死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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43話 成長の先

 

 順調だった戦況が徐々に膠着しつつあるのは報告で知っていたが、その一報で分岐点となる敗北を喫したことを知り、巨体を誇る「豪王」バザーは自身と同じぐらいの大きさの岩を殴り付けた。

 バラバラと岩肌が崩れ落ちる。

 目がつり上がり、銀色の体毛越しにも怒りの程が知れた。

 

「負けた……負けただと!」

 

 自身が魔皇ヤルダバオトに膝を屈し、アベリオン丘陵の全バフォルクが魔皇軍となった時、王たるバザーは軍というのものの奥深さを知った。膝を屈したついでに抜け目なくヤルダバオトから軍の機能を学び、他の有力な亜人も口説き落として、アベリオン丘陵の全ての亜人種族を巻き込む巨大な軍勢を作り上げた。

 個の鍛錬と練兵に全精力を注ぎ込み、自身はヤルダバオトとその側近から戦略戦術を寝る間も惜しんで学んだ。と言っても、ナザリックを規範とした軍なので完全なトップダウン方式である。

 一切のボトムアップは無く、軍議と呼べるようなものもない。

 命令の徹底と適材適所と状況判断と各隊連携だけの軍隊もどきである。

 極めてシンプル。

 そこに亜人種族毎の適性と特殊能力を加味した。

 例えばゴブリンであれば元々オーガとの連携は取れる上に数にものを言わせた侵攻が得意な種族であり、オーガと合わせて大楯を持った前衛部隊。

 バフォルクであれば城壁を苦にしない突破力があり、個々の能力もゴブリンをはるかに凌ぐ為、前衛もしくは前衛後方の攻城部隊。

 スラーシュであれば「溶け込み」を使える上位種や「痺れ毒」を備えた伸びる舌の能力を加味して撹乱部隊。

 ストーンイーターは個々でも強大な戦闘能力を誇るが、中でも強力な「石吐き」能力を活かし、中衛の援護もしくは砲撃部隊。

 魔法に特化したマーギロスなどは完全に後方の決戦戦力。

 およそアベリオン丘陵に住まう全種族の有力者に脅迫、懇願、籠絡、泣き落としと、ありとあらゆる手法で必要な能力を揃えた。

 そのままヤルダバオトの軍として活かし、教育も訓練もヤルダバオトに対する恐怖を利用し、徹底的に刷り込んだ。

 やがて魔導国が成立し、人間種であるダークドワーフのように種族丸ごとカルネに強制移住させられたようなケースもあるが、それ以外は迫害されていたオークの一部などが部族単位で抜け落ちたものの、基本的には軍隊もどきは軍隊もどきとしてアベリオン丘陵に温存された。

 その後もヤルダバオトが黙認するのを良いことにバザーは軍隊としての教育と育成を続けた。『十六将』と呼ばれる個として強大な亜人達の合議制の体裁を整えつつ、バザー自身は常に合議の中心に在り、軍隊もどきを維持教育することに腐心した。

 亜人の軍隊もどきは『十六将』の中でも「七色鱗」ロケシュと「氷炎雷」ナスレネと「白老」ハリシャとバザーに実際にオルトロウスの名将として名高いヘクトワイゼスが中心となっている。他の11名も名を連ねているが、軍隊もどきの最高意思決定はヤルダバオトを除けば彼等5人と言っても間違いないだろう。さらにその5人の中でもバザーとロケシュが軍隊もどき維持派の重鎮と目されていた。

 バザーにとって軍隊もどきは心血を注いだ自信作と言っても良い。

 その最初の目標として亜人の宿願というべき聖王国の城壁突破を目指した。バザー自身は聖王国と言う人間の国そのものはどうでも良かったが、亜人の総意として聖王国の要塞線は非常に目障りだったのだ。

 それ故に最初の攻略目標とした。

 各種族や各部族の王や族長と呼ばれる亜人に加え、個の存在として有名な亜人は強制的に魔導国国民とされた。警備という名目上の役職が与えられ、ヤルダバオトの「牧場」の敷地から許可無く出ることが許されていなかった。アベリオン丘陵の全ての亜人種はおよそ100名程の生殺与奪を握られることでヤルダバオトの配下であることを辞められなかったのである。

 つまり亜人の軍隊もどきの陣中には将帥も現場指揮官も存在していないことと同義だ。彼等はメッセージの魔法が使用可能な者で通信網を作り上げ、ヤルダバオトの「牧場」内に届けることで、大まかな指示を受け、自身達が刷り込まれた戦術に当てはめて動いていた。

 自己判断で撤退する非常に脆い集団なのだ。

 だからこそ全ての亜人種が目障りと感じる攻略目標が必要だったのだ。

 

 ヤルダバオトは終始一貫黙認していた。

 肯定もしないが、否定もしない。

 ただし魔導国国民とされた亜人達が「牧場」から出なければ、という暗黙の条件付きであることは間違いない。

 軍隊もどきを育て上げた自分達は出陣できない。

 だがバザーはロケシュと話し合い、ゴーサインを出した。『十六将』の中には出兵慎重派も幾人が存在したが、多数決で半ば強引に押し切った。

 

 バザー達の仕事はここまで……後は報告を受け、簡単な指示を出し、朗報を待つのみ。

 開戦当初、報告では亜人軍の完勝が続いていた。

 

 その最中に同胞であるバフォルク20名程が人間にまとめて殺される事件も発生したが、戦局には全く関係無いと判断した。事件そのものには抑え難い怒りを感じたが、発生したのは北方であり、西方の要塞線防衛に全兵力を割いている聖王国の別働隊の仕業とはどうしても思えなかった。

 しかし多くの同胞が人間に殺されたのは事実であり、ヤルダバオトに報告すると同時に自身に復讐の機会を求めた。

 報告そのものは口実だ。魔皇は亜人の生き死になどに一切の興味が無い。なにしろ魔皇自身が平然と殺しているし、彼の「牧場」の建物内では何が行われているのかを知る亜人がいない。ただしごく稀に漏れ聞こえる悲鳴を一度でも耳にすれば、おおよその見当は付く。悲鳴の主が同胞でないことを祈ることしかできないが……

 ヤルダバオトはバザーの報告を受け、復讐については即座に否定した。

 同時に意外な反応を示した。

 自身で調査に向かうと言う。

 おそらくだが、魔導国絡みの案件らしい。

 となればバザーに出る幕は与えられないだろう。

 同胞を殺された恨みは北方の山の向こうの王国と呼ばれる人間の国でなく、やはり同じ人間の国である聖王国にぶつける必要があるようだ。

 

 バザーは日に2回の定時報告の度に自軍の優勢を確認し、脳裏に深く刻まれた憎悪を歓喜と達成感に昇華し続けた。それは永遠に続くと思われた……2日前のあの瞬間を迎えるまでは……報告を受けても理解できない遠距離攻撃でケイブンとスネークマンの部隊が全滅した、と。

 

 そして今届いた報告で1人の人間の女に大砦攻略に差し向けた亜人軍の半数近くが蹂躙されたと知った。接敵した部隊は漏れなく潰滅。後方で温存していたマーギロスの部隊まで逃げ延びた数名を除いて皆殺しにされたと言う。しかも「おそらく斬首された」と言うだけで、何をされたのか解らないと言う。想像では抵抗すらできずに首を刎ねられ続けたように思われた。

 報告者自身が混乱し、酷く怯えていた。

 数多の同胞の死よりも自身が心血を注いで作り上げた亜人軍が人間ごとき、しかもたった1人の女に敗北したという事実が信じられなかった。それはその人間の女がヤルダバオト並みか、それ以上の強さであることを示していた。

 

 悲しみよりも怒り……同時に狂おしいまでの欲求を強烈に感じていた。

 心の底から、その女戦士が見たかった。戦う前に敵わぬと悟り、自ら膝を屈した魔皇ヤルダバオトと同等以上の強さの人間。

 人間は数が多く目障りだが個々は脆い。

 ごくごく稀に突出した強いヤツも在るらしいが、基本的には徒党を組んで戦うのが厄介なだけで、本当に面白味の無い連中だ。バザー自身が先頭に立ち、亜人やモンスターの大物を狩るような快感は得られない。

 戦う前に負けを認めたヤルダバオト並みの人間とはどんな姿なのか?

 どんな戦い方をするのか?

 

 この手で殺したい……思うと同時に脳裏に深く刻み込まれた問い。

 手を組むのであれば、悪魔などという理解の外側の異形種よりも同じ大地に住む人間の方がまだマシなのでは?

 

 いずれにしてもヤルダバオトに報告を上げねばならない。どんなに気に入らなくとも奴はアベリオン丘陵の真の支配者なのだから……

 だが上手く立ち回ればヤルダバオトを滅することは不可能でも、この地から追い出せるかもしれない。アベリオン丘陵を悪魔の手から亜人の手に取り戻せる機会が巡ってくるかもしれない。

 

 頭の中で蠢く様々感情を圧し殺し、バザーはヤルダバオト直属の部下に取り次ぎを願うべく、不気味な気配を発する建物の方へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 力を渇望し、力を得る方法まではこの手にあった。

 だがその為の資源が決定的に不足していた。

 資源を得る為にわざわざアベリオン丘陵まで遠征し、大き過ぎる代償を支払った。これまで必死に集め、必死に育てた者の多くを失った。

 

 傷心のフィリップは南方方面軍のボウロロープ伯に儀礼に則った挨拶し、同時に39名の部下を失った事実だけを簡単に報告した。そしてその原因となった丸メガネでスーツ姿の強大なバケモノであるヤルダバオトに注意するよう警告だけを残し、生き残った部下達を引き連れてエ・ペスペルへの道を急いだ。

 

 気持ちとしては立ち寄りたくはないが、どうしても立ち寄らざる得ないエ・ペスペルでその光景を見掛けたのは全くの偶然としか思えなかった。

 まず本来投宿を予定していた貴族の邸宅に長居したくないと思ったのは、気分の問題だった。

 根掘り葉掘り聞かれたくない。

 問答を拒絶してもあらぬ噂を立てられる。

 そうでなくともいずれボウロロープ伯から漏れ伝わるのは確実なのだ。だからと言って、この場で部下達の死に様を語りたくはない。

 だから馬だけを預けた。

 宿を物色している時に過去に幾度か目にしたことのある優男が気配を絶った部下らしき男を2人引き連れ、大通りの一本裏の細い道を歩いていた。その存在に気付いたのは偶然だろう。なにしろ優男どころか彼の引き連れた部下達の存在すらその瞬間まで全く認識できなかった。

 彼等とすれ違ったのは老婆だ……ただしパッと見には若く見える。格好も派手で背筋は伸びている。その老婆が徐ろに張りのある笑顔と淀みない言葉で優男に声を掛けた。それが無ければ気付くことは無かったように思える。

 優男は目を剥き、いきなり剣を抜いたが、瞬く間に老婆の掌底を土手っ腹に喰らい、その場に蹲った。手下の2人も同様、あっと言う間にノサれた。

 

「……あの男はシュグネウスの手下じゃなかったか?」

 

 記憶が確かならば護衛役だったはず……相当な手練れで間違いない。

 

 立ち尽くす部下達を尻目に考え込んでいると、見た目には恐ろしく軽い蹴りで優男の意識を刈り取った老婆がこちらに気付いたかのように振り向き、闊達に笑いながら近寄って来た。

 

「カカカッ……わしはリグリット・ベルスー・カウラウと言う。おぬしは王都軍の司令官になる予定じゃったなぁ……良い事を教えてやろう。今わしがボコった連中はおぬしらの監視役じゃ……依頼主は言わなくても判るよのう?……つまり今現在は監視の目が無いわけじゃ……おぬしらは自由に動けるのう。そこでおぬしらの行き先に気付きをやろうと思うての。今、亜人共は軍勢を作り上げ、聖王国の要塞線を襲撃しておる」

 

 フィリップが唖然としていると部下達がリグリット・ベルスー・カウラウの名に激しく反応していた。

 彼等のほとんどが魔法詠唱者の元冒険者であった。彼等は口々に「あの!」やら「有名な……」やら「死者使いか!」などと呟いていた。呟きの断片を繋ぎ合わせれば「冒険者の間では知らぬ者のいない程の有名な存在で『死者使い』の異名持ち」ということで間違いないだろう。

 

「私はフィリップ・ディドン・リイル・モチャラス子爵だ。今少し詳しい事情を説明していただければありがたい、カウラウ殿」

「残念ながら詳しい説明をする時間は無いのじゃよ……そこに転がる連中程度の相手であれば、わしも説明してやりたいがのう……現時点での安全は確認しておるが、おぬしらがアベリオン丘陵で出会ったあのバケモノの配下が相手では、今こうして会っているのも危険なのじゃ……わしはバケモノの上の存在を探っておる。その過程でおぬしの存在を知っただけじゃ……わしはおぬしらの味方ではないが、決して敵ではないということじゃ……では、さらばだ」

 

 リグリット・ベルスー・カウラウの姿が目の前から唐突にかき消えた。

 

 果たして信用して良いものか?……フィリップは往来のど真ん中で腕を組んだ。部下達の説明によれば元アダマンタイト級冒険者であり、現在では脱退しているが有名な『青の薔薇』のメンバーだったらしい。それ以前には高名な剣豪であるヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファンの冒険者チームに所属していたことで有名だと言う。フィリップにとっては『青の薔薇』こそ名は聞いたことがあるが、ローファンについてはピンとこなかった。ガゼフ・ストロノーフ将軍の剣の師匠と聞いて、初めて凄い剣豪と認識したぐらいだ。

 となれば、少なくとも言葉通り敵ではないのは正しいように思える。

 ならば、危険を承知で気付きを与えようとしたいうのも真実かもしれない。

 納得したところで、自分達を監視していたという優男一党から距離を取る必要に気付き、傍目には何事もなかったかのように、慌てて移動を再開した。

 

「あのバケモノ……ヤルダバオトの上の存在と言ったな……それは」

 

 ……「さる御方」と呼ばれていた奴の可能性が高い。

 

「目的は違えど、敵は同じ……そういうことか?」

 

 敵はあのヤルダバオトを手下とする以上、間違いなく強大だ。

 それを殺すのであれば自身もはるかな高みに登らねばならない。

 学ぶのも鍛えるのも必要だろう。

 だが間に合わない……単なる人間でしかないフィリップが成長し、確信を得る頃には寿命が尽きる。もしかしたら、いや高い確率で確信を得られないまま老い朽ちるだろう。

 だが自身を簡単に強化する方法を知っている。

 その為の生贄も知っている。

 生贄が今、集団で聖王国の城壁を攻めていると言う。

 殺す為の大義名分は在る。

 問題はそれがいつまで続くか、だ。

 立場を考慮すれば、急ぎ王都に戻り、聖王国に対して援軍を送る許可を得なければならない。それが正道だ。

 ただし時間が掛かる。

 加えて、どう考えても戦費は莫大だ。

 結果として許可を得られない可能性もある……いや戦費的に否決される可能性が高いだろう。聖王国から戦費負担の内諾など取っている暇は無い。

 シュグネウスを通して使えるコネを総動員すればひっくり返せるかもしれないが、今回フィリップを監視していたのはシュグネウスなのは間違いない。

 つまり王都に戻り、援軍を差し向ける方法を実現させるのは極めて難しい。

 

 ……ならば……

 

 命を拾った部下達の顔を眺める。

 遠征前の気概は消え失せ、皆沈鬱な面持ちだった。

 

 どのみちエ・ペスペルには留まれない。

 シュグネウスの監視網を抜けるには即断即決する必要がある。

 

 このままリ・ロベルに向かう。

 

 フィリップは部下達にも黙ったまま、馬を預けた貴族の屋敷に向かった。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 レベル差による無双可能な世界だけにティーヌの存在は畏れられていたが、あっさりと受け入れられていた。

 戦果は想定のはるか外側。

 聖王国が城塞に加えて城壁の地の利と総勢30000以上の兵員と大量の物資を費やしても押し返せなかった亜人の軍勢を、魔導国の援軍はほぼ1人で蹂躙したのだ。

 英雄などと呼ぶのも痴がましい。

 正しく「神の御使」だ、と……噂が噂を呼んでいた。

 讃えるだけでなく、敬うだけでも済まず、信じる者が現れ始めた。

 

 わざわざ悪魔になった殺人鬼の元人間に……宗教国家の聖王国が、ね……実に皮肉なもんだね。

 

 そう思う俺を尻目に、ティーヌを取り巻く環境はさらに激化していった。

 歩くだけで厳つい兵士達が男女問わずにワーキャー騒ぎ、遠巻きに祈りを捧げる者まで現れる始末。

 朝起きれば控室の前には花束以外にも焼き菓子のような供物が山積みになっていた。

 添えられた手紙にはこの世に顕現した神の御使への感謝の言葉が記されている……らしい。ジットによれば、だが。

 やがて酒樽や金や軍の支給物資を献上する者まで現れ始めた。

 

 オルランドは神の御使の主人に従う事を許された使徒となった。

 ジットは神の御使に対を成す真なる神の司祭とされた。

 そして神の御使を従える俺は……

 

 魔導国の副王は「神」……では「神」が従うアンデッドとは何か?

 

 生と死を司る神々の王……その答えに行き着くまで時間は要しなかった。

 

 集団の空気とは怖いもので、ティーヌの戦果と相まって既成事実となるまで1週間も要しなかった。人によっては魔導国の民となるにはどうすればよいのか、と手紙に書き添える者まで現れ始めた。しかも軍幹部だったりするから始末に負えない。

 

 否定は無駄だった……皮肉と感じていた自分の甘さに気付く。相手は宗教国家の国民で幼少期から信仰に基づいた教育されていた。法国とは教義が違うらしいけど、信じる気持ちは信仰心が希薄な現代日本人の俺などからは想像を絶するほど強烈ですわ。

 現に面会を許可した将軍と大砦を守護する幹部達が勢揃いして俺達の前で祈りを捧げている。

 それまでの比較的お気楽な実験兼観光旅行の気分は消え失せ、酷く憂鬱な気分にさせられる。

 

「あのー、もうやめませんか?」

 

 懸命に戦勝祈願を捧げていた中年おっさん軍団が一斉に頭を上げた。

 

「何か御無礼でもございましたか、神よ?」

「だから、神じゃありませんて!」

 

 おっさん軍団はキョトンとして、助けを求めるようにティーヌを見た。

 彼等からすればティーヌは実際に聖王国の窮地を助けた神の御使だ。

 ティーヌは楽しげに笑いながら、言葉を投げる。

 

「神が神でないと申されているのです。神の民を自認する者が賢明であれば、どうするべきか、判りますよね?」

 

 ティーヌも元テロリストとはいえ、スレイン法国のエリート階層出身なだけあって、とりあえずこの場を収拾する文言をあっさり捻り出した。だだし絶対に面白がっているのだけは間違いない……さらりと俺を「神だ」と言いやがった。

 まっ、スレイン法国人にとって神=プレイヤーなのは厳然とした事実ではあるのだろうけど……

 

 将軍と幹部御一行は全員で跪いたまま深く一礼し、さらに立ってからも立礼して去った。

 

 ふぅ……精神的にへこまされ、思わず溜息が漏れる。

 

「ゼブルさん、この際、神を名乗れば良くないですか?……聖王国というかこの大砦の中はゼブルさんもアインズちゃんも神と認定しているみたいですし、ゼブルさんは実際にぷれいやーなんですから、神を自称しても少なくとも法国の上層部では誰も不思議には思いませんよ」

「冗談でもやめてくれ……俺は魔導国を盤石にして、アインズさんの安全を確保したら、世界を観光するつもりなんだから……」

「あっ、それいいですね……もちろん私も一緒に行っちゃいますよ」

「わしも行きます」

「……俺も連れて行ってもらえるんですか、旦那?」

 

 ティーヌとジットの反応に迷うようにオルランドが切り出したが、即座にティーヌに睨まれる。

 

「オルやんはまず自分の身を守れる程度にはならないと話にならないと思うんだけどなー」

「戦士のくせにわし程度の膂力では話にならんのう、オルランド」

 

 ジットが追い討ちを掛ける。

 あまりに的確でオルランドはぐうの音も出ない。

 そうは言っても純後衛職とはいえ50レベルを優に超えた悪魔のジットに単純な膂力で勝てる現地の戦士職の人間なんて数えるほどしか存在していないだろうけどな……

 

「だったら俺にも効果的なれべるあっぷってやつをやって下さいよぉー……兵士長の嬢ちゃんだけ、凄え優遇されすぎだと思いますぜ……ほら、俺、ゴツいのに拗ねちゃいますよぉー、ダ・ン・ナ!」

 

 拗ねる筋肉ダルマが上目遣いで俺を見る。

 妙につぶらな目付きだけでも面白いのに俺が生理的に嫌がる仕草をもう熟知してやがる。しかもティーヌとジットが面白がるのも計算ずくだ。

 

「ネイアはレアケースな……元々レンジャー適性が高い上に自分よりも高レベルの獲物が山ほどいたからな。それを必中効果のある弓で片っ端から射殺して行ったんだから、あっと言う間にレベルアップしたんだと思うぞ。オルランドは元々戦士でレベルも高いから、あそこまで一気に強くはならないだろ。ティーヌにしたって、ジットにしたって、かなり特殊な環境で死ぬ寸前の訓練を自らに課して今の強さになったんだ。促成栽培みたいに強くなれるのは、元々低レベルか、適性に沿った育成をしないと無理だろ……まっ、心底強くなりたいのなら、魔導国に帰還するまで待て……色々な方法を試してやるから」

 

 俺の顔付きを見て、オルランドは「うへっ」と言いやがった。よほど恐ろしく見えたらしい。

 

「オルやんが望むなら……別の方法もあるけどねー」

 

 ティーヌが匂わす。

 オルランドが目を見張る。

 ジットがギョッとしたように目を剥いた。

 

「でも、私の権限でこの方法を取れるのは残り4人だけなんだよねー……とりあえず2人分は義理で残さなきゃいけないから、残りの枠は2人だけ……オルやんはトゥルーリザレクションの実験ですっごく頑張ってくれたけど、それだけじゃ弱いかなぁ?」

 

 値踏みするようにオルランドを見て、俺に視線を移して笑うティーヌ。

 ほぼ同時に懇願するつぶらな目が俺を見た。

 

「……なんでもするって言ったじゃねえか!……頼むよ、旦那……役立たずなら死んだままでも構わねえって言ったのは嘘じゃねえ!……俺は強くなりてえんだよ。この歳まで旦那達に出会わなかっただけでよぉ!……もっと早く出逢ってりゃ、絶対に旦那に着いて行ったはずなんだ。聖王国なんざクソ喰らえだ。俺は自分が強くなれりゃ、それで良いんだ。出世だってしたくもねえ。兵士やってた理由だって、大手振って戦えるからだ。敵ならいくら殺しても罪に問われねえ。九色だって、くれるもんを貰っただけ……国やら親やら名誉やら、本当にどうでもいいんだ。どうでもいいんだ……」

 

 オルランドは思いの丈を吐き出し、俯いた。

 ブレインとは方向性の違う強さバカだ。

 ブレインが剣技オタクなら、オルランドは街の喧嘩自慢が道場破りをするような方向性の強さバカだ。なにしろ実際に今のティーヌの強さを感じ取りながらホバンスの路地裏で喧嘩を売ったわけだ。そしてティーヌの戦果をその目で見ても恐れるどころか、そうなりたいと望んでいる……真性の強さバカなのは間違いない。

 

「なんでもするって言ったな?」

「おうっ!……なっ、なんでもするぜ……」

 

 俺の問いに少し返事の語尾が弱まるのがオルランドらしいっちゃ、らしい。

 

「んじゃ、まず裏切れないようにするしかないな」

「なんだよ、旦那……いまさら裏切るわけねえだろ!」

「そーゆー意味じゃない。無意識に秘密が漏洩するリスクを考慮して、完全に俺の支配下に置くって意味だ」

「はぁ?」

 

 オルランドがキョトンと俺を見た。

 

「眷属召喚……肉腫蠅!」

 

 小さな魔法陣が俺の右掌の上に発行しながら浮かんだ。

 その中心に小さな蠅が生み出される。

 

「動くなよ……それから、これ以降死を経験しない限り、お前に自由は無い。それで良いな、オルランド?」

「こちとらもう4回も死んでんだ!……それこそいまさらな質問だぜ、旦那。強くなれりゃ自由なんざ要らねえ。漢に二言は無え!」

 

 答える間に眷属がオルランドの頸に蛆虫を生みつける。

 そのまま脳幹に侵入し、肉腫と化した。

 オルランドが強烈な悍ましさを感じて、慌てて頸を掻きむしるも、時既に遅しだ。

 

 唐突に頭を抱えて、悲鳴を上げた。

 同時に吐瀉物を撒き散らし、小便を漏らしている。臭いから察するに大便も漏らしているだろう。

 

「なんだ、こりゃ、旦那!……やめてくれ!」

 

 脳が破壊されるイメージが現実の感触を持って伝わっているはずだ。

 そのまま朽ち果て、腐り落ちる自身……徐々に腐敗に蝕まれる感覚は現実のものとして脳に植え付けられる。ティーヌもジットもブレインもエルヤーもヒルマも六腕の面々も耐えられなかった感触だ……ブレインとゼロはちょっとだけマシだったけ?……でも、まあ、オルランドだけが耐えられる道理はない。

 

「お前は俺の絶対的な配下となった。それこそお前の望み通り強者となるまでは、この呪縛からは永遠に解放されない。呪縛から解放されても解放されるには完全な脳の破壊が必要になる。つまり死だ。お前は秘密を漏らせない。俺に永遠の忠誠を誓え……いいな?」

 

 撒き散らした嘔吐物の上にオルランドはしゃがみ込んでいた。

 その体勢のまま何度も何度も頷く。

 

「……強くなれるなら……俺は何でもやるぜ……旦那に永遠の忠誠を誓う……漢に二言は無えぜ……」

 

 口から溢れる嘔吐物を漏らしながらも、死と恐怖の感触を超越したギラギラとした妄執だけを宿らせたつぶらな瞳が俺を見詰める。

 

「後はティーヌさんに任せる……それよりもオルランド、早く掃除して、風呂に入ってこい。凄い臭いだぞ」

「旦那がそれを言うかね……まっ、いいや……とりあえず風呂場に行ってきますから、旦那達は退避していて下さいよ。後始末は俺がやりますから」

 

 その後、聖王国の元九色が上半身裸の肌着一丁で部屋中清掃する姿がしばらく大砦の話題の中心になったが、それも2日後には過去のものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 聖騎士団の団長が「神の御使に無謀にも戦いを挑むのではないか」と噂が立ち始めたのと、オルランドの肌着姿の話題が入れ替わったのは、ちょうど3日前のことだった。

 亜人軍が神の御使に蹂躙されてから、少なくとも大砦は攻勢の中心から外れていた。他の場所では依然として聖王国劣勢の状況が続いているらしいが、大砦周辺は静かなものだった。平穏そのものとまではいかないが、散発的な交戦も小集団同士ものであり、戦局が動くような規模のものは発生する気配すらなくなっていた。

 

 嵐の前の静けさか?……はたまた亜人達の心が恐怖で折れたのか?

 

 正直なところ、どちらでも良い……否、どうでもいい。

 大砦の高楼から眼下を見下ろすレメディオス・カストディオにとって、もはや誰も自分の主張に耳を貸さなくなっている事実だけが問題だった。

 強さを拠り所に身を立てていた者が、自身を凌ぐ圧倒的強者の出現に戸惑っている……もちろんそんな一面もあるのかもしれない。

 しかしそうではない……そうではないのだ!

 神の御使……なんとバカバカしい妄想か!

 どこまでいってもアレはアンデッドの手下の手下だ。

 無闇に死を振り撒くバケモノではないか!

 誰もが目を瞑っている。アレの顔を……あの愉悦に満ちた笑顔を……死の荒野に生まれた亀裂のような笑いを……

 神の司祭があんなに悪相なわけがない!

 神がオルランド・カンパーノのような狂犬を飼うわけがない!

 バケモノを飼う外道が神……笑わせる。

 ましてアンデッドが神々の王などと……認められるわけがない。

 

 だが誰も聞く耳を持たない……レメディオスの主張は軍上層部には鼻で笑われ、2人の副団長達にはあからさまに嫌な顔を見せられ、団員達には話題に触れようとした瞬間に避けられていた。

 急成長した従者ネイア・バラハの存在も魔導国一党の過大評価に一役買っているのは間違いない。

 

 そんな中、バケモノの華々しい戦果を聞きつけた聖王女カルカ・ベサーレスが妹を伴って、激賞の為に大砦を訪れるとの一報があった。

 レメディオスは焦っていた。

 妹に仄めかされた……カルカはゼブルに求婚されたいと考えている、と。

 年齢的にも身分的にも問題無く、独身で、容姿も優れ、健康なのは間違いなく、財力も武力も申し分ない。全ての条件をクリアしていた。これならば常に問題となる南部や聖王家内の反対も受け難い。何故なら魔導国は聖王国に対して莫大な債権を有するだけでなく、援軍としても華々しい戦果を挙げ、軍事力を示した。むしろ結婚によって、魔導国の有する債権を持参金代わりに有耶無耶にしたいぐらいには考える連中だ。聖王国の番犬として魔導国以上の存在はないぐらいには思っているだろう。聖職の家系とはいえ、王家である。その周辺は生臭いことこの上ないのだ。

 

 ……なんとかしなければ……

 

 追い討ちを掛けるように、あの大戦果による魔導国一党への過大評価がレメディオスを追い詰めていた。今の大砦の空気は間違いなくカルカの婚姻を後押ししてしまう。上層部まで魔導国一党を神の一党として崇めている。下級の軍士や兵士達の間では神の使徒となったオルランドに倣って「魔導国の国民になるにはどうすれば良いのか」と話し合う者達までいた。しかもその数は日に日に増加の一途で一向に歯止めが掛かる気配がない。

 大砦内で魔導国の評価を覆す為に、レメディオスに考えられる手段は一つだけ……仕合でバケモノが実は大した者ではないと衆目に晒す必要があった。

 仕合を申し込む……そこまでは問題無い。

 おそらくあの女は受ける。その確信もある。

 問題はレメディオス自身がバケモノに勝てる気がしないことだ。

 自他共に認める聖王国最強が敗北する様を衆目に晒せば、魔導国一党の評価はさらに上昇し、覆す方法は失われる。

 その時にはアンデッドの王を戴く国に、この聖王国が内部から乗っ取られる危険まで覚悟せねばならない。

 

 ……ならば……

 

 思いつく限り最悪の手段ではあるが、魔導国副王に対するテロも視野に入れるべきか?……バケモノ女には届かないかもしれない。いや、届かない。だがあの忌々しい副王ならばどうだ?

 

 あの他者をナメ切ったニヤけ面をブン殴ればどれだけ胸が空くだろう。

 

 その後に待つのは国際問題だ。副王を殺傷したとなれば、魔導国が容赦するわけがない。

 即座に侵攻が始まるだろう。

 噂に聞くアンデッドの軍勢。

 魔導国の軍勢を聖王国が撃破可能か?……無理だ。

 アンデッドの軍勢どころか、あのバケモノ女1人でも聖王国軍全軍が滅ぼされかねない。

 よって却下だ。個人的な鬱憤はスッキリと晴れるだろうが、その代償が国家の滅亡ではつり合わない。

 

 どうする?……時間が無い。

 

 ホバンスから大砦に続く道から視線を外し、歩きながら考える。グルグルと高楼の中を歩き回り、気が付けばアベリオン丘陵を見渡すように欄干に手を掛けながら立っていた。

 眼下の城壁上に人垣が出来上がっている。

 門から何者かが出撃したようだ。

 人垣が出来上がるような存在となれば……さらに視線を丘陵の奥側に移すとバケモノ女の姿が視認できた。どうやら腕を組み、立っている感じだ。その横にはオカッパ頭の姿が見える。副王の姿は見えない。

 バケモノ女の向いている先……そこにオルランド・カンパーノがいた。見た目は見慣れたものとは全く別物だったが、不思議なことに何故か遠目でもオルランド・カンパーノと確信できた。だから体型や足の運びを再度よく見たが、やはりオルランド・カンパーノで間違いなかった。

 見慣れた革鎧と剣帯姿でなく、見たことない武装で身を固めていた。おそらく金属製の鎧なのだろうが妙にゴツゴツした印象だ。頭部も鎧と一体化したような印象の兜を被っている。手には両手剣としても使えるような大振りの片手剣に、鎧と同じく妙にゴツゴツした印象の楕円形のシールドを構えている……スパイクシールドとかいう種類なのだろうか?

 オルランドは変異種と思しきストーンイーターと戦っていた。狂ったように無骨な片刃の巨剣を振り回し、モンスターのような巨体を誇っている。普通ならば一対一では厳しいと感じる相手だ。レメディオスならばなんとか頑張れるかもしれないが、聖騎士団内でレメディオスの次に強いと目されるイサンドロでは厳しいだろう。

 だが追い詰められているのはストーンイーターだった。

 既に恐慌状態なのは見れば解る。

 暴風のような攻撃もオルランドにヒットしているものの、オルランドは微動だにせず、身体を丸めながらジリジリと詰めていた。

 

 バケモノ女が何か指示を出した。

 

 オルランドが鋭く踏み込み、スパイクシールドの禍々しい突起をストーンイーターの巨体に食い込ませる。腹が裂け、同時に右上腕の内側が酷く抉れたようだ。鮮血が噴き出し、妙に丸まったようなオルランドに降り注ぐも、魔法の武具なのか、バックステップしたオルランドには少しの汚れも付着していなかった。少なくともレメディオスの位置からはそう見えた。

 

 強いな……オルランドまで……

 

 1日で異様な強さを手に入れた従者ネイア・バラハが脳裏に浮かぶ。レメディオスと同等とは言わないが、イサンドロ並みか、それ以上の空気を纏っている。だが膂力や脚力は雰囲気通りだったが、剣の腕は全くとは言わないが思ったほどではなかった。だから昇格を見送ったわけだが……

 

 歓声が上がる。

 考えている間に決着がついていた。

 オルランドの前に肉塊と化したストーンイーターが転がっていた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 武技無し。

 今後の為に剣は持たせるが、使用厳禁。

 全身を覆う奇妙な見た目の鎧……旦那から下賜されただけあって高性能なのは着用した瞬間に理解した……が、見た目が最悪だ。絶妙に邪魔にならない位置ではあるがやたらと突起が多いしよ……何よりカッコ悪!

 セットのヘルムまで棘だらけだぜ。正直、勘弁だ。

 で、今回のメインの武装のシールドまで棘だらけ……なんだかなぁ……剣も凄えのは間違いねえんだから、剣を使わせてくれよ。

 

 途方に暮れて、トボトボとティーヌ大先生に連れられて歩いた先には……

 

 なんだかとんでもないストーンイーターがいた。

 デカい……おそらく何度か見かけたことのある「白老」よりも二回り以上はデカい。ただ毛色は「白老」のような白じゃなく完全にグレーだ。

 所々、おそらく返り血で汚れていた。

 目付きも凶悪……つーか、知性のカケラも感じねえ。逝っちゃってるヤツだぜ、こりゃ……亜人ってえよりも完全にモンスターだ。

 手に持つでっかいナタみたいな剣には血やら肉片やらかこびりついたまま。

 命を賭ける得物の手入れもしねえようなヤツだ。

 

「どっから連れて来たんだよ、こんなの」

「あー、デミちゃんに頼んだら、コイツが送られて来たんだよねー……名前はデンガロちゃん……デミちゃんの牧場でもちょっと扱いが難しいようなはぐれ者だってさ……本人はいちおう真面目に猿の王様目指してるいるらしいよー。ただ壊滅的に頭が足りない上に力頼みだから揉め事が絶えないらしいけど」

 

 誰だよ……「デミちゃん」て……「牧場」って何?

 

「はぐれ者の亜人かよ……」

「そっ、人望0かつ力の信奉者……まっ、普通に厄介者……なんか昔の私みたいでシンパシー感じちゃうかなー」

「アンタの昔ってよ……なんか怖えから聞きたくねーな……で、コイツと模擬戦すりゃいーのかよ?」

「模擬戦?……なーに言ってんのかなー……殺し合いだよ」

「はぁ?……お仲間なんだろうが、コイツも」

「うんにゃ、デミちゃんの手下……つーか、デミちゃんからも矯正を頼まれたんだよねー……いちおう魔導国の国民らしいから、殺してもゼブルさんが蘇生させるらしいけど……まっ、さっきの条件で徐々に武装減らして、最後は防具無しの短剣一本ぐらいで勝てるぐらいにはなってもらうから……それぐらいになれば、エルヤーちゃんのちょっと下ぐらいには成長したことになるのかな?」

 

 だから誰だよ……「エルヤーちゃん」て!

 

「私がわざわざとっておきの『堕落の種子』をオルやんに使ったんだから、ゼブルさんの役に立つぐらいには絶対に強くなってもらうからねー」

 

 言われるまでもねえ!……俺も人間辞めてまで、アンタのいる場所を目指してんだがよ!

 

「つーか、なんでコイツは大人しいんだ?」

「そりゃ、調教はしたから、私には従順だよー……ちなみに強さはゼブルさんによれば40れべる欠けるぐらいだって」

「40れべるって何だ!」

「んー?……難度に換算すると120のちょっと下って感じだったかなー?」

「マジのバケモンじゃねえか!」

「うんにゃ、弱っちいよ……今のオルやんにはちょうど良いぐらいかなー?」

「そりゃ、アンタ基準じゃ、なっ!」

 

 さすがにサラッと「調教した」と言うだけあって、会話が通じねえ。

 はぐれ者で厄介者の暴力系亜人を従順に変貌させる調教って……まっ、俺も4回殺されたけどなぁ……傷一つ無えってことはジットが治したのか?

 

「んじゃ、デンガロちゃん……この可愛いおっさん殺っちゃってくれる?」

 

 ストーンイーターの濁っていた目が輝いた。

 咆哮……闘争開始の合図だ。

 剣は使えねえ。

 武技も使えねえ。

 となりゃ、亀の姿勢で距離を詰めつつ様子見か……旦那から下賜された武具の性能を信じるしかねえ。

 トゲトゲ盾を前面に押し出しつつ、摺足で前進する。

 

 バカみたいにデカいナタを振り回し、俺という獲物に興奮したストーンイーターの恐ろしく速い連撃が襲う。

 その中をジリジリと進む。

 理性じゃナタの恐怖は打ち消せたが、視覚的な恐怖を克服するのは難しい。

 どうしても足が前に出ねえ。

 ストーンイーターのナタは斬撃ってえよりもほぼ打撃だ。刃も痛んでやがるし、多少鋭利な平たい鉄の棍棒みたいなものだ。

 とても旦那から貰った鎧を通すような打撃じゃねえのも理解した。

 だが頭じゃ理解しているが、そいつがとんでもない速さの連撃で襲い掛かってくるとなると心に刻まれた恐怖が打ち消せねえ。そいつは長年戦場に立って培った安全弁だ。だから反射的に機能する。

 

 半歩どころか足の親指一つ分ぐらいしか前に出れなくなった。

 

 ストーンイーターはどうしても俺を傷付けられず、イラ立ちの咆哮を上げながら、さらに連撃の速度を上昇させた。もはや嵐だ。嵐の雨粒の一つ一つが鉄塊になったような中をジリジリと進む。

 

「だらしないなぁ、オルやん……オルやん程度でもそろそろその程度のスピードなら見切れるでしょ?」

 

 ティーヌ大先生の無遠慮な声がした。

 

「見切れるか!……だが俺程度でも斬撃が俺に通じねえのは理解した。でもよぉ、なかなか思い通りに足が出ねえの!」

「理解したなら、進めば良いじゃん」

「それができりゃ、苦労しねえよ!」

「私に殺られた時を思い出しなよー……私、猿よりは速いから……あの時は平気で突っ込んで来たよねー」

 

 いや、アンタのは速過ぎてビタイチ見えねえの!……視覚的な恐怖は逆に感じねえから!

 

「そんなザマで強くなりたいって……漢に二言は無いんじゃなかったー?」

 

 チクショウーが!……やってやらぁ!

 

 恐怖を噛み殺す。

 腹を決める。

 ナタを無視して突進する。

 唐突な動きの変化に戸惑い、ストーンイーターは連撃のテンポを乱した。

 何かに吸い込まれるようにすんなりと巨体の懐に入った。

 そのままトゲトゲ盾を突き出す。

 盾のくせに異様な殺傷力をもったそれは抵抗を試みたストーンイーターの右上腕の内側を切り裂き、同時に腹を深く抉った。

 鮮血が噴き出す。

 さすが魔法の武具だけあって汚れもしねえ。

 全く知性を感じなかったストーンイーターの顔が驚愕に歪んでいた。

 どれだけ殴っても俺を倒せなかった理由よりも、自身が傷付いたことに驚いたようだ。

 何かを叫んでいやがるが、言葉も理解できねえ。

 いったんバックステップして、再度突進する。

 エグい盾だ。灰色の体毛を貫いた盾のトゲトゲが蠢き、ストーンイーターの分厚い筋肉を咀嚼するように噛み千切りやがった。まるで生き物だ。

 

 ストーンイーターの怒りの咆哮が悲鳴に変わる。

 

 明らかにデンガロは怯んでいた。

 身長は倍とは言わねえが、体積は確実に3倍以上ある亜人が比較すりゃかなり小せえ俺に怯えを見せるとは……

 今度はバックステップせずにそのまま盾を押し込む。

 まるで何かの牙だった。

 デンガロの腑まで食い込んだ牙がトドメを刺そうと臓腑を抉り回した。

 

 ようやっと盾の銘が腑に落ちる……『腑喰らい』……銘そのまんまの性能を発揮しやがった。楕円形の奇妙な見た目も何かの悍ましい口を模したものだと理解した。

 盾を引き抜くと凄まじい血臭に混ざって酷い悪臭が漂う。

 ドボドボとストーンイーターの臓腑が大地に溢れた。

 デンガロの振りが緩慢になったナタが俺を襲うも、もはや恐怖を感じることはなかった。

 膝から崩れる。

 そのままうつ伏せに地に落ちた。

 

「……勝った……」

「勝ったじゃないからねー……完全に武装ありきでしょ、これじゃ」

 

 まるで何事も無かったかのようにティーヌ大先生が俺の前に割り込み、肉塊と化したデンガロの巨体を掴み上げ、そのまま城壁に方向へと放り投げた。

 

 遠くで上がっていた歓声が悲鳴に変わる……そりゃ、そーだ。

 

「ゼブルさんに蘇生してもらったら、またやるからねー……今度は盾無し、剣無しにしよっかなー?」

「はぁ?……いくらなんでも素手じゃ無理だぜ、あんなバケモン。まぁ、この鎧があれは負けはしねえだろうけど」

「そっかなー?……少しは力が上がってないかなー?……私の時は直ぐに実感できたけどなー」

 

 言われて初めて冷静になり、グッと拳に力を込めてみた。

 なるほど確かに力が上がったような気がする。調子に乗って、その場で屈伸してみれば、なんとなく全身が軽くなったような気もした。

 ダッシュし、急停止し、再度ダッシュする。

 

 うん、こりゃ、確かに軽くなった……よな?

 

 屈み込み、ジャンプして、それまで見たことのない視野を経験した。

 高いね、こりゃ……間違いない。

 間違いなく、身体能力は上がった。

 しかも考えられねえレベルで……兵士長の嬢ちゃんが味わっていたのはこの感覚かよ……凄えな、マジで……

 

「極めりゃ、アンタの領域までいけるのか?」

 

 歓喜に塗れる俺を見て、ティーヌ大先生がニヤニヤと笑っていやがった。

 しかし旦那の配下は笑うと凶悪な面になる奴ばかりだぜ。

 でも、まあ、気持ちは解る……笑われても不快さは無え。

 何年も経験を積んで初めて実感できる成長がたった一戦で手に入ったって経験は、ティーヌもジットの野郎も経験済みってこった……今体験している驚きを知っているわけだ。

 

「さーね、それぞれ方向性が違うみたいだしねー……でも、いろいろと新鮮な力が手に入るのは間違いないかなー……私もジッちゃんも基礎的な身体能力以外に新しい力も手に入れたから、それは間違いないんじゃないかなー?」

「感謝するぜ……人間辞めて、良かった」

 

 人生……いや、人間辞めたから、なんて表現すりゃ良いんだ?……まあ、とにかく数年振り、いや十数年振りに素直に頭を下げた。

 

「感謝も忠誠もゼブルさんに向けるべきだよ……私は自分の全てを捧げる為に寿命と老化が邪魔だったからね。人間なんてものに一切未練はなかった。それはジッちゃんも同じじゃないかな?」

「ティーヌの言う通り、わしもゼブルさんに拾われて、新たな道を進み始め、それまでの自身の矮小さが身に染みておるわい。あの御方は愚かなわしらを導いてくだされる。同じ悪なら、より大きな悪へとのう」

 

 ジットの言葉に常になく神妙な顔付きでティーヌが頷く。

 俺にはまだ理解できないが、旦那に感謝する気持ちに偽りはねえし、忠誠は誓ったばかりだ。いまさら忠誠の対象を切り替える気はさらさら無えし。

 ただコイツらの言う「悪」ってえのが、旦那からは微塵も感じねえ……見たことのねえ能力を持っているのは間違いねえけど、どちらかと言えば「悪」って言うより唯我独尊って印象だけどなぁ……

 

 城壁までの道程を軽くなった足取りで一歩一歩踏み締める。

 兵士長の嬢ちゃんを従えた旦那が笑って出迎えてくれた。

 その足下でストーンイーターのデンガロが肉塊から亜人に戻っていた。

 

 信仰が確立される場面を見ることなんざ、この先の終わりのない悪魔の生涯でも経験できないかもしれねえ。

 

 城壁上の群衆が跪き、旦那に祈りを捧げていた。

 兵士長の嬢ちゃんが凶眼を旦那に向けている。

 何があったのかは理解できる。

 どうやら方針を変えたらしい。

 俺がホバンスの路地裏で経験した出来事をそのまま衆目に晒したようだ。

 




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