ぶっちゃけ盛り上がらないプロットしてる
いまいち

2022追記:この時小説をフタコブに見せびらかし始めて、あんまりしっくりこないプロットで無理やり書いたんじゃなかったかな。この頃から群像劇+悲しい過去っていうフォーマットは見える。

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SLAYER 龍を狩る者

 太古の昔から、大陸には二つの霊峰がそびえ立つ。

 一つ、この世で最も清らかな水が流れる、ヨウ大峰。

 一つ、この世で最も荒々しく滝が落ちる、イン神峰。

 

 東西に連なる二つの峰の間には、この世で最も険しい谷がある。

 その名は、龍谷。

 名前の通り、この谷には、龍が棲む。

 

 

 

 

「......今日も来たぜ、デカブツ」

 

 龍谷の東に位置する、ヨウ大峰。

 その山麓、滑らかな岩に囲まれた場所で、獣と少年が向かい合っていた。

 

 少年の名は、ウキユ。

 頭には極彩色の羽飾りのついた帽子を被り、泥まみれの軽鎧と木靴といった出で立ち。その引き締まった両腕に、軽弩(ボウガン)を握りしめている。

 

 彼は天を見上げ、忌々しげに呟く。

 

「見ろよ。あいつは今日も、悠々飛び回ってやがる」

 

 視線の先、遥か天空には、空より少しだけ深い澄んだ青色をした流線形のシルエット。

 空を揺蕩(たゆた)うその生き物の名は、龍。

 

「俺はあいつを、絶対に殺す。だからお前には、そこをどいて貰わなきゃならねぇ」

 

 ウキユは軽弩を構える。

 獣が一つ、大きく吼えた。

 

 獣の名は狒々(ひひ)。

 この山の食物連鎖の頂点に立ち、ウキユの三倍ほどの赤毛の体躯を持つ。その左眼は、何かに貫かれたように塞がっている。

 

「......昨日までのようにはいかねぇ!」

 

 ウキユは軽弩から矢が発射される。狒々の大きな右目に向かって放たれた矢は、しかしそれを予期していたかのように狒々の腕によって防がれる。

 

 ——ウガアアアアアッッ!

 

 どすん、と地響きを立てながらウキユに突進する狒々。ウキユは軽やかにそれを躱すと、近くの木をスルスルと登って狒々の頭上から軽弩を構えた。

 

「脳天、ブチ抜いてやる!」

 

 二本目の矢が発射される。

 狒々はそれを再び腕で防ぎ、木を揺さぶってウキユを振り落とそうとする。

 枝がみしみしと音を立てるのを見て、ウキユは跳躍した。

 

「背中がガラ空き、だぜ」

 

 狒々の背中に華麗に着地し、軽弩に装着する矢をそのまま背中に突き立てる。

 血が赤毛を黒く染め、ぐおお、と狒々が苦悶の声を漏らした。

 

 暴れる狒々を押さえつけるように、ボウガンを背中に掛けて両腕で狒々の身体にしがみつく。

 そのまま狒々の柔らかい腹を引っ掻いたり、背中に矢を突き立てたりと消耗させ、疲労で動きが止まった一瞬で、前に出る。

 

 頭上のウキユを見るために目をギロッと上に向ける狒々。

 その左眼に、直接矢を眼窩の奥深くまで突き刺した。

 

 

 ——ガアアアアアアアアッッッ!

 

 

 狒々は断末魔のような叫び声をあげる、

 彼がウキユに眼を抉られるのは、これが初めてではない。右眼の痛々しい傷も、ウキユによってつけられたものだ。

 

 これで視界を完全に失い、パニック状態に陥る狒々。

 振り落とされたウキユはすぐに起き上がり、そのこめかみ付近に標準を定めて軽弩から矢を撃つ。

 

 バシュッ!

 

 飛び散る血糊、肉片、脳漿。

 そして、狒々は地面に倒れ伏し、動かなくなった。

 

「......やった」

 

 ウキユは地面に膝をつき、消え入りそうな声で呟いた。

 狒々に挑み始めてから二週間。高い知能と頑健な身体を持つ狒々に苦戦し、何度も命を落としかけながら、それでも毎日通い詰めたのは間違っていなかった。

 一昨日ようやく右眼を撃ち抜いたことで感覚が大きく狂い、日常生活でもかなり疲弊していたのだろう。今日の狒々の動きは、初日のそれとは大きな差があった。

 

 

「勝ったぞおおおおおっっっ!!」

 

 

 ウキユは天を仰ぎ、龍に聞こえるように叫んだ。

 これでようやく、家族の、そして村の仲間たちの仇が取れる。

 

 

 

 二ヶ月前のあの日。

 ウキユが狩りから帰ると、そこに確かにあったはずの村は、無くなっていた。

 

「......何だ、これ」

 

 焼け落ちた民家。巨大な爪痕が血とともにくっきりと残った地面。黒ずんだ、人型をした何か。

 何があったのかは、明白だった。

 

 それでも、ウキユは両親を探した。

 食べ盛りの弟たちを探した。

 野菜を分けてくれるおじさんを、弟の面倒を見てくれていたおばあさんを、いかつい顔を引き攣らせて笑う村長を探して、山中を歩き回った。

 一週間経っても、誰一人見つけることは出来なかった。

 

 

 

 龍は気まぐれな怪物だ。

 毎日ほとんど同じように、決まった場所を飛び、決まった場所で水を飲む。食事や睡眠はしない。

 だが、ごく稀に、本当に稀に、意味もなく人々に牙を剥く。そしてなすすべもない人々を嘲笑うかのように、また元の生活に戻るのだ。

 

 ウキユが産まれるずっとずっと昔から、龍はそうして、龍谷に君臨する。

 誰もが心のどこかで怯えていて、またどこかで諦めていて、しかしどこかで、自分だけは大丈夫と、信じている。

 そういう人々のもとに、龍は必ずやって来る。

 

 ウキユは狒々の死体を埋め、手を合わせる。

 そして彼の巣の向こう、大きな湖に向かう。

 

「......ようやく、たどり着けた」

 

 狒々は、この湖につながる唯一の道に巣を作っていた。だから、ウキユはどうしても狒々を倒さなければならなかったのだ。

 この湖は、龍の水飲み場。一日のうちで龍が唯一、天空から地上へと降りてくる場所。

 ここで待っていれば、仇は必ず現れる。後は、この軽弩で撃ち抜くだけだ。

 

 

 

 夕暮れ時の穏やかな空を見上げる。

 綿雲をバックに、群青の龍が翔んでいる。その気品漂う姿は、ナヒロに神々しさすら感じさせた。

 

 龍は、ナヒロたちのことなど目に入っていないように、今日も悠然と飛び回っている。

 とても、これまで数多の人間の命を屠ってきたとは信じられない。

 

「......残酷なものだな」

 

 ナヒロは独り言を言った。

 そこで、違和感に気づく。いつもはこの時間になると、この湖を縄張りにする狒々の雄叫びが聞こえて来るはずだ。

 ナヒロは狒々の巣を通らず湖に行く方法を探していたが、今の所見つかってはいなかった。

 

 背中の弓を下ろし、構えながら道を進む。

 狒々は獰猛な獣だ。戦うのは得策ではなかった。

 

 歩いていくと、不自然に土が盛り上がった場所があった。

 まるで何かを埋葬したかのような痕跡に、眉をひそめる。ここまで狒々の姿がないことと、関連づけて考えるべきだ。

 

「誰かが、あの狒々を倒した?」

 

 だとしたら、目的はナヒロと同じだろう。

 だがその誰かはナヒロと違い、正面突破で湖への道を開いたのだ。命知らずなのか、はたまた鬼神の如く強いのか。

 どちらにしろ、それがどんな人物なのか確認する必要がある。

 

 ナヒロは、湖の外周を注意深く歩いていった。

 

 

 

「......誰だ、お前?」

 

 軽弩を手入れしている途中で不意に声をかけられ、ウキユは反射的に立ち上がり、背後を振り向く。

 眼鏡をかけ、麻布でできた深緑の服を着た少年が立っていた。歳はウキユと同じくらいに見えるが、背はやや少年の方が高い。

 ウキユを見下ろす冷たい目つきに、彼は少々むっとして言った。

 

「俺はウキユ。あんたこそ、どこの誰だよ」

 

 少年は質問には答えず、眉間に皺を寄せてぶつぶつと何か呟く。

 それから、地面に置かれた軽弩に視線を向けた。

 

「何故ここにいる。狒々はどうした」

「......俺の質問に答える方が先だろ」

 

 ウキユが言うと、少年はため息をついた。

 

「僕はナヒロ。イン神峰の村から、『狩人(かりびと)』に任ぜられている」

「狩人?何を狩るっていうんだ」

 

 ナヒロは、すっかり暗くなった空を見上げる。

 白く輝く星がときどき消えることで、それが夜の間もそこにいることがわかる。

 

「......龍だよ。お前もそうだろ?」

 

 ウキユは弾かれたように軽弩を手に取った。

 復讐を邪魔されるようなら、対処しなければならない。

 

 しかしナヒロは殺気を察知し、両手を挙げて言う。

 

「別にお前と争う気はない。誰が龍を狩ろうと、一向に構わない」

 

 ウキユはそれを聞いて、ゆっくりと軽弩を下ろした。

 

「......座っても?」

「ああ」

 

 ナヒロはよいしょ、と地面に座る。

 黒いズボンの裾から血色の悪い脚が見える。顔を見てみると、目の下に隈ができているのがわかった。

 

「それで?ウキユは、なぜ龍を狩る」

 

 ナヒロの問いに、ウキユは険しい顔で俯く。

 そしてしばらくして、ゆっくりと口を開いた。

 

「......俺の村は、あいつに焼かれた。家族も友達も、みんなあいつに殺されたんだ」

 

 やはり残酷だ、とナヒロが呟いたのを無視して、ウキユは続ける。

 

「俺は、あいつを絶対に殺してやる。誰にも譲らない」

 

 僅かに潤んだその眼には、強い意志が宿っていた。

 ナヒロはそれを見て、一つ息を吐く。

 

「......復讐か。幼稚だな」

「何だと!?」

 

 ウキユがナヒロの胸ぐらを掴む。

 ナヒロは少しも息を乱すことなく、ただ冷徹な口調で言った。

 

「思ったことを言って何が悪い」

「それはこっちの台詞だ。家族を殺した奴を殺すことの、どこが幼稚だって!?」

 

 唾を飛ばしながら、今にも殴りかかってきそうな勢いでウキユは怒鳴る。

 ナヒロも少し声を荒らげた。

 

「人間ならな」

「何!?」

「人間なら、間違ってないさ。だが龍は違う。あれは......神の化身だ」

 

 

 

 

 いつの間にか忍び寄ってきた黒雲が、湖に雨を降らせる。

 二人は瞬く間にずぶ濡れになるが、それを気にする素振りは少しも見せない。

 

「理不尽に......あんな、理不尽なやり方で、善良な人を殺す化け物の、どこに神がいるんだ!」

「逆に聞きたいね。あれが神じゃなければなんだ?」

 

 遠くからごろごろ、と雷鳴が響いた。

 

「何も食べない、毎日同じように動く、一体しかいないのに、死ぬとどこかから全く同じ姿の子が現れる。......そして、無意味に僕たちを殺す。明らかに、自然界の理を逸脱している。あれは地震や雷と同じ、天災なんだよ」

「......諦めろってのか。もしお前の親があいつに殺されても、同じことが言えんのか!?」

 

 ナヒロは服を握る手を振りほどきながら、ほんの少しだけ悲しそうな顔になる。

 だが、すぐに無表情に戻り、濡れた髪をうるさそうに払った。

 

「死んだよ。兄貴も、父親も。僕と同じように、狩人として龍に挑んでな」

「......!?」

「だが、僕は納得している。神に抗うなど、愚かで傲慢な行為だ。報いを受けるのもまた、当然」

 

 唖然とするウキユをよそに、ナヒロは鞄から合羽を取り出して羽織る。

 雨風は強くなるばかりだ。彼はびしょ濡れの腕で乱暴に眼鏡を拭いた。

 

「なら、お前はなんで、龍に挑むんだ」

「......そんなこともわからないのか」

 

 ナヒロは眼鏡をかけ直した。

 

「それしか方法がないからだ。愚かだとわかっていても、村を守るためにできることが他にない。僕の村は龍が現れる度に、何人もの犠牲を出しながら、どうにか奴を倒してきた。僕も、死ぬのを覚悟でここに来ている」

「......っ」

「忠告する。龍は、私怨だけで倒せるような相手ではない。幾人もの人々の献身によって、初めて神を鎮めることができるんだ」

 

 ナヒロは言いたいことを言い終えると、寝袋を取り出した。

 龍が湖にやって来るのは、昼前だ。眠る時間は十分にある。

 

「......それでも」

 

 ウキユが呟いた。

 

「それでも、ああそうですかって帰れる訳ねぇだろ。俺は、誰に何と言われようと、あいつを殺す。俺の背中には、たくさんの命が、無念の叫びが、乗っかってるんだ!」

 

 ナヒロは冷ややかな目を向ける。

 続いてため息をつくと、渋々といった様子で鞄から小さな壺を取り出す。

 

「その武器。見たことはないが、それじゃ龍は倒せない」

「軽弩だ。俺の村じゃ普通の武器だが」

「弓より威力は出そうだが、龍の身体を貫通させるほどじゃない。これを塗れ」

 

 壺を開けると、中から刺激臭が溢れ出てくる。

 ウキユは思わず鼻をつまんだ。

 

「何だ、これ?」

「僕の村に代々伝わる、龍殺しの秘毒だ。これを塗った矢が一本でも外皮を破ることができれば、龍の息の根を止められる」

 

 一度塗ったら雨程度では落ちない、とナヒロは言い足す。

 

「......もしお前が本当に龍を殺してくれるなら、それに越したことはない。出来る限りの協力はする」

 

 二人は複雑な表情を浮かべる。

 寝苦しい夜になりそうだった。

 

 

 

 翌朝。

 ウキユはナヒロに頰を叩かれて目覚めた。

 

「二時間後に龍が来る。準備をしろ」

 

 雨はすっかりあがり、雲一つない青空が広がっていた。

 ウキユは飛び起きると、昨晩秘毒を塗った軽弩の矢を確認する。その独特の臭いは未だ強く残っていた。

 

「朝飯はあるか?」

「もちろん」

 

 ぎこちない会話が続く。

 二人はそれぞれ持参していた保存食を並んで食べる。

 

 先ほど秘毒の臭いを嗅いだからか、鹿の燻製の煙の味はほとんど感じられなかった。

 食べ終え、もう一度装備の点検を始める頃になると、二人の間に独特の緊張感が漂う。

 

 あと一時間弱で、あの龍と対峙する。

 ずっと願い、想像してきたことではあるものの、なぜか実感が湧かない。

 

「......そろそろ隠れよう」

 

 ナヒロが言った。

 全てにおいて圧倒的な龍に正面から挑んでも勝ち目はない。草陰に隠れ、最初の一撃で仕留めなければならない。

 

 風が強くなってきた。

 空を見上げると、龍のシルエットが徐々に大きくなっていくのがわかる。

 

 その影が、急速に近づいてきて。

 地響きとともに、湖の畔に降り立った。

 

 優に八丈は越す、あまりに巨大な体躯がとぐろを巻く。

 紺碧の鱗が太陽光に反射して煌めき、見る者を眩ませる。

 そしてその眼は狐のように艶やかで、獅子のように雄々しかった。

 

 二人は息を呑み、言葉が出ない。

 龍は二人には気づかない様子で、その口を湖に浸けて、ちゃぷちゃぷと音を立てて水を飲む。

 

 先に得物に手をかけたのは、ウキユだった。

 急いで軽弩を握り直し、龍の横側からその皮膚に狙いを定める。

 

「......みんなの、仇」

 

 自分に言い聞かせるように小さな声で呟き、ウキユは引き金に手をかけた。

 

 

 刹那、鋭い剣先がウキユの首筋に押し付けられる。

 

 

「......!?」

 

 振り返ろうとするのを、殺気で封じられる。

 ナヒロも事態に気づいたが、剣を持つ相手に至近距離まで詰められては、弓ではどうすることもできない。

 

 ウキユに剣を押し当てているのは、二人と同じくらいの年齢の少年。

 褐色の髪は伸びっぱなし。青い眼を持ち、左の目元に龍を模した刺青が彫られている。

 首には木の実で作られた呪術的なネックレスが掛けられており、ウキユに向けている右手の剣の他に、左手にも同じ形の剣を持っている。

 

「貴様、龍神様を殺める気か」

 

 彼は低い声で言う。

 

「......誰だ、お前っ!」

 

 言うと同時に、ウキユが一瞬にして彼の足元に潜り込んだ。

 咄嗟のことにウキユを見失う少年の脚に蹴りを入れる。

 

「くっ!」

 

 少年は数歩下がり、両手の剣で斬りかかる。

 ウキユがそれを軽弩で受け、鈍い音がした。

 

 ——ギャアアアアアアッッ!

 

 耳をつんざく咆哮に、二人の動きが止まる。

 今の音で、龍が異変に気付いたのだ。

 

 龍はその翼を広げ、逃げるように空へと舞い上がっていく。

 三人はその姿をしばし呆然と眺めていた。

 

 

 

「......てめぇ!」

 

 数秒後、ウキユが怒りの形相で少年に軽弩を向ける。

 少年も殺気立った眼を向けて、剣を構えた。

 

 ナヒロが言う。

 

「何者だ?なぜ僕らの邪魔をした」

 

 少年は彼に一瞬目を向けるも、すぐにウキユに視線を戻す。

 次の瞬間、彼の脚が地面を蹴った。

 

「......!」

 

 再び軽弩で斬撃を受け止めるウキユ。

 

「我はルカーハ。龍神様を守護する双剣使いなり!」

 

 少年が軽弩ごと剣をウキユの方に押し込む。

 ナヒロがルカーハと名乗った彼の背後に回り、足に向けて矢を射った。

 

「龍神様だと?」

「その通り。あれは不遜な者に裁きを与える、偉大なる天上神に他ならない」

 

 ルカーハは視界の外にあるはずの矢を、軽いステップで造作もなく避けてみせる。

 ナヒロは舌打ちし、今度は背中に向けて弓を構えた。

 

「裁きだぁ?どいつもこいつも、あいつを神様扱いしやがって。俺の村の奴らは、誰一人悪さなんてしちゃいない!」

「不信心こそが罪なのだ。畏れを持って龍神様を崇めれば、裁きを受けることなどはない」

 

 ウキユは軽弩を強く持ち上げ、ルカーハの剣を弾き飛ばす。

 その時一瞬、不規則に動く龍の影が見えた。

 

「我の村は龍谷の底にある。龍神様に毎年供物を捧げ、皆で一心に龍神様を信じている。だから、龍神様のお膝元にも関わらず、これまでに裁きを受けたことはない。それどころか、我は飢饉というものを経験したことがない。龍神様は、信じる者には恵みを与えてくださる」

 

 素早い動きで剣を拾い、軽弩から放たれた矢を弾きながらルカーハが言う。

 その言葉に、ナヒロが反応した。

 

「......それは、本当か?」

「ナヒロ!?」

 

 ウキユが諌めるように怒鳴る。

 それを意に介さず、ルカーハは自信たっぷりに言った。

 

「疑うなら我の村に来るがいい。争いを持ち込まぬなら、歓迎するぞ」

「......その信仰というのは、僕の村でもできるものなのか」

「もちろん。正式にやるなら準備はいるが、信心が本物なら龍神様もお待ちくださるだろう」

 

 ナヒロはそれを聞くと、おもむろに弓を下ろした。

 ウキユが信じられない、という顔をする。

 

「お前、そんな奴の言うことを信じるのか!?」

「......僕の目的は、僕の村が龍の餌食にならないことだ。龍を殺すことじゃない」

 

 ナヒロは言うと、今度はウキユに弓を向ける。

 ルカーハもウキユにゆっくりと近づいてきた。

 

「諦めるんだな。お前が龍を殺しても、誰も救われない」

 

 ナヒロが彼の腕めがけて矢を射る。

 

「この野郎っ!」

 

 ウキユはそれを跳躍して躱すと、ルカーハの方へ一目散に駆け出した。

 剣を構える彼の横っ腹を蹴り込む。

 

「ぐっ......」

 

 倒され、呻くルカーハの腕を踏みつけ、ウキユは再び駆ける。

 ナヒロの右手が弓から離れるより前に、ウキユがその弓を蹴り飛ばした。

 

「邪魔するなら、殺す!」

 

 無防備なナヒロの胸に向け、至近距離から軽弩を構える。

 ナヒロが目を閉じた、その時。

 

 

「......なぜだ」

 

 

 ルカーハが、目を見開いた。

 

 つられて二人も、ルカーハの視線の先を見る。

 龍が雄叫びをあげながら、龍谷に向けて飛翔していた。

 

「おかしいぞ。普段なら、あんなところは飛ばない」

「......そうだ。あの先には......我の、村がある」

 

 言ってから、ルカーハはハッとした表情を浮かべた。

 三人は慌てて、龍を追いかけて走る。

 

「......そんなはずはない。龍神様は、我らに恵みを下さる。罰を与えることなど、ありえない」

 

 うわごとのようにぶつぶつと呟いているルカーハに、龍は現実を突きつけた。

 彼らが龍谷の底で見たものは、怒り狂った龍によって無慈悲に焼き払われる村と、逃げ惑う人々の姿だった。

 

 

 

 

 飛び交う怒号と悲鳴。

 燃える家々。

 吹き荒れる強風。

 

 三人は、その光景をしばし呆然と眺めていた。

 

「......助けないと」

 

 最初に動いたのは、ウキユだった。

 怪我をして立ち上がれない老女を見つけると、背負って村の外まで走る。

 それを見た二人も、我に返ったように逃げる人々の誘導を始めた。

 

「おい、何やってる!?」

 

 ナヒロが悲鳴のような声をあげる。

 今にも崩れてきそうな家の前で、母子が跪いたまま必死で祈っている。

 

「何って、龍神様のお怒りを鎮めないと......!」

「ふざけるな!早く逃げろ!」

 

 ナヒロは二人を引きずっていこうとするが、母親が彼の足にしがみつく。

 

「龍神様がお怒りでいらっしゃる限り、私たちに未来はありません。私たちの命はどうなってもいいんです。この村を、守らなければならないのです!」

 

 お願いします、と縋るように言う母親の隣で、少年ががたがたと震えながら、目を閉じて一心不乱に祈っている。

 その後ろで、みしみしと家が鳴った。

 

「.......っ!」

 

 ——僕も、死ぬのを覚悟でここに来ている。

 

 昨日の自分の言葉と、重なって聞こえた。

 あの時の自分の覚悟は、間違いなく本物だった。だが、それは独りよがりの覚悟だということに、ナヒロは気づいた。

 

 本人に覚悟ができていても、その周りの人たちは別だ。

 目の前で人の命がなくなるのを、必ず帰ると言って家を出た家族が帰って来ないのを、運命だと受け入れられる者など、いない。

 

 あの時流れなかった涙が、今になって溢れてきた。

 ナヒロもまた、それを受け入れられなかった。何ともないような顔をしながら、杯から溢れた悲しみの置き場を、必死で探していたのだ。

 

 突然の涙に動揺したのか、母親の手が緩んでいた。

 ナヒロは子供を脇に抱え、母親の手を取って走る。

 

 一瞬後に、ひときわ強い風が吹いた。

 家は先ほどまで母子がいた場所に、音を立てて崩れ落ちた。

 

 

 あぁ。

 この世は、残酷だ。

 

 

 開けた視界からは、翼を大きく広げた龍の姿が見えた。

 ナヒロはもうそこに、少しの神々しさも感じなかった。

 

 

 

 ただ、ひたすら、憎かった。

 

 

 

 ルカーハは、地獄と化した村をただ呆然と眺めていた。

 あらかたの人々は遠くへ逃がすことができた。それだって、今この瞬間龍の気が変われば、すぐに追いつかれてしまう距離だ。

 自分たちの命は、龍の手の中にある。ずっと昔から、分かっていたこと。

 

 今この村に残っているのは、家屋の残骸と、大量の屍体。

 龍神様が我々に牙を剥くなどという事態を想定している者など、誰一人いなかった。避難の仕方すら、誰も知らなかった。

 

 もし、くだらない信仰に胡座をかかず、この事態を見越して対策ができていれば。

 いや、あの時、二人の邪魔をせず龍を殺めていれば。

 

 救えた命だって、あったはずだ。

 

 我が、皆を殺した。

 我に、救われる資格はない。

 

 ならば、我にできることは、ただ一つ。

 狂った神を殺し、この村の歴史を終わらせることだ。

 

 ぼやけた視界で、龍の輪郭を捉える。

 屍体の上に立つ悪魔の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 山を登り、一番近い集落でウキユは老女を下ろした。

 額に滴る汗を手で拭いながら、ウキユは来た道を戻る。

 

「......戦いに、行くのかい」

 

 振り返ると、老女が厳しい眼を向けていた。

 

「あぁ。あいつとは、決着をつけなきゃならねぇ」

「一人でかい?」

 

 老女は谷を見下ろした。

 巨大な青い影が暴れ回っているのが、鮮明に見える。

 

「あたしらも、あれの見方を間違えていたけどね。......あれには、ただ突っ込んでいっても勝てないよ」

 

 ウキユは、黙って背中を向けた。

 

「......あんたなら、もう分かってるね。あたしらの代わりに、あれを倒してくれ。あんた『達』で」

 

 勿論だ。

 そう言う代わりに、ウキユは走り出した。

 

 

 軽弩の矢から、つんとする臭いがした。

 

 

 

 

 村には、誰一人いなくなった。

 三人と、彼らをじっと見下ろす龍を除いては。

 

「覚悟は、決まったようだな」

 

 真ん中に立つナヒロが左右を確認し、弓を構える。

 

「覚悟するのは、あいつの方だぜ」

 

 ウキユは軽弩を龍に向け、言った。

 

「先陣は我が切る。必ず仕留めろ」

 

 ルカーハが双剣を握り直し、足を一歩、踏み出す。

 

 轟く咆哮。

 龍は続いて、口を大きく開けルカーハに火球を浴びせかける。

 

「......っ!」

 

 褐色の髪の端が燃え、散った。

 龍の胸元に近づい放った一閃は、龍か上昇したことで空を切る。

 

「翼を、広げたな」

 

 ルカーハが龍を睨むと同時に、ナヒロの弓から矢が放たれた。

 狙いは、飛び上がるために大きく広げられた翼。

 

 ぎゅお、と風切り音が鳴り、翼をはためかせることで生じた突風に押し戻されて矢はナヒロのすぐ横に堕ちる。

 次の矢を構えるより先に、龍が錐揉み回転しながらナヒロとルカーハめがけて急降下してきた。

 

「......がああっ!」

 

 直撃は回避するものの、その風圧に耐え切れず二人は地面に倒れ込む。

 ルカーハの額には、鎌鼬に切られたような大きな裂傷ができた。ナヒロは何本か骨が折れているようで、痛みに呻いている。

 

 もう一度、咆哮が大地を揺らす。

 

 その直後。

 突如、鋭く硬い矢が龍の頭をとらえた。

 

「やったか!?」

 

 ウキユが少し離れた場所から、耳を押さえながら叫ぶ。

 しかし龍はしばらく静止した後、ゆっくりと視線をウキユに向けた。角度が悪く、矢は龍の外皮を貫通しないままぽろりと落ちた。

 

「......石頭が」

 

 ウキユは悪態をつきながら、視線を決して龍の目から離さない。

 ぴくりと、その目が揺れた。

 

「っ!」

 

 次の瞬間、火球が立て続けに三つウキユめがけて飛んでくる。

 全力疾走で駆けるウキユの背後が、コンマ何秒か遅れて次々と火の海になる。

 

 ナヒロがうずくまったまま矢を射る。狙いは外れていたが、弾道を見切るために龍の動きが一瞬止まった。

 そこにすかさずユカーハが駆け、龍の爪と剣がぶつかり、金属音が鳴る。

 

 肌を焼かれるようなぴりぴりした空気を受けながら、ルカーハは龍の瞳を睨む。

 

 

 ——なぜ、我に抗う。

 

 

 敵うはずもないのに。

 そんな龍の声が、彼の心のどこかから聞こえた。

 

「......それはな」

 

 龍の口ががばりと開く。

 凶悪な牙が、ちろちろと蠢く赤い舌が、ルカーハの心をざわつかせる。

 その口内に、火の球が作られていく。その熱がこちらにも伝わってきて、髪が焦げ、皮膚が捲れるのがわかる。

 

「俺たちが、人間だからだぁぁぁっっ!」

 

 叫んだのは、ウキユだった。

 口内いっぱいに膨れ上がった火球は、龍の視界をも塞いでいた。

 真横から放たれる軽弩の矢に、龍の巨大な身体は反応できない。

 

 ぷしゅっ、と音がした。

 噴き出た青い血は、龍の大きさからすればほんの少量。

 だが、それは毒矢が龍の外皮を貫通したことを示していた。

 

 数秒後、龍が呻き声をあげて苦しみだす。

 火球はしゅうっと収縮し、翼は力をなくして身体は地に堕ちる。

 

 ぴくぴく、と痙攣した後、その目から生気が、消えた。

 

 青色が褪せた、かつて龍だった屍体の前に立ち尽くす三人。

 その胸中には、

 

 復讐を果たした喜びも、

 役割を全うした誇りも、

 神を殺した罪悪感も、どこにもなかった。

 

 

 

 やがて、日が暮れていく。

 沈黙を破り、ルカーハがぽつりと言った。

 

「村は焼けたが、人は生きている。やり直さなければな」

「......俺も、手伝ってもいいか?」

 

 ウキユは地面に寝転がったまま、きまりが悪そうな様子で言う。

 もちろん、とルカーハは少し笑みを見せた。

 

「ナヒロは、どうするんだ?」

 

 ウキユに声をかけられ、ナヒロは目線を二人に向ける。

 応急手当てをしただけの身体を辛そうに動かしながら、彼は考えをまとめるように語り出した。

 

「.......龍は、再び現れる。僕らが生きているうちに」

 

 今頃、龍谷のどこかで龍の卵が孵ったはずだ。龍は、そうして永遠に人間たちの支配者であり続ける。

 

「今のままなら、今度は失敗するかもしれない。僕ら全員、死んでしまうかも」

 

 重い空気が流れる。

 ナヒロはそこで一度言葉を切り、ウキユの背中の軽弩を見て、もう一度口を開いた。

 

「......でも、その軽弩は、僕たちの村にはなかった。龍は変わらず僕たちの前に現れるが、人間はどんどん進化していく」

「何が言いたい?」

 

 ナヒロは、力強く二人を見た。

 

「次に龍が現れる時、龍は僕たちにとって脅威じゃない。僕たちが、そんな世界をつくるんだ」

 

 遠い海の向こう、西にある国々で見つかった燃料について、ナヒロは語った。

 人ではなく機械が布を織る。馬ではなく列車と呼ばれる乗り物が街を走り、龍のように空を飛ぶことだってできる。

 

 夢のような話だが、すべて現実に起きていることだ。

 

 龍に怯える生活は終わりを告げ、人間たちが自由に暮らせる世界。

 もう、やり場のない怒りをどこにもぶつけなくてもいい世界。

 大切な人が、突然理不尽に殺される明日を想像しなくてもいい世界。

 

 三人は目を閉じ、想像する。

 脱力感が消え、身体にエネルギーが戻ってくるのを感じた。

 

 そのエネルギーの名は、希望。

 使命という呪いから解放された三人の道は、一つの新たな生きる意味になった。

 

 

 

 そして、三十年後。

 額に大きな傷跡を持つ男は、かつて神と崇めた相手と再び相対していた。

 

 ——ギュアアアアアッッ!

 

 その姿は、三十年前と何一つ変わらない。

 だがその間に男の背は伸び、筋骨は隆々としていた。かつて髪を焦がした火球も、心なしか小さく見える。

 

「......こっちだ」

 

 男は所定の場所に龍をおびき寄せる。一歩間違えれば死につながるこの役割は、男が自ら志願したものだった。

 

 通信機の向こうでは、ざらざらした雑音に混じって司令官の声が聞こえてくる。

 

「ルカーハ、その辺りで退こう。あとはうちのエースが、上手くやってくれるさ」

 

 通信機越しに彼の眼鏡が輝くのが見えた気がして、男は苦笑した。

 

 

 

「ウキユ、標的が目標ポイントに到達した」

 

 かつての戦友の声を聞いて、男は操縦桿を強く握った。

 窓には雄大な大空が広がっている。眼下には鳥が飛び交い、自分が上空にいるのを実感させる。

 龍が見ていたのと、同じ景色だ。

 

 突如、その視界に鮮やかな碧色が映った。

 其れは息も絶え絶え、といった様子で上空で静止している。

 

「......ずいぶんルカーハにしごかれたな」

 

 男は笑う。

 自らの家族を殺した、あの怪物と同じ姿。それでも、もはや憎しみや怒りの感情はこれっぽっちも湧いてこなかった。

 

「三十年ぶりか。お前は、どうしてた?」

 

 片手で操縦桿を操作しながら、その横のボタンに右手をかける。

 

「俺はな。もう一人もお前の犠牲にならないように、頑張ったよ」

 

 その成果を、見てくれよ。

 

 ボタンを力強く押す。

 ウキユが乗っているのは「対龍戦闘機『護弩(スレイヤー)』」。その兵装は、ただ一つ。

 龍殺しの秘毒をたっぷり塗った巨矢。掠っただけでも致命傷、直撃すれば外皮どころか龍の身体そのものを貫通できる威力を誇る代物だ。

 

 かつて圧倒的な存在だった龍。

 今、疲労して弱々しく咆哮するその姿に、その面影はない。

 

 そして、この矢は。

 神の気まぐれに翻弄され、蹂躙されてきた人間が。

 

 

 

 神をも狩る、世界の覇者となるための、嚆矢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 fin.

 

 

 

 

 

 


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