死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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45話 弱者の闘争

 

 メッセージに即座に反応があった。

 どうやらアインズさんは元気で、暇を持て余しているらしい。

 

「どうですか、そっちは?」

「今のところ極めて順調ですね……想定以上の成果ですよ」

「なんでも聖王女が賓客としてカルネに来るんですって?」

「なんか、話の成り行きで……そんな結果になりました。まっ、為政者としては聖王女陛下よりも天才姉妹の妹の方がはるかに重要なんで、そこはキッチリ囲い込んでますからね。実質的には属国……まぁ、表向きは同盟国ってことで落ち着きそうですね」

「いいなぁ……俺もそっちに行けば良かったかな?」

「いやいや、絶対支配者がそうそう他国に出向いちゃダメでしょ……アベリオン丘陵一帯を手に入れて、完全に支配下に置くまで待って下さい。あっ、そういえばこの前話した変な戦士以外に女の聖騎士を手に入れましたよ。元聖騎士団団長で、天才姉妹の姉です」

「聖騎士ですか……なかなか俺と相性の悪そうな人材じゃないですか?」

「多分、アインズさんの言う通り相性悪いでしょうね。俺とも悪いし」

 

 小さく笑うと、アインズさんも笑った。

 

「あー、それにしても、実際にやってみると王ってつまんない役回りですね……最後方で、でーんと構えて、良きにはからえなんて……俺もゼブルさんみたいにフットワーク軽く各国を回りたいですよ」

「でも、アインズさんがそうやってくれているから、配下は色々とやれるわけなんですよ。俺にしても、デミウルゴスにしても、アルベドにしても」

「そうは言いますけどね……まあ、たしかにゼブルさんの言う通りなんでしょうけど……やっぱり留守居役は暇を持て余しますよ……せっかく育て上げたティーヌが無双するところとか見たかったなぁ……ゲーム上じゃなく、マジモンのリアル無双ですよ。なんかワクワクしちゃうじゃないですか?」

「そりゃ、そーですけど……てゆーか、俺もナザリックに突っ込んだ時にPOPモンスター相手ですけど、全力力技無双やりましたけどね。それに竜王国でも……」

「あっ、それ、どっちも見てないんですよ……ナザリックの時は帝都にいたんです。まあ、俺も法国の『陽光聖典』相手に無双らしきことはやったんですけど、自分でやると第三者的な視点で見れないじゃないですか?」

「まっ、後で映像データを送りますから、それで確認してくださいよ」

「いや、そうじゃないんだよなぁ……やっぱ無双は生観戦でしょ」

「いや、スポーツじゃないんですから」

 

 それから与太話を散々やり取りした後、唐突にアインズさんが言った。

 

「……でも、なんでゼブルさんは外交っていうか、国に限らず他人の心の動きとかを読めるんですか?」

「読んでるわけではないですよ。超能力者じゃないんですから……まっ、リアルの経験が多少は活きている程度だと思います」

「えっ?……でも社内でもほとんど人がいない部署の内勤でしたよね?」

「人がいない部署じゃなくて、俺だけの為に作られた部署ですよ。今時、数理なんてAI任せで、再チェックや基礎設計までAI任せですよ。人間の平社員ごときがしゃしゃり出る幕はありません。だから俺の上は担当役員しかいませんでした。しかも数理畑の人間じゃなく、総務担当です……看板は数理でも実態はありませんからね。実態の方は専門会社に外注していましたし……俺の役目はせいぜい窓口です。じゃ、なんでそんな無駄な部署を作ったのかと言えば、会社として俺の親に取り入る為です。だから俺を溺愛していた母親が出した条件に会社が無理矢理合致させて、作り上げた部署なんです。当然、俺は社内じゃ腫れ物です。同僚なんて見たこともないし、上司も担当役員のみで……まあ、毎日毎日出勤して、退勤することだけが俺の仕事です。中身のある仕事なんてしたことはないですね……でも、そんなお荷物でも面会希望者のアポイントだけは社の内外問わずに山のようにありました。他にやることもないので、体調が悪くない限り会いました。表向きは違う名目でも多かれ少なかれ父親に対しての陳情やら、一族の関連会社とかに対する紹介希望とか……まあ、裏の事情が透けて見えるような内容の話ばかりで……最初は辟易していましたけど、それでもやる以上は楽しもうって考えて……俺がいた会社の利益に繋がるのであれば一枚噛ませたり、会社が関係ないような話であれば一族の誰に話を繋げるのが最良なのかを考えたり……要するにゲーム感覚です。リアルじゃ、そんな事ばかりやっていましたからね。それで面会者が喜んでくれるななら、やった甲斐はあるかと」

「……なんだか難しそうですね」

「そんなことはありませんよ。ただ他人の話から脚色を排除して、シンプルに受け止めていただけです。面会自体は多いと言っても1日に2、3件が体力的に限界でしたし」

 

 そういう意味では父も母も大叔父に当たる社長もなんで俺の顔を売ろうなんて考えたのか、今考えても不思議だ。実家の後継者には兄がいるし、兄にもしものことがあっても、予備として姉か姉の旦那がいる。

 俺に未来があったとも思えないし……まあ、ちょっとした切っ掛けでいつ死んでも不思議ではなかった。

 おそらく現在のリアルでは俺は死んだことになっているのかもしれないけど……あるいは意識不明で管に繋がれているのかも?

 でも誰も違和感は感じていないだろうなぁ……

 母親がほとんど部屋に常駐状態だったとはいえ、就職を契機に一人暮らしが許されたのも不思議といえば不思議だ。

 

「……だから利害関係の調整なんて、俺よりも若いはずなのに理解できちゃうんですね?」

「そんな大袈裟なものじゃないですよ。世の中、全てがバーターって理解しているだけです。たとえ何もしなくてもそこに入り込む隙はいくらでもありますから……転移で得た力を使えば、お気楽なもんです」

「こっちに戻ってきたら、コツを教えて下さいよ……魔導国内の裁判とかで凄く役立ちそうじゃないですか?」

「コツ、ですか?……そんなものはありませんよ。でも、まあ、一緒にエルダー・リッチ達じゃ解決できなかった裁判の仲裁でもしてみましょうか?」

「そうですね。お願いします。なんかカッコいいじゃないですか……大昔のテレビ番組の勧善懲悪裁判劇みたいで……ちょっとライブラリーで見て、ロールプレイの練習でもしようかな?」

「あっ、良いですね……『静粛に!』とか言っちゃうやつでしょ?」

「違います……俺のイメージでは『このモンドコロが目に入らぬか!』って言ったら、全員が『ハハッー』って平伏すヤツです」

「それって、裁判ですか?」

「よく知らないですね……でも江戸時代の刺青の裁判官が身分を隠して、市民として市井の悪の証拠を掴むヤツだったような?」

「モンドコロって何ですか?」

「さすがに江戸なんて大昔の細かい知識はありませんよ。でも大筋そんな感じだったような気がします」

「まー、そうですね。リアルのAI裁判じゃドラマになりませんからね……法廷劇も証拠集めまでが山場ですから……一審制で確定判決までどんなに長くても1時間程度じゃ、ドラマにならないもんなぁ……大昔はカッコいいポーズ決める裁判官とかいたんでしょうねぇ」

「「楽しみですねぇ」」

 

 気分は裁判官……俺は法衣に木槌で、アインズさんは和装にモンドコロのイメージらしい。裁判官なんて絶滅して久しい過去の職業のイメージは様々だ。

 久々のアインズさんとの長話はこの後も弾んだ。

 

 目的まではあと少し。

 

 もうすぐ帰国が見えていたので気が抜けていたのかもしれない。

 

 俺達が魔導国の土を踏むのはまだまだ先だった。

 

 

 

 

 

 

 

 最初に違和感を感じたのは亜人軍の一部が他と連携しなくなったように見えたからだ。

 次に違和感を感じたのは視線だ……誰かがこちらを見ているような気がして仕方ない。しかも攻性防壁が機能しない以上、純粋に光学的な監視だ。ただ遠くから俺達を観察しているように感じていた。眷属の警戒網を掻い潜ってとなると、かなりの手練れで間違いない。ざっくり2キロメートル以内ならば必ず警戒網に引っ掛かるはずなのだが……現地勢ならば相当な高レベルが想定されるし、未知のプレイヤーならばこちらが行動に気を配る必要がある。

 そして決定的なのは目の前にいるこいつらだ。

 アインズさんに王国から魔導国に鞍替えしたと聞いたアダマンタイト級冒険者チーム『青の薔薇』の面々が、どういうわけか聖王国くんだりまで遠征してきていた。顔見知りであり、人柄的に嫌いなわけではないが、どうしても煩わしい連中なのだ。なにかと無闇に突っ掛かってくるし……

 

 目の前で青薔薇の双子とレメディオスとオルランドの配下の聖王国コンビが睨み合っていた。ティーヌはガガーランを揶揄い、イビルアイとジットは無表情と仮面で見つめ合っている。

 そして俺の正面で笑っているのか怒っているのか判然としない笑顔で重度の厨二病患者が佇んでいた。

 

「……んで、どうしてここにいるんですかね、ラキュースさん?」

「魔導国から、ある依頼を受けたのです……簡単な内容の依頼ですけど、アダマンタイト級であり人間であることが必須であり、政治的に失敗は絶対に許されない案件……貴方達も『漆黒』も出払っているので、条件を満たしているチームは私達だけ……半ば魔導王陛下に強引に引き受けさせられた、とでも言った方が正しいと思うわ……副王様」

 

 青薔薇の中では比較的俺に好意的だと思っていたラキュースさんが珍しく瞳の奥に怒りを隠さすに見せつけていた。

 

「……なんで怒っているんですかね?」

「怒る?……そんな表現じゃ生易しいと思うんですけど……貴方は自分が何をやったか、理解しているんですかっ!」

 

 ???……マジで解らない。

 

「えーっと、俺、何かしちゃいましたかね?」

「本当に自覚が無いんですか?」

 

 緑の瞳で怒りの炎が揺らいだ。

 そして大きく息を吐く。

 怒りが失せ、呆れ顔のラキュースさんが目の前にいた。

 

「……まったく、鋭いのか鈍いのか……本当に困った人ですね」 

「説明してもらえるとありがたいんですけど……マジで解りません」

「聖王女カルカ・ベサーレス……私達は彼女の移送の先導役として、ここに派遣されました……それで解りませんか?」

「解りませんね……何か拙いことでも?」

 

 マジで理解できない……先方が申し出たことをそのまま承認した。

 俺がやったのはそれだけだ。

 聖王国人ならばともかく、王国貴族のラキュースさんが怒る理由は全く思い当たらない。まして冒険者としては魔導国に移籍したのだ。

 どんな問題があるのか……?

 

「逆に聞きますけど、拙くないことがあるとでも?」

「ビタイチ思い当たらないんですけど……」

 

 ラキュースさんの呆れ顔がさらに一段ランクアップした。

 なんか失望されているような気がするのは気のせいか?

 

「こうなった経緯は知りませんけど、いったいどんな交渉でそんな結果に至ったんですか?……第三者からどうな風に見られると思っているんですか!」

「どんな風にって……」

 

 視線を巡らす。

 そこに良い人材がいた!

 

「おーい、レメディオス」

 

 双子の相手をオルランドに押し付けて、レメディオスが颯爽と馳せ参じた。

 

「お呼びでしょうか、ゼブル様」

 

 聖騎士と武装神官が対峙していた。

 2人とも凛とした美女……絵面としては様になっている。

 

「こちら有名なアダマンタイト級冒険者チーム『青の薔薇』のリーダーであるラキュースさんだ。このレメディオス・カストディオは元聖王国聖騎士団団長で、現在は俺に仕えている……で、ラキュースさんに聖王女陛下が魔導国に賓客として迎えられる切っ掛けとなった出来事を、当事者であるお前の口から語ってやってくれ」

 

 一瞬だけレメディオスは泣き出しそうに顔を歪めたが、俺の命令に逆らうことはできない。

 やがて意を決したのか……レメディオスは大きく息を吸うと、淡々と事実だけを語り始めた。もちろん口外することを許されない部分は削除して。

 

 ラキュースさんはレメディオスに呆れ顔を向け、その後俺には盛大に大きな溜息をぶつけた。

 

「2人ともどうかしているわ……やったことも信じられないし、それをこんな形で許すのもどうかと思う。そして……」

「そして?」

「それをレメディオスさん自身に語らせるなんて、最低最悪だと思います!」

 

 ええーっ!……じゃ、どうすりゃ良いのよ、俺?

 

 気付けば、ラキュースさんが自分よりもデカいレメディオスの肩を抱いていた。さらには双子もガガーランも俺に呆れるような視線を向けている。

 ジットとオルランドはそっぽを向き、ティーヌはニヤニヤ笑っていた。

 こうなると仮面のイビルアイはありがたい。

 仮面の裏はともかく、嫌な視線は感じなくて済む……と思っていた俺は人生経験の少なさを痛感していた。

 

 うん……アインズさんに偉そうなことを言っている場合じゃないね。

 利害を無視した話はからっきしだ、俺。

 

「……謝れ、ゼブル……この場ではそれが正解だ」

 

 何に謝るのよ!

 教えて、イビルアイ!?

 

「このままでは奇跡的に良好さを保っていたリーダーのお前に対する好感度が駄々下がりだぞ」

 

 沈黙すること約10秒……俺は転移して以来初めて単純に謝罪した。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 何故、剣を選んだのか?

 答えは簡単だ……そう強制させられたからだ。

 それ以外に選択肢は無かった。

 そうしなければ殺されていた。

 その結果、そこそこの力と地位を手に入れた。

 

 あのまま虚な弁舌で身を立てようとしても、今となっては不可能だったことは理解している。人に誇れるような学も無く、人心を掌握できるような話術でもない。それこそ大した身分でも無く、格差を乗り越えるような意志すら持っていなかった。誠心誠意向き合うどころか、身を立てる為の努力すらしていなかった。怠るどころでなく、純粋に「していなかった」のだ。

 要するに下の者を見下して、悦に浸っていただけのゴミ屑だ。

 下と思い込んでいた者に実力者がいれば怯む。

 実力で脅されれば簡単に折れる。

 エドストレーム然り、ティーヌ然り、魔導国のアンデッド衛兵然りだ。

 

 恐怖が労苦を乗り越えさせてくれた。

 他者の気持ちを知ることの重要さを学び、現在の地位を得た。

 あくまで結果的にではあるが、思えばあのバケモノ女は恩人だ。決して面と向き合って感謝の言葉を述べたいわけでないが……

 

 そのバケモノ女が目の前でニヤニヤと笑っていた。

 

 どうして?

 

 単純な疑問が頭を駆け巡っている。

 身分を偽り、部下と共に聖王国に入国し、激戦地に向かったはずだった。

 亜人に恨みを抱く王国出身の傭兵団……そんな設定だ。

 団長役は年嵩の信仰系魔法詠唱者だ。

 フィリップは傭兵団に2人しかいない前衛職……そういう役回りだった。

 聖王国としても魔法詠唱者9名中、第三位階に到達している者が8名も在籍している戦力は重要なはずだ。だから背後関係の確認もそこそこに高額報酬で即座に雇い入れ、こちらの希望通り最激戦区に案内してくれたのだ。

 そこに魔導国からの援軍がいると聞き及び、その中に魔導国副王が存在していると知った。聖王国軍の内部で「神の御使を従える、真の神である」とほぼ全ての者が信じているような状況でもあった。

 

 ……何をバカな……

 

 噂や虚言の類だと思いつつも魔導国の援軍と呼ばれる者達の信じられないような戦果を聞くに至り、傭兵団として面会を申し込んだ。

 フィリップの知らない成長に関する秘密を知っている可能性も考えたのだ。自分自身の成長が頭打ちである自覚を感じつつあったのも、フィリップに素早い行動を促した。

 

 トントン拍子にことが運び、魔導国の一党が控室として与えられているという砦の一室に招かれた。木製の扉からしてフィリップ達の与えられた部屋の簡素なものと違う。階層も高層にあり、広さも、快適さも段違いであった。

 

 ……なんだ、この差は?

 

 イラ立ちつつも異様に目付きの悪い従者の娘に面会の約束を伝える。

 すんなりと通された先で、魔人が笑っていた。

 魔導国副王の腰掛ける立派な椅子の右手に、神の御手で作成されたものと説明されても疑問を抱く余地すらない白銀の鎧姿でティーヌが立っていた。

 視線が絡み合ったのは一瞬。

 だが見間違えるはずもなかった。

 

 即座に顔を伏せた。

 嫌な汗が背筋を伝う。

 団長役の魔法詠唱者と、男なのに異様な美貌を誇る副王が会話していたが、もはや内容は耳を素通りしていた。

 緊張で頭が混乱していた。

 どんなに願っても時間が進まない。

 和やかな雰囲気の中で、フィリップだけが汗塗れになっていた。

 磨き上げられた床に汗粒が落ちた。

 顔を伏せたまま汗を拭うも、その動作すら恐ろしくて堪らない。

 

 現実逃避の時間は果てしなく続く。

 そもそもどうしてティーヌがここにいる?

 その答えは極めてシンプルなのだろう。

 副王の横に侍っていることを考えれば、あの女はシュグネウスの一党ではなく魔導国の手の者なのだ。

 道理でスポンサーであるシュグネウスの発言権が弱かったわけだ。

 妙に納得させられてしまう。

 そして……それは即ち敵であることを示していた。

 いや、フィリップが生涯を費やして打倒すべきと考えてる者達の一部だ。

 第一にバハルス帝国皇帝……これは揺るがない。

 第二にアベリオン丘陵で39名の部下を殺したヤルダバオト。

 第三にヤルダバオトが「さる御方」と呼んだ上位者。

 そしてカッツェ平野で帝国に与した勢力……魔導国に竜王国に南方のビーストマン国家……それらに連なる者達。

 

 その中に自身を育て上げた笑う魔人がいる。

 皇帝ジルクニフやヤルダバオトに比べれば優先順位は低いとはいえ、敵性勢力の一員なのは間違いない。

 フィリップははるかな高みから見下す者を打倒しなければならなかった。

 相手が衰えるのを待つか、自身が高みに登るか……単なる人間でしかないフィリップの時間は限られている。そうでなくとも他に優先すべき敵は多く存在していた。つまり何もせずにティーヌが衰えるのを待つ選択肢は無い。強くなって無駄になることなどない。

 

 ……私は強くならなければならない。その為には遠回りなどしている時間は無い。どんなことでもやってやる。たとえ敵の靴を舐めるようなことになっても、私は強くなる。

 

 決意を固める。

 スーッと汗が引き、呼吸が落ち着いた。

 顔を上げると依然として魔人は笑っていた。

 

 再度視線が絡み合う。

 

 僅かに口角を上げた魔人に、軽く黙礼を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 魔人は「神の御使」と崇められ、周囲から敬意を集めていた。

 そして「神の御使」を従える男は「神」と崇められているようだった。

 同じ援軍でも扱いには天地の差があった。

 まるで祭りだ。

 たった5人の援軍でありながら、聖王国軍の全兵士達の信頼を得ているらしい。彼等が歩けば敬礼だけでは済まず、祈りを捧げる者も多かった。

 

 人垣の中を当然であるかのように副王が歩いていた。控室の前に積み上げられた花々の中から気まぐれに手に取った青い花が一輪……香りを嗅ぐ姿が見事に様になっていた。

 深く礼をする団長役の頭越しに副王は何故かフィリップに微笑んだ。 

 その向こうでティーヌが笑う。

 背筋が凍り付く。

 さらに目付きも悪く、顔色もドス黒い法服姿が一瞥した。

 単純に恐ろしい。

 つぶらな瞳が浮いている筋肉ダルマに、いかにもな女聖騎士が続いた。

 そして犯罪者のような目付きの従者の娘が続く。

 極めつけは殿を進む凶悪を絵に描いたような猿の亜人。

 近くを通るだけでも恐ろしい。

 だが聖王国軍は諸手で彼等を賛美し、祈りを捧げている。

 

 魔導国の一党は無人の野を進むがごとく、亜人の軍勢に向かう。

 特に何かをするわけでもなく、ただ進む。

 それだけで亜人達の混乱し、進む先では次々と潰走が始まる。

 亜人達は抑えきれない恐怖で戦意を維持できなくなっているのか?

 そこに砦からの矢の掃射が襲い掛かり、その被害はバカにならないものになっていた。恐慌状態に陥った一部の亜人が城壁に取り付くも、煮えた油を浴びせられ、絶叫を響かせながら地に落ちていった。

 

 魔導国の一党が作り上げた混乱の中、フィリップ達は聖王国軍と共に前進していた。

 

 ただ進むだけで総崩れ……たしかに「神の一党」と呼びたくもなるな。

 

「神が作ってくださった機会を無駄にするな!」

 

 聖王国軍の発する号令に従い、フィリップはたった一人の前衛職の部下を引き連れ、亜人軍に突撃した。

 2人とも魔法で強化されている。王都で手に入る最上級の魔法の武具で身を固め、後方には信頼できる信仰系魔法詠唱者が控えている。万全の体制だ。

 

「とにかく狩れるだけ狩れ、良いな!」

 

 部下は頷き、目の前のゴブリンの首を刎ね、そのままオーガの振った棍棒を掻い潜り、その腹を抉った。

 フィリップは抜け目なく即死しなかったオーガの首を左腕と肩ごと斬り飛ばす。そのまま乱戦に突入し、落下の力を利用しながらゴブリンを両断した。

 逃げ遅れたゴブリンとオーガを狩れるだけ狩り、そのままチラリと魔導国一党の進む先を確認し、進路を馬の脚を持つ亜人の方へと切り替えた。

 

 聖王国人達が「ホールナー」と呼ぶ亜人の部隊は弓と矢筒を背負い、手には短槍を持っていた。まるで馬の無い騎兵隊だ。

 一撃離脱を信条としているのか、彼等の部隊は凄まじい速度で魔導国一党に襲い掛かるも、接触直前に一転して悲鳴を上げ、大慌てで逃げ出そうとする者が続出し、副王の周囲は大混乱となった。

 副王は青い花を持ったまま、ただ歩き続けているだけだった。

 

「かかれ!」

 

 聖王国軍が突撃する中、フィリップも部下を引き連れ、突撃に加わる。

 とにかく脚を斬り付け、移動力を封じ、次々とトドメを刺す。

 部下もフィリップに倣う。

 やがてフィリップのやり方に学んだ聖王国軍も同じような行動に出た。無闇にトドメを刺そうとするのでなく、まず驚異的な移動力を封じた。

 ホールナーの部隊も全体の3分の1を失うと、次々と潰走を始めた。さすがに脚力を残したホールナーには追いつかない。城壁からの矢の援護の外に出ると、彼等は体勢を立て直すこともせず、後方に退がっていった。

 

 魔導国一党の進路ではとにかく亜人は混乱する。

 この事実に気付いたフィリップはとにかく彼等の後を追った。

 豚の頭を持った亜人。

 刃を生やした蟲の亜人。

 ウナギと蛆の間の子のような亜人。

 ネズミの亜人。

 蛇の亜人。

 次々と亜人部隊を撃破する。

 連戦の割にリスクは低い。

 なにしろ敵が最初から混乱しているのだ。

 

「なるほど……奴が神と呼ばれるわけだ」

 

 フィリップは納得しつつも、利用できるのであれば全てをしゃぶり尽くすつもりだった。いずれ打倒すべき敵ではあるが、あの男が敵となることを考えてもなお、やはり今は力を得る為に利用すべきなのだ。皆目見当のつかない正体不明の技ではあるが、副王ゼブルは確実に敵を混乱させる術を持っている……これが成長の秘術かもしれない。フィリップはそう当たりをつけ、丹念に観察したものの、技の正体の一端すら掴めなかった。

 

「秘密を探る為にもっと懇意にすべきか……あの女は厄介だが、副王の技は素晴らしいの一言だ」

 

 興奮状態の部下が蛇の亜人の首を刎ねる様を眺めながら、フィリップは脳髄が冷えていくのを感じていた。表層は殺戮と血臭に興奮しているが、頭の芯は極めて沈着に次の行動を考えていた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

「……アレか?」

 

 奇妙な一団を発見した。

 そして観察を続ける内に彼等を中心に事態が推移していることを知った。

 指輪の能力を駆使して観察を続けたが、奴等が何をしているのか見当がつかない。

 何故、接近した部隊が攻撃を加える前に総崩れになるのか?

 崩れるだけなく、唐突に潰走し始め、突撃する後続と衝突し、混乱に拍車が掛かっていた。

 誰一人まともに攻撃を加えられない。

 いずれにしても固有の技なのだろうが、初見の武技か、あるいは魔法か?……それすらも判別できなかった。

 

 ……問題は俺に通用するか、だな?

 

 人間の間では名のある戦士を幾人も屠ってきたが、あんな技は見たことがない。当然、受けたこともない。

 

 ただ歩いているだけ……それで、どうして、あの結果に至るのか?

 

 その原理なり理由なりの一端でも掴めれば、仕掛ける価値も生じようが、現状ではただ危険なだけだ。

 観察を続けても疑問は解消せず、膨らむばかり。

 当然の帰結として、ある疑問に至る。

 周囲を固める5人というか、バケモノのような形のストーンイーターの問題児も含めて6人には影響が無いのか?

 

 おそらく影響は受けないのだ。

 あの奇妙な技の影響を排除できる秘密があるのだ。

 だとすればストーンイーターから秘密を聞き出せるかもしれない。

 数日前にヤルダバオトが「牧場」から送り出したのは知っていたが、何の因果か人間側で戦っているらしい。ヤルダバオトに命じられたのか、それともあの一党に敗北して従ったのか……いずれにしてもストーンイーターはあの技の間近で影響を受けていないように見えた。

 

 あれは……「白老」でも手を焼く問題児……名はデンガロだったか?

 

 いかに他種族とはいえ、あれだけの目立つ形ならば記憶に残っている。王を目指すのは良いが頭が壊滅的に弱い。その上で力だけならば「白老」よりも強い。もう少しでも知恵が回れば「白老」が後見に回って、奴が王となることも可能だったかもしれないが……着いて行く同胞がいないのでは、どれだけ強くても王を目指すのは無駄というものだった。

 

「しかし取り込むなら奴だ……ヤルダバオトの特命でも受けていない限り、問題無かろう」

 

 バザーが「牧場」を出るに際して、ヤルダバオトには特段何も言われていない……注文も制約も無い、と考えて間違いないだろう。あのヤルダバオトが意味もなく「牧場」から出ることを許すわけもないが、特に指示がない以上、現時点では「自由にして良い」と同義だ。

 

 風に銀色の体毛を靡かせていたバザーは大岩を降り、陰に身を隠した。

 眼前で直衛のバフォルクが10名、バザーの指示を待ち構えている。

 

 気まぐれからか……いや、ヤルダバオトに限って気まぐれなどということは考えられないが……唐突にヤルダバオトから得たチャンスは十二分に活かすべきだった。バザーは「牧場」外に出た瞬間、即座に配下をまとめ直し、バフォルクだけを規定路線から逸脱させた。選りすぐりで直衛100名を選出し、それ以外は元に戻したが、別途全隊に情報収集するよう密命も下した。

 

 その結果、辿り着いたのがあの奇妙な技を使う男の一党だった。

 

 そして……あの女戦士……殺り合いたい……この手で殺したい。

 

 ゾクゾクする。

 むしろ当初の目的はあの女戦士だった。

 そこから奇妙な技の男に辿り着いた。

 女戦士はどう見ても技の男の側近だった。

 つまりあの男の方が強い……あくまでバフォルクの感覚であれば、だが。

 人間は上に立つ者が強いとは限らない。

 だがあの男には奇妙な違和感を感じる。

 動きはお粗末……少なくとも戦士ではない。

 佇まいは明らかに強者。

 ……魔法詠唱者なのだろうか?

 しかし少なくとも観察を続ける中で魔法を行使したことは無い。

 戦争中だろうに……どういうことなのか?

 

 顔を上げれば、部下達が指示を待って傅いていた。

 

「……そうだな、考えるのは何時でもできる……貴様ら、あのデンガロとか言う大猿だけをなんとか誘導して俺の前に連れて来い!……どんな手段……いや、彼奴は阿呆だ。直接交戦して負けの演技でもして見せろ。そうすれば阿呆は追撃しようとするだろう」

 

 命令を下した途端、配下達は駆け出した。

 

 強いとはいえ、あの大猿は阿呆だ……力は互角以上でも簡単にハメられる。

 「白老」の仕掛けた同じ罠に何度もハマり続けたような阿呆なのだ。

 劣勢を演出すれば、簡単に調子に乗る。乗せ過ぎると力そのものは極めて強力なだけに厄介だが、そこで生じる隙を突けば簡単に優勢を作り上げられる。一度優位を作っても逆転させないのも至難の業だが、そこは愚か者だけあって、事前のルールで丸め込めたりする。しかも何度繰り返してもその事実に辿り着かないのだから……ハメる方としてはお気楽なものだ。「白老」自身の力が衰えるまで地位は安泰だろう。

 「牧場」ではバザーの目の前で何度も「白老」と殺り合っていた。

 単純な力では「白老」を圧倒していたこともよく知っている。

 バザーならば倒し切るのは不可能でも互角に凌ぐ程度には戦えると確信がある。通常であればストーンイーターの奥の手である「石吐き」には絶対に油断できない。だがデンガロの場合は「石吐き」以上に通常の打撃が強烈なので、むしろ「石吐き」のタイミングは絶好の狙い目だ。

 それをよく知る「白老」のハメ手の正体でもある。デンガロは「石吐き」の為の「溜め」が「白老」に狙われていることに全く気付いていないのだ。デンガロからすれば種族固有の最強技である「石吐き」でトドメを刺すことに意義を覚えているのかもしれないが……

 

 対処法は把握している。

 

 残された問題は部下があの男の技を掻い潜れるか……その一点だ。

 

 バザーは再び岩の上に立った。

 

 

 

 

 

 

 

 槍を持ったバフォルク達が唐突に岩陰から現れた。

 おそらく待ち伏せなのだろう。

 しかし強襲するわけでもなく、彼等は一定の距離を保ち、魔道国一党の前で挑発を繰り返していた。口々に「猿!」とストーンイーターを揶揄する言葉を発していることから狙いは明白だ。

 この広い戦場で唯一聖王国側で戦っている亜人が許せないのか?

 いや、違う……それにしては行動が執拗過ぎるし、リスクに対してリターンが見合わな過ぎる。

 バフォルク達も彼等が待ち伏せした敵が戦場で最も危険であることを承知しているはずなのだ。その危険を犯してまでもストーンイーターを挑発する必要があるということだ。

 何らかの理由によって、デンガロを引き摺り出す必要があるのだ。

 

 デンガロは腹が立った。

 でもバフォルク達の狙いに乗らなかった。

 いや、乗ることが許されなかった。

 主人を一瞥した瞬間に理解した。

 

「勝手に動いたら……罰を受ける」

 

 視線だけで動けなくなる。

 身体が硬直する。

 恐ろしくて堪らない。

 デンガロの生涯において痛みを恐れたことなどなかった。

 だが主人から与えられる罰の痛みには耐え切れない。

 自身に痛覚があることを呪ったほどだ。

 

 加えて、デンガロにとって慈父のごとき主人の主人の歩みは止まらない。

 ただ前進を続ける。

 自身はそれに従うのみ。

 主人がその主人に従う以上、自身が勝手に動けるはずもない。

 

 デンガロの理解する世界では主人の主人が至高だった。

 次いで主人とヤルダバオトが同格である。

 その下に主人に従う妙な格好で凶相のオカッパ頭は気配で自分以上と理解していた。ほぼ会話はしたことがないが、傷を治癒してもらった恩もある。だから勝手にやや上位者として扱っていた。

 そして自身。

 自身の下に主人の同輩であり、デンガロと死闘を繰り返している人間の男女2人。

 さらに小間使いのような人間の娘。

 その下に小狡い「白老」がいて、それ以外は有象無象だった。

 

 その有象無象のバフォルクごときが上位者である自身を揶揄するなど許されることではない。

 懲罰を加えるべきだが、主人は許さない。

 主人の主人である絶対者が歩みを止めないからだ。

 

 果敢にも挑んでくる亜人の部隊は数を減らしていた。

 もはや主人の主人の技の影響ではなく、挑戦する戦意が保てないらしい。

 

 ……弱いヤツは逃げるしかない……

 

 その現実にバフォルク達は立ち向かっていたが、デンガロが目を離した一瞬の隙に事態は激変していた。

 

「ほーい、デンガロちゃん」

 

 いつの間にか目の前に立っていた主人が一体のバフォルクを放り投げた。

 あの挑発を繰り返していた内の一体のようだ。

 右腕を失ったソレの頭をキャッチし、デンガロは軽く握り締めた。

 断末魔の悲鳴も一瞬、頭部がミンチになった元バフォルクが地に落ちた。

 悶々としていた気がスーッと晴れる。

 見ればバフォルクの首があちこちに転がっていた。

 10人いたはずだが……首は8つ。

 見開かれた16個の瞳がデンガロを見上げていた。

 

「1匹はちゃんと逃しましたよ、ゼブルさん」

 

 主人が主人の主人に笑いながら告げる。

 

「後は眷属が上手くやるさ……せっかく慎重だったのに、そっちから仕掛けたら意味ないだろうが……」

 

 主人の主人も薄く笑った。

 

 恐ろしい笑いだった。人間の表情などよく解らないが、主人達の笑いが恐ろしいものであることはよく理解していた。不穏であり、不吉であり、不敵なものなのだ……デンガロ自身、何度あの笑いを見た瞬間に殺されたか……?

 よく覚えていないが、既に二桁は死んでいるのは間違いない。

 実際に殺したのはデンガロよりも弱い2人なのだが、今際の際に必ず主人の笑いがあった。そして死から呼び戻された時、必ず迎えるのは主人の主人の薄い笑いだった。

 

 人間達が彼等を「神」や「神の御使」と呼ぶのはよく理解できる。

 そしてデンガロの理解では極めて単純に「生の神」と「死の神」だった。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 状況は極めてシンプルだったが、説明が加えられる毎に理解し難いものへと変貌していった。

 

 跪き、武装を解除され、鋼の枷で両の手首を後ろ手に拘束されていた。

 王としてのプライドが沸々と煮えたぎっていたが、もはや反抗することは不可能だった。

 ただ薄く笑う男の前で悶々と裁きの時を待つ以外、何もできなかった。

 対決を切望した人間の女が目の前に現れた瞬間、意識を失った。

 次に目を覚ました時にはこうなっていた。

 つまり敗北し、拘束されたということだ。

 極めてシンプル……残された選択は反抗しての死か、諂っての生を繋ぐか?

 いつでも殺せる状況で殺さなかった以上、バザーに生かす価値を見出しているぐらいは予測がつく。

 だがバザーは単純に生を選択することを良しとして良いのか?

 打倒された実感すらない。

 気付いたら、こうなっていたのだ。

 全バフォルクの王として、どうするべきなのか?

 

「お前が『豪王』バザーか?」

 

 奇妙な技の男はバザーが語る前から、バザーの名も異名も知っていた。一瞬、ギョッとしたが、思い返せばストーンイーターのデンガロを配下としているのだ。知っていても全く不思議ではない。

 

「その通りだ、人間……俺はお前をどう呼べば良い」

「俺はアインズ・ウール・ゴウン魔導国副王ゼブルだ」

 

 魔導国……の副王とは……ヤルダバオトの上位者なのだろう。

 これはピンチなのか、チャンスなのか?

 いずれにしても事態は単純ではなくなってきた。

 バザーは全バフォルクの王であるが、同時に魔導国の国民でもある。

 副王が国民をどう扱うのか?……予測もできない。

 ただ国民が副王に反抗するのを好ましく思うとは思えなかった。

 

「そうか……俺はアベリオン丘陵の全バフォルクの王でもあるが、同時に魔導国の国民でもある。ゼブル様……と呼んだ方が良いか?」

「それで構わないぞ、バザー……で、お前はこの状況をどう理解している?」

 

 バザーの底を見極めんと、感情の失せた碧眼が見詰めてくる。

 その口元には薄笑い。

 勝ち誇るわけでもなく、嘲るわけでもない。

 ただ淡々と見られた。

 何もかも見透かしているようにも感じられ、予断なく観察しているようにも感じられた。とにかく掴みどころない。

 ただし嘘や欺瞞は悪手だ……そう悟らされた。

 

 バザーは淡々と知る限りの状況を語った。

 亜人の軍勢を作り上げようと欲した切っ掛け。

 開戦に踏み切った経緯。

 聖王国の要塞線を標的とした理由。

 知る限りの戦況の推移。

 自身がここに来た理由。

 亜人軍の内部情報以外の全てを語った。その理由も自身の生の価値に箔をつける為でなく、単純に拙いと思ったにすぎない。

 

 副王ゼブルは薄笑いを浮かべながら、バザーの話を聞いていた。

 話を質問で遮ることもなかった。

 つまりこの問答は尋問でなく確認作業なのだ。

 

「答え合わせ……したいか?」

 

 椅子の背もたれに深く沈みながらゼブルが言った。

 脚を組み替え、膝の上で両手の指を組んでいる。

 

「……答え合わせ?……どういう意味だ」

「そのままの意味だ。何故、お前がこうなったのか……知りたいか?」

 

 バザーはゼブルの右手に侍る女を見た。

 理由はそいつだ……そう言いたかった。

 だがゼブルがあえて「答え合わせ」と言う以上、そんなことを知らせたいわけでないだろう。

 

「……聞かせてもらおう」

「そうか……では教えてやろう。お前がデ……ヤルダバオトの牧場から出ることを許された理由は、俺の命令だ」

「……は?」

 

 ゼブルが笑う。

 女戦士も笑う。

 法服を纏ったオカッパ頭も笑う。

 女聖騎士は無表情に見下す。

 奇妙な鎧姿の戦士は困った顔をしていた。

 人間の表情は判り難いが、明確に理解できた。

 

「……人選はヤルダバオト任せだが、俺が命じたわけだ。この戦争の首謀者を引き渡すように、とな……それで送られてきたのがお前だ、バザー」

「なっ……売られた、ということか?」

「売られた?……売られたもクソもない。お前は最初から俺の配下だよ。配下に配下の配下を差し出せと命じることは至極真っ当だろ?」

「……俺を殺すのか?」

「だがお前だけではないぞ……もう1匹、ロケシュとか言ったか?……蛇の王にも死んでもらう。お前達2名が戦争首謀者だ」

 

 虚な碧眼がバザーを観察していた。

 バザーの反応を、表情を、ただ見ている。

 感情が読めない。

 読めないことが恐ろしい。

 どんな強敵だろうと立ち向かうのは楽しい。血湧き肉躍るというやつだ。大物であればあるほど……それこそゼブルの右手に立つバケモノじみた戦闘力を誇る女など立ち向かうことにこそ価値がある。

 だがこの副王は怖い。

 読めない。

 強いのか、弱いのか?……それすら判らない。

 確認できているのは、あの奇妙な技だけだ。

 

「……ロケシュも捕縛されたのか?」

「いかにも……蛇は僅かな手勢を率いて、吶喊してきたからな。お前と違って慎重ではないようだ。だが一合も叶わず、首を刎ねられた」

 

 アベリオン丘陵で「最も堅牢な存在」と言って間違いない「七色鱗」が死んだ……しかも一合も『渇きの三叉槍』を交えることもできすに……信じられなかった。

 たしかにバザー自身の意識を一瞬で刈り取った女戦士であれば、ロケシュが勝利を得るのは不可能だろう。だがロケシュの特殊能力を発動する間を与えられなかったとしても、あの『渇きの三叉槍』と魔法鎧で身を固めたロケシュが抵抗すらできなかったとは……

 

 しかしゼブルは「捕縛した」と言ったが……?

 

「……ロケシュは死んだのか?」

「ああ、死んだな」

「死体を確保したということか?」

「たしかに死体は確保した」

「……では処刑されるのは俺だけか?」

「いや、2人とも死んでもらう……お前達は戦犯だからな」

 

 話が見えなくなった。と言うよりも、訳がわからない。

 

「すまないが、話が見えない」

「処刑される戦犯に全貌を明かす必要もないが、お前は魔導国国民でもあるから話してやろう。蛇の王は死んで、生き返った……ついでに言えば、それはお前も一緒だ、バザー」

 

 ……生き返った?

 

 そんなことがあり得るのか……バザーの疑いの眼差しを受け止め、ゼブルが楽しそうに笑う。

 

 あの女の顔が視界を覆った瞬間……首を刎ねられたということか?

 

 唾を飲み込む。

 改めて女の顔を見る。

 亀裂のような笑いが、バザーを真実に辿り着かせた。

 濁っていた記憶が澄み渡る。

 女が現れ、視界がズレた。

 そして意識を失った。

 酷い痛み……熱さを感じたような気がする。

 

 ……あの時、俺は殺されたのか?

 

 バザーは呆然とゼブルを見つめた。

 そこには勝者がいた。

 勝ち誇らず、敗者を嘲るわけでもなく、ただ冷然と笑う勝者が。

 

「負けただけでなく、死んで……しかも生き返った……そして再び殺されるわけか?……なんと情けない生涯か……」

「何を言っている?……2度死んだ程度ではお前の役目は終わらんよ」

「今以上の屈辱を受けろ、と」

「お前が屈辱と感じるならば屈辱なのだろうな……だがお前にはアベリオン丘陵の統治をしてもらう予定だ」

 

 さらに頭が混乱する。

 殺され、生き返った。そして戦犯として処刑される。

 これだけでも受け入れ難い上に理解できないのに、どうやったらアベリオン丘陵の統治などできるのか?……いや、落ち着いて考えろ……コイツは生き返らせる力を持っている。奇跡の種はおそらくは魔法だ。

 噂では魔法で生き返ると弱体化すると聞いていたが、今のところ能力が落ちたようには感じられない。

 

「……処刑の後、再び生き返らせるということか?」

「まあ、そうなるな……お前はケジメの為に戦犯として処刑される。そして俺の下で大役を果たす為に、再度生き返ってもらう。魔導国の為に残りの生涯を使い果たせ。そうすれば山羊の王として扱ってやる」

 

 王としてのプライドが疼くが、生死を軽く語るゼブルの眼差しは圧倒的上位者のそれだった。ヤルダバオトの亜人に対する無関心と通底するものを感じさせられる。

 

 膝を屈するしかない。

 生を強要される。

 誇りの為に死を選択することも許されない。

 ゼブルのそれはバザーの最後の自由すら奪ったと言う宣言だった。

 

 現実には膝を着いていても、椅子に腰掛けるゼブルとさして視線の高さは変わらない。

 だが目の前の男ははるかな高所から見下ろしていた。

 天空に瞬く星々と地を這うムシケラ……狩る対象などではなく、漠とした羨望の眼差しを向けるべき相手なのだ。

 

「……俺はその茶番の為に死ねば良いのか?」

「その通りだ。それで戦争の決着をつけてやる。お前達、亜人は安住の地を得るだろう。戦争などする必要もない。我々魔導国がお前達を永遠に庇護してやる。経済的に発展し、文化的な生活を謳歌しろ……魔導国の国民としてな」

「俺達から闘争を奪うのか?」

「お前達弱者がどれだけ集まって徒党を組んだところで、魔導王陛下お一人にすら対抗することなどできない。ものの数秒で全滅だ。そんな未来をわざわざ選択したいのか?」

 

 副王にもヤルダバオトにも手も足も出ない現状で、その上位者である魔導王に敵うはずもない。

 血を激らせる闘争を失い、牙を抜かれ、飼い犬となる。

 挑んでも、簡単に殺されて、生き返らせる。

 死する自由はなく、服従を強要させられる。

 不要と判断すれば、単純に放置すれば良いのだ。

 

 ……弱者か……

 

 視線を落とし、枷で拘束された現状を噛み締めた。

 現実感の無い敗北が認識の邪魔をする。

 どうにかなるのではないか?……完敗であれば、また違った想いを抱いたのかもしれない。敗北を認識すらできなかった現実はどこかフワッとした甘さを残してしまっていた。

 コイツらと手を組んでヤルダバオトをアベリオン丘陵から排除する未来は潰えたが、少なくとも「牧場」からは解放されるだろう。

 それがメリットと言えばメリットだ。

 代償として多少の行動の自由と引き換えに闘争を奪われる。

 

 生かされる……飼い犬として……

 

 だが屈辱に抗っても、そくさに代わりの者を据えられるだけだろう。

 そうなれば、無駄死にだ。

 王になりたい者は多い。

 例えば……デンガロだ。

 

「……了承する」

「そうか……それは良い選択だ。魔導国にとって、お前の誇りや自由などどうでも良いことだからな……精々尽くすことだ。お前が尽くす限り、我々は誠意で応えよう」

 

 言い放つゼブルに、バザーを額を床に擦り付けた。

 




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