドワーフは暢気と言えば暢気な種族だ。

 職人気質だが大の酒好き……それも他の人間種と比較すれば常軌を逸したレベルで、である。なにしろ酒の生産管理の為に国家レベルで単独の役所が成立するのだ。

 その7日間続いた兵士達の平穏を破ったのは変わり者のドワーフだった。

 名をゴンド・ファイアビアドと言う。

 今時ルーン技術開発家を自称しているだけでも相当な変わり者なのに、彼は酒を飲まなかった。

 そのゴンドが恐慌状態で大裂け目の砦とフェオ・ジュラを結ぶ駐屯地に駆け込んで来たのだ。なんでも数年前に放逐された南方のフェオ・ライゾまで単独で採掘に向かったのだと言う。

 

「たっ、大変じゃ!」

 

 息も絶え絶えで駆け込んで来たゴンドの話は要領を得なかった。

 

「クアゴア共が穴に食われおった!」

 

 混乱するゴンドから事情を聞き出した兵士達に理解が及んだのは、せいぜいその言葉だけだった。他は何が何やら……

 30匹近いクアゴアがフェオ・ライゾの入口付近の暗闇の中にボーッと立っていたらしい……そこまでは良い……だが輝く闇の穴が現れただの、中から人間らしき人影が出てきただの、人間が命じるとクアゴア達が穴の中に入って、穴が消滅し、2度と出てこなかっただの……とにかく荒唐無稽な話だった。

 

 正体不明の穴もそうだが、どうやって人間がクアゴアに命令を下すのか?

 

「フェオ・ライゾが空っぽじゃ!」

 

 そんなことは騒ぐまでもない。だがゴンドは喚き続ける。

 

「そこら中アンデッドだらけじゃ!……坑道中を徘徊しておるんじゃ!」

 

 事実なら大問題だが、そこまで切迫した話題ではない。だがゴンドの表情は切迫していた。

 

 突き詰めれば訳の分からない事ばかり……ゴンドの訴えを誰も理解できなかった。真偽の程も判らない。だから上に報告もできない。だがゴンドが自分を見失うような異変があったのも間違いなさそうだ。彼は変わり者で付き合いが悪いタイプであっても周囲を混乱させて喜ぶような輩ではない。

 当番兵達はゴンドを落ち着かせるべくゆっくりと話し掛け続けたが、どうにも当の当番兵達の方へと徐々に混乱は伝染していった。

 確実あったにもかかわらず、理解できない異変への焦燥かもしれない。

 普段の緊張状態から極端な平穏に慣れ過ぎた落差のせいかもしれない。

 ドワーフ持ち前の人の良さからかもしれない。

 皆が心の奥底に抱える「大侵攻」への恐怖からかもしれない。

 とにかく当番兵達は徐々にゴンドのペースに巻き込まれていった。

 

 そんな中、更に状況に拍車が掛かる。

 駐屯地の外を見張る兵士達が一斉に騒ぎ始めた。

 

「なんじゃ、アレは!」

「どうした!」

「ドラゴンじゃ!」

「クアゴアじゃ!……クアゴアが地上におる!」

「鳥みたいのもおるぞ!……燃えておる……」

「巨人じゃ、巨人じゃ!」

「アンデッドに……見たことのないバケモノもおるぞ!」

「……人間?」

 

 整然と並ぶバケモノの列。

 大混乱する駐屯地。

 慌てふためく兵士達。

 

「報告じゃ!」

「急げ!急げ!」

「総司令官に指示を仰げ!」

「大参謀は何処じゃ!」

 

 大扉を閉めて良いのか……それすらも判断が下せず、右往左往するばかり。

 初動の遅れは致命的だった。

 気付けば既に大扉の中に人影があった。

 その中でも一際体格の良い漆黒のフルプレートが一歩前に進み出た。

 

「やあ、ドワーフの諸君!……お初にお目に掛かる。私はアインズ・ウール・ゴウン魔導国のアダマンタイト級冒険者『漆黒』のモモンだ。この国では客人を迎えることもできないのかね?」

 

 その問い掛けと共に騒ぎは爆発的に伝播した。

 

「客人じゃ、と?」

 

 心配する者、不安を募らせる者、少し安心する者……反応は様々だが、とりあえず侵入者達は言葉が通じる事実だけは即座に上層部に伝えられた。

 しかし自称「客人」達の既に侵入を許してしまったのだ。

 いまさら「止まれ!」とも「出て行け!」とも言えない。そんなことを言えば駐屯地を取り囲む恐ろしいバケモノ達がどう出るのか?……恐ろしくて誰も切り出せなかった。

 だから交渉の余地を見出せただけでも拾い物だった。

 

「何じゃ!……総員、落ち着け!」

 

 総司令官が大参謀を伴い現れたのは数分後。

 内心の冷や汗を隠し、堂々と振る舞っているだけ他の兵士達とは一線を画している。

 横一列の即席防御線を形成する兵士達を押し除け、ただ一人総司令官は前に進み出た。その背後に立つのは大参謀。

 

「わしが軍部を預かる者じゃ!……すまんがアインズ・ウール・ゴウン魔導国なる国は知らん!……だがおぬしらが客人というのであれは、わしが責任を持っては客人として遇するのを約束しよう!……だから外のバケモノ達をどかしてくれんかのう?」

「彼等も我々の国民だ。故に退けることはできん!……我々は貴国に対して交渉しに来たのだ。そのついでにアゼルリシア山脈全体を平定した。このラッパスレア山の全支配権も三大支配者より献上された。重ねて言う……外で待つのは我が国の国民だ!……中には貴国と敵対していた者達もいる。貴国のことなど歯牙にも掛けていなかった者もいる。だが現在は我が国の国民である。バケモノ呼ばわりはやめていただこう!……巨体を誇る者達や元敵対者達まで中に入れろとは言わない。しかし外で待たせていただく!」

 

 モモンと名乗る冒険者は王者の風格で宣言した。

 見事な2本の大剣を背負う姿はそれだけで絶対強者の証明だった。

 その強者が信じられぬことを言った。

 

 アゼルリシア山脈全体を平定した、と。

 

 つまり冒険者モモンの言う通り真実であれば、ドワーフ王国を除き、アゼルリシア山脈に住まう全種族がアインズ・ウール・ゴウン魔導国なる未知の国家の支配下に入ったこととなる。

 

 思い当たる節は……ある。

 直近の異様な平穏。仇敵クアゴアどころか、モンスターの1匹と交戦はおろか発見の報告書すら上がってこない。

 そして今現在駐屯地の外に居並ぶ彼等が国民と称するバケモノ達……ドラゴンの姿が多い。多数のフロスト・ドラゴンなどは旧王都フェオ・ベルカナを不法占拠していた連中かもしれなかった。他にも一目で確認できるものではフロスト・ジャイアント達。そのよく知った強者を超える力を感じるバケモノ……赤黒いドラゴンや燃える鳥などは伝承でしか聞いたことのないラッパスレア山の三大支配者と言われても素直に納得してしまう。巨大な牙を誇る白い虎や真っ白な大鷲の胴体に人種の女性の顔を持つモンスターやドラゴンと同等の巨体を見せつける熊のようなモンスターなどは初見だが、とんでもないバケモノであることだけは間違いなかった。

 

 冒険者モモンのブラフではない。自前の武力をこちらに理解し易く誇ってはいるが「交渉に来た」と言う。しかも付き従うバケモノ達も滅ぼされたわけでなく、素直に彼等に従っているところがキモだ。

 総司令官は確信し、背後に立つ大参謀の顔を見た。

 

「こいつはわしら軍部の手に余る。摂政会に図る必要があるのう?」

 

 大参謀は無言で頷く。

 

「しばし待たれよ!……わしの権限で摂政会を招集する!」

「我々はここで立って待つようなのかね?」

「いや、これは失礼した……可能であればこちらでバケモノ達の監視をしてくれる方には残ってもらいたいのだが……」

 

 総司令官の言葉に即座に旅装の美女が一礼し、居残りを申し出る。連れて銀髪女とオカッパ頭もすんなりと居残り組となった。

 

 冒険者モモンと黒いコートの人間と何か見覚えがあるように感じる右腕の大きなリザードマンの3人が総司令官の案内に付き従った。

 

 大混乱の発生源であるゴンド・ファイアビアドは既に忘れらされていた。

 彼は防御陣を形成する兵士達の後背をスタスタと歩いている。皆が3人の自称客人達に目を奪われいた。

 黒いコートの人間の男が兵士の列を眺めると、僅かに目を細めた。

 兵士達はギョッとしたが、その背後ではゴンド・ファイアビアドが蓄えた口髭の下でニンマリとほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「……上手くいくもんだのう」

 

 ゴンドは感心しながら、自宅に向かって街を歩く。

 その間フェオ・ライゾで出会った人間の冒険者達とのやりとりを思い返していた。

 

 出会いは最悪。

 奴らは悪党だ……それは言い過ぎだとしても、絶対に善人ではない。

 採掘の為に坑道に入ろうとした瞬間、奥からワラワラと無数のスケルトンが現れ、慌てて『完全不可知化』のマントを使ったが、逆に背後から首根っこを掴まれてしまった。

 動けない。

 慌てて眼球だけを動かすと、捕縛した者がわざわざ顔を真横に突き出したようで、表情が固定された面のような笑顔があった。

 一見して人間だが、印象は悪魔か、より恐ろしい何か。

 

「……何者じゃ!」

「あー、俺はゼブルと言う。アインズ・ウール・ゴウン魔導国のミスリル級冒険者で、副王位に就かせてもらっている者だ」

 

 冒険者?……ふくおうい?……王族?……とてもそうは見えない。人間の細かい年齢など見分けもつかないが、年齢はかなり若いように思える。

 言葉は気さく。

 笑顔は柔和……それだけに恐ろしいモノを感じる。

 だが『完全不可知化』を看破だけでなく、自身も『完全不可知化』を使い、掴まれた首根っこに痛みは感じないがピクリとも動かない。首を掴む指はドワーフ基準ではあり得ない程細いのに異様な怪力だった。

 逃がす気は無いが、傷付ける気も無い。

 そう宣言されているような感覚が伝わってくる。

 

「お前は?」

「……わしはゴンド・ファイアビアドだ」

「何故ここにいる?……クアゴアによれば、ここフェオ・ライゾは放棄されたドワーフの都市と聞いた。事実、ここに着いてからドワーフに出会ったのはお前が初めてだ。隈なく調査したにもかかわらず、だ」

 

 自分を取り囲む無数のスケルトン……こいつらを使ってフェオ・ライゾを調べたのか?……いや、台車で鉱石の山を運んでいる一団がいることを考慮すれば、こいつらは採掘というか盗掘者なのだろう。つまりこのゼブルと名乗る知らぬ国の副王を自称する人間は無数のスケルトンを使役する悪辣な盗掘者の頭だ。

 

「わしはフェオ・ジュラから採掘に来た。おぬしらは盗掘者か?」

「盗掘者とは人聞きが悪いな……俺達はアゼルリシア山脈を平定した。まだ未確認の種族がいるかもしれんが、現状確認できる限り君達ドワーフを除く全種族が我が国の国民となった。このラッパスレア山の支配権も三大支配者から献上された。山の支配者達から正式に支配権を譲られたのだ。故にドワーフが放棄した都市で鉱物の採掘をしている。まあ、坑道を延伸させるようなことはしていないから、ここの坑道はお前達のものだと主張されればこちらに非はあるのかもしれない……が、俺達はここは既に放逐されたとクアゴア達から聞いたのだ。はたして現時点での正式な坑道所有者はどちらかな?」

 

 話が一気に大きくなった。

 山の支配権?……三大支配者?……真偽は不明だが、ゼブルの話によればクアゴア達は既に魔導国の配下となったようだ。ラッパスレア山だけでなく、アゼルリシア山脈全体を手に入れたと言うが……ゼブルの話した内容が全て真実だとすれば、分が悪いのはゴンドではないのか?

 ……急に自信が持てなくなってきた。

 抵抗するにもゼブル本人が恐ろしく強いだけは理解できるし、言葉通りだとすればとんでもない軍事力を有した国家が相手だ。

 

「か、仮におぬしらが坑道の所有者だとしても、わしはこうして拘束されるようなことをしたつもりはないぞ!」

「安心して欲しいが、俺も拘束するつもりはない」

「では、何故わしを掴むんじゃ!」

「君が逃げると情報が得られないからだ、ゴンド」

「では、逃げないと約束すれば解放してくれるのかのう?」

「そうではない……質問対して正直に答えてくれると約束すれば、即座に解放することを約束する」

「わしに国を売れと言うのか!」

 

 この時は憤慨したゴンドだったが、その後……

 

 まあ、見事に転向したもんじゃ……こうして連中を引き入れる役目までこなしてしまったんじゃ……もう後戻りはできんな。こうなっては確実に計画を推し進めるしか道はないんじゃ!

 

 自宅に到着すると即座に背負い袋の中から小ぶりな酒瓶を取り出す。

 一口しか試していないが、酒を嗜む習慣のないゴンドでも芳醇な香りを舐めた時点でとんでもない逸品と理解させられた代物だ。もしこの酒を人生で最初に味わっていたら……今は夢など放棄して、他のルーン工匠と一緒に飲んだくれていたかもしれない。

 1本づつ手に持ち、顔馴染みのルーン工匠を回る。

 馴染みでなくとも紹介を受けて全ルーン工匠を訪問した。

 同時に夕刻からの集会所使用を手配し、着々と下準備を整えた。

 ここまで全て打合せ通り……であれば、連中と摂政会との交渉もすんなりと想定通り進行するかもしれない。

 

 なにしろ連中の保有する武力は脅威だ。

 クアゴアなんぞに劣勢だったドワーフが対抗できるはずもない。

 だが連中は直接武力では脅さない。

 後ろ手にぶん殴る為の巨大なハンマーを握りながら、笑顔で握手する手を差し出すやり方も悪くないと思う。しかも隠すわけでなく、何かを要求する度にチラチラとえげつない力を見せ付けるのだ。

 ゼブルに説明されたこの山脈に住まう全種族を配下に加えた方法を簡単に言えばそれだった。ドラゴンとジャイアントとは種族最強の者と直接交戦したらしいが、あくまで心を折るだけに留める。亜人種やモンスターは力の信奉者なだけに仕方ないだろう。他はドラゴンやジャイアントを派遣して従属を約束させたらしい。

 死者は0……怪我を負うような被害に遭ったのは三大支配者と跳ねっ返りのフロスト・ドラゴン1匹だけ……そのフロスト・ドラゴンは手を下したゼブルを真っ直ぐ見れなくなってしまったようだが……

 

 強大な配下に駐屯地を囲ませ、交渉を有利に運ぶ。

 交渉はあくまで紳士的に……アゼルリシア山脈中で唯一国家と呼べる存在のドワーフ王国だけにあくまで国家として折衝する。

 貿易。

 インフラ整備。

 労働力の提供。

 必要であれば軍事力の提供。

 もちろん無償ではない。対価は必要だ。

 フェオ・ジュラで産出される鉱物。

 ドワーフの技術で作成された武具。

 そして金。

 だが連中は言った……最終的な狙いはルーン技術の保護及び発展、と。

 その為にアゼルリシア山脈を平定した。ドラゴンやジャイアント……想像もつかない三大支配者とか言うバケモノも屈服させた。その中の一体は旧王都フェオ・ベルカナに向かう危険地帯の一つである溶岩地帯の支配者だと言う。

 落ち目のルーン工匠を連中の首都に招聘したい。

 ゼブルも途中から話に加わったモモンも本気だった。

 本気でなければアゼルリシア山脈の平定などしない。

 細々とルーン技術を守るドワーフの安全など確保しない。

 廃れた技術に対する熱い想いがゴンドに手を握らせた。

 

「わしはルーン技術開発家を名乗っておる!」

 

 そう言った時のゼブルとモモンが喜ぶ様が忘れられない。

 

 大の男同士で抱き合って、踊り狂っておったのう……まあ、ルーン工匠してのわしは大した存在でない知って、多少は落ち込んでおったが、それでも直接ルーン工匠との接点ができたのは大きいと、酒を飲まないと言うわしに魔導国産の酒を振る舞った。

 

 「これは使える」

 

 と、わしが提案すると連中は空恐ろしい量を用意してくれた。

 

 攻略の武器まで用意してくれた同志にわしは応えるべく頑張った。

 ここまで来たら……目的を達成せねば意味が無い。

 

 ゴンド・ファイアビアドは最後のルーン工匠の家の軒先で全てが上手く運ぶことを祈った。

 

 

 

 

 

 

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 剣撃の音が幾重にも響く。

 突撃の号令と共に重装歩兵の隊列が進む。

 弓箭兵の掃射にタイミングを合わせ、騎馬隊も進撃した。

 王都郊外の練兵場は活気に満ち溢れ、その様を眺める青年貴族は満足げに頷くと背後に立つ将軍をチラリと見た。

 周辺国最強の戦士と名高い将軍直々の閲兵だけあり、兵士達の気合が普段と全く違うのだ。

 

「いかがでしょうか、ストロノーフ閣下?」

 

 将軍が肩を叩く。そして分厚い掌ががっしりとフィリップの肩を掴んだ。

 

「良くやったな、モチャラス卿……たしかにレベルは大幅に上がったな。だが足りない。そんなことは卿も先刻承知なのだろう?」

「たしかに帝国軍には届きません。数的にもそうですが、特にフールーダ・パラダイン率いる魔法兵団はいまだ脅威の一言です。まして我々が雪辱を濯ぐべき帝国軍と接敵するまでには魔導国の国境を越えねばなりません。彼の国の警備兵などには一体でも蹂躙されてしまうでしょう……ですが私の経験による訓練法にはモンスターや亜人種が必要なのです。現状では全軍を賄う程の数が確保できません」

 

 数は揃えた……全軍でおよそ20000人……王都周辺では仕事を失いつつある冒険者をシュグネウス商会に移籍される前にスカウトし、質は問わずに引っ掻き集めた。専業兵士としての賃金も上げ、一般からの募兵も順調だ。さらにティーヌ直伝の訓練を施し、結果として兵士達の平均レベルは一気に上昇した。冒険者が使用する難度で30前後まで……魔法詠唱者の兵数も増えた。だが仮想敵である帝国軍を想定した場合、全く話にならないのが現状だった。まして現有戦力で魔導国軍に立ち向かうのは自殺に等しい。

 

「命を奪う敵が必要ということか……?」

「左様です、閣下……この際、精鋭部隊を作り上げ、その者達だけでも……」

「だが下手にモンスターに手を出すと、魔導国国民である可能性もあるが」

 

 それは悪手どころか、最悪の結果を招く。

 ただでさえ生殺与奪権を握られているような現状で、彼の国に宣戦布告の口実など与えてはならない。

 フィリップは頭を捻り、ガゼフも太い腕を組んだ。

 

「……精鋭部隊の結成そのものは悪い案ではないと思うのだがな。せっかく増えた魔法詠唱者の部隊化も視野に入れたいところだ。となれば、たしかに全軍を鍛える為のモンスター不足は深刻な問題となるか……?」

「周辺国と戦力が隔絶した魔導国は別にしても帝国軍と同等の兵力は絶対に必要なのです。魔法詠唱者の育成も必要ですが促成栽培が可能な兵科ではありません。それよりも一般的な練兵であればはるかに時間が掛かりません」

「そうか……」

 

 さらに考え込むガゼフ。

 王国軍の強化は将軍に課せられた……いや、自身に課した絶対的使命だ。

 今のところ全軍の士気も高く、現王や閣僚の理解も得られている。

 だがそれもいつまでか?……平穏が恒常化すれば、軍の予算確保にも募兵にも影響が出るだろう。なにしろ軍は金食い虫だ。ただでさえ王国は怨敵である帝国とは直接国境を接しなくなった。国境を分断する魔導国が周囲に睨みを効かせている以上、突発的な小競り合いも生じない。だが遠い将来を見据え、王国軍を強化し、二度と屈辱的な敗戦を味合わない為に……軍の強化の手を緩めるわけにはいかない。

 仮にガゼフの現役中……いや、存命中でいい……帝国と一戦交えることが叶ったならば、その時は一兵卒として参戦する意志を固めていた。全ての兵がガゼフと同じ気持ちとは言わないが、多くの兵は同じ気持ちと信じている。その気持ちが短期間で兵のレベルを上げたのだ、と。

 故にこの状況を維持しなければない。

 新生王国軍の盛り上がりの維持は即ち「打倒、帝国軍!」の機運をいかに継続させるかに掛かっている。

 いつの日にか、ガゼフとしても大恩ある前王ランポッサⅢ世の無念を晴らしたい。その為に生き恥を晒して将軍位に就いたと言っても決して過言ではないのだ。

 

「完全に我々の管轄外ですが……南方のアベリオン丘陵に遠征してはいかがでしょうか?」

 

 フィリップはここぞの腹案を披露した。王都周辺の討伐用モンスター不足の深刻化が顕著になるに伴い、少し前から考えていたものだ。

 もちろん部隊を移動させる以上、国の上層部の許可が必要になる。その許可の一歩目がガゼフだ。同時にガゼフさえ説得できれば軍の実働部隊の許可は通ったも同然……残りは実戦に出ない軍官僚や政治家共だ。シュグネウスを通して密かに築いてきたコネクションが活きるはず。

 アベリオン丘陵には強力な亜人も住み着き、正式な領土ではないものの魔導国の影響下にあるとも聞くが、少なくとも亜人を討伐したところで魔導国から正式に追い詰めらることは考え難い。トブの大森林にこそこそ少数で攻め込むよりは間違いなくリターンも大きいし、政治的リスクは確実に少ないのだ。

 つまりここはゴリ押す局面だった。

 しかしガゼフは平民出身であり、一般兵を思い遣る。

 だから最初の関門突破が最も難しいとも予測していた。

 案の定……

 

「いや、アベリオン丘陵は危険だぞ……南方軍を率いるボウロロープ伯も面白くは思わないだろう。バックアップも望めぬ中で強力な亜人種との戦闘になればいたずらに兵を失う危険性も高いな」

「ですが、王都周辺ではゴブリンもオーガも住処が確認できているものは残りは僅かです。我が軍とシュグネウスの実働部隊と冒険者が競い合って討伐している中では、ゴブリンやオーガも恐れをなしてトブの大森林の中に逃げ込むような有り様なのです。ここは一刻も早くご決断を!」

「アベリオン丘陵の亜人共はゴブリンやオーガなどとは比較にならない戦力を有していると聞く。ローブル聖王国が長大な城壁を築き、徴兵の国民皆兵制で亜人対策に臨むのはそれなりの理由があるのだ。強い亜人共に不慣れな我々が一朝一夕に討伐できるものではないだろう。少なくともボウロロープ伯の協力は絶対条件だ。老いたとはいえボウロロープ伯は歴戦の勇士……カッツェ平野の最後の戦いでは不覚をとったが、伯の育てた精兵団はあの時点で王国最強の軍団だったことも間違いないのだ」

「……そうですか……ではボウロロープ伯を説得してみせましょう。それであれば問題はありますまい」

 

 ガゼフはなかなか引き下がらないフィリップの肩をポンポンと叩き、練兵場から供回りを伴って練兵場を後にした。

 熱い想いは認めたということだろう……とフィリップは理解した。

 しかし手緩い。

 フィリップの強烈な意志の込められた視線がガゼフの分厚い背中を追う。

 

「……閣下は甘い。我々の時代でことを成すにはリスクを犯すことも緊急手段も必要なのですよ」

 

 帝国軍を打倒し、魔導国に対して少しでも優位に立つ。もし可能であれば魔導国に対しても戦果を示したいところであるが……魔導国の強大なアンデッド警備兵に追われた経験が功名心を萎えさせる。

 

 今のうちに海路を……いや、そこまで目立つ動きはさすがに魔導国が見逃すまい。であれば、スレイン法国経由で帝国に一撃を与える陸路を確保する必要がある。最終的には竜王国の一部かカッツェ平野を通過する必要はあるが……カッツェ平野は魔導国の領土であり、竜王国は魔導国の友好的同盟国ではあるが実質的には属国だ。簡単な話ではない。だからこそ平時から仕込んでおく必要があるのだ。

 

 その為にもアベリオン丘陵で亜人種の間引きをするのは重要なのだ!

 スレイン法国と関係強化し、軍の通行許可を得る。

 その為に亜人狩りに協力する……軍の強化も図れ、一石二鳥ではないか!

 

 フィリップは続いている演習を眺めながら、南方行きを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 シュグネウス商会を通してペスペア侯に顔繋ぎし、エ・ペスペルに居残る親族を紹介してもらう。一族と言っても古い分家で身分の低い者などはいまだエ・ペスペルで居を構えているらしい。ペスペア侯爵家の財産はほぼ国有化されてしまったが、子爵男爵クラスの古い分家はいまだ生き残っているのだ。

 彼等から大量の物資を買い受けた。

 遠征の名目は視察……将来的に領土外のアベリオン丘陵で国軍訓練地を確保する為だ。

 フィリップの警護として50の精鋭が付き従っている。皆フィリップと同等か、それ以上の腕を持つ者達だ。スカウトした元白金級冒険チームや募兵に志願してグングンと腕を上げた兵士達だった。

 彼等はフィリップ信者と言っても過言ではない。フィリップがティーヌから受けた訓練法を実践され、実際の自身の力の上昇を自覚しているからだ。そして何よりフィリップは帝国戦の英雄だった。

 精鋭部隊は一路エ・ペスペル郊外の南方方面軍司令部を目指していた。

 先頭を疾るフィリップは馬上でやる気を漲らせていた。

 

 だからこそ危惧する者達もいる……その筆頭はヒルマ・シュグネウス。それ以外にも尚書クラスの宮廷貴族やストロノーフ将軍の側近まで……一言で言えばフィリップの行動は性急過ぎるように思えたし、そうでなくともいつ暴走してもおかしくないように思えたのだ。

 その結果として軍部以外を代表してシュグネウス商会が旧『八本指』のゼロに依頼を発注した。

 それにより旧『八本指』の実働部隊が秘密裏にに動いていた。彼等を率いるのは顔を知られたエドストレームでなく、『千殺』マルムヴィスト。戦力としては精鋭部隊をはるかに凌ぐが、彼等はあくまでも隠密行動だった。

 

「亜人天国のアベリオン丘陵くんだりまで来て、英雄小僧のお守りとはな……完全に貧乏くじを引かされたよな」

 

 支給された『透明化』のマジックアイテムのマントを頭から被り、マルムヴィストは互いに存在を認識している手下相手にボヤいた。ちなみに手下も同様のマントを頭から被っている。

 本来ならばモチャラス絡みの案件はエドストレームの担当なのだ。

 今回は隠密行動ということでマルムヴィストにお鉢が回ってきたが、気持ちとしてはヒルマの警護の方がはるかに気楽である。ほぼ王都から出ることのない経済界の要人であるヒルマを害そうなどという輩はどう考えても人間社会の住人であり、戦士としてのマルムヴィストは亜人種などよりは人間相手の方が得意なのだ。刺突技はともかく、もう一つの武器である毒がどこまで亜人種に通用するのかがわからない。そうでなくとも集団戦や乱戦よりは一対一や暗殺を得意としている。普通に考えれば亜人相手はエドストレームやペシュリアンの方が適任なのだが、今回の任務は亜人相手ではない。

 

「まあ、愚痴を言っても始まらんな……エドストレームは顔バレしてるから、俺かペシュリアンのどちらかが出向く必要があるとゼロが判断したわけだからなぁ……適性を考慮すれば仕方ない」

 

 で、文字通り貧乏くじ(=ゼロの推挙)を引き当てたのがマルムヴィストなのだ。

 

 革袋の水を口に含む。

 

 視線の先には南方方面軍司令部の粗末な建物がある。

 防御の為の囲いは無いに等しい……隙間だらけの急増の木柵が防護柵のようだ。

 敷地の奥に練兵場があり、そこから怒鳴り声が幾重にも響いている。

 

 英雄小僧ことモチャラスは宮廷に提出した計画通りに動いているようだ。

 であれば、半日も掛からずここに到着する。

 ここを中継地として、アベリオン丘陵の偵察に出向くと言う。目的は訓練用地の確保の為の視察。南方方面軍司令部を中継地として機能させる為には南方方面軍のバックアップが必須だが、その確約を得るには司令官のボウロロープ伯の説得は必須だった。

 だがモチャラスは説得できなくても構わないと考えているように思える。その証拠にエ・ペスペルでは不必要と思えるほど大量の物資を買い込んでいた。報告によれば山越するにはむしろ邪魔になるほどの量だ。

 つまり偵察とはあくまで名目で、アベリオン丘陵で訓練用地確保の為との名分で亜人と一戦交えるつもりなのは簡単に想像できる。

 ヒルマの危惧は正にこの部分であった。

 そして事態は今のところヒルマの悪い予感通りに進行していた。

 最悪、ゼブルが属している魔導国と関係を持つ亜人と衝突してしまう。

 王国軍の強化についてはどれだけ頑張ってもらっても構わないが、魔導国と敵対する行動は困るのだ。いかに魔導国次席の副王といえど、魔導国の最高権力者てある魔導王の意向を無視できるはずもない。極端な表現をすればシュグネウス商会や旧『八本指』は王国の中の魔導国なのだ……それらの組織は漏れなくゼブルの一派である。

 情報によれば、アベリオン丘陵の亜人は魔導国において主に司法と警察権を統括する最高幹部の影響下だ。

 つまりモチャラスが問題を起こした場合、最悪のケースではゼブルとその最高幹部が衝突することも考えられる。主に民政を中心とする内政と魔導国の真の本拠地を統括する魔導国宰相とゼブルが上手くいっていないことは組織の末端でも噂が流れるほどであるが、現状アベリオン丘陵に影響力を持つ最高幹部とゼブルは上手くいっていると聞く。その関係性が傷付くのは配下としては絶対に回避したい……ヒルマの想定はそこまで進んでいた。

 かと言って、モチャラスの行動を表立って制限可能かといえば、王国軍としては軍の強化に奔走する若き英雄の企画した軍の強化策の下準備を表向き魔導国の領土でない空白地帯で行うとされれば、かなり強引な理屈を展開しなければモチャラスを止めることはできない。

 

 それ故に秘密裏にマルムヴィスト率いる部隊が差し向けられたのだ。

 もしもの場合には交戦前にモチャラスは別にして王国軍の精鋭部隊を処分する。最悪、収拾をつける為には英雄モチャラスもアベリオン丘陵で戦死したことになってもらう、という計画だ。

 始末する対象は亜人でない。

 つまり対人で隠密……であればマルムヴィストの出番だ。

 

 マルムヴィストとしては考え過ぎな気もするが、ヒルマの「悪い予感」には定評があるし、警護役として見ていた経験ではヒルマ自身もその予感に対して素直に対処する。予感と表現するからややこしいのであって、無意識に蓄積された経験と知識からの防衛策と考えれば頷けないこともない。

 

「……しかしモチャラスはゼブルの旦那が目を掛けていたはずなんだがな」

 

 むしろそちらの方が気になる。

 ヒルマは話は通すとしているが、現実には連絡役のバティンという名の魔法詠唱者から聞いたゼブルの言伝は「好きにさせろ」だったと言う。

 ならば始末するまでの算段は必要か?……その辺りの齟齬が気になるのだ。

 普通に考えればマルムヴィストにとっての最悪は責任を押し付けられ、詰腹を切らされることなのだが、モチャラスだけは拘束に止め、支配者であるゼブルの前に出れば真実は明らかになる。なにしろ主人は自白させる能力を持っているのだ。だからその辺りは心配していない。

 貧乏くじであることは間違いないが、裏のごちゃごちゃが面倒臭い類の話だった。

 

 ろくに整備もされていない道の先を見詰める。

 陽光の下、ゆらゆらと揺れる空気の向こうにまだ砂煙は見えなかった。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 上手いのか?

 それとも美味いのか?

 どちらにしてもその話には裏が有りそうで……ただ何となく……そんな下らない理由で摂政会は揉めに揉めていた。

 絵空事とでも言うべきか、とにかく現実感が無い。

 気が付けば平和?……他種族がドワーフを襲うことは無くなった。しかも宿敵クアゴアや他の種族と違い、魔導国とか言う国家に従属する必要もない。

 王都フェオ・ベルカナはフロスト・ドラゴン達から既に奪還されていた。

 フェオ・ライゾも安全らしい。

 安全な街道も、費用は魔導国持ちで整備すると言う。

 費用は掛かるがフェオ・ジュラのインフラ整備も……希望があれば快適な新都市を一から作るとも言った。むしろ鉱山都市は職場と割り切り、魔導国の領土内の快適な土地に移住したらどうか?……魔導国は優れた技術を持つドワーフを優遇する、とも言い切った。

 必要ならば魔導国を中心とする軍事同盟に組み入れても良い、と副王が言った。

 魔導国とその同盟国……ドワーフ王国の貿易相手国であるバハルス帝国も同盟を締結していると説明があった……ではかなり普及が進んでいるアンデッドの労働力も適正価格でレンタルすると言う。

 水も食料も酒も……会議室のテーブルにどっさりと現物が山のように置かれていた。全て魔導国の産品らしい。

 

「参考までに摂政会の皆さんで好きなだけ試して欲しい。調理前の食材も調理済み料理も置いていく。まあ、お試しだから代金なんか要らない」

 

 副王位に就いているというゼブルと名乗った人間の男の告げた条件は鉱物や製品貿易の独占……その代償としてドワーフの販売拠点を魔導国の首都に作ると言う……そしてルーン工匠全員の魔導国招聘。こちらは完全な技術移転を希望していた。彼等の持つルーン技術に再び火を灯し、さらに発展させる為の研究施設と資金の提供をするつもりだ、と。

 

「しかし美味いのう、この酒……で、どうするね?」

 

 食料産業長は口の中に肉の塊を放り込み、それを酒で流し込む。

 

「いや、美味すぎるじゃろ、何じゃこの肉は……酒も美味いのう。でも美味すぎる話だからのう……でも美味いのう」

 

 酒造長は満足げに笑い、満足げに飲んでいる。いちおう立場上苦言を呈しているが、表情は緩みっぱなしだ。

 大地神殿長は喋る間も惜しみ、ひたすら咀嚼し、ひたすら嚥下している。

 

「……わしは信用しても良いと思うとる。この味に嘘は無いじゃろ」

「品質は最高じゃ……酒も肉も魚も野菜も穀物も……水まで美味いわ!……これが手に入るのなら、貿易の独占権ぐらいくれてやれば良いのじゃ……奴等はわしらを支配するつもりなら武力でとっくにやっとる。それだけの戦力を持っとる。そうじゃろ、総司令官?」

 

 洞窟鉱山長と商人会議長は口に次々と料理を放り込みながら、真剣な眼差しを魔導国の戦力の一端を知る総司令官に向けた。

 

「私としては貿易云々は後回ししても軍事同盟を結びたい。彼等……魔導国の戦力は想像を絶します。駐屯地の外を見れば一目瞭然……彼の国が手を差し伸べている内に手を結んだ方が間違いない。彼等がその気になれば全ドワーフは奴隷化します……が、うーん、凄く深い味だ」

 

 総司令官は少しイラ立ちを見せながらも酒を口に運んでいた。摂政会の中では若輩である為遠慮はしているが、国の防衛を担う者として戦力差には非常に敏感だった。なんだったら属国化しても良いから安全確保を最優先したいとさえ考えている。

 

「力を持ち、気前が良く、わしらの保有する技術の価値も認めてくれる。そして魔導国が欲しがっているものは全てわしらが揃えられるものじゃ。その代償はわしらが欲して止まぬものばかり……安全に、食料に、そして美味い酒じゃ!……ルーン工匠にしてもわしらが抱え込んでおるよりも可能性があるじゃろ!……わしらは終わった技術と思っておったが、連中は投資を惜しまないと言うてくれとるのじゃ……ちょっとだけ話がうま過ぎて、不安にはなるがのう」

 

 事務総長はグイグイと酒を煽りながら、とりあえずの摂政会の気持ちを代弁したかのように話をまとめた。

 

「……酒も食い物も美味いのは認めてやるが、わしは気に入らん!……あの人間の若造の指を見たか?……生まれてから一度も力仕事をしたことがない細っこい指じゃ……背後に控えていた戦士やリザードマンはともかくあんな若造がヘラヘラと笑いながら持ってきた旨い話なんぞ信用できるか!」

 

 職人気質の鍛治工房長は表情も言葉も厳しかったが、その手は料理を運び、その口は咀嚼することをやめなかった。目の前の酒もものすごい勢いで消費されている。

 

「……指が気に入らないだと!」

 

 総司令官が噛み付く。だが肉にも噛み付いていた。

 

「そうじゃ!……ドワーフの伝統技術であるルーン技術を託すには、あのゼブルとか言う人間は信用ならん!」

 

 鍛治工房長は眉毛を釣り上げたが、同時に焼いた魚の半身を丸呑みした。

 

「人間の王侯が自身で鍛治仕事なんかするか!」

「この若造が!……わしは職人としての意見を言っとるんじゃ!……お前なんぞに国から売られるルーン工匠の気持ちが解るのか!」

 

 2人とも立ち上がって詰め寄るが、その手から酒瓶は離さない。

 

「よせよせ……ここで喧嘩しても始まらんじゃろ……なにしろ相手はあの恐ろしいフロスト・ドラゴン共を従えておるんじゃろ、総司令官?」

 

 商人会議長が仲裁に立つが、その右手には巨大な牛肉の塊が握られていた。

 

「霜の巨人達もじゃ!……火の鳥もでっかい虎もバケモノ熊も見たことない赤黒いドラゴンも全く知らないモンスターも従えとる!……わしらの天敵のクアゴアの王なんぞ召使いも同然じゃ!……連中がその気になればあっという間にわしらは奴隷じゃ!……わしらは売り物があるから対等に扱われとるだけじゃ!……何故それを理解せんのだ!」

 

 総司令官は手に持った酒瓶を一気に空け、さらにもう1本手に取った。

 

「武力に屈して、同胞を売り渡すのか!」

 

 受けて立つ鍛治工房長も酒瓶を空け、並々と野菜の煮込みが注がれた皿を手に取った。燃え盛る目付きは別にして、片手に匙を持つ姿は様にならない。

 

「待て待て!……では決を取ろうかのう。その前にわしらは現実を見に行くべきじゃろ……駐屯地まで行けば魔導国に降ったバケモノ共の姿がが見れるのじゃろ?」

 

 スープを飲み干しながら洞窟鉱山長が提案し、鍛治工房長を除く摂政会の全員が酒を嚥下しながら頷いた。鍛治工房長だけは熱々の煮込みにしばらく苦戦していたが、一歩遅れて飲み込み、力強く頷く。

 

 完全に酔った勢い……わいわいと摂政会全員で肩を組みながら駐屯地まで移動した。

 

 その直後完全に酔いが覚め、真っ青になり、会議室に駆け戻ると一も二もなく魔導国の要求を完全に受け入れる案を全会一致で可決した。

 

 

 

 

 

 

 

 プレゼンが上手くいった後の特別な高揚感にモモン姿のアインズ・ウール・ゴウンは浸っていた。何度も拳を握り締め「ヒャッホーイ!」と叫びたい気持ちを我慢する……この我慢が良いのだ……営業リーマンならではのなんとも言えない充実感を共有したいが、横にいるゼブルは数理屋だった。

 しかもアーコロジー内でも有数の権力者一族の末の息子だった。そして鈴木悟と同じ境遇で生まれていれば一歳の誕生日を迎えられなかったはずなのだ。文字通りの温室育ちであり、そうでなければ生きられなかった。リアルの本人と直接対面した経験はないが、ユグドラシルの彼のリアルを知る仲間は全員そう言っていた。

 アーコロジーの中でも特別にクリーンな地区に住み、そこから一歩も出られない人生。生きていると言うよりも、一族の威光で生かされている。進学先は小中高大全て通信で単位を取得可能な学校ばかりであり、就職先も勤務すら地区と就業形態で決まり……生まれながらの勝ち組にして、生まれながらの惨めな敗残者だった。そんな彼がユグドラシルという既に廃れたゲームに没頭した理由は古臭くなったゲーム性でなく「自由度」と聞いていた。

 

 皆で作り上げたナザリックが全てだった俺と、ユグドラシルの自由さをこの上なく愛したゼブルさんだけがこの世界に来たのも偶然なのかな……?

 

 ふとそんな考えが浮かぶ。

 深く考えたことも無かったが、この世界に転移した者とそうでない者の差があるはずなのだ。サービス終了の瞬間にログインしていた者は既に廃れていたとはいえ無数に存在していたはずだ。リアルに未練が無い程度の差ではないだろう。ギルメンが複数で転移してきた『六大神』や『八欲王』の例もある。

 

 ……何かあると思うんだがなぁ?

 

 考えても答えが無いことは解っている。

 

「いやー、ルーン工匠、全員やる気になってましたね?」

 

 隣を歩くゼブルが言った。フルプレート姿でも考えるのをやめた瞬間が判るのか、なんとも的確なタイミングだった。

 

「そうなんですよ!……あそこまで見事に煽られてくれると俺のプレゼン能力も捨てたもんじゃないかなって……」

「凄かったですよ!……あのルーン文字の刻まれたユグドラシルの剣を見せるくだりとか、全員の反応を壇上から見回すタイミングだとか……俺だと即バーターに持ち込んじゃうんですけど、やっぱ本物の営業マンは違いますね」

「いやー、それほどでも……でもゼブルさんだって、交渉相手を理と利で取り込んじゃうじゃないですか?……しかもこちらの利は相対的に大きくなるように確保しているし……やっぱり凄いと思いますよ」

「そりゃ戦力差が現地勢と隔絶してますからね。それを利用しない手はないから簡単な話です。交渉なんてものは結局は力を背景にして、相手を有無言わさず踏み付けるだけのことですから……武器は力か、金か……その上でなるべく交渉相手が気分良く自ら踏み付けになってくれるように仕込んでいるだけです。俺にはアインズさんみたいに諦めている相手のやる気を起こすなんて真似はできません」

「俺からしたらその割り切りが凄いと思うんですよ。ナザリックでは謀略で右に出る者がいないデミウルゴスだって結局は力を背景にして、相手を踏み躙っているわけですよ。ゼブルさんは極力相手を活用するでしょ?」

「割り切りで言ったらデミウルゴスの方が上です。彼はナザリックの利益だけで動きます。俺との違いは将来的に役に立つ可能性があるかも、って思うかどうかだけです。まあ、殺さなきゃ役立つこともあります。それだけですよ」

 

 ゼブルは薄く笑い、ヒラヒラと手を振った。

 そんな大したものじゃない、と行動で明言していた。

 

「明日にでも摂政会は回答するでしょう……おそらく全面的に要求を飲むはずです。彼等にはそれしか道が無い。国家丸ごと買収されているようなものだと気付いていても、彼等は全力の笑顔で媚を売ってきます。俺達は笑顔で握手すれば良い。お互いに笑顔ならば、それは友好的なんです。内心どう思っていようが関係ない。こちらが友好的な雰囲気だけを壊さないようすれば、多少搾取しようが彼等は永遠に友好的であり続けます。友好関係だけ構築すれば、後は追い込まなければ良いだけです。魔導国の戦力を知れば知るほどそうするしかないからです……要は未来永劫戦力差をひっくり返されないように細心の注意を払い、経済的に発展させればドワーフ王国は延々と富を生み出します。お互いにwin-winの素晴らしい関係ですよ。リアルの実例、沢山有りますよね?」

 

 ……やっぱ考え方が怖いなぁ、ゼブルさん……

 

 アインズは内心震えた。

 

「……まあ、少なくとも悪虐非道の大魔王にはならなくて済みますね」

「そーゆーことです。ナザリックの面々がこの世界の支配を望むなら、アインズさんは応えてしまう……いや、応えざる得ないような状況に追い込まれちゃう可能性が高いと思いますよ。だったら可能な限り穏便かつ幸せな侵略を実行すれば良いんじゃないですか?……その方がみんな幸せですよ。犠牲者0ってわけにはいきませんけど」

「……幸せの魔王ですか?」

「なんですか、それ?」

 

 少し照れ笑いが漏れたが、雰囲気で伝わっただろうか?

 

「いやー、なんとなくです。もうオーバーロードから種族変更はできないわけですから、せめて悪の魔王にはならないように、と……俺はナザリックの利益の為って考えが強いと思うので、だったらみんなナザリックの利益に貢献してもらう存在にしちゃえば良い……ゼブルさんの賛同しますよ」

「ハハッ……良いじゃないですか、幸せの魔王……そのキャッチフレーズで運営していきましょう、魔導国」

 

 ゼブルの差し出した手を握り返す。

 もはやドワーフ王国との外交関係樹立は確定的だ。

 このまま100%要求が通ればルーン工匠も手に入る。なにしろルーン工匠自身がやる気なのだ。

 摂政会が用意した宿に向かう前に立役者のゴンドの労うべく、アインズは魔導国産でなく、ナザリックの食材のフルコースをメッセージで発注した。

 




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