表現の自由と教育プログラムというフレーズに触発されて発作的に書いた。
後悔も反省もしていない。
近未来ユートピア小説です。

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暴力的な表現も猥褻な表現も青少年のなんかをアレするやつも一切ない。
この短編小説は完璧に健全で疑いようもなく表現の自由に賛同する内容です。イイネ?


文化庁表現の自由審査局の職員との対話

 表現の自由が完璧な形で実現されるようになってから20年が過ぎた。

 ――20年だったか?ああ、たしかに20年のはずだ。教科書にもそう書いてある。

 

 令和元年の夏、表現の自由をテーマにした美術作品展とその中止をきっかけに議論が沸騰し、それは公金としての補助金交付の是非も絡んで大きな話題を呼んだ。

 いや、俺はそのことについて議論したいわけじゃないんだ。

 とにかく、その一連の騒動をきっかけに、表現の自由を守るべきとする識者と、表現の自由にはおのずと限界があるとする識者と、表現の自由自体に制限はないが補助金を出すかどうかは別問題だとする識者が出てきてずいぶんと議論になった。

 

 結果として、もちろん、表現の自由は守られた。守られてるだろ?

 あんたも俺も自由にモノが言える。なんの問題もない。そうだろう?

 

 その翌年だか翌々年だかに法律ができた。表現の自由法――正式名称はなんだったかな。「表現の自由の適切な実現に関する特別措置法」とかだったと思う。

 表現の自由を守ること、そして表現の自由の範疇に含まれない表現を排除することが目的の法律だ。だから「適切な実現」なんだな。

 

 どんな表現も自由だって?

 いやいや、そんなことはない。脅迫や恫喝だって表現と言っちまえば許されるのか?

 そんなはずはない。そんなことになったら俺たち善良な市民は安心して生活ができない。そうだろう?

 

 当時の総理大臣が誰だったかは忘れた。いかんな、表現の自由を法律でもって確立した指導者だから、善良な市民としては忘れちゃいかんのだが。ああ、このことは黙っといてくれよ。誰にだって度忘れのひとつやふたつ、あるだろう?

 

 とにかく、その総理大臣と内閣のもとで表現の自由法は可決成立した。

 当時議論になったのが、どこまでが表現の自由として許される表現で、どこからが許されない有害表現なのかという、その線引きだった。

 もちろん、当時の総理大臣は恣意的な線引きなど許さなかった。

 考えてもみろ、たとえば政令で線が引けるなら、時の政府に都合の悪い表現を表現の自由の範疇外というふうに線を引いちまえば、俺たち善良な市民は声もあげられなくなっちまう。そうだろう?

 そんなことを許すはずがないんだ。表現の自由を確立した指導者なんだからな。表現者にとっての恩人でもある。

 

 だから事案ごとに、政府とは関係のない第三者的な立場の人間で構成された――ええと、なんだっけ?有識者会議?そう、有識者会議が結論を出すことに決まってた。

 総理大臣にとって計算外だったのは、「どこまでが表現の自由に含まれるか」を試そうとする連中が、掃いて捨てるほどいたってことだ。

 

 半年と経たないうちに、有識者会議は実質的な機能停止に追い込まれた。

 地方裁判所のある都市にひとつずつ会議体が用意され、そこで出た判断に不服があれば高裁の所在地にある「表現の自由に関する高等有識者会議」、それでも納得できなければ東京の「表現の自由に関する最高有識者会議」に持ち込まれることになってたんだが、まあ、試すためにやる連中が1回で納得する筈がないわな。

 毎日何百件の審査を捌ける筈もなく、まず最高会議の審査待ちが300年くらいになった。

 3年でも30年でもない。300年だ。

 審査中は実質的に差し止めができてないのと同じだから、その表現で被害を受けた連中が裁判所に提訴した。相手は有害表現をした奴らと国。差し止めができないのは国の怠慢だ、ってわけだな。

 

 結果として国が負けた。最高裁まで争ったと記憶してる。

 やるならやるで、きちんと審査できる体制を構築する義務がある、そういう結論だ。まあ、そりゃあそうなる。法律の理念通りの形になってなかったんだからな。

 

 最初の対策は、会議体の数を増やすことだった。

 これは悪手、というかあまり役に立たなかった。だってそうだろう、300年が30年になったところで大して変わりはない。その間は野放しなんだから。実際には300年が270年くらいになっただけだった。会議体の数は3倍くらいに増えてたんだけどな。

 実効性のない対策に人件費を使うのか、って批判が出て、これは沙汰止みになった。結果的に300年の待ち時間が550年くらいに膨れ上がった。

 

 次に審査の簡素化が試みられた。

 これはわりとうまくいった――ように見えた。待ち時間の550年が5年くらいまで縮んだ。

 5年後、表現を差し止められた奴が情報公開請求をして、簡素化された審査とやらの実態が明らかになった。

 要はなんにも審査なんぞしちゃいなかった、ってことが、だ。

 提示された案件は基本的に全差し止め、その日の気分で1件か2件を無作為に通す。議事録も記録も作成されない。どの案件が誰によっていつ審査されたかすら「文書不存在」だった。

 許されるやり方じゃなかったから、これもこれで裁判を起こされて国が負けた。まあ、そりゃそうなる。これだって法律の理念通りの形になっちゃいなかったんだからな。

 

 最後に、審査をAIがやる、という方法が採用された。

 これはうまくいったし、今もうまくいってる。あんたも知ってるだろう?

 これまでの判例、憲法と表現の自由法の理念、法律、社会情勢、そういった一切を学習したAIが、提示された表現をチェックしてそれが表現の自由によって守られるべきものかどうかを決定する。

 判断は即時だし、同じAIが同じ事案を何度も審査するのは無駄だから審査は1回きりになった。

 300年が550年になり、5年になり、そして今じゃ待ち時間はゼロ。一頃の手抜き審査とは違う、きちんとした質を伴った審査だ。これこそが技術の進歩、人類の叡智の有効利用、テクノロジーの成果ってやつだ。あんたもそう思うだろう?

 セキュリティ対策もばっちり、不測の事態やバグの混入を避けるためにアルゴリズムや判断基準は公表されてない。

 ま、今じゃAIの判断に異を唱える奴はいないし、そもそも審査されるような案件も少ないし、たまたま審査に引っかかってもきちんとした再教育プログラムがあるから、二度三度と引っ掛かるような奴もいない。

 有識者会議のときのような審査後の裁判沙汰もない。裁判の判決文だって表現のひとつだからな。当然それは審査の対象になるし、有害表現と認められれば裁判の結果だって差し止めの対象だ。結果が変わらないから裁判を起こす奴もいなくなった。

 おかげさまで俺も忙しさとは無縁の仕事ぶりさ。これで給料は悪くない。あんたも戻ってきたら採用試験を受けてみるといい。

 大丈夫さ、再教育プログラムのパンフレットは読んだだろ?

 善良な市民としての教育をきちんと受けて戻ってきたら、晴れてあんたも俺たちと同じ善良な市民ってわけだ。善良な市民は善良な市民を排除しない。そうだろう?

 

 場所?

 いや、悪いが俺もそれは聞かされてないんだ。なんでも北の方に専用の地区があるって話ではあるんだが。なあに、このクソ暑い東京で塀の中にでも押し込められるよりは、涼しい避暑地の林の中でゆっくりした方がいいだろう?なにも心配は要らないさ。

 安全対策上、しばらく外は眺められないが、降りたらそこがあんたの新天地さ。

 

 安心して行ってきな。なにも心配することはない。

 再教育プログラムを無事終えれば、あんたも善良な市民になってるんだから。





ところで市民、あなたの表現は自由ですか?

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