死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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47話 希望通りにはなりません

 

 血溜まりの中、正座する第九席次と第十席次はティーヌによって心を折られた後、念には念を入れて無理矢理質問に答えさせられた。

 アインズさんに聞かされていた『陽光聖典』と違い、彼等が死ぬことはなかった。

 だが裏切り者の刺突で無意味に心臓を貫かれた。

 そして目が覚める。

 無限の繰り返される悪夢……同じ事が何度繰り返されたのか……?

 さらに念入りにゼブルによって殺され、即座に蘇生された。

 その後、眷属によって支配され、間抜けに延々と正座をさせられている。

 

 その段に至り、ようやく彼等は自身の立場を知る。

 相手は新興劣等国の副王などでなく、はるかに高い場所にいることを。

 彼等は道具として無限に殺され、灰になるまで無限に蘇生させられる。いずれ使い潰される過酷な未来を予測せずにいられない。

 知らぬ間に『神人』に並ぶ強さを手に入れた裏切り者の風下に立ち、裏切り者と同様に国家を裏切り、人間としての尊厳を奪われるのだろう。

 

「さて、お前達の主人は誰だ?」

 

 瓦礫の向こうからゼブルの問い掛けがあり、2人は深く頭を下げた。

 

「俺……はゼブル様に生涯の忠誠を誓う者です!……法国の掲げる人間至上主義はクソの中のクソ、です!」

「法国などクソ喰らえ……俺はゼブル様の奴隷だ、です。そこの出来損な……いいえ、ティーヌ様の部下でござ、い……ますっ!」

 

 2人は床に額を打ち据えた。

 両肩が震え、両手の指が床材に食い込んでいる。

 

 ゼブルは腕を組んで睥睨していた。

 そして口角を上げた。

 

「……そうか、では証拠を見せてみろ……この場を監視しているヤツを俺の前に連れて来い。まっ、お前らが失敗しても問題は無いが……まずは忠誠を示すことだ。そして失敗には失敗の償いをしてもらう。次の蘇生が『真なる蘇生』でなく『死者復活』だった場合、お前らはご自慢の戦闘能力を大幅に失うぞ。そして俺がお前らを殺すのは極めて簡単であることは理解したな?」

「朗報をお待ちください!」

「お任せあれ!」

 

 駆け出す2人を背を見て、ティーヌが腹を抱えて笑う。

 それはもう爆笑だった。

 

「アハハッ!……アイツら手の平返し、早過ぎ……バッカみたい!……で、この後どうするんですか、ゼブルさん?」

「どうもこうも、もう一人いるからねぇ……ソイツを捕縛してから、法国の真意を探るさ……第八席次は案内役と顔繋ぎして必要だろ……無意識下で強い信仰心と肉腫の支配を衝突させるのは未知の領域だけど……まっ、案内させてからは考えるけどね」

「でも、戦力にするつもりなんですよね?」

「あー、まーな……ちょっとばかり大袈裟にならない程度の戦力が必要になったんだよ。大掛かりになると、それはそれで拙いんだ……向こうの出方によっちゃ、総戦力を結集しておく必要も生じるが、こちらから仕掛けたように受け取られると非常に拙いんだ。相手に大義名分を与えることになる」

「やっぱりぃ……ゼブルさんが接触を待望していた法国相手に揉める私を止めないから、そんなことだと思いましたよ。なんかイライラしていたのを我慢していたのが損した気分ですぅ……だーかーらー……」

 

 抱き着こうとしたティーヌの前に無表情のオカッパ頭が割り込んだ。

 

「内輪揉めですかのう?」

 

 ティーヌを片手で遮り、ジットがボソリと呟く。

 

「まー、そーとも言うな……まっ、元々恐れがあったものが顕在化したみたいな?……現状を維持できれば、こちらの勝ちみたいなもんだ。だからアイツら程度の戦力がちょうど良いんだ。配下達と大差無いし……現実に肉腫の支配が及ぶわけだから、出会った時のティーヌさんやジットさんと誤差レベルだ」

「わしらにとっては強大に感じますが、ゼブルさんにとってはそうなのでしょうなぁ……」

 

 感慨深げにジットが腕を組んだ。

 唐突にティーヌが指を鳴らす。

 

「いま思い付いたんですけど、モッちゃんの部下達を鍛えませんか?……本人は伸び代皆無かもしれませんけど、部下にマジックキャスターが10人近くいましたから、育成すればそれなりの戦力になるかも、です」

「モッちゃん?……あー、モチャラスか……アイツは王国じゃ出世したように思っていたんだが、何でまた聖王国くんだりまで部下まで引き連れてやってきたんだ?」

「……さぁ?」

「わしには想像できませんな」

 

 3人共に黙り込む。

 さすがに誰も王国軍部の内部情報までは把握していない。

 正直なところ王国についてはザナック、レイブン、ラナー以外には大して注意を払っていないのだ。新たに将軍位に就いたガゼフ・ストロノーフの動向ですら蚊帳の外だ。

 

 考え込んだのも一瞬……ティーヌが発言する。

 

「でも、そーゆー事情なら渡りに船ってヤツ?」

「けどなぁ……ちょっと弱過ぎるなぁ……アイツら冒険者だと白金級ぐらいだろ?……同行させても法国相手だとナメられないか?」

「そりゃ『漆黒聖典』基準にしたら、この世のほぼ全ての者が基準に達しませんよ。法国にだって番外含めて13人……引退した連中を含めても年齢や健康的にハイレベルな戦闘に耐え得るのは100名切るんじゃないですか?……その中で最盛期の力を維持しているヤツは、いたとしてもごく少数です。後は各聖典の隊長クラスぐらいでしょうね、他国に胸を張れる戦力って……後は私も存在するのは知っていても、見たことない『六大神』の従属神がいるって話ですけど……」

 

 従属神……NPCか?……たとえ100レベルでもNPCはNPCでしかないわけだが、法国最大戦力の『神人』と連携されると厄介か……

 

 それはさておき……ティーヌの言い分にも一理あった。

 それそこ法国の戦力情報など王国軍部の内情以上に雲を掴むような話なのだ。

 ハッキリ言ってティーヌ頼み……ここで配下に加えた『漆黒聖典』を加えてもお粗末なのは間違いのないところ。

 しょーじき、その程度の情報しか掴めていない。

 強者が単独で存在するだけで軍事的優位を確立可能な世界ではどうしてもリアルやユグドラシルとの感覚のズレが生じる。

 王国はとにかくガゼフ・ストロノーフだが、他にも冒険者として『朱の雫』やらが存在している……残念ながら『青の薔薇』は失ったが。

 帝国はフールーダ・パラダインが突出しているが、彼の門弟はこの世界では平均的にレベルの高い魔法詠唱者だ。兵も押し並べて平均点。

 聖王国はケラルトと九色を頂点としているようだが、どうにも一枚落ちの感は否めない。上限でも以前の王国と同等程度の戦力と見て間違いないだろう。

 竜王国は国民の犠牲無しに奥の手を使えない以上、完全に一枚落ちどころか三枚落ち。

 その点、法国は2人の『神人』と『漆黒聖典』を筆頭に総じてレベルが高い印象を抱いていたが、本当のところはどんなものか?……新たに配下に加えた2人を基準に考えれば、法国を真に軍事大国たらしめるのは2人の『神人』と言っても言い過ぎとは思えなかった。

 評議国の情報はそれこそ皆無……なのに『白金の竜王』と他の竜王達のお陰で少なくとも地域最強クラスなのは間違いない。

 結局のところ『真なる竜王』とタメを張れる『神人』とは?……だなぁ。

 

 んでもって、魔導国はめでたく内部抗争一歩手前、と……アインズさんに期待だが、少なくともアルベドと諜報系探知系の80レベルNPC15体とやり合える戦力は確保しないと……アインズさん謹製のシモベとなると高レベルアンデッドだろうから、MP消費で召喚可能な『腐食蝿』では決して相性良くないし、かと言って仕込んだ最大戦力を結集したら宣戦布告みたいなものだ。過剰反応でそれこそ第八階層のアレら以上の戦力と聞いたルベドが出てきたら……戦争待ったなし、だよなぁ。

 

 ……決めた。

 

「よし……じゃ、ティーヌさんはとりあえずモチャラスに話を通してくれないか?……それと出発前に青薔薇にも声を掛けておくか……他はともかくイビルアイなら法国でもナメられることはないだろうからな」

「青薔薇が依頼を放り出しますかね?」

「聖王女陛下と一緒にカルネに戻った後なら問題は生じないだろ……依頼が完遂した後って条件付きで依頼を出すさ……まっ、いずれにしても第九席次と第十席次が戻ったからだ。覗きヤロウは間違いなく法国の奴だろうし」

 

 3人で瓦礫だらけのホールに佇む。

 いまだ第八席次は部屋の中で跪いているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 待つこと30分と言ったところか?

 連中は戻ってこない。

 あまりに遅いので外に出ると、聖王国首都ホバンスの迎賓館周辺は大混乱の渦中にあった。

 補強板を付けた全身タイツに目出し帽みたいな格好の男と半裸の大男に顔面刺青に鎖を腕に巻き付けた男が衆人環視の中で大乱戦を繰り広げている。

 もはや法国の秘密部隊などでなく、傍迷惑な闖入者だ。

 特に半裸の大男は素手で建物を破壊しながらタイツ男を追い詰める。それを拘束しようと鎖男が鎖を投擲するも逃げられる、といった展開が繰り返されていた。タイツ男も逃げに徹すれば逃げ切れるのだろうが、暴れる2人に必死に声を掛けていた。さすがに身を隠してなどという余裕はなく、多くの目撃者が固唾を飲んで見守っている。衛兵隊までが手を出せないでいるのは、明らかに外国勢力であり、俺達が絡んでいるのが明白だからだろう。もっと上位の者が出てこないと責任が取り切れないに違いない。

 

 やっぱ、弁償は必要だろうなぁ?……迎賓館も含めるといくらだ?

 

 一見して人死は無いように思えるが、どこかで瓦礫に潰されている者もいるかもしれない。被害者がいれば蘇生させれば良いが……街の破壊は単純に金で解決するしかない。

 

 ……ならば、これを機に都市再開発でも売り込むか……後でヒルマに連絡をしておこう。それで割り引けば弁償は不要だ。

 うん、そうしよう。後でケラルトと交渉……いや、聖王女陛下の裁可をもらうとしよう。

 

 眼前では第十席次が全身タイツに殺人フックの連打で迫っていた。

 しかしスピードの絶対値では全身タイツに軍配が上がる。

 第九席次の攻撃も掻い潜りながらなので、攻勢に転じることはできないようだが、それでもこの世界では十二分に強者だ。

 

「いずれにしても逃すわけにはいかないからなぁ……」

 

 2人の忠誠心を確認する為の作業だったが、周辺の被害がバカにならないレベルになりつつある。

 

 ……仕方ないか……

 

 全身タイツ男が急停止し、第十席次の拳が腹を抉る。

 石造の建物を破壊する一撃だ。

 全身タイツは身体をくの字に折りながら通りを端から端まで吹き飛ばれ、建物を破壊した。

 血塊を吐き、その場で動きが止まった。

 第九席次が接近し、遠間から全身タイツを鎖で捕縛した。

 2人が跪き、首を垂れた。

 

「ゼブル様……捕獲しました」

「そうか……ご苦労だったな。お前達の忠誠は確認した。以後、法国の教義を捨て去り、魔導国と俺の為に尽くせ。良いな」

「「はっ!」」

 

 跪く2人の前に転がる全身タイツと言うか忍者の黒装束とでも言うのか、捕まえた2人によれば第十二席次とか言うヤツらしい。世界最高レベルの暗殺者という触れ込みだが、街中で暗殺者風の格好は果たしてどうなのか?……この手の疑問には触れない方が良いのか?……しょーじき、目立ち過ぎる気がするけど……

 

「おーい、意識はあるのか?」

 

 呼び掛けにピクリとも反応しない。

 仕込み済みの肉腫の情報では死んでいない。

 気を失っているだけか?

 肉腫からの反応を探っていると……

 

 カンッ!

 

 甲高い音が響いた。

 

 おおっ!……さすがは法国……って感心してる場合か!

 

 下腹部の手前の空中にひび割れが浮かんでいた。

 全身タイツの驚愕が目から伝わる。

 真っ直ぐ伸びる右手の掌中に暗器の類に違いない真っ黒な爪状の突起があった。おそらく『六大神』由来のそれなりのデータクリスタルを埋め込んだ暗器アイテムなのだろう。パッシブスキル『上位物理無効化Ⅲ』を貫いたが神器級のコートの防御までは抜けなかったようだ。同じ急所を狙うのならば頭にすれば良かったのにと思うが、第十二席次の体制的には無理な話だ。

 感心する間も無く、絶叫が響き、第十二席次の右手首から先が地に落ちた。

 制止する間も無く、左腕が肩から断切された。

 

「待て、ティーヌさん……殺すなよ」

 

 ティーヌが第十二席次の両膝を踏み抜く。

 そこまでして振り向いたティーヌから表情がすっぽり抜け落ちていた。

 

「……殺しませんよ。そんなんじゃ、この気持ちがどこに向かえば良いのか、判らなくなっちゃいますから……」

 

 そこからは地獄って表現でも生温い凄惨な拷問を見せつけられた。

 人間の顔面を薄く下ろす現場なんて見るものじゃない。

 それが第十二席次の意識の続く間、延々と続く。

 意識を無くすとポーションをぶっ掛けられ、再度両膝と両膝を踏み抜かれ、動けなくされる。

 今度は人間の千切りが始まる。

 足の指先から始まり、意識が混濁するまで延々と、淡々と続く。

 まるで作業だ。

 淡々と生み出される機械的な地獄。

 限界突破した怒りは狂気や狂乱すら駆逐していた。

 まるでマシーンだった。

 

 どうすれば良いのか判らない。

 止めなきゃならないは判るけど、どうすれば止められるのか……

 

 白銀の軽鎧は綺麗に輝いていた。

 だが本人は返り血で真っ赤に染まっている。

 

 迷う……と言うよりも何も考えられない。

 

 気付いたら、抱きしめていた。

 

 あくまでロマンチックに言えば、だが……背後から動きを封じたとも言えないこともない……けど、抱き締めたことにしておこう。

 

 ティーヌが振り向く。そして俺に腕を回した。

 

 血塗れの惨劇の中、何故か抱き合う2人を、それこそ何故か恐れで動けなくなっていた群衆からの拍手が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 神都との定時連絡を済ませ、第八席次は今回の任務で自身の率いるメンバーを眺めた。

 主人から懲罰を受けた愚か者達だ。

 第九席次と第十席次は堂々と酒を酌み交わしているが、バックアップの第十二席次は部屋の片隅でガタガタと震えている。

 

 いくらなんでも……やり過ぎではないか?

 

 第八席次は自身の忠誠の対象が2つあることに疑問すら抱いていなかった。

 自身の役目に忠実な彼は進言すべき事柄をまとめて部屋を出ると、主人の部屋へと向かった。

 どうにもチグハグな違和感を感じるが、本国からの通信内容を主人に通達するのが何よりも優先される。正確には部下ではないが、今回の任務中は自身の指揮下に入っている他の『漆黒聖典』メンバーのように失態を重ねるわけにはいかない。

 主人からの懲罰が自身の想像を絶するものであったのは間違いだろうが、それにしてもあの第十二席次の様子は……

 

 そんな事を思案する内に、主人の部屋の前に到着した。

 ノックし、入室許可を求める。

 即座に入室許可が下る。

 中に入ると主人は椅子に座り、その右手にティーヌが立ち、左手にジットが控えるという体制で出迎えられた。

 主人の前に立ち、深く一礼した後、跪く。

 

「本国よりの指示を伝えに参りました」

「そうか、ご苦労さま……で、何だと?」

「はっ……アベリオン丘陵を王国側に迂回する形で王国内を移動するように、とのことでございます。道中で我々『漆黒聖典』が潜入する際によく利用する間道がございますので、そちらに迎えの者達が参る手筈でございます」

「了解した……で、出発は?」

「明朝を予定しておりますが、基本的にはゼブル様のご都合で……」

「そうか……では、出発時間は任せる……が、進路は王国内を避ける。お前達の言う潜入用の間道のギリギリまでアベリオン丘陵を抜ける。整備された道は無いが、安全性は俺と魔導国が保証しよう。少なくとも法国の指定した進路よりははるかに安全だ」

「はっ……では、本国に報告はいかがいたしますか?」

「もちろん不可だ。わざわざ進路を伝えてどうする?」

「……仰る通りです。私の失言でした」

 

 第八席次は失言を詫びる為に深く頭を下げる。

 何かがおかしい。

 それが何かまでは解らない。

 世界の為に全てを犠牲にしてゼブル様に仕えてきたはずだ。

 本国の最奥もそれを是としている。

 ゼブル様に全てを委ねれば良い。

 地上だけだなく、神界も魔界も支配される御方……故に魔神なのだから。

 これまで疑ったことのない真理だが、どうにもしっくりこない。

 人間の救済者でしかない『六大神』よりもはるかに高位の御方。

 世界の全てを救われる御方。

 裏切り者すら側に置かれる慈悲深き御方。

 

 ……どこか薄寒い。

 

 頭を振る……気付かぬ内に疲労が蓄積しているかもしれない。

 

「どうした?」

 

 ゼブルの問い掛けに顔を上げた。

 

「いや、少し疲労を感じまして……」

「そうか……では、出発は明後日にしよう。お前も明日はゆっくり休め。他の者にも休暇をやろう。それと、皆でこれを使え」

 

 ゼブルが虚空に手を突っ込み、革袋を取り出すと、第八席次の前に差し出した。

 そのまま両手で拝領する。

 ズシリと重い。

 

「魔導国金貨50枚だ。それだけあれば十二分に骨休めも可能だろう」

 

 法国で使用する旧金貨の倍以上の価値があるはずだ。

 出発前に確認した最新の相場では旧白金貨1枚に対して魔導国金貨4枚程度だったはず……

 ゼブルは本国と違い、気前が良い。

 本国で出発前に受け取った活動費をはるかに超える金額を、ポンっと配下に下賜したのだ。

 

「はっ、ありがとうございます、ゼブル様」

 

 第八席次はさらに深く一礼し、出発予定の変更を本国に伝えるべく、早々に退出した。

 

 

 

 

 

 

 

 やはり信念の強そうな奴は、しっかり支配しない状態では考えが揺らぐのは間違いないようだ。

 特に法国でガチガチの洗脳教育された『漆黒聖典』のメンバーでは行動の一つ一つに違和感を抱くのは仕方ないところだろう。かと言って、全員を完全に支配下に置くと法国とのやりとりに支障をきたす可能性が高い。

 アインズさんに敗北した『陽光聖典』の末路を知っていれば、全メンバーを完全な支配下に置くことはむしろハイリスクだ。

 法国が単純に民意に追い詰められて、状況打破の窓口としての俺に接触を求めているだけならば問題は無いが、法国上層部がそこまで短絡的な連中とは思えない。リアクションから考えて、連中が選択肢の幅を失ったのは間違いだろうが、だからと言って跪くとは思えない。脆弱な人間種を数百年に渡って守り通してきた宗教国家の指導層はヤワな連中じゃない……はずだ。

 

 法国の真意を探る。

 

 その為にこちらから先手を打って、出迎えの『漆黒聖典』共を支配したわけだが、あまりに下っ端過ぎたのか、自白させても単なる出迎え以上のものではなかった。特にバックアップ(=おそらく監視役)の第十二席次までが何も知らないとなると、配下に加えた面子は単なる使い走りだ。

 第八席次は様々な意味においての危険を承知で現状を維持させなければならない。法国の思い通りに動くわけにはいかないが、連中の想定からあまりに外れ過ぎると無用な疑念を生じさせ、お互いに効率が悪くなる。

 実のところ、こちらも法国に接点は求めているのだ。その為にいろいろと仕込んでいたし、結果として想定通りに法国を追い詰めた。

 少なくとも元人間の俺にとっては『真なる竜王』が率いる国家よりも、『神人』を擁するとはいえ人間国家の方が理解し易いし、情報源としてティーヌとジットもいる。

 今のところは優位に立っている。

 連中も劣勢の自覚があるからこそ、俺に接触を図ったわけだ。

 だからこそチャンスは活かしたい。

 失敗しても逃げるだけならば可能と思いたい。

 『神人』と『六大神』の従属神次第ではあるが、それこそ総戦力で不意打ちされるとかいうこちらが油断しまくりの状況にでもならない限り大丈夫だと思う。だが敵陣に踏み込むのは最悪を覚悟すべき状況である。どこまでも地の利は敵にあり、絶対にこちらの優位にはならない。

 死地だ。

 それだけに可能な限りの仕込みはしたい。

 

 少なくとも『神人』による奇襲だけは回避しなければ……

 

 『漆黒聖典』の支配はその為の保険でもある。

 『神人』の戦力の一端でも判明すれば、それだけでもかなり優位に立てる。

 そうでなくとも最低条件を満たす為の足掛かり……単純に包囲された際に逃げる方向に迷いがなくなるわけだ。

 出迎えに来た4人は配下にした。

 次に間道に来る連中も今回来た連中程度であれば……

 

 顔を上げると、ティーヌが覗き込んでいた。

 

「……なーんか、セドランが不安定って、感じですか?」

「セドラン?……第八席次のことかな?」

「そうです。二つ名で呼ぶ習慣なんでフルネームまでは知りませんけど、第八席次『巨盾万壁』はセドランって名前でしたね」

「へぇ……んじゃ、他のメンバーは?」

 

 肉腫で喋らすことは可能だが、無条件で情報を得られるわけではない。

 

「第十席次と第十二席次は知りませんけど、第九席次はエドガール・クフフ・ボーマルシェ……その内殺そうと思ってましたから、いちおう知ってます。他のメンバーで知っているのは第五席次『一人師団』クアイエッセ・ハイゼア・クインティア……兄だけです」

 

 ティーヌの表情が複雑なものに変化した。

 

「おぬしは『クインティアの片割れ』と揶揄されておったからのう」

 

 ジットが感慨深げに呟いた。

 

 つまりティーヌの兄上は出来が良いわけだ……なんとなくリアルの俺と被るなぁ……

 

「……私がフルネーム知っているメンバーって、2人とも殺そうと思っている連中なんです」

「えーっと……第九席次はなんとなく理解できるけど……ティーヌさん、お兄さんも殺したいの?」

「むしろ絶対殺すリストで、不動の一位です」

「なんかされた?……イジメとか」

「いいえ……私と違って欠点みたいなのはありませんよ。世間が思う以上に優しくて、立派な人格者です」

 

 うん……話が見えない。

 

「血縁だから?」

「さぁ?……良く解りません。でも私が歪んだのは兄のせいでもあります。とにかくアイツが私と同じ顔で優しく語り掛けてくるだけでイライラもムカつきも止まりません。殺意が溢れてきます……こうして話題にしているだけでも無理っぽいです」

「……肉親だけに憎悪に歯止めが効かない、ってヤツ?」

「顔が似てますからね……しかも出来が良くて、そんなのと生まれた時から比較されていたんです。私の努力って何だったんだろ?」

「兄に追い付け、追い越せ、じゃあなくて?」

「むしろ兄を殺す為……の方がしっくりきますね」

「なんか、ティーヌさんも大変だ」

「も……ですか?」

「うん、まあ、凄く優秀な兄弟と生まれた時から比較されてきたって意味においては俺も一緒かな……俺は殺そうなんて思わなかったけど……思ったところで敵わないし、むしろ自分の事で精一杯だったかなぁ……」

 

 一瞬ティーヌが凄く驚いたような顔を見せ、即座にいつもの笑いに戻った。

 

「少しだけ気が楽になりました……ごめんなさい」

 

 ん?……どうした、突然。

 

「やっぱ、ゼブルさんに着いて行きます。何かあろうと、拒絶されようと」

 

 いつになく穏やかな笑顔でティーヌが俺の肩を抱き締めた。

 唐突な変化に戸惑いつつも、妙に落ち着いた気分にもなる。

 

「どしたの、突然?」

「なーんか、このまま事態が進展すると兄のことでゼブルさんと意見が対立するかなーって思っていたんですけど、私の方がちょっとだけスッキリしちゃいました。兄を殺すんじゃなくて、下僕にして、使い潰すのも気分が良いかなって……ゼブルさんの言葉で少しだけ気分が和らぎました。理由は解らないんですけど、最近はゼブルさんの言葉の全てが簡単に理解できるんです」

 

 ん?……ちょっと待ってくださいよ……それって?

 

「わしもです……ゼブルさんの教えを世に広めたい衝動を抑えるのが、大変な時もありますなぁ……」

「私も、私も!……ゼブルさんが情報漏洩を嫌うから言わないだけで、どうしてもゼブルさんの考えを世に広めたい衝動が疼いて堪らない時があります」

「良し!……2人とも俺の前に整列!」

 

 こりゃ、下手すると2人とも斜め上のクラスを取得してる気がする……そう思い、慌てて命じた。

 

 ティーヌとジットが並び立つ。

 

「えーっと、今からお二人の職業構成を確認します。だからちょっとの間、動かないでください」

「はーい」

「了解しました」

 

 んじゃ、まっ、やってみましょう。

 

「スキル『グシオンの眼』!」

 

 うーん……種族は正統なのに職業はなかなか破天荒なビルドです。

 

 まずはティーヌ……合計レベルは74。いや、強くなったものです。

 種族はインプから軽くサキュバスを経て、今やアークデーモンLv1……悪魔系の王道正統進化を果たしてます。さすがはアインズさんの育成ですわ。

 職業はファイター(ジーニアスって何?)やらソードダンサーやらケンセイやらといかにもかつ順当に成長進化した高レベルなものから、モンクにローグにアサシンと取得しただけのようなものの中で際立って異彩を放つのはエヴァンジェリストLv2……さっきの違和感の正体が判明しました。

 次いでジット……合計レベルは57。こちらもかなり成長しました。

 種族はティーヌと同じくインプスタートでデーモン経由のグレーターデーモンLv2……やはりアインズさんは正統進化させているようです。ユグドラシルプレイヤーには完全に手探りの現地勢の育成なのに……やはりベテランプレイヤーは違うなぁ。

 職業はネクロマンサー系に暗黒神官系となかなか相性の良さうな二本立てが中心ですが、サモナー系もかなりの高レベル。その他にはセージが高レベルなのはともかく気になるのはセクレタリーとレコーダー……なんとなく俺が合計2レベル分浪費させてしまったような?……そしてトドメはやはりエヴァンジェリストLv1。

 

 伝道師……つーか、2人の場合は伝導してない上に、ろくでもない思想に違いないので狂信者ですわ。しかも信仰の対象は俺です。

 

 ちょーっと責任を感じるなぁ……でも、まあ、これでハッキリしたのは現地勢の強者をユグドラシル由来の種族に変更して鍛えれば、単純にレベリングするよりも結構お手軽に育成可能ってことだ。なんだったらMP召喚可能な眷属の『腐食蠅』をこまめに召喚して、討伐させ続ければ85レベルぐらいまでは簡単に育成できる……はず。低位の魔法ではなかなか厳しいけど、腐食耐性を持つ神器級の武器でなら、現地では強力な眷属の腐食の防御も突破可能だ。ただし本人の肉体を防護できる防具も必要になるが……そこは『えんじょい子』さんが作りに作って、PVPのトロフィーとして手に入れた腐食耐性特化の数々の防具でなんとかなる……うん、俺だけでも戦力強化が可能かもしれない。

 

 対法国、対アルベドのどちらについても抜け道の先に僅かな希望が見え始めた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 ティーヌにエヴァンジェリストの悪名高き思考誘導能力を使わせようと考えたわけだが、職業レベルそのものは低いので通用しない可能性も高い。それ以前にエヴァンジェリストの能力をどう使えば良いのか、当のティーヌもジットも理解していないのだから、門外漢の俺としても指示の出しようがなかった。

 だもんで、そのままモチャラス一党の説得に送り出すしかなかった。

 

 で、俺は俺で青薔薇に依頼を出しに向かっていた。

 ジットは『漆黒聖典』4人の行動監視兼留守居だ。連中はこの世界では強いのかもしれないが、同時にあまりに常識が無さ過ぎる。その上第八席次は精神的に不安定なまま放置せざるを得ないのだから、行動監視は必要な措置だ。

 

 そしてホバンスで最高級と呼ばれる宿屋のラウンジで俺は煩い5人組を待っていた。丸テーブルの向こうではチラチラと俺を見ながら行き来する客と従業員が緊張感を漂わせている。聖王国ではやたらと有名になったもんだから、周囲の視線が痛い。が、非常時でもないのに女性だけの部屋に押し入るのは勘弁だ。仕方がないので好奇の視線を我慢しているわけだが……

 

 一口だけ茶を啜り、上階へと続く階段を見る。

 

「よぉ、副王様……こうやってサシで話すのも久しぶりだよな」

 

 何故か背後から青薔薇では最も俺と因縁のあるガガーランの声がした。

 そのまま『鉄砕き』を背もたれに立て掛けると対面のソファに座り、俺を見てニヤリと笑った。

 

「……久しぶりですね」

「おう……アングラウスは元気か?」

「基本、ブレインが元気じゃない時は無いと思うけど……あれだけ日々鍛錬してるんだ。講師の仕事も気に入っているようだし……少なくとも気持ちは充実してるんじゃないかな」

 

 ガガーランは腕を組み、ニヤリと笑った。

 

「魔導国はどうですか?」

「お陰様で充実してるぜ……ありがとよ、魔導王陛下を紹介してくれて」

「それは何より……で、お一人で俺に話でも……?」

 

 スーッと目が細めたガガーランが真顔になる。

 そして両手を膝に着き、深々と頭を下げた。

 

「俺を……鍛えてくれねえか?」

「はっ、えっ?」

「これまでの無礼も謝罪する。あんたのことをアイアンフェルで殴り付けた件も反省している。いろいろと疑って、済まなかった。結果だけ見りゃ、あんたのやったことは意味がある。民衆を豊かにした。帝国は知らねえが、王国でも竜王国でも魔導国でも、そして聖王国でもそうするんだろ?……貧乏な冒険者達だって結果的には救われている……以前、俺はブレイン・アングラウスに、剣に全てを捧げろ、と言われたんだよ。要するに、お前は強くなる為に全てを捧げてない、ってことだろ。全てを捧げたブレイン・アングラウスはあんたに従っている。なら、俺もそうしようと思ってな」

 

 ガガーランが爽やかに笑う……照れ笑いってヤツだ……つまりマジだ。

 

 うーん……とても素直に従う気があるとは思えないが、ここで断って、都合よくこっちの依頼だけ受けろって言えるかなぁ……無理だよなぁ……

 

 全員の申し出ならば、今後は魔導国内が主戦場になるわけだから支配するのも良いかもしれないが、ガガーランだけっていうのが悩みどころだ。まあ、仮に全員の申し出でもイビルアイだけは最初からレベルが叛逆可能域に達しているわけだから、単純に喜べるものでもないが……

 

 一長一短。

 帯に短し襷に長し。

 アルベド案件が無ければ即決で断れるが、しょーじき、ビミョーな戦力は喉から手が出るほど欲しい。安全マージンの為にはいくらいても構わない。

 その点、ガガーランって存在は軽く頭を抱えたくなるような、絶妙な立ち位置の人材だ。強さの最低ラインはクリアしつつ、冒険者っていう比較的入出国が目立たない立場なのも素晴らしく、さらにアダマンタイト級であるが故に望めばアインズさんとの会談も許可される。青薔薇と関係を断ち切ったガガーラン個人であれば、両手を挙げて歓迎するところだが、所属チームと因縁の多いのがなぁ……

 

 表面上はニコニコしつつ、頭を下げ続けるガガーランの頭頂部を眺める……と気配が2つ、唐突にガガーランの背後に現れた……双子忍者だ。

 

「あっ、ガガーラン、抜け駆けは良くない」

「私達も頼む」

 

 ……んっ?

 

 よく見分けのつかない双子忍者がペコリと頭を下げた。

 こちらはガガーランと違ってノリが軽い。

 

「えーっと双子も鍛えて欲しい、と?」

「私達は三つ子」

「三つ子の内の2人……驚いたか?」

 

 双子……いや、三つ子……面倒臭っ!……見分けられないがティアとティナが口元だけで笑う。

 

「……それはともかく、なんで急に皆さんの意見が変わったんですか?……青薔薇は基本的に俺を警戒しているかと思っていたんですけど」

「魔導国に移って、ゼブルのやったことを見て回った」

「みんな幸せ……冒険者も幸せ……人間も亜人種も異形種までもが満足している……すっごく見直した。努力したことが報われる。良いこと」

「で、ガガーランが帝国との戦争中にゼブルのところのブレイン・アングラウスに刺激されていた」

「私達も最初は疑っていた。お前は戦争を利用して大きくなる。竜王国でも魔導国でも……でも両方の国民は満足していた。みんな笑顔……懸命に働いている。そして豊かになっている。全員にチャンスがある」

「私達もチャンスを得た……報酬も栄誉も王国時代とは比べ物にならない」

「もっとチャンスを得たい……そう考えた」

「私達はガガーランの行動を予測していた」

「抜け駆けは許さない。私達も強くなりたい」

 

 3人揃って頭を下げる。

 なんとも妙な雲行きになってきた。

 丸っ切りの想定外だ。

 

 どうする、俺?……全員ならば話は早いが……

 

「……で、リーダーのラキュースさんとイビルアイさんの意向は?」

 

 悩む前に最初に確認すべきだった……あまりに想定外で忘れていた。

 最重要な質問を飛ばした途端、3人とも微妙な顔付きになる。

 

「鬼ボスはゼブルに好意的だと思う」

「逆にイビルアイはゼブルに否定的……でも冒険者として魔導国に移籍して以来、以前のように敵視はしていない……と思う」

「てなわけで、俺達は相談できなかったんだよ。板挟みになるのは目に見えているなぁ……イビルアイが反対するのは間違いねえし、ラキュースはラキュースで俺たちの意見を入れて活動拠点を移しただけで、王国貴族としての立場を捨てたわけじゃねえからな」

 

 それでも3人は申し出たわけか……相当な覚悟なのも理解した。

 

「で、解散でもするつもりなんですか?」

「いいや、それは無い。むしろ『青の薔薇』の名声をあんたら『3人組』やモモンの『漆黒』以上に高めるのが目的だ。その為には全員がイビルアイの立っている場所に這い上がらなきゃならねえ……今の『青の薔薇』は歪なんだ。イビルアイが突き抜けて強く、次いでラキュース……俺達3人はどんぐりの背比べって感じだと思う。だから俺達が強くならねえとよ。あんたは為政者……魔導国の副王でもある。だから国策に従って有望なアダマンタイト級冒険者チームが今以上に強くなって困ることはねえだろ?……むしろ立場だけなら推奨すべき立場だ。ぶっちゃけりゃ、そういうお互いの利益の擦り合わせも可能かと思ったのもある」

 

 なるほどねぇ……なんとなくイビルアイに「脳筋、脳筋」と揶揄されているイメージがあったが、ガガーランもいろいろと考えているわけだ。

 

「……その目的をイビルアイさんに話しましたか?……チームの強化目的ならば反対しようがないと思いますけど」

 

 ガガーランがニヤリと笑った。

 同時にティアとティナも目を細める。

 

「どうせやるならサプライズ……ティアとティナが拾ってきた情報じゃ、あんたは聖王国で1人の聖騎士見習い……聖王国じゃ従者って言うのか?……の娘をたった1日でとんでもない強者に育て上げたって評判だぜ。思い返せば、あのバケモノ女……ティーヌだって俺達と出会った頃は俺よりもはるかに強いとはいえ、あんなバケモノみてえな強さじゃなかった。それを一年も経たねえ内に亜人の軍勢を単騎で駆逐するようなバケモノにしたのはあんただよなぁ?……もちろんティーヌ本人も望み、血反吐を吐くような訓練に身を投じただろうよ。だがあんたがいなきゃ、絶対に今の場所に到達できなかったはずだ。アングラウスだって、そうだ。俺はアングラウスがデス・ナイトって言う魔導国衛兵の強大なアンデッド4体を瞬時に戦闘不能にするのをこの目で見た。そして1体だけ俺にもトドメを譲ってくれた……その時に確信したんだ。たった1匹の自分よりも強いバケモノをこの手で討伐するだけで、力を得られるってな……」

「さあ、素直に話す」

「そう、私達を鍛えてくれる条件が知りたい」

 

 ……条件ねえ……

 

 言う通り条件はあるが、素直に喋って従う連中とは思えない。

 強引に支配するにもイビルアイの存在が邪魔だ。

 とはいえ、連中のやる気を削ぐのもどうかと思う。

 なにしろ、そもそもが青薔薇に法国への同行を依頼しに来たわけだ。

 その相手がわざわざ戦力強化されたいと望んでいる。

 俺としては渡りに船……鴨ネギだ。

 それこそ『漆黒聖典』程度の強さであれば、成長されたところで決別しても痛くも痒くも無い。

 ならば、それらしい虚でも言うか?……テキトーに納得させて、そこそこまで鍛えるだけ鍛えて、支配はしないっていうやり方も有りな気がする。

 しかしあまりお気楽な内容を伝えて気軽に考えられても困る。何より俺のことを戦力強化コーチのように考えられてもなぁ……

 

「条件か……そうですね……俺の依頼を受けてくれたら、試しで少しだけ鍛えることにしましょう。それ以降は貴女達次第ってことで……」

 

 妥協案というよりも単なる先延ばしだが、とりあえず依頼を受けさせる為の方便と言った方が正しいかもしれない。

 

 煮え切らない回答に3人はジト目で睨んでくる。

 しかしいくら睨まれても正答など言葉にできるものではないが……

 まっ、選択権は俺にあるわけですよ。

 だからやる気を削がない程度に強気で構わない。

 

「貴女達が育成するに値する存在だと示して下さい」

「ちっ、解ったよ。俺らの本気を見せてやる」

「そう……むしろ燃える」

「解った……鬼ボスとイビルアイを説得する」

 

 3人は立ち上がり、上階へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ちわー、モッちゃん、いる?」

 

 安宿のドアを開けると2人の男が振り返った。

 内1人は見知った顔であり、もう1人は知らない顔だ。

 見知った方はフィリップ・ディドン・リイル・モチャラス子爵。王国の次代を担うと目される貴族であり、敗色濃厚な王国を救わんと駆け回った英雄だ。

 知らない方はカルロスという名の元王都の白金級冒険者であり、アベリオン丘陵でヤルダバオト相手に前衛職で唯一生き残ったフィリップの部下だ。

 

 そのカルロスが立ち上がり、腰の剣に手を掛けた。

 

「貴様……その呼び方からすると、この方が誰か認識しているのか!」

「この方って、モッちゃんだよねー……で、アンタは?」

「俺はカルロスだ。モチャラス閣下の部下だ」

「ふーん……で、私が誰だか、背後のモッちゃんに聞いてみたら良いんじゃないかと思うよー」

 

 カルロスが振り返ると顔面蒼白のフィリップが歯を鳴らしていた。

 いかに覚悟を固めようが、策略を練ろうが、身に染み付いた恐怖は拭えるものではないようで、フィリップは部下の前で体裁を保つことすら忘れていた。

 カルロスの顔を見て、慌てて体裁を取り繕う。

 

「で、カルちゃんは私が誰か知っているんでしょ?」

「カ、カルちゃん……?」

「そっ、カルロスだからカルちゃん」

 

 カルロスが唖然する間に、ティーヌは狭い部屋の中央まで侵入していた。

 そして制止する間も無く、フィリップの胸ぐらを掴み上げた。

 闖入者の上官に対する無礼にも、カルロスは動けない。

 ニコニコと笑う中でチラリと見せた目がカルロスの脚を止めた。

 命の恩人の上官は宙吊りであり、助けなければならない。

 だが近づけないし、抜剣もできない。

 あのヤルダバオトにも剣一本で突っ込もうとしたカルロスが、である。

 

「ちゃんと挨拶するのは久しぶりだねー、モッちゃん」

「貴様!……離せっ!」

「離して欲しい?」

「当たり前だ!」

 

 ティーヌがフィリップの胸倉から手を離す。

 当然、フィリップは落下した。

 手足をバタつかせていた為、着地に失敗……したように見えたが、さすがに成長の証を見せ、ギリギリ踏み止まった。

 

「貴様……魔導国の手の者だったのか?」

「うーん……ちょっとだけ違うかなぁ……お仕えしているお方がたまたま魔導国の副王になった、が正解だと思うよー」

「では、魔導王でなく副王ゼブルが貴様の主人なのか?」

「うーん、魔導王アインズちゃんは主人の主人っていうよりも友人で師匠って感じかなー……それと、お前ごときがゼブルさんを呼び捨てにするんじゃねーよ……ゼブル『様』だよねー?……お解り、モッちゃん?」

 

 唐突なティーヌの変貌にフィリップは息を飲んだ。

 そして頷く。

 

「……で、何の用だ?」

「んー……お誘い?」

「何の誘いだ?」

「法国旅行と戦力強化、のかな」

 

 散々思い悩んでいた問題の回答がベストな形で転がり込んできたのに、あまり希望通りなのでフィリップは逆に二つ返事ができなかった。

 未来の帝国攻めの為にいずれ繋がりを築こうと考えていた法国旅行も非常にありがたいが、戦力強化についてはむしろどうやって副王ゼブルに接近しようかと考えていたところである。

 しかしティーヌが介在することで同時に過去の悪夢が思い起こされる。

 恐ろくも痛い記憶が脳裏を過り、どうにも落ち着かない。

 ゴミ屑から脱却させてもらったこには感謝はしている。

 だからといって、平常心ではいられないのだ。

 だが申し出を断ることはあり得ない。

 こちらの都合もあるし、ティーヌの申し出を断ることへの恐怖もある。

 

「……本当か、貴様?」

「モッちゃんに嘘言っても、私に得は無いと思うけどなぁ……まっ、どうしても嫌だって言うなら、力尽くで考えを変えてもらう必要があるかもしれないけどねぇ……ゼブルさんにこの程度のお使いもできないと思われるのは私のプライドが許さないんだよねー……私としてはやりたくないけど、どうする?」

 

 ティーヌの笑いを見て、過去の悪夢が呼び起こされた。

 もはやフィリップに拒否などできるわけもない。

 フィリップは部下が注視する中で、何度も何度も頷いた。

 

「んで、モッちゃんとカルちゃん以外の面子は?」

 

 既にティーヌの中ではカルロスが同行することは決定らしい。

 可哀想だが、フィリップには拒否権が無い。

 しかし間が悪いのか、タイミングが良かったのか、戦線が一段落したところで他の9名は報告がてら、一度王都に帰したところなのだ。

 魔法詠唱者は戦力として貴重だ。

 鍛える鍛えない以前に才能ありきである。

 そして絶対数が違う為、安易に人員補充ができない。

 同じ陣営に魔導国副王やティーヌがいるとはいえ、アベリオン丘陵にはヤルダバオトが健在だ。

 だから王都に帰還させた。

 加えて聖王国の亜人相手の戦場では、魔導国副王の横にくっついて回れば、敵が確実に弱体化するのが判明していた。そうであれば前衛だけでもやっていけないこともない。傭兵としての報酬を手持ちの遠征資金の残額に加えれば、フィリップとカルロスだけであればかなりの期間魔導国陣営を追跡できる。消耗品や備品に至っては相当に余裕ができた。

 だから身分を偽装したまま、こんな安宿で節約をしているのだ。

 護衛と従卒を兼務させるカルロスには申し訳ないが、腹の底ではフィリップ自身の代わりはいくらでもいるが、魔法詠唱者の代わりがいないことまで考えていた。

 だがティーヌは9名の魔法詠唱者達も同行させるつもりだったらしい。

 どう答えるのが正解か……嘘は拙い。

 散々考えたが、真実を告げるしかなかった。

 

「……いない」

「いないって……どーゆーこと、モッちゃん?」

 

 笑顔のティーヌの目付きが僅かに険しくなったように見える。

 

「王都に帰した。報告と資金の節約の為だ」

「モッちゃんは?……出世して一軍の司令官になったとか聞いたけど?」

 

 フィリップは両肩を落とし、力なく笑った。

 1人付き従うカルロスには悪いが、真実を述べる時のようだ。

 

「私はもうダメだ。司令職は就任予定だっただけ……その為の練兵で大きな損失を出した。最精鋭50を引き連れ、アベリオン丘陵への遠征を私的なコネを使って強行し、彼の地で39名を失った。戦闘ならばまだしも、訓練で、だ。言い訳はできない。私は一軍を率いる器ではなかったようだ……ならば一兵卒として……」

「閣下、そんなことはありません!」

 

 カルロスが声を荒げた。

 フィリップは呆然とするティーヌから視線を外し、カルロスを見た。

 

「そんなことはあるのだ……すまないな」

「いいえ、閣下は王国の英雄であり、私の命の恩人です……けっして……」

「もう良いのだ……愚かな田舎者の貴族の三男が、望外の爵位を得て、一時とはいえ、国軍を動かす立場にまで成り上がったのだ。ここに至っては一兵卒として、復讐に生きるのみだ……偽帝ジルクニフとヤルダバオトは私が絶対にこの手で討ち果たす」

「俺は閣下に従います……閣下が救ってくれた命です。閣下の為に使い潰して下さい」

 

 フィリップとカルロスが抱き合わんばかりに接近した。

 異様に熱い空気の中、不穏な笑いが産み落とされた。

 

「……君達、御涙頂戴もイイけどさー……まずひとなみに強くなろっか、ね?」

 

 ジルクニフとヤルダバオト……その名を聞いた途端、ティーヌは本来勧誘するはずだった9名の魔法詠唱者のことは忘れ去り、目の前で茶番を繰り広げる2人を面白そうに眺めていた。

 




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