残りも僅かです。気を引き締めます。
アニメ4期も映画も決まったそうで、非常に楽しみなんですが、それよりも小説の新刊を心待ちにしています。
誰もいない土の神殿の神官長室。
一回、来ていて良かった。
目の前に死体が転がっている。
派手な風体の男のものだ。
張り付けていた眷属によれば、ティーヌが扉越しに背後から心臓を一突きにしたらしい。
まっ、どう見ても即死だったろう。
で、判明したことが一つ……なんだか訳の分からん敵対勢力が潜んでいたようだ。完全に想定外の勢力だ。
番外席次の襲撃というか偵察なのか?……を受けて、レイモンの様子見に応えるようにティーヌを送り込んで大正解でした。扉越しに大声で大演説を打つ派手派手男の存在に気付き、話の内容を盗み聞いたらしい……大声と言ってもティーヌの聴覚は種族の悪魔かつ高レベルのものであり、単なる人間種にとっては尋常でないレベルだ。派手派手男が迂闊なのではない。この部屋は魔法的にも構造的にも現地のものとしては相当ハイレベルな防諜処理が施されているはず。それを室内に存在する気配の数を確認し、予想よりも多い人数であることを確認すると、状況を把握する為に盗聴を選択できる能力を持つ者が想定外だったとしか……
その結果として、どこまで知られているのか、どこまで喋っているのか不明だった為、扉の向こうに立った瞬間に処理したと推測できる。
扉に穿たれた穴が一つ。
今は単なる人間相手にも防諜に穴が空いている。
後始末は暗黙の了解で俺に丸投げ……これでも主人なんですけど……俺の能力を把握しているのだから当然と言えば当然の成り行きだろう。
なので面倒臭いと思いつつも『転移門』でやって来たわけですよ。
ティーヌに同行させた眷属を扉の外に配置して周囲を警戒させる。
開いたままの『転移門』のエフェクトの中にその男の死体を担いで入る。
「ったく、面倒な……」
男を蘇生した尋問する作業よりも、背後に潜んでいる連中のことを考えると憂鬱になる。
「そりゃ、多少の犠牲は出たけどさぁ……」
権力者以外には恨まれるような覚えが無い。
戦争の犠牲者の遺族だって、恨みの対象は魔導国って言うよりも帝国だ。
だから王国内で反帝国の機運があるのはあえて放置していたわけですよ。実際に戦争を仕掛けるには物理的に魔導国の国土を越境しなければ無理だし。
ビーストマンは完全に掌握している。
こちらは力の信奉者である亜人だけに、現実の戦勝者である俺に刃向かうような機運は無い。そうでなくとも各部族の族長達は全員俺に絶対忠誠を誓う手下だ。
各国の権力者達だって見事に屈服している。
その中に密かに牙を研いでいる奴がいたってことなのか?
帝国……ジルクニフや帝国の幹部は魔導国に対して非常に協力的だ。
まぁ、強いて言えば人員や予算を削減されつつある軍部ぐらいか?
ドワーフ王国は論外……魔導国に刃向かうには国力が無さ過ぎる。むしろ徹底して魔導国に阿っているぐらいだ。一度手に入れた良い暮らしを失うような真似はしないだろう。唯一反抗的だった鍛治工房長にしても魔導国の屈服させたアゼルリシア山脈のバケモノ達を見て考えを改め、完全に服従した上で技術の向上の為に度々ゴンドやルーン工匠達のいるカルネの研究施設を視察訪問しているぐらいだ。
聖王国と都市国家連合はまだ同盟に加わって間も無い。魔導国の戦力を調査するような陰謀に加われるはずもない。まっ、個人的にヤバい奴が潜んでいる可能性はあるが、複数の国家に跨るような組織とはいかない……と思う。国家として同盟加入以前から内偵調査はしていたのは間違いないだろうけど、それはどの国家であろうと同じだ。
竜王国……国家の中枢は個人的に完全掌握しているし、オーリウクルス女王とも宰相とも上手くやっているつもりだ。まっ、彼等が望んだところで俺の目を掻い潜って反魔導国的な活動を行うのは不可能と断言できる。利に敏いワーカーチームの『豪炎紅蓮』とはドライながらも上手くやれている。唯一の不安はアダマンタイト級冒険者チーム『クリスタル・ティア』でなく、そのリーダーのガチロリぐらいだが……あくまで俺個人に対する敵愾心のようなものであり、反魔導国という感じではない。
王国もラナーこそ読み切れないが、ザナックとレエブンはむしろ魔導国との関係を大切にしている。ガゼフ個人はあくまで反帝国だし、アインズさんには個人的に命を救われた経験もあるそうだ。凋落した連中も多いが、今のところランポッサⅢ世やバルブロ、旧六大貴族クラスの監視付きの者達は大人しくしているはず……反帝国はともかく、少なくとも反魔導国活動に勤しんでいるような報告を受けた経験は無い。六大貴族以下クラスの者も含めれば最も候補者も容疑者も多く、死者と化した使者の派手派手男まで王国人である。掘り返せばまだまだ出てくるだろうが……こちらはあまりにも対象が多過ぎて絞り切れないだろう。
同盟外では、まず法国は論外。最高執行機関の構成員まで知らないのだから考えるまでもない。手を組んで下さいと持ちかけられていた側だ。別個に法国内に当事者が存在しているならば、わざわざ王国人の使者など立てず、当事者に説得させた方が効果的だろう。
エルフの王国は狂王の評判が悪過ぎて、手を組もうという相手がいないように思えるし、謀で信用できない相手を仲間に加えるほどの阿呆が反魔導国組織を秘密裏に運営できるはずもない……ので、白の可能性が極めて大。
最後に評議国……経済で締め付けてはいるが、なかなかにしぶとい連中だ。実質的な盟主である『白金の竜王』にはカリスマもあり、実力もある。当然信奉者も多い。つまり……自身の図体が隠密に向かないぐらいデカくとも、彼の意のままに動く連中も多いと言うことだ。
王国と評議国の一部が暗躍しているのか……?
いずれにしてもこの死体を蘇生し、支配して、吐かせれば良いわけですけどね。
『転移門』を抜けるとそこは既に見慣れてしまった神都の宿の自室。
高級宿屋の最高級の客室だけあって、ワンルームというわけではないが、死体を置いておくと敏感な者や訓練を受けた者は血の臭いに気付くはず。特にこれからティーヌが連れて来る最高執行機関の3人に見せるわけにはいかない。転移魔法対策は直接生命の危機に繋がるわけではないが、何気に鬱陶しいのだ。
さて、どうするか……?
2階はティーヌの部屋か、実質的に使用していないジットの部屋か……ティーヌの部屋の隣のモチャラスの部屋か、後はモチャラスの手下の部屋か?
法国が宿屋そのものを借り切っている状態なので使用していない部屋も沢山あるが、未使用の客室には眷属を配置していないから、番外席次のような危ないヤツに接近されると対応が完全に後手に回る。さっきの番外席次は一見して真っ暗なジットの部屋を空室と勘違いしてくれたお陰であっさり発見するに至ったが……次回は同じ轍は踏まないだろうし、より警戒もするだろう。
では周囲を警戒している眷属を呼び戻すか、それとも数をさらに増やすか?
どのみち死体を蘇生したら必要になるしな……
新たに眷属を召喚しようとした瞬間、ノックが響いた。
「……誰だ?」
警戒している眷属が反応していない以上、外部からの侵入者ではない。
となれば内部の者……ティーヌかジットであれば肉腫の反応があるが、無いとなれば王国2人組か、戻ってきた従業員か?
「モチャラスです。入室許可をいただきたい、ゼブル殿」
ティーヌもジットも出払っている。
タイミングが悪いが仕方ない……担いでいた死体を自分で使っている寝室の中に転がし、入室を許可した。ドアの向こうには2人で立っていたが、入室を許可したのはのはフィリップのみ。部下の冒険者崩れは血の臭いを嗅ぎ付けるかもしれないので、外で待つように言った。
フィリップは入室した直後から、キョロキョロと周囲を見回していた。
その直後、大きく息を吐き、俺に向き直った時には尊大な態度に改める。
と言っても目は泳いだままだが。
なかなか深刻な精神ダメージを抱えているようで、ここに来たのもティーヌがいないのを見計らって……と言ったところだろう。
「あの女は……いないようですが?」
「ティーヌのことですか?」
「他に女の側近はいなかったと記憶しておりますが……」
「今、使いに出してますよ」
フィリップが目に見えて落ち着く。
視線が定まり、肩の力も抜けたようだ。
「……どうぞ、お掛け下さい」
先にソファに腰掛け、向かいに席に座るように促すと、フィリップは俺の真向かいに腰掛けた。
アイテムボックスから聖王国で手に入れたシャンパンもどきの酒瓶とグラスを2つ取り出し、それぞれ満たすと一つをフィリップに勧めた。
「どうぞ……今、私しかいませんので茶の代わりです」
「では、いただきましょう」
緊張で喉が渇いていたらしく、フィリップは一気に飲み干した。
そのまま2杯目を注ぐ。
さらにグラス半分ほど飲み干す。
そんなに酒に強くはないようで、ほんのりと頬が赤くなっていた。
「……で、ご用件は?」
フィリップが俺を強く見詰める。
両手で両膝を握り締め、身を乗り出していた。
「……私は知りたいのです」
「何を?」
「……秘密です」
「何の秘密ですか?」
「強さ……のです。成長の、と言い換えても良い」
「強さの秘密ですか?」
「とぼけないでいただきたい!……私がこの旅の誘いに乗った理由です!」
「と言われましても……何故、私が知っていると思ったのですか?」
「ゼブル殿の部下である、あの女に私自身が鍛え上げられたから……です。当時はあの女はシュグネウスの部下だと思い込んでいました。そして蓋を開けてみれば、貴方の護衛役でした……道理でシュグネウスよりも偉そうなはずだ。貴方というシュグネウスをはるかに凌ぐ大物が背後に隠れ、あの女に指示を下していた……全てが腑に落ちました」
ほう……もっと壊滅的に間抜けだと思っていたが、レベルアップ効果で知力のステータスも上がったらしい。実にゲーム的な成長をする世界だと確認できただけでも相当な拾い物だ。同時に愛すべきゲームキャラチックな小悪党ゴミ屑ムーブが失われたと思うと少し悲しかった。
「だがどうしても解らない、ゼブル殿……何故、私を成長させたのだ?」
うーん、面白いから、とは言えないなぁ……顔がガチのマジですよ。
「……あのままでいたかったのですか?」
「いや……そうではない。あの当時の私は本当に救いようないクズだった。根拠も無く自身が優れていると思い込み、他者を見下し……弁舌で身を立てようと目論んでいたが、努力をする気もなかった。それどころか努力の欠片も必要無いと思い上がっていた。優れた自分が認められないのは周囲が愚かなのだと責任転嫁していた……思い返せば、自身で頭蓋を割りたくなるレベルで腐った汚物だった。ただその自覚を得ただけに疑問を感じるのだ。貴方が私に目を付けた理由が判らない。何も思い当たらないのだ……理由を知りたい」
反省も自己批判も分析できるようになっているか……大いなる進歩だが、つまらなさが一層際立つ。成長もゲーム的なのだから、キャラクター設定もゲーム的に振り切れば良いのに……俺の中のフィリップに対する愛がもの凄い勢いで欠けていく。
「理由などありませんよ……我々と利益を分かち合える誰かにチャンスを与えたかっただけ。たまたま貴方のご実家で起きた愚かな惨劇がこちらに都合が良いと知っただけです……強いて言えば、それが理由ですよ。当時の私達は王国内に空き家同然の開発地域を探していました。モチャラス殿を殺してモチャラス男爵家を乗っ取るのは、血縁がどこかで繋がる別の貴族が現れるので避けたかった……シュグネウスの影響力を目一杯行使すれば排除することも可能でしたが、そんな些細な事で影響力を浪費するのは愚か以外の何ものでもありません……それよりは安価で安易な手段を選択したのです。そして専ら愚か者と評判の貴方を取り込む以上、貴方の行動を掣肘する為に完全に囲い込んでしまう必要がありました。しかしシュグネウス商会の囲われ者になる事を選択したにも関わらず、こちらの想定以上に思い上がった愚か者の貴方は勝手な行動を慎まなかった……こちらの指示を無視するだけならばまだしも、身の丈を超える力を無闇に欲した。で、こちらは恐怖による支配を選択せざるを得なかったわけです。その為にティーヌを送り込んで、貴方の心を折るように仕向けました。その結果としてモチャラス殿が勝手に成長しただけです。別に貴方を強くすること自体は目的ではありませんでした……まっ、偶然ですよ。貴方が我々の想定をはるかに超えるの愚か者だったので、今に至ったわけです」
本当の理由を除いて、かなりの部分をぶっちゃけた。
その結果として、フィリップは顔を真っ赤に染めていた。
酔いが抜けたわけではなく、怒りだろうね、これは……寒くてブルブル震えているわけではないだろうなぁ……
「……貴様……」
「貴方に目を付けた理由が知りたかったのでしょう?……ですが、真実を喋ったのにご不満なご様子ですね」
フィリップが吐き出そうとしていた言葉を飲み込んだ。
どんどんつまらないキャラになっていく。
そこはキレなきゃ!
ブチキレろ、フィリップ!
「……いや、感謝はしている……受けた恩は一生忘れない。どうしようもなく愚かな地方の貧乏男爵の三男の身で、ここまで来れたのだ……子爵位を得て、王都軍の司令官内定者とまでなった……内定止まりだったが」
相当に我慢も効くようになった。
……ガチのマジでつまらない。
戦力的にも役立たずなんだ。
せめて投資した分だけは俺を楽しませろ!
「内定止まりですか?……何でしたら、私が口添えしましょうか?……ザナック陛下か、レエブン閣下に一言申し上げれば、即座に内定の二文字は過去の物になるでしょう」
「止めてくれ!」
「いまさら何を遠慮するのですか?……貴方らしくもない。短慮で、思い上がりで、無遠慮……絵に描いたような厚顔無恥でこそ、フィリップ・ディドン・リイル・モチャラス子爵ではありませんか」
グッと何かを噛み締め、フィリップはグラスに残っていた酒を飲み干した。
空いたグラスにさらに酒を注ぐ。
しかし口には運ばない。
フィリップはジッとグラスの表面を見詰めているようだった。
「……アベリオン丘陵で39名の部下を失ったのだ。仇の名は魔皇ヤルダバオト……南方由来のスーツを着た悪魔だ。私は偽帝エル=ニクス以外にも討たねばならない仇敵を得たのだ。だから司令官職などどうでも良い。単純に私自身が強くならねばならないのだ。手段は選んでいられない。だからどれだけ侮辱されようともゼブル殿の知識や技が必要なのだ……だから」
信念の復讐者……ますます興醒めだ。
「魔皇ヤルダバオト?……ハハッ……それが新たな仇の名ですか?」
「何がおかしいっ!」
思わず漏れた笑いに憤慨したフィリップが立ち上がる。
これこそ憤怒という表情で俺を睨め付けていた。
次こそキレるか?
「……貴方が生涯を費やし、努力しても勝てる相手ではありませんよ。それこそ無駄な努力と言うものです」
「ヤルダバオトを知っているのか!」
「知っているも何も……あくまで形式上ですが私の部下ですよ。より正確に言えば魔導王陛下直属の部下ですね……だから諦めろ」
フィリップは頑張っていた。
額の血管をひくつかせながら、マジギレ寸前でなんとか踏み止まっていた。
両の拳を握り締め、肩を震わせている。
小悪党ゴミ屑ムーブをかましていた頃を考えれば、抑制が効き過ぎなぐらい効いている……期待外れも甚だしい。
「……ヤルダバオトに、私に手を出すなと命じたのはゼブル殿か?」
「その通り……俺だ」
「何故だ!」
剣の柄に手が掛かる。
が、抜くまでには至らない。
まっ、帯剣したままの入室を許可したのは俺だ……まだ許す。
天井に眷属が2匹……フィリップごときがどうにかできるはずもない。ドアの外に立っているフィリップの部下が乱入したところで状況をひっくり返せるわけもない。異変を察知して中の様子を探ってはいるようだが、その様子すら眷属に捕捉されていた。
「そいつを抜けば終わりだ……お前は何も知らないまま、死ぬ……もしくは全てを知っても話せなくなる」
「貴様……」
表情や目付きとは裏腹にフィリップは右手首を左手で抑えていた。
酷く震えているが、それだけだ。
レベルアップした分だけ戦力差が理解できるようになったのかもしれない。元々自身よりも強者に対しては極端に臆病だったが、成長により賢くなり、臆病というよりも慎重になったのだろう。
まだ足りないのか?
フィリップが完全につまらないキャラと化したのか?
なんなら……レベルダウンによるステータス劣化の実験でもしてやろうか?
つまらなさの原因である知力を劣化させる……不意に思い付いたが、あまりにバカバカしい。少なくとも法国内でやるような実験ではない。
「強くなりたいのだろう?」
「……ああ……その為に屈辱を乗り越えてきたんだ。胸糞悪い貴様なんぞに頭を下げる気になったのだ」
「口を慎めよ、ゴミ屑……いや、元ゴミ屑か?……随分と抑制が効くようになったじゃないか?……実家を潰した頃に比べれば、大した成長だ」
「実家を潰したのは俺じゃない!」
「いや、お前だよ、フィリップ……一家丸ごと領民に食われて死ぬなどという間抜けな最期を迎えたのはお前の父の責任かもしれんが、モチャラス男爵家を潰す切っ掛けを持ち込んだのは間違いなくお前だ。その動機だって、自身の借金返済の為なのだろう。現在のお前がどれだけご立派になろうと、過去は無かったことにはならんぞ」
一転、フィリップの顔が蒼白になる。
そのままストンとソファに落ちた。
ちょっと調子に乗り過ぎたか?……もはやこちらも引っ込みがつかない。行けるところまで行ってみるしかない。
「……どこまで知って……」
「ゴミ屑そのものだった当時のお前に莫大な資金投下を決定するんだ。徹底的に調査するに決まってるだろ……思想や信条はお前には無かった。だからそれ以外の全てを調査した。借金の総額からそれを借り入れるに至った経緯……お前がどの娼婦に入れ込み、どのような交友関係を築き、どのような態度で周囲に接していたか?……安酒場の従業員やボロ下宿の大家から借金の取り立て人の証言に至るまで、全てを調べ上げた……その結果、正真正銘の真性のゴミ屑と確認したから、お前を取り込むことに決めた。単なる貧乏貴族なら他にも掃いて捨てるほどいる。誇りのない貴族なら王都で石を投げれば必ず当たる。実力が伴わないくせに思い上がった貴族の次男三男など、こちらで何もしなくても金貨の山を積み上げるだけで蟻のように群がってくるだろう。お前はそれら全てを軽く凌駕する、ゴミ屑の吹き溜まりの中でも一際輝くゴミ屑だった。実家は血縁を含めてほぼ全滅。領民は謀反を起こす……千載一遇の家督を継ぐ機会を得ても自ら動かない。言い訳を並べて逃げ回る。プライドだけは人一倍高いのに行動に移せないどころか、その為の努力からも逃げる。悪いのは社会や他人と決まり文句のように愚痴っているのに、いざ認められる機会からは率先して逃亡する。武力に訴えるなど野蛮だと罵りながら、他人に手勢を用意されればホイホイ乗ってくる……コイツをゴミ屑と言わずして何と言うべきなんだ?……他に良い表現を知っているならば教えてくれよ、フィリップ」
フィリップの顔色は面白いぐらいの速さで七変化を繰り返していた。
怒りに羞恥に後悔にと忙しい。
怒りと後悔はともかく羞恥心など100年早い。
過去の自分の行いが消えるわけがないのだ。
この際、もう一段階深くぶっちゃけることにした。
「お前、ひょっとして……戦功を認められたと本気で思っていたのか?」
まっ、あまりに惨憺たる戦果で王国側には評価されるべき人材が他に全く見当たらず、結果として評価されたのは本当だが、真に戦功と呼べるようなものは戦端を開く際の突撃時に挙げたいくつかの首級だけだ。残りの過大に評価されている部分を強調するようにザナックとレエブンにアドバイスしたのは俺だ。魔導国の暗躍を隠す為と、なんとなく気に入っているクライム君の行動の評価を上げる為のついで……それがフィリップの戦後の奇跡的出世の正体だ。
完全に血の気が引いたフィリップが上目遣いで俺を見ていた。
「……どういう意味だ?」
「カッツェ平野での突撃はともかく、それ以降のお前は戦場から逃げ回っていただけだ。その程度の戦働きで、実態はガゼフ・ストロノーフの下働きにしても、本当に一軍の司令官職に推されるほど上から評価されたと思っていたのか、と言っている……普通は疑問を感じるものだろう?」
絶句したフィリップが口をパクパクさせていた。
「誰の口添えがあったと思った?……お前は王国の実権を握るザナックにもレエブンにも大して面識は無かっただろう。むしろ連中から見ればバルブロに与していた危険分子だ。それが一足飛びに司令官候補など普通に考えれば、ありえない力が働いたとしか思えないはずだ。それとも本当に実力と勘違いしていたのか?……だとしたら、おめでたいにも程があるな」
こちらがソファから身を乗り出すとフィリップはたじろぐように身をすくめた。まるで俺から逃げるように身を捩って距離を取る。受け入れ難い事実が言葉になるのを恐れているのか?
「……俺の言葉に従うのはヤルダバオトだけじゃない、ってことだ」
一瞬の沈黙の後、絶叫が響いた。
脱兎の如くフィリップが逃げ出した。
慌ててドアを開けた元冒険者の部下を突き飛ばし、そのまま何処かに走り去った。
まっ、眷属に監視させれば問題あるまい。
グラスに残された酒をゆっくり飲み干した。
期待していた方向とは違う。
まっ、少しでも以前のフィリップに戻る事を期待するしかないか……
*************************
「よーやっと神都が見えたな、ラキュース」
視界の先にぼんやりと浮かぶ街の明かりが神都で間違いないだろう。
振り向いたガガーランの笑顔にラキュースが頷く。
他のメンバー3人は先行していた。
神都の城門を前で前で待ち合わせをしている。
夜間なので通常であれば入城は明日になるだろうが、なにしろ魔導王が直々に発行を命じた外交使節証を所持しているのだ。即座に入城を許可されるはずだ。王国時代であればラキュースの身分が貴族であったとしても冒険者としては使用を躊躇うような代物であったが、魔導国の冒険者は基本的に国家の発注した依頼を受ける際は全員が携帯させられる。
今回は魔導国からの依頼ではないが、副王ゼブルからの依頼だった。出発前に魔導王に事情の説明をした際、一も二もなく押し付けられた代物だ。これがあれば自陣営はもちろん敵性勢力も手を出せるはずがない、と。
アンデッドであるが故に常に堂々として見える魔導王の狼狽える姿など滅多に見れるものではないだろう。彼はゼブルのことを酷く心配していた。背景には窺い知れない事情があるのだろうが、政府の幹部でもない『青の薔薇』ごときにに何度も何度も「くれぐれもゼブルさんをよろしく頼む」と繰り返した。とてもアンデッドとは思えない、実に人間臭さを感じさせる対応だった。
消耗品一式を手渡され、国境まで『転移門』で送られ、まさに至れり尽くせりで送り出された後、本当に別れる間際にはゼブルとは別に追加の成功報酬まで約束された。それ以前にアダマンタイトとはいえ単なる冒険者を魔導王が直々に見送りに来ること自体が異常事態だった。
「なーんか、凄え騒ぎだったな」
「そうね……魔導王陛下の心配が、いまさらながらプレッシャーに感じるわ」
ラキュースが大きく嘆息し、俯いた。
そのまま歩き続ける。
「あー見えて、魔導王陛下は心配性なんだろ……アンデッドだけど」
「活動拠点を移すって実家で事情説明した時よりも、盛大で過剰な心配だったような気がするわ……陛下はアンデッドらしいけど」
「そもそもアンデッドが心配性ってなんだよ!」
「私が聞きたいわよ!……イビルアイみたいなアンデッドが他にもいるなんて思いもしなかったわ!」
「そりゃイビルアイが存在しているんだから、いてもおかしくねえけどよぉ」
「たしかに魔導国が盛んに広報している通り、全てのアンデッドが邪悪で生者を憎むなんて大嘘だとしか思えないわ……特に私達は身につまされるのが正しいのよね」
「まぁな……他人はともかく俺達だけは信じちゃ拙いな。イビルアイだけが特別なんじゃねぇだろ、多分」
「ゼブルさんだってこの真実を知っていたってことよね?」
ラキュースがボソリと呟く。
多種族共生を標榜しつつ、アンデッド宣言をした魔導王を担ぐのだ。
真実に当然辿り着いていたと考えるのが自然だろう。
「いまさらゼブルさんって……本人が目の前にいるわけでもねぇし、ゼブルの野郎は呼び捨てで良いじゃねぇか……アイツだって……」
「でも私達よりも古い付き合いのティーヌさんもゼブルさんって呼び続けているわ……彼だって、私のことをラキュースさんって呼ぶもの。いまさら『様』付けも嫌味みたいでおかしいし……」
「彼……ね」
ガガーランがニヤリと笑う。
ラキュースが真っ赤に染め上げた顔を上げた。
「勘違い!違うわよ!……そういう意味じゃないの!……彼とはっ……違う!……ゼブルさんとは趣味が合うのよ!」
ガガーランはさらにニヤニヤしながらラキュースを覗き込んだ。
ラキュースは慌てて俯く。
「そういや、ラキュースの趣味って何だよ?……かなり長い付き合いになるけど、俺は知らねえぞ……ひょっとしてラキュースとゼブルが時折怪しく見えるのって……」
話が拗れる前に真実を小出しにするべきだ……とラキュースは決心した。
追い詰められて本当のことを話すわけにはいかないのだ。特にガガーランだけにはこれまでの経緯から、とても真相を話せるものではない。
「……冒険譚……とか、英雄譚とかの物語が好きなの」
少しの沈黙の後、ラキュースが核心部分を端折って告白した。
そこだけは恥ずかしくて言えない。
いまさらガガーランが心配してきたことがラキュースの妄想などとはとても告白できなかった。特にキリネイラム絡みは話を膨らませ過ぎて、もはや自分でも修正できるとは思えない。ガガーランの勘違いから始まったこととはいえ、照れ隠しで話を大きくし過ぎていた。
ガガーランが不思議そうな顔をして天を仰いている。
「……でもよぉ、ゼブルの野郎からは物語好きな気配は微塵も感じねえけどなぁ……アイツに近いアングラウスなんざ完全にその手の話をバカにしている感じだしよぉ……ティーヌもジットも似たようなもんだろ」
「それは同好の士ってやつなのよ!……同じように物語が好きな者同士、直ぐに理解したの」
実家のクローゼットの中身は絶対に言えない。
ゼブルがどうやってラキュースの空想趣味を知り、あんなものを押し付けてきたのかは、いまだに理解できない。
ただ全ての好みがドンピシャだったのだ。
あの状況下で思わず受け取ってしまった自分……今考えても完全にどうかしていた。
「ツアレニーニャの面倒を見ていただく報酬としてこれはラキュースさんが生きている間は貸与します……もし俺が何かの拍子で死んで、その時にラキュースさんが『死者復活』を使って、俺を蘇生してくれたら、これの所有権は貴女のものです。代価の前払いと思っていただいて結構ですよ」
将来使ってもらうかもしれない『死者復活』の代価の前払い……あの時のゼブルはたしかにそう言った。何もしていないのに実質的に譲渡されたようなものだ。何かがおかしいと思わねばならなかった。
あれ以降、ゼブルに意味有り気な視線を向けられると何とも言えない気持ちになってしまう。ボソッと「……お好きですね?」などと呟かれると途端に反骨心を砕かれてしまう。核心部分を知られていると思うと恥ずかしくしてたまらない気持ちで狂いそうになるのに、妄想癖を理解してくれる人がいる事実に心底安心する。
あれ以来、神官としての自分は常にゼブルの言葉に縛られていた。
だから自身と神官として同レベルと感じられた聖王女カルカ・ベサーレスがゼブルの手によってカルネで人質生活を送る羽目に陥ったと聞いた時、許せないと思う以上の何とも言えない気持ちに満たされた。
同じく神官として同レベル以上と思えるケラルト・カストディオと密談を交わす姿を見て、焦燥のようなもので心が満たされた。
側近のティーヌがベタベタしている姿以上の何か……諦めることのできないイライラさせるものを頭から振り払おうとする自分にさらにイラ立つのだ。
……でも依頼を受けたのは私。カルカ・ベサーレスでもケラルト・カストディオでもない。
ラキュースの緑色の瞳に強い意志が宿る。
それを知らずか、ガガーランが暢気に尋ねた。
「うんじゃーよぉ、ゼブルの好きな物語ってどんなもんなんだ?……この前に説明した通り、俺とティアにティナはアイツに世話になることに決めたんだ。未来の師匠候補の趣味の好みぐれえ、知っといた方がコミュニケーションが円滑になるだろ」
「……えっ?」
「出会って間も無く、即座に理解し合えるレベルの同好の士なんだろ?……当然、解るだろうよ」
ラキュースがそんなものを知るわけがない。
ゼブルがラキュースの妄想癖を知っているだけなのだ。
ストーリーの整合性など関係なく、執筆の興が乗って妄想に拍車が掛かると主人公に成り切ってポーズを付けたり、自作のカッコイイ台詞を叫ぶ方がラキュースにとって重要であることを完全に理解した上で、一切他言しない。1人になった時のラキュースがどのような妄想に浸っているか、その中身まで知られているような気がする。
周囲に面白おかしく喋られても不思議ではない。
当初はそれも覚悟した。しかし彼はラキュースに匂わすだけで、核心部分には絶対に直接触れなかった。周囲に漏らすこともない。
凄く恥ずかしい反面、感謝もしている。
だから強く出れないということも多いが……
自身で誘導した結果とはいえ、ガガーランのこの質問には困った。
必死に考え……それらしいものを導き出す。
「多分……そうね……裏に秘密がある物語とか、かな?」
「なんでぇ、随分とざっくりしてんな。どんな秘密だよ」
「例えば……そうね、許されない立場同士の結ばれない恋の話とか……?」
「はぁ?……なんか悲恋物の演劇みてえじゃねーか。なんかピンとこねえな」
「でも密かに恋心を抱く者同士が協力して、困難を乗り越えるのよ……邪悪な怪物を倒したり、王家を蔑ろにする悪い大臣の一党の陰謀を暴いて国に善政を取り戻したり……でも2人の母国は敵国同士、みたいな」
完全な思い付きだが、困ったことにちょっと調子に乗り始める自分がいた。脳内にブーストが掛かり始めている。主人公は自分……決して結ばれぬ秘密の恋の相手が……慌てて首を振る。
「ハッ……ゼブルの野郎本人とは似ても似つかねえ話だな。アイツはそれが巨悪だろうと関係なく取り込んじまうじゃねえか……結果、民衆には良いことをしてんのも間違いねえけどよ。まぁ、物語なんてもんは自分自身とかけ離れている方がグッとくるのか?」
ガガーランが絶妙なタイミングで水を差す。
ありがたいと同時に、少しムッとする。
せっかく膨らみ始めた妄想が砕け散ってしまったのだ。
「……そうかもね」
「なんでぇ……なんかノリが悪いぜ、ラキュース」
「そっ、そんなことないわよ!」
「まっ、いずれしても依頼達成してカルネに帰ったら、ゼブルの野郎に鍛えてもらう約束だからよ……その前でも暇がありゃ鍛えてくれるみてぇなことも言ってたしな。ティーヌみてえな化け物レベルとは行かねえかもしれねえけど、ブレイン・アングラウスと互角ぐらいにはなりてえもんだぜ。知ってるか……聖王国でイビルアイがザッと確認した感じだと、ティーヌの難度は装備込みで250〜280程度……難度200前後のゼブルよりも強え。評議国のプラチナム・ドラゴンロードみてえな大物は別にして、大抵の『真なる竜王』なら互角らしいぜ」
「えっ?」
「単なる人間の戦士が『真なる竜王』と互角なんだとよ……相変わらず凄えムカつく女なのは間違いねえが、夢が広がるだろ?……上手くすりゃ、俺達もそれぐらいになれるかも、だぜ。なんせティーヌを育てのは間違いなくゼブルだ。才能の差はあるだろうけどよぉ……そこまででなくともイビルアイ……最悪でもブレイン・アングラウスぐらいは目標にしてえ。しかもそんなに現実離れしている目標とも思えねえ。もし本当にそうなりゃ『青の薔薇』最弱はラキュース……お前だぜ」
「なっ……」
ガガーランの不敵な笑いにラキュースは絶句した。
あまりに突飛な話の内容だが、イビルアイがガガーランに嘘を告げる理由が無い。少なくとも必ず味方になるとは断言できないティーヌの戦力評価で、冒険者として嘘偽りは御法度だ……だとすれば信じられないが真実なのだろう。
そしてティーヌを育てたのはゼブル……これもほぼ間違いない。竜王国では別行動していたようだが、ラキュースの知る限り基本的にティーヌはゼブルにべったりだ。魔導国内で別々に見かけた事はあるが、それはティーヌがゼブルから仕事を請け負っていたケースか、ゼブルが超多忙かつティーヌが完全オフのレアケースだ。基本的に2人は一緒に行動していると言って良いだろう。
ティーヌは出会った頃でも装備込みで『青の薔薇』最強のイビルアイと同等レベルの力を有していた。その時点で人間の成長限界を突破していたようなものだ。普通ならばそれ以上の成長などほぼ望めない。それが1年そこそこの短期間で『真なる竜王』と同等まで成長した。もちろん本人の血の滲む程度では済まないような努力もあるだろうが……
「……もう単純に尊敬するわ」
「だよなぁ……俺達の知っている効率的なれべるあっぷなんてもんじゃ、とても説明付かねぇんだよ。アレだって死に物狂いだけどよ……そんなもんじゃ済まねえ、地獄のような何かを乗り越えねぇと人間の限界は抜けられねぇだろ。そういう意味じゃティーヌもジットもブレイン・アングラウスもエルヤーも全員尊敬に値すると思うぜ……そして連中の才能を見抜いて、見事に育てたゼブルの手腕は神の如しさ……生きた実績を目の前に、今思い返せば『思い上がるなよ、ニンゲン』ってヤツの言葉も納得できるって寸法さ……俺達はまだまだ人間のステージから出てねぇってコトだ。そしてそこから這い上がれるヤツは次のステージに立てるってコトでもあるぜ」
半ば信者のような目付きでガガーランは夜空を見上げていた。
隣を歩くラキュースは少し不安を感じていた。
もちろん戦力として取り残される不安もある。だがいざとなればゼブルに捻じ込めるとも思っていた。単なる自信過剰と言われればそれまでだが、ゼブルは出会った当初から他の『青の薔薇』メンバーに比してラキュースを重視している気がしてならないのだ。でなければ、メンバーにも打ち明けることが躊躇われるような神話レベルの武具をラキュースだけにポンっと渡すはずがない。言葉通り『死者復活』を行使可能な神官として見込まれているだけかもしれないが……それだけはないと思いたい。
それよりも少し前からガガーランが変わったように思えるのだ。
切っ掛けは王国と帝国の戦争の時だ。
ブレイン・アングラウスと2人で王国の英雄モチャラス子爵の仲間を救出に向かった時から……戻ってきた時には「脳筋の何かが吹っ切れていた」とイビルアイが語っていた。
ブレイン・アングラウスの剣技に魅了され、デスナイト4体を瞬殺する様を見ただけでなく、実際に1体のトドメを譲られたことまでは知っている。
そこで何かを掴んだのか……?
それまでのガガーランは悩んでいたと、ラキュースは思っていた。戦士として目に見える成長を感じなくなり、強さに対するフラストレーションの吐口をクライムや後進の世話をすることで紛らわしていたように感じられた。
ラキュースも神官として伸び悩んだ時期はあるが、それでもガガーランと比べれば年齢的にはるかに若く、持ち直すのも早かった。だからガガーランの悩みの深いところまでは理解できない。
その悩みが失せ、ガガーランが明確に前向きになった。
同時にそれまではイビルアイほどではないが、ほぼ完全否定に近かったゼブル一党に対して、部分的に認めるような発言が徐々に増え始めた。
そこまではラキュースとしても良い兆候として受け止めていた。ゼブル一党と敵対を続けても実力的に敵う相手ではないし、何よりもラキュース個人としても敵対を続けるわけにもいかない。
次いでティアとティナを巻き込み、『青の薔薇』として魔導国に移籍する算段を主導したのもガガーランだった。さらにガラに合わない理論武装でイビルアイまで説得し、遂には王国貴族であるラキュースも活動拠点の移籍について反対できなくなった。あまりにガガーランらしくない動きだ。どちらかと言えばラキュースに直接捻じ込んでくる方がしっくりする。
魔導国に移籍後は最もガガーランが活動的になった。
訓練所にも積極的に顔を出し、後進の指導にも積極的だ。
国家からの依頼にも反対したことが無い。むしろ積極的に受けることを勧めてくる。
首都のカルネには組合の支所しかなく、冒険者はエ・ランテルにいる方が便利なのだが、カルネにも頻繁に通う。国策でアダマンタイト級冒険者の箔付けの為だけに規定したような規則である「アダマンタイト級冒険者は宮殿に入るにも簡単な申請だけで済む」を逆手にとって、宮殿内でも積極的に顔を売っていた。お陰で精強なゴブリン軍団の将軍でもある都市長の少女とまで知り合いになり、その似合わなさにビックリしたものだ。
そんなガガーランを見て、イビルアイがボソリと呟いたことがある。
「……吹っ切れたのは良いが、人間をヤメるような真似は止めないとな」
なんとなくだが同意できてしまった。
その時のガガーランには明るさと危うさが混在しているように思えたのだ。
ティアとティナもその影響を多分に受けているように思える。
ブレイン・アングラウスを戦士としての目標とするまでは良かったが、行き過ぎて神格化し、そのブレインが仕えるゼブルまで神格化しているように思えてならない。結果として決定的に反りの合わなかったティーヌまで部分的とはいえ、認めてしまっているのだ……
だから3人が弟子入りを言い出した時の危惧は半端なものではなかった。
だが例によって似合わぬ理論武装で3人から責め立てられてはラキュースもイビルアイも認めるしかなく、条件を提示するのが精一杯だった。
それが「何があっても、決して人間をヤメない」である。
夜空を仰ぐガガーランは上だけを見詰める者の危うさに満ちていた。
希望に溢れる子供のような笑顔だった。
走り続けた。
遠く、ひたすら遠くへ。
とにかく逃げなければならない。
気付けば神都の入口である城門に向かっていた。
時間的には出れるものではない。そんなことは百も承知だが、とにかく神都の中心から逃げなければならない。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
混乱……とは違う。
否定だ。圧倒的な自己否定。
真っ当な道に気付き、努力し、遅ればせながら世の為に築き上げたものが、あの男の言葉でガラガラと崩壊してしまった。
いったい何なのだ!
バケモノ女の飼い主はさらに理解し難い精神性の持ち主だった。
そんな精神のバケモノを頼ろうとした自身の迂闊さが悔やまれる。
クズだった時代のフィリップの全てを知った上で援助し、成長を促し、出世の後押しまでして、この掌返しだ。
全く理解できない。
世界でも有数の権力者であり、アベリオン丘陵で見せた理解不能の技の持ち主でもある。シュグネウスを配下に従えているのだから財力も途方もないのだろう。そして整い過ぎた容姿。
何もかも恵まれているように思える。
それが何故、当時は自覚すらないクズだったフィリップを選んだのか?
ヤツの顔が脳裏に浮かぶ。
あの目が恐ろしい。
全てを見透かすような目で見下してくるのだ。
唐突にあのバケモノ女と違う方向性の恐怖が身体を突き抜けた。
一度緩んだ脚の回転が再加速した。
あの目に追い掛けられているような気がしてならない。
「チクショーが!」
叫びながらフィリップは走り続けた。
何もかも虚しい。
そして怖い。
全てが信じられない。
これまでの努力も実感も達成感も……あの男の一言で左右されたのだ。
知らぬ間に涙が頬を伝う。
傍目から見て、号泣していた。
魔法の武具で全身を固めた屈強に見える成人の男が泣きながら往来を直走っていた。冒険者で言えばミスリル級まであと一歩のところまでは成長していたのだ。一般人と比較すれば存在感だけでも突き抜けている。一対一ならばオーガも問題にせず、ゴブリンならば逃げ出すレベルだ。
そのフィリップが泣き喚きながら走っていた。
やがて城門が大きくなり、フィリップの脚が止まる。
硬く閉ざされた門扉の前に槍を持つ当番兵の数は軽く10名を超えていた。
城門脇の詰所にはさらに多くの当番兵が詰めているに違いない。
明日の朝一でここから逃げ出す……そのつもりだったが、どうしても背後が気になって仕方なかった。
物は試しと当番兵の1人に話しかけるも、いかに異国人であっても許可証も口添えも無ければどうしようもなかった。さすがに「不安だ」程度では夜間に城門を開け放ってはくれない。
フィリップは諦め、朝まで待とうと広場の片隅に腰掛ける場所でも探そうと夜明け待ちの集団が集まっている一画を目指した。
「開門!……開門!」
背後で開門の声が響く。
振り向けば巨大な正門でなく、直ぐ横の通用門が空いていた。
どうやら外からの来訪者らしい。
5人組であり、中でも一際大きな人影に見覚えがあった。肩に担いだ戦鎚のシルエットで確信を得る。
アレは青薔薇のガガーラン!……ということは5人組の人影は『青の薔薇』で間違いないのか?
しかしフィリップは助けを求めようとした寸前に思い出した。
過去にガガーランとイビルアイに助けられた経験もあり、危うく王都のアダマンタイト級冒険者チームと勘違いしそうになったが、聖王国で姿を見掛けた時には魔導国の冒険者と名乗っていたはずだ。
つまりゼブルの手の者と考えた方が無難だった。
見付かるのは拙い!
フィリップは慌てて踵を返して、人混みに紛れ込もうとした。
だがそれはむしろ悪手だった。
気が付けば不自然な動きを察知した双子忍者に両腕を掴まれていた。
咄嗟に声を発しようとした瞬間、首筋に冷たい感触。
視線を向けると目の前に仮面があった。
「ラキュースとガガーランが番兵に突出した理由を告げている……だからティアにティナ、油断するな……コイツは……んっ、見覚えがあるな?」
仮面の声に双子の同じ顔が左右から覗き込む。
「モチャラス」
「凄い悪運の持ち主って評判のモチャラスで間違いない」
仮面が首を傾げる。
「モチャラスって……王都軍の司令官じゃあないか?」
「そう、そのモチャラス……名前はフィリップ・ディドン・リイル・モチャラス……戦争で名を上げた」
「それ以前はクズで有名。シュグネウス商会……その裏の旧『八本指』の力で自領の反乱鎮圧したらしい」
仮面がグッと接近する。
「観念しろ……別に取って食うつもりはない」
イビルアイの言葉にフィリップは深く項垂れた。
お読みいただきありがとうございます。