死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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39話 外道対問題児

 

 山岳地帯に差し掛かった瞬間から空気が変わった。

 単純に冷えたこともあるが、何かが明確に違う。

 妙に落ち着かない。

 50人の小集団とはいえ、皆手練れだ。冒険者で言えば白金級以上の力の持ち主だけで構成されている。

 戦士系は指揮官であるフィリップを含めて36人。

 元冒険者の信仰系魔法詠唱者が5人に魔力系魔法詠唱者が4人。

 他は先頭を進むレンジャー・盗賊技能持ちが5人。

 王国軍の最精鋭が岩肌が剥き出しの山道を進む。

 

 現在地から10キロメートル程後方には中継キャンプが設営され、そこにはボウロロープ伯が手塩にかけて育てた南方軍の兵が待機し、精鋭部隊の騎乗馬を預かっていた。

 

 訪問当初、ボウロロープ伯はあからさまに不快感を示していたが、フィリップの引き連れた兵の練度を確認すると態度がころっと変わった。武人であり、武断的な性格の彼は若造であるという理由でフィリップを嫌い、兵をしっかりと育てているという実績で認めたのだ。

 一度認めてしまえば、海千山千の元六大貴族とはいえ、最も武断派であるボウロロープ伯はスッパリとフィリップの要請に従った。

 英雄というものの実態をよく知るボウロロープ伯にとっては帝国戦の英雄であるフィリップの実績は大したものに感じなかったし、爵位も下位であるが、王国軍という組織内ではフィリップは上位者だった。その微妙な力関係を飲み込み、少なくとも練兵に関してはフィリップの努力を認めたのである。冒険者からスカウトされた者も少なくないとはいえ、フィリップは極めて短い期間で良く兵を育てていた。

 

 アベリオン丘陵に徒歩で向かい始めて2日目……周囲がなだらかな草原地帯から緩やかな岩山に変化し始めた頃から、レンジャー技能持ちに限らず、兵士達は不穏なものを感じていた。それは山の斜面が厳しくなるにつれ、空気が肌寒くなるにつれ、明確な気配を伴うようになっていた。

 兵士達の口数が減った。

 誰もが感覚的にヤバいと感じていた。

 歩行速度が極端に落ちた。

 小さな物音で行軍が止まることも多くなった。

 アベリオン丘陵に住まうのはゴブリンやオーガなどという簡単に討伐可能な亜人とは違う。強大な力の持ち主もいるらしい。

 不安が兵達の脳裏を度々過ぎる。

 雰囲気が徐々に沈む。

 ムードメーカーを自認する者までが黙り始めた。

 やがて明確に視線を感じるようになった。

 

 そんな中、先行していたレンジャー技能持ちの兵士が駆け戻ってきた。

 息も絶え絶え……恐ろしく慌てているが顔色は青白い。

 その目だけが血走り、事態の異様さを伝えている。

 そして伝令役なのに彼は密かにフィリップに接近した。

 周囲の兵達が騒めく。

 

「報告します……モチャラス司令……警告だと思われます」

 

 明らかに慌てているのに要領を得ない報告。

 フィリップはイラ立つも、これ以上周囲の兵達が動揺しないように発言を促した。しかし伝令は何度も唾を飲み込むのみ。彼なりに動揺を隠し、必死に落ち着こうとしているのは理解できるが……周囲の緊張はどんどん膨らみ続けた。

 

「とにかく、ご自身で確認していただければ……」

 

 全部隊に行軍停止と待機の命令を出し、フィリップは伝令役と共に異変の確認された場所に向かう。

 

 駆け付ければ、そこには伝令役以外に先行していた他の4名が不自然な柱のようなものを調べていた。

 岩肌に唐突に聳え立つ木製の支柱のようなもので間違いないが、場違い感が凄まじい。明らかに人の手で加工されている。全長5メートル、直径20センチメートル程の丸太だ。枝葉は落とされ、先端は鋭く削られている。まるで巨大な串だ。周囲に樹木と呼べるような木は無く、低木すら生えていない。つまり何処からか運び込んできたものだろう。周辺の緑は黒い岩肌の間に多少の草が見える程度だ。

 そして鋭く削られた支柱の頂点に何かが刺さっている。

 

「何だ、あれは?」

「報告します……おそらく動物の頭部ではないかと思われます」

「亜人共の祭祀か、何かの標か?」

「詳細は不明です……なので警告ではないか、と」

 

 フィリップは考え込み、支柱の天辺を見上げた。

 

「アレを下せ」

 

 その命令に全員が一瞬固まる。ここまで手を出さなかった以上、触りたくないのは明白だ。たしかに命じたフィリップにしても気持ち悪いし、怖い……だがボウロロープ伯が快く全面支援を約束してくれた以上、この程度のことで行軍を中止して引き返すわけにはいかなかった。

 そして放置もできない。

 兵達の進言通り警告であれば、こちらのアクションに対してリアクションがあるはずなのだ。そうでなければ祭祀や道標を疑うこととなる。いずれにしても一旦は外してみる必要があった。何もなければ戻せば良いのだ。

 

 フィリップに急かされ、盗賊技能持ちの兵士が素早く柱に登り、動物の頭部のように見えるソレを投げ落とした。別の兵がキャッチし、フィリップの前に差し出す。鋭利な刃物で斬首されたのだけは間違いなさそうだ。首の切断面から喉を通して上顎に向けて串刺していたように見える。

 

 豚の頭……?

 

 まるで豚の生首に見えるそれは、微妙に豚と違った。顔面は豚同様に体毛に覆われているが、人間のように頭部の体毛が微妙に長く、比較的前面に顔面の部位が集まっている。何より首の構造を考慮すると直立していたように思える。

 

「豚ではないな……豚の亜人か?」

「オークと呼ばれる亜人ではないでしょうか?」

「オーク?……オークとは同族の頭を斬り落とす習慣でも持ってのか?」

「いいえ、私がレンジャーとなってから随分と経ちますが、そんな習慣は聞いたことがありません……オークは突出して強い亜人はありませんので、おそらくは他のより強い亜人種がオークを斬首したのではないでしょうか?」

「何故、そんなことをする?」

「それこそ我々に対する亜人なりの警告ではないか、と」

 

 フィリップは再度考え込んだ……警告であれば、何かしらの意図とこちらの動向に対してリアクションがあるはずだ。であればこの首を地面に置いて、観察すれば良いのではないか?……設置し直せば亜人の祭祀か道標か縄張りの主張のようなものかもしれない。そうでなければこちらに対して何かを仕掛けてくるはず……最悪、武力衝突も考えられるが、それこそが本来の狙いなのだから受けて立つべきであろう。そうでなくともオークとやらを凌駕する亜人の力量を知るためには必要な措置だ。

 

「おい、首を柱の根元に置け……お前達が監視可能なギリギリのラインまで下がるぞ。そこに全隊を集結させる」

 

 王国軍の精鋭部隊は柱から500メートル程後退した地点で手持ちの大楯を全て使った簡易阻塞を作り、そこから柱の監視を始めた。

 

 その様子を見る2種類の視線。

 一つは岩山の上から観察を続ける亜人。

 一つは透明化した人間の武装集団。

 1本の柱の周囲で駆け引きが始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「面倒臭いな……どうしてこうなった?」

 

 マルムヴィストは判断に迷っていた。

 低い岩山の上に潜みながら監視を続ける山羊のような亜人がざっくり20。

 大楯で簡易阻塞を作り、監視しながら立て篭もる王国兵がきっちり50。

 そして両者の動きを把握しながらも、どうしたら最良なのか判断に迷い続けている自分達が30。

 戦力的には自分達が他の二者を圧倒しているが、任務の特殊性と継続を考慮すれば前面に立てなかった。状況としては個対個でもまず負けない面子揃いな上に、岩山の上にいる山羊の亜人20は既に半包囲しているのでいざ交戦となってもこちらの優位は動かない。阻塞に立て篭もる王国兵の方が全般的に戦闘能力も低いだろうが、数も多く、魔法詠唱者も複数揃えているので侮れないぐらいの認識ではあった。

 ただ王国兵達に自分達の存在を知らせるわけにはいかず、『透明化』のマントで身を隠しているとはいえ、山羊の亜人は地の利を得ているだけは間違いない。下手に仕掛けて騒ぎを大きくするのは得策ではない。即座に殲滅可能ならばとりあえず山羊の亜人達を皆殺しにして、王国兵の行動を促した方が状況を動かせるのだろうが、1匹でも逃げ出されて応援を呼ばれような事態は避けたかった。

 

 両者の不毛な睨み合いが始まってから既に1時間近く経過していた。

 

 現状ではマルムヴィスト達に都合の良い打つ手は無いが、このまま山羊の亜人共を半包囲し続けるのも無理がある。風向きが変われば視認はされなくとも臭いで探知される可能性もある。王都で生まれ育ったマルムヴィストだが、山の天候が荒れ易い程度のざっくりした知識は持ち合わせていた。

 対するフィリップ率いる精鋭部隊は食料物資に相当な余裕を持っている。下手すれば山羊の亜人共が動くまで延々と待つつもりかもしれない。

 

 ……亜人共を殺すなら、皆殺しだ……

 

 それが可能かどうか……3〜4匹ならばマルムヴィスト単独でも瞬時に殲滅可能と判断できるが、20匹前後となると配下を頼らねばならず、自信は持てなかった。ゼロが任務に推挙した面々とはいえ、『五腕』程の手練れでは無いことは動きを見れば明らかだ。

 

 オーガやゴブリンと違い、こいつら多少は知恵が回るようだしな……

 

 意味があるかどうかは別にして、相手の反応を見て、観察する程度には山羊の亜人は警戒心を持ち合わせている。種族としては最弱に違い人間の戦力や出方を探るのは、人間には突出した力の持ち主が多いことを知っているのだ。

 敵を知り、侮らない……戦闘能力の全体的平均値が高い亜人種にそれをやられると、正直なところここより先のアベリオン丘陵を最もナメているのはマルムヴィストということになってしまう。

 

 ならば、先手必勝だな……

 

 マルムヴィストは自身のすぐ横にいた部下に指示を出す。

 全員が戦士であり、暗殺の専門家だ。彼等の中には魔法を使う者もいるが、あくまで補助的なものであり、『火球』のように魔法自体に殲滅力があるものを使えるものはいない。見た目はモンスターに近い山羊の亜人相手にどこまで通用するかは不明だが、少なくとも人間の冒険者であればミスリル級程度を問題なく処理できる面子だ。

 

 『透明化』のマントから腕を出し、マルムヴィストはハンドサインで指示を下した……目を狙え、と。

 同時に自身も動く。

 音も無く足下の岩を蹴った。

 愛用の『薔薇の棘』を抜き放ち、ほぼ同時にしか思えないタイミングで2匹の山羊の亜人の眼窩に突き込む。

 人間よりもはるかに頑丈な身体を誇る亜人とはいえ、さすがに不意打ちで脳を破壊されれば耐えられない。

 唐突にドサリと倒れる2匹の山羊の亜人に、その場にいた17〜18匹の集団が恐慌状態に陥った。

 マルムヴィストが岩場の上を器用に走る。

 さらに2匹、眼窩から血液を噴き出しながら山羊の亜人が倒れ伏した。

 誰一人反応すらできないまま、さらに2匹マルムヴィストの手に掛かる。

 戦闘開始より5秒も経過していない。

 マルムヴィスト単独で6匹の山羊の亜人を屠っていた。

 何が起きたのかも理解できず、慌ててその場から逃げ出す山羊の亜人達。

 そこで待ち構えるマルムヴィストの手下達……だが姿は見えない。

 次々と山羊の亜人が絶命していく。

 その全ての片目に風穴が空いていた。

 余裕を持ったマルムヴィストはさらに2匹を屠る。

 戦闘というよりも一方的な虐殺……20秒も経過せず、山羊の亜人は骸の山と化した。

 

 フゥと息を吐き、緊張を解す。

 自身でトドメを刺した倒れ伏す6体を蹴り飛ばし、死亡を再確認した。同じ作業を部下達も一番近い死体に行っているはずだ。

 遠目にはただバタバタと山羊の亜人が倒れたようにしか見えないはず。

 とりあえずの任務の取っ掛かりを成功させ、マルムヴィストは満足げに頷くと、部下に撤退のハンドサインを送る。これでしばらくすればフィリップの精鋭部隊も異変を確認するか、何も無かったと判断して山岳地帯に侵入するはずだ。

 即座に音も無く、岩山を下る『透明化』した集団。

 知る限り人間の最高峰の暗殺技能者集団。

 個ではバカげた強さの存在……例えば同じゼブル配下の銀髪女……もいるが、連携できる集団としては間違いなく最高レベルだ。

 あの「イジャニーヤ」すら凌駕する……マルムヴィストは部下達の働きを見て、そう確信した。

 

 さすがに気付くはなぁ……

 

 眼下ではフィリップの精鋭部隊がバタバタと動き始めていた。

 

 精鋭部隊ね……暢気なもんだ。

 

 先回りする為に連絡役を2人残し、マルムヴィストと他の部下達は先に進んだ。完全な隠密行動だ……あくまで人間相手想定だが……

 

 切り立った岩山の更に高い崖の上から、バフォルク達がバタバタと倒れる様を眺めていた亜人達がいた。両腕が膜のような翼となっているプテローポスと呼ばれる亜人だ。

 生活圏は同じ山岳地帯だが住んでいる高さが違う為、特にバフォルク達を敵視もしていないが、友好的でもなかった。だがアベリオン丘陵の全バフォルクの王である『豪王』バザーには一目置いていた。そしてバザーの背後にいる魔皇ヤルダバオトを恐れていた。

 彼等は翼は持つが飛行は得意というわけではない。

 だが見た目通り飛ぶことは可能だ。

 一体のプテローポスが飛び立った。

 とりあえずバザーに恩を売っておこうと考えたからだ。

 このまま人間達に南進されるとヤルダバオトの「牧場」と呼ばれる場所に到達される恐れが生じる。それはプテローポス的にも喜ばしいことではないし、バザーにとっては死活問題なのだった。

 

 

 

 

 

 

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 班長閣下オルランド・カンパーノが首都ホバンスの大聖殿前の広場に立っていたのはたまたま以外の何ものでもなかった。

 彼の目の前を目を見張る3人組が通り過ぎたのもたまたまだった。

 彼等を先導するのは記憶の片隅に顔形が残っている程度には見知ったどこその貴族だ。つまり王城に出頭した際に見掛けるが、地位だけの中年男で強さは大したことない存在だった。遠巻きに30人程の衛兵が取り囲んでいるが、オルランドにとっては格好だけの兵士だった。

 

 あんな連中に衛兵もクソもねぇだろ!

 

 脳内を駆け巡る興奮を抑えながらも、3人組の先頭に立つ銀髪女が目に焼き付いて離れない。

 

 どうやら連中は冒険者なのか?

 プレートは……アダマンタイト!

 気配だけでも強えのがビンビン伝わってくるわけだぜ!

 特に先頭の女はバケモノだ……クソ貴族がヘコヘコしてるのは優男だが、本物のバケモノは間違いなく女だ。

 

 銀髪女に目を奪われ呆然と立ち尽くすオルランドの前を貴族と優男が談笑しながら通り過ぎた。前を行く銀髪女とチラリと目が合う。

 ニィと口角が上がった。

 ゾクリとした。

 良い女なのは間違いない……顔も醸す雰囲気も身体も。

 

 だがそんなもんはあの銀髪女の本領じゃねえ!

 

 単純に強い。

 はるかに強い。

 底が見えない……果てしなく深い、真っ暗な穴だ。

 高空を飛翔する猛禽が地を這う虫ケラを見るが如し、だ。

 

 アダマンタイトの3人組は貴族の先導に従って、王城に向かって歩み去る。

 

 王城……ちょうど俺も向かうところだったぜ、たしか……

 

 オルランドは酒場へ向かっていた踵を返し、つい先程嫌々報告を済ませた王城へと歩き始めた。こっそりと集団を追跡する。

 

 しかしあの連中は何者だ?……少なくとも聖王国人じゃねえ……あれだけの連中なら、たとえ銀髪女じゃなくたって忘れるはずがねえ……一番弱そうなオカッパ魔法詠唱者だって間違いなく俺よりも格上!

 

 オルランドの歩調が目に見えて弾んでいた。

 

 ワクワクが止まらねえぜ!

 

 クソ女の嫌がらせで「亜人共の動きがおかしく、苦戦中」などという、つまらない報告の為にはるばる前線から王城くんだりまで来たかいあるというものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 聖王女カルカ・ベサーレスは「人生初」と言っても間違いない衝撃を受けていた。

 自身と同じレベルで整った容姿の持ち主というものを物心ついて以来初めて目にしたのだ。噂では王国の『黄金』ラナー姫という存在を知ってはいたが……実物を見たのは正真正銘初めてだった。

 それは男性だった。

 独身で地位も高い。

 見たところ年齢も近い……はず。

 政略的にも国益的にも問題など無い……むしろ望ましいと言って欲しい。問題など無いったら無い!……のだ。

 元々強烈な結婚願望の持ち主であるカルカだが一気に膨張していくのを自覚していた。イメージの中では謁見の僅かな時間の間に破裂せんばかりに巨大化していた。

 もはや制御不能なレベルだ。

 だから自然と口を吐いた。

 

「ゼブルさま……」

 

 窓の外を眺めている内に、自覚なしに呟いた名を聖王女の両翼にして親友姉妹の妹であるケラルト・カストディオに聞かれ、実に嫌な笑いをされた。

 

「カルカ様、アレはダメです」

 

 一刀両断され、カルカの美しい表情が曇る。

 

「どういうことなの?」

「悪ですから」

 

 問い掛けにケラルトは即答した。

 

「……悪?」

「本人も悪ですが、隣室で控えていた2人など救いようがありません。国家として精強極まりない魔導国と手を結ぶことに異論はありませんが、それ以上の関係性を望んではなりません。魔導王アインズ・ウール・ゴウンは自身で布告を発しています……私はアンデッドだ、と……死の王を支える人間など信用できるわけがありません。私は国策と理解しておりますが、仮に姉様が同席していたら、この場で狼藉に及んでいたかもしれません……聖騎士団が亜人対策で長らく城壁まで出張っていて、本当にホッとしております」

「彼等は悪なのに、神官団としては手を結ぶことは許容するのですか?」

「昨今、活発な亜人対策では最も有効な手段と割り切っております。捕縛した亜人を尋問したところ、魔導国の国民である、と主張する者もチラホラと……」

 

 尋問と聞いて、カルカは強く瞼を閉じた。

 要するに拷問だ……宿敵である亜人とはいえ……いや、宿敵だからこそ容赦の無い責苦を与えられるはずだ。亜人とはいえ投降者には温情を与えたいとは思うが、現実はカルカの甘さを許してくれない。対亜人では敵は即座に殺され、捕虜は徐々に殺される程度の差しかないのだ。

 カルカは再び瞼を開いた……美しく大きな瞳が現れる。

 

「昨今の亜人の蠢動は魔導国の策謀なのかしら?」

「たしかに魔導国はモンスターまで含めた多種族共生を標榜しておりますが、事実は不明。ですが、おそらく違うでしょう。魔導国が対聖王国で動くのであれば、前線に立つのはアンデッド兵団……情報によれば魔導国内には魔導王によって作り上げられた強大なアンデッドの衛兵団が存在し、国内を巡回警備しているとのこと……統制不能な亜人の集団を強引に差し向けるよりも、魔導王の命令には絶対服従で、完全に統制可能で強大なアンデッド兵団の方が軍としてはるかに優れているかと……」

「神官団が今回の魔導国の提案を許容する真意は?」

 

 カルカの質問にケラルトはしれっと答えているが、今回の魔導国の対応を引き出した張本人はケラルトであった。独断で密使を送り、援助を要請したのである。

 

「経済的案件はさておき、神官団としては……いいえ、私としては魔導国にアベリオン丘陵の亜人を統治させたいと考えています。法国の出方にもよりますが、現実問題としてアベリオン丘陵を統治可能な軍事力を持つ周辺国家は評議国と法国、そして魔導国です。我が聖王国の国力では完全に手に余ります。城壁を持ってしても、姉様の力を持ってしても亜人達を一時的に撃退するのが精一杯。であれば、統治可能な国家に責任を負ってもらった方が国家の人的リソースを軍事以外に振り向けることが可能になるかと考えました。評議国は単純に地理的に遠く、アベリオン丘陵の統治には時間差が生じます。何より統治者自体が竜王に代表されるモンスターや亜人では聖王国の都合など無視される可能性が高いと考えました。そもそも我々の側よりも亜人達に与する可能性も高いでしょう。次いで法国は人間以外の殲滅を望んではいるでしょうが、亜人の統治などに興味はないでしょう。我々に援助はしようとしてくれるでしょうが、それだけです。最後に残るのが魔導国です。多種族共生を国是とする以上、亜人の統治に不安はありません。何よりも現実に現在多くの亜人達を従えています。不安要素としては魔導王が自身をアンデッドと宣言していることですが、副王位に在るのは人間です。聖王国としては王国に働きかけてアベリオン丘陵を魔導国の領土と認めさせた方が都合が良いのではないか……ここで問題となるのが魔導国と在り方が正逆の法国ですが……今のところ魔導国の同盟を組む国家を表立って非難したことはありません。であれば我々が先んじて魔導国と同盟を締結しても法国の攻撃対象となる可能性は低いかと……」

「その取っ掛かりとして、今回の魔導国副王の訪問を聖王国神官団として認めたのね?」

 

 ケラルトは深く頷いた。

 アベリオン丘陵の亜人達は聖王国にとっては国家存亡に関わる懸案だ。過去には悲惨な歴史もあった。ケラルトの言う通り軍事に人的リソースを割かざるえないし、それが国家発展の足を引っ張っている感も否めない。

 しかし同時にケラルトはゼブルを「悪」と断じた。

 

 悪と手を結ぶ……それを是とするケラルトの判断を信じて良いものか?

 そうでなくとも国防の根幹を他国に握らせて良いものか?

 亜人の脅威が失せても、より強大な魔導国が脅威となるのではないか?

 魔導国との同盟関係など当てにできるのか?

 実質的に魔導国の属国と成り下り、下手をすれば人間至上主義の法国に狙われるのではないか?

 

 様々な考えがカルカの脳裏を過ぎる。

 ケラルトは静かにカルカを見ていた。

 

「カルカ様、私は即決しろと言っているのではありません。今度は聖王国から魔導国に使節を送れば良いのではありませんか?……魔導国の実態を知る……いいえ、現実を調査すれば良いのです」

 

 もっともな提案だ……明日の謁見でゼブルに提案してみよう。

 そこで私が正式に招かれたらどうしようかしら?……などとお気楽な考えが頭に浮かんで消えない。現実的にはハードルが高過ぎて、どうにもならないことは理解しているが、考えるだけならばカルカの自由だ。

 

 頬を赤らめていると、ケラルトの冷たい視線が突き刺さった。

 

「カルカ様……悪です」

「ダメかしら?」

「絶対に!」

 

 両国の関係性を深める為にはこの上なく良い手だとは思うが……などと反論してみようかと考えたが、あまりに不穏な表情をケラルトに見せつけられ、聖王女カルカ・ベサーレスは形の良い唇をつぐんだ。

 

 

 

 

 

 

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 聖王国は初めて、と言うわけではないが、やはり宗教国家だけに法国と似たものを感じ、馴染みにくい。法国との決定的な違いは神殿一強でなく、貴族などという社会の無駄が平然と生き残っていることだ。過去の『漆黒聖典』時代の亜人掃討の作戦行動時と違い、今回は首都ホバンスにまで入り込んだ。物珍しくは在るが、居心地が良い場所ではない。どうしても妙な違和感が拭えなかった。

 場所も不愉快だが、状況も不愉快だった。

 ドワーフ王国から帰還し、魔導王アインズから魔導国アダマンタイト級冒険者に任じられ、同時に数々の褒賞を得た。中でも武技の実験でより強い敵と戦う権利を得たことは単純に嬉しかったが、アゼルリシア山脈での冒険自体は甚だ不本意な結果だった。終始ゼブルが主導していたまでは良かったが、とにかく自身に見せ場が無かった。ヘジンマールとかいう不格好なフロスト・ドラゴンをアインズから下賜されたのも足代わりとしてありがたかったが……とにかく不完全燃焼であり、褒賞だけは他者並みにもらったように感じたのだ。

 一言で言えば「不本意」……正にそんな感じだった。

 それから2ヶ月余りゼブルから依頼された簡単な単発仕事だけをこなしてブラブラとカルネとナザリックで過ごしていたが、とうとう大きな仕事が魔導国から発注された……と聞いて、胸を躍らせたのだが……またドワーフ王国と同じような国交樹立を目指した交渉の為の訪問の護衛だと言う。表情には出さなかったが、内心ガッカリしたものだ……おそらく戦闘になることなどない。

 それでも放置されるよりはマシとゼブルに同行した。

 が、案の定退屈だった。

 訪問前のゼブルは多忙を極め、相手にしてくれない。

 実質的に秘書役のジットも下手すればゼブル以上に多忙だった。

 ならばと暇潰しにエ・ランテルまで出向いて、冒険者訓練所に顔を出してみてもブレインとエルヤーの剣術講師として立派に働く姿を見せつけられ、逆に不満が積み重なってしまった。

 道中も王国のリ・ロベルまでは『転移門』で一っ飛び……そこでお色気ババアの用意したスレイプニル八頭立ての馬車に乗るだけ……旅の情緒もクソもなく、あっという間に聖王国に入国を果たした。しかも聖王国の密使と魔導国の担当官だけだなく、シュグネウス商会の交渉担当まで馬車に乗り込んでいたので、ゼブルは馬車の中でまで打合せの連発でホバンスに到着するまでの間もとても相手にしてくれる暇は無かった。

 そしてホバンスに到着後も聖王国側の要人や高官の挨拶が続いた。

 大聖殿でも神官団やら聖騎士団やらの挨拶が続き、王城での聖王女との謁見の際には別室に追いやられる始末。

 何から何までムカつく……迎賓館でも取り巻きだらけのゼブルの周囲に近付けず、腹立ち紛れに食い物を腹に詰め込むも食品の品質そのものが魔導国内よりもはるかに劣り、料理のクオリティも低く、酒も味わうのでなくただ酔うために流し込むような代物に感じてしまった。もはや魔導国内での贅沢に舌ベロが麻痺しているのだと、逆に痛感させられてしまった。

 聖王国で唯一魔導国に勝るだろうと楽しみにしていた海産物も、王国からの租借地のリ・ウロヴァールからのドラゴン空輸が本格稼働した後では、むしろ『保存』の魔法を惜しみなく使う魔導国の方が優っていたりした。

 とにかく何もかも思い通りにならない。

 ゼブルは仕事仕事仕事の連続で、ジットも文字の読めないゼブルから離れることはない。

 珍しくパーティー用に正装で着飾ったのに、興味を持てない連中からしか誉められない。強くもないし、おっさんか老人がほとんどだし、若い男はひたすら軽薄だった。

 むしろ今の気分では殺したくなる。

 昔の悪い癖が顔を覗かせようとしていた。

 衝動を必死に抑えるが、限界が近い。

 あまりにイラ立ちが酷いので、とうとう警護の任務を一時的に放棄することにした……そんな瞬間だけ簡単にゼブルと話ができたのもムカつく。

 

 ゼブルの許可を得て、ナザリックで用意してもらったマジックアイテムのパーティー用ドレスのまま夜の街を歩く。

 と言ってもホバンスは健全な宗教国家の健全極まる首都であり、大して面白いものもない。探せば飲み屋ぐらいはあるのだろうが、異邦人のティーヌが自力で探し当てる頃には夜も更けてしまうだろう。

 

「……アーッ、モーッ、ムカつく!」

 

 憤慨しながら街路を歩いていたティーヌの目がスーッと細くなった。

 憤慨は一瞬で芝居に変わり、口角が僅かに上がる。

 気配を探るとそれなりの手練れ……どこまでいってもそれなり止まりだが、このフラストレーションの解消にはちょうど良い。

 迷う振りをして、どんどんと暗がりに歩みを進める。

 

 ……早く仕掛けてこい!

 

 周囲から人気は失せ、いかにもな裏路地に入り込んだ。

 相手から仕掛けてくれば防衛だ……殺さないで口を割らせれば、政治的な問題にはならないだろう。

 

 気配が動いた。

 ティーヌは気付かぬ振りを続ける。

 

「……ちょっと待ってくれや、ねーちゃん!」

 

 間抜けな暴漢は行動まで間抜けなようで、わざわざ声を掛けた。力量差が読めないのか、それともティーヌから情報でも取るつもりなのか?

 

「一緒に遊ぼうぜ!」

 

 まるでチンピラの口調だが、気配の主はチンピラと言うには強すぎる。

 

「お前さんがとんでもなく強えのは解ってるんだ……俺と勝負しやがれ!」

 

 振り向くと完全武装の厳つい男が立っていた。が、目だけがつぶらで愛嬌があると言うよりは、滑稽な顔付きだ。 

 獣皮を重ねた革鎧に片手剣と小振りの丸盾を構えている。特徴的なのは同じ剣を8本も腰に佩ていることだ。

 

「んー、あんた、誰?」

「オルランド・カンパーノ……聖王国九色の一人だ」

 

 少し拙いかも……聖王国九色と言えば国家から強さや何某かの貢献をもって与えられる地位だと聞いたことがある……この国交樹立目的の訪問の同行者として、少なくとも傷付けるわけにはいかないか……?

 ティーヌにとってそれなりの強者でしかないオルランドの戦力など恐るるに足らずだが、逆にこちらから手を出す際は細心の注意が必要となる。ストレス解消の相手がが逆にストレスを溜め込む原因になるとは……

 

「ねーちゃん、名は?」

「ティーヌ……魔導国副王であるゼブルさんの護衛」

「にしても、冒険者が王族の護衛だぁ?」

 

 冒険者と知られている?……思い出した……大聖殿前ですれ違った男だ。あの時にアダマンタイトのプレートを目撃されたのか……

 

「魔導国に王族なんていないんだよねー」

「まあ、王族だろうとねーちゃん以上に興味はねえよ。俺は強え奴と戦いたいだけだからな」

 

 会話に焦れたのか、オルランドの重心が足の親指の付け根に移動した。

 臨戦態勢……オルランドの片手剣が僅かに揺れる。

 

「案外、せっかちなんだー?」

「へっ、何とでもほざけや……とりあえず腕比べだ。俺なんざ、ねーちゃんに比べりゃゴミみてぇなもんだろ……だが、ねーちゃんとやり合えば、死ぬかもしれねえが確実に俺は強くなれる」

 

 確証を得た顔付きで、オルランドは屈み、さらに重心を低くした。実に不格好だが、経験に裏打ちされたオルランドなりの戦いに臨む姿勢なのだろう。

 獣じみた男だが、それだけに経験を重んじる……ティーヌも同じ方法で飛躍的に強くなった……オルランドの挑む気持ちは解らないではないが、それでも相手が悪い。

 なんだかんだで面白い男だ……瞬殺じゃ面白くない。

 

「ハンデ、あげよっか?」

「ああんっ!……ふざけんじゃねえぞ、ねーちゃん!」

 

 ただでさえ厳つい表情が精一杯凄むが、怒りは感じない。オルランドは明らかに世間を舐めているし、どう見ても社会不適合者の一種だ。そんな男が聖王国九色なんて地位に在るのがおかしいのだ……つまり誰にでも認識可能な事実に目を瞑ってしまうだけの強さの持ち主なのだろう。それだけ聖王国に対して強さを示したのだ。安い挑発に乗るフリはしても決して流されはしない。

 

「このままじゃ勝負にならないんじゃないかなー?」

「ハンッ!……だったらお強いティーヌ様はどれだけハンデをくれるって言うんだ?……試しに言ってみやがれ!」

 

 バカだがバカじゃない……首都の裏路地で外国要人の警護役に喧嘩を売る国家公認の強者を代表する戦士などいうあり得ない存在でありながら、それなりに相手との力量差は理解しつつ、勝つ為の算段も忘れない。トチ狂った戦闘狂だが計算ができないわけではない。

 

 ティーヌがニィーッと笑った……裂け目のような笑顔だ。

 チラリと長い犬歯が覗く。

 ドレス姿の美女が月夜に笑う……ロマンスの欠片も感じないそれを見たオルランドは背筋に冷たいものを感じた。

 

「そっかー、じゃあ、これでどうかなー?」

 

 ティーヌは右手を突き出し、人差し指を立てた。

 

「……なんだ、そりぁ?」

「これで戦ってあげるよ。人差し指指一本ぐらいなら、良い勝負になるかもしれないしー」

 

 はぁ?……ナメるにも程がある……が、オルランドの脳はむしろ冴えた。

 それだけに声が出ない。

 喧嘩を売る相手を間違えた、とは思いたくない。

 だがそれまでの勢いは失せ、必死に計算を続ける脳を何かが侵し始めた。

 生唾を飲み込む。

 ティーヌの目がさらに細まった……オルランドの感じた何かを敏感に察知したかのように。

 

「不安なら、左脚だけで戦ってあげようかー?」

 

 安い挑発が続く。

 オルランドは無理矢理戦闘モードに切り替えた。

 

「結構だぜ!」

「りょうかーい!」

 

 低く、さらに低く……低さを意識して、オルランドは距離を詰めた。

 ティーヌの意識を下に集め、そこから上半身に斬撃のフェイントを加え、斬撃を加える前に盾で押し込める……そんな戦闘プランを瞬時に組み上げ、オルランドは改めてティーヌを見た。

 

 笑っていた。

 構えもせず、自然体だ。

 視線を下に集めるどころか、戦闘モードですらない。

 ただ笑っている。

 オルランドは目線の誘導を諦め、プラン通りに上半身に斬撃を加えようと片手剣を鋭く振り抜いた。

 避けない。

 それどころか動きすらしない。

 ただ笑っていた。

 

 ……殺った!

 

 盾攻撃のプランをキャンセルし、そのまま突進して剣を振り抜く。

 が、手応えが無い。

 慌てて振り向くと、ドレスの乱れすらなく、ティーヌが笑っていた。

 

「うーん、無理だったねー」

 

 オルランドは言葉を返す余裕を失っていた。

 確実に殺ったはずなのに……再び剣を握り締める。

 

「スピードの絶対値が違い過ぎて、勝負にならないんじゃないかなー……武技でもなんでも使って、もっと速度意識しないと、私に当てるのは絶対に無理だと思うんだよねー」

 

 ご意見ごもっとも……ティーヌの揶揄によって冷えた心を取り戻し、恐怖と不安を突き抜けたオルランドは冷静に自分の戦力を顧みていた。

 一言で言えばオルランドは破壊力特化の戦士だ。

 一撃当てればたとえ格上でもただでは済まない。戦闘序盤に敵に圧倒されても、そのまま押し込められなければ逆転の目が消えないのだ。

 会得した剣技も手持ちの武技も連携させる体術も剣破壊でダメージを数倍に上昇させる技を中心に組み上げていた。だからむしろ戦闘序盤は舐められるような展開でも一向に構わないのだ。相手に油断が生じれば、それだけオルランドに逆転の目が生まれる。一撃がオーバーキル……格上相手でも平気で突っ掛かれる大きな理由だ。

 

「遅いし、狙いも動きもお粗末……そんなんでも九色なんだよねー?」

 

 バケモノ女が……

 ただ笑っているように見えた。

 目でも追えない。

 結果だけ見れば、単に振り向いたとしか思えない。

 だが、間違いなく剣の軌道上にいたのだ。

 

「次は反撃するから……この左脚で、右内腿を軽く蹴るからねー……ここまで言った以上、九色名乗るなら対処ぐらいはして欲しいかなぁ」

 

 ナメやがって……だが言い返せない。

 宣言通りの反撃が来るだろう。

 殺すなり無力化するなりするつもりなら、既にやっているはずだ。それだけの実力差は感じている。

 楽しんでやがる。

 だが意地でも右内腿だけは守る……オルランドは決意を固めた。

 その代償が心臓であっても構わない。

 死んでもいい。

 だが絶対に右内腿には当てさせない。

 

 スーッと深く息を吸った。

 反撃と言った以上、オルランドの攻撃に対してのリアクションのはず……つまり必ず先手は取れる。

 速く、ひたすら速く……瞬発と目に全神経を集中する。

 ゴツイ丸太のような筋肉の塊が収縮する。

 筋肉を限界まで引き絞る。

 ティーヌが笑っていた。

 その笑いを僅かでも歪ませる。

 距離はおよそ2メートル……踏み込むだけの距離。

 普通ならば必ず先手を取れる距離だ。

 ティーヌの言葉もオルランドに先手を譲ると宣言しているようなものだ。

 ギチギチと筋肉の悲鳴が聞こえるような気がした。

 全てを解放するまで……一撃勝負だ……絶対に当てる気で全力を放つつもりではあるが、当たる気はしない。

 むしろ反撃に当たらなければ勝ちだ。

 

「バーケーモーノーがぁあああ!!」

 

 抑え込んでいた筋力を全開放する。

 足の指先が大地を抉る。

 肉体が弾けた。

 同時に最小の動作で最速の突きを繰り出す。

 作戦もクソもない……単純な特攻だ。

 

 ……これで避けるはずだ!

 

 目で追うまでもなく、ティーヌは正面にいた……笑ってやがる。

 逃げ……ない?

 左脚で右内腿を狙うと言った……左内腿でなく。

 であれば、右手前に体勢を入れ替えなければ狙い難い。

 だがティーヌは動かない。

 笑いながら自然体で立ち尽くしていた。

 おかしなタイミングでティーヌの左脚が消えた。

 回避でなく、迎撃。

 タイミング的には圧倒的にオルランドのものだ。回避なしの迎撃ではオルランドの剣の切先が先に心臓を貫く……はず。だが何をされたのか理解の及ばない初撃の回避が頭を過ぎる。だから当たるとは思っていないが、ここからの速度的な逆転など可能なのか……?

 強烈な不安が全体重を乗せた突きから右手を離させる。

 

 ガード、間に合えや!

 

 ゴリッと嫌な音がした。

 同時に右肩が引っ張られ……爆散するように右肘が断切し、前腕が視界から消え失せた。

 

 遅れて激痛が襲う。

 猛烈な熱さと急激な寒気が同時に身体を駆け抜けた。

 自分でも何があったのか、全く理解できない。

 着地できず、顔面から地面に落ちた。

 いつの間に自身真正面に立っていたティーヌをすり抜けていた。

 そこにいるのは判るが、顔が上がらず、細く引き締まった美しい足首だけが見えた。パーティー用のヒールが妙に艶っぽく月光を反射していた。

 自身の脚も動かない。

 

 ……折れたか?

 

 骨折を疑い、なんとか首を動かす。

 灼熱を感じ、同時に感覚を無くした左脚を見た。

 

 ……な、無い?……マジか!

 

 月明かりの下、赤黒い血痕が放射状に伸びていた。

 その先に腿から千切れた左脚が転がっている。

 

「ありゃりゃ、手加減失敗……やり過ぎちったか……」

 

 ……バケモノが……

 

 そのお気楽な声を聞きながら、オルランドの意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 血の臭いが細い路地に充満していた。

 そこに群がる野犬やネズミを追い払う。

 右前腕と右脚を失った失血死体の元人間の男が仰向けに転がっていた……野犬とネズミに色々と持っていかれ、もはや人型の肉の塊にしか見えないが。

 路地裏で喧嘩を吹っ掛けられた結果、殺り合い……まあ、そりゃ単なる現地生まれの人間じゃ、どんだけ強くてもどうにもならんでしょ……で、殺人犯はたまたまパーティー用の格好だった為に、回復用のポーション一つ所持していなかったと言う。

 

 ティーヌは上目遣いでテヘペロ状態だ。

 

 しっかし綺麗にカウンターが入ったとはいえ、単なる蹴りで手練れの戦士を殺すなよ……いや、割とマジに……筋肉ダルマの右半身ズタズタじゃん。

 

 まあ、問題はそこじゃない。

 死体が有名人だということだ。

 

「……あのー、聖王国九色の1人、殺っちゃったみたいなんです」

 

 迎賓館で聖王国の高官達と談笑する中、さして悪びれる感じもなく、ティーヌが異様に接近すると耳元で囁きながら服の袖を引っ張った。で、聞いてみれば、状況的には最悪……慌てる素振りを隠しながら、一番近くに立っていた高官に初めて聞いた『聖王国九色』について尋ねた。

 その結果オルランド・カンパーノとかいう奴は確かに『聖王国九色』の1人であり、重度のトラブルメーカーだが、その強さ故に前聖王から任じられたらしいことも確認できた。

 即座に会談のチャンスを狙うパーティー参加者に笑顔で挨拶しながら、一旦中座したわけですよ。要はジットに丸投げですわ……スマンな。

 追跡というか尋問というか……明らかにトラブルの気配を発する俺達に衛兵達は職務意識を刺激された上で警護を拒否され、明確に疑いの目を向けた。

 半ば強引に男女の問題風を装い、滅茶苦茶強引に衛兵達の追跡を巻く。

 

 怪しいよなぁ……間違いなく。

 

 それからホバンス上空をマスフライで一っ飛び……現在に至る、ですわ。

 

「……で?」

「蘇生の実験……ゼブルさん、やりたがってたじゃないですか、トゥルーリザレクションでしたっけ?……それにどーかなーって?」

 

 極限の冷たい視線をたじろぎもせず受け止めたティーヌはニコッと笑った……コノヤロウ!

 

「あのなぁ……」

「……でも、ドラゴンで試せなかったじゃないですか……オラサーとか、簡単に降参しちゃったし……ネッ!」

「……まっ、そりゃ、そうなんだけどさぁ……」

「だったら、ここは一丁、聖王国と魔導国の未来の為にお願いしまーす!」

 

 必死に両手を合わせるティーヌ……だが悪びれるふうでもなく、単に俺やジットの仕事の邪魔をしたくないだけなのは明白だ。

 いまさらティーヌが殺人に対する贖罪意識など抱くわけがない。本人のレベルが上がり過ぎて、人間程度の弱過ぎる相手に興味を失いつつあるだけだ。どれだけ生理的に嫌いでも完全武装の戦士がいつまでもゴブリンを討伐することに必死になれないとの似たようなもんだろう。己の技量が上がって簡単に殺せるようになればなるほど、簡単になり過ぎて興味を失う……つまりあまりに弱過ぎるとドS殺人鬼の嗜虐心すらも刺激しなくなるわけだ。

 

 まーね、そりゃやらないわけにはいなかいのは確かなんですけど!

 

「この埋め合わせはなんでもしますから……なんなら私でどうですか?」

「いや、それはいいです」

「ゼブルさんのイケズ……」

 

 ここまでが会話のテンプレになりつつあるな……で、いつも通りにケラケラ笑ってやがる……

 なんだかこの旅に出て以来、久々に見慣れたティーヌを見たような気がする……いや、もっと前からかもしれない。

 

「まっ、やらないわけもいかんでしょ!……『人化』解除」

 

 魔神アバターに戻る……で、ステータスやレベルに依存する制限も可能な限り排除する。不明瞭な中で蘇生魔法の実験する以上、多少のリスクは負っても全ての不安要素は排除する。聖王国九色などという極めて分かり易い……もはや誰だか解らない気もするが……有名人の死体を運ぶわけにもいかないし、『転移門』を使って魔導国内に運ぼうにも、使った瞬間を見られれば結果は一緒だし……聖王国九色が俺達の滞在中だった場所で行方不明ってえのは、ある意味死亡よりも非常によろしくない。

 

「トゥルーリザレクション!」

 

 中空に魔法陣が出現し、青白い光が筋肉ダルマの死骸と言うか肉の塊を包む。

 欠損部位が生えるように修復した。その後オルランドがむせて大きな血塊を吐き出し、胸が再び上下を始めた。

 微かに呼吸音が聞こえる。

 

「……いちおう、蘇生は成功だ。後は……」

 

 意識の混濁はどうか?

 レベルダウンは有るのか?

 まあ、再生した欠損部位は問題ないと思う。現地産の低位の回復ポーションでもどうにかなるわけだし……

 

 オルランドの意識が戻らない内に再び『人化』する。

 筋肉ダルマの姿を取り戻した元死骸のレベルは……ざっくり20半ばといったところ。

 レベルダウンが有っても無くても関係ない。よくこんな程度でティーヌに挑んだもんだ、とむしろ感心させられた。

 この旅に出てからイラついていたティーヌが無闇に手を出したわけじゃないし……じゃないよな?……カウンターの蹴りの一撃で死んだのも納得。

 

「なぁ、もう一度確認するけど、ティーヌさんが先に手を出した……」

「んなわけないですよー!……この程度に手を出して、アインズちゃんが強い訓練相手を召喚してくれなくなったら、ショックで泣いちゃいますよー」

 

 憤慨して勢い余って、俺に飛びつき、戯れ付くふうを装うティーヌ……聖王国に向けて出発して以来、いやもっと前から、かな?……久々に見る本物の笑顔だ……見慣れていたつもりのそれをなんだか妙に子供のように感じる。

 足下に意識の無い聖王国九色が転がり、野犬に包囲された血塗れの路地裏ってロケーションじゃなければ、傍目からは恋人同士に見えるか?

 

 そんなことを考えていると呻き声が聞こえ、見ればオルランドが上半身を起こしていた。

 

「あっ、おっさんが起きましたよー」

 

 そう言いながらもティーヌは俺から離れない。無理矢理引き剥がそうにも、もはや『人化』したままの俺ではティーヌの力に対抗できないのだ。とりあえずオルランド以外に人の気配は無さそうなので放置しておく。

 

 顔面の全てが厳ついのに目だけがつぶらな凶悪フェイスが俺とティーヌを見て、キョトンとしている。まあ、意識ぶっ飛んで起きたと思ったら、目の前で殺し合いの相手がイチャ付いていた……唖然とするのも解らないでもない。

 

「……あんた……魔導国のアダマンタイト……仲間?……いや、コレか?」

 

 オルランドがおそらくいかがわしい関係を意味する指サインを出した。

 

「いや、違……」

「そうでーす!」

 

 俺に睨まれ、ティーヌはケラケラと笑う。

 

「ったく……で、身体の調子はどうだ?」

 

 なんだかよく解らん……表情で語りながらオルランドは再度俺を見て、いつの間にか欠損が修復している右腕をグルグルと振り回した。その直後立ち上がり、右脚の具合を丹念に確かめる。

 

「問題ないな……むしろ調子が良いか……あんたが治癒してくれたのか?」

「いんや、治癒じゃなく蘇生な」

「そせい…………俺は死んだのか?」

「その通りだ。で、生き返って、身体能力は落ちたか?」

 

 オルランドは左手で握りしめていた剣を持ち替えて、右で振り、何回かその場で跳躍を繰り返した。

 

「よく解らねえが問題なさそうだ。感謝するぜ……でも申し訳ねえが、謝礼は直ぐに、ってほど金持ってねえんだわ」

「いや、不要だ」

 

 それまで徐々に曇り続けていたオルランドの顔色が一瞬で晴れた……治癒の魔法に対して神殿へ納める金額は高額であり、それが蘇生となったら、予想のできないようなとんでもない金額と思っていたのだろう。

 

「……そうか、ありがとよ……マジで感謝だ。あんたに受けたこの恩は一生忘れねえ。何でも言ってくれ!」

 

 オルランドはフラグ中のフラグをブチ上げた。

 

 そうですか……では、遠慮なく。

 

「そうか……んじゃ、お前にはもう一度死んでもらう」

「……えっ?」

「もう一度死ね……そしたらまた俺が蘇生する……その際に身体の調子や能力について再度聞かせてくれ」

 

 まっ、実験ですから……

 

 オルランドが俺から後退ったが、その方向にはいつの間にかティーヌがニヤニヤと笑いながら立っていた。

 




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