死の王と蠅の王   作:マイクロブタ

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いろいろとご指摘を頂いた方、ありがとうございます。完全に言い訳になりますが、仕事の合間になんとか書き続けているので、不備の対応が後回しになり申し訳ありません。


9話 立場を知るって重要です!

 特に持って行くべき荷物があるわけでわけではなく、特に寄りたい場所があるわけでもない。だからこそ早く移動を開始するべきだった……が、タイミングというものは大抵悪いもので、早く出ようという時に限って、来客があったりするのだ。

 で、今回の忌々しい来客はVIP中のVIPであるラナー姫の使い、兼みんな大好きガゼフ・ストロノーフの使いでもある派手なミスリル鎧姿の小柄な青年だった。過去に何回か、『青の薔薇』の定宿でお互いに顔を見たことがある程度の知り合いだが、『青の薔薇』の面々にもある意味では非常に可愛がられている青年が真っ直ぐ俺を見上げていた……別名「童貞」こと、元々孤児ながらも姫様直属の護衛であるクライム青年だ。

 

 ラキュースさんを交えてのラナー姫主催のお茶会やら、ガゼフ・ストロノーフ邸開催の飲み会のお誘いやら、色々とご招待いただきましたが……まあ、ヒルマさんの「嫌な予感」という漠然としたトラブル予告が俺の顔を露骨に顰めさせていた……VIPと知り合いになるのはむしろ望むところなのだが、とにかくこの世界には高レベルが所々に紛れ込んでいるのが厄介だった。しかも闘争と死が身近過ぎる。その上、セバスさんというかなり近しい間柄になったとは言え、明確に高レベルの存在がいるのだ。どんなに警戒しても警戒し過ぎということはないだろう。

 

「……ゼブル様はあまり乗り気ではないのですか?」

 

 懇願というか、理解不能な反応を確認しているというか……クライム青年があまりと言えばあまりな俺の反応に疑問を抱いたらしい。

 

「まず、様付けはやめて下さい……さん付けにしましょう。実は急遽帝都に行く用事ができまして、スケジュール的にキツい、というか……まあ、ぶっちゃけ、一刻も早く王都から発ちたい、っていう感じですね」

 

 クライム青年の理解不能顔はさらに深まった。

 

「私がラナー様の直属だから意見するわけではありませんが、多少の事でしたら、無理をされてでも御二方共に面識を持たれた方がよろしいかと思われますが……」

「いや、それは十二分に承知しているんですよ」

「でしたら、是非!」

 

 正に忠犬だった……主人の下に俺のコートの裾を咥えて、なんとか引っ張って行こうとしている。

 

「……それに……」

 

 今度は一転、遠慮がちに俺を見た……捨て犬のような視線で、これがまた無碍にし難い。こういう感情を俺はとっくに失くしたと思っていたが……

 

「それに……?」

「ゼブル様は相当に強いと聞きました。あのイビルアイ様が……アレがカッパーとはどんな冗談だ? アダマンタイトよりも遥かに強い……とガガーラン様と話されているのが聞こえたのです」

「へー、そんなことを言ってたんですか?」

 

 と答えながらも、クライム青年が「様」付けを改める気が無いどころか、徹底した「様」付け主義者なのを知り、諦めることにした。呼び捨て主義者のブレインみたいなものだ。

 

「なので……ゼブル様の事が知りたいのです」

「なので、って繋がってませんけど?」

 

 クライム青年は俺の返しを無視して続けた。

 

「私はラナー様に救われた恩に報いる為、強くなりたいのです。色々と鍛えてはいるのですが、イビルアイ様曰く、私には魔法も剣も才能が無いらしいので、知識を得て対処法を学ぶべきだ、との事でした。ですから、そのイビルアイ様が強者と認めるゼブル様の事が知りたいのです」

 

 なかなか好みの答えが返ってきた。つまりクライム青年は『えんじょい子』さん風の圧倒的強さでなく、『モモンガ』さん式の緻密な強さを欲しているわけだ。で、あるならば……

 

「強さねぇ……そもそも剣やら魔法やらで強くなるって、本当に意味があると思いますか?」

 

 唐突な質問にクライム青年は面食らった顔付きで俺を見返してきた。その上で何かを感じたのか、真剣に考え込んだ。

 

「……いざという時に大切なモノを護る力は必要だと思います」

「であるならば、大切なモノを護れれば剣やら魔法やらである必要はない、ということで良いのかな……?」

 

 クライム青年は一層考え込んだ。真剣過ぎて寝込むのではないか、と心配になるレベルで考え込んでいる。

 少し誘導してやらないと思い付かないだろう。

 

「……たとえば、いざという時、って?」

「ラナー様が窮地に陥られた時です!」

 

 そこは即答ですか……そーですか。

 

「では、ラナー様の窮地って?」

「それは……ラナー様に生命の危機が迫った時です」

 

 様付けで呼ばれる以上、クライム「様」……なんかしっくりこない……ここはクライム「君」だな。

 

「そこでクライム君が助けに入って、ラナー様は救えるのかな?」

「……救います……絶対に救います!」

「たとえば……襲撃犯が俺でも?」

「……どういう意味ですか?」

 

 うん、ちょっと理解しにくかったか……

 

「俺は銅級冒険者だ……クライム君はラナー様に接近できる立場の銅級冒険者の武力に警戒できるのか?」

「誰であれ、ラナー様に害を成そうという奴は許しません」

「いや、そーゆーことでなく……害を成す者か完全に見極められるか、と聞いているんだけど」

 

 クライム青年は散々悩んだ末に首を左右に振った。

 

「では、自分以外の全ての接近する者を排除できない限り、ラナー様に不逞な輩の接近を許してしまうかもしれないわけだ……ところでラナー様は単独で銅級冒険者を撃退できるのか?……無理だろうな」

「……はい」

「で、あるならば……クライム君が剣やら魔法やらで強くなることは、最大の目的と合致しないことになる……そこで改めてクライム君に問う……自身の戦闘能力を高めることが無駄とは言わないが、本当の目的を達成する為に意味があることだと思いますか?」

「……では! では、私はどうすれば良いのでしょうか?」

 

 やっとクライム青年はこの会話の意味するところに辿り着いたようだ。

 

「1人の人間に出来ることなど限られています。ですから、同じ努力をするのであれば目的と合致する方向で物事を考えれば良い、と思いますよ」

 

 ユグドラシルではソロプレイ大好きだったが、だからといって自分で全てを解決しようなんて……凄く面白いとは思うが、同時に傲慢な考えだと思う。だから目的によって仲間を集い、金を払い、同好の士と知恵を出し合って、必死に努力した。リアルでは本当にどーでも良いゲーム程度でもそうなのだ。だから大恩ある主人を命を張って護るのであれば、クライム青年は努力の方向性を間違ってはいけない。

 

「……最優先はラナー様の安全なんですよね? だったらクライム君が少なくともラナー様の安全を保証できるようにならなければ……話にならない。つまり少なくとも警備に関する権限を掌握しなければ、ラナー様の危機を完全に救うなんてことはできません……自分が強くなることは決して無駄ではありませんが、それだけでは目的を果たせません」

「私が権限を掌握する……ですか?」

「そうです……宮廷内では警備関連部署だけでも権力闘争がありますよね? ソイツを暗闘に長けた貴族連中相手に勝ち抜き、権限を握る。部下の生殺与奪を含めて掌握するべきだ。それが出来なければ話にならない……自分磨きで満足している場合ではない」

「……はい」

「つまり俺の強さを知る以上に、クライム君の目的に対する敵を知るべきだ。もちろん敵とは直接ラナー様に害を成す奴だけじゃない」

「……それが私の役目である、と」

「そうです……それを踏まえた上で俺達のことを招待するか決めれば良い。主人の意をただ聞くだけでは警護を全うするは無理なんでね……姫様については俺達が王都に戻った際に再考願いますよ。ガゼフ・ストロノーフ氏についても伝言願います。再度、王都に戻った時に伺います、と」

 

 間違ったことを言っているつもりはないが、招待を断るにはかなり無理がある理屈なのも確かだ……しかしバカが付くぐらい真面目なクライム青年相手であれば、これでなんとか逃げ切れるか……

 クライム青年はさらに深く考え込みながら、礼まで述べて去って行った。

 

 さーて、一刻も早く帝都に向けて出発しない、と……

 

 眷属を2匹づつヒルマとゼロとコッコドールの警護と監視に残し、『六腕』ならぬ『五腕』には大量の消耗品と神器級の装備を一揃えを残し、日々の鍛錬を命じる。そしてくれぐれも『セバス』と言う名の老執事の関係者とは敵対しないように厳命する。何があっても友好的な対応で接するように、と。

 事業の方はヒルマに伝えてあるので、彼女の才覚と食い込んだ貴族共のコネでなんとかなるだろう。とりあえず緩やかな拡大路線を維持すれば問題無い。商業部門は現状無駄飯喰らいであるが、そこは他国に食い込んでからが本番なので先行投資と割り切った。残念ながら構成員の全てを支配などしてしまったら、何かの拍子にこの世が第二世代で溢れ、世界を破滅させてしまうかもしれない。たとえ俺の生命の危機に陥っても、蠅しか存在しない世界を生きるのは遠慮したい。ユグドラシルの設定通りならば、俺のアバターというか、本体である魔神という存在は滅ぼされない限り永遠を生きるのだ。そして異世界転移してからこれまでのところ、ユグドラシルの設定は厳然と存在していた……だから今後も眷属の第三世代を生み出す実験をするつもりはなかった。

 

 館を見張る眷属から映像通信が入った。

 館に戻る地味な外套姿のティーヌを確認した……ついでに何故かティーヌに感知させないレベルで気配を絶ってティーヌの後を追う者の姿も……それはメガネを掛けたメイドだった。何故か両腕に刺だらけのガントレットを装備しているし……

 

 ……えーっと、どこからツッコめばいいのかな?

 

 ヒルマさんの「嫌な予感」という言葉が頭に浮かんだ。

 

 

 

 

 

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 夜会巻きのメガネ美女……ツンとした雰囲気がどこか教師っぽい。やたらと巨乳……というか爆乳……が印象的だ。そしてメイド服に刺だらけのガントレット……しょーじき、こんな意味不明な格好で街中を歩くとは、マジのガチでユグドラシルプレイヤーですわ……問題はネカマか否か……でなく魔法詠唱者か否か、だ。正真正銘の「一難去ってまた一難」てヤツですわ。どこからどう見てもセバスさんのロールプレイ仲間としか考えられない。セバスさん本人がツアレの引き取りにいっているのだから、お仲間登場なんでしょう。

 

「もう逃げるしかないな……流石にセバスさんレベルのプレイヤー2人相手は無理だ。問題はティーヌを拾えるか、だな」

 

 最悪の場合、ティーヌは捨て駒だ……そう思って、眷属による監視を継続していたが、ティーヌは当然のように門を通過したが、意外にも爆乳メガネメイドは館の前で立ち止まった。さらに意表を突かれのたことに、館の門番に丁寧に挨拶し、取次を願い出ていた。

 

 わざわざ猶予をくれたのだ……急ぎティーヌの肉腫に命じて、そのまま地下の隠し倉庫に向かわせた。次いでヒルマに爆乳メガネメイドの対応を一任し、俺達が「急用でエ・ランテルに向かった」と伝えるように命じた。ヒルマは部屋の外に出ると即座に自身の秘書のような部下に命じる。

 本当はもっと違う方面に誘導したかったが、この世界の都市は王都と帝都と神都とエ・ランテルしか知らないのだ……が、ヒルマは俺の意図を完全に把握していたようで、虚偽の目的地をエ・ランテルからリ・ボウロロールとか言う都市に変更して伝えたようだ。

 最敬礼する秘書を尻目に、ヒルマを抱き上げ、一気に階下へ……走り、飛び降り、さらに飛び降りて、隠し扉を潜り、館の図面上は存在しない秘密の方の地下室へ向かった。とりあえず処分し切れなかったヤバい系のブツを集積してあるかなり大きめの地下倉庫だ。スペースは広大だ。

 積み上げられた木箱の陰から現れたティーヌに目配せする。それだけで俺の意図は伝わったのか、ティーヌが軽やかな足取りで後に続く。

 

「ゲート!」

 

 『転移門』のエフェクトが現れ、俺達はそのまま飛び込んだ。

 

「ふうーっ」

 

 追手の能力が不明な以上、一息吐く間も無いが、とりあえず警備部門の拠点にヒルマを残す。建物内にいた幾人かの護衛を付けて、とりあえず気休め程度だが、ヒルマの安全を確保し、俺とティーヌはそこからさらにジットとブレインに加えて『五腕』のいるトブの大森林の奥地に『転移門』で移動した。

 

「全員、鍛錬中止! 急いで集合!」

 

 声にする必要はないが、どうしても声が出てしまう。

 同時に館の眷属からの映像情報をその場の全員の肉腫に送った。俺の前に帰還しようがしまいが関係ない。

 3分もしない内に鍛錬組が顔を揃えた。

 

「この映像にあるメイドとセバスと言う名の老執事……及びその関係者と思しき者とは絶対に敵対するな! はっきり言って、ゼロさんレベルが何人いても太刀打ち出来ない! ジットさんとブレインは俺とティーヌさんと一緒に帝都に向かう。それ以外は急ぎ拠点に戻り、ヒルマさんの警護だ! くれぐれもこちらから敵対するような真似は避けること! いいな!」

 

 騒めく『五腕』に対して妙に落ち着いたジットとブレイン。『破滅の竜王』戦を知っているからか……もし俺の戦力を過剰評価しているのならば、それは良くない傾向だ。

 皆を代表してブレインが前に進み出た。

 

「そんなにヤバい連中なのか?」

「俺と同等……最悪の場合、俺を超える可能性まである。特に俺が実際に会ったセバスさんは眷属の飛行速度を楽に振り切る身体能力を有し、かつ自身の能力を隠蔽している。そしてセバスさんはともかく連れの爆乳メガネメイドの奇抜な格好は、もはやプレイヤーで間違いないだろう。今までの経緯から察するに問答無用で襲ってくるような連中ではないが、警戒を怠って良いレベルの存在ではない。とにかく敵対を避け、情報収集を徹底してくれ……どんなに些細な情報でも良い。漏れなく報告して欲しい」

「……ゼブルを超える可能性……想像出来ないな」

「だーかーらー、俺は弱いの……能力的に俺より強いヤツなんて一山いくらで数える程いたし、その強いヤツも局面局面で簡単に弱者になるもんなの……情報が重要ってそういうことな……突き抜けた能力を持ったヤツが十分な準備をして戦闘に挑んだとしても、能力なり準備の内容なりが漏洩した瞬間に負ける可能性が確実に拡大する。全能力が中途半端な俺は確実に弱いけど、その事実さえ秘匿出来れば案外勝てるもんなんだ……だから敵になる可能性が僅かでも存在するならば情報が欲しい。俺の知り合いには敵の情報を得る為にわざわざ一回負ける奴までいた。それぐらい重要なんだよ……最悪、敵わないと判断するか、情報が全く得られない場合には戦わない……逃げるってわけだ。だから俺達はエ・ランテルから逃げ、今回は王都から逃げる。この世界で信頼できるのはお前達だけなんだ」

 

 ブレインは微妙な顔をしている……どうしても俺の言葉が飲み込めないようだ。自身の強さを得る為に全てを犠牲にするような奴だ。強さが相対的なもので、状況に依存するなんてことは理解出来ない……いや、理解したくないのかもしれない。

 あのPVPのバケモノだった『えんじょい子』さんだって、対ワールドエネミー戦じゃ完全に足手まといだ。別に弱体化するわけじゃないが、彼女の技術を持ってしても回避しきれない理不尽な全体攻撃の嵐の中だとあまりに紙装甲過ぎるのだ。正面から当たると俺の3段構えの眷属召喚スキルに対して脆いのも紙装甲過ぎるのが原因だ。逆に彼女の振り切ったステータスはPK界隈だとバケモノじみた強者になる。

 俺のスキルにしたってリキャストタイムが知られれば弱点だらけだし、『えんじょい子』さんならば楽に対応する超長距離からの爆撃には、俺はスピード負けでヤバいことになった経験は数知れずだ。

 

「いずれにせよ、俺は逃げる……後は王都に詳しく、人脈もある『八本指』に任せるぞ。お前達だけが頼みだ」

 

 ゼロが先頭に立ち、跪いた。

 次いでエドストレームが……マルムヴィストが……ペシュリアンが……サキュロントが跪く。

 

「お前達に渡す武装はヒルマさんに預けてある……普段使いは避けろ。プレイヤー相手にはあまりに目立ち過ぎる。頼んだぞ」

 

 『五腕』はさらに深く頭を下げた。

 

 単純な連中だ、と跪く配下を見て思う。つい先刻、クライム青年に感じたような感情は無く、ただの駒にしか感じない。その駒を対プレイヤー戦で盾に使える程度に育てなくてはならないのが、今の俺の立場だった。

 セバスさんには爆乳メガネメイドという仲間がいる……他にいてもおかしくない。

 『六大神』にも……『八欲王』にも……『十三英雄』にも仲間はいた。

 俺にはいない……元々ソロプレイヤーだし、都合良く『えんじょい子』さんや『バンバン』さんか転移している可能性は限りなく低いだろう。遊び仲間とまでは言えないまでも、友好的な知り合いのプレイヤーがいる可能性も凄まじく低いに違いない。たとえこの世界に転移していたとしても同時期にいる可能性は極限に低いとしか考えられない。

 

 ……まあ、滅ぼされなければ、人間種と違い寿命などないからなぁ……遠い未来に堕天使の『えんじょい子』さんや暗黒精霊の『バンバン』さんや超越者の『モモンガ』さんなら再会することもあるかもしれないなぁ……

 

 しかし再会出来る可能性が限りなく低い知り合いとの再会に期待するのも愚かしい。

 だったら現地調達するだけだ。

 今のところ数だけはそれなりに確保した。さらに数を増やし、レベリングの実験を重ね、戦力化せねばならない。俺が優位なのは『神器級』の装備と消耗品や素材・データクリスタルだけは無数に持っている点だ……可能ならば生産職の仲間も沢山欲しいところだ。さらに使用方法不明のワールドアイテムもある……つまり敵のワールドアイテムによる攻撃には対抗出来る。

 

 開いたままの『転移門』で『五腕』は王都に帰還させた。

 

 またエ・ランテルで知り合った4人に戻ったわけだ。

 

 俺以外は地味な外套を手に入れた。

 王都でまともな食事もした。

 戦力化は出来ていないが、配下も大幅に増えた。

 手に入れた資金は莫大だ。以前とは比較にならない。

 近々『八本指』の送金システムも稼働するだろう。

 

 とりあえずの目的は達成した。

 

「さあ、帝都で稼ぐぞ……有名人のブレインはともかく、俺達のオッズは高配当のままだろう?」

 

 『転移門』を閉じ、再度開く。

 

 輝き、蠢く闇のエフェクトの先は、異世界転移した時に俺が寝転がっていた低位アンデッドだらけの場所だ……あそこならば目立たないし、確実に王国外だろう。上手くすれば帝国領内かもしれない。

 

「さあ、行くぞ」

 

 『転移門』に笑顔のティーヌが飛び込み、無表情のジットが続いた。そして憮然としたブレインの背中を押し、俺達は王国から逃げ去った。

 

 

 

 

 

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 アンデッド、アンデッド、アンデッド……そこかしこアンデッドだらけ。

 

 アンデッド天国というか、アンデッド地獄のカッツェ平野でアンデッド退治を請け負っていたワーカーチーム『フォーサイト』のリーダーである双剣戦士ヘッケラン・ターマイトは奇妙なモノを見た。

 

 スケルトンを2体、同時に両手の剣で砕いた。

 スケルトン・メイジを仲間である神官ロバーデイク・ゴルトロンのモーニング・スターが砕いた。魔法は奥の手だ。なるべく温存したい。

 後方ではハーフエルフのイミーナが弓を構え、魔力系魔法詠唱者であるアルシェ・イーブ・リイル・フルトが魔法支援の準備をしていた。

 

 そんな時だった……深い霧の向こうから、唐突にソレが目の前に現れたのは全くの偶然だったろう。

 

「ヤバいっ! 後退っ!」

 

 明らかにレベルの違うアンデッドが咆哮していた。凄まじい巨体だった。ビンビンに感じる能力は強大であり、巨大な盾とフランベルジュを構えていた。

 

「アレは……なんですかっ! 逃げないと!」

 

 死の騎士……ロバーデイクの脳裏にその言葉が浮かんだ。

 

 依頼放棄するべきだ……しかしその考えに至った時は時既に遅し……ソレはこちらをターゲットしていた。

 

 イミーナが矢を放つ……が、ダメージは無いように感じられた。ただソレのターゲットはロバーデイクからイミーナに移った。

 

「ちょっ、ちょっと待ってっ!」

 

 走り出したソレの速度はその巨体からは想像を絶する速度だった。

 

「イミーナっ!」

 

 ヘッケランが叫んだ。と、同時に火球がソレを襲う……若くして第三位階まで到達したアルシェの魔法だ。

 爆散する炎の塊。

 しかしソレは痛痒も感じないらしく、ターゲットがイミーナからアルシェに切り替わっただけだった。

 

「……たっ、たっ……」

 

 アルシェは立ち尽くしてしまった。自分の終りを悟り、愕然と走り寄るソレと、間に割って入ろうとするヘッケランを眺めていた。

 

 と、その時……

 

「おっ、ちょうど良いのがいたぞ」

 

 知らぬ男の暢気な声がした。

 

「いっただきー!」

 

 地味な外套姿が走り抜けた。凄まじいスピードだった。アルシェがそう思った時にはソレに向けて銀光が走っていた。

 直後、ソレの持つ巨大な盾の下半分が地に落ちた。

 

「アハハッ……コイツは私のねー」

「ちっ……まあ、次は俺だぞ……約束しろ」

「はいはーい、ブレインちゃんは次ね、次!」

 

 あまりに場違いな、陽気な言葉の掛け合いが続く。

 その様子を生命の危機を脱したアルシェも、アルシェを抱き寄せたヘッケランも呆然と眺めていた。

 

 銀色の女戦士……凄まじい速さだった。ヘッケランが想像可能な人間の到達出来る速さを遥かに超越していた。ここまで速さが違うと圧倒的だったソレをさらに完全に圧倒していた。戦いとして成立していない。走力も剣速も……おそらく反応速度も目の速さも……直前まで化け物だったソレが脆い木偶人形としか感じられなかった。

 

 あっという間にソレの右腕がフランベルジュごと地に落ちた。それで勝敗は決した……かに思えた。

 

「ティーヌさん! デスナイトは必ず一回耐えるぞ。トドメを刺したと思って油断するなよ……シールドバッシュ有るぞ!」

「りょーかーい!」

 

 さらに銀光が3回……デスナイトと言うアンデッドを襲った。左腕と盾の上半分が地に落ち、首が落ち、上半身が落下した。そしてティーヌと言う名の銀色の女戦士が下半身を蹴り倒し、あの圧倒的に恐ろしかったデスナイトの姿はこの世から消え去った。

 

 ティーヌが余裕の笑顔で戻ってきた。とても死線を潜り抜けたようには思えない。こちらに向かう最中にもヘラヘラと笑いながら、横から襲ってくるスケルトンやゾンビと言ったアンデッドを次から次へと斬り飛ばしている。

 

「……ブレインちゃんは走力鍛えた方がいいんじゃないかなー?」

「煩いぞ! 俺が遅いんじゃなく、お前が速過ぎなんだ」

「それで獲物取られてりゃ世話ないねー」

 

 女戦士ティーヌと剣士らしきブレインは、お互いに周囲の有象無象のアンデッドを殲滅しながら掛け合いを続けていた。

 その向こうに魔法詠唱者らしいオカッパ頭と、目に焼き付いて離れない黒いコート姿の男がいた。オカッパ頭は凄まじいマジックアイテムと思しき杖で、黒コートは黒く輝く片手剣で、それぞれ煩しそうにアンデッドの群れを殲滅していた。

 いずれも冒険者で言えばミスリル級の力を持つ『フォーサイト』の面々を遥かに凌駕する力を持っているのは明らかだ……しかし黒コートの胸に見えるのは銅級冒険者のプレートで間違いない。ヘッケランは何回も確認したが、間違いなく銅級だ。

 

 女戦士……ティーヌにアドバイスしていたのは黒コートだったような……

 

 ヘッケランは全滅の危機を救ってもらった礼を言うべく、リーダーらしき黒コートに歩み寄った。そして初めて黒コートが恐ろしいと感じるぐらい整った面立ちをしていることに気付いた。

 

「……助かったよ。俺達は『フォーサイト』……帝都のワーカーチームだ。俺はリーダーのヘッケラン。にしても、あんたら凄く強いな」

「えーっと、俺達はエ・ランテルの冒険者チームだけど、チーム名は決めていません。俺はゼブル……こっちはジットで……あっちの女戦士がティーヌで男の剣士はブレインと言います。ちなみにブレインは仲間だが冒険者じゃない。それに俺達は鍛えているだけだから……特に礼は不要です。ただ約束していただきたいのは、俺達のことは口外不要でお願いします」

 

 ゼブル達の作り上げた安全圏内にアルシェもイミーナもロバーデイクも集まっていた。

 

「そうはいかない。俺達の気が済まない……そうだ! ゼブルさん達は帝都に来る予定は無いのか?」

「帝都……いずれ行きますよ。ここだけの話、帝都に行くのが目的なんでね」

「そうかい! だったらちょうどいい……俺達で帝都を案内するぜ」

 

 ゼブルは近寄るアンデッドを撫で斬りにしながら、少し考えるように視線を僅かに上方に向けた。

 礼金を請求されたら、4人分の命の代価だけに相当な高額になり、かなり痛いが、これまでの会話から察するにゼブル達は金には全く執着していないようだった。だから改めてゼブルに考えさせるような真似はしたくなかったが、ヘッケランとしては今後の損得も考えて、金を渡すのも吝かではない、と結論付けていた。むしろ強固な関係性を築く為には金を渡した方が良いぐらいに、頭の片隅では算段していたほどだが……

 

「……飯……帝都で1番美味い飯屋を教えて下さい。それを確約してくれるのならば『フォーサイト』さんの提案に乗りましょう」

 

 ゼブルはなんとも小さな要求を口にした。

 ヘッケランはゼブルの言葉の裏を考えたが、どうにも言葉通りの内容にしか思えなかった。

 

「そんな事で良ければ、各地方や他国の名物料理毎に1番美味い店に案内するからよ……是非、帝都まで同道しようじゃないか?」

 

 交渉ついでに同道して、ゼブル一党と協調しようと目論んだ。そんな事はお見通しだろうが、ゼブル側に断る理由さえ無ければ、勝手にするまでだ。

 

「……まっ、良いでしょう……条件としては、我々の討伐実績を『フォーサイト』さんの実績に上乗せして、申告してください。半金は差し上げますから、半金をこちらに下さい……我々は不法入国なんでね」

 

 バハルス帝国において法を犯すのはそれなりに度胸が要るが、ヘッケランはあっさりと決断した。どう考えてもメリットがデメリットを上回る。ゼブル達の不法入国を黙っているだけで、圧倒的な強者と知り合いになれ、その上報酬までくれると言うのだ。

 

「よし、交渉成立だ」

 

 ヘッケランはゼブルと握手した。その瞬間……得体の知れない恐怖が首筋を這い上がったが、ヘッケランは笑顔を崩さなかった。

 

 イミーナも……ロバーデイクも……アルシェも同時に形容し難い恐怖感に包まれたが、これだけ美味しい交渉内容に不満や不安を呈するわけにはいかず、無言を貫き、笑顔を保っていた。

 

 

 

 

 

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 偶然、前を通り掛かった。

 10メートル程先で耳の先端を切除されたエルフ女性が3人、不安が漏れ溢れる視線を送ってくるが、そんなものは無視した。奴隷……所有物の感情などどうでもよいのだ。そんなものを考慮する必要はなく、より大きな関心を乗せて、視線は安宿の中庭に向かっていた。

 普段はワーカーとしても活動している『天武』のリーダー、エルヤー・ウズルスは切れ長の目でその得物を眺めていた。

 刀……過去に見たこともないほどの業物だった。それもこれまで最上と信じていた自身が所有する神刀がゴミ屑に見える程の……

 確かに帝都アーウィンタール北部の安宿の中庭で、上半身を裸て、その業物を振る青髪に無精髭の男の所作は見事なものだった。

 

 天啓が降りた。一眼で自分にこそ相応しい刀だと確信した。

 

 エルヤーの視線の先で青髪の男が凄まじい刀を装飾過多な鞘に納刀し、振り向いた。そして歩み寄ってきた。

 

「……何か用か?」

 

 男の視線がエルヤーの爪先から頭頂まで一舐めした……そして薄く笑う。予想よりも愛嬌があった。もっと偏屈な奴かと思ったが、案外話になるのかもしれない。

 

「素晴らしい業物ですね」

「ああ、確かにな」

「どこで手に入れたのですか?」

 

 エルヤーの問いに青髪の男は首を捻った。

 

「……もらい物だが……くれた奴が何処で手に入れたかまでは知らんな」

「もらい物……」

 

 刀は決して安いものではない……まして青髪の刀は……エルヤーには流通価格の予想すら出来なかった。冗談か、と思ったが青髪の男の口調も表情も至って真面目……単なる事実を話しているようにしか思えなかった。

 

「その業物をくれたのですか?」

 

 別に疑っているわけでもないのに問い返してしまった。

 

「気前の良い奴であるのは間違いないな……代価は必要だが」

「代価……もらい物なのに、ですか?」

「金じゃないからな……」

「ちなみに……」

「いや、それは言えない……お前も下手に興味は持たない方が身の為だ。俺にとっては大した代価じゃないが、お前というか……大半の者には厳しい条件には違いない」

 

 思わせぶりな言葉だった……青髪の男にその気は無いのだろうが、エルヤーの興味は募る一方だった。もう止められない。どうしても秘密が知りたくなってしまった。元々我慢するのは性分に合わない。

 

 エルヤーの視線が青髪の視線と絡まった。

 青髪はニヤリと笑った。

 

「どうだ……やるか?」

 

 青髪の男は厩の脇に置いた雑嚢まで戻り、その脇に立て掛けてあった木剣を2本手に取り、1本を差し出した。

 

「……私と剣の腕比べですか……失礼ですが、私がエルヤー・ウズルスと知っての挑戦でしょうか?」

「エルヤー・ウズルス……? 帝国では有名なのか。俺は王国の片田舎にいたからな……悪いが知らん」

 

 淡々と事実を述べているだろう青髪の男の言葉に、エルヤーは内心苛立ったが、ここで感情任せに衝突しても利が無い程度のことは理解できた。何としても青髪の男に業物をくれた者と知り合いたい……もしくは目の前の業物を奪うにはどうするべきか……?

 

「王国最強……ガセフ・ストロノーフならば御存知か? 私はかの御仁に匹敵する剣の天才と評されています」

「ストロノーフに匹敵する……か? ならば、やらない手は無いないな」

 

 青髪の男はエルヤー評を知り、むしろ乗り気になったようだ。加えて言うのならば、ガセフ・ストロノーフを知っているような口振りだった。そして自信過剰なのか、臆する風もない。

 エルヤーはぐいっと差し出された木剣を手拍子で受け取ってしまった。

 

「さあ、やろうぜ……天才」

「いいでしょう……ですが、一本勝負で私が勝ったら、その業物をポンとくれた御仁を紹介願います」

「……勝てたらな」

「了承された、と思うとしましょう」

 

 青髪の男が構える。木剣を抜刀前の刀と見立てたか、左腰に当てるような奇妙な構えだった。

 対してエルヤーは正眼に構えた。

 

「来いよ」

「遠慮なく」

 

 武技は使わない……それで圧倒してやる。

 

 エルヤーがそう考えた瞬間、青髪の男も構えを正眼に戻した。

 

「……なるほど、武技は無しか……いいだろう」

 

 トンっと青髪が軽く踏み込んだ。次の瞬間、青髪の顔が顔面スレスレに迫っていた。今にも接吻せんばかりの距離で剣を振る間が無い。青髪はニヤリと笑い、スッとバックステップで引いた。

 

「いや、真似事だと距離の感覚が掴めんな」

 

 バカな……私が反応できなかっただと……あれは『縮地改』と同じような武技ではないのか? いずれにせよ……少し考えを改めるべきだ。どうやら、青髪はとてもナメて勝てるような相手ではない。

 

 エルヤーは認識を改め、青髪を見た。

 

「……真似事ですか……やはり貴方は私を知っているのでは?」

「ハッ……お前も同じような技を使うのか? 俺のは知り合いの技だ。そいつのは俺より圧倒的に速く、さらに2段、加速するぞ。そいつに倣って、密かに踏み込みを鍛えているのだかな……どうにも本人を前にやるのは、恥ずかしさで気が引けて、な」

「……で、私で試した、と……」

「まあ、何事も鍛錬だ。お前が武技を使わないならば、俺も使わない」

「……何故……どうやって私の考えを知ったのですか?」

「なんとなく……だな。お前が武技を使わずに俺を圧倒するつもりだなんだ、と伝わった。最近、対峙すると相手の強さだけでなく、思惑が伝わるようになった……剣と向き合い続けた結果なのか……妙な病か……俺にも判らん」

 

 冗談なのか……しかし青髪は至極真面目な顔で答えていた。

 

「では、貴方のその……超感覚のようなものでは、私のどの程度の強さなのですか?」

「……惜しい……かな? 今の俺よりも強くなれる才能は持っているが、まだまだ道半ばだ、と言った感じだが……つまり現状では俺に届かない、ってことだ」

 

 侮辱……エルヤーのプライドを刺激するには充分な言葉だった。元々我慢が効くわけではないが、特に剣の優劣については許せない。

 

「……この私が弱い、と……」

「そうだ……少し前の俺ならば互角か、やや俺の優勢程度だが、今の俺には到底届かない」

「……言いますね」

「納得し難いか……ならば、お互いに全力を出せる場でやらないか?」

「全力を出せる場……?」

「ああ、俺は名高い帝都の闘技場に出場する為に遥々王国から来たんだ。そこで納得する形でやろうじゃないか?」

「観衆の見守る中……いいでしょう」

 

 むしろエルヤーの望むところだった。貶められたプライドを再び満たすには必要な作業だ。

 

「先刻の紹介の約束……あれも継続して下さい。そうであれば腕の一本程度で許してあげましょう」

「ああ……では、1週間後でどうだ? それぐらいの余裕があれば、俺の仲間が興行主に話を通すだろう。お前も鍛え直せる」

「その余裕……後悔させてあげましょう」

「おう、楽しみにしているぞ」

 

 青髪が拳を突き出した。

 ガラではないが、エルヤーも拳を突き合わせた。

 

 ただ凄まじい刀を見かけただけなのだ……それが奇妙な展開で、しばらく離れていた闘技場に舞い戻ることになり……妙にハメられたような気分になっていた。

 

 エルヤーは怯えた目を向けるエルフ達に忌々しさを感じながら、連絡先を教え損ねたことに気付いたが、あの青髪が「エルヤー・ウズルス」の名を訪ね歩く度に自身の奢りに気付くだろうと、笑った。

 

 歩み去る『天武』の背が曲がり角で見えなくなるまで見送り終えると、ブレインは宿屋の二階の窓を見た。

 暢気に手を振るゼブルの姿が見えた。

 

「ったく、ガラにもない台詞ばかり言わせやがって……」

 

 毒を吐きながらも、ブレインはそれなりに強い対戦相手を得た充実感で、笑顔になっている自分の顔に気付き、久々に大声で笑った。




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