死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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感想いただいた方ありがとうございます。ご指摘いただいた点はいずれ修正できればと思っています。原作を読んで気になった部分を調べている程度の知識なので、設定が無茶苦茶になりがちなのは素直にゴメンなさいです。
とりあえず続けられるように遅筆ですが頑張ります。



7話 忠誠のカタチは人それぞれ

 このままでは何事も無く……つまり何一つ成果無く任務を終えてしまう、でありんす……

 

 シャルティア・ブラッドフォールンは焦っていた。

 アインズ様の留守中の全てを任されるアルベドはもちろん、誰が見てもアルベド以上の功績があるデミウルゴス……百歩譲ってこの2人よりも評価が落ちるのは仕方がない。悔しいが諦める……なにしろ頭の出来が違うのだ。戦力として単に強いだけではアインズ様のお役に立てるシーンは少ない。そう痛感していた。

 

 噛み締めた歯がギリリッと音を立てた。しかし現実を受け入れなくては大きな功績で一発逆転もできない。最終的に正妻の座を手に入れてアルベドに勝てばよいのだ。

 

 今は我慢でありんす……と自分に言い聞かせた。

 

 他の守護者は……

 一度のあってはならない敗戦から汚名返上し、リザードマン集落を統治するコキュートスにも……まあ、その後は良くやっているようなので、評価で負けるのも我慢するべきなのだろう。最近では本来シャルティアの担当である武技の収集でも成果を出しているようなのだ。流石にシャルティアの立場で敗戦批判するのはみっともない。

 ナザリックの隠蔽工作を任され、完成させたマーレの功績も大きい。これも認めなくてはならない。

 セバスは着実に王都で活動している。丁寧な情報収集と物資の確保と評判の確立……全てそつなくこなしていると聞く。成果無しのシャルティアが小さい仕事などと言ったら失笑を買ってしまうだろう。

 一番負けたくないはおチビ……アウラだが、偽ナザリックを見事に作り上げた上に、トブの大森林の統治も新たに配下に加えたナーガを使って上手くやっているようなので認めないわけにはいかない。

 特別な任務を与えられていないヴィクティムにすら勝つ要素は無かった。むしろ任務に対して成果の無いシャルティアの方が低評価だろう。

 

 守護者や同格のセバスだけならばまだしも……

 

 羨ましくも冒険者に偽装したアインズ様のお供を命じられたナーベラルの功績は凄まじく大だ。人間との間に軋轢も起こしていると聞くが功績に比すれば些細な問題だ……そうでなくともとにかく羨ましい、でありんす。

 カルネ村とか言うアインズ様が戯れで助けた人間の村で重要人物と言われているエンリ・エモットと友好関係を築き、守護しているルプスレギナもなかなかの高評価だろう。

 セバスのフォローと主人役を完璧に演じきっているソリュシャンにすら、シャルティアは敵わない。

 

 プレアデスの3名……これも認めざる得ない。

 

 それどころか捕らえた人間達を片っ端から拷問に掛け、情報収集に力を発揮しているニューロニストにすら純粋に功績を比較した場合、シャルティアは足元にも及ばない。

 

 新たに任務を与えられた守護者の中で唯一、功績のないゴミ守護者……守護者どころか、見下すわけではないがレベルの低い戦闘メイドにすら劣る存在。それがシャルティア・ブラッドフォールンなのだ。

 

 シャルティアの苛立ちを感じたのか、馬車に同乗するヴァンパイア・ブライド達が目に見えて狼狽していた。

 

「あの……シャルティア様! シャルティア様が……」

「……黙れっ!」

 

 シモベのフォローなど要らない……ヴァンパイア・ブライド達がシャルティアから視線を落としていた……怒りを通り越して、哀しくなる。

 散々寄り道はしたのだが、何故か武技を持つ者に遭遇することはなかった。餌としてのヴァンパイア・ブライド達に食い付いた中には冒険者もならず者も腕自慢もいたはず……だが捕らえて、いざ武技を使わせようとしても真面に使える者は皆無だった。あまりに成果無しの結果が続くのに苛立ったシャルティアが自ら出張って魅了しても、その状況に変化は無かった。

 

 そもそも『武技』とは何なのか……?

 

 当初は気楽に考えていた。捕らえた者から聞き出していれば、いずれ正解に辿り着くのだと……しかしここまで成果が無いと逆に不安に駆られた。捕らえた人間は尽く殺してしまったのだが、もしかしたら殺した者の中にシャルティアが認識出来ないだけで、武技を使える者が混ざっていたのかもしれない……

 

 密かにペストーニャ・S・ワンコに連絡を取ってみた。

 

 道中、気分のままに作り上げた無数の死体の中でもナザリックに送ったものは、復活に問題の無い程度に原形を留めた状態にしたつもりだったが、ペストーニャからの返答では「そもそも復活に耐えられない者が大半なので、情報を引き出すつもりならば、なるべく生かしたまま送って欲しい……ワン」とのことだった。

 後悔先に立たず……シャルティア達は王都にてセバス達と合流し次第、とりあえずの任務期間を終えてしまう。その後の段取りも決まっているので王都へ到着した後に挽回のチャンスは無い。しかしこのまま成果ゼロではあまりに情けない……藁にもすがる気持ちでさらに寄り道に寄り道を重ねたが、王都に近付くに連れて、怪談じみた評判が広まっていた。もはやシャルティア達の馬車に近付こういう猛者も激減していたのだ。

 

 シャルティアは自身の浅薄さを「こうあれ」と創造したペロロンチーノ様に少しだけ恨みがましく思い、慌てて思いを否定した。かと言って、自分の頭脳では打開策を思い付かないのも自覚していた。

 だから相談してみることを思い付いたのだが、アルベドだけにはどうしても頭を下げたくない。一番頼りになりそうなデミウルゴスはあまり多忙を極めている。おチビもコキュートスも最近では忙しくしている。マーレ……相談する相手としてはあまりに魅力が無い……魅力……みりょく?

 

 シャルティアに天啓が降りた。

 

 ……餌としての魅力がコイツらでは足りんせん。

 

 突如機嫌の回復したシャルティアの視線にヴァンパイア・ブライド達は肩を竦めた。

 

 ……このわたし……可憐な化物である、わたし自らが餌になるでありんす!

 

 根本的な何かを取り違えた決意を固め、ボールガウン姿のシャルティア・ブラッドフォールンが王都近郊の村の前に降り立った。

 

 

 

 

 

**************************

 

 

 

 

 

 王都の冒険者組合に緊急の案件が舞い込んだ。

 討伐対象……推定ヴァンパイア。

 報告……今夜半、突如村落に現れたボールガウン姿の少女ヴァンパイアと思われるモンスターが村のほぼ全ての住民を魅了し、何処かに連れ去ってしまった。偶然村外に出ていた為に違反に気付き、生き残った村人3名が王都に駆け込み、衛兵に通報。

 通報により、即時結成された衛兵8名から成る偵察隊も帰還せず。

 当直の兵80余名がかき集められた第一次討伐隊が派遣されるも、ただの1名すらも帰還せず。

 ここに至り、王国軍上層部は面子を捨て、対モンスター戦の専門家である冒険者組合に協力を要請。

 リ・エスティーゼ冒険者組合は即時受諾。

 金級冒険者1チームと銀級2チームの計14名の冒険者を偵察隊して派遣。

 バックアップ担当の銀級の1チーム4名のみが帰還。

 対象は強大な力を有するヴァンパイアと断定。

 冒険者組合は緊急召集を発令……王都内に在る白金級以上の全冒険者が対象とされた。特に最高位のアダマンタイト級の内、『朱の雫』が遠征中の為に即時帰還が不能である為、『青の薔薇』の召集は必須とされた。

 

 早速、冒険者組合の会議室にガガーランとイビルアイの姿があった。メッセージをいち早く受けたイビルアイが拠点である高級宿にいたガガーランを伴ってやってきたのだ。

 

「ったく……この非常時に緊急召集が重なるなんてなぁ」

「仕方あるまい……モンスターが相手とあっては冒険者の領分だろう」

「……『八本指』……『六腕』の方はどうすんだ?」

「……この件が終わるまで放置するしかないだろう。どちらも戦力を分散して良いような甘い相手ではない……それにゼブル達を味方と考えるのならば、幸にしてアレらは銅級……今回の召集対象外だ」

「それもどうだかなぁ……?」

 

 ガガーランの嘆きと共に双子が入室してきた。

 

「すまない……ゼブル達を見失った」

「すまない……六腕の所在もロストした」

 

 はぁ……ガガーランが溜息を吐く。

 イビルアイも仮面越しに落胆しているのが見て取れた。

 

「マルムヴィストはティーヌに襲われ、敗れた。その後、繁華街の廃屋に連行された所までは確認した……廃屋の内部には痕跡すら無かった」

「エドストレームはブレイン・アングラウスに投降した……と思う。戦闘の気配は感じなかった。その後、郊外の廃屋に連れ込まれて……そこで2人ともロストした」

 

 ティアもティナも淡々と報告を続けた。次いでイビルアイが喋り始める。

 

「……ペシュリアンはジットに完封された。ジットの作り上げたアンデッドに囲まれ、手も足も封じられたところを魔法でやられた。アレは魔力系第四位階まで使うぞ。その後、墓地の片隅の小屋の中から2人とも消えた」

「イビルアイもロストした」

「私達だけではなかった」

「うるさい!……で、アンデッドと噂のあるデイバーノックは?」

「ゼブルが隠れ家に乗り込んだところまでは確認した……いつまで経っても出てこないので様子を確認に忍び込んだ……これと黒いローブの残骸だけが残されていた」

 

 ティナが取り出したのはマジックアイテムのオーブ……それ自体は非常に立派なマジックアイテムだが、ゼブル達の装備品とは比較にもならない。つまりデイバーノックの持ち物だろう。

 拉致された他の『六腕』と違い、殺されたと考えて間違いないか……?

 

「残る『六腕』は首魁の『闘鬼』ゼロ……」

 

 イビルアイの呟き、ティアが首を振る。

 

「……ゼロはサキュロントとコッコドールに壊滅した元裏の娼館に呼び出されたのだと思う……」

 

 

 

 

 

 ティアが語るには、コッコドールが見守る中、ゼロは幻術を駆使して戦うサキュロントをほぼ一方的に追い詰めた。ゼロの正体はガガーランとも良い勝負が出来る器のモンクで間違いない。

 しかしサキュロントが倒れ伏す直前におそらく『次元の移動』の魔法を使って上空から現れたゼブルと数分間に渡って会話になった。残念ながら内容までは確認できなかったが、その後ゼブルが小さな魔法陣を作り、遠目からは効果の良く分からない魔法を行使した。そのままゼロ構えを解き、ゼブルを前に立ち尽くしてしまった。

 ゼブルがゼロの耳元で何事かを囁き、直後「ふざけるなっ!」と大きな声がした。

 

「かぁぁぁぁあああああああ!!!」

 

 とんでもない気合が爆発し、監視するティアの周囲の空気まで振るわせた。

 それは速過ぎて、暗殺者として厳しい訓練を積んだティアの目でも捕捉するのが難しかった……が、単なる正拳突きだった。その威力とスピードを考慮しなければ、の話だが……それが一直線にゼブルを抉った。

 確実にゼブルの胴体の一部が吹き飛ぶ……そうならなくても内臓はスープ状になってしまう……そんな未来しか見えない。

 

「低レベルが……まあ、その割には良くやった方か」

 

 ティアの未来視は裏切られ、確かにゼブルはそう言った。そして何事も無かったかのように黒いコートの襟元を直していた。

 

「なんだと……」

 

 ゼロは愕然していた。少し惚けた表情のままゼブルの行動を眺めていた。

 ティアは会話を確認しようと安全を切り捨て、さらに近寄った。

 

「もう気は済みましたか? チャンスは一度与えました。これ以上は有りませんよ……さて、お前の主人は誰だ?」

「……なんなんだ、お前は」

「カッパーの冒険者ですかね……つまりお前はカッパー以下なんですよ。アダマンタイト級とか、恥ずかしいので口が裂けても言っちゃいけません。お前は非力なモンクなんですよ……即ち無能だ。これまで偶々恐ろしく弱い相手とだけ戦ってきたラッキーボーイ……あっ、運だけは良いのかもな?」

「……嘘を言うな」

「結果が全てです……ほら、この通り」

 

 ゼブルが胸元の『銅級』プレートを見せつける。

 ゼロは苦々しい顔をした後、フーッと息を吐いた。

 

「ハッ、バカバカしい……だが貴様が強いのは理解した。俺は俺以上の強さに従う。今日から貴様の狗になろう」

「素直でよろしい……まあ、裏切れば死……これだけは真実です。よく覚えておいて下さい」

「……で、どうするんだ?」

「分かり切った事を……『八本指』を掌握して、表の存在に変えますよ」

 

 ようやくゼロは合点がいったとばかりにコッコドールを見た。

 線の細いコッコドールが力強く頷いた。先の無い奴隷売買部門としては強大な力の後押しによる反旗は渡りに船だったのかもしれない。

 

「奴隷売買と警備を手に入れて……次は?」

「残り全部……と言いたいところですが、人手が限られます。とりあえず非合法の本丸である麻薬売買を早期に陥落させて、早急に資金を合法なものと換えます」

「ヒルマのところか……」

「ヒルマだか何だが知りませんが、お二人で麻薬部門の本丸に当たる拠点を炙り出して下さい……後は俺達がやります。その後も順次、金融、密輸、賭博を順に陥落させます……はっきり言って窃盗やら暗殺やらは不要です。戦力として有用であれば継続雇用はしても良いですが、そんな表に出られない部門を独立させておく必要はありません。全て警備部門として再編しても良いかな? 何だったら、お二人で幹部会を緊急召集して下さい……そこで一気に各部門の長を支配下に置いた方が楽かもしれません……」

 

 ゼブルが語る『八本指』の未来像は実にシンプルだった。

 金融と賭博を統合する……そこで一般にも合理的な金利で金を貸す。融資先は貴族から一般市民まで広く薄く……やがては王国全土へと進出する。

 麻薬と密輸と奴隷売買も集約し、合法的な大規模輸出入で稼ぐ。今のところ最も潤沢な資金を持つ麻薬部門と現存する密輸ルートを持つ点は大きい。稼いだ資金を新たな合法的金融部門に融資する。輸出入に伴う認可・裁可の類はそれこそ『八本指』の本領発揮だろう。王国貴族のかなり上層まで食い込んでいるのだ。わざわざ少額のアングラマネーに執着する必要性を感じない。

 窃盗と暗殺の警備への統合……それがゼロへの人参だった。融資金の回収と合法的な輸出入の警備を請け負い、冒険者並みの報酬を組合の仲介無しで得るだけで十分に稼げるだろう。

 加えて現『八本指』の濃密な暗部だけを切り取って残す。これを宮廷や貴族に働きかけて徐々に合法と認めさせる。合法化が無理そうな麻薬や奴隷売買などはノウハウを持って違法で無い他国へ移設を模索する。窃盗や暗殺などリスクが高いだけで大して儲けを生み出さない部門は完全に転換する。ここの長か幹部としてコッコドールは期待されている。彼の貴族達への人脈は捨てたものではないのだ。

 

 

 

 

 

「……つまりゼブル達は『八本指』の潰滅を目指しているわけではなく、合法的組織への転換を目指していると言うのか?」

 

 イビルアイの言葉には複雑な響きがあった。王国の裏社会を牛耳る組織を表に出す。現在の裏も絶対に合法化不能な部分は切り捨て、いずれ合法化を目指す……口にするのは簡単だが果てしなく遠い道程だ。

 ティアが頷いた。

 

「……難しいことは解らない。でも戦うよりは血が流れない」

「……良い事なのか判らない。でも確実に楽……ゼブルの持つ支配か魅了の力が発揮されれば不可能とは言えない」

「現に各部門長の内、既に4分の1を抑えているわけだ……でもよぉ、疑問なのはアイツら自身が新『八本指』の頭になるつもりなのか?」

「確かに釈然とはしないな……だがゼブル達を止める手段を持っていないのも事実だぞ、ガガーラン。ティアの持ち帰った情報もあえて見せつけたような気がしないか? それまでは綺麗に痕跡を消していた連中にしては、漏れた情報が多過ぎる上に重要過ぎやしないか?」

 

 その場の全員が押し黙った。深刻な不安が脳裏を過ったのだ。

 

 『青の薔薇』を上回るゼブル達の装備と戦力。

 組織として合法化した『八本指』……看板だけで中身は一緒だ。

 圧倒的な資金力を誇り、大手を振って太陽の下を歩く元犯罪結社。

 王国の中枢にも食い込む人脈。

 これらの要素が混ざり合い、非合法でなくなった組織が誕生する。

 つまり、これまで敵対出来た根拠が無くなるのだ。

 

 ……それは取り返しのつかないバケモノの誕生を意味するのではないか?

 

「……逆に考える。ゼブル達は任せろと言っている」

「……そう考えれば情報を見せた意味は理解できる」

「楽観的過ぎやしねえか……でも目の前の化け物……ヴァンパイアに集中するには良い理由だぜ」

 

 ガガーランが立ち上がった。連れてティアとティナの目付きも変わる。

 

「もっと慎重であるべきだが……しかしラキュースが遅いな。ヴァンパイア相手ではラキュースの力が要だろうに」

 

 イビルアイも立ち上がった。

 

「ああ、そういや、かなり時間が掛かってるな……俺が頼んだんだ。姫様絡めて『八本指』に繋がる腐敗貴族共の封じ込めを……でも、こうなっちゃ要らん世話だったなぁ」

「脳筋にしては考えたな……確かに要らん世話だが」

「うるせえ」

 

 会議室に向かってくるバタバタと慌ただしい足音がした。

 『青の薔薇』4人の表情が引き締まった。

 

 

 

 

 

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「妊娠ですか……?」

 

 セバスさんの渋い表情が更に渋くなった。

 

「……どうやら、そうらしいです」

「誰の子……いや愚問でした」

「その通りです」

「……知っているのですか?」

「いいえ、知らないでしょうね……自覚があるわけではないようです。本人が望むような状況ではないので、まだ伏せてはいますが……とりあえずのツアレニーニャ・ベイロン……あの娘の名前ですが……に及ぶ身の危険は排除しました。もちろん身体的な健康状態は万全です。なのでセバスさんにお知らせだけはしようかと……」

「……精神の傷はどうなりましたか?」

「残念ながら……知り合いの神官では手に負えないらしいです」

 

 セバスさんが顎に手を当てる。

 

「……そうですか。では、こちらの伝を当たってみましょう。で、ツアレニーニャ・ベイロン嬢の身柄はどちらでしょうか?」

「それはもう少しだけお待ちください……現在、身柄を託した知り合いが緊急召集で冒険者組合に呼ばれていますので、そちらが片付くまで少々お時間を頂戴致します」

「ほう……貴方のお知り合いの第五位階に到達された神官とは、有名な『青の薔薇』のリーダーでしたか?」

 

 一見、冒険者などに縁のなさそうなセバスさんがピタリと言い当てた。

 

「……お詳しいのですね」

「街を歩いて、噂を集めるのが趣味なのです……お恥ずかしい話ですがお仕えするお嬢様が極度の人嫌いで屋敷に籠りがちなもので……わたくしの集めた噂話程度でも喜んでいただけます」

「それは……また、何と言うか……」

「その辺りの詮索はご容赦ください」

「……失礼しました」

 

 俺は当てが外れて少々落胆していた。人嫌いのお嬢様に合わせろ、と言うのものなんだか図々しいだろう……今回は望外に多額だった報酬と『八本指』の乗っ取り程度で満足するしかないようだ。

 

「では、改めて噂の収集ついでにお聞きしたいのですが……今回の冒険者組合の緊急召集とはどういった内容なのでしょうか?」

 

 ほぼ何も考えずに知る限りの事情を伝えた。

 王都近郊の村に現れたとされるヴァンパイアも『神祖カインアベル』のような化け物染みた外見でなく、ボールガウン姿の美しい少女だと言う。つまり真祖以上不気味な外見を持つの存在でなく、せいぜいヴァンパイア・ブライド程度のモンスターだ。被害はかなり大きいらしいので白金級以上が召集対象であるが、その程度の相手であれば『青の薔薇』だけでも楽に討伐出来るだろう。

 しかし話を終える遥か前にセバスさんの表情が険しくなっていた。襲われた村落に知り合いでもいたのか?

 眉間に深い皺を寄せ、セバスさんは「なんということだ」と呟いた。

 

「……大丈夫ですか? お知り合いが被害に遭われたとか……」

「ええ、そのようなものです……急ぎ、状況を確認せねばなりません。申し訳ありませんが、ツアレニーニャ・ベイロン嬢の身柄をもうしばらく預かっていただけないでしょうか? 報酬は別途お支払いしますので……」

「いや、既に頂き過ぎですから、預かる程度ならばいくらでも預かりますよ」

「ありがとうございます、ゼブル様……では、わたくしは急ぎますので」

 

 恭しく一礼した後、セバスさんはいきなり走り出した。余程余裕が無かったらしい。素晴らしいフォームの走りだった。

 しかし問題はそこでなく、セバスさんのなりふり構わぬ走りが叩き出した異様な速度だろう。年齢や外見に似合わ無い云々ではなく、人間のそれを遥かに超越した身体能力だ……一度消えた疑念が再燃した。

 慌てて眷属を召喚し、セバスさんを追わせる……が、あっさりと振り切られたようだ。小さいとはいえ、60レベルの飛翔速度を、である。

 

 疑念はほぼ確信へと姿を変えた……しかしプレイヤーだとしたらこだわり過ぎもいいところだ。家令・執事ロールプレイの楽しさが理解出来ない以上に主人が引きこもり設定の意味が解らない。やはりロールプレイの真骨頂は理解し易い格好良さを持つ存在を演じ切る所だろう。

 例えば最も身近なロールプレイヤーだった『モモンガ』さんならば死の王もしくは魔王のロールプレイに凝っていた。しかし普段はちょっと寂し気な普通に優しい先輩プレイヤーだ。常に魔王ロールをしているわけでない。むしろロールプレイ中の『モモンガ』さんなんて、こちらが頼んだ時ぐらいしか見たことがない。俺のような異形種後輩プレイヤーに対してアドバイスするのが大好きだけど孤独な狩人……あくまで俺のイメージですか……それが『モモンガ』さんだ。決して四六時中ロールプレイに没頭しているわけではない。

 セバスさんの場合は非常に理解し難いロールプレイだ。まず何が楽しいのか門外漢であるおれには全く理解出来ない。つまり格好良さが非常に解りにくいのだ。ロールが自己完結というか、自己満足というか……観衆の反応が無くて楽しいものなのだろうか? まあ、何をやろうが自由と言えば自由なので、百歩譲って有りだとしても徹底振りが尋常ではない。少なくとも俺の知るプレイヤーの中に……単に知っているというだけの連中を含めても……あんなに隙なく徹底したロールプレイヤーはいない。

 要はどうにもプレイヤーっぽくないのだ。

 あるいは俺がアバターのまま異世界転移した以上、NPCやイベントボスが転移していないとは言い切れない。もちろん勘弁してほしいが100レベルプレイヤーが複数チームで当たっても厳しいような、100レベルを遥かに超越したレイドボスやワールドエネミーが転移していないとも言い切れない。しかし今はセバスさんについてだけ考えるべきなので、考慮すべきはイベントボス止まりで構わない……と思う。

 あくまで俺のユグドラシル経験内での知識だが、人間種のイベントボスで執事設定はいなかったはず……実は『人化』している設定でも将軍やら騎士やら王侯貴族やら……変わり種では悲劇のヒロイン設定が実は男の娘なんてキワモノはいたが、攻略wikiにも執事設定のイベントボスは記載されていなかったと記憶している。しかし「頭おかしい」で有名なユグドラシル運営の考えることなので、過去に遡っても全プレイヤーがイベント発生条件を満たせなかったなんていうイベントが無いとも言えないのがもどかしい。全プレイヤーが思っていたことだろうけど、最後まで未発見のイベントなんざ山程あったと思うのですよ。

 愚痴はさて置き……

 王都リ・エスティーゼがどこかのギルドの拠点というのならば、プレイヤーの自作プログラムをぶち込んだ拠点防衛用高レベルNPCを疑うところだが、ここが人間種ギルドの拠点とは到底思えない。それに加えて拠点防衛用NPCが独自の判断で拠点外の村に移動するはずがない。つまり拠点防衛用NPCの線は考えられない。

 では傭兵NPCかと言えば、テンプレートに従った反応しか出来ない連中があそこまで複雑な反応をするはずがない。

 POPモンスターについては言うに及ばず。

 

 では現地出身の高レベルか……法国の『神人』とかいう存在がいる以上、あり得ない話ではなさそうだ。

 

 断定は出来ないが、とりあえずのセバスさんの正体は予想してみた。

 一に現地出身の高レベル。

 二に俺の想定以上に凝り性のロールプレイヤー。

 三に未発見イベントの人間種か『人化』設定持ちのボスで、運営の悪ノリで高度な会話と自律のプログラムがぶち込まれた存在……これはヴァンパイアが現れた村落に移動した事実から考えてもほぼ有り得ないが、イベントボスでなくレイドボスであればかなりの広範囲を転々と徘徊するヤツもいたので無いとは言い切れないのだ。

 

 何にせよ、セバスさんの動向を探る必要があった。少なくとも問答無用で襲い掛かってくるタイプではないので、それなりに情報を得れば対処法を考えることができるだろう……『八本指』の件が無ければとっくに逃げを決め込んでいただろうけど……捨てるにはあまりに惜しい案件なのだ。

 

 セバスさんをロストした眷属に再度命令を下した。冒険者組合に向い、『青の薔薇』の行先の村でセバスさんを監視しろ、と。

 

 

 

 

 

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 城壁を飛び越える。

 一直線に疾走する。

 木々を薙ぎ倒し、川面を走り、田畑を飛び越え、岩を砕く。

 彼が通り過ぎたのを視認できた者はいない。

 黒い暴風……ただそう感じた。

 純粋に最短時間で到達した。常人の歩きで2時間以上の道程を5分余りで走破したのだ。

 快挙と言えば快挙だった……それを確認する者は無かったが。

 村落の入口で立ち止まった老執事は息一つ乱さず、着衣の乱れを直した。

 そのまま厳しい表情で村の中心へと向かう。威厳溢れる姿だった。

 

 村人の姿は無い。

 たとえ村人が健在であっても寂しい、小さな村だ。

 村の中心の集会場のような広場に辿り着くまで、5分も要らなかった。

 そこに1台の馬車が停車していた。乗車口の左右に病的に白い肌の美女が控えている。夜の闇の中で爛々と輝く赤い瞳……彼女達はヴァンパイア・ブライドだった。

 

「失礼します……シャルティア様はこちらでしょうか?」

 

 セバスの重厚極まる問い掛けに、ヴァンパイア・ブライド達は圧倒され、ただ頷いた。何よりも主人の機嫌を損ねる事を恐れているのに問い返すことも許されなかった。

 

「わたくしはシャルティア様と話があります……下がっていてください」

 

 主人に来訪者がある事も告げられず、ヴァンパイア・ブライド達は言われるがままに退いた。単に逆らえなかったのだ。

 

「シャルティア様、セバスで御座います……」

「……あんっ?」

 

 馬車の中から間の抜けた声が返ってくる。

 

「確認したいことが御座います……入ってもよろしいでしょうか?」

「……セバスかぇ?」

「はい、セバスで御座います」

「……少し待ちんなし……」

 

 2〜3分の間を空けて、馬車から頬を赤らめたシャルティアが出てきた。

 

「……あまりに上手くイったので、ついついアインズ様からお褒めに預かるのを想像して、興奮したでありんす」

 

 セバスは眉一つ動かさず、シャルティアの紅潮が引くのを待った。

 

「……シャルティア様、今回のこの行動はアインズ様のご指示なのですか?」

「何を……セバスも知っていんしょう?」

「わたくしはこのような事態をアインズ様が望まれるとは思っていません」

「このような、とは、随分な言われようでありんしょう……セバス、このわたしの成果に難癖付けに来やがったのかっ!」

 

 それまでと別種の興奮がシャルティアの両眼を赤色に染め上げる。

 

「……その姿でわたしと殺り合うか?」

 

 一気に膨張する殺意……しかしセバスも一歩も引かない。

 

「難癖では御座いません……もしアインズ様からのご指示があると言うのであれば、わたくしの失言……浅慮、お許しください。しかしながら、もしそうで無いと言うのであれば、わたくしの理解している、アインズ様のご希望とはかけ離れた事態である、と申し上げます」

 

 シャルティアは明らかに狼狽した。決して侮るわけではないが、セバスが知恵者であるとは思っていない……が、こと知力に関しては確実に自分の方が劣る自信があるのだ。こう言い切られては不安になる。ましてアインズへの忠誠に関しては役目上下位者のセバスであっても守護者と同等なのは間違いないのだ。ナザリックの利益の為、至高の御方の為に働くことこそ至上……仮に仲間を嫌う事はあっても、絶対に陥れる事などあり得ない。

 

 そのセバスが断言する「アインズ様のご希望と乖離した事態」とは何か?

 

 シャルティアには想像も出来なかった。

 『武技』の使い手を集める……当初全く理解出来ず、成果も皆無だった。あまりに成果が無いので、知らぬうちに殺してしまったのではないか、と思い当たり、ナザリックに送った100を超える死体を復活させるように頼み込んだが、そもそも復活に耐えられる者が少なく、耐えられても復活に伴うレベルダウンが激しく、以前は『武技』が使えたと主張する者まで使えなくなっていたという……自身の浅慮を後悔もしたが、根本的な発想の転換に至ったのは王都の直前まで到達した時であったのだ。

 つまり自身の役目を集める事に定めたのである。『武技』の判定はコキュートスなどの『武技』が理解出来る者に任せ、とりあえず使えそうな人間……兵士や冒険者を集めれば良いではないか、との境地に至ったのだ。

 その結果が現在である。

 村一つを壊滅させ、あえて情報漏洩させる。生き残りが助けを求める先は軍であり、当然の帰結として派兵される。

 接敵した全てを魅了してナザリックに送った。

 その先はより多くの兵が派兵されても良し、強力なヴァンパイア相手と認定されて、対モンスターの専門家である冒険者が派遣されても良し、であった。全てを魅了して、殺すことなくナザリックに送るだけ……我ながらすばらしい作戦だと自画自賛して……興奮ついでにイタしてしまったぐらいだ。

 

 それを否定するセバスに腹が立ったが、自分と同じく至高の御方に忠誠を違う者が、至高の御方々のまとめ役である「アインズ様の御意に反する」と断言したのだ。憤怒を打ち消すには十分な言葉であった。

 

「……どういうことでありんしょう?」

「よろしいでしょうか……アインズ様は守護者の方々に、殊更人間を相手にする際は目立つ事を望んでおりません。アインズ様ご自身ですら正体を隠し、ナーベラルはもちろん、わたくしとソリュシャンにもアンダーカバーを用いることを厳命なさいました。アインズ様は仰いました。人間の個々は弱くとも危機を感じ、まとまられると侮れない、と。つまりアインズ様がデミウルゴス様に仰った『世界征服』計画に支障が生じる、と考えておられるのでしょう。至高の御方々のまとめ役であられたアインズ様の神算鬼謀を、我々のような非才な身が全貌を把握するなど不可能でしょう。しかし全身全霊を持って行動するのは当然として……アインズ様の深謀に気付かぬことは許されても、決して障害となってはなりません!」

 

 シャルティアの表情が凍てついた……アインズ様の御意に反する……確かに納得の出来る説明だった。何故ならセバスの説明は理路整然として齟齬は皆無であり、事実としてそこまで考えが及んでいなかったシャルティアは手柄欲しさに目立つ事を選択したからだ。アインズ様がデミウルゴスには世界征服の意を漏らしてもシャルティアに漏らさないわけだ。この程度が理解出来ない相手に……

 

「……セバス、わら……わたしはどうすれば良い?」

 

 シャルティアは何も考えられなかった。あまりに酷い失態だった。

 恥も外聞もなく、思わずセバスを頼ってしまう。確かにセバスはアルベドやデミウルゴスのような知恵者ではないが、外界の常識的な対応をさせたらナザリック随一の人材だとも知っていたのだ……いと深き智謀の持ち主であるアインズ様も最初に外界に向かわせたのはセバスではないか……情報収集以前に彼の能力を信頼して命じたに違いないのだ。

 

「……ここは正体不明のヴァンパイアの仕業として、即時完全撤収されるがよろしいか、と……目撃された衣装や容姿の問題があるので、シャルティア様の身代わりを立てるのも様々な無理が生じます。アルベド様に状況を報告し、ご一緒にアインズ様に作戦中断を進言してはいかがでしょうか……わたくしも定時報告で事の経緯を説明します。わたくしの証言が必要であれば、いついかなる時も出頭いたします」

「……ぜばずぅううう……」

 

 シャルティアが縋り付こうとしたが、セバスは彼女の細い両肩を掴み、覗き込むようにして力強く言い聞かせた。

 

「急がれた方がよろしいでしょう。既に人間達が冒険者を集めております。当初の目的には則すのでしょうが、これ以上の情報漏洩は回避すべきです」

「…………解りんした」

「冒険者達は空振り……それで諦めれば良し。もし冒険者の中にシャルティア様の痕跡を辿れる者が存在するのならば、その時はわたくしが……」

「人間の冒険者ごとき……警戒し過ぎてはありんせんか?」

「実は……王都で知り合ったゼブルと言う銅級冒険者がおります。巧妙に隠蔽しているようですが、我々でも警戒すべきレベルの能力の持ち主と確信しております。とりあえず敵対は避け、素性をシャドウ・デーモンに探らせようとも考えましたが、こちらの動きを察知されて無用な敵対を招く可能性も考慮し、個人的に友好関係を築く方向で行動しております。もし彼以外にも同様に高い能力を秘匿している存在がいると仮定した場合……人間の冒険者も決して侮って良いとは言えません」

「……わたしがナザリックに送ったような有象無象ばかりとは限らないでありんすか?」

「コキュートス様がリザードマン達に将来性を感じた、と聞き及びました。そうであるのならば現状で我々を凌ぎかねない人間が存在しても、あり得ないとまでは言い切れないと思いますが?」

 

 シャルティアは考え込んだ。

 ……ならば迂遠な事をせずにその者を捕らえてしまえば良いのではないか? 高レベルの人間など……何にしてもナザリックにとって危険過ぎる存在ではないのか?

 プレイヤー1500人に攻め込まれ、撃破された記憶が疼く。

 

「……その者を捕らえてしまえば良いでありんしょう?」

「おそらく……簡単な相手ではありません。これは感覚的なものでしかありませんが彼との会話の端々で感じる齟齬と彼自身から感じる能力の低さに相当な解離があります。つまり至高の御方々と同じようなアイテムで自身の能力を隠蔽しているのはないかと……であるのならば友好関係を築き、ナザリックに危険が及ぶ可能性そのものを回避した方が得策かと考えました……今はそんなことよりも撤収の一手です」

 

 セバスにピシャリと言い切られ、シャルティアは食い下がることを諦めた。『転移門』を開き、馬車とヴァンパイア・ブライド達と共にアッと言う間に立ち去ってしまう。一度行動を起こせば、迅速だった。

 

 セバスは直前まで在った人々の暮らしの痕跡に思いを馳せながら、完全に無人化した村を眺め回した。そして大きく息を吐く。

 

「……なんということか」

 

 呟きを残して執事は走り去った。

 




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