こちらの武力を見せつけた結果が目の前に広がっていた。男の心を折る為とはいえ、悲惨な光景だった……だが今の俺は何も感じない……いや、汚いとだけ感じる。だから悲惨というよりも正しくは不愉快と表現するべきだろう。
屋内に散乱する数多の死体……と言うか元死体達は次々と立ち上がり、不死の軍団を形成していた。元ジャンキー共のゾンビだ。ティーヌによって生ける屍から本物の屍に変えられた彼等は、ジットによって全員漏れなく動く死体にクラスチェンジしていた。
その中央で男はガタガタと震え、腰が抜けたようにしゃがみ込み、床に黒い染みを作り上げていた。小便……だけでなく多量の血液。男の四肢は傷痕だらけ……何かの刺し傷だった。
その何かを持つティーヌはケラケラと笑いながら、さらに嗜虐趣味を満足させるべく刺突を加えても死に至らない部分を探していた。裂け目のような口が広がり、一層細まった目の奥が男に絶望を感じさせた。
「……なんで……俺達は『八本指』……」
「なんでとか、『八本指』でーす、とか、本当にどーでもいいからー……血が無くならない内にゼブルさんの質問に答えないと……死んじゃうんじゃないかなー?」
んー?、と言いながら男に顔を寄せて視界を潰しながら、ティーヌは男の左耳の上半分を切り飛ばした。室内に響き渡る絶叫に彼女は至福の表情を浮かべている。
本当にもう……嫌になるぐらい生き生きしてますな!
「……なんでこんな……」
男の呟きに答えるとすれば、なんでも何もお前自身が扉を開いて、俺達を招き入れた……単純な種明かしをすれば、男自身に自覚がないだけで、既に肉腫の支配が及んでいるだけのことだ。入り口ごと破壊して侵入しても良かったのだが、ここに王国最大の裏組織『八本指』の有用な情報があると踏んだ以上、必要以上に目立ちたくなかった。加えて支配対象が強固な組織に所属している場合、完全に支配してしまうと課した制約から外れて予想外に死に至る可能性も考えられる。ティーヌやジットのように自己中なら良いんだけどね。コイツには組織への忠誠心があるかもしれない。だから心をへし折るまで男を完全には支配しない……情報を握っていそうなコイツが自発的に喋るまで、この拷問は延々と続く。
「しぶといなー……頑張り過ぎると死んじゃいますよー」
言葉と裏腹にティーヌの笑顔が亀裂のように広がった。サディストの本領全開だ。男の右鼻腔に逆刃に剣先を突き入れて、躊躇いなく引き上げた。
絶叫が響く。顔面が血塗れになり、男は倒れ込もうとしたが、それは眷属が許さなかった。
「アハハッ! 私、テンション上がってきたー! もう本音でいいやー……もっと頑張ってよー、ねー!」
それは……もうメチャクチャな顔だった。半分絶頂に達しているのではなかろうか? 流石に引きます。
しかしティーヌのその言葉と顔付きが切っ掛けだった。この地獄は永遠に終わらない……頑張れば頑張るほど苦痛を与えられる……それで性的絶頂に達するド変態が担当拷問官なのだ……男に無限地獄を悟らせるには充分だったようだ。
「わっ、分かった……分かりました……喋るので、いえ、喋らせて下さい!」
「えー、もっと頑張ろうーよー……ねっ?」
「嫌だ! 喋ります!」
「あー、いーこと思い付いたー……私、頭冴えてるー! 口を潰しちゃえばいいんだよねー?」
ティーヌが『戦闘妖精』でなく、打撃用の予備武器である小振りなメイスを取り出した……流石に精密な刺突や斬撃と違って、『神器級』の打撃を顔面に喰らったら、この不運な男は死ぬ……俺としてもそろそろティーヌが芝居でない可能性が心配になってきた。マジで介入すべきタイミングかもしれない。
「……ティー……」
「ちょっと待て! ……お前らは青薔薇かっ!」
不意に小屋の外で立番をしていたブレインの大声が響いた。
「私達の接近に気付いた……」
「完全に気配は絶っていた……」
「よく見なくても凄い刀」
「よく見なくても凄い鎖帷子」
「……どこかで見た顔」
「私もどこかで見たような気がする……」
「残念……年齢が対象外」
「私も性別が対象外……」
「いいから、ちょっと待て! ここには俺の仲間が攻め込んでいるんだ!」
扉の向こうで珍妙な会話が続く……これは良くない状況だ。俺達とこの哀れな男はともかく、30体近いゾンビ軍団は流石に不自然だろう。だから慌ててジットに目配せした。
ジットが俺とティーヌがいる壁際に退避する。
逆サイドにアンデッド達が一ヶ所に固まった。
直後、ゾンビ共を焼き払おうとして、第三位階の制約を思い出した。この世界では第三位階でも一流扱いなのだった。見ず知らずの輩の前で第四位階以上は使えない。
「トリプレットマキシマイズマジック……ファイアーボール!」
巨大な火球が3つ、宙に現出した。ほとんど距離は無いが証拠を残さない為には仕方ない。ファイアボール程度の炎熱ならば最強化してもティーヌとジットには影響ないだろう。火球はゾンビ軍団を消し炭に変え、そのまま突き抜けた先の壁面も爆散させた。木の壁に炭化した大穴が空いている。
「……なんだ! いったい……何があった?」
崩壊した壁の向こうに妙な仮面を被った子供のように小さな女が忽然と姿を現した。仮面女の向こう側では麻薬畑が燃えている……作為的な燃え方からして、仮面女の一党の仕業に違いない。
魔法詠唱者なのは間違いないでしょうが……こっちの世界で初めて感覚的にティーヌよりも強いと感じる存在を確認しました。恐ろしいことに『人化』した俺と同レベルぐらいの力の持ち主かもしれない。
ファイアーボールの爆音に紛れて、ティーヌが殺ったのだろう……焼け焦げた不運な男の眼窩に『戦闘妖精』の刺突痕……男は既に絶命していた。ファイアボールの余波で焼け死ぬよりは真面な最期だっただろう。少なくとも苦しむ期間は短くて済む。
証拠隠滅に抜かりはない。『八本指』の情報入手は失敗したが、俺達が疑われるよりは面倒臭くないだろう。『八本指』関係は王都に到着したら改めて裏を探れば良い。
「お前達は何者だ……何故、こんな場所にいる?」
仮面女が言った。
「……怪しい」
「確かにもの凄く怪しい……けど、こっちの男は……どこかで見覚えがある。私達が『青の薔薇』とも知っている」
爆風に弾け飛んだ扉の向こうからブレインに加えて同じ顔の小柄な女が2人……抜け目無く安全確認しながら乗り込んできた。
そしてどうやらこいつらは『青の薔薇』と言うらしい……そんな酔狂なチーム名を付ける連中はこの王国内では冒険者と相場が決まっていた。
似たような厨二チックなチーム名を付ける連中では、王国ではほとんど見掛けないが、帝国にワーカーとかいう冒険者モドキがいるらしい。法国にはそもそも冒険者がいないとも聞きたが、特殊部隊の名称が厨二病全開だ……全部ティーヌの受け売りだけど。
「それに装備が規格外」
「しかも全員……私達でも見たことが無いレベル」
「でもカッパー」
「確かにカッパー」
「なのに……強い」
「だから……疑わしい」
仮面女が一歩前に進んだ。
「ティナ! リーダーとガガーランに急いで伝えてくれ。ちょっと……な」
双子にしか思えない女の内、1人が消えた。
……忍術……忍者……あんな低レベルでか?
ユグドラシルで忍者と言えば60レベルからだ。でも消えたティナという女も残った片割れもジットと同等かそれ以下ぐらいにしか感じない。ティーヌやブレインよりは確実に格下……だと思う。
「……お前達は冒険者なのか? 私はアダマンタイト級冒険者チーム『青の薔薇』のイビルアイ……彼奴は仲間のティア、連絡に行った方がティナだ」
仮面の女……イビルアイはかなり慎重に言葉を選んでいるようだ。臨戦態勢は崩さないものの、短剣に手を添えたティアに対しては仮面越しに目配せするという、ある意味離れ業を見せた。つまりチームとしての連携は相当なレベルにあるということだ。流石はアダマンタイト級……現状確認した戦力はイビルアイ以外は低レベルでも歴戦の猛者と言ったところか?
俺達には肉腫という便利な意思伝達装置があるが、それはあくまで俺から一方的な指示を伝えるだけだ。宿主の身体情報を取るだけならば肉腫だけでも可能だが、双方向の連絡にはどうしても言葉が必要だった。
改めてイビルアイを見る。
現実の問題として、アダマンタイト級冒険者チームが森の中の辺鄙な開拓村に何の用か……それが問題だった。『八本指』絡みなのは間違いないだろう。麻薬畑を燃やすのが目的ならば話は早い。燃やしたのだから帰れ、である。
しかし、まだ敵対を表明するには早い。
殺すのは論外……コイツらは相当な有名人に違いない。仮面の魔法詠唱者というだけでもメチャクチャ目立つのに双子らしき女忍者は美女だ。リーダーとガガーランという連中の容姿情報は無いが、双子の美女を含む実力派冒険者チームというだけでも人気者に違いない。こちらに転移する前の世界でも優れた女子アスリートは多少の難には目を瞑って、漏れなく美女扱いだった。その辺りの感性はこちらの世界でも大差無いと思う。
そうでなくとも……特にイビルアイは『人化』したままではちょっと厄介なレベルの相手だろう。リーダーとガガーランについても戦力は不明だ。その上『青の薔薇』が単独で村に乗り込んで来たという確証は無い……開拓村の周辺にバックアッパーとして別の冒険者チームが待機しているかもしれない……である以上、迂闊に『人化』解除は出来ない。
支配も厳しい……『青の薔薇』が予想通りかなりの有名人だった場合、俺の都合で動かすのは色々と無駄なリスクを考慮せねばならなくなる。この開拓村に単純に依頼として乗り込んで来たのならば、まだ良い。しかし『青の薔薇』のこの行動の根本に義侠心のようなものがあった場合、今後の行動に齟齬をきたす可能性が極めて高くなる。そんなものを一々考慮していられない……要するに面倒臭い。
では、逃げるか……逃げるだけならばそれほど難しくはない。しかしその場合、俺達が王都に行けなくなる。それだけは有り得ない。簡単にエ・ランテルに戻れない以上、絶対にそれは避けたい。
……となると、話を大筋だけでも齟齬なくでっち上げるしかないな。
「俺はゼブルと言います。こっちの女性戦士はティーヌで、魔法詠唱者はジットと言います。この3人でエ・ランテルで冒険者チームを結成しました。チーム名は特にありません。入り口を守っていた剣士がブレインと言います……彼は冒険者ではありませんが我々の仲間です」
「ブレイン! あのブレイン・アングラウスか!」
……「あの」とイビルアイは言った。つまり顔は知らずともブレイン・アングラウスを知っているということだ……ジットの言う通り、王国内では相当に名が通っているらしい。これは……めっちゃラッキー、かもしれない。
「ああ……確かに俺はブレイン・アングラウスだ。故あって、コイツらと共に武者修行の旅をしている。俺の仲間だから信用しろ、とは言わないが……コイツらは凄まじく腕も立つし、戦闘以外の能力も高い。俺達がここにいたのは偶然だが……この村が麻薬の生産拠点と知って放置することが出来なかった、というのが真相だ。だから怪しいと踏んだ小屋に乗り込み、そこの死んでいる男を拘束……尋問では口を割らなかったので、拷問に掛けていた……掴んでいた情報とこの惨状から察するに、麻薬中毒の人足集団に襲われたようだ」
ブレインは丸々指示通りの内容を話した。話に無理は生じるが、とりあえず敵対を避けて、この場さえ乗り切れれば良いのだ。
イビルアイの仮面が邪魔だった。表情が読めないと、いまいち雰囲気が把握できない……が、ティアという女は警戒を続けてはいるものの「ブレイン・アングラウス」と言う名を信頼したのが、レベルは一気に落ちた。それに同意していることから考えれば、イビルアイの警戒レベルも下がったと考えて良いのかもしれない。
これ以上の問答は続かず、沈黙が緩い緊張と対立の中で揺蕩っていた……リーダーとガガーランの到着まで。
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アダマンタイト級冒険者チーム『青の薔薇』が本拠地である王都の定宿としている高級宿の一階の酒場のほぼ彼女達の専用スペースと化した席に巨体を誇る女戦士ガガーランとまるで子供のように小柄な仮面の魔法詠唱者イビルアイが相対で座っていた。
今回の異常な緊張を伴った遠征が終わり、一刻も早く一息入れたかった2人としては、リーダーであるラキュースに王城への報告を放り投げたのは当然の行動だったかもしれない。
何はなくともとりあえず一杯……ガガーランはジョッキを煽った。
対するイビルアイは特に何かを手に付ける訳でもなく、極度の緊張が抜け、弛緩しつつある身体を確かめるようにアチコチをを触って、何かを確認していた。
「しかし……なんなんだ、アイツらは? あんな凄え装備のみで身を固めた連中……しかも全員が、だぜ……下手すりゃ、戦士長の五宝物なんかよりも凄えんじゃねーか?」
一息入れた途端、ガガーランが捲し立てた。
イビルアイは腕を組み、軽く頷く。
「……しかも連中は銅級だが……それにはカラクリがあった。組合で噂になっていたのでそれとなく聞いてきた……エ・ランテルでは途轍も無い大物ルーキーが立て続けに大活躍しているそうだ。登録してから僅か3週間でオリハルコンに昇格した『漆黒』……『漆黒の英雄』モモンと言う戦士と『美姫』ナーベと言う魔法詠唱者の2人組のチーム……偉業としてはまずゴブリン部族連合の殲滅。トブの大森林の南方を支配していた、あの『森の賢王』を使役し、続け様に『東の巨人』を討伐……『西の魔蛇』も屈服させ、トブの大森林の平穏を守る為に統治させている、と聞いた。加えてギガントバジリスクを次々に討伐していると噂だ……それもたった2人で、だ」
ガガーランは息を飲み、それを隠すようにジョッキを煽った。
「……そりゃ、確かに凄えが、アイツらは3人組チームで、あのブレイン・アングラウスはあくまで冒険者じゃねー、って言ってたろ。3人組の特徴とも合致しねえ……なにより2人組なんだろ?」
「……立て続け、と言ったのは1組のルーキーが大活躍しているという意味ではない。もう1組……たった1日だけ活動して、報酬も受け取らずに忽然と行方を晦ましたチームがいたそうだ……チーム名も不明……エ・ランテルの連中は『3人組』と呼んでいるらしい。通称『3人組』は恐ろしく整った容姿の黒コートの男……武装が不明なので、おそらく魔法詠唱者。純白に輝く鎧を纏った銀髪の女軽戦士に、目が眩むような法服姿の魔法詠唱者の3人で構成されていた。そしてたった1日で300を超えるモンスターを討伐し、同じ日に『死を撒く剣団』という無法者と化した70人超で構成された傭兵団を皆殺しにして壊滅させ、誘拐されていた女性達を救出……団長と幹部3名を拘束して、組合に突き出したらしい……そのままその足でエ・ランテルから消えてしまったようだが……奴らがエ・ランテルから出立する際、目撃した者の証言によれば新たに青い髪の剣士が加わっていた……との噂もあるようだ」
「ドンピシャじゃねえか!」
「十中八九……否、間違いなく連中のことだろう。だから連中は登録した時のまま、銅級のプレートなんだ……エ・ランテルの冒険者組合では少なくとも白金級にして、形式的に審査をした後、最低でもミスリル級にはしたいとの意向があるそうだ」
ガガーランは深く頷いたものの、それでも疑わし気な視線をイビルアイに向け続けた……納得いかない……と無言ながら雄弁に語っている。
イビルアイはただ頷いた。
「んじゃ……正直に言うぞ、イビルアイ……俺はアイツらが信用出来ねえ」
「まぁな、だがリーダーは連中を使う……否、協力を要請するつもりだろう。そう言いたくなるほど強力な戦力なのは間違いない。作戦期間中だけで良いから、連中の装備だけでも貸して欲しいぐらいだ……私が言いたいのは、確かにお前の言う通り連中は信用出来ない。だが連中の能力も装備一式も強力なのは事実だ。我々アダマンタイト級冒険者でも手に出来ないレベル……リーダーの魔剣キリネイラムと同等……或いはそれ以上の代物だ。ガゼフ・ストロノーフが王から貸与されている王国の至宝レイザーエッジすら凌ぐ逸品……と私は考えている。だからある程度の付き合いは考えるべきだろうな」
「だがよぉ……連中は明白に嘘を吐いているんだぜ。あのティーヌとか言ういけ好かねぇ女戦士……強えのは認める。だが、ありゃー間違いなく人殺しだ。ブレイン・アングラウスのように戦いの末に斬る、ってえなら認めねえことはねーがアイツは楽しんで人を殺すヤツだ」
あの村からの帰りの道中、『青の薔薇』は『3人組』とブレインに同道した……理由は様々だがチーム全員がどうしても放置しては危険な気がしていたのだ。少しでも会話を増やして、相互理解を深めようとも目論んでもいた……その為の軽い手合せのつもりだった。あくまで親睦とお互いの力量を確かめて、打ち解け……あわよくば銅級が保有するには有り得ないレベルの装備の秘密を知ろうとしたのだ。
結果しとてガガーランはブレイン・アングラウスとの模擬戦で完膚無きまでに叩きのめされた。それはもう一方的だった。迎撃を本領とするブレインに能動的に動かれて一方的に追い詰められた。すっかり余裕を失ったガガーランは全力戦闘に踏み切った。しかし模擬戦用の木製戦鎚とはいえガガーランの15連撃を全て捌かれ、喉元に木刀の切先が突き付けられたのだ。王国有数の戦士としての誇りはものの3分も掛からずに打ち砕かれたのだ……しかし清々しいまでの敗戦であり、自身の未熟を自覚するには良い機会だったと思うことにしたのだ。
……そこまで良かった。
問題はティーヌという女戦士だった。確かに相当な力量の持ち主だとは感じられた。最初は戦士同士ということでガガーランとの一対一……結果は対ブレイン以上に圧倒された。スピードの絶対値が隔絶していたのだ。そうなると戦闘にすらならなかった。ティーヌは木の棒切れで次々にガガーランの急所を的確に突いていく。対するガガーランは空振りするばかり。
「なんかさー……私、テンションダダ下がりなんですけど……まあ、ブレインちゃんに完封されていた時点で、ねー……戦士ナメてんのか、って感じ? もういいからさー、そっちの双子ちゃんとか仮面ちゃんとかリーダーちゃんとかも一緒にやろーよー」
そうティーヌに宣言される事態に至り、ガガーランのアダマンタイトの誇りは砕け散った。屈辱に塗れて膝を着いたガガーランはティーヌを見上げ、その顔に気付いたのだった。ティーヌはガガーランを貶めて楽しんでいた。間延びした口調と笑顔に隠された目の奥に愉悦が浮かんでいたのだ。
思い返せば、出会いも不自然だったのだ。
ガガーランはティーヌの足下に転がる焼け焦げた死体の四肢に無数の刺突痕があるのを見逃さなかった。それはガガーランに限らず、他のメンバーも確認しただろう。中でも眼窩の一撃が致命傷なのは明らかだ。つまりゼブルの説明通りに拷問したのは間違いないだろう。だが何故「ファイアボールの余波で死んだ」と説明したのかが理解できない……ゼブルがそう説明する理由は確実にあるのだ。しかし判然としなかった。
だがティーヌの目の奥にあるモノを見た瞬間、ガガーランは天啓を得たのだ。
ガガーランがジョッキを強くデーブルに置いた。大きな音を伴って卓上が激しく揺れたが、周囲は反応しない。このテーブルは半ば彼女達の専用スペースと化している為、店の承諾を得て盗聴防止の魔道具が設置されているのだ。
「だがお前よりも強い……あの装備込みならば私にも届きかねない器だ。ジットという魔法詠唱者は信仰系も魔力系も使える為、信仰系のみで比べればリーダーに劣るかもしれないが、マジックキャスターとしての絶対的な難度はリーダーよりも上。加えてブレイン・アングラウス……ティーヌとほぼ同等か若干劣る程度の難度だろう。つまり剣士としては私に届き得る存在だ。そして最後にゼブル……アレは確実に私よりも強い……難度で200近い、と私は踏んでいる」
「にっ、200!」
「……初めて、あの村でアレを見た時……私は危険な連中だと分かっていながら仕掛けられなかった。ティアとティナの身の安全を優先する……そう言い訳して、なんとかこのバケモノと交渉しようと取り繕った」
「……そんなにか……」
「ああ、アレはヤバい……『十三英雄』が滅した魔神の中でも相当に高位の存在と同等だ。そんなバケモノの中のバケモノが単なる人間の姿をして、目の前にいたのだ……簡単に飲み込める状況ではなかった」
ガガーランの唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「ゼブルが難度200として……他の連中は……?」
イビルアイは仮面の下でどのような顔で応えたのか……大きく、ゆっくりと頷き、一呼吸置いて、かなり深刻な内容を告げた。
「私の見立て……あくまで装備込みの難度だが……ジットがおおよそ130超えたと言ったところ……ブレイン・アングラウスは140……否、それ以上も十二分に有り得る。そしてお前を完封したあの女……ティーヌは150前後で純粋な戦士職だ。つまりティーヌの領分で戦った場合、私は確実に敗れる。もちろん本当に殺り合うことになったら、戦士の領分なんぞに付き合ってやる気は無いが……まずはその状況に陥るのを避けるべき、と言うのが私の考えだ」
「さらにその上にゼブルか……イビルアイを除けば、俺達全員難度90ぐらいだろ? アイツらは俺らよりも圧倒的に強い……それを受け入れねえと、か」
「ああ、連中の銅級プレートにこそ、何の冗談か、と言うべきだな。まずはあの連中は強い、という事実を認めるところから始めるべきだ……そして協力関係を築かなくては……ブレイン・アングラウスの言葉が真実ならば、少なくともあの連中は麻薬の蔓延を良しとはしていないようだ。対『八本指』にあれだけの戦力が増強されれば、アダマンタイト級の器と評判の『六腕』すら問題にならないだろう」
「……ブレイン・アングラウスの言葉が真実なら、な……俺らが背中を任せる根拠しては弱かねえか?」
「信用出来ないか、ガガーラン? 実を言えば私も信用出来ない。甘い考えだと思う。だがリーダーはもう決めているぞ……彼奴にとっての優先事項は王国内の麻薬の撲滅……あのお花畑の姫様も同じ考えだろう……政治的力関係の問題だろうが、意外に清濁合わせ飲む面もあるからな」
「ラキュースかぁ……それだけだと思うか、イビルアイ? 初めてゼブルを見た時のあの顔……どう思う?」
これまでの真剣な表情から一転、ガガーランは人の悪い顔を作った。
「私には解らん……だが一番付き合いの古いお前がそう思うのならば、そういうことも……否、彼奴だぞ」
「まぁな、確かにラキュースだ……一生『無垢なる白雪』を手放さそうな気はするなぁ……」
今度はイビルアイが仮面の下でクツクツと笑った。
「彼奴は……貴族の御令嬢で美人なのに色々と残念なところが……それにお前が気にしていた顔の原因もなんとなくだが想像がつく。アレはゼブル本人でなく、あのコートに視線を奪われた感じがする。なんとなく魔剣キリネイラムの刀身と似た光沢が有ると思うぞ」
「確かに……その解釈の方がしっくりくるのがラキュースだ」
ガガーランは豪快に笑い、残った酒を飲み干した。
そして目をやった入口に手を掲げ、大きな声でこう言った。
「よお! 童貞っ!」
**************************
王都リ・エスティーゼの古びた街並みを眺めながら、久々に1人で目抜き通りを歩く。料理店以外にも屋台が軒を連ね、通りは猥雑さに満ちていた。アーコロジー内の病的に清潔さが保たれた、異様に整然とした街並みしか知らないで育った俺としては滅茶苦茶にハイテンションだったが、とりあえず食事の前にやる事をやらねばならない……ひたすら街を歩き回るのだ。
ティーヌとジットとブレインも単独行動だ。王都の冒険者組合に持ち込んだ討伐証明部位を換金した金でなんとか極貧生活から抜け出し、3人に外套を買い与えた……俺についてはユグドラシルの装備規制が働くらしく、どうしてもコートの上に外套を着用出来なかったので諦めた。なので3人分、どうにか無駄に悪目立ちはしない格好を手に入れ……と言っても地味な外套を上から羽織っただけだが……分散して仕事に取り組めるようになったのだ。
俺は地形と地理を覚える為に王都を歩き回っていた。いざという時、目立たないように『転移門』を使う為である。逃げるなり奪うなりを考えた場合、どうしても必要な作業だった。これが終わったら冒険者組合か冒険者の集まる酒場で情報収集の予定だ。
その前に色々な屋台で「金の心配をせずに色々な物を買い食いがしたい」という細やかな夢も叶えるつもりだが……アーコロジーで生まれ育った俺が、せっかく異世界に転移したのだ。このチャンスを活かさない手は無いだろう。
ティーヌは『八本指』の情報収集兼裏のありそうな商店からの買い出し。ついでにギガントバジリスクの死骸を素材として買い取る商店を探して繋がりを作る。
ジットは王都で活動するズーラーノーン構成員達と接触して、やはり『八本指』絡みの情報収集。
ブレインは歓楽街や飲み屋を回って『八本指』関連の噂の収集。可能ならばガゼフ・ストロノーフ宅を訪ねてアポイント取得だ。
ポイントは全員が飲食不要の効果を持つ装備を外していることだ。つまり各自に割り当てた金貨3枚まで自由に飲み食いなり買い物なりして良い……むしろ「しろ」と言うことだ。
俺達が旅を続けるだけならば蓄えは十二分に出来ていた。だがエ・ランテルに残留してジットの計画を進める連中は、現在任務を進められず、慣れない表社会で食いつなぐ為の仕事に奔走しているはず……彼奴等になんとかして確実に送金できないものか……?
まあ、自分達の骨休めも必要だが、裏方スタッフの生活にも気を配らねばならない……ということだ。彼奴等を支配した以上、それは俺に課せられた責務だろう。
しかし、やはりどう考えても異世界転移物のテンプレ通りの中世から近世風の異世界では、どうしても他人を介しての送金になってしまう……全国に支店網を待つ銀行もネットバンクも仮想通貨も無い。手数料も凄まじく高額な上に信用も出来ない……いや、割とマジにどうしろと……
そんな事を考えながら街並みを歩いていると、街の雰囲気が唐突に断絶したかのように違和感を感じる路地に入り込んでいることに気付いた。あれほど溢れていた歩行者が全くいないのだ。
んっ……あれ、気付かない内に住宅街に迷い込んだか?
と思ったが、住宅街にしても人影が無い。時間は夕刻……もう少し生活感があって然るべきだ。およそ50メートル先に黒い人影が1つ……足下にかなりデカい袋とそこから伸びる腕……………うで?
うーん……トラブルの臭いがプンプンしますな!
そのまま30メートル進む間に左手の建物からゴロツキ風の大男が飛び出してきた。そして黒いスーツ姿……いや、執事のような格好の老紳士と揉め出した。
慌てて眷属を飛ばす……どちらに取り付くか……『八本指』絡みの可能性があるのは大男だろう。老紳士は姿勢が良過ぎて、たとえ繋がりがあっても主人の方だろう、と判断した。
「えーっと……お困りですか?」
老紳士に問い掛ける。すると大男も振り向いた。
「うるせえっ! 関係無え奴はすっこんでろ!」
早速大男が噛み付いてきたので、黙らせる。既に身体は支配していた……大男は何も自覚できないまま黙り込んだ。黙っていることに疑問すら感じていないだろう。
「あー、お前じゃ無くて、俺はこちらの紳士に尋ねているの……で、俺はゼブルと言います。銅級の冒険者です。全くの偶然とはいえ、ここに通り掛かったのも何かの縁です……お困りですか?」
上品ながらも厳つい顔に、素晴らしい姿勢を支える鍛え上げた身体……かなりの猛者なのかもしれないが、どうにも違和感を感じる……こちらに転移してから感じるようになった、ざっくりとしたレベル読みが通用しない……ということはアイテムなり魔法なりスキルなりで阻害しているということだ。
隠す以上、この老紳士が強いのは間違いないだろう……だが不思議とプレイヤーとは思えなかった。もちろん外見では判断出来ない。人間種のプレイヤーであればあえて老人アバターを使う者はいた。いわゆる中世ファンタジー世界の魔法使いロールプレイヤーであれば男女問わずいる。俺のように『人化』可能な異形種プレイヤーで『人化』後のアバターに老人を使用する者は寡聞にして知らないが、いてもおかしくない。しかしこの老紳士の場合はユグドラシルのテンプレートに無い設定だった。だから『人化』可能な異形種プレイヤーとも思えない。あくまで知る範囲だが『人化』後の人間アバターに僅かでも課金するぐらいならば本体のアバターに更に課金するのが一般的だ。そもそも老執事と言う設定をプレイヤーが選択するシーンが無い……とは言わないが貴族ロールプレイの家人設定って面白いか?
まあ、そんなアバターの分析よりも、この老紳士の雰囲気がどうしてもプレイヤーっぽくない、というのが一番大きな根拠なんですけどね。
老紳士は足下に視線を落とした。
ズボンの裾を傷だらけかつ痣だらけの手が掴んでいる……女の手だ。
「助けて欲しいそうです……わたくしは彼女を庇護すると決めました」
「分かりました……俺が彼女を治癒すればよろしいでしょうか?」
「失礼ですが、貴方は治癒の魔法が使えるのですか?」
「その程度の傷でしたら問題無く……いけるでしょう」
「精神の方は……?」
精神の傷ねぇ……そんなモノを気にする以上、やはり老紳士はプレイヤーでないことは俺の中で確定となった。
「記憶操作ですか……彼女を預けて頂ければ、知り合いに第五位階まで使える神官がいますが……それ以上の位階が必要な場合は難しいかと」
「……なるほど」
老紳士は顎に手を当て、考え込んだ。
どうにも重い……こっちも彼の雰囲気に引っ張られてしまう。
「分かりました……ゼブル様に彼女を預けましょう。必要な経費と報酬はわたくしがお支払いいたします……とりあえずはこれで……不足でしたら、後日彼女を渡していただく際に請求して下さい。申し遅れましたが、わたくしはセバスと申します」
セバスさんは上着の懐から革袋を取り出し、中身を取り出そうとして、手を止めた。そして革袋をそのまま俺に手渡した。
受け取るとズシリと重い……こりゃー、凄い金額だ。この金額の裁量権を持つということは、この人は執事と言うよりも主人……いや服装が完全に違う。やはり王族や相当な大貴族の家令なのだろうか?
「口止め料も兼ねて、全額お渡しします……これで追加分は無し、ということにしていただけますか?」
「分かりました……それで構いません」
「中身を確認しなくてよろしいのですか?」
「貴方を信用しますよ、セバスさん」
「では、彼女の治療が済みましたら……そうですね……こちらにわたくし宛の伝言をお願いします」
セバスさんは懐からスクロールを取り出し、魔術師組合の蜜蝋の封印を指し示した……つまり魔術師組合では相当な上顧客なのだろう。
「では……よろしくお願いします、ゼブル様」
と言い残し、セバスさんは後ろ手に手を組み、颯爽と立ち去った。彼自身もかなりの戦力も資金力も保有していそうだが、どちらかと言えば彼が忠節を尽くす主人の方に興味が惹かれた。
金持ちや権力者と知り合いになって、絶対に損は無い。それはこれから俺達が王都でやろうとしている計画が有うと無かろうと変わらない。
改めて女を見た。正しくゴミのような扱いだった。捨てられる時も袋入りとは……若い、とだけは判断できるが、美醜は全く判らない。顔面も全身もボロボロだった。しかも半裸に近い。つまり彼女はそういう扱いをされる女だったのだろう……変態相手の娼婦か、性奴隷と言ったところか?
しかし女の素性がなんであろうとセバスさんから依頼として治癒を引き受けたのだ。彼の主人に近付く為にも完璧に治療してやる。
「ミドル・キュアウーンズ!」
ゴミのようだった女が表面上は可愛らしい顔を取り戻した。これで少なくとも女の命だけは助かける事が出来たわけだが……残りの処置はここじゃあまりに目立ち過ぎる。
俺は大男に命じて傷だらけの女を袋のまま抱き上げさせた。
この大男は死んでも構わないので完全に支配する。ただコイツの出て来た建物の鉄の扉だけは徹底的に記憶に焼き付けることにした。直に『八本指』でなくとも、必ず王都の暗部に繋がる扉に違いないから……
お読み頂きありがとうございます。