死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

4 / 54
時間が欲しいです。感想を頂いた方に感謝します。


4話 強者の中の弱者

 当初こそ街道を徒歩でゆっくり進んでいたんですよ。

 いわゆる観光気分を満喫すべく、都市だけでなく自然や地形を眺めて楽しんでいました……が、そこは現代人……すっかりキッチリ飽きてしまいました。元々自然そのものに興味が薄く、アーコロジー内とネット空間で生きてきた人間ですから……自然の素晴らしさは理解出来ても、自然や地形の差なんて漠然としか伝わりません。

 まあ、人間だった頃にもっと勉強しておけば良かったなんて感慨には浸れるものの、それ以上の感想はありません……どうしても視覚的な刺激だけでは飽きてしまうのですよ!

 

 で、現在では森の中を突き進んでいます。

 ティーヌについた追手を振り切るついでに、彼女の案内で3人のレベリングも兼ねてモンスター狩もやってます……レベリングも兼ねちゃうと俺は突っ立っているだけになるんですけどね。

 しかし実際のところはあくまで移動がメインなので念の入った狩などしませんし、王都に着くまでに少しでも軍資金を作ろう程度の考えなので俺達に向かってこないモンスターまで狩りません。

 強敵と言ってもギガントバジリスクとトロル程度なので『神器級』装備を纏った3人に敵はいません……ギガントバジリスク程度では石化も毒も一切通用しませんから、ただのデカいトカゲです。トロルについては再生能力が只管面倒くさいだけの存在に過ぎません。再生出来なくなるまで細切れにしてしまえばそれでお終いです。それでも再生してくるような個体には俺が出張って即死させれば良いのですが……ただギガントバジリスクにしてもトロルにしてもやたらと図体がデカいのが難でした。討伐証明部位がティーヌとジットが持つ雑嚢には入り切らない為に、ギガントバジリスクについては俺の『無限の背負い袋』に入れることに……協議の結果「素材として売れるかもしれない」との意見が採用され、部位だけでなく死骸まるまるを入れるハメに……いや、腐敗もしないから便利な上に他のアイテムに影響無いのは理解しているのですが、なんか気分が良くありません。ユグドラシル内では何も感じなかったのに、この世界ではグロい死骸も残骸も消えないので……全く持って困ったものです。

 

 そんなこんなで1週間程森の中を進んだ頃、決して静かになることのなかった森が完全なる死の静寂に覆われている光景に出会しました。荒れ果てているのではなく、それこそ森が死に絶えているのです。森の残滓と呼ぶべきような惨状が同心円状に広がっているのを無視するには、俺達のこの森に対する知識は少な過ぎました。だから興味を持ってしまった。ただの薄気味悪い自然現象を物見遊山気分で確認すべく、破壊の同心円の中心に向かって進んでしまったのです。

 眷属がクソデカい……数十メートル規模の何かを探知したのと、先頭のティーヌが立ち止まったのはほぼ同時でした。

 

「……カスタトロフ・ドラゴンロード……」

 

 ティーヌがボソリと呟きました。

 

 ……『破滅の竜王』? 何ソレ、コワイ……

 

「……あの予言、的中……したの? 確かにこの辺り……」

 

 振り返るとジットとブレインは「よくわからない」と表情で伝えてきた。

 

「えーっと、説明してくれる?」

 

 ティーヌが振り返る。珍しく神妙な顔付きだった。基本的に普段の彼女は作り上げた享楽的な表情を見せているが、ドS殺人鬼の完全にイっちゃった顔まで知っている身としては、これまで見せたことのない彼女の表情に事態の深刻さが嫌でも伝わってきます。だが詳細を知らねば対処しようがない。

 プラチナム・ドラゴンロードって奴よりも怖そうな名だが、果たしてどの程度なのか?

 

「予言です……法国にいた時、聞いたことがあります……」

 

 ティーヌの語る情報はとにかく「恐ろしい奴」であり、法国はこれを六大神の秘宝である『ケイ・セケ・コゥク』とかいうマジックアイテムを用いて、使役しようと計画しているらしいことまでは理解した。

 で、その話を書いた途端、俺の興味は『破滅の竜王』から『ケイ・セケ・コゥク』に移ってしまった。

 

 そりゃー、そーなりますって……俗称『ギルドクラッシャー』の血が騒ぎますよ。だって『六大神』ってヤツは潰れたギルドみたいなもんでしょ?

 メンバーは全滅してます。

 『八欲王』っていう他のギルドと戦って敗北しました。

 集団として明確な人間種養護を掲げてます。

 なんか物凄いマジックアイテムを残してます。

 

 ……物凄いマジックアイテムって………ワールドアイテムじゃね?

 

 当然、そう考えますよ……ってことは『ケイ・セケ・コゥク』って、ユグドラシル攻略Wikiにも名を連ねるワールドアイテム……あの有名な『傾城傾国』じゃねーのって想像出来ちゃうわけですよ、見ず知らずのギルドから死蔵アイテムを強奪していた身としては!

 当然、強奪を考えました…………が、クリアしなきゃならない問題が厳然と思考の前に立ちはだかります。

 とりあえず『神人』とか言うカンストプレイヤー並みの能力……『武技』やら『生まれながらの異能』を考慮すればそれ以上も考えられる連中が、六大神の後継たる法国には2人もいる事実です。

 本来であればもう一つの難題の方がキツいのですが……都合の良い事にワールドアイテム『傾城傾国』の効果自体は今の俺なら無効化できる……ユグドラシル終了間際も間際に何だかよく分からないワールドアイテムを手に入れたわけですし……何もしなくても『傾城傾国』の精神攻撃は無効化出来ます。ならば……残る問題は『神人』だけ……

 

 1人づつなら……殺れるか?

 

 ティーヌが話した情報から推察すれば、ここで張り込んでいれば、いずれ法国の部隊、おそらく漆黒聖典の連中がわざわざ「傾城傾国』を持参して出張ってくると予想するのが自然な流れ……まさに鴨ネギ的な状況が目の前にやって来ることが予想されるわけです。ティーヌの話によれば『神人』の内の1人である『番外席次』とか言う奴は法国外には出られない事情があるらしい……となれば『神人』が2人でやって来る可能性よりも『第一席次』とか言う奴だけが現れる可能性が高い……最悪2人揃っていたら逃げればよろしい。これがリスクと言えば最大のリスクです。

 ヘッジの手段は早期警戒と広域探知しかありません。

 『神人』達の顔はティーヌが知っている。

 警戒や探知は眷属を飛ばせばなんとかなる。

 となると喫緊の問題は『破滅の竜王』だ……結局、そこに立ち戻りました。

 

「……俺達、困るかな?」

 

 ティーヌへの問いの真意は言うまでもありません。

 

「早く逃げないとヤバい……かなーって」

 

 顔面蒼白のティーヌが答えた瞬間、大地が震えた。

 

 あーあー、聞こえない……聞きたくない!

 

 所詮絵に描いた餅は絵に描いた餅でしかなかった……世の中、たとえ異世界でもそんなに甘くありませんでしたー!

 

 溜息が漏れた。

 俺の鴨ネギ計画がぁあああ!

 完全崩壊した瞬間でした……

 

 

 

 

***************************

 

 

 

 

 轟音と破裂音が耳をつんざく。

 そして咆哮。

 無駄にデカい樹が現れた……うーん、デカい……デカ過ぎー!

 どういうわけか、既にヘイトはこちらに向いてました。立っていた位置でも悪かったのか?

 全高は100メートルってところです。やたらデカいトレント……一言で巨大樹と言った方がしっくりきます。それこそ全高より長い触手が6本……ウネウネとくねってました。アレが主武器でしょう。

 ただ大して強くは無い……気がする。少なくともカンストプレイヤーとのPVPに比べればハードルは低い。しかし3人のレベリングに使うには明らかに強力過ぎて不向きなヤツだ。

 だとすれば俺が対処するしかない……と言うより俺が対処したい。

 

 このデカブツには俺の鴨ネギ計画を潰してくれた報いをくれてやらねば気が済まない……是非、積極的に完全無欠にぶち殺したい!

 

 流石に『人化』を維持したままでは絶対に太刀打ちできないが、『人化』を解いて本来の50レベル分の異形種ステータスを取り戻せば……楽勝……とまでは言わないけど得意な系統の相手だ。なにしろ樹だ、生物だ……大きさはレイドボスクラスだろうけど、生物ならば絶対に死ぬし、腐る。腐るのならば先手さえ取れれば勝てる可能性は高い。レベルも100超えのボスではないと感じる……しょぼいイベントボス程度を想定すれば問題無いだろう。プレイヤー相手でないのだから、想定外の行動に出られる可能性も極めて低い。

 

「ちょっと本気だすから……引かないで下さい……『人化』解除」

 

 まあ、無理だろうけど……いちおう言っておいた。

 

 人の姿を失い、暗黒色の肌が現れる。深紅の眼に金色の輝く瞳。肩まである黄金の髪と眩い金色の6枚の翼を持つ異形の姿……全身の所々がランダムに紅く蠢き脈動している。漆黒の全身の表面をグルグルと落ち着きなく動き回り続ける、深紅と深緑の2匹の蛇の痣が二つに割れた舌先をチラつかせる。

 荘厳に輝く闇にして、這い寄る不穏……それが俺の魔神アバターをデザインしてくれた知り合いプレイヤーの掲げたテーマだった。一目惚れしたアバターですが、まさか俺の本体になるなんて、あまりに想像の斜め下過ぎる。

 ……愚痴はともかく……

 装備もユグドラシルプレイ中のメイン装備に変えた……脈動するように蠢く暗紅色の槍と意味有り気に魔法文字らしきものがランダムエフェクトする暗黒のローブ。頭部に防具は見えないが、敵の攻撃を感知すると発生する黄金の輪が体の周りを旋回して防御する仕様だ……これが形式上は頭部の防具扱いだったりする。漆黒の隼をモチーフにした具足の防御力は無きに等しいが、速度上昇に全振りしたものだ。アクセサリーも戦闘用フル装備で、各種耐性マシマシ状態……この姿こそがユグドラシルアバターでの完全武装だった。

 

「全員、退避して……俺の後方に最低でも300メートルは後退!」

 

 翼はあるけどフライで飛び立つ。

 上空500メートルで滞空し、空からデカブツを見下ろす。

 敵の攻撃範囲を想定して、こちらの攻撃圏ギリのラインを保った結果だ。

 ティーヌ、ジット、ブレインの3人がスキルの効果が及ぶ範囲外に退避したことを確認する。

 

 巨大樹は戸惑っているのか……溜めているのか……?

 

 正直に言えば、カンストプレイヤー達の中で俺はかなり弱い。何しろ突出したステータスを何一つ持っていない。一点突破出来る武力も魔力もスピードも防御力も無い……なんでそんなビルドにしたかと言えば、それはもう一人で色々やって全てを楽しむ為だ。死に戻りを繰り返し、様々な職と種族を組み合わせた。とにかく試行錯誤の連続だった。で、たどり着いたのが……現在のビルドだ。

 俺がユグドラシルを始めた頃は既に末期も末期……キャラビルドは成長させる方向性別にマニュアル化され、強キャラを目指す場合、誰がキャラを作成しても最効率化された同じようなものしか作成されなくなっていた……生産職系にしても同様だ。少しひねくれていた俺は、プレイヤー数の少なさからマニュアル化の甘い異形種キャラの選択に至り、だからこそマニュアル化なんて不可能なマイナーな異形種専用レア職に激レア種族を追求したのだった。

 効率なんざ知ったことではない。

 俺が楽しめればそれで良いのだ。

 当然大なり小なり個々の役割を与えられる為に、役割別の効率を求められるギルドやクランにも参加しなかった。

 

 ……ゲームの中ぐらい自由気ままにやりたい……所詮はゲームだ。仮に死んだとしても中の人が死ぬわけではない。それが偽らざる本音だった……そりゃ、今となっては後悔してますよ。ユグドラシルの能力依存のまま、死んだら現実に死ぬのですから……こんな事態に陥ると知っていれば、せめて物理攻撃力を削って、スピードか物理防御にもっと振れば良かったと思います。完全無欠の「後の祭り」ってヤツですけど。

 

 それはそれとして……完全にロールプレイ用のネタビルドなのにPVPに滅法強い『モモンガ』さんの薫陶を受け、俺と同じくソロプレイ大好きな『バンバン』さんに無償で協力してもらい、『ギルドクラッシャー』の汚名を一緒に被った面々と神器級の武具やデータクリスタルや希少素材を集め続け、PKガチ勢の女傑『えんじょい子』さんと幾度となくじゃれ合い(=戦い)続けた結果、今の俺になった。

 マイナー異形種専用レア職と激レア種族を組み合わせ続けた果てに、専用スキル特化の変則的なビルドが出来上がったのだ。お互いに初見同士ならば、あくまでスピード依存だが情報が極めて少ないスキル持ちの俺はそれなりに強い。先手さえ取れれば、敵はほぼ対処出来なくなる。相手が生命体もしくは疑似生命体であれば俺の優位が固まり、さらに鈍重な相手であれば絶対的な優位性が確立される。

 そして眼下にいるのは生物な上に、あのデカさに見合ったノロマだ。

 

 カンストプレイヤー中、ほぼ最弱の力……見せてやろう!

 

 先手必勝だ。後手を踏むと俺の負ける確率が極端に跳ね上がるのだ。卑怯と謗られても先手に拘り、最速でスキルを行使する。それが俺の必勝パターンだ。

 俺は3枚の切り札の内、この巨大樹相手に最適と思えるスキルを使うことにした。流石に奥の手までは使う必要性を感じない。

 

「眷属召喚……腐食蠅」

 

 地獄の蠅の召喚陣がアチコチに現れた。今回は出し惜しみせず一気に100匹の蠅を生み出した。再入手が難しいだろう課金アイテムも使い、タイムロスも極限まで減らす。この世に蠅が現出した瞬間から周囲の空気が腐っていく。異様な腐食のオーラがLV80の艶の無い闇色の蠅の群れによって撒き散らされた。

 

 超速腐敗地獄の始まりだ。

 

 空気が腐り、水が腐り、大地が汚れに覆われる。

 木々は倒れ、瞬間的に腐敗し、跡形も残さず汚れた泥と化した。

 おそらく巨大樹に狩り尽くされ、視認可能な生物は生き残っていなかったにしても、地中の虫も死に絶え、地中そのものも死んでいった。全てが汚泥となり、大地が死に絶えていく。そこに一切の慈悲は無い。

 

 巨大樹が咆哮する。奴も生物だ。全身を汚され、自身の再生能力を大きく超えた腐食の浸透速度に次々と枝葉を落としていく。散弾のように巨大な種子を飛ばして抵抗するが、所詮は生命体だ……眷属の作り上げた腐食の防御壁を抜くことは出来なかった。無数の種子は空中で腐り、崩壊し、四散して地に堕ちた。そして長大な、でも俺の位置までは届かない触手攻撃も所詮は生命体のものだった。腐り落ち、大地を覆う汚泥の一部となった。

 

 もはや戦闘でなく一方的な虐殺だった。嬲り殺しである。

 

 巨大樹は攻撃手段のことごとくを失い、悲鳴を上げ、地を逃げ惑う矮小な存在と化した。

 悶え苦しむ巨大樹の姿を睥睨しながら、完全に滅す決心をする。こんな化け物じみた巨大樹に子孫を残され、俺との戦闘経験を受け継がれてはたまったものではない。次は間違いなく奇襲されるだろう。遠距離攻撃可能な個体に経験など残させない。だから個としてのコイツの後継を断絶させる。経験を積んだ個の遺伝子は絶対に残させない。それがユグドラシル由来と思われる生物ならば尚更だ。

 最強の肉体を誇るドラゴンだろうが、巨人だろうが、半神半魔であろうが生命を持つ者がこのスキルに初見で対応するのは難しい。生命体でなくとも……例えば金属製ゴーレムやオートマタという疑似生命体だろうと確実に死に絶える。超速腐食の連鎖に絡め取られたが最後、その部分を即断即決で切り落として圏外まで逃げる以外に道は無いのだ。一瞬の躊躇で命の源まで腐食の波に飲み込まれる。

 つまり逆に考えれば……初見でなければ俺のスキルにいくらでも対処可能になるということだ……遠距離からの奇襲の一撃は誰でも思い付く。『えんじょい子』さんに至っては「スキルを使った俺に正面から勝つ」という一心でデータ量を腐食耐性に完全に振り切った『神器級』の鎧を作り上げたぐらいだ……彼女の場合は元が紙装甲過ぎてあまり意味を為さなかったけどね。その俺にとってはあまりに危険な鎧もPVPの戦果として俺が預かっている。

 そもそも普通に殺り合ったら俺が彼女に勝てる道理が無い。腐れ外道な彼女はPVPの勝率がアベレージで9割5分を軽く超える怪物だった……『モモンガ』さんのギルド「アインズ・ウール・ゴウン」が大活躍していたユグドラシル全盛期ならば間違いなくワールドチャンピオンにチャレンジしただろう。でも何故か俺を正面攻略することに異様に執着していたのは不思議だけど……俺なんか彼女の実績を考えればゴミみたいなものだし、プレイスタイルも完全に畑違いだ。

 

 思い出に浸る間に巨大樹が中央部から大きく崩落した。

 断末魔の咆哮が虚しく響き、地に崩れ落ちる前に空中に四散していく。ただの汚泥と化した『破滅の竜王』はこの世から消え去ったのだ。

 

 命じた役目を終えた眷属も消えた。つまり『破滅の竜王』は残りカスすら残せず汚泥と化した、ということだ。

 

 最後には全てが無に帰り、完璧な静寂の中で一切の生命の営みを失った汚泥の大地だけが残されていた。

 

 

 

 

***************************

 

 

 

 

 予想通りと言えば予想通りな展開で、3人は完全にドン引きしていた……かと言えばそうでもなく、様々な反応で迎えてくれた。

 俺は俺で「もういいや」とばかりに異形種の魔神の姿のまま3人の前に降り立ち、それぞれをジーっと凝視した。

 

「はい、はい、はーい!」

 

 3人の中でも興奮の方向に感情が突出しているティーヌが手を挙げた。

 

「はい、ティーヌさん……どうぞ」

「……えーっと、あのー……ゼブルさんは『ぷれいやー』様ですよね?」

「はい、プレイヤーです」

「……やっぱ、『ぷれいやー』様って、スゴイ!」

 

 んっ……? えーっと、それだけ?

 

 まるで純真無垢な子供のようなキラキラした瞳で俺を見詰めてくる。ちょっと痛いからやめて欲しい。

 ティーヌ曰く、『ぷれいやー』の力を初めて視認した。感動した。もう一生ついて行くことに決めた……ですって。いや正体不明の不思議パワーで偶然得た力でそこまで感動されてもねー……なんかむず痒い。

 

 次いで平伏するジットさん……物言いた気な目で俺を見上げている。

 

「……どうぞ」

「ゼブルさんに申し上げます」

 

 ジットはさらに深々と頭を下げた。

 

「だから、どうぞ、と!」

「……愚物である儂を高みに導いて下され……貴方様の、神のいと高き御力をこの愚かな目に焼き付けた後ではズーラーノーンなどと言う低級な輩では満足出来ませぬ。僅かでも構いませぬ……貴方様の御力の一端をこの矮小で愚鈍な儂に授けて下され」

 

 …………そう言われてもこっちの人がどうやって魔法やスキルを獲得するのか知らないし……まあ、俺の為でもあるからレベリングはしますよ。ゲーム内のようにパワーレベリングが通用するならば、それも良いけどね……

 

「……では精進して下さい。いずれなんとかなりますよ……それに! 俺はプレイヤーではありますが、神では有りません(真逆の魔神なんですよ!)。ソコは非常に重要なコトなんで忘れないで下さい」

 

 気休めにもならないような言葉だが、ジットは「ハハーッ」と時代劇のように平伏した。

 

 で、最後に残ったのがブレイン・アングラウス。俺達の中では唯一の一般社会に通用する壊れ方をした奴だ。

 他のメンバーは存在自体が社会と相容れない。

 魔神。

 ドS連続快楽殺人者。

 都市破壊まで目論んだ、自身のアンデッド化を目指す死霊術師。

 もう考えるまでもなく完全アウトですわ……あらん限りの罵詈雑言を浴びせられて、有無言わさず極刑に処されても文句は言えないような連中です。

 その点ブレインは愚直な職人的壊れ方とでも言えば良いのか……? 

 要するに剣技オタクだ。突き抜けているのは剣の為にあえて人斬りの道を選んだ点で、それ以外は俺達の中では比較的真面だ。だから俺達と社会の窓口として期待している。だが一点突破で完全に拗らした強さ馬鹿であることを忘れてはいけない。

 

「ゼブル……今のお前は人間の姿のお前よりどれぐらい強いんだ?」

 

 いちおう全員「さん」付けしようと注意しているんですが、ブレインだけは頑なに呼び捨てで通してます。俺の支配から脱しようとするわけでもなく、むしろ好んで仲間を続けているんですが、一々拘りが強いらしく、俺の課した支配の制約下で好き勝手やっているのもブレインの特徴です。

 

「……コレがいちおう本体なんでね……レベルで倍……ステータスだと3倍以上かな……4倍まではいかないけど」

 

 そうなんです……異形種は職業選択の幅が狭い代わりにステータスの伸び代が相当に大きいんです。特に俺の場合はレア種族2つで10レベル分と上級種族2つで10レベル分で極端にへこむので『人化』によるステータス劣化具合はめちゃくちゃ激しくなります。中級種族以下は人間種よりもステータスがかなり伸びる程度ですが、上級種族以上は下手すれば1レベルにつき4倍以上の伸びるステータスもざらにありますから……だから『人化』した俺はメッチャ弱いです。それでもティーヌやブレイン程度なら完封できますけど。

 ティーヌと共にブレインの剣の稽古に付き合ってやった時の印象が強いのでしょう……ブレインはあからさまに落胆してました。確かにLV50の魔力系+信仰系魔法詠唱者兼暗黒騎士(と似たような職)の人間種マルチファイターがLV30ぐらいの純剣士と剣のみで戦えば、永久に手が届かない差とは思えないでしょうね。20レベル分の身体能力の差が大きいだけで剣技のみで比較すれば確実に勝っている部分もある……むしろ多いわけです。さらにブレインやティーヌにはこっちの世界特有の『武技』とかいう戦士版魔法みたいなものもありますから……俺には使えないので絶対的な差とは言い切れません。

 

「れべるやらすてーたすやらは俺にはよく分からんが……本物のゼブルは遥か高みにいるわけだ……少しは最強に近付けるかと思ったんだが、な」

「最強ね……期待に添えなくて悪いが、俺はプレイヤーの中ではほぼほぼ最弱なんだ。生産系に振り切っているような連中は別にしてだけど。プレイヤーの中では俺は先手必須の奇襲専門……なのに確実に先手を取れるほどスピードがあるわけじゃない。能力を秘匿できなければ、まあ弱いもんだ……ハマれば強いだけ……俺はその程度だよ。お前達は俺を裏切ることが出来ないから言うけどな」

 

 ブレインは薄く笑い……大笑いした。

 

「あの『破滅の竜王』とか言うのを一方的に塵も残さず殲滅したのに、最弱なのか……?」

「だーかーら、あの手の化け物相手は得意なんですって……生き物であれだけデカければ少なくとも俺より鈍重なのは確定だろ……むしろあの図体で俺より早く動けるのなら、お前達を盾にしてトンズラしてたわ」

 

 ブレインは釈然としない表情を見せる。

 確かにミリ単位の技術的精度の為に剣の研鑽を欠かさないブレインにはカンストプレイヤー同士のPVPのざっくりした相性の問題は理解し難いのかもしれない。

 『モモンガ』さんのように自身の戦力把握と観察と交渉や情報戦まで含めた臨機応変な戦術での強者は非常にレアだ。『モモンガ』さんだって完全にネタビルドなのだから、本来ならば弱者に分類されて然るべきだ……でも厳然と数値で示された実績は強者であることを示している。

 まあ、いろいろレジェンドであるあの人は特別だとしても……例えば『えんじょい子』さんなどは装備は別にして、ビルド自体は普通だ。スピードと手数と正確性に徹底して振り切って物理防御を完全に捨て、魔法防御も半ば捨てている。一撃の攻撃力も強力という程ではない。では何故怪物じみた異様な強さを誇っているのかと言えば、それはもう中の人の差だ。フルダイブ型ゲーム特有の現象で、完全に同一性能同一装備のキャラでもダイブしている人によって明確な差が生じる。要するに『えんじょい子』さん自身がキャラとの相性が完璧な上にPVPに必要な能力が他者よりも突出している結果だ。その相乗効果でユグドラシルのPK界隈にアバター通りの怪物が生まれたのだ。

 そして『えんじょい子』さんレベルのバケモノは別にしても同じタイプの強者は少ないとは言え、それなりに存在していた。

 

 ……嫌な考えが浮かぶ。一度浮かんだら、二度と消えてくれないタイプの嫌なヤツだ。

 

 ユグドラシル内では『バンバン』さんに並ぶ友人筆頭に挙げられる『えんじょい子』さん以外、そんなPVP強者の連中がこの世界に転移していたら……俺にはとりあえず逃げるしか選択肢がない。逃げて、逃げて、とにかく逃げて、隙を探る。逆撃を加えられるか……それとも友好的な関係を結べるか……どちらにしてもお互いに信用できない状況が続くだろう。

 

 腹芸は得意では無い。好き勝手にやりたいからこそ、職場から帰宅後はゲームなんぞに没頭していたのだ。

 

 ……急に寒気を感じた。

 

 己の立場を思い知った。

 俺は急いで『人化』し、ゆるゆると遊んでいる場合でない現実を直視することにした。エ・ランテルのシャドウ・デーモン達を使役する高レベルは確実に存在しているのだ。対策を考えねば……とりあえずは配下の強化。死角からの超位魔法爆撃を防げ、とは言わないし、期待もしない。但し最低限一人につき敵対するカンストプレイヤーの物理攻撃一回ぐらいは凌いでもらわねば話にならない。今のままでは紙装甲のプレイヤー以下だ。難なく貫通されてしまうだろう。

 当然、配下も増やした方が良い。

 

「さあ、王都に向かいましょう!」

 

 突然の変化に驚く3人を尻目に、俺は先行して歩き始めた。

 慌ててティーヌが俺を追い越して行く。この道中、彼女は先頭を切るのが役目だと思っているかのようだった。

 ジットが俺に並び、ブレインが殿だ。

 

 ワイワイと騒ぎながら森の獣道を突き進む。

 

 再度1週間進んだところで、唐突に森が開けた。開拓村の開墾地のように見えるが全く人影が無かった。かなり森の浅い部分なので開けていても異常とは思わなかったが、ティーヌは2年前に通過した時には無かったと言った。

 

 ……となると直近2年以内に開拓して、誰もいないのは確かに不自然だ。

 

 ティーヌが先行して周囲を探る間、俺は偵察用の眷属を2匹飛ばした。

 

 そして眷属はそいつらを発見した。

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 いかにもゴロツキという外見の男が一人、木造の小屋としてはかなり大きな建物の窓辺の椅子に腰掛けていた。欠伸をしながら、椅子から立ち上がり、再び椅子に腰掛ける。何をしているのか、何もしていないのか……いずれにしてもやる気は感じられない。

 男が小屋の窓を開けた。

 挿し込む陽光に白い陰が昇っていく……煙だった。

 男は窓から顔を出し、大きく呼吸した。

 

「……うぇ……もう勘弁してくんねぇーかな。ヤク中共の管理とか、ホント、クソ過ぎる……」

 

 吐き出す言葉と共に男が腕を振る。

 銀光一閃。窓の外に弾け飛んだ銀弾は畑道の脇……断末魔すら上げられず果てた野鼠の頸部を両断していた。

 

「ちょいと神経質が過ぎるかもしれねぇーが……まあ御命令だしなぁ」

 

 魔法詠唱者の使い魔まで想定した命令に、首領の想定した事態対処の抜け目の無さに感心しつつも、実際に命令をこなす男としては馬鹿馬鹿しさを感じずにはいられなかった。鼠やら烏やら犬猫に至るまで、この開拓村に近付く全てを排除しろ、とのことだ……その内、上空を飛び去る野鳥から地を這う虫ケラまで殺せ、って言い出すに決まってやがる……ヤク中共の管理だけでも辟易しているのに、害虫駆除までやらされるのはたまったもんじゃない。せめて外敵の排除ぐらいは警備部門の連中を使ってくれ、と思う。俺達は『八本指』で最大の資金力を誇っているのだ。少しぐらい他部門に分け前をくれてやった方が妬まれない、と思うが……我らが敬愛する首領様は他部門の連中をビタイチ信用してしない。その結果が慢性人員不足による手薄な警備だ。さらに警備ついでにヤク中の人足共まで管理しろ、ときた。しかも黒粉の生産拠点数が年々拡大の一途だった。

 

「ハァ……どっか今の稼ぎで雇ってくれねーかな……無理だなぁ」

 

 所属部門は圧倒的な資金力を誇るだけに報酬額も金払いも良かった。それについては一切文句は無いどころか、ありがたい。ただ秘密主義が過ぎて、人員数が事業拡大に追い付かないのだ。改善の見込みも無い。とにかくひたすら忙しいのだ。そんな中で生産拠点の警備やら管理監督という仕事は所属部門内でも格別に暇な仕事の代表格だった。

 

 ……まあ、だから文句も言えねーんだな、これが……

 

 だが命懸けなのだ。特に最近では各地で生産拠点が潰されていると聞く。国軍やどこかの領主の私兵ではなく、どうやら冒険者の仕業のようだ……との噂話が部門内を巡っている。官憲や軍の仕業ならば発表があるはずだし、極秘で動いていても痕跡が残る。仮に完全に隠蔽されていても『八本指』のネットワークが貴族や高官達から話を拾ってくるはずだ。冒険者にしても同様……だが現実には痕跡は残されておらず、内情も伝わってくることは無かった。その後も着々と各地の生産拠点が潰されていた。

 

 ……でも、だからこそ予測可能なんだよなぁ……

 

 敵の戦闘能力は極めて高く、比較的王都に近い拠点が標的にされるケースが多い。荒事専門の警備部門に比べればそれなりな連中ばかりとはいえ、いちおうは秘匿事項かつ資金源の警備を任されている連中が手も足も出せずに全滅しているのだ。つまり王都で登録している冒険者の中でも極めて能力が高い冒険者チームの仕業……の可能性が大だ。

 だとすれば『朱の雫』か『青の薔薇』……拠点が潰された当日に両アダマンタイト級チームがどこにいたのか……所在が判明しない方が敵だ。どちらのチームにしても有名なのが仇になる。

 ここまでの推理は簡単だ……だから報告もしていない。既に敬愛する首領さまも同じ理屈で同じ結論に辿り着き、手を打っているに違いない。そして真に問題なのはアダマンタイト級ではなく、その背後にいる依頼者だ。我が部門の固有武力が劣る分、首領は情報の重要性を熟知していた。当然、情報秘匿についても重要視している。

 

 ったく……だからいつまで経っても人が増えないんだよ。ほんの少しで良いから改善して欲しいもんだ。

 

 再度、男は大きく息を吐いた。

 換気は済んだ、と判断したのか男は窓を閉めた。

 

 小さな蠅が一匹……窓から小屋の中に入り込んだことを男は大して気にしなかった。

 




お読み頂きありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。