僕とキリトとSAO   作:MUUK

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最終決戦。どうか貴方のお眼鏡に叶いますように。


第八十八話「僕とキリトとSAO」

瞼を開く。

 

目に飛び込んできたのは白亜の石床、そして、優子の身体を貫いた僕の腕だった。焦りながらも、優子を傷つけないよう細心の注意を払って引き抜く。優子の体力ゲージは残り数センチにまで割り込んでいる。明滅する警告色が一層に不安を煽る。

僕より一瞬早く優子も目を覚ましていたようだ。胸元の違和感のせいか、腕が抜けた瞬間から大きく優子は咳き込んだ。

 

「良かった……生きてて本当に良かった……」

 

自分でも驚くほどの掠れた涙声が、僕の喉から絞り出された。それがあんまりにも情け無くて、優子と僕で思わず吹き出してしまう。

 

「うん。ライトもね。……まずは回復して、それから皆んなに説明しなきゃ。ライトは何にも悪くないってこと」

 

ニカッと笑う優子に、僕はかぶりを振った。だってもう、そんなことは必要無いんだから。ポカンとする優子に背を向けて、僕は決意を固めた。

 

「ちょっと待ってて、優子。世界、救ってくるから」

「は? アンタ何言って……」

 

優子の言葉を最後まで聞かずに走り出した。それは逃走か追走か。僕は覚悟が揺らぐのが怖かったんだ。今だって信じられない。あのヒースクリフが全ての黒幕だ、なんて。それでも僕は────

 

「てめぇライト! 何を!?」

 

ユウの怒声が飛ぶ。背後のプレイヤー達が騒めくのが分かる。

そりゃそうだ。起き抜けに騎士団長様に殴りかかろうとする、なんて意味がわからない。それも世界救ってくる宣言のオマケ付き。気が違ったって思われても仕方無いだろう。

それでも僕は、僕の選択を信じる。僕を見つめたアレックスの、真っ直ぐな瞳を信じると決めた。

それに、ヒースクリフには前々からおかしな点があった。体力が半分を切ったのを誰も見たことが無いのだ。今までは伝説として彼を神格化せしめていたそれも、裏を返せば妙に出来過ぎている。それにいつかの決闘でも違和感があった。あの時、ヒースクリフは確かにこのゲームの速度の限界を超えていた。僕より疾いプレイヤーは、存在しないはずなのに。

ヒースクリフの体力はあと6割。アレックスの言によれば半分を割らないと絶対防壁は発動しない。だったらこの1発で、体力を1割削ってやる!

 

「はああああ!!」

 

拳を構える。気勢を放つ。

いつもポーカーフェイスだったヒースクリフが、驚愕のありありと見える顔をする。だが神聖剣の行動は迅速だった。大盾を構えた防御姿勢。その盾には深緑の光が揺蕩って見えた。この光がなんなのか、僕はもう知っている。これは心意の過剰光(オーバーレイ)。インカーネイトシステムを使用した時に必ず発生し、イマジネーションによってその強さが変動する。

そも、インカーネイトシステムとは何か。またの名を心意システム。それは心を具現化し、事象を上書きする超常の力だ。例えば自分の手が刀だと強く信じ込めば、本当に手で物を切れてしまう。

これだけを聞いてしまえば万能のようにも思えるが、そうでは無い。心意は心と世界を合一とすることで発揮される。様々な思考と思惑の中で生きている人間が、その域にまで精神統一するのは並大抵のことではない。そよ風を起こす程度に至るだけでも、数ヶ月から数年の修行を要する。そのはずだったのだが、今の僕は少しだけをズルをしてしまった。

あの巨大な立方体に触れた瞬間から、僕には僕の物じゃない記憶が流れ込んだ。その『僕』は心意を自在に操り、手を使うこと無く剣を手繰ることすらしてみせた。だがその人物の詳細は今は思い出せない。アレックスの手によって、心意を使っていた記憶だけが僕に残され、その他は封印された。

だがその残された情報だけでもわかることがある。それはアインクラッドで起きた不可解な現象全ての原因が、インカーネイトシステムであること。

なぜ鎧は暴走したのか。

なぜ僕は神耀を獲得できたのか。

なぜ破壊不能オブジェクトを破壊できたのか。

その全ての謎が、心意システム1つで解決する。

そして今、ヒースクリフ自身がインカーネイトシステムを利用している。心意には心意を持って立ち向かわなければ、まともに突っ込んでもダメージは与えられない。なぜなら心意とは全てを上書きする力。僕が殴るという事象すらも上書きしてしまうはずだ。

だがしかし、僕は心意を発動させてはならない。アレックスの忠告に従うならば、まずはみんなにヒースクリフが茅場晶彦だと衆知させる必要がある。だが心意システムを使ってしまえば肝心の絶対防御すら突破してしまう。それでは僕こそがチートをしているようだ。

だったら、この手しか無いだろう。拳術スキル特殊技『神耀』。50センチの跳躍で、ヒースクリフの背後に回り込む。ちょうど背中あわせの要領だ。

そこから後ろに向かって全力の、肘打ち! 心意を纏っているのはあくまで盾。背中はその効果適用外だ。

僕の肘がガラ空きの頚椎に抉りこむ。その寸前。

 

「フン……」

 

ヒースクリフは、さもつまらなさそうに鼻で笑った。

眼前に提示されたのは、紫色の障壁と謎の英単語。ビンゴだ!

僕はゆっくりと後ずさって、ヒースクリフから距離を取った。

ボス部屋の時間が止まる。誰もが驚愕と混乱で声を出せずにいた。

 

「【Immortal Object】……ですって……!?」

 

戸惑った声で優子が呟く。その直後、全てを悟ったように、優子はヒースクリフを睥睨した。

 

「貴方が……黒幕だったってこと?」

 

優子の言葉を発端として、困惑の声が伝播する。

どよめきは収まることなく、むしろ加速度的に大きくなっていく。中でも血盟騎士団の団員達は、まだ事態が飲み込めていないかのように呆然としている。無理もない。今の今まで敬愛していた団長が、いきなりラスボスだと説明されたのだ。それで動揺するなと言う方が無理な話だろう。

 

「説明してくれ、ヒースクリフ。ワシらはあんさんに、剣を向けでええんやな?」

 

ドスの効いた声でキバオウは問うた。言葉は冷静ながらも、その表情は今にも爆発しそうだ。

自分に向く敵意と不信の視線を、ヒースクリフは仄かな笑みで一蹴した。周囲の雑音など気にも留めないと言わんばかりに、神聖剣は僕に向き直った。

 

「侮っていたよ、ライト君。君は私が想定していよりよっぽど聡明な人物だったようだ」

「いや、僕はただのバカですよ。僕だけならきっと貴方の正体に気がつけなかった」

「……ほう。なら、誰が?」

 

自然と、口が綻んでしまう。どうしようもなく誇らしくて。

 

「教えてもらったんです。大好きな人に」

 

不可解な答えに、ヒースクリフは刹那の逡巡を見せる。だがさすがは天才と言ったところか。すぐに解答を見つけ出してみせた。

 

「なるほど。アレックス君か。彼女はカーディナルシステムに接触してきたから、その時点で私の正体を知りえたのだろう。不正アカウントでもあったし、早めにBANしておくべきだったかな」

「ちょ、ちょっと待って下さい! アレックスが不正アカウント?」

「ああ、私も彼女がカーディナルに介入してきた時に調べて気付いたんだ。彼女は正規の方法でログインしていない。そもそもあの紐付けでは、彼女に生身があるのかも怪しいところだがね」

「生身が無い……? アレックスがAIだとでも?」

「そういうこともあるだろう。もしくは()()というパターンもあるが」

 

彼女の存在が否定されたような言葉。どうしても抑えきれなくて、口をついて荒げた声が出た。

 

「ふざけないで下さい!」

「ふざけてなどいないさ。可能性の話だよ」

 

ヒースクリフは不敵に笑う。さも、それを考慮するのが当然であるかのように。でもなぜか、それを納得してしまう僕もいた。アレックスはAIであり、異なる世界からここへ来ていたという説明が、どういう訳かストンと腑に落ちてしまったのだ。思考と心の乖離に判然としないものを感じて口を噤んでいると、ユウがその巨体をずいと乗り出してきた。

 

「おい、ヒースクリフ。アンタが茅場晶彦だった、ってことで良いんだな?」

 

ユウが少し早口で問いただした。努めて冷静に見えるが、僕には分かる。ユウは過去最高に怒ってる。

ヒースクリフは仄かな苦笑を滲ませた。

 

「ああ、その通りだ。私は茅場晶彦だとも。付け加えれば、最上階で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」

 

その言葉が導火線に火をつけた。ユウの表情は悪鬼羅刹。放った威勢は痛いほどにビリビリと肌を揺らす。

 

「良い趣味してんじゃねえか……とりあえず、ここで1発殴らせやがれ!」

 

ユウの身体が飛び上がった。握られた拳に大砲と見紛うほどの殺気が籠る。血を蹴り空を裂き、号砲が神聖剣に肉薄する。

 

「残念だが、君にその資格は無い」

 

ユウの拳がヒースクリフに届く直前、ヒースクリフは左手を振った。現れたウィンドウを手早く操作する。

直後、ユウの身体が地に伏した。まるで巨人に踏みつけられたようだ。ユウの拳骨が崩れ、指先を動かすことすら苦役という有様だった。この現象は、麻痺!

 

「な……っ!?」

 

それと同時に、この場にいた殆どのプレイヤーが膝から崩れた。ユウと同様に微動だにできないようだった。だが誰しもの目が雄弁をふるっていた。戸惑いを、殺意を、憎悪を。ヒースクリフ────茅場晶彦に向けられた、積もりに積もった信頼と裏切りの想念を。

倒れ伏すプレイヤー達の中、僕とキリトだけが何事も無く立っていた。それは僕たちだけが選ばれてしまったかのよう。

 

「これは……」

「この浮遊城には、ユニークスキル、と言うものが10だけ存在している」

 

僕の疑問には答える素振りすら見せず、ヒースクリフは唐突に語り出した。

 

「ユニークスキル……?」

「ああ。私の神聖剣、キリト君の二刀流やライト君の拳術がそれにあたる。それらはたった1人のプレイヤーにのみ与えられる特権だ。二刀流ならばサーバ内で最高の反応速度を持つことが、拳術ならばサーバ内最高のAGI数値とモンスターとの素手による直接戦闘数が最多であり、体術スキルがマスターされていることが条件となる。そして私は、それらのユニークスキルを持つ者だけが、私というラストボスと対するに相応しいと考えていた」

「それで全員マヒか? ここで決着をつけるってわけだ」

 

いつの間にか僕の横に立っていたキリトが、眉宇を寄せて言った。キリトが背中の二刀を抜く。しゃらん、という流麗な音。同時に伝わる凍てつくような殺意の波動。そのベクトルは一直線にヒースクリフへと向かっている。

そんなキリトの負の感情を掻き消すかのように、ボス部屋全体を揺らすような声援が響いた。

 

「キリト、ライト。絶対勝てよ!」

 

言ったのはユウだった。麻痺した指でサムズアップしてみせたリーダーの瞳には、勝利の確信が見て取れた。僕らなら勝てる、と。それが起爆剤となって、広間のあちこちから僕らの背を押す声が湧く。

 

「……信じてる」

「お主らに全て任せる! 終わらせてくるのじゃ!」

「ライト! キリの字! おめぇらが勝つって信じてるからな!」

 

そうして、僕らの最愛の人達も。

 

「キリト君! 絶対生きて帰ってね! 私、信じてるから!」

「ああ、勝ってくるよ、アスナ」

「ライト! アンタここまで盛り上げて、負けたらタダじゃおかないからね! 絶対勝ってきなさいよ!」

 

最後まで優子らしいなと苦笑する。こんな時でも元気一杯で、一欠片の不安も見せずに僕を応援してくれる。今すぐ抱き締めたくなるくらいに、愛しさがこみ上げてくる。けれどそれを飲み込んで、優子に精一杯の強がりを返そう。

 

「うん。必ず勝つよ。だからこれからもずっと一緒にいてね。大好きだよ、優子」

「なあっ!?」

 

優子の顔が一気に沸騰した。どうやら顔を手で覆いたいようだが、麻痺で手が動かせないみたいだ。恥ずかしさからか、痺れた手足をジタバタさせている。

僕も相当恥ずかしいことを言った自覚はあるのだが、今は不思議と羞恥心は湧かなかった。むしろ恥ずかしがる優子を見て可愛いなと思う余裕さえある。

 

「優子……愛されてる」

「うんうん。ラブラブだねぇ」

「ぐむむ……」

 

旧友2人にも弄られて、優子は恨めしそうな目で僕を見る。

 

「ライト! アンタ現実に帰ったら半殺しにしてやるわ!」

「うん。じゃあそれまでに死なないようにしないとね」

「な、なんでそんなに余裕かましてんのよ!」

 

ティアとリーベのニヤニヤに耐え切れなかったのか、優子は遂に顔を俯せてしまった。

名残惜しく、僕は優子から視線を外した。そうして、ラスボスへと相対する。

ヒースクリフは苦笑を浮かべながら肩を竦める。

 

「私が思い描いていたよりも、随分と希望に溢れた最終決戦だ。君たちが彼らの希望たり得た、ということかな」

「いいえ、違います。みんなが頑張ったんだ。絶望に負けないように、希望を失わないように。だから僕達は今も明るくいられるんです」

 

全ての声援が僕らを後押しする。それは憤怒と悲壮に満ちた怒号などでは断じて無い。輝かしいフィナーレへと続く架け橋そのものだった。

この世界から、現実へと帰るのだ。美しくも残酷な仮想世界(アインクラッド)。全ての出会いは現実と等しく、濃厚で尊いものだった。それでも僕たちは戦わなきゃいけない。置き去りにしてきた、全ての為に。

キリトと目を合わせる。獰猛に微笑みあう。これが2人で戦う最後かもしれない。もうこのゲームで出会ったみんなとも会えないかもしれない。それでも、と。全ての迷いを振り切って、僕たちはヒースクリフへと相対する。

 

「決着をつけようぜ、ライト」

「ああ、そうだねキリト。あいつをぶっ飛ばそう」

 

僕とキリト、2人で一緒に。

キリトと拳を打ちつけ合う。それが開戦の狼煙だった。

僕は少しだけ飛び上がり、空中で身体を丸めた。その姿はさながらターンする瞬間の水泳選手のようだ。地面と垂直になった僕の足の裏に、野球の要領でキリトが剣の腹を打ち込む。瞬間、僕も剣を蹴り飛ばした。僕の体が砲弾みたく射出される。速度は優に音を超えているだろう。弾丸となった僕は、10メートルの間隙を刹那で踏破する。

拳を引き絞る。狙うは一点。ヒースクリフの顔面だ。腕が唸り放たれる、極限の一打。

それを、ヒースクリフは難なくいなしてみせた。

 

「……っ!」

 

パンチが大盾と衝突し、極彩色のライトエフェクトを撒き散らす。さすがは神聖剣と言ったところか。僕の体は盾で軌道を変更され、ヒースクリフの後方上空へと逸れた。

身体を丸め、回転させながら衝撃に備える。天井との激突で体力が1センチほど削れた。大丈夫。この程度は誤差だ。

モタモタしてる暇なんて無い。天井を蹴り飛ばし、ヒースクリフの背中めがけて跳躍する。

漆黒の刃が目の端に映る。その銘はエリュシデータ。僕を飛ばした後、キリトもヒースクリフへと突進していたのだ。

僕が背中に攻撃を仕掛けるのと、キリトがソードスキルを発動させたのはほぼ同時。いま魔王へと見舞われるは、アインクラッド最強/最速の一撃、その二重────!

発動したのは封炎とスラント。

単純な攻撃。故にこそ究極の一。

茅場晶彦は当然ながら、全てのソードスキルを把握しているはずだ。そんな男に連続技を使用してしまえば、次の軌道が確実に読まれてしまう。そうなればカウンターをもらうのは必然。故にこそ強力な技は愚策であり、単発技とソードスキルを使わない攻撃で回数を稼いでいくしかない。

そして今は2対1。ならば単発技とて遅れはとらない!

挟み打たれたそれらに、反応はできても身体を追いつかせるのは不可能だ。

とった! まず一撃!

その確信は直後に打ち砕かれた。

 

収束城砦(クランチウォール)

 

厳かな技名の発生。ヒースクリフから発生した光が固体を形成する。形作られたのは白亜の城壁。ヒースクリフを取り囲む程度の小さなそれは、この世界で見たあらゆるオブジェクトを超越する圧力を持っていた。石造りの壁は煌々と光を放ち、神々しさすら感じさせる。だが、僕はその光が何なのかを既に知っている。これは心意のオーバーレイ。全ての事象を上書きする力を、ヒースクリフはこうも鮮やかに使ってみせたのだ。

だったらそれを、正面から破ってみせるほか無いだろう。

 

我らが光は落陽となりて(トライライト)!」

 

頭に浮かんだ技名を口にする。きっとこれは、僕に与えられた記憶の本当の持ち主の技だ。心の中で『彼』にありがとうと呟いて、限界まで心意を練り上げる。

僕の腕から黒白のライトエフェクトが発生する。その2つが混ざり合い、城壁にて収束する。僕の拳を中心として、石壁がモロモロと崩れていく。それはさながらブラックホールのようだった。

心意の構成に集中していた茅場が、顔色を驚愕に変えた。

 

「はああああ───ッッ!!」

 

壁は破った。このまま殴り抜く!

焦燥を露わにしながらも、ヒースクリフは最高速で盾を振るう。だが、もう遅い!

 

「ぐぅ──ッ!」

 

泰然自若としていた魔王が、初めての呻き声を漏らした。そしてまた、初めてヒースクリフの体力ゲージが黄色に染まった。

咄嗟のことに驚いていたキリトが、さすがの反応速度で剣を振るう。心意が解け、無防備だったヒースクリフを二刀が打ち据える。更にヒースクリフの体力が目減りし、血を思わせる赤となった。

追撃を加えようとしたところで、ヒースクリフは僕に向かって突進をした。神聖剣の特徴の1つ、盾が持つ当たり判定だ。本来なら悪手であるはずの盾を使ったゴリ押しの突進も、神聖剣に使わせれば大範囲攻撃となり得る。

盾の効果範囲から外れるべく、数歩だけバックステップする。

僕とキリトから5メートルの距離を取ったヒースクリフが、息を大きく吐いた。

 

「やはり君もインカーネイトシステムを身につけていたのか、ライト君」

「それはこっちのセリフです……って思いましたけど、よく考えたらあなたが作ったシステムなんでしたね」

「それは違う」

 

強い語調だった。キッパリと言い切った茅場は、苛立ちを隠せていなかった。

 

「どういうことですか?」

「インカーネイトシステムは、いつの間にか搭載されていたものだ」

「いつの間にか……? この世界の創造主であるあなたに気づかれずに?」

「ああ。信じてもらえなくても構わない。だがこれが真実だ」

 

信じるもなにも、此の期に及んで茅場が嘘を吐く理由が無い。そうだと言うならきっとそうなのだろう。

 

「そうなると、あなたは心意の修行をしたんですか?」

「心意か。完結で良い呼称だ。使わせてもらおう。その質問にはイエスと答えよう。私は心意システムが何たるかを理解する必要があった。私の世界に混入した異物。その正体を突き止めようとしていた。その過程での副産物だよ、私の力は」

「なるほど……」

 

つまり心意システムは茅場にとっても想定外のものであり、茅場はシステムを排除たかったということか。

 

「最終決戦という場で、この力を使うには些か抵抗があった。しかし君もずっと使用していたのだから、私も使わねばフェアじゃないだろう?」

「ずっと使用していた? いや、今初めて使ったはずですよ」

 

それとも、鎧のことを言っているのだろうか。いや、アレは使用しているなんて口が裂けても言えない。ただの暴走だ。

僕の否定に、ヒースクリフは怪訝そうに眉宇を寄せた。

 

「君は神耀を使っているじゃないか。あの技はシステムに規定されていない。君が一から作り出し、そういうスキルとしたのだろう? まさか偶然だったとでも?」

「ぐ、偶然です……」

 

珍しくヒースクリフは目を見開いた。その後、苦笑しながら首を振る。

 

「なるほど。君は正しく私の想像の上を征く人物だ。色んな意味でね」

 

仄かな笑み。この言葉に、僕は初めてヒースクリフ────茅場晶彦の人間性を垣間見た気がした。それと同時に少しだけ分かった。この人が、なぜこのゲームを作ったのかが。

この人は、そういう在り方しか持てなかった人なんだ。夢に囚われ、理想を為した。その姿が、僕にはどうも痛々しく見えた。だって想定外のことをされて、こんなに自然に笑うんだから。

微かな感傷を感じていると、力強い足音が僕に近づいてきた。それはアインクラッド最強にして最高の剣士であり、僕の親友のものだ。

 

「まあよく分からないけど、とりあえず俺は戦いの舞台に上がれないってことだよな」

 

そう言いながら、キリトは僕の肩に手を乗せてきた。その顔は如何にも不満と言ったようだった。

 

「だったら頼むぜ、ライト。お前があいつを倒してくれ」

 

ずっと剣幕だったキリトに、柔和な笑みが戻る。何も心配していないという表情。参った。こんな顔をされたら頑張るしか無くなってしまう。

 

「ああ、任しとけ!」

 

もうこうなったら技術もステータスも関係無い。決着をつけるのは心の強さ。積み重ねてきた思い出を、絆を、その重みを、有りっ丈ヒースクリフにぶつけてやる!

その決意の腰を折るように、ヒースクリフが半ば陶酔したように呟いた。

 

「最後には勇者と魔王が一対一か。これ以上無いシナリオだ。それが、この世界で2人しか使えない心意の能力者同士というのも、ね」

 

ああ、その言葉は、ダメだ。

正直に言えば、僕は茅場晶彦を憎んでなどいなかった。僕にとって、この世界はもう1つの現実と言って良い。ここで生きたことも、経験も、出会いも、別れも、その全てが本物だった。人肌に温もりが無かろうと、その心は暖かかった。脳という器官が無かろうと、紡ぐ言葉は本物だった。確かな絆は、前へと進む勇気を僕にくれた。

でも、だからこそ、たった今の言葉だけはどうしても許せない。

 

「茅場晶彦。アンタに1つ言いたいことがある」

「なんだね」

「…………勇者と魔王だとか、シナリオだとか、バカにするのも大概にしやがれ! 僕だけじゃない。みんな戦ってんだ! みんな命賭けてんだ! そんなみんなをバカにするような言葉を、僕は絶対許さない!」

 

この場の誰もが、希望の星なのだ。誰もが主人公で、誰もが勇者。それだけは、どうしたって譲れない。

僕の怒声に、自称『魔王』は超越者たる余裕を持って応える。

 

「許さない、か。私は君に許されようなどと思っていないよ。このゲームは私が成した私の理想だ。ならば過程で出る罪も罰も、私が背負い行くべきもの。元より私に容赦を乞おうなどという思考は無い」

「そうかよ。だったら僕とアンタは相容れない」

「自明だな。『勇者と魔王』なのだから」

 

もはや対話は意味を成さない。この瞬間に全てが決裂し、それが火種となって火蓋は切られる。僕とヒースクリフが、どちらからともなく歩み寄る。最初はゆっくりと歩いていた両者は、いつしか全力の疾走をしていた。

ここが一世一代の大勝負だ。僕がここで世界を救い、世界を滅ぼす。

優子を感じる。目ではなく、気配ですらなく魂で。僕の心に暖かいエールを送ってくれる。いや、優子だけではない。ここにいるプレイヤーの1人残らずが、頑張れと心で言っている。

いや、ここに居ない人だって例外じゃない。ユイ、ファルコン。君たちが紡いでくれた鎧を、最後の戦いに持っていくよ。この鎧に、僕は何度救われたか分からない。

そして、アレックス。ありがとう。君のおかげで、僕はまた戦える。

心意を練る。この世界で得た思い出、感じた想い。その全てを拳にこめて。

今、渾身の一撃を────!

 

揺蕩う光は漣に(ザ・フラクチュエーティングライト)───ッッ!!」

天に煌めく我らが星よ(ザ・ストライフ)────ッッ!!」

 

互いの心意は、ここに究極へ至った。

拳から放たれる光は、星々が生まれ出る様のよう。

相克する光芒は、収束と発散を繰り返す。それは既に物性を超越した。無から発生する膨大な熱量は、魂の咆哮そのものだ。

十字を背負う神聖の盾は、底ぬけの硬さを誇っている。だが今の僕の心には、臆病風が吹く隙など無い。僕の全てをこめたんだ。例えアイアスの盾だって、今の僕なら壊してみせる!

最強の拳と最硬の盾。矛盾を制したのは、果たして────

 

「くっ……!」

「ふん!」

 

盾には傷が1つ付いただけ。ヒースクリフは浅く笑う。

いや、違う! 傷が1つも付いたんだ! なら無限回殴れば、いつかは壊れる!

1発じゃ足りないのなら何発だって撃ち込んでやる! 超えられない壁は破ればいい。今までそうやって進んできた。そしてこれからも。その未来を勝ち取るために、思いの丈を載せた拳を連打する────!

 

「うおおおおおお!!!」

「ぐっ……はああああ!!」

 

打撃は流星群のよう。希望の星をこの手に宿して、僕はこいつを打ち倒す!

ふと、拳が割れていることに気がついた。いや、それどころか腕の節々、果ては白銀の鎧にまで傷跡が見え始める。

そのダメージソースがどこからきているのか。それは傷のつき方からして明白だった。神聖剣が持つ盾が、反射ダメージを与えている。

どういう理屈なのかは分からない。いや、そもそも心意を前にして、理屈など意味を為さない。これはあらゆる事象を掻き消す力。なら、僕の心意で奴の心意を上書きすれば良いだけのこと────!

 

「せいやああああ!!」

 

殴る。殴る。殴る。

仮想の肉体が裂けていく。電脳の指が飛び、情報の肉が削ぐ。

地面も天井も、周囲の全てが無残に塵芥となっていく。

感覚は置き去りだ。システムが脳に与える刺激は、速過ぎる魂に着いていけない。

思考の加速は止まるところを知らない。一打一打が無限とも思えるほどに長く、永かった。拳は際限なぐ盾に撃ち込まれる。轟音と閃光を放ちながら、両雄は一歩も怯むことなく、己の心の限りを尽くす。

ただ、この世界を────。

 

────ミシッ。

 

軋んだのは拳か盾か。それとも両方か。

見えるのは走馬灯。

慟哭があった。怨嗟があった。憤怒があった。平穏があった。喜びがあった。

愛があった。

この浮遊城で紡がれたありとあらゆる物語は、ここに結実した。

 

「────」

「────」

 

絶句。

光が止み、音が止み、まるで宇宙に放り込まれかのような錯覚。

この瞬間だけは、心を微動だにすることすら叶わない。

粉塵が晴れ、見えたのは。

 

──────粉々になった盾と、頭を垂れて膝をつくヒースクリフ、茅場晶彦の姿だった。

 

「────僕の、僕たちの勝ちだァッ!!」




少しの後日談を投稿して、僕とキリトとSAOは完結致します。長らくのご愛読、誠にありがとうございました。

と言うのは半分嘘で半分本当。これからALO、GGOと続いていきますので、どうかよろしくお願いいたします!
あとアレックスのこと、どうか覚えていて下さいまし! いや覚えていて欲しいなら、はよアレックスの話まで投稿しろという話なんですけどね。

ところで僕の心には、どうしようも無い苦悩が吹き荒れるのでした。
「終わるのいつになるんだ、これ……」
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