死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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48話 策謀の変転

 

 出発準備は万端……かと言えばそうでもないが、とりあえず予定通りに近い形で出発した。

 全般的に高低差の少ない道無き道をを進む。

 先頭は巨体を誇るストーンイーターのデンガロ。

 前衛は亜人絶対殺すメン『漆黒聖典』の4人。

 その直後にヤルダバオトへの復讐に燃える王国の2人。

 殿に俺達3人。

 亜人天国アベリオン丘陵の走破を目指す組み合わせとしては「酷い」の一言だ。

 青薔薇はカルネに戻り、エ・ランテル経由の正規のルートで法国入りする予定だ。神都で待ち合わせ、ってやつだ。

 

 さて、未解決の大問題がまだあった。

 法国の至宝『ケイ・セケ・コゥク』……つまり法国の奥の手であるワールドアイテム『傾城傾国』対策だ。

 ティーヌによれば所有者というか使用を許可されているのはカイレという名の枯枝BBAらしい。同様の内容は第八席次以外の『漆黒聖典』からも個別に裏が取れている。

 『傾城傾国』の見た目は白銀地に金の昇竜が刺繍されたチャイナドレスだ。さすがに攻略WiKiに載るレベルワールドアイテムだけあってこれは有名。

 効果も耐性無視の精神支配として有名。アンデッドだろうとNPCだろうとプレイヤーだろうと『世界級』を冠さないレイドボスだろうと効果を及ぼすらしい。

 

 うーん、さすがにチートですわ。

 

 使用者は女性限定……まっ、見た目がチャイナドレスだけに妥当です。

 後は単体のみに効果を発揮する……複数体支配可能ならば完全にバランスブレイカーになってしまうしなぁ。

 と、ここまでは判明している。

 詳細な制限については現物を手に入れて、是非とも『グシオンの眼』で鑑定したいところ。

 

 で、本当の大問題は……法国が俺に使ってくるか、否か、だ。

 上層部は法国不利な情勢である認識は間違いなく持っているだろう。

 魔導国との交渉を望んでいるが、魔導国にやり込められる状況は望んでいないはず……かと言って、短絡的に俺を精神支配しても魔導王の逆鱗に触れる可能性があるも理解しているだろう。

 

 あくまで上層部は、だが……こうも『漆黒聖典』のグダグダっぷりを見せつけられると、統制は怪しいと考えるべきなんだろうなぁ……

 

 つまり現場は短絡的に『傾城傾国』を使う判断を下す可能性も捨てきれないわけだ。使うなら、その対象は当然俺なんだろうなぁ……ほぼ暴走に等しい行為だが、暴走する輩はその場の判断に身を委ねるはずだし……

 

 加えて他のワールドアイテムを保有している可能性も捨てきれない。

 カイレとか言う『神人』でもない単なるBBAが『傾城傾国』を所持しているのだ。より戦闘に有用なワールドアイテムを法国が保有しているのならば2人の『神人』に持たせないわけがない。まっ、可能性の問題ではあるが、捨てきれるものではない。

 なので最低限、身を守る為に『天網恢々』は身に付けておく必要がある。

 アイテムボックスから出すのはかなり危険な行為だが、俺さえ無事ならば殺害して精神支配を解く方法が使える。『真なる蘇生』であればレベルダウンはかなり軽減できることも実証済みだ。実証実験の為に4回も死んでくれたオルランド様々だった。

 

 一つだけ、ワールドアイテムらしい情報はないことはないが、あまり漠然としすぎていた。

 隊長……つまり第一席次の持つ槍は、彼の戦闘能力に比してあまりに見窄らしいものらしい。これについてはティーヌも『漆黒聖典』の4人も同じ証言をしている。

 見窄らしい槍……思い当たるのは『傾城傾国』以上に有名なワールドアイテムが一つだけ……ユグドラシルに200近く存在すると噂されるワールドアイテムの中でも桁外れの効果を持つ『二十』の中の一つ……ロンギヌスだ。

 で、疑問が生じる。

 あんな危険な得物を戦力として貴重な『神人』に持たせるだろうか?……攻略Wikiでも確認できるテキスト通りならば、この世界ではいかなる存在も抹消できる代わりに、完全な自爆アイテムとなっているはず……600年の間に伝承が変貌したか、最重要な部分は失伝したのか……いずれにしても『神人』自体が希少な存在である以上、ロンギヌスに真の力を発揮させるのは巨大な戦力を2つ同時に失うことと同義だ……少なくとも宿敵のアーグランド評議国相手に劣勢となるのは明白……たとえ本物のロンギヌスだとしても、上層部はギリギリまで使用を許可できないはずだ。ソレが第一席次の通常装備とされているのが、なんともチグハグさを感じさせる。

 

 まっ、想像を膨らめても確証が無い上に、証言が「戦闘能力に似つかわしくないボロボロの槍」程度じゃなぁ……警戒するに越したことはないが、考え過ぎも疲れるし……

 

 対策って言ってもねぇ……『天網恢々』を身に付けとくぐらいだし。

 

 後は出たとこ勝負しかない。

 

 心許ない結論を噛み締めながら、ゆっくりゆっくり馬を進める。

 長閑だが殺伐した風景が流れて行く。

 法国まではまだ遠い。

 

「あー、麺類食いたいなぁ」

 

 俺の独り言を聞いて、並走するティーヌが妙な目付きで笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 先が見えない程の広大な峡谷越えの為のマスフライの繰り返しによる往復以外は大した苦労もなかった。それこそ俺が魔法で飛んで『転移門』で一発なのが解っていながら、連れて来たフィリップの手下に見せたくないという理由でマスフライによる往復となったのだ。フィリップならばまだしも、その手下が拘束されても救出する気がない以上、不必要に情報を開示したくなかっただけ……そこに気が回ってしまった時点で俺の負けですわ。

 そして広大なアベリオン丘陵を抜け、俺達は低い山地を越えれば、そこは王国というところまで辿り着いていた。

 それにしても、さすがはデミウルゴス。

 道中で襲ってくるような亜人は存在せず、眷属の監視網の範囲内に近寄ってきたのも2〜3体。その2〜3体すら、こちらを確認した途端、遠くへ離れて行った。

 さすがに亜人に対して会敵必殺の法国に連れて行くわけにはいかず、ひたすら南下すれば「牧場」という地点でデンガロと別れ、残りのメンバーは山越えに突入したが、少しは苦労するかと思いきや、実にあっさりと王国に密入国を果たした。

 王国に入ってからは順調そのもの……トラブルらしいトラブルもなく、サクサクと行程を消化して行く。

 

 実に暢気な馬の旅……手持ちの食料も酒も水も潤沢なのだから、食い倒れの観光旅行も同然だった。

 

 しかし法国からの迎えが現れるという間道まで約2キロメートルというところで、先行させた眷属が異常を知らせてきた。

 

 いい加減、暢気な旅行にも飽きてきたところだが、さすがにいきなり敵かもしれない勢力と鉢合わせになるのは勘弁願いたい。

 全隊を停止させ、眷属に様子を探らせる。

 

 間道というか、林道というか、獣道というか……大きな樹木の影に巨大過ぎるとんがり帽子を被った下着姿同然の破廉恥女が1人。その後方にユグドラシルプレイヤーの俺ですらバカバカしいと感じるぐらい巨大で奇妙な形の大剣を持った男が1人。そのさらにずーっと後方に大昔の女子高生の制服風の格好にガーターベルト姿という変態チックな格好の女が樹木の影に寄り掛かるように隠れていた。

 

 見たままの特徴をティーヌに告げる。

 

「破廉恥女は第十一席次でしょうね。そして大剣持ちが第六席次です。最後方で隠れているのが第七席次で間違いないでしょう。あの女は『漆黒聖典』の中では実戦向きじゃありませんから……能力から考えて、偵察役ってことでしょうね……ちょっと違和感感じる面子ですけど、こっちの4人が既に寝返っているとは思っていないわけですから……」

「でも違和感を感じる、と……」

「迎えに『漆黒聖典』4人を寄越すぐらいですから、法国としては極めて重要な任務と考えているはずです。であれば、第七席次を出すぐらいなら、兄が来そうなものですけど……私と同じ顔の男はいませんか?」

「……現時点で警戒網には引っ掛かってないな……さらに後方の警戒網の外側にいるのかもしれないが……」

「……ババアはいますか?」

 

 最も警戒を要する『傾城傾国』装備のBBA=カイレのことだろう。

 

「いや、警戒網内には見当たらない」

「ババアが来ていれば、番外以外の全メンバーが出張ってきているか……」

 

 ティーヌもかなり神経質になっているようだ。まあ、魔導国との交渉を求めている上層部が俺に『傾城傾国』を使う判断を下す意味は無い。怖いのはあくまで現場の暴走で、想定外の精神攻撃が俺に及ぶことだ。対策の為に少なくとも法国側の配置は把握しないと拙い。そうでなくとも法国内に侵入すれば、噂の『番外席次』が評議国との協定を破らずに行動可能な範囲になるのだ。いきなり交戦状態になるとは思えないが『神人』2人が同時に動ける状況に置かれる前にそれなりの準備はしたい。

 

 ということで、第十一席次と第六席次は同時に頸を押さえた。

 役目を果たした2匹の眷属が消える。

 その後、僅かに茫と宙を眺め、2人は第八席次と同じ簡易支配状態となった。

 

 別の眷属を通した視界でそれを確認すると、第八席次だけを先行させた。

 

 残る第七席次を処理すれば、とりあえずの安全は確保できるし、この先の法国がどう出るつもりなのかも、ある程度は把握可能になるだろう。

 

 ……いない?

 

 監視を続けていたはずの眷属の複眼から第七席次の変態チックな姿が消えていた。

 

 転移か?……いや、そうならば眷属が単純に見失うはずがない。

 

 眷属にはほぼ死角が存在しないはず。

 唯一と言っても良い僅かな死角は頭の真後ろだが、空気の流れを感知する器官も備えている。そこらに存在するハエと違い、眷属はトンボのようにホバリングすることも可能だ。

 真下、真後ろを確認させるも第七席次の目立つ姿が確認できない。

 

 ……?

 

 これまでに見た『漆黒聖典』レベルであれば、60レベルの眷属を出し抜くことなど不可能だ。

 第七席次のレベルが突出しているようにも思えない。

 ティーヌの証言では『漆黒聖典』の中では実戦向きではないらしい。

 

 では、どこに消えたのか?

 

 ほぼ死角の無い眷属の複眼を掻い潜り、転移でもなく、激しい移動による空気の流れも感じさせない。

 

「で、あれば……遠くには行けないはずだ」

 

 眷属を第七席次が寄り掛かるように隠れていた巨木を周回させる。

 痕跡……があった。

 レンジャー職でなければ気付かない僅かな痕跡だが、眷属の複眼は誤魔化せなかった。軽く抉れた樹皮か数ヶ所……上か?

 地獄の蠅が上昇を開始した。

 

 逃げたということは眷属に気付いているということか?

 

 痕跡を追って上昇を続ける。

 巨木の一際大きな枝の上まで一気に上昇させた。

 窪みのような股の中に体育座りでガタガタ震える旧世紀の女子高生スタイルの女。それが顔を上げた。

 まさに眷属が枝の上まで上昇した瞬間だった。

 明らかに眷属を視認しているようで、姿を確認した途端にパニックに陥り、それこそ若い女子が持つようなピンクのバッグで眷属に殴り掛かる。メチャクチャな乱打だが、そこらのハエでも空中にいる状態で叩き落とすのは難しいのに、眷属は蠅の王の眷属であり、地獄の蠅だった。眷属よりも低レベルかつ純戦闘職でもない相手が単純な殴打攻撃を当てるのは不可能だ。

 

 これまでのところ『漆黒聖典』のメンバーで眷属の接近に気付いた者はいない。世界最高レベルの暗殺者という第十二席次でも気付けない眷属に、低レベルで気付く上に、視認までする能力か……ちょっと気になるな。

 

 ティーヌに第七席次の能力を確認する。

 

「私が知っているのは占いですよ。それに遠隔監視ですね」

 

 実にあっさりした答えが返ってきた……にしても「占い」ね。なんか引っ掛かるんだよなぁ……以前、どこかで聞いたような……

 

 過去を思い返す。

 リアルは関係ない。

 この世界に転移してから……まずティーヌと出会い、ジットと弟子を配下に加えた。そしてブレインと出会い、無数のシャドウ・デーモンを確認して、なりふり構わずエ・ランテルから逃げたっけ……で。

 不意に正解に行き着いた気がした。

 

「……そう言えば、カタストロフ・ドラゴンロードとかいうウドの大木の復活を予言したヤツって……?」

「それです!……それが第七席次『占星千里』ですよ」

 

 まず「占い」っていうか「予言」ができる、と……なかなか素晴らしい人材じゃないか!

 

「で、遠隔監視って、どんなものなの?」

「かなりのものですよ。神都にいながら、国境は優に越えます。相当なものだと思いませんか?」

 

 ナザリックで言えばニグレドか……低レベルな劣化版ニグレドだとしても是非とも欲しいな。なんなら最優先で鍛えれば良いし。

 

「是非欲しいな……」

「ゼブルさん、私の前で女相手にそーゆー言い方は、たとえ真意が違っても良くないと思います……まっ、そうは言っても第七席次は『漆黒聖典』の中では嫌いじゃない方から一位なんですけど……」

 

 何故か、頬を膨らませるティーヌがいた。

 

「可能なら、レベルダウンはさせたくないな……あっさり支配できれば良いんだけど……」

「それは大丈夫だと思いますよ……強メンタル揃いの『漆黒聖典』の中では第七席次がメンタル最弱なのは間違いありませんから……能力が貴重なんで、これと言った訓練も受けていないと思います。仮に受けていたとしても潜入工作を請け負う私達が受けたものよりも劣化したものだと思います」

 

 ティーヌの言葉を裏付けるかのように、眷属が送ってくる映像情報の中で第七席次は完全にパニックに陥っていた。むしろ木から落下しない方が奇跡的に思えるほど、周囲を飛び回る眷属に向けて、おそらく悲鳴を上げながらピンクのバッグを振り回している。

 

 即座に全隊を移動させる。

 フィリップとカルロスという名のフィリップの部下……一行の中では最弱の2人を間道の入口に待機させ、他のメンバーは森の中に侵入した。

 さすがにここまで接近すると遠くから悲鳴が聞こえる。

 俺を視認するとまるで昔からの主従であるかのように第六席次と第十一席次が拝跪した。それを当然であるかのようにホバンスで完全支配した3人と第八席次も受け入れている。合流した2人はティーヌに対して少し違和感を抱いているようだが、ジットに関しては完全にスルーしていた。

 

「ゼブル様、先程から第七席次の様子がおかしく、お姿を確認してもこちらに参集しないのですが……いかがいたしましょうか?」

 

 間近で見ると想像以上にバカバカしいと思える奇妙な巨剣を持った第六席次が頭を下げた。いちおうお迎え隊のリーダーらしい。

 第十一席次はセクシーを通り越して完全に露出狂だ。森の中とはいえ、よくそんな格好で歩けるもんだと感心するも、よくよく考えたら出会った時のティーヌも良く理解できないビキニアーマーを装備していたし、帝都の闘技場では第十一席次以上の紐ビキニで喜んでいたか……まっ、こっちの世界の基準が狂っているのかもしれないし、2人がおかしいのか、法国人がおかしいのか……当の第七席次もかなりヤバい格好なのは間違いないし。

 

「連れて来い……いま、騒いでいるのは直ぐにでも大人しくなるさ」

 

 眷属に命じた途端、響き渡っていた悲鳴が消えた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 神都まで1日という距離を残し、休憩に入った。

 野営というよりも完全に宴会だった。新たな『漆黒聖典』3人の歓迎会とでも呼べば良いのか、同行しているメンバー全員で酒を飲み、『保存』の魔法を解除した大量の料理を食い、歌い、騒ぎ、踊り狂っていた。

 フィリップとカルロスの王国人2人組も臆することなく、2人に比して高レベルなメンバーの中で騒いでいた。さすがに法国人相手に爵位を誇っても意味がないことは心得ているようで、高慢なフィリップも酒瓶を片手に専ら戦闘訓練について『漆黒聖典』メンバーに聞いて回っている。

 ティーヌは第十一席次が俺に近付くのをとにかく嫌うようで、半ば喧嘩を売るような形で飲み比べを始めていた。

 その輪が広がり、野郎共も飲み比べを始めている。

 とても厳格な宗教国家の特殊部隊とは思えない光景だが、逆に普段の抑圧が厳しい分、彼等も色々と破綻しているかもしれないし、あえて破綻したいのかもしれない。

 乱痴気騒ぎのような嬌声と罵倒の中で、力比べから声の大きさ比べまで始まり、とにかく我の強い面々は何から何まで優劣を決しなければ我慢できないかのように馬鹿騒ぎを続けていた。

 

 純粋な聖職者はいないにしても、少し引くな……冒険者の集団の方がまだ大人しいもんだ。

 

 『漆黒聖典』の抑圧からの解放がとんでもないレベルに達する中で、俺は聖王国から持って来た魚介のスープパスタを柔らかくしたような麺類を啜りながら、ホバンスで酒蔵そのものを手に入れたシャンパンジュース風の酒を飲んでいた。

 目の前で女子高生というには年齢的にかなり厳しい感じの第七席次が貝類の串焼きを物珍しそうに摘んでは、一つ一つ串から外して、お上品に口に運んでいた。ティーヌの言う通り、他の『漆黒聖典』メンバーとはかなり毛色が違う感じではある……繊細と言うか、面倒臭いと言うか……

 

「……第七席次『占星千里』さん?」

 

 呼び掛けにメガネ女子が顔を上げた。

 

「はい、ゼブル様……何か御用ですか?」

「お前は予言ができるらしいが、半年後の俺の未来を言い当てられるか?」

「見ることは可能ですが、的中するとは限りません……『破滅の竜王』の復活も外しました。外すことの許されない大きな世界への影響だったのですが……それ以来、上からも当てにされていません。遠隔視能力だけは評価されていますが、今回慣れない任務に駆り出されたのもそれが原因だと思います。簡単な任務から少しでも実戦に慣れさせて、役立てようという意図でしょう。その程度でしかない私の能力でよろしければ……」

 

 ……そりゃ、ご迷惑掛けてすみませんでした。

 

「頼む」

「……承りました。ではまず右手を貸して下さい」

 

 右手を差し出すと第七席次は両手で包むように優しく握り締めた。

 

「次いで私の瞳を見て下さい」

「了解した」

 

 奇妙な雰囲気の中、メガネの奥の瞳を見詰める。

 第七席次が視線を真っ直ぐ受け止めた。

 吸い込まれるような瞳だ。

 変な状況に変な気分だ。

 可憐と言えば可憐な唇が開く。 

 

「半年後……ですか?」

「ああ、半年後だ。なるべく具体的に頼む」

「具体的……難しいですね」

「はぁ……どの辺が、ですかね?」

「今見えているのは……ゼブル様の心象風景……のようなものです。つまりゼブル様の心の内側の現実にはあり得ない風景ですから……それを元に予言を組み立てますので……具体的って言うのはちょっと……」

「ちょっと待て!……んじゃ、お前はどうやって『破滅の竜王』の復活を予言したんだよ?……俺にやっているように、こうやって『破滅の竜王』の手を握って、目を覗いたわけじゃないだろが」

「それは占術用の水晶玉を使いましたが……?」

 

 まっ……ですよねー。

 

「えーっと、今は無いの?」

「残念ながら、持参していません」

「……そのバッグの中は?」

「カード類と護身用の短剣だけです」

「カードで占えないの?」

「……他の者よりはマシ、程度の占術しか行えませんが」

「なんでそんな物を携帯してるのさ」

「いちおう武器になるので……」

「……マジ?」

「マジです」

 

 そう言い切られ、不承不承頷くしかなかった。

 仕方ないので心象風景からの予言とやら聞くか。

 

「そうか、了解した……じゃ、その心象風景からの予言を教えてくれ」

「承知しました……薄暗い建物の中です。その中をゼブル様は歩いています。行けども行けども果てしない道程です。出口があるのは判明しているのに、どうしても出口に辿り着けません。足を止めようと思っても、後に続く者達の為に立ち止まることは許されません。迷うことも許されず、ゼブル様はひたすら前進しています……」

 

 予想通り何を言っているのか、さっぱり解らん。

 

「半年では目的地に辿り着かぬ、ということか?」

「判りません……目的を果たせぬ……あるいは目的達成の兆しが見えぬ……もしくは解決方法を選択できない事情がある……ゼブル様自身は目的を見失っている、という可能性もあります。目的達成をあえて放棄していることも考えられます。いずれにしても楽で安直な道程ではない、ということではないでしょうか?」

「なかなか不穏だな」

「恐れ入ります。ですが嘘はございません。ゼブル様が半年後の未来で感じているモノを風景に投影したような……あやふやで申し訳ありませんが、見えているものが正確に何なのかも判らないのです」

 

 第七席次が深々と頭を下げた。

 他の『漆黒聖典』メンバーと違い、強固な支配の過程を経ずに第七席次はあっさりと俺の支配を受け入れた。生来神経質なのかもしれないが、『破滅の竜王』復活の予言の失敗(?)から少なからず上からの信頼を失ったと思い込んだことが大きな要因なのかもしれない。こうして占うことを求めると、遠慮がちな態度と裏腹に内心喜んでいるのが表情から伝わる。

 

「……嘘とは思っていない。ただ、どうしても解釈の幅が広過ぎるからな」

「ありがとうございます、ゼブル様。次の機会をいただけるのならば、ちゃんとした魔道具を用いて占いたいです……こうしてゼブル様に私の能力を信用していただけるのは、励みになります」

「次回は神都で予言をしてもらおうか」

「はい!……頑張ります」

 

 メガネ女子にニコリと微笑まれ、俺も笑いを返す。

 

「なーに、断りもなくいい雰囲気になってんですかぁー!」

 

 かなり酔いの回ったティーヌが俺と第七席次の間に立ち塞がり、その背後からとんがり帽子の下着女がさらに割り込んだ。

 

「こんな魅力のない女共は放って置いて、私と2人でイイことしませんか、ゼブル様?」

 

 気怠そうな雰囲気をかなぐり捨て、お色気全開……巨大な帽子の向こうから誘惑の視線を送ってくる。常識皆無の『漆黒聖典』とはいえ、さすがに臣下の分を超えるようなことまではしないが、しょーじき苦手なタイプだ。

 

「うっさい、無責任ビッチ!……黙れ、離れろ、殺すぞ、テメー」

「延々と長い間、お手付きにならないのがお前だろ、裏切り者……魅力が無えのを自覚した方が良いんじゃないの?」

「はぁ?……私はテメーみたいな尻軽じゃねーんだよ」

「勘違いすんなよ……私は尻軽じゃなくて、良い女なの……誰も彼もが私を求めてくるんじゃん」

「ビッチが!」

「クアちゃんはモテるのにねぇ……やっぱどこまで行っても片割れは片割れ……能力だけじゃなく、魅力も出来損ないで出涸らしのゴミ女じゃん」

 

 酒の勢いもありティーヌの目付きがかなり剣呑なものへと変貌する。

 同じく泥酔状態の第十一席次が酒臭い吐息と共に挑発を繰り返す。

 

「お前ら止めろ……いちおう親睦の席のつもりなんだけど」

 

 顔を真っ赤にして、今にも殴り掛かろうとしていたティーヌが急停止し、罵詈雑言を吐き続けていた第十一席次も口をつぐんだ。

 

「頼むから、仲間割れは止めてくれ……明日には神都だ。お前達は俺の盾だ。盾同士が争っていては『ケイ・セケ・コゥク』の不意打ちが防げん。力を持っているのだから、示威行為だけでなく、行使せねばならんという阿呆がいないとも限らない。そーゆー連中からすれば俺は良い標的だ。法国にとって脅威である魔導国において上からの2番目の決定権を持っているのだからな」

「了解しました、ゼブル様……この出来損ないとも仲良くします」

「りょーかいでーす。ただしクソビッチがゼブルさんにこれ以上近寄らないように警護もしまーす!」

 

 ティーヌがとんがり帽子の剥き出しの肩に腕を回して抱き寄せ、強引に荒れ狂う男共の方へと連行して行った。

 

 急に場が静まる。

 目の前で第七席次が小さく溜息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 神都の城門を潜ると、清潔かつ質実剛健な街並みが広がっていた。

 少なくとも表通りは極めて清潔であり、一本裏に入った通りも清潔そのものだった。

 

 これぞThe宗教都市と言う感じか?……宗教都市ってホバンス以外には一個も知らんけど。

 

 しかし周辺諸国有数の軍事大国の片鱗は感じない。

 城門こそ立派だが、城壁は極めて低い。カルネのような豪壮さも、エ・ランテルの堅牢さもない。その代わりと言ってはなんだが、建築物は低層の物ばかりでとにかく頑丈そうに見えた。

 行き交う人々の数はとにかく多いが、これといって他の都市と違うようにも思えない。まっ、同じような性格のホバンスも爛れていた王都と遜色ないのだから、神都も似たようなものなのだろう。

 『漆黒聖典』を先頭に立てて街を進めば、連中のイカれた格好に気付いた住民達は頭を下げる。国家機密の塊のような特殊部隊といえど、この格好では一眼見れば記憶に残るのだろう。住民達は「お役目ご苦労様です」と無言の挨拶を投げ掛けてきた。

 正式な国交があるわけではないので式典等は無いが『漆黒聖典』の面々が練り歩くだけで、道行く人々の波が左右に割れ、即席の歓迎式典のような様相を呈している。

 

 馬に揺られること30分……俺達の前に広大な敷地を誇る神殿が現れた。

 

「こちらが目的の土の神殿でございます、ゼブル様」

 

 第八席次が頭を下げ、俺達を敷地内に誘導した。

 広場を挟んだ遥か向こうに豆粒のような人影が3人分見えた。

 

「彼方で中央に立つのが、土の神官長にして六色聖典の頭領であるレイモン・ザーグ・ローランサンでございます。左手が第五席次……そちらのティーヌ様の兄でございます。右手の女性が第四席次でございます」

 

 先導する第八席次に代わり、出迎え隊リーダーの第六席次が説明する。

 

「下馬はしなくて良いのか?」

「構いません……神殿前で奉仕者が皆様の馬をお預かりしますので、そこまでは騎乗されたままで結構でございます」

 

 そう説明する第六席次も大剣を担いだままだ。

 遠慮なく、言われた通りにしよう。

 

 やがて神殿前に到達すると、40代ぐらいの壮健な中年男がジットの法服が浮くぐらいに質素な法服姿で頭を下げた。

 第八席次と第六席次が俺を紹介する前に、土の神官長レイモンは馬の横に歩み寄り、白々しいぐらいに感動の面持ちで俺を見上げる。

 そのまま俺の下馬を手伝う始末。

 

「お初にお目に掛かります、ゼブル殿……この度は不躾な要請に応じていただき、遠路遥々我がスレイン法国までの御足労、誠にありがとうございます」

「いや……こちらとしても一度はスレイン法国と話し合う必要があると感じていたところ……ちょうどそのタイミングでお誘いがあったわけですよ。絶好のタイミングでした、ローランサン殿」

「どうぞ、気軽にレイモンとお呼び下さい……皆様には旅の疲れを癒やして頂きたいところですが……もし許されるのでしたら、まずは土の神殿でお茶会などを催したいと考えております。本日はその後に御宿泊先に案内する予定になっておりますので、警備の都合上、まずはお茶などいかがでしょうか?」

「では、呼ばれましょう……それと確認ですが、私の護衛役と秘書役が法国内で拘束されるようなことは金輪際ありますまいな?」

「もちろんでございます!……事前の約束はゼブル殿に来訪して頂く為の絶対条件ですので、決して違えるような事はございません。報告では一切問題無かったと聞き及んでおりますが、迎えの者達にお付きの御二方への無礼でもございましたか?」

「いや、それならば結構……単なる心配性です。お気になさらずに」

 

 レイモンは満足げに笑い、俺達を神殿内に招いた。

 配下に加えた『漆黒聖典』の面々とはそこで別れ、俺達3人以外に王国の2人組と第四席次と第五席次が続く。

 軽く確認するとティーヌは笑顔を浮かべていたが、その目に笑いの成分は皆無だった。やはり兄が気になるのか……

 

 歩くこと約10分……目的の神官長室に到着した。

 やはり神殿そのものがおかしなレベルで広大だった。高さは無いが、とにかく無駄に広々としている。通路も広く、途中に案内された礼拝堂など体育館が10個丸々建設できるような広さだ。その広々とした中が見渡す限り清潔に保たれていた。土の神の信徒の奉仕者達が日々清掃に励んでいるらしい。

 

 室内に通され、簡素ではあるものの立派な一枚板のローテーブルにレイモンと差し向かいで座る。ソファも古くはあるが手入れの行き届いた黒い革張りの逸品だ。俺の背もたれの背後にティーヌとジット。その背後に王国の2人組が立ち、レイモンの背後に第四席次と第五席次が並び立っている。

 神官長のレイモン自らが『保温』が付与されたティーポットを持ち、俺の茶器に色の濃い茶を注ぐ。

 

「改めて、この度の御足労ありがとうございます……我がスレイン法国では貴国や他の国々のように壮麗な歓迎をする予算がございませんことを先に詫びておきます。決してゼブル殿を低く見て、侮るというような意図では無いことを神に誓わせていただきます」

「どうぞお気になさらず……こちらとしても生まれが下賤故に、あまり物々しい式典などされても困ります。正式な国交でもあれば形式も必要でしょうが、現時点では歓迎の意図が伝われば充分と考えております」

「ありがたきお言葉です……さて」

 

 ……ようやく本題か……

 

「この度、ゼブル殿をお招きした理由ですが……」

「どう言った理由ですか?……正直なところ、腹の探り合いに終始するのも時間の無駄と考えております。お互いに擦り合わせ可能なことは解消してしまった方が無駄な労力が省けると考えますが……?」

 

 レイモンが大きく目を見開いた。

 少々大袈裟な仕草は……本心を隠す為か、単なる癖か?

 

「では遠慮なく申し上げれば、我が国産品の相対的価格上昇と旧通貨の貨幣価値の下落のダブルパンチに市場も労働市場も悲鳴を上げております。輸入品の価格は安値安定であったのですが、貨幣価値の方が下落し始め、徐々に価格が上がり始めております。私のように経済の専門官でなくとも我が国の経済が疲弊していく様が手に取るように解る有様です」

「それはお気の毒に……で、私にどうしろ、と?」

 

 俺の問い掛けにレイモンは僅かに口籠ったが、やがて意を決すると必死の形相で語り始めた。

 

「……我々の国是は貴国の国是と水と油……決して混ざり合うことのない両極に位置しております。それは重々承知の上で、是非ともこの国難を助けて頂きたい。スレイン法国1500万国民を代表して……同じ人間としてゼブル殿に頭を下げる所存……」

 

 同じ人間、と強調してレイモンはこれまでになく深く頭を下げた。

 

 なるほど、だから俺なのか……アンデッドであり、多くの異形種を支配する魔導王に直接頭を下げるわけにはいかないが、少なくとも表向きには人間である俺であれば交渉の窓口を開けると……法国上層部は国内的な言い訳が必要なところまで追い込まれていたわけだ。内情は俺の想像以上に厳しいところまで追い詰められているのだろう。

 

 ……さて、どうする?……対法国としては想定よりもこちらには都合の良い状況だが、対アルベドを考慮するとあまりよろしくない状況だ。法国を崩壊は無理でも弱体化させるのは極めて簡単なのだから、むしろ「人間至上主義」を捻じ曲げさせる方に注力した方が俺にとっては都合が良いか?

 

「……私としては、魔導王陛下に口添えするのは吝かではないが、法国としての代償無し、とはいきませんね。それは絶対に無理と申し上げておきましょう。であれば話は極めて簡単です。何某かの代償を、法国として差し出せば、魔導王陛下をご納得させることも叶いましょう。この度はその為の交渉を開始するということでよろしいですか?」

 

 想定よりも厳しい回答だったのか、それとも単なる猿芝居なのか……判然としないがレイモンが顔面を蒼白にした。

 

「……代償とは……どのような?」

「目的は貴国の経済を救済することです……それに見合うものでしょうね。その見合うものをお互いに考えましょう、ということです」

「経済を救済すると簡単に仰いますが、それは確約されるのですか?」

「貴国の経済を救済する……方法を任せていただけるのであれば、極めて簡単です。ですが、それでは貴国は納得されないでしょう。パッと思い付くだけでも我々の同盟に加入すれば良いのです。同じ経済圏になれば格差は自然な形で徐々に是正されます。もちろん我々のアンデッドを用いた生産力が貴国に許容されれば、ですが……貴国の国民は歓迎するでしょう。ただし貴国の歴史を鑑みれば、指導層が喜ぶとはとても思えません」

「……アンデッド……我が国には厳しい条件ですな」

「我々も無理強いはしません。ですから、教育とセットという形で同盟国には広めております。この話は生産性向上の実績と教育がセットで初めて成立するのです。たしかに自然発生したアンデッドのほとんどが生者を憎んでいるのかもしれませんが、魔導王陛下が直接お作りになったアンデッドは陛下の言葉に絶対服従です。そして陛下は全ての国民を心から愛しております。故に陛下のアンデッドは生者を愛しているのです……陛下に支配された自然発生のアンデッドも同様です。既に我が国では自身の死後、陛下のアンデッドに志願する者まで現れております。教育と実績により認識が激変したのです」

「……失礼を承知で申し上げれば、貴方様は有史以来最大の詭弁家です」

「詭弁?……私は事実を語っているのですよ。こちらも失礼を承知で言えば、既に法国上層部にもある程度の報告は上がっているはずです。つまり貴方達は事実を知った上で、信じたくないから信じないだけなのです。それが国益に反しようと、自身の価値観の方が大切なのでしょう」

 

 レイモンは言葉を詰まらせた。

 グッと息を飲み、こちらを睨むわけではなく、ただ見詰める。

 

「……アンデッド導入以外の方法はあるのですか?」

「……万全ではありませんが、もちろん」

「我が国としては、そちらを希望することになるでしょう。見合うだけの代償を差し出すことも私個人としては同意しますが、これについては最高執行機関で討議しないわけにはまいりません」

「もちろん承知しております……気長にやりましょう。お互いに良い落とし所を見つけるべきです」

 

 ちょうどそのタイミングでドアがノックされた。

 案内役が現れ、俺達は本日の宿に先導された。

 背中にレイモン・ザーグ・ローランサンの視線以外に3対の視線を感じた。

 

 

 

 

 

 

*************************

 

 

 

 

 

 

 激論は交わされど、延々と結論は出なかった。

 国是を踏み躙るような言葉だが、反射的に激昂する以前に「救済を確約する」という棘が会議参加者各自の心で楔と化していた。

 

 経済状況は悪化の一途。

 経済の専門官でなくとも、もはや誰の目にも隠せないレベルとなっている。

 農業生産者は苦しみ、手工業分野にも鉱業分野にも苦境は波及していた。

 その苦境は神殿にも波及していた。

 各地の神殿に報告させた結果……誰もが愕然とせざる得なかった。

 知らない方が幸せだったかもしれない。

 各神殿への奉仕者こそ減らないものの、金銭の寄進は激減していた。

 加えて神殿は竜王国からの大口の寄進も失っていた。

 魔導国はともかく、帝国も王国も各地に散在する神殿の寄進額は軒並大幅減少していた。やがてカルサナス都市国家連合の神殿も苦境を伝えてくることは目に見えている。聖王国については独自の神殿体系なので、組織としては法国と無関係だった。

 つまり魔導国が各国に導入した教育システムと、それまでの嫌悪感を補って余りあるアンデッドの働きがジワジワと真綿で首を絞められるように効いているのだ。個人によってはこれまで神殿が広めたアンデッド認識に悪態を吐く程にまで影響されていた。

 治癒魔法の対価も、他はともかく魔導国では実質0だ。

 周辺国でも月を追う毎に確実に減少傾向を強めている。

 魔導国の周辺から治癒ポーションの価格下落が始まっているのだ。

 彼等は良質なポーションの大量生産、大量供給に成功着手しているようで、これまでのような職人の家内生産的な物量ではない量が市場に出回っているのだ。市場価格は『保存』の魔法を施したものでも旧通貨で銀貨10枚前後であり、これまでの3分の1程に抑えられている。神殿としては防御不能かつ致命的な一撃を加えられたも同然だった。

 これらの調査と報告は法国上層部に痛撃を与えた。

 良くも悪くも各地の神殿が法国の本殿にひた隠しに隠してきた寄進激減の実態が白日の下に晒され、各神官長は認識を改めさせられたのである。

 結果として魔導国への過小評価は影を潜めた。彼等は魔導国の影響下にある国々の神殿が魔導国の援助無しには立ち行かなくなっている現実に打ちのめされていた。そして法国経済も疲弊した現在、本殿にも各神殿に援助をする余裕が無くなりつつあるのは明白であり、期待していた他国神殿からの上納が絶望的であることも理解せざる得なかった。

 

 極限の重さが議論の尽くされた最奥の部屋の空気を満たしていた。

 披露に塗れた出席者が項垂れる中、最も年嵩のジネディーヌが顔を上げた。

 

「……たしかに魔導国副王ゼブルはそう申したのだな、レイモンよ」

「ジネディーヌ老……我々は、いや、私は魔導国という国家を見誤っていたのかもしれません。しかし私は、それでもゼブル殿を頼るべきだと考えます。もはや魔導国による経済的侵攻は我が国の命数を絶たんとしております。そして各神殿の疲弊は限界を超えております。それを殺さぬ程度に支えているのも魔導国……」

「それはそうだろうが、神殿を追い込んだのも魔導国だ。加えて本国の経済も魔導国の暗躍により破綻寸前……報告によれば一月程前から魔導国のエ・ランテルへと続く街道にスラム街が出来上がりつつあるようだ。魔導国への移住を目指す一団がキャンプ地としていた安全地帯に人が溢れていると言う……民心は我々から離れつつあるということだ。もはや開戦やむなし、との考えにも理があると考えておる。しかしながら我々が勝てぬ戦に進むことこそ、彼の国の思惑なのかもしれぬ。わしはお前に黙って手の空いていた第五席次に密命を課した。魔導国の戦力を把握せよ、とな……」

 

 マクシミリアンの座っていた椅子が唐突にガタガタと音を立てた。

 そして本人は必死の形相で立ち上がっていた。

 信徒の絶対数も少なく、法国の本殿しか神殿を持たない闇の神殿だが、それだけに疲弊の速度が他の神殿の比ではなかったのだ。負担が少ないから生き残っているだけ……マクシミリアンの認識は当たらずも遠からず。

 

「それで!……どうなのですか、ジネディーヌ老?」

「不明だ、マクシミリアン……10日程度では全貌など探れるはずもなく、第五席次は帰還させた。完全に統制されたアンデッドの部隊がいくつも魔導国内を巡回している……これについては皆も知る通りだ。単体でも恐ろしいデスナイトにソウルイーター……それ以上に強大なアンデッド達……都市で公僕となっている無数のエルダー・リッチ……農園で働く膨大な数のスケルトン……空を行き交うドラゴン達に城壁の清掃に従事するジャイアント達……これらは秘匿された戦力でないのだ。魔導国にとっては隠すほどの戦力ではないということだ。奴らの底は到底知れない……つまり開戦に反対せざる得ないということ」

「どちらに転んでも地獄……そういう事ですか?」

「そうではない。蜘蛛の糸で綱渡りの真っ只中なのだ。細い足場は確実に削れつつある。そして糸を支える支柱の崩壊も止められぬ……我々に現状維持など望めぬのだよ」

 

 マクシミリアンが深く項垂れ、代わりにベレニスが立ち上がる。

 

「つまり我々としては何かを掴まねばならないわけね、ジネディーヌ老?」

「そうだ……まず落ちるわけにはいかぬ。加えて倒れるわけにもいかぬ」

「その為の手を差し伸べているのはいそいそと足場を削る魔導国自身……悪辣極まりないマッチポンプね」

 

 ジネディーヌが枯枝のような顔に一際険しい視線を浮かべる。

 無防備に視線を受け止めたベレニスが思わず怯む。

 

「わしは断言する……我々にとって開戦は破滅と同義だ。たしかに『神人』は生き残れるだろう……だが人間を守護してきたスレイン法国という国家の命数は尽きる。対して魔導国は配下のアンデッドのを失う程度の損害……確認されている巡回部隊の数はおよそ50……各部隊に配属されているデスナイトの数は約40……被って配属されていないと仮定すれば総数はデスナイトだけで2000……それが想定される最小の数だ。ソウルイーターを勘定に含めなくとも、我が国は確実に滅ぶ」

「……気が付けば今が地獄……ですわね」

「いかにも……もはや退路も失った。この先民心が離れる速度は我々の想像を絶するものになる……無念だが、このような戦争……想像の外側だ」

「……ジネディーヌ老のお考えは理解しました。しかし国家は御老の私物ではございませんわ」

「左様……まだ敗北と決しておりませんな。形勢は極めて不利であることは認めます。しかし『神人』が生き残れば我等の意志は生き残る……そう考えることも可能」

 

 ジネディーヌの悲観論に対し、ドミニクが決然と反論を展開した。

 進むか、退くか、停滞したまま沈没するかの三択なのだ。

 誰かが主戦論を唱えねばならないことはこの場の誰もが知っている。

 あえてか、本心か……険しいドミニクの表情からは読み取れない。

 

「我等が意志も示さず、膝を屈して良いものか……安易な妥協を選択することは、滅亡と同義。この後も延々と続く歴史に我等の主張を刻まねば、ひ弱な人間を守護する強固な意志を失うでしょうな」

「その結果、守護すべき人間を失うか……それこそ本末転倒というもの」

「だが『神人』は滅びぬよ……あの子らは生き残る」

 

 ドンッと机が鳴った。

 この会議では滅多に無いことだ。

 誰も驚愕こそしないが、視線を集めるには効果的だった。

 卓を打ち据えたのはイヴォンだった。

 彼は全員を一瞥すると、満足げに頷いた。

 

「もはや議論の整理は無用……我等は立ち往生するわけにはいかぬ。故に二択。進むか、退くか……進めば滅亡……退けば全てを失う。いずれにしてもロクな結果は得られん。そして破滅の宣告者は神都に在り、我等の回答を待っておる。もちろん直接手は出せん。我等に残された道は大声で喚き散らすか、素直に膝を屈するかの不名誉な二択だ……負け戦にいくつ理屈を重ねても負け戦よ。我等の誇りは痛痒も感じぬ敵に笑われるがオチよのぉ……で、どうするね?……我等の招きに応じた副王様が回答をお持ちだ。もはや引き伸ばしも叶わぬ。何故なら我等の老いた足でも15分と掛からぬ場所に座すのだからな」

 

 イヴォンは現実を問うたのだ。

 議論の時間は終わったのだ、と。

 結論を出さねばならない。

 不名誉かつ屈辱もしくは苦痛を回避できない結論を。

 

「では、決を取る……皆も納得せよ」

 

 最高神官長の言葉に大元帥が挙手し、発言を求めた。

 最高神官長が頷く。

 大元帥は起立し、周囲を見回した。

 

「開戦は論外……それには同意します。そして可能であれば屈辱的な選択は避けたい。そこまでは皆様の同意が得られると思います。どちらも避けることが可能で、元凶である魔導国の援助も引き出せれば言う事が無い……そのような認識で間違いありませんな?」

 

 大元帥の問い掛けに、出席者は例外なく頷いた。

 

「卑怯の誹りは免れますまいが……その策があるとすれば、皆様は同意されますか?」

 

 ごく少人数の出席者にどよめきが広がる。

 大元帥は無表情のまま頷き、長く間を取った。

 

「……ここまで追い詰められたのです。カイレ様にお出ましいただくのはいかがでしょうか?」

 

 誰もが薄々考えつつも言葉にしなかった策が、大元帥の口から披露された。

 彼が最も嫌いそうな策である。

 しかし背に腹は変えられない、ということだ。

 薄寒い空気の中、最高神官長が挙手を求める。

 

 彼等は追い詰められていた。

 同じ不名誉ならば少しでも実りのある方を……彼等は魔導国の戦力を把握せんとしていたが、副王自身の戦力を考えることはなかったのだ。

 仮に情報を得ようとしても、『神人』を除いた法国の最高戦力は何も得られていないどころか、そのほとんどか既に寝返っているのだが……

 結局のところ、大元帥の「最悪のケースでは、私の暴走ということで処理していただければ……実情はどうであれ、こちらが処分さえ強行してしまえば、副王ゼブル殿もそれ以上の追及は難しくなると思われます」という文字通りの殺し文句が長く続いた会議に結論をもたらした。

 




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