スネイプ(♀)の一人称はなぜ我輩なのか?   作:ようぐそうとほうとふ

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特別

 スネイプはシリウス・ブラックの視線に怯えながら日々を過ごすことを余儀なくされた。ブラックがスネイプの気持ちに気づいたというのはあくまでスネイプの勘に過ぎない。かと言って、視線があっただけのことに対して問い詰めようものならわざわざ告白しているようなもの。スネイプからは何もできなかった。

 ブラックの態度は以前と全く変わらない。ポッターもだ。スネイプは初めの数日は警戒していたものの、一週間も経つ頃にはあれは自分の気のせいだったんじゃないかと思うようになっていた。

 

 だがスネイプを悩ます出来事はブラックのことに留まらなかった。監督生になったケビン・マルシベールにリリーと仲良くしていることを遠回しに非難されたのだ。

 寮で交流のある多くの生徒はリリーはマグル出身だからスリザリン生の友人に相応しくないという。

 

 誰かと仲良くするのに血統なんて関係あるのか?純血だってやなやつはたくさんいる。特にシリウス・ブラックとか…。

 

 スネイプは大きなため息をついた。向かいのベンチに座っていたリリーがスネイプの顔を覗き込む。

 二人はスプラウトの温室にいた。ハロウィンの準備が始まるまで放課後開放されているが、生徒はあまり利用しない。多分堆肥臭いからだろう。

 

「大丈夫?」

「うん」

「最近、ずっと憂鬱みたいね」

 その憂鬱の原因はリリーに絶対話せない。でもリリーは話さなくてもスネイプのもどかしさ、辛さを察してくれる。そして無言で優しく微笑んでくれる。

「…ホグズミード村…行けるの楽しみだね」

「そうね。…あ」

 

 嫌な予感がした。

 

「あのね、ホグズミードなんだけど…グリフィンドールの友達に誘われたの。…セブも一緒にどう?」

 ああ、やっぱり。

 リリーは普通にグリフィンドールにも仲良しがいるし、なんならハッフルパフにもレイブンクローにもちょっと話すくらいの友達がいる。

 リリーにとってスネイプは仲良しで幼馴染で、他よりも特別。でもそれはスネイプの望むほどの特別ではない。

「…私……私は、行かない…」

「そう?きっと楽しいわよ。寮とかがどうって気にしない子だし…」

「いいの。私もスリザリンの子に誘われてたし」

 もちろん嘘だった。でもこう言えばリリーも罪悪感を感じないだろう。でも内心はすごく悔しかった。何も言わなくても私と二人きりでホグズミードに行ってくれるなんて…馬鹿げた想像だったと思い知らされたからだ。

 

 スネイプはテーブルに突っ伏して滲んだ涙をさっと拭った。

「もうなんにも楽しくない…」

 つい恨み言みたいなことを言ってしまった。リリーはそういうスネイプには慣れてるので、ちょっと困ったような笑顔を浮かべてスネイプの頭を撫でた。

「じゃあ楽しいこと作らない?」

「……そんなのない…」

「クラブを始めるってどう?」

「…どんな?」

「そうね…放課後自習クラブとか」

「そんなのみんなやってるし…」

「じゃあ薬学クラブ。スプラウト先生に見てもらって、薬草学と魔法薬学の自習をするの。私もセブもこの2つは得意だしね」

「それは…面白そう」

 顔を上げたスネイプにリリーはニッコリと笑いかけた。リリーはスネイプの頭からほっぺに手をやってそのままむにっとつまみ上げた。

「機嫌治った?」

「別に、機嫌は悪くなかった…!」

 スネイプは照れ隠しに怒った顔を作ろうとした。だが頭の中はパニックでその場で鼻血を出して倒れそうなほど混乱していた。

 

「ならよかった!さ、宿題やっつけちゃいましょう」

 

 リリーのおかげでさっきまで感じてた惨めな気持ちも吹っ飛んでしまった。

 二人は再度羊皮紙に向き直り、闇の魔術に対する防衛術の宿題にとりかかった。

 

 

 

 

 結局はじめてのホグズミード行きはリリーもスネイプも自分の寮の友達と行くことになった。スネイプもなんやかんや上級生から好かれているし、何より豊富な闇の魔術に関する知識で同級生から尊敬を集めていた。

 

 

 ちょっと勉強すればわかるのに、ちょっと研究すればできるのに。みんな馬鹿だ。

 

 

 そんな傲りもむしろスリザリン的だと言うことだろう。一人新しい魔法を考えているスネイプの周りで屯するだけでもまるで何か神秘的なことに関わっているように見えるのが自尊心尊大病の生徒に大いに受けた。

 スネイプ側も損はなかった。彼らといるといじめられないし、尊敬の眼差しを向けられるし、ちょっとした遅刻やミスもカバーしてもらえる。

 それなりに居心地は良かった。

 

 ホグズミードでなんとなくメンバーが解散して自由行動になったとき、スネイプは一人で“叫びの屋敷”に向かった。

 

 その屋敷はずっと昔からある廃屋だが、近頃悪霊だかなんだかの叫び声が聞こえるようになった。だから叫びの屋敷と呼ばれるようになったという。

 不気味な外観もそうだが、幾重にもはられた有刺鉄線がそのおどろおどろしさを増している。

 スネイプは叫びの屋敷を遠巻きに眺めながら、その有刺鉄線が最近はられたものらしいことに気づいた。叫びの主を見つけようと不法侵入するものが相次いだんだろうか?それにしても、ずっと廃墟だったところに急に幽霊が湧いたりすんだろうか。

 

 ぼうっと考えながら有刺鉄線をいじっていると、背後から笑い声が聞こえた。

 スネイプがはっと振り向くと、シリウス・ブラックとリーマス・ルーピンがいた。ブラックはスネイプを見つけると目を丸くし、そしてニヤッと笑った。

 

「おっと…ひょっとして…一人で怖くて泣き出してるのかな、スニベリーちゃん」

「ブラック、目が悪いのか?泣いてるように見えるわけ?」

 ブラックとスネイプの喧嘩腰な態度にルーピンは困ったな、というような顔をしていた。

 だがスネイプはブラックがいつもどおりに煽ってきたことにむしろホッとした。しかしその安心はブラックの次の言葉で一気にかき消された。

 

「ああ、見えるね。エバンズに遂に見放されたんだろ」

 

 きっと自分はかなりバツの悪い顔をしてるんだろう。スネイプはそう思いながら顔をそむけた。

 

「……違う。今日はたまたま」

「ふうん?」

 

 ブラックはいつだって誰にだってこんな風に挑発的だが、スネイプはそれがどうしても癪に障るのだ。弟のレギュラス・ブラックも同様に高慢できざったらしかったが、まだ可愛げというものがあった。

 ただでさえ秘密を知られているかもという不安があるせいか、今日はより憎たらしく見える。

「お前こそポッターとは別行動か?それとも勘当されてからの住まい探しに?」

「ジェームズは休みにまでわざわざ屋敷に来たくないってさ」

 ブラックの言い方はなんだか妙だった。まるで何度も何度も屋敷に行ったことがあるみたいな口ぶりだ。今日がはじめてのホグズミード村なはずなのに、変だ。

 それに気づいたのはスネイプだけじゃない。ルーピンがおい、と言いたげにブラックの肩を叩いた。

「もう行こう、シリウス。…ごめんね邪魔をして」

 ルーピンは冴えない顔色で謝りながら、ブラックを引っ張っていった。

 

 

 


 

 

 

 

「おや、セブルス。悪いね」

 

 スネイプは温室の前で霧吹きに栄養剤を混ぜていた。するとスプラウトが大きな木箱を抱えて校舎の方から歩いてきて、それを労った。

 

「いえ…マンドラゴラの世話は手間がかかりますから」

「本当だよ。だから育て甲斐がある。…とはいえ、今回ばっかりは手間暇かけてじっくりってわけにはいかないけどね」

「ええ」

 

 石にされた生徒を戻すため、マンドラゴラの栽培が急ピッチで進んでいるが、いかんせん相手は植物だ。急げば明日完成するという代物ではない。しかもマンドラゴラは一株育てるのに普通の植物の三十倍は手間がかかる。スプラウト一人ではオーバーワークだ。

 だからスネイプは二人目の犠牲者が出てきたあとからは頻繁にスプラウトの手伝いをしていた。

 

「思い出すね。あなたの若い頃を…。こうしてよく手伝ってくれていた」

「薬草学は好きでしたし、いい経験でした」

「ふふふ。あなたは魔法薬学の神童だったものね。まあスラグホーン先生はあなたの素行を心配してたみたいたけど」

「……教師の立場にたってみて、子どもというのが毒蔦よりもよっぽど悩ましいものと知りましたよ」

 スネイプのちょっと照れたようなごまかしにスプラウトは快活に笑った。

「でも同じく育て甲斐があるでしょう?」

「まだ教師としてその域には達していませんな」

 

 栄養剤を入れ終え、スプラウトの木箱を倉庫に仕舞うともう日はとっぷりと沈んでいた。

 

「とにかく早いとこ薬を作らないと…石になった生徒が蘇生すれば犯人もわかるはずさ」

 スプラウトはそう言うが、果たしてそれまでに犠牲者が出ないなんてことあり得るだろうか。

 万が一死者でも出れば、学校は閉鎖されるだろう。

 

 そっちのほうがむしろいいかもしれない。スネイプは思った。見えない恐怖にずっと怯えるよりは、逃げてしまった方がいいのかもしれない、と。

 

 

 

 

 

 クリスマスに入り、スネイプは例年通り薬品庫の在庫チェックをはじめた。するとすぐにドクツルヘビの殻と二角獣の角の粉末が足りないことに気づいた。

 この材料を使う薬はいくつかあるが、ほかには何も盗まれていないことから察するにポリジュース薬だろう。誰がなんのために?

 それよりもいつ盗まれたかだ。最近秘密の部屋事件でチェックが行き届いてなかったのが悔やまれる。薬品庫のセキュリティは学校内でも指折り硬いはずだ。生徒が盗めるタイミングは授業中くらいだろう。

 授業中、うっかり気を取られたり目を離したりしたタイミングがなかったか記憶を遡った。

 

「まさか…」

 

 すぐにハリーがふくれ薬を大爆発させた時を思い出した。あのときはハリーにカンカンに怒るあまり周りの生徒への注意が疎かになっていた。

 と、なると確実にグレンジャー、ウィーズリーも関わっているだろう。しかしどっちにしろ何故ポリジュース薬なんだろうか?

 

 ポリジュース薬を煎じるには時間がかかる。運が良ければ調合している現場を押さえられるかもしれないが、そのためにハリーをずっと見てなきゃいけないというのは拷問にも等しい。

 

 ジェームズに生き写しの顔は見ていて嫌気が差すし、勇敢を通り越した無謀さには毎度振り回されて苛立つ。くせ毛を弄くる仕草だとか、メガネをぐいっと上げる動作があいつに似ていていちいちムカつく。

 

 けれども何より見ていて辛いのは、ハリーの姿に一番好きだった頃のリリーを感じてしまうからだ。

 

 教科書を読むとき、瞳にかかるまつげの影。深い緑色に反射する図版の色。大鍋を掻き回す時の手首の返し。

 ふとした時に浮かべている微笑のやわらかさ。自分と対峙したときに瞳に宿す熱。キョトンとした顔は、ジェームズそっくりのくせにリリーと見間違えるくらいに雰囲気が似ている。

 

 間違いなく、リリーの子だ。この子の中にはリリーがいるんだ。そして、もう彼女はここにいないと思い知らされる。

 

 それもこれも全部自分のせいだ。

 

 スネイプは薬品庫のドアを閉めた。出口のない思考の迷路に入りかけたら、すぐに仕事をやるのがいい。

 

 

 

 

 当のハリーはクリスマスの日、ついにポリジュース薬を使ってスリザリン寮に忍び込んだ。クラップとゴイルの毛髪入りジュースを飲むという屈辱を味わったにも拘わらず、期待していた成果は得られなかった。

 五十年前にも一度、秘密の部屋が開かれた。こんな情報はクリスマス後にはきっと皆知ってる。

 ハーマイオニーも女子寮に潜入予定だったが直前でミリセントの毛が実は猫の毛だと気づき取りやめになったのだ。ポリジュース薬は一回分だけ余ったが、スリザリン生を探るために使うのは如何なものかという結論に至った。

 

 そうこうしてる間にクリスマス休暇は終わり、校舎にはまたたくさんの生徒たちが戻ってきた。

 完全に休暇気分が抜ける前に、ハリーはポリジュース薬でもう一つだけ試したいことがあった。

 

 ハリーたち三人組は談話室の隅っこで固まってヒソヒソとしていた。とはいえみんな休暇の土産話やプレゼント自慢をしているせいで談話室は混んでいて、そばではジニーや他の一年生が和気藹々としていた。

 

「ポリジュース薬でドラコに変身してスネイプに近づく…?ハリー、それって私欲が入ってない?」

 

 ハーマイオニーはハリーの提案を聞いて眉をひそめた。ロンも若干呆れ顔だ。マルフォイの髪の毛は前回潜入したときに入手しているからなんら変な提案ではないはずだ。

 

「いや…生徒でだめなら教師に聞いてみたほうがいいかなって思って…」

「言い分はわかるけど…ハリー、ちょっと一旦はっきりさせておかない?」

「何?」

「君、スネイプに惚れてるの?」

 ロンのストレートな質問に、ハーマイオニーは読んでた本を取り落とし、そばにいたジニーは飲んでたお茶を吹き出した。

 

「えっ…なんでそんなこと聞くの?惚れ…僕が?スネイプって僕の親と同級生だよ?!」

「君のスネイプに対する態度は好きな人に対するそれだよ。一年の頃からずっと」

「なんでロンにわかるのさ!」

「身近に恋に落ちてる人がいるからさ…」

 ハーマイオニーは、あーと小さく遮った。

「確かにスネイプはなにか知ってるはずだわ。でも、マルフォイに話すかしら?」

「うっ…でも、先生は身内に甘いし…」

「そうなの?」

「そう!僕が罰則を受けてるときなんてこれみよがしにマルフォイを優遇してさ」

「やっぱり私欲が入ってない?」

「うう」

 

 全体的にハリーが劣勢だった。ハーマイオニーはたまに読む恋愛小説を思い出してハリーの態度をゆっくりと思い返した。確かにロンの言うとおり、ハリーは一度スネイプへの態度をはっきりさせたほうがいいように思われた。

 ハリーは多分、名前を知らない感情に振り回されている。吊橋効果と同じように、スネイプに対する不安が恋愛のドキドキと勘違いしている可能性もまあなくはない。

 

 って私ったら…ハリーの恋愛感情をこんなふうに考えてるなんて…。ハーマイオニーはちょっぴり罪悪感を覚えつつ、ハリーの目の前にポリジュース薬を出した。

 

「前回でわかったと思うけど、効果時間は個人差があるわ。絶対バレないようにする自信はある?」

「あるよ。うん…薬が切れそうなときどんな感じかは覚えてる」

「あわよくばスネイプともっと話したいだとか…スネイプととにかく話したいとか…私欲を捨てられる?」

「おい、ハーマイオニーいいのか?」

「絶対秘密の部屋のことだけ聞くよ。聞いたらすぐ戻ってくる」

「私はハリーの言うことにも一理あると思うし、ロンの意見にも賛成だわ。ハリーはハリーを特別扱いしない素のスネイプを見て普段の自分がどう思われているか客観視したほうがいいわよ」

「客観視したら…嫌われてるって気づいちゃうんじゃ…」

「いや、もう知ってるよ」

「ほんと?」

 ハーマイオニーは咳払いしてロンとハリーがちょっとやり合い始めたのを止めた。

「どうせ他に使い道はないし、実は調合にあんまり自信がなかったの。長い保存には向かないわ」

 

「ハーマイオニー!」

 

 ハーマイオニーはポリジュース薬をハリーの前に押し出した。ハリーはキラキラした目でハーマイオニーを見つめ、ポリジュース薬を手にとった。ロンもハーマイオニーも呆れつつ、クリスマスプレゼントをもらったときより嬉しそうなハリーを見て苦笑いした。

 

 

 

 

 


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