スネイプ(♀)の一人称はなぜ我輩なのか? 作:ようぐそうとほうとふ
3年生になってもスネイプの気持ちは変わることなく、むしろ強くなっていった。
触れたい、抱きしめたい。キスをしたい。
好きな人に対する欲望を抑えるのは13歳の少女にとっては至難の業だった。それでもスネイプは隠した。あるいは、隠し過ぎた。
もっと早くにちゃんと好きだと伝えていれば…。
そんな気持ちはこれからどんどん痛みを伴って大きくなっていく。それを痛感するのはスネイプがホグワーツを卒業する頃になるのだが、13歳のスネイプには知る由もなかった。
リリーとの仲は相変わらず進展せず、時々ポッター一味(最近は悪戯仕掛け人などと名乗っているらしい)に喧嘩を売ったり買ったりしていた。
わざわざ喧嘩をふっかけなければ疎遠になるかもしれないのに、とも思うのだが、その存在を無視しようにもできない。なぜならポッターはまだリリーが好きらしく、グリフィンドール寮席ではいつもリリーの近くに座ってこれみよがしに足を組んでみたり、髪をいじったりしているのだ。
これでムカつくなと言われても無理な話である。
しかしスネイプとしては、最近はむしろシリウス・ブラックのほうが疎ましかった。あのすかした態度に言動からにじみ出る自信。周りを小馬鹿にしたような笑み。リリーのことがなかったらポッターよりも苦手なやつになっていただろう。
だが、シリウス・ブラックを疎ましいと感じる理由はそれだけじゃない。
「リリー…!」
スネイプがいつものように人混みの中からリリーの赤毛を見つけて駆け寄ると、ほとんど同じタイミングでポッターもリリーに話しかけようと彼女のそばに近寄っていっていたのだ。
「セブ。次一緒よね」
「うん」
スネイプは「先に声をかけたのは私だ」という念を込めてポッターを睨んだ。ポッターは一瞬たじろぐが、それ以上後ろに引き下がったりしなかった。むしろ最近はこういう場面でも反撃してくることが多くなってきた。
「スネイプ、まだ自分の寮に友達ができないのか?」
ポッターがししゃり出てきた。スネイプは自分が出せる一番冷たい声で答えた。
「余計なお世話」
「私達幼馴染なのよ。だから一緒にいたってなんにもおかしくないわ。ね」
リリーの援護射撃もあってポッターは黙った。だがそのポッターの脇にいつもくっついてるブラックが急に割って入った。
「エバンズ、僕たちだって11歳の頃から一緒だろ。10年もしてみろ。みんな幼馴染だ」
「ブラック、あなたって理屈っぽいのね」
「ッ…そうそう!っていうかむしろエバンズは同じ寮の生徒と仲良くすべきだと思うけどな!」
シリウスの加勢でポッターは勢いを取り戻した。スネイプは内心舌打ちをする。リリーはツンっとしてスネイプの手を握った。スネイプは自分の顔がカッと熱くなるのがわかった。
「知らないかもしれないけど、私ちゃんと友達はたくさんいるわ。あなた達と違って悪戯もしない、真面目ないい友達がね」
リリーがスネイプと握った手を見せつけると、ポッターはちぇっと言ってそっぽを向いた。どうやらリリーには言い返せないらしい。
スネイプはリリーに手をにぎられたことが嬉しくて、ほんの少し微笑んでいた。
だがそっぽ向いたポッターの横で、ブラックがこちらをじっと見つめていたことに気がついて表情が凍りついた。
「…」
ブラックは何も言わずそのまま視線をそらし、ポッターをからかいにもどった。リリーと二人で教室に向かい、席についた。
ビンズの退屈な講義が始まり、みんな眠ったり内職したりし始めた。だがスネイプの心臓はその間ずっとバクバクと脈打っていた。
シリウス・ブラックは気づいた。
いや、気づいたかもしれないが正しいが、スネイプは直感めいた確信があった。スネイプの顔を見るブラック。あの見透かすような目。
どうしよう。
授業の内容はほとんど耳を素通りして右から左へ流れていった。いつ寮に戻ったのかもわからないほど、スネイプは動揺していた。
スネイプのリリーへの恋心に気づいたか、あいつに直接確かめる?…ってそれじゃあ自白しているようなものじゃないか。かと言って逃げても何も解決しないどころかポッターがここぞとばかりにリリーにアタックしてしまうかもしれない!
いや、もっと悪いことにブラックがポッターにこのことを教え、想いを白日のもとに晒して笑いものにするかもしれない。
悪い考えが浮かんでは消え、もう二度とベッドから起き上がる気になれなかった。
女性同士の恋愛は禁止されているわけではない。それこそ人による。でも、少なくともリリーの常識では女の子が女の子に恋するなんてことはあり得ないことだった。
そう、わかっている。
リリーにとって、スネイプは同性の良い友達だ。
これまでも、これからも。
恋人になるなんて選択肢すら思い浮かばないだろう。
初めてあったときから…今までともに過ごしてきて、それは痛いほどわかっていた。
次の日の朝、スネイプは具合が悪いと言ってベッドから出なかった。全員が授業に行ってから真っ赤にはれた目をこすってのそのそと起き上がった。
いつの間にか二度寝してしまっていたらしく、掛け時計は午前11時をさしていた。
サイドテーブルに目をやると、サンドイッチの包が置いてあった。同寮生にそんな優しいやつがいたかと首を傾げてから手に取ると、そこには慣れ親しんだ筆致でメモがかかれていた。
イザベラから聞いたの。具合悪いんですって?
しもべ妖精に特別作ってもらったわ。楽になったら食べてね
リリーより
ああ、とため息が出た。
だから私はあなたが好きなんだ。
決闘クラブが開催されると聞き、生徒たちは浮足立っていた。杖を使ったイベントはいつでも盛り上がるものだが、今回はそれとは空気が違う。
ミセス・ノリスだけでなく生徒にまで被害が出たことから、秘密の部屋の怪物の存在を信じるものが増えた。これは遊びじゃないぞという緊迫感が校内の空気を緊迫感があるものに変えていた。
決闘クラブが近づくにつれ、ロックハートが頻繁に話しかけてくるようになり、スネイプはギルデロイ・ロックハートの安い挑発に乗ってしまったことを後悔していた。
もちろんあんなトンチキ相手に決闘で負けることはない。だが不用意に目立つ必要もなかった。
ロックハートは女子生徒に強い人気を誇る一方で男子生徒からの受けはかなり悪い。また授業の滅茶苦茶っぷりから上級生からも嫌われつつある。
合法的にあの高い鼻をへし折るというのは愉快だし一部の生徒には大受けするだろうから悪くはない。
決闘クラブにはほとんどの生徒が参加しているようだった。大広間の中央に拵えた舞台の周りに生徒が群がっている。
ロックハートが台に上がると女子生徒から黄色い歓声が上がり、拍手がまだらに聞こえてきた。
「さて!ではまずデモンストレーションです。私の助手を快く引き受けてくれたのは…みなさんお馴染み、この方です!」
ロックハートがマントをはためかせてスネイプの方を指した。スネイプはため息交じりで舞台に上がり羽織っていたローブを脱いで横に立っているスリザリンの生徒に投げ渡した。(このパフォーマンスはロックハートの指示だ)
「勇敢なスネイプ女史に拍手を!とはいえ、手加減する気はありませんよ」
人混みの後ろの方から拍手と歓声が聞こえてきたが、スネイプはいつもの通り不機嫌顔でそれを流した。
「みなさん決闘のルールはご存知ですね?一応おさらいしておきましょうか」
ロックハートはスネイプにウインクをして決闘準備を促した。スネイプはうんざりしているとはっきり意思表示するつもりで肩をすくめ、ロックハートの向かい側に立った。
ロックハートの説明を聞きながら、題を見上げる生徒たちを横目で眺めた。
当然、その中にはハリー・ポッターもいた。ハリーもロックハートが苦手な口だろうからワクワク、あるいはニヤニヤした表情を浮かべてるかと思った。しかしなぜかハラハラした表情を浮かべ、こちらをまっすぐ見ていた。
まさかロックハートにやられると思っているんだろうか。だとしたら心外である。
スネイプとロックハートは向き合って一礼したあと、互いに背を向けて台の端へと歩く。
スネイプは息を吐き、向き直り杖を上段で構えた。
「ご覧のように私達は作法に従って杖を構えています!3つ数えて最初の術をかけます。もちろんお互い殺し合ったりはしませんよ!」
さてどうかな。
スネイプは心の中で皮肉った。
「1、2、3…!」
ロックハートの杖先がピクリと動いた。スネイプは即座に仕掛けた。
「
目も眩むような紅の閃光が走り、ロックハートが舞台から吹っ飛んだ。そのまま壁に激突し、背中からズルズルと落ちた。杖はスネイプの片手にちゃんと飛んできた。
女子生徒からは悲鳴が上がり、男子生徒とスリザリン生からは歓声が上がった。グリフィンドール生からすらちらほらと拍手が送られ、スネイプはほんのちょっぴりだけ唇のはしを吊り上げた。
ハリーもロンも思わずいいぞ!と小声でつぶやきハーマイオニーに思いっきり睨まれてしまった。
「はじめに武装解除呪文を生徒に見せるのは…いい案です!ご覧のとおり私は杖を失い、無力化されました。見事です!正直あなたが何をしようとしてるかはわかっていたのですが…」
ロックハートが起き上がりながらつらつらと言い訳を始めたので、スネイプは杖を投げ渡してそれを止めた。
「それよりも、生徒たちに実践させるべきでは?」
スネイプのせせら笑いまじりの助言に、ロックハートは取り繕うような笑顔を浮かべ、スーツの襟を正した。これでもう二度と絡んでくるなよとスネイプは心の中で吐き捨てた。
「ああそうですね。うん…そのとおり。では代表して二人、上がってもらいましょうか?」
スネイプにはロックハートの視線がすぐにハリーに向いたのがわかった。この流れだとスネイプも誰かを指名することになる。だがポッターとくればマルフォイと相場が決まっている。
「マルフォイ、君はどうだね?」
「もちろん!喜んで」
マルフォイは指名されて意気揚々と舞台に上がった。そしてハリーはロックハートに引きずりあげられるようにしていやいや台に登ってきた。
対面するマルフォイとスネイプを見ると顔を強張らせ、ロックハートを恨めしそうに睨んだ。だがロックハートはそれにチャーミングなスマイルを返す。
「見ててください。スネイプ先生!」
「君なら勝てる」
スネイプはマルフォイの肩を叩いてから舞台を降りた。マルフォイは優雅に杖を抜き、舞台中央へ歩いていく。ハリーは若干苛立った表情で杖を握り、二人は向き合い礼をした。
お互い背を向け合い、三歩進み、杖を構えて向き合う。
「1…2…」
ロックハートのカウントに二人は意識をぐっと集中させた。だがハリーはマルフォイの背中越しに見えるスネイプに一瞬気を取られてしまう。
「3!」
「
マルフォイの杖さばきのほうが早かった。白い煙を上げて、杖先から真っ黒な蛇がニョロニョロと出てきてハリーはゾッとし杖を下ろしてしまう。
蛇は鎌首をもたげ、ハリーを見据えていた。今すぐにでも噛み付いてきそうだ。
「動くなポッター」
スネイプがぬっとマルフォイを押しのけて出てきた。
「ここは私にお任せあれ!」
しかしハリーの背後からロックハートがぬっと出てきて、誰にも文句を言わせるスキなく杖を振った。
バシュッという音がして蛇が高く舞い上がり、墜落した。落ちてきた蛇はさっきよりも怒り狂い、舞台の周りにいるすべての生徒に飛びつきそうなくらい荒ぶっていた。
ハリーは思わず叫んだ。
「やめろ!手を出すな!」
スネイプはハリーを凝視した。ハリーの口から出てきたのは蛇語だった。蛇語は普通ならば遺伝でしか習得できない特殊能力のはずだ。それをハリーが話せるわけがないのに。
まずい。
スリザリンの後継者騒ぎの中でハリーが蛇語を喋れるなんてことを知られたら混乱は免れない。
「
スネイプは即座に蛇を消した。しかし生徒たちに広がった動揺はもう収めようがなかった。
「ふざけてるのか?!」
蛇に睨まれていたジャスティン・フレッチリーがハリーに向けて怒鳴った。ハリーはなんのことだかわからずキョトンとしていた。
スネイプは自分の二の腕が粟立つのを静かに感じていた。
そして予感はすぐに的中した。
ジャスティン・フレッチリーが石になり、首無しニックが動かなくなったのだ。
「校長は今回の件についてどのようなお考えをお持ちですか?」
ダンブルドアはスネイプをちらりと見てから言った。
「秘密の部屋事件…ここまで死者が出なかったことは奇跡じゃな…」
「何を悠長なことを。あなたなら秘密の部屋に閉じ込められた恐怖とやらが何か見当がついているでしょう」
「ああ、おおよそはな。しかし生徒に知らせることはできん。さらなる混乱が予想されるからのう」
ダンブルドアは椅子から立ち上がり、半月型の眼鏡を外し天井を仰ぎ見た。
「秘密の部屋の怪物が何であるかよりも、誰がそれを使役しているか…それを突き止めねば何度でも事件は起きる」
「…ポッターが…蛇語を喋りました」
「セブルス、ハリーがスリザリンの後継者だとでも?」
「いいえ、そんなことはありえません。……ですが…あれはそうそう発現しない稀な能力です。なぜ、ハリーにその力が備わっているのでしょうか。それをあなたは知っていたのではないか、と思いまして」
「いいや、セブルス。知らなかった」
スネイプは疑わしげにダンブルドアを見た。だがダンブルドアの表情はそんな疑いを吹き飛ばすくらい真剣だった。
「……生徒たちの安全が第一だと思いますがね。試しにハグリッドの小屋を探して見てはいかがですか。ドラゴンやらバケネズミやらが見つかるやもしれません」
「ハグリッドもつらかろうな」
五十年前に秘密の部屋を開けたのはハグリッドだという噂がスリザリン寮の上級生の中で流れている。ダンブルドアは否定したが、スネイプは少しだけハグリッドを怪しんでいた。もちろんあのハグリッドが人を害する目的で魔法生物を使ったりしないのは百も承知だが、
今回もハグリッドがこっそり育てていたドデカイ蜘蛛が人間を食べようとしてる可能性だって充分あるだろう。
スネイプはハリー・ポッターのことをもっと聞きたかった。だが、ダンブルドアは口を割るまい。彼に関しての話題はどうもお互い慎重になりすぎる。
慎重にならざるを得ない、というのがスネイプにとってとても腹立たしかった。