死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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40話 聖王国最恐

 

「長いっ!」

 

 予想はしていたが、毎度毎度一喝されて気持ちの良いものではない。

 報告が長い原因は誰にあるのか……ということだ。

 聖王国聖騎士団副団長イサンドロ・サンチェスは脳内でボヤきつつ、気を取り直してかなり噛み砕いた報告文を読み上げることにした。

 

「要約して報告いたします……速報なので断定はできませんがカストディオ団長が経過報告の為に首都行きを命じたオルランド・カンパーノ班長が首都で軍を退役しました……つまり城塞には戻ってこない、ということになります」

 

 絵に描いたような美丈夫然とした美女であるレメディオスがイラ立ちを隠さないでイサンドロを睨め付けた。

 

「……何故だ?」

「不明です……最前線に立つのが生き甲斐のような方でしたので」

「私は理由を聞いているのだ!」

「可能であれば九色の地位も返上するつもりだ、と聖王女様に申し出ているそうですが……予想できるのは、心境の変化としか……」

 

 煮え切らない報告にレメディオスは顔を顰めた。

 

「アレの部下共はどうするのだ?……あんな愚連隊じみた連中を引き取る先はあるのか?」

「カンパーノ班長が大砦内でも一目置いていたバラハ兵士長に相談してみるつもりですが……いずれにしても指揮系統に問題は生じるでしょう」

「従者ネイア・バラハの父親か……?」

「あの方であれば、あくまでとりあえずですが跳ねっ返り共も黙らせることが可能でしょう」

 

 心中で「団長には無理ですからね」と付け加える。絶対忠誠の聖騎士団の中ですら問題行動だらけのレメディオスに、軍士ですらない粗暴な兵士の集団をまとめ上げることなど不可能だ。実力と暴力で黙らせることは可能でも、組織として瓦解する未来しか見えない。

 

 レメディオスは唐突に興味が失せたかのように城塞の窓の外に鋭い視線を向けた……また「聖騎士としての勘」とかいうやつだろうか?……一見論理もクソもなく副団長としては困り物だが、結果的に正解であることが多いので、部下としては頼りになるのだ。

 

「いかがされましたか?」

「総員、出るぞ……矢の掃射の横合いから直接叩いた方が効果的な集団が潜んでいる」

 

 漠然と戦場を眺めただけで何が判るのか?……敵の陣形や回避行動や戦局の流れやらを総合的に判断している……と思いたいが、一切の説明が無いので真偽は不明だ。

 

 戦場以外ではほとんど身につけない聖剣サファルリシアの柄に手を添え、威風堂々と立つレメディオスはイサンドロが動く前に全隊に号令を発した。

 イサンドロは慣れたものだが、直属の部下にも同じ副団長のグスターボ・モンタニェスにも視線を送り、新人に対する配慮も忘れない。なにしろこれから超問題児オルランド・カンパーノ班長閣下が放り出した問題児兵士達の所属問題を持ち掛ける相手の愛娘がいるのだ。そして頼りになるはずの相談相手パベル・バラハは親バカというか、バカ親として有名だった。親娘揃って不意に闇夜に出会ったら、小便を漏らしそうな面相なのだが……

 

 ……聖騎士団の指示をことごとく無視するオルランド・カンパーノが気に入らないなどいう理由で、王都に経過報告に行かせるなどという分かり易い離間工作をした結果がコレだものなぁ……アレはアレで独立愚連隊として活用すれば良かっただけなんじゃ?……いまさら言っても詮ないが、戦場の外の団長は本当に……真の意味でバカというか脳筋だものなぁ……グスターボもそれしか思い付かなかったとはいえ、もう少しなんとかならなかったのか?

 

 およそ2ヶ月前……アベリオン丘陵の亜人達が連携した行動をするようになった、という深刻な報告書が上がった。つまりただでさえ人間よりも優れた身体能力や特殊な能力を持つ為に厄介だった連中が、より厄介な存在になったということだ。

 ローブル聖王国としては死活問題である。

 軍に調査命令が下されると同時に、一個の打撃力として最大戦力である聖騎士団にも出撃命令が下った。

 城塞に到着し、とりあえず一戦交える為に出撃して痛撃を受けた。

 亜人共は種族ごとに役割を分担するような動きを見せたのだ。

 挑発するもの。

 誘導するもの。

 魔法支援。

 前衛。

 後衛。

 伏兵。

 突撃兵。

 飛行兵力。

 そして予備兵力まで。

 当然、何処かに指揮官や作戦参謀もいるはず。

 

 それまで力では劣っていても城壁による地の利と亜人にはない連携と統制力でなんとか勝利で凌いでいた聖王国は、知らぬ間に国家存亡の危機に陥っていた。もはや北部と南部で暢気に権力を巡って争っているような場合でなく、挙国体制でこの危機を凌がなくてはならない……調査報告は即座に上げられ、聖王国全土から城壁周辺に兵と物資が掻き集められていた。それだけで財政的にも経済的にも人的にも相当な損失を生むが、もはや一刻の猶予も無いと判断されたのだ。

 神官団の半数までもが動員された総力戦。

 聖騎士団としても訓練生である従者まで含めて総動員せざる得なかった。

 戦局は一進一退の膠着状態を維持していたのだが……

 

 不幸の始まりは決戦兵力である聖騎士団が敵の猛攻が執拗に続く、激戦区中の激戦区に配置されたことに始まる。軍上層部としては当然の配置であり、周辺も当人達すらも異論など無かった。むしろ聖王国九色の内4人が1ヶ所に集まるのだ。負ける要素など皆無に思えた。

 しかしその中にレメディオスとオルランドがいた。2人とも戦士としては超の付く一流……だが強固な信念に基づき行動する。たとえ同じ戦場に立っていても戦果を競い合っている内は良かったのだが、同じ指揮系統の上位と下位となると話は別だった。

 レメディオスは「聖騎士としての勘」を優先させて指示を出し、オルランドは掻い潜ってきた最前線の実戦経験を優先させた。しかもオルランドは同じ上位者でもパベル・バラハ兵士長には一目置いていたが、さらに上位者であるレメディオスについてはあからさまな命令無視も多かった……というよりもほぼ全ての命令を無視した。

 同じ戦場で指揮官と下士官の間が一触即発の状態まで緊迫化するのに時間は要らなかった。

 その上オルランドは上官に対する度重なる暴力沙汰でも有名だった。

 絵に描いたようなエリート脳筋であり、聖騎士としての正道を歩み、家柄や聖王女との関係性など関係無く、実力で団長の座をもぎ取ったレメディオスがオルランドのような叩き上げの戦闘狂の意思を理解できるはずもなかった。

 亜人との戦争中に九色同士での刃傷沙汰まで残り僅か……さすがにそれは拙いと相談を受けたグスターボ・モンタニェスのアドバイスに従って、レメディオスはオルランドを首都への戦況報告の説明責任者として捩じ込んだ。

 その場凌ぎだが、凌がないよりはマシ……同じ副団長としてイサンドロにはグスターボの苦悩が手に取るように解ってしまった。

 

 だがオルランドがホバンスから帰還した後どうするのか?

 

 その深刻な問いにグスターボは「帰還前にバラハ兵士長に相談する」とほぼ丸投げの解決策にもならない返答をした。

 グスターボを哀れに思い、副団長2人でバラハ兵士長と面会した結果、殺されるのではないか、と直視の難しい凶悪な目付きにビクビクしながら愛娘の初陣について説明するだけに終わった。

 

 その時はオルランド・カンパーノの退役などという事態に至るとは思いもしなかった。戦力の減少と彼の部下の問題児達の所属問題に、彼等の憎悪がどちらに向くか……副団長2人の胃は持つのだろうか?……彼等の未来はどう転んでも暗いように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 じわじわと真綿で首を締め付けられるような痛みが聖王国を苦しめていた。

 このまま推移すれば戦費で財政破綻は確実。

 加えて物資調達で貿易収支も真っ赤っかだ。

 つまり国庫に金が無い。

 大規模大幅増税やむなし……全ての官僚の認識だったが、聖王女カルカ・ベサーレスは民の憎悪を恐れ、どうしても首を縦に振れなかった。振らなかったのでなく、振れなかったのだ……結果、小幅な逐次増税を短期間で乱発するという愚策を選択した。

 人的資源も軍に限らず城壁に最優先で回さざる得ない。

 これが収穫期だったら……想像するまでもなく翌春には餓死者続出だったろう。

 少し先の未来を想像するのも恐ろしかった。

 宮廷官僚達は夜も眠れず、資金の捻出に頭を捻る。

 神官達は不安に駆られる国民を説くのに精一杯。

 聖王女カルカは彼等を勇気づけようと肌のケアもそこそこに宮廷内や大聖殿や軍関連施設を巡り続けたが、日に日に士気は落ちる一方。それでも士気の決定的な暴落を防ごうと終わりの見えない戦いに明け暮れていた。

 

「……他国に援助を求められては?」

 

 誰が言い出したのか判然としない。

 しかし聖王女の最側近の1人であるケラルト・カストディオは即座に候補国を検討を始めた。

 最も距離的に近い王国はカッツェ平野での敗戦の痛手から立ち直ったとは言えない。とても聖王国に手を差し伸べることはできないだろう。

 では勝った帝国は……国に余裕があるのは間違いないが、もはや接点が陸路にはなく、海路のみとなると資金援助はともかく食料物資や人的援助は厳しい。そうでなくとも単純に遠い。

 法国は聖王国を援助する理由こそ豊富だし、国力的には文句のつけようもないが、両国間にアベリオン丘陵とエイヴァーシャー大森林が広がり、尚且つエイヴァーシャー大森林のエルフの王国と交戦中だった。手を差し伸べたくともどうにもならないだろう。

 国力で言えば評議国は最有力候補だが、やはり亜人やモンスターが統治する国が聖王国を選択して、アベリオン丘陵の亜人と敵対するとは思えない。

 カルサナス都市国家連合は帝国よりもさらに遠く、竜王国はビーストマン国家との戦後間もない上に元々中堅国程度の国力では単純に他国の援助などしている場合ではない。

 選択肢として残ったのは新興の大国である魔導国。

 国力は間違いなく精強……帝国に竜王国にビーストマン国家を従える同盟の盟主であり、直近ではアゼルリシア山脈のドワーフ王国とも同盟関係を締結したという。王国も実質的には属国との噂も絶えない。

 資金力は周辺国全てを足しても敵わないだろう。

 ただし支配者はアンデッドであり、良くない噂どころか恐ろしい噂も多い。

 多種族共生を標榜し、聖王国に与するとも言い切れない。

 だが唯一の現実的な選択肢だった。

 

 ケラルトは独断で密使を送った。

 可能であれば自身で魔導王を説き伏せたかったが、相手は神官の不倶戴天の敵と言えるアンデッドを自称していた。当然アンデッドにとっても神官は天敵だろう。援助を求めるのに天敵を使者として送ることなどあり得ない。

 そうでなくとも国家の非常時に聖王女カルカを1人するのはあまりに危ういように思えた。人間としては敬愛に値する聖王女であるが、とにかく厳しい決断が出来ないのだ。国庫が枯渇しているのに増税の判断すら出来ない。民の生活を想い、最小限の増税を繰り返すことを選択した結果、僅か2ヶ月程度で民にも官僚達にも恨まれこそしないが、ウンザリされるようになっていた。この上前線の物資が滞るような事態にならば、軍からも憎まれ、南部諸侯と憎悪の連合を結成した上でカルカ・ベサーレスは戦後勝利を得ても早々に退位を迫られるに違いない。この上なく無能な聖王女として歴史に名が刻まれるだろう。

 

 魔導国の反応は迅速だった。

 まるで待ち構えていたかのように、魔導国の外交と貿易を仕切る副王を送って来たのだ……密使が魔導国首都カルネに到着した3日後には援助の骨子が記載された文書が届き、5日後には魔導国の使節団は聖王国に入国していた。しかも予想外に副王は人間だった。

 

「魔導国は悪辣だ……愛想の良い笑顔に油断していると骨の髄までしゃぶり尽くされるぞ。証拠は私だ」

 

 とは魔導国副王の使節団が聖王国入国を果たした翌日に王国の宮廷に入り込んだ密偵よりもたらされた情報とも言えない情報だった……現在、王都の牢獄で処刑を待つブルムラシュー元侯爵の言葉らしい。ブルムラシュー自体が売国奴同然の男だった上に戦争相手の帝国にも通じていたのは事実だ。ブルムラシューの所有する金とミスリルの鉱山を手に入れる為に、帝国に内通の情報を差し出させたのは魔導国だ、と彼は主張しているらしいが……真偽の程は定かではない。

 

 魔導国のスレイプニル八頭立て馬車の重厚な扉が開き、そこには拍子抜けするほど若い男が立っていた。周囲の様子から察するに、その男こそが魔導国副王位に在るのは間違いなさそうだった。おそらく旅装なのだろうが、それだけは凄まじい逸品と理解させられる黒いコート以外は極めて簡素な服装であり、逆にその男の異様に整った容姿が際立つ。妙に印象が薄いようにも感じるが、それは身に付ける黒いコートの凄まじさによる影響だろう。主君にして親友である聖王女カルカ・ベサーレスを凌ぐかのような容貌であり、コートの下は鍛え上げられ、一切の無駄を削った細身の身体なのも一目で判った。

 馬車から若い女戦士が真っ先に降り立ち、その後を副王と側近らしいオカッパ頭の目付きの悪い年齢不詳の男が続く。その後には見慣れた光景……10名近くの裕福そうな商人風や身なりの良い男達が続いた。

 

「あれが魔導国副王……ですか」

 

 圧倒的存在感。

 圧倒的余裕。

 圧倒的強さ。

 異国に赴くのに護衛は1人……余裕の笑顔……男なのに聖王女を凌ぎかねない異様に整った貌。

 そして悪だった。こんなものが善であるはずがない……それは神官として研鑽を重ねた経験が漠と教えてくれる。ただし純粋なものではない。あちらも利用されるのも厭わない悪であり、こちらも利用可能な悪だった。取引可能であればお互いに手を取り合える絶妙な色彩の悪だ。

 

「あれに賭けてみましょうか?……少なくとも先方が乗り気なのは間違いありませんし、この窮状を脱する方策も持っていそうです」

 

 魔導国副王を取り囲む聖王国高官達の人垣から離れた場所で神官団団長ケラルト・カストディオは意を固め、薄く笑った。ほぼ同時に副王ゼブルの口角が僅かに上がったことには気付かずに……

 

 

 

 

 

 

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 都合4回殺され、4度生き返った。

 死ってえのはこの上なく痛えし、気持ちの良いもんじゃねえが、避けられるような代物でもねえ。特に死を与える相手が笑顔の場合、もはや諦めるしか道は残されてねーんだ、これが。

 最初は事故だったらしい。

 2回目は実験。

 3回目は何かの確認。

 4回目は何かを確認した後の再確認だそうだ。

 意味も意義も俺にゃ解るわけがねえ。

 だが悟った……蘇生魔法とは偉大だ、と。

 噂に聞いていたような代物と違い、灰にもならねえし、力が落ちたような気もしねえ。意識の混濁もねーし、即座というわけにはいかなかったが、ものの数分で動けるようにもなった。何故なら『死者復活』でなく『真なる蘇生』だからだと聞いたが、この俺に蘇生魔法の種類の違いなど解るわけがねーだろ!

 いずれにしても死を賜り、生を賜った。

 殺した女と生き返らせた男は妙にくっついたまま笑っていやがった。

 戦って勝てるような女じゃねえ。

 ちょっかいを出して良いような男じゃねえ。

 こいつらは本物の神だ……怪しい邪な神だが……つまり喧嘩を売っている場合じゃなかったわけだ。英雄やら九色やらどうでも良くなった。大聖殿の奥で畏まって祈りを捧げるような神じゃなく、生と死を操る本物の神に出会ったのは俺の運命に違いねえ。

 だから確信を得た……運命には従うべき、と。

 通算5回目の生を得た後、俺は素直に平伏した。

 そして顔を上げると女はニヤニヤと笑い、男は困惑顔を見せていた。

 

「えーっと、どーゆー意味だ?」

 

 混濁も欠損もしなかった記憶によれば言葉を発した男は魔導国の使節……たしか副王だ。副王などという煮え切らねえ歪な地位に在るらしいが、つまり男の上位者は魔導王だけってことだ。

 ティーヌという名のバケモノみてえに強え女の方は少なくとも表向きは副王様の下位者なのは間違いねえだろ。

 とりあえず俺は目の前の副王様に取り入らなきゃ始まらねえわけだ。

 

「……俺を配下に加えてくれ。兵は辞める。九色の地位も捨てる。聖王国もどうでもいい。だからあんたらの下で学ばせてくれ……俺はもっと強くなりてえんだ。この歳まであんたらに出会えなかったが、ここで出会ったのは俺の運命だと思っている。何でもやる……それこそ俺はあんたらの実験とやらで4回死んだが、また死ねと言われれば、素直に死ぬぜ。使えねえなら死んだままで構わねえや」

「いや、そう捲し立てられてもさ……お前、聖王国じゃ有名人だろ?」

 

 副王様は乗り気じゃねーな。

 女の方はニヤニヤと楽しそうに笑ってやがるが。

 

「いちおう九色だ。素行不良らしいけどよ……現に最前線がクソ忙しい時期にノータリンの聖騎士団長のアホ女に睨まれちまって、クソみえてな嫌がらせでホバンスに追いやられちまった……けどよ、あんたらに出会った。本来ならいるはずのねえ場所とタイミングだぜ……どう考えても偶然じゃねえだろ!」

「いや、それこそ偶然だろ!」

「それが運命ってもんだ!」

「いや、待て!」

「いや、待たねえ!……これから手続きしてくるからよぉ、それから先は頼むわ。あんたら魔導国のお偉いさんじゃ、滞在先は迎賓館だよなぁ?」

「おいっ!おーい!」

 

 やぶれかぶれの押し掛け弟子志願だ。

 強引に走り去る。

 次に会う時はお前らの手下だぜ。

 あいつらも覚悟してんだろ……連中が本気で止める気になりゃ、俺ごときにゃ抵抗なんざできるわけがねえんだ。

 晴々とした気分だ。

 

 凄え!……感謝するぜ!……レメディオス・カストディオのアホ女!

 

 

 

 

 

 

 

 オルランド・カンパーノ退役……九色返上……出奔。

 

 その一般国民には全く響かない為に地味に感じるが、本人の為人を知る者には大きな衝撃をもって受け止められた一報は軍部を中心に一気に拡散された。

 その動揺は軍から神殿勢力を通して宮廷へと伝わる。

 巡り巡って最側近のケラルト・カストディオまで知らせが届いた時、聖王女カルカは謁見の間でなく、会議室で魔導国副王と協議の最中であり、魔導国による聖王国への援助について大筋合意に至る直前だった。

 と言っても、副王ゼブルが聖王国に入国する2日前には文書で大筋の援助内容と魔導国の求める見返りが伝えられており、昨夜の段階で細かな追加条項もほぼほぼ決まっていた。表向きの合意事項については聖王女カルカ・ベサーレスの署名で決定だったのである。

 だから合意事項は和やかな雰囲気と明るい談笑の下、あっさりと成立した。

 

 問題はこの後の裏交渉だった。

 その場からは宮廷官僚達は排除される。

 代わりケラルトが入室し、魔導国側からは副王ゼブルはもちろん側近のジットだけが参加する。つまり実質的にはケラルトとゼブルの会談だった。

 ケラルトとジットの入室後、和やか雰囲気は一変し、魔導国と聖王国による腹の探り合いが開始された。

 魔導国にとってはどうでも良いまでは言えないが、得られる成果を大きくする為の話し合い。一方、聖王国としては国家の存亡を賭けた総力戦に近い。

 だからというわけでないが交渉材料の取っ掛かりの一つとして、元聖王国九色オルランド・カンパーノの所属問題が提示されたのである。

 

「……カンパーノ元班長が退役後に魔導国に所属を希望しているというのは事実でしょうか?……我が国の個としての最大戦力の1人をこの時期に引き抜くとはどういうことでしょうか?……魔導国としての行いであれば、援助を台無しにする行いではありませんか?」

 

 話の切っ掛け……相手に少しでもこの後の本題で譲歩を迫る材料になれば良い程度の材料に一つに過ぎなかった。この時点で聖王国が魔導国に真っ向から楯突いて得は一つもないのだ。鼻で笑われればそれまで……その程度の腹づもりでケラルトは切り出した。

 現に脚を組み替えたゼブルは酷薄な笑いを見せ、隣のジットを見て、きょとんとするカルカに視線を移した。

 

「……我が国の国是は御存知ですか、カストディオ最高司祭殿?」

「多種族共生と聞き及んでおりますが……」

「では、ついでにこちらの立場も理解していただけるとありがたい……それとこの先は突っ込んだ話になると思うので、事前に言っておきますが、俺は生まれが下賤なので言葉はぶっちゃけます」

 

 異国の王に対して許可を求めるのでなく、宣言。

 魔導国の立場を理解しろ。

 畏まった言葉は使わない。

 一人称ですら「俺」にする。

 魔導国副王は思い切り肩の力を抜いたようだ。

 その横でオカッパ頭の側近は「無」を体現したような目付きで虚空を見つめている。特に注意や進言もしない。2者の力関係は確定的に明らかだ。

 

 攻め手として意味がないのか?……それとも上手く逃げられたのか?

 

 ケラルトは唐突な雰囲気の転換に戸惑いつつ、余裕の表情のゼブルの腹の内を思案する。どうにも掴みどころのない男だ。自身の上位者としてアンデッドを担いでいる時点で神官であるケラルトの理解が及ぶわけもないが……

 

 思案を重ねている内に、一見して精緻な細工を思わせる笑顔がケラルトを覗き込んでいた。思わず息を飲む……昨日はカルカに注意したものの、やはり単純に美しい容姿というのは覆しようのない事実だ。どこか作り物めいていて、どこか不安を感じさせるが、醸す妖しさ込みで副王ゼブルの魅力となっているのは間違いない。神官としての真摯な研鑽がなければ、カルカのように魅了されてしまったかもしれない。

 この男は悪……初見から変わらない印象を強く念じた。そうでなければ飲み込まれてしまう。この男にとって女であること自体が弱点になってしまう。

 

「では腹を割りましょうか?」

 

 ゼブルは言葉と裏腹に爽やかに笑った。

 陰口で「聖王国最恐の女」や「外面如菩薩内心如夜叉」と揶揄され、自身もその通りと認めるケラルトが、異国のアンデッドの手下である男の外見だけで頬を染める様は、彼女を良く知るカルカにしても意外だった。

 

「……我々としては合意した資金融資と食料支援に加え、さらに兵力を提供しても良いと考えている。まあ、正規の大規模兵力が王国内を移動するとなると様々な問題が生じ、魔法で直接転移させても貴国内では同意が得られないことも予測される。なにしろ魔導国正規軍の最精鋭はほとんど魔導王陛下が創造したアンデッドで構成されていますから……聖王女陛下にしても最高司祭殿にしても承認できないでしょう。しかし我々が貴国に投資すると決めた以上、貴国には絶対に生き残ってもらう。それは確定事項だ」

 

 ゼブルの話は腹の探り合いから、唐突に具体的な方向へと舵を切った。

 宣言通り、腹を割ったのだろう。

 アンデッドの大軍……しかも精強を誇る魔導国の最精鋭となると想像もできないようなバケモノの軍勢に違いない。当然聖王国としては戦費を借りる立場だとしても絶対に認められないし、敗戦の痛手から立ち直ってないとはいえ、王国だって国内の通過など認めるはずがない。

 しかも魔導王はアンデッドを創造したと言った。

 さらに魔法で直接転移させるとも……

 一口に信じられないような内容だが決して虚言や虚勢とは言い切れない。

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンは偉大な魔法詠唱者との評判だ。魔導国のプロパガンダでなければ、密使として送り込んだ子飼いの部下の報告にも同様の内容があった。第六位階の使い手として高名な帝国のフールーダ・パラダインが魔導王を「師」と称していることから、最低でも第七位階……いや、第八位階に到達しているとの噂もあるらしい。

 副王ゼブル自身もアダマンタイト級冒険者であり、会議に参加しているオカッパ頭も隣室に控えている護衛の女戦士もアダマンタイト級冒険者であると言う。この3人も秘密裏に第五位階に到達しているケラルトを凌ぐ可能性があるのだ。特に隣室の女戦士などは明らかな強者だ……聖王国最強の姉を持つ身としてはあの女戦士がケラルトにとってはバケモノ同然の戦闘力を有する姉を凌駕しかねない戦士なのは一目で理解させられた。聖剣サファルリシアの力を持ってしても勝てるかどうか……

 

「現在、報告によれば亜人達の大攻勢をなんとか凌いでいるとはいえ、こちらが一方的に勝利を得られるような状況ではありません。むしろ苦戦し、徐々に追い込まれていると言った方が正しいでしょう。そのような情勢下で個としては聖王国有数の戦士であるカンパーノ元班長を魔導国が引き抜くに至った矛盾について、私は説明を求めたのです」

 

 いつもより少し表情の冷淡さを意識して、ケラルトは立ち上がった。そして椅子に深く腰掛け、テーブルから距離をとって、脚を組み替えるゼブルを見詰めた。

 やはりと言うか……ニコリと爽やかな微笑みを返される。どうにもペースが掴めない。先方も意識してやっているのだろうが、舌鋒はどうしても鈍ってしまう。

 

「……ハッキリ言いましょう……一戦士としてオルランド・カンパーノを評価した場合、彼個人の保有する戦闘能力で亜人共を駆逐可能かと言えば、到底不可能でしょう。では指揮官としてはどうなのか?……俺は彼が部隊を率いて戦場に出ているところを見たことはありませんが、くしくも最高司祭殿が言及されたこの情勢下で、戦況報告の任を命ぜられた事実こそが、彼の指揮官としての評価ではありませんか?」

 

 予想外に痛いところを的確に突いてきた……姉とそりが合う合わないは別にして、本当に必要な戦力であれば激戦区でそんな任務を与えるはずがない。

 ケラルトとしては実情の予想はできるが、戦力として魔導国による引き抜きを批判していただけに実に反論し難い。

 

「それは……」

 

 ゼブルが言葉を遮った。

 

「先程も言いましたよね?……我々魔導国は多種族共生を国是とし、全ての移民希望者を受け入れています。一般的な農民、商人、魔導国の在り方に希望を抱く全ての者……それが他国での政治犯や元冒険者や元兵士……それが亜人や異形種やモンスターであろうと、魔導国の法に従い、厳正な裁きに従うのであれば受け入れます……オルランド・カンパーノも例外ではありません。ですから彼が貴国を捨て、魔導国の国民であることを希望した以上、俺としては受け入れる以外に選択肢がないのです……が、これはそんなことを言う為の会合じゃないはずです。魔導国として貴国には絶対に生き残ってもらうことを前提に事を進めています。だから聖王国軍がオルランド・カンパーノがどうしても必要だと言うのであれば、彼を魔導国の兵として供与しましょう。しかし現有戦力が回復した程度の戦力ではどうにもならないから、貴国は我々を頼ったわけです。ですが我々の正規軍を受け入れられるほど、貴国は切羽詰まった状況ではない。賢明にもどうにもならなくなる前に我々魔導国に救いを求め、我々はそれに応じた。その上で我々としては貴国を救う戦力を是非提供したい。貴国の国民感情を考慮すれば、人間種の戦力が受け入れ易い……違いますか?」

「……その通りです、ゼブル様」

 

 それまで黙っていたカルカが唐突に喋った……まるで恋する乙女だ。労苦を知らぬ細長い指を重ね合わせ、その向こうで美しく大きな瞳が潤んでいた。

 

「では、人間の兵力を提供しましょう……ただしアンデッド兵団のように実費以外は無償とはいきません。超高額報酬を覚悟してください。そして衣食住の提供と、聖王女陛下の名において軍の指揮権からの独立を確約して下されば、単独でもオルランド・カンパーノ10000人に匹敵する戦力……それでご不満であれば、こちらの第六位階の使い手であるジットと、私も兵として参戦しましょう」

「お戯れを……」

 

 ケラルトが慌てて横槍を入れた。カルカに決定させては即座に承諾しかねない。なにしろ結婚を密かに熱望する相手が自分と自身の治める国の為に自ら戦うと言っているのだ。普段のカルカであれば他国の支配者に一兵卒として戦う事を要求などできるはずもない程度の理解に不安は感じない……ただし結婚願望がただでさえ強烈なカルカの恋愛モードとなると冷静な判断など不可能としか思えなかったのだ。

 

「俺達の実力を疑う気持ちは理解します……では」

「そのような話ではありません!……ゼブル様は魔導国の次席です。そのような方に我が国の戦場に出ていただくわけにはまいりません!」

「そうですか?……でも俺は竜王国を蹂躙したビーストマン国家を実力で従わせました。その際に1人で20000以上のビーストマンを屠った実績がありますよ……俺は魔導国では副王ですが、それ以前に竜王国では南方侯です」

 

 はぁ?……ケラルトは訝しげにゼブルを見た。

 

 と同時にそれまで完全に黙っていたオカッパ頭がボソリと呟いた。

 

「竜王国での正式な討伐記録は21500は超えていましたな、ゼブルさん」

「そんなにだっけか?」

「わしの記録に間違いはございません……最終決戦で15000以上屠っております。族長達を屈服させた時の非公式なものまで含めれば30000は超えているか、と……わしとアングラウスとウズルスの討伐数を合算しても、ゼブルさんの記録には遠く及びません」

 

 説明を終えるとオカッパ頭はケラルトを見た。一切の感情が抜け落ちたような深く暗い瞳がケラルトの心根を舐めるように見ていた。

 

「わしらにこのタイミングで嘘を吐くメリットはありませんな、カストディオ殿……最も早く、最も強い人間の戦力を提供するとなると、わしら以外には適任はおりません。わしはともかく、ゼブルさんも外に控えているティーヌも単騎で聖王国軍を殲滅する戦力を有しております。ゼブルさんの技を見せるとなると首都ホバンスが壊滅しかねません。ですからティーヌにそちらで即座に揃えられる最強の戦力をぶつけてみれば良いでしょうな……誰ひとり死者を出さず、無力化するところをお見せできるでしょう」

 

 ジットの言葉によって事の成り行きが確定した。

 

 王城の中庭に近衛兵50人に加え、ケラルト・カストディオ自身が立ったのはそれから30分後だった。

 

 

 

 

 

 

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「なーんで、こんなことになっちゃうかなー?」

 

 鮮やかなオレンジ色のナザリック謹製カクテルドレスに身を包み、右手に棒切れ一本を持つ銀髪の女戦士こと、ティーヌが今にも笑い出しそうな表情で不満をぶちまけた。なるべく装備の質を落とす為とはいえ、パーティー用の正装に旅用のブーツが極大の違和感を放っている。

 

 対するは王城の近衛兵50人に加えて「聖王国最恐」ことケラルト・カストディオ本人……聖王女カルカを除く、その場で直ちに揃えられる最強の戦力を言われるままバカ正直に集めたらしい。

 

「とにかく殺すなよ……勝利条件は全員の無力化かつ死者を出さない、だ」

「あい、あーい!……負傷はオッケーってことですねー?」

 

 俺がOKサインを出すと、ティーヌはだらりと脱力したままの自然体で状況が理解できずにオロオロする近衛兵達に向き直った。

 種族的に悪魔であるティーヌにとって相性は極めて悪い相手だ。国家最高位の神官に聖属性の武器で身を固めた兵士達なのだ。

 だがレベル差が決定的だ……どうやってもひっくり返すのは不可能。ユグドラシルと違ってティーヌは無双系のスキルを持たないが故に即殲滅とはいかないが……まあ、数秒が数分に延びる程度だろう。

 

 俺が視線で促すと聖王女カルカ・ベサーレスは何故か頬を赤らめ、右手を振り上げた。

 

「皆さん、くれぐれも死なないで下さい。怪我であれば神官団が全面的に治療を受け持ちます……では皆さん、始めて下さい!」

「んじゃ、いっきまっすよー!」

 

 聖王女か右手を振り下ろすと同時にティーヌが消えた……ようにしか見えないだろうなぁ……俺でも目で追うのが厳しいスピードで近衛兵達の前を高速移動で駆け抜ける。

 ティーヌが駆け抜ける側から近衛兵達はその場で蹲り、ほぼ一斉に利き手の甲を抑えて、盛大に悲鳴を上げていった。

 剣が地面落ちる。

 俺でも見えない……が、ティーヌが手に持った棒で端から叩き落としているのは間違いないだろう。

 近衛兵達の絶叫が王城の外壁に乱反射する。

 全員漏れなく利き手の甲を骨折していた。

 注文通り死人は出ないだろう。

 そして端から無力化も完了していく。

 治癒が間に合うはずもない。

 30秒も要らないのだ。

 息を切らすこともなくティーヌの姿が現れ、ケラルト・カストディオに先端が赤黒く染まった棒切れを突き付けた。

 

「んー、降参でいいかなー?」

 

 俯いていたケラルトが顔を上げ、嫌な笑いを見せた。

 

「ペネトレートマジック、ショック・ウェーブ!」

 

 魔法抵抗突破化した『衝撃波』がティーヌを襲う。

 ケラルトは最初から兵の治癒など放棄していた。

 俺の話をあえて額面通りに受け止めたのだ。

 近衛兵の配置をそのままティーヌの進路と見立てていたようで、最後に指揮官である自身の前で立ち止まることも読んでいた。そして降参を勧告することも……

 

 大気を歪ませ、衝撃波がティーヌを襲う。

 棒切れが大気の塊にへし折られ、粉微塵となった。

 魔法抵抗突破化を施され、不可避となった金属鎧すら破壊する空気の塊。

 

 だが、それだけだ。

 

 ティーヌがニィと笑う。

 トンッと軽く地面を蹴った。

 重力を無視して、ティーヌが宙を舞う。

 

 ケラルトは嫌な笑いのまま、大きく目を見開いた。

 おそらく消えたようにしか見えないのだろう……もはや俺でも20メートルは離れたこの距離だからなんとか目で追えるのだ。3メートルも離れていなかったケラルトでは目で追えるわけがない。

 純後衛職であるケラルトのレベルはざっくり30を超えたぐらいだろう。現地産の人間としては相当な強者だが、ユグドラシルの「悪魔」種族化したティーヌの敵には到底なり得ない。しかも互いのレベル差は軽く40を超える。仮に装備込みでレベル差が10あると一対一ではほとんど逆転不可能なのだ。40以上のレベル差ではどうにもなるまい。

 

 ケラルトは咄嗟に地面を見て、影を追った。

 

「ペネトレートマジック、ショック・ウェーブ!」

 

 そのまま上空に向けて『衝撃波』を放つ。

 

「やるぅ!……でも、空中だからって動けないわけじゃないからねー」

 

 ティーヌが何かを呟き、急激に加速して着地した。

 武技の『流水加速』とか言うやつだろう。

 ケラルトはさらに『衝撃波』を連発する。

 ティーヌの着地点の地面が大きく抉れ、さらにティーヌが移動した方向のはるか先の庭木が爆散した。

 

「んー、見えるようになってきたかなぁー」

 

 ティーヌが笑いながら急停止した。

 すかさず『衝撃波』が襲うも、ティーヌはヒョイっと回避した。対応する武技も使用していない……『流水加速』やら『超回避』やら持っていたはずだが、今のは単純に避けただけだ。

 どうやら「見える」って、そういう意味らしい。

 空気の歪みを単純に目で捉えているのだ。

 

 なんか……もう完全にバケモノですね、ティーヌさん……

 

 てーことは現地勢では強い人間をユグドラシル由来の種族に種族変更させた上でレベリングを施すと、凄いやつになるのか?……その上装備規制が無いし。

 サンプルがティーヌとジットだけだといまいち自信が持てないなぁ……確信には程遠いし、完全に無駄な投資になるかもだが、いずれ誰かで試してみるか?

 

 今度は天使でも作ってみようかな?

 

 ケラルトの『衝撃波』は完全に空回り……全く通用しなくなった。むしろティーヌの回避により立ち位置によっては蹲る近衛兵をぶっ飛ばしたりもするので、使い難いのだろう。

 すると今度は射線が把握しやすい『聖なる光線』を連発するも、エフェクトが光る魔法攻撃は最初からティーヌには全く通用しなかった……てゆーか、光線て「光速」じゃないのか?……視認してから回避しているんだから、少なくともケラルトの行使する『聖なる光線』の光線は光速じゃない、ってことか?

 

 実験が必要なことって、思いの外多いなぁ……後でティーヌにネタバラシでも聞いてみよう!

 

 思う間も無く、戦局は激変していた。

 ケラルトの嫌な笑いは失せ、必死の形相で魔法攻撃を繰り返しているが、MPの枯渇も近いのか、次第に息が荒くなっていた。

 対するティーヌは単純にケラルトにトドメを刺さないだけで、格下相手に自身の能力を存分に楽しんでいる。

 そしてケラルトは魔法攻撃を諦め、苦悶の表情で両手を挙げた。

 

「……負けよ」

「少しは面白かったかなー……んじゃ、こっちの勝ちね」

 

 そうケラルトに勝利宣言し、鼻歌混じりで惨憺たる中庭を歩くティーヌが俺の前に立ち、ニヒヒと悪戯っ子のような笑顔を見せた。

 

「んー、報酬はゼブルさんで良いですよ……てゆーか、第一希望で!」

「いや、それは無しで……後で何か見繕ってやるよ」

「んじゃ、とりあえずはぷれいやーの温もりで!……生涯分ならこれでも良いですけど!」

「あー、詐欺はダメ、絶対!」

 

 ティーヌさん……生涯って、永遠に死なないじゃん、殺されない限り……

 

 唖然とする聖王女を尻目にティーヌが俺の腕を取った。

 

「……あのー、お二人の関係は?」

「主従ですよ」

「魂的な」

「なにそれ?」

「私の全て捧げてるってことですよ……命どころか魂まで含めて全部……なんか言ってて、ちょー恥ずい」

 

 何故かカルカ・ベサーレスの顔色が赤くなったり、白くなったり、青くなったりと凄まじい速さで七変化した。

 ちょうど完敗したケラルトが治療を受ける近衛兵達の間を通り、トボトボとやってきた。

 

「遊ばれて、この結果……オルランド・カンパーノ1万人に匹敵……少なくとも誇張でないことは理解しました。お三方を魔導国の増援として受け入れたいと思います。それでよろしいですね、カルカ様」

「私からもお願いします、ゼブル様!」

 

 壮絶な七変化を続けていたカルカの顔がパァーッと明るくなった。

 

「して、超高額と仰られていた報酬はいかほどですか?」

「聖王国存亡の価値なんで、そちらで値付けして下さい……まっ、とりあえずは迎賓館でない宿の手配をお願いします。安宿で構いません。それと美味い聖王国名物が食いたいですね……一般の兵士達が好んで通う店とか教えてもらえるとありがたいです。それと明日には前線に向かいますので、俺達以外の随員の帰路の安全確保をお願いします。あっ、案内はオルランドにやらせますから不要ですけど、前線の責任者に話を通しておいて下さい。到着後に揉めるのも嫌なんで、それだけは確実にお願いします」

 

 ケラルトは目を白黒させて、俺の言葉を部下の神官に伝える。

 

「んじゃ、俺達は迎賓館まで荷物の引き上げに向かいますから、どこでも良いんで宿をお願いしますね」

 

 立ち去る俺達の後ろ姿をカルカとケラルトは全く違う視線で見つめ続けていたが、もう女性と腹の探り合いはお腹いっぱいだった……昨晩からパーティーやら会談やら会食やらの連続で飲食不要の指輪を装備していなかったから、本物の胃はメッチャ空腹ですけど。

 大きく伸びをすると、まだ夕暮れに至っていない空は辛うじて青かった。

 

 ……さて、飯にしよう!

 

 

 

 

 

 

 

 ホバンスの下町にある下級の軍士や兵士達や肉体労働者に人気の飯屋は、俺の目には満席に近いように見えたが、通常の平時はまだまだこんなものではないらしい。飯時には回転が早い上に相席は当たり前でさらに行列が絶えないと説明があった。主に軍の下級兵や若手士官などを相手商売しているので、とにかく濃い味付けで量が多く、さらに美味くて、値段が安いと評判の飯屋だ。

 現在では軍部の人間がゴッソリ城壁に移動しているので、行列はおろか相席の上に満席になるような活況はならないらしい。

 そこをケラルトの一声で夕飯時のピーク時間前まで貸し切りにしたようだ。

 衛兵達が店の前で横一列に整列し、人間バリケードを築いている。かなり異様な雰囲気だが、気にしないことにした。

 店内の客が全員出たところを見計らって、隊長らしき中年男が店の扉を押し開け、俺達を店内に誘導する。

 

 外装はハッキリ言って汚い……でも、そこが良い!

 扉を潜ると店内も相当に年季の入った汚さを誇っている。

 日々の拭き掃除や掃き掃除じゃ追いつかないほど忙しいということだろう。

 

 カウンター内を見るとガチガチに緊張した若い給仕の娘達がこちらを見て、オロオロとお互いに顔を見合わせながら右往左往していた。その奥の厨房らしき場所からも異様に張り詰めた緊張感が滲んでいる。

 

「注文しても良いかな?」

「……はっ、はっ、はい!」

「それじゃ、この店で人気のあるものを上位から5つ……それと料理人の今日のオススメがあれば、それぞれ一つづつ。後は地元の美味い酒3人分で」

「かっ、かしこまり……ましたっ!」

 

 異様な見た目の3人組が奥のテーブル席に着く。

 何故かオレンジのカクテルドレスに無骨なブーツ姿のままのティーヌ。

 とんでもなく煌びやかな法服にオカッパ頭のジット。

 そしてアインズさんから借り受けたやたらと派手派手に金糸銀糸で飾られた深緑色のタキシード風味スーツ姿の俺。

 まあ、普段軍部の人間と肉体労働者を相手にしてる給仕の娘達には見た目だけでも相当に怖いのかもしれない。 

 ガチガチに震えながら給仕娘が多分に気泡を含んだシャンパン風の酒を大振りのグラスに並々と注いで持参した。

 そのまま一口いただく。

 

 あー、ほぼシャンパンだ、こりゃ……アルコール分激薄でやたらと口当たりの良い、炭酸マシマシのシャンパンもどきだな。味は白ワイン風味の葡萄ジュースが近い。一気に飲み干して、おかわりをもらう。

 

「えらい飲み易いな、こりゃ」

 

 言って間も無く、ティーヌとジットも飲み干し、おかわりを注文する。

 

「私は気に入りました」

「わしもです」

 

 酒のおかわりと同時に、料理の皿が一気に運ばれてくる。

 白身魚のカルパッチョみたいなものだが、量が尋常じゃない皿。

 給仕の娘が一番人気という、1匹丸ごとの赤黒い魚の煮付け。表面の照りが尋常でなく美味そうだ。

 大量のむき身の貝らしきものの串焼きの盛り合わせ。いかにも甘辛そうなタレが見た目だけで食欲を刺激する。それが一皿にこれでもかってほどのてんこ盛りだ。

 巨大と言って間違いない魚の切り身の、おそらく塩焼きからは脂が滴り落ちている。

 イカのようなタコのような軟体系の唐揚げと野菜の炒め物に熱々の餡をぶっかけた豪快な一皿。

 どれを摘んでも美味い……白米があればなぁ……しみじみ思う。

 

 かなりのハイペースで酒のグラスを空け、次々と料理を追加する。もはやどれが人気上位で、どれがオススメだか判らない。しかしどれも美味い。

 

 ガンガン飲み、ガシガシ咀嚼し、ドンドン嚥下する。

 

 迎賓館の気取った料理も良いが、個人的にはこういう気取らない感じの料理が好きだ。濃い味なのも良い。リアルの頃は濃い味付けなんて飲み会や会食にでも出席しないと食う機会がなかったし……出席しても食が細くてほとんど食えなかった。自宅じゃ完全に俺用に健康管理された宅配の味気のないものばかりだったし……まあ、かなり恵まれてはいたんだろうけど。

 

 腹も膨れたところで、気になっていた疑問をティーヌにぶつけた。

 酒はジュースみたいなものなんでドンドン追加していますが。

 

「ティーヌさんさ、ケラルトのホーリー・レイの射出のタイミングを完璧に把握してたじゃん?……あれは視認してから避けてのか?」

 

 ティーヌは貝の串焼きに齧りつきながら答えた。

 

「んー……違いますよ。ショック・ウェーブは視認してから回避してましたけど……ゼブルさん、全てのマジック・キャスターの弱点って知ってますか?」

「うんにゃ、漏れなく全員となると解らないな」

「どんなに優れたマジック・キャスターでも魔法の発動までタイムラグがあるのは解りますよね?」

「ん?……そりゃ、もちろん」

「強力な魔法であればあるほど発動まで時間が掛かりますよね?」

「まっ、一般的にはそーだな」

「だからケラっちは位階の低いショック・ウェーブ中心に攻撃方法を組み上げていたはずなんです。でも魔法そのものが透明だから私を通した射線上に倒れている兵士がいたりすると使い難い……で、ホーリー・レイに切り替えた。つまり連射性能と燃費よりも、射出後のスピードと視認性を重視したわけですよ」

「まあ、そうか」

「となると視認してからじゃ反応が遅れます……当たればアクセサリー類も全部装備していなかったんで種族耐性的に私でも自信は持てません。なにしろ当たった経験が有りませんから……でも自信がありました。それがマジック・キャスター共通の弱点です。魔力系でも信仰系でも全員漏れなく同じ弱点を抱えています。それは……」

「……それは?」

 

 ティーヌはニヤリと笑った。

 すげー引っ張るな……でもワクワクが止まらない。

 

「単純なんですけど、詠唱って行為そのものです」

「はぁ?」

「マジック・キャスターごとき、スッといってドスッ……昔の私がよく言っていた言葉です。ねっ、ジッちゃん?」

「おおっ、よく言っておったな……当時はバカバカしいと思っておったわ」

 

 唐突に話を振られたジットは塩焼きを咀嚼していた。

 

「要するにどんなに低位の魔法でも魔法は詠唱が完了して、初めて発動するわけですよ。ならば詠唱を完了させなければ良いって考えです。まあ、一気に距離を潰せる距離内じゃないと話にならない考えなんですけど……さっきのはそれの応用です。ケラっちは口元隠していなかったんで簡単でした。たとえ口元を隠していても癖が読めれば可能です。必中効果のある魔法を使われても私が一息で移動できる距離であれば必ず潰せます。ゼブルさんやアインズちゃんが使うような遠距離からの広範囲殲滅型の魔法以外は全て回避できますよ」

 

 しれっとかなりバケモノじみた言葉を仰る。

 たしかに30や40レベルの人間種のスピードであれば戯言にしか聞こえなかっただろう。いまや70レベル超のかなりスピード特化した異形種のトップスピードとなると……もはや純粋なスピード勝負だと魔神アバターでも完勝は怪しいかなぁ?……なんかティーヌの『えんじょい子』さん化が止まるところを知らない感じで進行しているし……

 

 ……いや、気にしないで飲もう……

 

 その後、妙に口当たりの良い酒を飲み続け、どれだけ飲んでも酔えない自分に少しだけうんざりさせられた。

 




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