死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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50話 死体蹴りは死んでいないと難しい

 

 『漆黒聖典』最強の少女……番外席次『絶死絶命』は『六大神』由来の玩具であるルビクキューを弄っていた。5柱の装備が安置される神聖な部屋の入口扉に寄り掛かり、誰となく待っていた。

 とにかく暇なのだ。

 果てしなく平坦な日々が続いていた。

 評議国のドラゴンロード達との盟約により、基本的に日中はこの建物から出ることはない。それどころかここ10年以上も昼夜問わず法国内からも出たことはない。

 国境が近い辺境部での訓練には参加も許されない。

 少しでも国外に出る可能性がある作戦行動からは外された。

 事実上『漆黒聖典』としては活動していない。

 当然、エルフ王国との戦争など論外。

 訓練場で格下相手に稽古をつける程度のことはするが、同じ『神人』である第一席次以外は相手にならないし、その第一席次にしても格下どころか三下程度の実力しか持ち合わせていなかった。

 対等の相手がいない。

 自我を得て以来、敗北を知らない。

 訓練でも実戦でも一緒だ。

 敗北を知らぬままこの場所に封印された。

 はるか遠い異国の強者の噂を聞きつけると心が沸き立つ。

 その噂を持ってくる者を常々待っているのだ。

 白金の竜王。

 エルフの狂王。

 魔導王アインズ・ウール・ゴウン。

 朧げに噂に聞く強者達の中でも雌雄を決したいと強く願う3名。情報だけとはいえ、番外席次のお眼鏡に叶った選りすぐりの3名だ。

 敗北を知りたい。

 自身に敗北を与えた者と交わりたい。

 そして子を成したい。

 しかしそういう意味においては上記の3名は論外だった……実父とアンデッドとサイズ違い。

 

 ルビクキューが1面揃う。

 が、なかなか2面同時とはならない。

 ごく稀に2面揃うこともあるが、50年以上没頭してもどうにもコツが掴めない。自分には才能が無いのかもしれない。

 

 今日は1面揃ったことに満足し、顔を上げた。

 最奥の間は朝どころか、自分が出仕した早朝以前から中に人が籠っている。

 つまり昨日の深夜から会議を続けているようだ。

 昨晩、退出した際には全員が出て行ったはずだ。

 それが深夜に集合し、誰も中から出てこない……ということなのだろう。

 昨晩会った第一席次は「これからカイレ様を迎えに行き、そのまま護衛の任に就きます」と言っていた。極秘かつ緊急の作戦行動です、とも。

 その一件が関係しているのだろうか?

 たしかにカイレが出張るとなれば、神器『ケイ・セケ・コゥク』を使用する前提で間違いあるまい……国家として看過できぬ相手以外に使うはずがない。せま

 対象が未知の強敵の可能性はあるのか?

 突き詰めれば番外席次の興味はその一点に尽きた。

 普段は好んで会議室に入りたいとは思わないが、今回ばかりはあまりに最高執行機関の動きが平素とは違い、かなり興味があった。

 

 レイモン辺りであれば、話して良いところまでを考慮して会議内容を説明してくれるはず……もし話さないという選択であれば、それはかなり重要な案件の証左と考えて間違いないだろう。

 

 思い付いた途端、今度は会議室の扉が気になって仕方ない。

 しかし扉は開かない。

 小休止すらなく、食事の休憩もない。

 

 やはりおかしい……完全に常軌を逸している。

 

 ハーフエルフである自分と違い、純粋な人間である彼等は壮年から高齢者という括りに入るはず。それが休憩無しに討議を続けてもロクな結果は得られないだろうに……

 

 ルビクキューを懐にしまう。

 黒髪と銀髪に綺麗に分かれた髪を掻き上げ、髪とは左右逆のオッドアイが扉の向こうを透過させようと見詰めるが、生憎そんな能力は持ち合わせていないし、急に得られるようなものでもない。

 

 大きく伸びをした後、大きな欠伸が出た。

 弛緩し切った毎日に刺激が加わるかもしれないと思うと興奮はするが、言ってしまえばそれだけだった。

 今回の作戦にしたって、やはり自分は蚊帳の外。

 自分にとっては五十歩百歩程度の差しかない第一席次以下で始末できると判断されたような案件なのだ。

 

「……にしても、長い会議」

 

 番外席次は知っていた。

 看板に偽りはあるのだ。スレイン法国は番外席次と第一席次の二枚看板などでなく、自分こそがスレイン法国の軍事力であると……神官長の中には自分のこのような考えを憐れんで、過去の神官長達を批判する者がいるが……自分以外の全ての戦力が滅んだところで一切問題が生じないのは事実なのだ。そう認識するのは過去に問題があるのでなく、自分と対等以上の相手がいない現在が悪い。世界が悪い。

 だからこそ切望するのだ。

 

「敗北……できたら良いのに」

 

 姿の見えない未知の強敵を夢想しながら、番外席次は瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 扉の向こうで番外席次が瞼を閉じた頃、最高執行機関メンバーによる終わりの無い会議は一定の結論を得るまで、永遠に続くと思われる問答と先の見えない戦いを繰り返していた。

 メンバーの囲む会議机の中央に第一席次の短剣が置かれている。

 魔法による持ち主の探知も無駄だった。

 目抜き通りのど真ん中に持ち主の姿は無かった。

 返す先の無い返還された短剣。

 切迫した事態を決して忘れない為の戒めだった。

 

 常日頃年齢を感じさせないジネディーヌだが、さすがに昨晩の騒動から寝ずに10時間以上ぶっ続けの会議では顔色が優れない。だが彼の舌鋒は衰えることを知らなかった。

 議論を主導するのはレイモンの従属論とドミニクの主戦論であるが、双方決め手に欠ける。レイモンの主張では譲れない国是である人間至上主義の堅持が担保されず、結論を得たとしても最奥の最奥のに座す従属神に上奏などできるわけがない。対するドミニクの主戦論では気持ちが先走った感情論の範囲を超越できておらず、そもそも国家の存亡を掛けた戦略の主軸に置くような代物とは思えないが、誰もが納得できてしまうのが問題だった。しかも両論共に粗が多く、精査する度に討議のやり直しとなる。どちらの論にも与せぬように心掛け、粗に対する指摘を繰り返しているのがジネディーヌだった。

 今この時が本当にスレイン法国の正念場……崖から転落し、指一本だけでギリギリ身体を支えているような状況だ。小さなミスも気の緩みも許されない。現に安易な責任転嫁に流された結果が今の窮状を生んだのだ。

 ジネディーヌはこの会議で残りわずな寿命を使い果たす覚悟だ。

 

「……しかしだ、レイモンよ……行方不明の第一席次はともかく、他の『漆黒聖典』のメンバーはどうしたというのだ。いまだ副王の宿の周りを固めておるのだろう?……お前か第一席次のどちらも無しで淡々と任務に従事できるような連中ではなかろう。第五席次や第八席次はともかく、他の面々は堪え性が無かったと記憶しておるが……」

 

 ジネディーヌとしては延々と続く重過ぎる話題からの転換のつもりだったが、予想外にレイモンは深刻な顔付きを向けた。

 

「さすがはジネディーヌ老です。私の浅知恵など見透かしておられる。皆様に隠すつもりは毛頭ございませんが、あえて後回しにしていた実に深刻な議題でございます。皆様には既に第三席次の不穏な様子をお伝えしました。敵から強力な精神攻撃を受けたのではないか?……この疑念はお伝えした通り。そして同様の攻撃を『漆黒聖典』全員が受けたのではないか?……ここまでは同じ認識と考えております。私は統括責任者として彼等に尋問しました。もちろん彼等の真意を探る為に、それとなく会話しただけです。その結果、高い確率で判明したのは『漆黒聖典』のメンバーは祖国と同じく魔導国副王に忠誠を誓っているという、高い確度の推測です。彼等が集団で私を揶揄っているのでない限り、これは事実でしょう。つまり我々は2つの神器と『神人』の1人、それに加えて最高戦力のほとんどを失った……特にゼブル殿を聖王国まで迎えに行った第六から第十二席次の精神支配は重篤な状態と言えるでしょう。彼等は祖国よりもゼブル殿に重きを置くことに微塵も違和感を感じていません。逆に何故ゼブル様に刃向かうのかと尋ね返されたのです……あくまで私の推測ですが、ゼブル殿は神器無しに精神支配を、それも複数同時に行使することが可能なのではないでしょうか?……もし私の疑念が考え過ぎなどでなかった場合、既に『漆黒聖典』は完全に敵方と考えるべき。最悪のケースでは第一席次もカイレ様も支配されいる可能性があるのです」

 

 レイモンの言葉に長時間の会議で疲労困憊の表情を見せていた面々の表情が固まった。

 魔導国副王はまたも最悪の想定を軽く超えてきたのだ。

 第一席次とカイレが殺され、2つの神器が奪われた可能性が極めて高い……これがこれまでの最悪の想定だったが、レイモンの言葉で、むしろ死んでいれば御の字のところまで突き落とされていた。仮に第一席次が敵に回った場合、法国内で対抗できるのは番外席次のみ。その番外席次ですらカイレが存分に力を引き出した『ケイ・セケ・コゥク』の精神攻撃を退けられるのか?……出たとこ勝負に打って出るにはあまりにリスクが高過ぎた。

 

「その推測が現実でないことを祈るしかあるまいな。これで我々はあの子に副王を強襲させる選択肢も失ったわけか……あまりにハイリスク……いかにあの子でも『ケイ・セケ・コゥク』の精神支配に抵抗できるとは思えん」

「左様……『神人』を2人も失うことなどあってはならん。奇跡的に現世に復活した古の『六大神』の血脈を絶対に絶ってはならん。まして法国と『神人』が敵対することなど……一切許容できん!」

 

 それまで主戦論の論陣を張っていたドミニクまでもがジネディーヌの言葉に追従した。

 

「……それにしても恐ろしきは魔導国よ。最強の『漆黒聖典』を精神支配する力を持ちながら、正攻法で攻めることなく搦め手を駆使しよる。しかもここまで攻め込みながら、我々に戦力の情報すら掴ませない。役者が違った、としか言い表しようがないのう……副王ゼブルも人間でありながらアンデッドと異形の支配する魔導国で序列二位の権力者に成り上がっただけのことはある」

「全ては憶測。なんら確証を得たわけではありませんわ、イヴォン……しかしながら私も同意します。経済で追い詰められ、最強の戦力を奪われ、国家の至宝すら守れなかった私達には、もはや国家を指導する力はございません。レイモンの言葉に従い魔導国との交渉を進めましょう。魔導国のアンデッド労働力の受け入れだけは抵抗を感じますけど……闇の神スルシャーナ様の思し召と考えるべきなのかもしれませんわ」

 

 中立のイヴォンに続き、どちらかと言えばかなり主戦論寄りの立ち位置だったベレニスも遂に折れたようだった。

 

「……私も同意します。もはやスレイン法国は周辺国に対し、軍事的な優位を失ったと考えるべきです。番外席次さえ健在であれば、いずれ巻き返しも可能でしょうが、この状況で番外席次を失えば、我々は滅びの道を突き進む以外の選択肢を失います。周辺国には侮られ、いずれ巨大化した魔導国に踏み潰されるでしょう」

 

 元々従属論を展開していたマクシミリアンだが、彼は将来の巻き返しを口にした。たしかにマクシミリアンの言う通り、ここで番外席次を失うことは未来の展望すら失うに等しい最悪だった。その最悪を回避する為にも、第一席次の安否が不明な状況で番外席次を失う選択だけはあり得ない。

 

 六大神の神官長達は大きく頷いた。

 彼等の方向性が統一されれば、大元帥に各機関長は頷くしかない。

 最高神官長が改めて採決を促すこともなく、それまで紛糾に紛糾を重ねていた最高執行機関の会議はあっと言う間に落着した。

 

「では、魔導国との交渉役はこれまで通りレイモンに一任し、補佐役にはジネディーヌ老にお願いするとことでよろしいかな?……あまり船頭を増やしても交渉は進展しない上に、無為な時間の経過は我々の不利に働くと考える。皆の者、それでよろしいか?」

 

 最高神官長の言葉に反対する者は無かった。

 

 

 

 

 

 

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 目の前にシーツを巻き付けただけの老婆が立っていた。

 老婆の名はカイレと言う。

 ティーヌが言うところの「クソBBA」だ。

 朦朧と立ち尽くす老婆が『真なる蘇生』を詠唱した瞬間、足下の箱に集めた汚泥からニュルリと全裸で生えてきたのを見て、自分の行為による結果でありながら、もの凄くびっくりした。

 横に立つティーヌはゲラゲラ笑いながら、抜け目なく抜剣していた。

 同時に表現し難い罵詈雑言を吐きながら、カイレの悍ましい全裸姿にシーツを巻き付けた。

 カイレは朦朧としながらも老齢に似合わぬ良い姿勢で直立していた。

 とりあえず反抗の兆しは感じない。

 しかし支配後に破壊した脳が再生後にどのような状態になっているのかまでは実験していなかった為に確証は無い。ユグドラシル準拠であれば支配された状態からは脱しているはず……念の為、再度眷属を寄生させ、即座に肉腫で支配する。

 

「おい、お前は誰だ?」

 

 カイレは言葉に反応しなかった。

 老齢の影響からか、さすがに『真なる蘇生』といえど、なかなか意識は混濁した状態から復帰しない。

 

 半裸の老婆を眺めること10分……肉腫からの呼び掛けを繰り返し、ようやくカイレの目付きから漠とした不安を感じさせるものが消えた。高齢者が朦朧としているだけで不安を感じさせるのはリアルと変わらない。

 意識を取り戻したカイレはその場に跪き、深々と頭を下げ、名乗りの口上を始めた。

 

 うん……しょーじき、どーでも良い。

 

 完全に俺の支配下にあることさえ確認できれば問題ない。ワールドアイテム『傾城傾国』を託される程の老婆だ。1500万国民の中でも国家からの信頼度では頂点に近い位置に在るはず……でなければ耐性無視の精神支配が可能な秘宝など託せるはずがない。統制された国家であればあるほど『傾城傾国』の危険度は飛躍的に増すからだ。

 だからこそ身柄を返還する。

 

 まっ、『傾城傾国』は絶対に返しませんけど。

 

 存在そのものが危険極まりない上、ほんの一部とはいえこちらの情報を知られた第一席次は易々と返還できないが、カイレは最高執行機関に返してやるつもりだ。

 もちろん支配したまま……『漆黒聖典』の現状を知られた以上、こちらが他者を支配する能力を持っていることは既に露見しているはず。

 『陽光聖典』とかいう特殊部隊をアインズさんが捕らえた際には情報漏洩を恐れて3度質問に答えると死ぬ魔法という、恐ろしくも愚かな対策を施していた法国だが、はたして『漆黒聖典』とカイレをどう扱うのか?

 一度殺して蘇生させる……番外席次が残されている以上、戦力ダウン覚悟でそうする可能性が高い気がする。連中の想定する精神支配は魔法か『傾城傾国』によるものだろう。

 そしてこの世界の蘇生は『死者復活』だ。

 当然レベルダウンは想定内のはずだが……自死も選択できず、俺について何も喋れない制約を受けたカイレの扱いには困るはず。『死者復活』では殺したカイレを蘇生できない。レベルダウンで灰になる可能性が極めて高いのだ。

 むしろ死んだまま方が法国にとっては楽な状況だったはず。

 『漆黒聖典』だけを処理しても第二世代諸共処理できない限り、即座に再支配は可能だ。その実証実験の為にカイレを蘇生した一面もある。

 『漆黒聖典』殺害と同時に孵化する第二世代か、住民の宿周辺への侵入阻止の為に展開していた部隊に丸ごと寄生させた300に及ぶ肉腫が神都で待ち構えている。危険すぎる腐食蠅こそ役目を終えて、そのまま消えるに任せたが、現時点では二度と補充の効かないMP回復ポーションを浪費してまで召喚した大量の肉腫蠅をそのまま消すに任せるのはさすがに惜しい。

 部隊丸ごと乗っ取った形で温存した。

 

 本音を言えば嫌がらせ程度の話ではある。

 法国が『漆黒聖典』を始末する選択に至るかも判らない。

 このまま屈服してくれれば、それで良し、なのだ。

 俺を殺すか、精神支配するかしようと試みた結果なのだから、いまさら『傾城傾国』を返せとも言い難いだろう。

 ざっくり80レベル以下程度に感じた第一席次こそ簡単に身柄は返せないので、入念にレベルダウンさせた上で支配するつもりだ。そして第一席次も完全に支配した上で身柄を返還する。一切の情報を漏らさせないようにする為だ。

 

 カイレの長い自己紹介が続いていた。

 長く生きた分、やたらと話す事も多い。

 老婆に満足するまで生涯を語らせたら、どれだけ時間が掛かることやら……

 興味無いので、中断、中断。

 

「了解した、カイレ……んで、お前に命じる。お前の元の飼い主のところに出頭しろ。自死と俺に転向した方法及び経緯を語る以外の全てを許可する」

「承知じゃ、ゼブル様」

 

 カイレは老齢を感じさせぬ素晴らしい姿勢で深く一礼し、シーツを巻き付けたまま退出しようとした。

 

「待て……着衣については外で待機している『漆黒聖典』の誰かに用意させるので、受け取れ」

「承知致しました。細やかなお気遣いありがとうございます、ゼブル様」

 

 カイレが退出し、扉が閉まる。

 しばしの静寂。

 ティーヌが振り向いた。

 

「……良いんですか?」

 

 ティーヌが微妙な顔付きで俺を見ていた。

 情報漏洩の可能性が否定できないことを指摘している……のか?

 

「生かしたまま頭の中を腑分けでもしない限り、眷属による支配を見破れるとは思えないんだけど……宿主が死ねば即座に第二世代が孵化する。仮に生かしたまま頭を切開しても、眷属が周囲の者を皆殺しにする。番外席次とやらが直接頭の腑分けを担当しない限り、連中では眷属に対抗できんよ。相手がプレイヤーの集団であれば話は別だが、レベルだけで言えば『漆黒聖典』以上の眷属の戦闘力を上回る集団が法国に控えているとは思えないんだけど……実際のところ、どんなもんなの?」

 

 んー、と唸りつつティーヌが首を傾げる。

 

「たしかにゼブルさんの言う通り番外が頭の腑分けをやれるとは思えないんですけど……従属神が出てくると、どうなんですかね?」

「従属神……NPCか!?」

 

 なるほど、なるほど……そりゃ忘れてました……どうしよう?

 

「私もその、えぬぴーしーってヤツは良く知らないんですけど、魔導国で言えばアルベドとか、デミちゃんとか、とんでもないヤツもいるわけですよね」

「あのレベルのヤツが背後にいるとなると、ちょっとヤバいかなぁ……」

「だったら出頭させるの中止しますか?」

 

 少し不安が頭を擡げる。

 初見で見破れるとは思えない。

 問題は『漆黒聖典』を含めて殺せる人数がそれなりにいることだ。

 単に精神支配を解除しようとするだけならば問題はない。

 こちらの手口を探ろうと考えるか?

 そして魔法とマジックアイテム以外の方法に思い至るか?

 可能性はかなり低い……が0ではない。

 やはりユグドラシルの拠点防衛用NPCが背後にいるのが厄介だ。

 最後の『六大神』の存在が消えて何百年経つのかまでは知らないが、少なくとも数百年間はNPCが国家を守り抜いてきたのだ。侮って良い相手ではないのかもしれない。

 だが逆に考えれば暗躍してきた存在を表舞台に引き摺り出すチャンスだ。

 そのNPCが出てくるならば良し。

 出てこなければ、こちらが主導権を握ったまま。

 

「……いや、考え方を変えれば背後のNPCを引き摺り出したら、成功かなぁ……」

「んーっと、それは力尽くでOKってことですか?」

「いいや、出てこないなら、それでも良し……ソイツが放置している間に法国が引き返せないところまで踏み込むさ……いずれ法国の教育までこちらが握れば、そいつがどれだけ巻き返しを頑張っても大多数の民衆はこちらの味方。巨大な地域連合体の出来上がり……いずれエルフの王国も飲み込む予定。北の評議国と大陸中央の六大国がこちらに対して沈黙するなら、しばらくは平和が続くんじゃないか?」

「なーるほど、さすがはゼブルさん……えらい先まで考えているんですね?」

「いや、そこまで遠い先の未来じゃないんじゃないかなぁ?……決着したら、アインズさんだって安全を確保できるし、しばらくは諸国漫遊といきたいなぁ」

「……最近、頻繁にその話しますよね?」

 

 ティーヌがこちらを見た。そのまま俺の肩に手を置く。

 

「……置いていく、かと言わないですよね?」

「いや、残りたいなら別だけど……そんなつもりはないよ」

 

 見た目は細い腕が俺の肩を抱いた。

 吐息がくすぐったい。

 

「……アインズちゃんはどうするんですか?」

「どうもこうも……本人次第だけど……どんなもんかね?」

 

 きっとアインズさんはNPC達を放置できないだろうなぁ……

 

「いずれ帰るってことですか?」

「まっ、これでもいちおうはギルメンになったわけだし……世界中を見て回ったら、帰るつもりではある、かな?」

「ちょーテキトーですね……怨まれますよ」

「そうかもね……まっ、でも確実に喜ぶヤツも約1名いるし……それで帰れなくなったら帰れなくなったで、まっ、それで良しじゃないの?……アインズさんとはいつでも話せるし、会おうと思えば、土産持参でいつでも会えるし……メッセージとゲートは本当に偉大だな」

「ジッちゃんもそうですけど……私も魔法使えないですかね?……フライだけでも……翼で飛ぶと疲れるんですよねぇ」

「いまさら覚えない方が良いと思うけど……出会った時からは想像もできないぐらい強くなったんだし」

「気付いたら、とっくに一年経ってましたね……」

 

 エ・ランテルの墓地以来か……妙な気分だ。

 

 あの時は知識吸収の為と肉の盾程度にしか使えないと考えていたティーヌが妙に艶っぽい媚びた顔で俺を見つめていた。

 そのまま唇を塞がれる。

 想像していたよりも嫌じゃない。

 

 俺の中で少しだけリアルの感覚が失われたような気がした……

 

 

 

 

 

 

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 深刻な表情のレイモンとジネディーヌが真っ先に部屋から出てきた。

 何かを喋りながら眼前を早足で通過する。

 聞き耳を立てても会話の内容までは不明。

 2人に気を取られている間に他の面々も足早に立ち去っていた。

 最後に出てきたのがベレニス。

 正直、説教くさくてあまり好きな女ではない。

 とはいえ、他に人影は無く、話を聞けるのはベレニスだけだった。

 

「……ベレニス、ちょっと時間ある?」

 

 見た目は少女だが、自身よりもはるかに年齢は重ねている。

 しかしどうしてもムッとしてしまう。

 さすがに呼び方にまで注意を与えるほどの時間は無い。

 急変する事態に即応させる為に自身の統括する火の神殿組織に指示を出さなくてはならないのだ。

 

「……珍しいわね、貴女から話し掛けてくるなんて」

「そうかもね……正直、気が合うとは思えないし」

 

 気が合う合わないで言ったら、貴女と気が合う者はいないでしょ……と口にはしないが視線だけでベレニスは言外に伝えた。

 

「……それはそれとして……何の会議だったの?……私が出仕した時には既に始まっていたみたいだけど」

 

 貴女には関係ない、と一蹴すればよいのだが、ベレニスはほんの一瞬黙り込んでしまった。関係無いことはない。むしろ番外席次を関係無くする為に討議を重ねていたのだ、と。

 

 オッドアイがベレニスを見上げる。

 神であるぷれいやーを除けば法国開闢以来の強者だけあって、番外席次は異様なまでに感が鋭い。

 加えて『漆黒聖典』の他の隊員がどうなろうと関心がない。

 その性格を嘆く神官長もチラホラ。

 第一席次にすら訓練で圧倒し、馬の小便で顔を洗わせた話は有名だ。

 だから他の隊員の様子から疑念を抱いのではないだろう。

 常に最高執行機関の会議がスレイン法国にとって国家の行末を真剣に討議する場なのは周知の通り……国民であれば誰も知っている。

 番外席次はそれを常に見てきた。

 そしてこれまでのところ興味本位以上の関心を抱いたことはなかった。

 何故、唐突に今回の会議が深刻であること知り、興味を持ったのか?

 ベレニスは迷ってしまった。

 その迷いが番外席次の興味をさらに煽ることを知りつつ……

 

「……極秘の賓客に対する対応の打ち合わせね。今、隣国からスレイン法国にとっても非常に重要なお客様にお忍びで来訪していただいているの……外交交渉が少し難航して、時間が間に合いそうもなかったの……その擦り合わせの為に緊急で会議を開催したのよ」

 

 ふーん、と強い疑念を抱いていることを感じさせたまま番外席次は呟いた。

 

「……昨晩、第一席次にカイレの護衛をするって聞いた。『神人』の護衛が付く以上、神器を使う……少なくともその予定ではあったわけ……神器を引っ張り出して、外交交渉?」

「……そっ、それは別任務じゃないかしら……」

 

 番外席次がニヤリと笑う……語るに堕ちた、と。

 

「そこまでの任務ならレイモンが話だけでも通してくると思うけど……そんな話は聞いてない……つまり私には内緒の任務で、神器を使う……攻撃対象が外国勢力ってこと……今神都にいる外国要人っヤツがそうするに値する強者」

「ちっ、違うわ!」

「ねー、ベレニス……さっきから顔、真っ赤」

 

 番外席次は笑いながら、背を向けた。

 

「とっくに終業時間……今日はここまでで退勤するけど、良いでしょ?」

 

 番外席次は許可など求めていない。

 番外席次以外は許可無く入室できない5柱の装備を安置する部屋に入り、普段の装備を外した彼女が退室する僅かな時間でベレニスに足止めする理由を考えたが、無理筋な理由しか思い付かなかった。

 装備を所定の場所に安置されたら、足止めする理由が無くなるのだ。

 既に夜間担当の警備兵も出仕しているだろう。

 表向き『漆黒聖典』は作戦行動中でなく、彼女には一切の情報が与えらず、任務も5柱の装備の守護という通常業務以上のものは無いことになっている。

 その上、ベレニスには指揮権が無い。

 つまり与えられた任務から逸脱するならば職権で警告を与えることは可能だが、任務が存在しない以上、終業後も任務を継続しろとは命令できないのだ。

 

「じゃあ、また明日」

 

 ベレニスはギリギリと歯噛みしながら番外席次の小さな背を見送ることしかできなかった。

 

 ふっくらとした肉付きの良い女性が息を切らしながら土の神殿に向かって走り出したのは、それから5分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 探すまでもなく、そこだと当たりを付けた宿屋が初っ端でビンゴだった。

 神都の一等地だ。

 普段は周辺を歩く人が多いはず。

 繁華街のような猥雑さは無い地区だが、歩行者が途切れることもない。

 そこに一切の人影が無い。

 周辺に気配も無い。

 あまりに不自然。

 つまり意図的に排除されたということだ。

 

 目立つ髪色を隠すべく目深にフードを被って、番外席次は抜け目なく1街区先から周辺を探った。

 

 どうやら宿の周辺は『漆黒聖典』が固めているらしい。

 と言っても自分以外の『漆黒聖典』など無価値な者達だ。

 第一席次ですら幼児のケンカレベル。

 どうにかこうにか特殊な技能で認められる者もいるが、戦力的には生まれたばかりの赤子と大差ない。むしろ罪悪感や可愛さを感じる分だけ赤子の方がマシな者達だ。どうやっても障害にはなり得ない。

 

 そうは言ってもここは神都であり、街区ごと閉鎖していても人目が多い。

 少なくとも現時点では戦闘を望んでいるわけではない。

 こちらの想定以上の強者であれば、即殺し合いに持ち込みたいところだが、自身と対等な戦闘能力を持つ者がそこらに転がっているはずもない。

 ただし会議が長引いていた事実と周辺の様子から察するに、神器『ケイ・セケ・コゥク』による対処が失敗したのは間違いないようなので、それなりに強者なのは間違いないだろう。それが計略や政治的圧力によるものか、実力によるものかまでは判然としないが、第一席次と『ケイ・セケ・コゥク』を排除したことだけは状況と最高執行機関の動きから類推可能だ。でなければ前後の辻褄が合わない。

 その事実には密かに期待していた。

 外国の要人相手に「殺し合え」と懇願しても無駄なことは理解している。

 しかし手合わせ程度であれば……レイモン経由でねじ込めるかもしれない。

 その為の品定め……この神都に強者の可能性を感じさせる者が現れることなど、これまでの長い人生でも無かった経験なのだ。

 

 番外席次は音も無く、空高く舞い上がった。

 魔法でない、単純に身体能力を活かした跳躍だが、その高さは30メートルを優に超えていた。そのまま着地音も立てず、宿の屋根に降り立つ。

 一切の気配を断ち、足音を消し去ったまま屋根の上を移動する。

 周囲を固める『漆黒聖典』にすら気付かせない。

 そのままおそらく使用されていない部屋のバルコニーに降り、柵の物陰に隠れた。

 隣室には照明が灯っている。

 誰かが滞在しているのは確実。

 その部屋に向けて聞き耳を立て、全神経を集中して建物内の気配を探る。

 

「……ちょっと待って、ティーヌさん」

 

 微かに男の声がした。

 気取られたか?

 

「ちっ!……せっかくイイ雰囲気だったのに……」

 

 イラ立ったような女の声。

 こちらは記憶にある。

 特定まではできないが、たしかに過去に聞いたことのある声だ。

 

「隣室のバルコニーに侵入者がいるな」

 

 信じられないことに男が正確に位置を言い当てた。

 完全に気配を断っているのに、である。

 

 ここまで来たけど、さすがに拙いか……

 

 番外席次は躊躇なく跳躍した。

 そして通りを挟んだ建物の屋根に着地し、即座に跳躍を繰り返した。

 さらに油断なく、全速力で逃走する。

 そうなれば常人には視認は難しい。

 常人でなくとも何かが通過した程度にか認識できない。

 完全に人波の復活した街中に至り、ようやく笑いが込み上げてきた。

 戦うに値するかは別にして、あの男が強者であるのは間違いない。

 直接戦闘能力は不明だが、あの探知能力は賞賛に値する。

 なるほど、第一席次とカイレが退けられたわけだ。

 まして不意打ち必須の『ケイ・セケ・コゥク』の精神攻撃が通用するはずがない。攻撃そのものはともかく装備者がド素人のカイレでは話にならない。完全に気配断ちした番外席次を探知可能な者など、知る限り法国内にはいない。あの男はそれをやってのけた。つまり不意打ち狙いで接近する試み自体が仇となった可能性が高い。

 

 不意打ち、奇襲の類は不可能に近いってわけね……ここまでは合格。

 

 ただし相手の能力の一端を知るに連れ、少し失望も感じていた。

 あの声の主が単純な力の勝負で第一席次を排除したとは思えない。

 どちらかと言えば、上手く対処された可能性が高いように思える。

 もちろんその両方であれば良いのだが、探知能力が突出し過ぎているように感じて仕方ないのだ。仮に自身と対峙可能なレベルの戦闘能力と両立しているとすれば、それは世界レベルの強者に違いない。

 となれば、望みが叶う確率は恐ろしく低い。

 しかし元々確率など0に等しいのだ。

 もし真の強者であり、自分を圧倒するような存在であれば……側にイイ雰囲気になるような女がいたようだが……

 

 敗北を知るチャンスだ。

 もちろん勝つならばこれまで通り……弱者の種に興味はない。

 でも様々な生涯初を味わえる、二度とない機会の可能性は否定できない。

 

 さらに加速した。

 人波を縫うように抜ける。

 まさに疾風。

 あの番外席次が目の前を通過したことを知る者はいない。

 

 僅か数十秒で土の神殿の前に立ち、オッドアイの少女は久しぶりに大声で笑った。

 

 

 

 

 

 

************************

 

 

 

 

 

 

「……振り切られたか……こんなことはセバスさん以来だな」

 

 60レベルの眷属のスピードを軽く凌駕するような存在など、プレイヤーを除けば想像に難くない。しかもここは神都で、状況が状況だ。

 従属神か、番外席次の二者択一だ。

 そして少女のように小柄で、フードから覗いた黒銀2色の髪色をティーヌに伝えれば、正解に至るのは極めて簡単だった。もちろん従属神の容姿はティーヌも知らないので、番外席次と似ている可能性も否定できないが、否定できないだけであり、容疑者は絞られたと言っても問題ないレベルだろう。

 

「とうとうあのバケモノがお出ましですか……」

 

 直前まで艶っぽかったティーヌの表情からその手の感情が抜け落ち、戦闘モードに切り替わったようだ。笑いながら俺を見ているが、真剣さと僅かな怯えを感じさせる。

 

「まっ、想定内ではある……けど、強襲を狙っているような様子じゃなかったな。こちらを探っていたように見えたけど、そーゆー隠密行動的なのも得意なの、番外って?」

「専門分野じゃありませんけど、戦闘に関する全能力が突き抜けた存在ではありましたねぇ……全ての能力がハイレベルって言葉が安っぽく感じるぐらいで突き抜けてました。だから隠密だろうと諜報だろうと素の能力で解決できると思います」

 

 うーん、番外イヤーは地獄耳ってか?

 

 でも、しょーじき、そこまで凄いかって感じではあった。

 どれだけ贔屓の引き倒しをしても、いーところ100レベルプレイヤーと同等止まり……少なくともレイドボスやワールドエネミーって強さじゃないのは確実にだろう。それに『六大神』由来の装備がフル神器級であっても……いや、現地勢は生まれながらの異能やら武技があるか……それらを加味しても単身で立ち向かうのを躊躇うようなレベルの強さではなかった……と思う。もちろん好んで戦いたいレベルの相手ではないけど。

 

 ただ向こうから仕掛けられたら戦わないわけにはいかない。

 

 仮に同条件で一対一の正面衝突だったら、俺の不利は否めないか……

 種族的には人間種のハーフエルフなのか『神人』という激レア種族なのか?

 いずれにしても生まれながらの異能や武技の差は大きい。

 何よりもユグドラシル由来のスキルと違って、対処方を知らない。

 仮に知っていてもプレイヤーに使用可能であるとは限らない。

 だが逆も真なりで、番外席次が俺のスキルに初見で対応できるか?、と言えば相当に難しいと思う。

 つまり仕掛けられる前に仕掛けた方が有利だ。

 また眷属を大量召喚して警戒網を構築する?

 いや、ただでさえ300もの肉腫入り兵士作ってしまったのだ。

 これ以上は収拾がつかないような気もする……ただでさえ情報過多なところに追加したら俺の頭がパンクしてしまう。かと言って、脈絡なく300人の死体を作るのもなぁ……寝覚が悪そうだし。

 

 まっ、最悪そうしよう……よくよく考えたらナザリックに戻らないとMP回復ポーションを補充する術が無い。手持ちを使い切るのはちょっと抵抗を感じるしねぇ……

 

 とりあえずは30匹程追加で召喚して、全方位で警戒させれば良いか……との結論に至り、即断即決で実行した。

 現時点での対処はこれで良い。

 心を落ち着け、深呼吸する。

 

 落ち着いたところで……真の問題を考えるべきだ。

 最高執行機関が番外席次にこれをやらせたのか、否か、である。

 まあ、連中が絡んでいる可能性は極めて低いと踏んで間違いないだろう。

 評議国に対してリスクとなっている番外席次を引っ張り出すぐらいなら、最初の段階で投入したはずだ。第一席次とカイレと神器を失ってからの、その場凌ぎの投入決定はあまりに愚策に過ぎる。

 こちらに警戒させ、怒りを買った後にさらなる戦力投入などあり得ない。

 だから番外席次の暴走と考えた方がしっくりくる。

 

「……と思うんだけど、ティーヌさんはどう思う?」

「んー、私も番外個人の人格や性格なんて知らないですよ……でも」

「でも?」

「少なくとも上の連中が番外を派遣したとは思えないんですよねぇ……知る限り連中はとにかく番外を守ろうとしていました。評議国との協定も有るとは思うんですけど、そんな理屈じゃない部分で番外には甘かったような気がします。もちろん法国最強を誰が罰するって話でもあるんですけど……だから番外が暴走しているって予測も正しいような気がします。番外を派遣するぐらいなら、上は自ら死を選ぶ気がするんです。それこそ自分達だけでなく、それが国家国民の死であっても代わりに『神人』が生き残るならば、それで良し、って考えるような気がするんですよね。何の確証もありませんけど」

「ティーヌさんの印象通りなら……病んでるな」

「そうですね。以前の私は巨大なクソの塊ぐらいに思ってましたよ。私だって似たようなものでしたけど、ゼブルさんの言う通り連中は病んでるのかもしれません。清廉ではありますけど、そういう倫理的な部分を差し引いても他国とは判断基準が大きくズレている気がします。長いこと人類の守護者なんてやってるつもりの狂った連中であるのは否定できませんし」

 

 ティーヌの言葉でなんとなく釈然としていなかったものが腑に落ちた。

 たしかに法国はズレている。

 予測の範疇から常に半歩はみ出してくるのだ。

 俺には連中が「人類の守護者」のつもりであるって認識がなかった。それこそリアルで散々目にしてきた単なる「主義者」の枠内だと思い込んでいた。主張に縛られて暴走しやすい反面、局面局面で最適な選択肢をあえて見逃すような連中だと思い込んでいた。人間種の立場が弱い世界での人間至上主義であれば理解できるなんて思っていたのは甘かったのかもしれない。異国に属する人間種も守る気概は立派と言えば立派だが、となると周辺の人間国家に対しても神殿を通して影響力を維持していた目的は?

 

 どー考えても魔導国とは最終的に敵対するしか道が残されていない。

 

 それこそ周辺地域の亜人種駆除という行動の意味合いは、種族的弱者でしかない人間種の為の単なる脅威の排除とは違うものに見えてくる。

 人間による永続的支配体制の確立が目的となると、長い年月を経て六大神の血が覚醒した『神人』は法国の目指す先における極めて重要な駒だ。単なる人間をどれだけ消費しても守るべき存在とも考えられる。むしろ評議国との協定は都合が良いのかもしれない。同じ人間と認識している俺には『神人』をぶつけられても評議国の『真なる竜王』にぶつけられない(あるいはぶつけない)理由は想像できる。

 

「……ちょっと先走り過ぎかな。でも連中がアンデッド労働力と魔導国の教育をどうしても受け入れ難い理由が見えてくるな」

 

 現状の苦境から脱却するには魔導国と手を結ぶのが最適解であるのは連中だって十二分に理解しているはずだ。このままでは経済的に滅びの道を突き進むしかない。理念や理想じゃ腹は満たされず、人間は生きていけないし、一定数は我慢はできても脱落者も多い。

 つまり国が保てない。

 

 リアルの日本は貧国とは正反対の先進国だったが、大昔はともかく豊かと呼べるような国ではなかった。しかし世界的にはまだまだ相当に恵まれていたとも言える。だからアーコロジーから出たことのない知識だけの俺が貧しい国を語るのは片腹痛いが、貧国の悲惨さは実体験がなくともニュースの類だけでも十二分に理解できた。

 働いても満足に食えず、働き口も無くなる。

 家族を売り、食い繋ぐ。

 悪化すれば口減らしもあり得る。

 愚民化を国家が主導し、階級格差を作る。

 つまり国家レベルで口減らしが始まる。

 まっ、日本では人身売買は違法だったが、愚民化政策は実施されていた。

 より悲惨な国では貧民の中でも格差が広がる。

 暴力による格差が必要悪とされる。

 治安は悪化の一途。

 非合法地下組織が乱立し、ほぼ内戦に等しい状況となる。

 余裕のある国民から豊かな国に逃げ、残された者達にはより過酷な貧しさと暴力が迫り来る。

 全ての貧国の下層では暴力が全てだった。

 

 リアルではないが、スレイン法国だって例外ではない。

 だから俺は経済を締め付けたのだ。

 法国は確実に傷を負っている。

 その傷をさらに深く抉る。

 懸命な者達から逃避が始まる。

 今はその最中のはずだ。

 指導層はそれを見過ごせるはずがない。

 予想通り接触を求めてきた。

 だがその追い込まれた状況でも指導層が守ろうとしているのが『神人』……その中でも番外席次ということなのだろう。

 

 俺はそれを軽く考えていたわけだ。

 そして番外席次本人は指導層の考えなどお構いなしなのだろう。

 目的は不明だが、個人的に仕掛けてきた……ってことろか?

 

「で、ティーヌさんさ……番外席次って第一席次やカイレと親戚とか、特別親しいとかなのか?」

「特に関係は無かったと思いますけど……でも、番外とまともに話していたのは『漆黒聖典』の中では隊長ぐらいだったとも記憶してます。と言っても、訓練でボコって、馬の小便で顔を洗わせたって話は有名ですけど……」

 

 聞く限り、特に親しいようには思えないな。

 

「案外、番外の……敗北を知りたい、って戯言じゃないのかも……?」

「はぁ?……なにそれ」

 

 100年以上前の格闘マンガの台詞かいな……データを全巻まとめて購入した記憶がある。

 

「番外が良く言っているって言葉らしいですけど……私は周囲を見下しているだけで、本気じゃないと思っていましたから」

「まっ、普通に受け取れば、そう思うね」

「ですよね!……でも突き抜けた場所から全てを見下ろしているバケモノの心境なんて、周りには理解できないのも真実です」

 

 なんとも言えないが、動機の一端ぐらいには考えた方が良いのかも……とにかく番外席次の行動原理が掴めない。そんな無茶苦茶な理由で、とは思うが、ティーヌの言う通り番外席次の心境など本人以外が理解できるわけがない。俺に至っては面識すら無いのだ。

 

 そうなると法国側も想定外の事態に陥っている可能性が高まったわけだ。

 こちらから現状を告げて番外席次の暴走を阻止すべきか?

 それとも100レベル前後の純前衛職人間種の脅威程度ならば、と状況を受け入れて、番外席次が仕掛けてきたところを返り討ちにするべきか?

 前者は安全策。

 後者は多少のリスクを伴うが、成功した際には指導層の首根っこを完璧に抑え付けられる。仮に失敗しても俺が死にさえしなければ、政治的には完全勝利に近いものが得られる。

 今回の接近は偵察みたいなものだろう。

 こちらが侵入者を捕捉した途端、即座に撤退した事実を考慮しても、俺の力量を探りにきたと考えて間違いあるまい。

 つまり会話を聞かれていたはずだ。

 宿屋の周囲に展開する眷属に気付いたのであれば、あのタイミングよりも前に逃走していたはず。それ以前に接近する方法そのものを変えただろう。

 索敵能力は圧倒的にこちらが上……と思いたいが、本気でなかった可能性も捨てられない。相手は慢心の塊。でなければ「敗北を知りたい」なんて言葉を公言するはずがない。

 

「……安全策か……完全勝利狙いか……どうする?」

 

 現状でも勝利は確定している。

 番外席次の暗躍を申し出るだけでも、相当なプレッシャーを掛けられる。

 現時点で交渉するだけでも大きな成果は得られる。

 ただ法国に希望が残る。

 希望が残れば、叛逆の目は育つ。

 法国は密かに牙を研ぎ、いずれ必ず叛逆に至る。

 同じ陣営に加えても、他国と違って延々と警戒を要する。

 一般国民は簡単に利に転ぶが、指導層と宗教関係者は簡単ではない。

 であれば、希望を失った聖王国の聖王女と同じ手は使えない。

 評議国との対立を回避する為に番外席次を魔導国に招聘する案は却下だ。

 

 仮に俺が旅に出て、アインズさんだけで警戒可能かな……?

 

 仮に番外席次をカルネに幽閉しても、そもそも守護者達がアインズさんと直接会わせるはずがない。厳重に護衛を配置した後でなければ、会談など認めるはずがない。

 それは安全である反面、直接籠絡できないということだ。

 

 やはり殺害した上で『死者復活』……強制レベルダウンが必要だな。

 

「……これから番外席次の情報を集めるから、外にいる『漆黒聖典』を順番に呼ぶ。それ以外にも番外席次に詳しそうな奴がいたら教えてくれないかな、ティーヌさん」

 

 一瞬だけティーヌの視線が険しくなり、その直後に笑った。

 俺の真意を悟ったらしい。

 

「……私を使い潰してください。でも蘇生もお願いしますけど」

「とりあえず遠慮なく、と言っておくよ。仕掛けた時点で勝ち確で挑めるようにするけど……」

 

 妖艶な悪魔の笑いが、そっと視界を覆った。

 




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